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2020年10月26日

●諦めずに最大限の努力を

 昨日は青年会学生会総会が開催され、小中氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。小中氏は、行政書士としてお役に立たれておられます。以前、はがきを使ってダイレクトメールで新規顧客の誘致をはかられたところ、ある会社の社長さんから「すぐに来てほしい」と言われお仕事を頂かれました。その翌年には前年同様のお仕事と、数ヶ月に一度電話をかけてこられ、今まで手掛けたことのないような内容の仕事を依頼して頂いたのです。

★とても有難いと思いつつも、一から手探りで仕事をすることになるので、時間も手間もかかるのですが、お断りしきれずに全て受けられましたら、大変な案件だったものの、後から考えると勉強になることがたくさんあられたのでした。また、その会社の顧問税理士の方から、新規の顧客のご依頼も頂いたことでした。

★お客様が仰ってこられる要求に対して「それは分かりません。知りません。出来ません。」ということで済ましておられないところが大事だと思わせて頂きます。

★金光図書館の合言葉に【3つのことは言いません】というものがあられます。その3つとは「ありません」「出来ません」「知りません・分かりません」のことだそうです。ありません、と言わずに「お探ししましょう。作りましょう。」と提案され、出来ません、と言わずに「ここまではさせて頂きます。あとはどうすればよろしいでしょうか?」と尋ねられ、知りません、分かりません、と言わずに「教えて下さい。聞かせてください。」とお伺いなさるそうです。実に謙虚であられ、最大限の努力をさせて頂くということを、惜しみなくなさっておられるところに、私達も学ばせて頂く必要があります。

★小中氏も、お客様が求めてこられるところに、一つ一つ難しいながらも勉強させて頂いて、応えさせて頂かれましたから、後々になって、それが大変役に立って、仕事の幅が広がり新しい仕事を次々と頂けるおかげを蒙られたのです。

★おかげ話の後の田川氏の講演でも「私達が、今出来るところで精一杯のことを、世の為、人の為に、世界中の為にさせて頂きましょう。」と仰って頂きました。個々の力は微力であっても、集まれば大きな力になっていきます。私達も、世の中の為にしっかりとお役に立たせて頂ける、有難い働きをさせて頂けます様に、共々にお願いをさせて頂きましょう。

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2020年10月25日

●不自由を行と思い、万物を有難く頂く

日々、私達は生活してゆく上で、様々なことが起こってきます。例えば、病気を患ったり、自分の思い通りにならなかったり、心配や不安にとらわれてしまったりすることがありますね。教祖様は、『病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。』とみ教え下さっています。

★神様から、「今このことを通しておかげを頂きなさいよ」と教えて頂いておりますのに、「私はそのようなことはしたくありません」と反発ばかりしておりましたら、不自由を生むばかりです。お医者さんから「今この治療が必要ですよ」「今なら間に合いますよ」と、仰って頂いておりますことに対して、「お医者さんのお手をお借りして、病気を見つけて頂いて有難うございます。今からこのことを通してお手入れをして頂いて、体が良い状態に治させて頂けるように、心掛けて参りたいと思います。一番良い治療を受けさせて頂いて、有難うございます。」と神様に御礼を申し、神様の仰せ通りにさせて頂くことが大切です。

★しかし、お医者さんから「こうしなさい」と言って頂いても、なかなか我が強くて、それを守れない人があります。例えば、糖尿病になられた人は、糖尿病を改善するために食事を制限しますね。或いは腎臓病になられた人は、腎臓病を改善するために、塩分の少ない食事に改善しますね。それは、自分自身の体を良いように改善するためにして頂いていることですのに、「こんな味気ない食事は食べられない!」等と不足を言って守らなければ、良い結果にはなりません。「病気を通して改まりなさい」と教えて頂いておりますのに、正反対の事ばかりしていては、立ち行きません。常にみ教えを頂き、「お医者さんが仰っていることは、神様が私に仰って頂いていることだ」と素直に有難く受けさせて頂く稽古が出来ている人と、勝手気まま、我がままな人とでは、正反対の結果になってしまいます。おかげを蒙らせて頂く人と、おかげを蒙らせて頂けない人の違いが表れてくるのです。

★常に自分自身の中身を見直し、聞き直し、考え直しをし、不自由を行として日々ご信心の稽古に励ませて頂きましょう。
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2020年10月24日

●地を肥やし、ご時節を待つ

 福田美亮師は大変優秀なお方で、金光教の教師となられてからは、「先々は渡米して、アメリカで布教の御用にお使い頂きたい!」という大きな願いを持たれました。そして、三代金光様のお取次を頂かれて、東京の畑徳三郎師の元でご修行なさった後、お許しを頂かれて、まだ金光教の布教の基礎も出来ていないアメリカに布教を志され、初代サンフランシスコ教会長とならたのでした。

★福田師が日本でご修行中、自宅が全焼する火事に遭われました。しかし、福田師は、長年かかって集められた書物が焼けたことは、「神様が小理屈を捨てよと仰っているのだ。」というように受け止められたのです。また、大学の卒業証書が焼けたことは、「肩書を捨てよと仰っている。」着物や家に伝わる軍刀が焼けたことは、「一切の粉飾を捨てよ。信心の役には立たないと仰っている。」そして、学友の住所録が焼けたことは「これからは信心の友達を作れと仰っている。」と思い分けをなされ、火事に遭った悲しみよりも、むしろ無一物からの出発が清々しいという気持ちにまでなられたのでした。

★その様な心持ちになられたのは、大きな願いを心に持たれつつ、常平生から、起きてくることの一切を、ご神意として頂く稽古をなさっておられたからだ、と思わせて頂きます。今日、神様のおかげの中に生かされて、様々な人々のお世話になりながら生かされていることに、いつもお礼の心を忘れず、願い成就に向けて常に準備を怠らずにさせて頂き、有難いご時節を与えて頂きましたら、必ずやそのチャンスを掴ませて頂くことが出来るのです。

★『時の信心より常の信心。時の追い肥よりは常の地肥え。時のお百度参りよりはその日参りでおかげを受けるがよいぞ』『信心は日々の改まりが第一じゃ。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげが受けられる』

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2020年10月23日

●『人に向かう心を神様に向けよ』 

ある娘さんのお父さんは大層酒乱で、お酒を飲むとお母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。 そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で教会へお参りなさり、「どうしてもお父さんに酒飲みを止めて頂きたい」とお願いされました。しかし、お願いさせて頂いておりましても、父親が酒を飲むことを止めてもらえませんでした。

★ある日お結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ、私の家は結構になるのに…等と思っていませんか? それは心で人を殺すことになり、神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。 それが神様のお心に適うのです。」とみ教えを頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対して責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、お父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになり、暴言暴力が無くなり、円満に生活させて頂けるようになられたのです。

★お願いのあり方が大切なのです。それぞれのお願いを、正しい方向へと導いて頂けるのがお広前であり、御結界です。正しいお願いを持たせて頂き、正しく日々の生活を営ませて頂けるような、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

★『人の心は移り変わりやすいものである。その、人の心を頼りにするから、腹を立てたり物事を苦にしたりすることになる。人に向かう心を神様に向けよ。神様は、氏子の願いは何でも聞き届けてくださる。』
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2020年10月22日

●真心は神様に必ず届く

 阿倍野教会の初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。小料理屋を営んでおられた太市氏は、甘木教会に於いて、お仕えになられた金光四神様の10年祭のその日、朝食を取っておられた時に、商人が鯉を売りに来たそうです。生きた鯉をお供えさせて頂こうと、買いに外へ出ようとしましたら、奥様が「私も行きます」と仰ったそうですが、奥様は値引き交渉をなさるのが常でしたので、【値引きをすると、神様にお供えさせて頂く真心に穢れが入る】と思われ、穢れのない有難いお供えにさせてもらいたいと考えた太市氏は奥様の申し出を断り、商人の言い値で鯉を買われたのです。

★その鯉を藁つとに入れて、4里(約16キロ)の道を歩いて参拝なされたのでした。途中、筑後川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから藁つとを水につけたところ、鯉が逃げてしまったのです。船が対岸に着いてから投網を探して、船頭さんにお願いをして、もう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、このあたりだろうと見当をつけたところへ投網を入れますと、その鯉が網に入って上がってきたのでした。そして、再度藁つとに入れて甘木教会へ参拝し、お供えさせて頂くことが出来られたのです。甘木教会の初代安武松太郎先生は、ことのほか喜んで下さり「あなたが真心で願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心を神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後に鯉をほどかれますと、まだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されました。そして、それから10年後の金光四神様の20年祭の時には、なんと三尺(90センチ)に育っていたということです。

★真心は神様に通じていくのです。二代金光様が『おかげは神がくださる。道は人が立てる。道は人が立てるのだから、難しい』とみ教え下さいました。氏子は真心を貫いていかなければなりません。その真心に対して神様がおかげを下さるのです。『おかげは受け得、守りは受け勝ち』と、いくらでもおかげを頂ける有難いご信心を私達に教えて頂いております。太市氏も85歳まで長寿のおかげを頂かれ、子孫の末々までそのお徳は伝わり、皆が助かるおかげを蒙っているのです。

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2020年10月21日

●御礼の心・喜ぶ心を大きくしてゆく

二代教会長伊藤コウ師は、あるご信者に、「あなたの御礼の心は小さいなあ。顕微鏡で見ないと見えないような、小さな小さな御礼の心では情けないですよ。」とみ教え下さったそうです。そのご信者は、現在もその事を思い出して、「40年以上も前に頂いたみ教えですが、未だに私の御礼の心はまだまだ小さく、御礼を申すことが上達していないことに気付かされます。元来、御礼を申すことが下手で、それをコウ師は最初から見抜いておられ、一番大切なことでありながら、私の分かっていなかったところを教えて頂いたことは有難いことであり、生涯頂き直さねばならないみ教えでした。」とお礼とお詫びのお届けをなさって、頂いたみ教えを日々御礼を申すことを心掛けながら生活なさっておられます。

★四代金光様は、交通事故に遭われて入院され、退院なさったご家族がお届けなさった際に『お礼が遅れて願いが先になっていますなあ。…六分のおかげを頂いていても、後の四分のことばかりお願いしているでしょうが。六分のおかげを受けているから、後の四分をおかげを頂けば良いのに、六分の御礼は申さずに、四分のことばかり言うでしょうが。…交通事故に遭ったというても、おかげを受けていればこそ養生ができる。おかげを受けているから、お参りができるのでしょうが。…三代金光様は『御礼を申しても、御礼を申しても御礼が足りません。その御礼の足らぬお詫びばかり申しております。』と仰ったではありませんか。私共は神の氏子であります。子供であります。いつも自分に言い聞かせております。自分は子供じゃと。いつも上を向いて自分に言い聞かせることは、今日は親が喜んで下さったであろうか。常に自分が親から喜ばれる生き方であったろうか、と言い聞かせております。…』と仰せになられたのでした。

★『喜び上手が、おかげの頂き上手である』とみ教えを頂いておりますが、誰しも至らない部分があり、日々頂いている恩恵(おかげ)に対してお礼の心や喜ぶ心が足りていません。次々と起きてくる出来事に際しても、命を頂いているからこその体験であると、御礼を申し上げますと、自然とその出来事に喜べる所を見出すことができます。日々喜ぶことが上達させて頂けますように、御礼を土台に生活を送らせて頂きましょう。
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2020年10月20日

●周囲の方々あっての自分であること

『ここへ参ってきても神の言うとおりにする者は少ない。みな帰ってから自分のよいようにするのでおかげはない。神の一言は千両の金にもかえられない。ありがたく受けて帰れば船にも車にもつめないほどの神徳が頂ける。心の内を改めることが第一である。』

★生神金光大神様のお取次を頂き、み教えを本当に心の底から有り難く頂いて、み教えを実践させて頂きますと、立ちどころにおかげを頂くことが出来ます。どんな時にでも、「周囲の方々あっての自分」であることを忘れず、自分だけの助かりを願うのではなくて、まずは周囲の方々や先方の助かりを願わせて頂く稽古をさせて頂きたいと思います。知らず知らずのうちに、「自分の話を聞いてほしい」「自分の立場を理解してほしい」と、お互いが自分の都合を先に立ててばかりいると、自分も相手も立ち行かず、難儀が更なる難儀を生むようになってしまうのです。

★例えば、クレーム処理のお仕事でも、クレームをつけてくる相手の方は、言葉も刺々しく、理不尽な内容をぶつけられることも多いかもしれませんが、そんな時こそ「相手の方が立ち行かれますように、こちらも立ち行くおかげを頂けますように」と、神様にお願いしながら対応させて頂くことによって、神様のお徳が現れて、相手も自分もどちらも助かるおかげを頂くことが出来るのです。

★また家庭生活においても、あいよかけよで願い合う心を忘れてしまいますと、病人が家族に対して「足音がうるさい!」「私は食べられないのに、家族は楽しそうに食事をして、私が辛いことを分かってくれていない」等、自分の都合を先に立ててしまい、不和が生まれてしまいます。あいよかけよで願い合い、御礼を申し合う稽古は、どんなときでも、どのような場所でも、させて頂ける有難い信心の稽古です。信心の稽古の材料は、身の周りに溢れていると思います。共々におかげを頂きましょう。

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2020年10月19日

●驕りは繁盛の敵

『おごりがましいことをすな。ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな。』

★信心するものは、驕りがましい事を生活の中から取り除くように、心の驕り、物に対する驕りを戒めて頂いております。日々生活を見直させて頂き、改まらせて頂いて、無理・無駄・ムラを省くことが必要です。

★御大祭に向けまして、普段できないところを整理整頓させて頂きましょう。大掃除のように、多くの人数でお掃除することは出来ませんが、今日は御神殿のお掃除、今日は押し入れの掃除、棚の整理、倉庫の掃除、今日は天井、今日は壁…等々と決めて、御大祭までに夫々のご家庭でおかげを蒙られますよう、お祈りいたしております。

★あるご家庭では、子どもさんが熱を出したときには、普段できていないところのお掃除を、すぐにするように心掛けておられます。そのご家庭は、二代教会長伊藤コウ師より「子どもの体調がすぐれないときには、押し入れの中を一度見直してみなさい。整理整頓ができているか、ほこりが積もっているところはないか、台所や便所やふろ場も汚れていないかを見直してみなさい。」と教えて頂かれ、そのみ教えを今も守り通され、代々受け継いで実践しておられるのです。み教え通り実行なさいますと、みるみる子どもさんの体調が良くなって、全快のおかげを頂いておられるのです。心の驕り、物に対する驕りを取り去ってゆかなければ、健康と繁盛の有難い姿が崩れてゆくのです。

★平家物語の冒頭にある「驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し」とは、「地位・富・名声などを笠に着て威張り散らしているような者は、遠からず没落するものだ」という意味です。昔から「驕りは諸悪の根源」であるとも言われていますね。

★商業繁盛十訓  

(1)信用第一

(2)いつも自信を持ってにこやかに。

(3)商品は金銭同様、丁寧に扱う。

(4)今日の仕事は今日のうちにする。

(5)急がず怠らず一歩一歩前進する。

(6)常に創業時代の心持ちを忘れないように。

(7)石にかじり付いてでも努力する。

(8)省みて天地に恥じない商売をする。

(9)人より恨みをかう因を作らない。

(10)困難は神様が示す試練であると悟る。
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2020年10月18日

●願う以上のおかげを下さる

 神様は心の奥底まで見抜き見通しであられ、思う事が願いになっていくということを教えて頂いておりますが、本当にその通りです。生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂くということは、真に有難いことですね。良いことを思い、良いことをお願いをさせて頂くことが大切でありますが、そのお願いが成就させて頂く為には、どのような信心を夫々がさせて頂くか、ということが重要です。

★二代教会長伊藤コウ師が「お願いしても、なかなかおかげを頂けないという時は、神様が特別なおかげを用意して下さっている時ですよ。例えば洋服でも、既製品であれば、すぐにどこでも買えます。しかし、あつらえる洋服であれば、そうはいきません。体にぴったり合うように、寸法を測ってもらって、仮縫いをしてもらって作ってもらいますから、時間も日数もかかります。それと同じで、神様が【一番良いようにしてやろう、こうもしてやろう、ああもしてやろう】と行き届いて段取りをして下さっているのです。あとはしっかり信心をさせて頂いて、時節を待たせて頂くことです」とみ教え下さいました。

★私達は、おかげ話を聞かせて頂く機会を多く設けて頂いておりますが、どのように信心をなさって、どのように御修行なさってこられたかということを、しっかりとつかませて頂くことが大切です。そこを見ずに、ただ結果だけを聞くような聞き方をしてしまいましたら、本当に大切なところを頂いているということにはなりません。どんなご苦労があられたのか、どのように有難い御修行を継続してこられたのか、そこをしっかりとつかませて頂くのです。「楽は望まぬ、苦労は覚悟、苦労しがいのあるようにならせて下さい」と御隠居様がお願いなさってこられました。私達も、そのお願いの仕方を習わせて頂いて、楽を望むのではなく、苦労は覚悟の上で、しがいのある苦労をさせて頂けます様に、その為に信心が一段でも二段でも向上させて頂けます様に、とお願いをさせて頂きましょう。

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2020年10月17日

●おかげの元を忘れない

初代教会長伊藤徳次師が32歳でお国替えになられ、その十日祭の当日、広前のご建築の為の建築委員が、総辞職の連判状を持ってこられるということがありました。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「何とご慈愛の深い神様かなあ。もし役員・建築委員の方々が『後の事は、私達がみな引き受けて、何もかもさせて頂きますから御安心ください。』と言うて下さったとしたら、ついそのご厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は、人間の教会。神様におすがりして建てさせて頂く教会は、神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。」と思われました。連判状を御神殿にお供えされ、「神様、私を可愛がって下さいまして、有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよ、とみ教え頂きました。有難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように。」とお礼とお願いをされました。そうして、只一人、諦めることなく強く願いを持ち続けられ、およそ1年後には無事にご建築が成就されたのです。開教五年記念大祭に併せて、お広前の新築落成奉告祭が、盛大にお仕えになられたのでした。

★阿倍野教会の歴代教会長先生は、起きてきたことを全ておかげにしてこられました。『後で考えてあれもおかげであった。これもおかげであったということがわかるようになる。』と教えて頂いておりますが、まさにその通りです。おかげの元を忘れてはいけません。おかげを頂いて結構になられた家が、元を忘れてしまい、おかげを頂けないようになってしまうと、神様がお嘆きになられます。そのために、ご恩を知ってご恩に報いる生き方を続けていかなければなりません。良いことが、長く続いていく家にならせて頂けますように、共々に信心に励んで参りましょう。

★『おかげを受けるのに巧者がある。だれでもおかげをいただいたら、そのありがたいということをいつまでも忘れないようにせよ。それを忘れたら、もういけない。後のおかげはいただけない。それさえ忘れなければ、おかげは思うようにいただける。』
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2020年10月16日

●み教えを頂き続け、日々神心を磨く

 平成元年に80歳でお国替えになった竹中哲哉氏は、(株)クボタに勤務なさりました。京都大学で学ばれたのは電気工学でしたのに、鋳物を研究を担当されたのでした。与えて頂いた仕事を天職だと思って、有難くお受けになり、仕事に惚れて、打ち込んでさせて頂かれますと、恩加島工場長をはじめとして、新日本パイプ(株)社長・クボタハウス(株)社長・クボタ精機(株)社長・旭精工(株)社長・日本鋳工所社長を歴任されることとなられたのでした。

★新大阪駅の丸型の柱を鋳物製で作られ、ポーランド・ワルシャワで開かれた世界鋳物大会に日本代表として研究発表をされるなどの功績を残され、60歳を過ぎられて工学博士になられました。また、赤字の関連会社に次々と出向かれ、会社を立て直すという大変な重責も、神様が与えて下さった有難い仕事として、受け切っていかれたのです。

★その竹中氏が75歳の御頃、「年令と立場が上になっていく程、だれからも言い聞かせて頂くことは出来なくなります。しかし、お広前にお参りさせて頂くと、毎日み教えを頂くことが出来ます。大変有難い事です。」とおっしゃっておられたのです。

★人間は、生まれながらに神様の氏子としての有難い心(神心)を頂いております。生神金光大神様のお取次を頂き、み教えを日々頂くことによって、本来頂いている神心が磨かれ、慈愛の心や是非の心、良いものは人に譲る心、間違いを犯すことを恥ずかしいと感じる心、あるいは、問題にぶつかっても逃げ出さず、神様に真心からお縋りする心等、尊い神心が表に現れて、お役に立つ有難い働きをさせて頂くことが出来るようになるのです。

★『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しゅうはならぬ。』

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2020年10月15日

●自分自身を見つめ直してゆく

10月11日から11月11日まで、特別信行期間を定めさせて頂いて、それぞれに信行に励ませて頂いております。

★本教で信行期間が設けられるようになられましたのは、昭和9年、三代金光様がご神勤40年をお迎えになられる年でした。当時の御本部の先生方が、「御神勤40年の御礼の会」として、三代金光様に御礼を申させて頂く計画を立てられたのです。しかし、三代金光様は、「御礼の会の事は断ってもらいましょう。年限が長いというだけでは功がないのですから。神様へ御礼を申して下さればそれで結構です。」と仰ったのでした。そこで、御本部の先生方は、何が神様への御礼になるのか、金光様への真の御礼になるのかを、改めて考えられたのです。信奉者一人一人が御礼の心で信行に励ませて頂き、信心が向上させて頂くことが、金光様への一番の御礼になると考えられ、設けられたのが「信行期間」なのです。

★三代金光様は、昭和11年に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。『天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって、早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が、座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは、辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて、泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます』と仰せになられたのです。


★私共も、有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足らないような心にならせて頂けますような、信心向上のおかげを蒙らせて頂きたいと思います。この特別信行期間で「御大祭に向けましておかげを蒙らせて頂き、信心向上させて頂けますように」とお願いさせて頂き、神様がお喜び下さるようなお願いの中身に進ませて頂くことが、神様への御礼に繋がるのです。御大祭をお迎えさせて頂くにあたって、締めくくりをしっかりとさせて頂いて、有難い御大祭の御庇礼を蒙らせて頂くために、新しく願いを立て直し、五ヵ年計画第四年目の信心をどう進ませて頂くか、さらには、令和4年の開教100年の御大祭を迎えさせて頂く迄のこの2年間を、どのように進めさせて頂くかを考え、この特別信行期間が、有難い一日一日とならせて頂けます様、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

★御大祭までに家の中、普段に出来ていない倉庫や押し入れ、棚など、身の回りを整理整頓させて頂き、掃除をさせて頂きましょう。それが心の掃除となり、その心の掃除が体の上におかげを頂くことや、仕事の上での改まりに繋がってゆくのです。御大祭に向けて、取り組ませて頂くべき大切なところは、自分自身を見つめ直してゆくということです。御大祭までに、心と身体の掃除をさせて頂くつもりで、信行に励ませて頂きましょう。
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2020年10月14日

●心を洗い、有難いの一心でご修行させて頂く

『はじめは黒住教の信者で、お祓を一週間に一万度もあげていたが、後、そのことを金光様にお話し申し上げたところ、「拝み信心をするな。真でなければいけない」と言われた。また、「神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ」とも教えてくださった。』

★11月11日迄を特別信行期間と定めて、一日一日を大切にしておかげを頂いております。「何かしら新しくご修行をさせて頂こう!」という心構えが大事ですね。「家業が行」と教えて頂いておりますから、その家業を通してお徳を積ませて頂けるように、ご修行に励ませて頂くのです。その為に『人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』とみ教えを頂いておりますように、【有難いの一心で取り組ませて頂く】ということを目標とさせて頂きましょう。『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』仕事の上でも、病気の治療を受けさせて頂く上でも、家事育児をさせて頂く上でも、心の底から有難いと分からせて頂けるときに、より一層思う以上のおかげを頂けます。

★反対に「めんどくさいなあ」「手間や時間ばかりかかるなあ」等、簡単に言ってしまいがちですが、「めんどくさい」と思う心をお取り払い頂くところにも有難いご修行があります。心が険しいのであれば、険しいところをお取り払い頂く。心が狭いのであれば、狭く頑なな部分をお取り払い頂いて、柔軟で広い心にならせて頂けるようにご修行させて頂きましょう。家業を潔く有難く働かせて頂く、分相応を過ごさぬように倹約をする、嫌々するのではなく全てを有難くさせて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。

★毎日の生活を「変わらなくてつまらないなあ」と思わずに、何事にも「金光様、ありがとうございます・・・」と口に出しながら続けさせて頂けましたら、その和らぎ喜ぶ心が良いことを生んでいくのです。

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2020年10月13日

●生活習慣の改まり

二代教会長・伊藤コウ師のお姉さんのスエさんは、ある年の夏、暑さしのぎに冷たい物を食べ過ぎたり、物干しにござを敷いて寝たりと、体を冷やすことばかりしてしまった為に、秋口に腰が立たなくなられたのでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、コウ師の御母堂・伊藤ハル刀自は、以前お世話になったご恩返しにと、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間を泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは、御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も、一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも、一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間でハル刀自が帰られるまでに治して頂きますようにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★改まりがないことには、おかげに結びついていきません。自分自身が「本当に間違っておりました。行き届かないことでご無礼でありました。」というように、理解が出来てゆきましたら、物事は良い方へと展開してゆき、おかげになります。他のことに気が取られて集中できないということ、或いは、いつも不足ばかり言って腹を立てていること、これらのことをお取り払い頂かなければ、結構にはなりません。神様に心が向かうときには、信心になってゆきます。人や出来事に心が向いている時には信心にはなっておりません。共々に日々の改まりに努めて参りましょう。
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2020年10月12日

●先を楽しみに、今日を喜んで信心させて頂く

 教祖様のご在世中に、祈念祈祷を重んじていた修験道の山伏が、教祖様のみ教えを一方的に敵対視し、お広前を度々荒らしに来たのでした。しかし、教祖様は山伏に対して腹をお立てになるどころか、津川治雄師に『このお広前へある山伏が来てかれこれ(暴挙を働く)したことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれ(仕返し)してはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。…この神様のお道は年々にご繁盛なさる。氏子先で合点せよ』とおっしゃり、どこまでも「神様のさせなさるご修行」と受け切って行かれ、腹を立てられることも、仕返しをする心にもなられませんでした。それは、神様がその体験を通して、物事や環境、人の心を整えて下さることを、有難くとらえておられたからです。また、先を楽しみにお願いなさっておられたことが、よく分からせて頂きます。

★慶応3年12月24日、高橋富枝先生が御神前で拝んでおられましたら、『大谷には山伏が来て荒らしたが、来春3月の7日、8日頃にはお上へ通り、公に拝めるようになるから、酒と肴とを持って歓びに行け。』と神様からお知らせがありました。高橋富枝先生は、すぐに清酒と鯛を用意され、お広前に参拝されますと、献納の提灯や絵馬・幕など所狭しと置かれていた物が、何もかも山伏に持って行かれてしまい、ささやかにお社がお祀りされており、涙が出るような光景でありました。参拝者がみな異口同音に、山伏の暴挙に対して不満を申す中、高橋富枝先生は涙を堪えて「結構なお煤(すす)払いでございます。」(大掃除の意味)「金光様、まことにすずやかになりました」と持参された清酒や鯛をお供えされました。

★教祖様は、御神前に向かわれ、御祈念なさいますと、今度はご裁伝(教祖様のお口を通して神様のお言葉が下がる)があり、天地金乃神様は『何千何百人と参拝者はあるが、皆が気のふさがるような事を言い、一人として神を勇め慰める者はない。其方はおさなき婦人ながら、先の歓びを言い立てて神を勇める。神も誠に喜ぶぞ。』と伝えられました。そして翌年の3月、お上のお許しを頂かれて、山伏が来ることがなくなり、公に拝むことが出来られるようになられたのです。

★神様の仰せのままに、先を楽しみに喜んで信心させて頂きますと、自ずと結構な道が開けてゆき、安心の道を歩ませて頂けることが分からせて頂けます。

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2020年10月11日

●隠れても月は雲の上にある

 昨日は、御本部で生神金光大神大祭がお仕えになられ、私達は阿倍野教会のお広前でご信者皆様と共に遥拝させて頂きました。また、御大祭遥拝の御祈念の後には、お琴の楽の御用の方々が、吉備楽を奉納して下さり、共々に生神金光大神様、天地金乃神様に御礼を申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでございました。

★教祖様は、ご生前中から金光大神祭り日(まつりび)として、10月10日に御祭典をお仕えになっておられました。生神金光大神様がお仕えになられる金光大神祭りとは、お取次によって人が救い助けられる生神金光大神様のお働きに対して、お礼を申し上げるというご意味であられました。明治16年の10月10日に、金光大神様は神上がられたのでした。

★教祖様はご生前中に、福嶋儀兵衛先生に対して『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。 形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせて下さる。』と仰せられました。福嶋先生が「それはいつのことですか」とお伺いされますと、「此方はどこへも知らせないが、真ある者には神様がお知らせになろう。凧の糸を引くようにな」と仰せられたということです。その仰せの通り、教祖様の直信の信者の中でも、とりわけお徳の高い先生方が、神様から教祖様お国替えのお知らせを頂かれて、御霊地に参拝なさってこられたということです。遠方であってもまさに時間も空間も超えて、神様のお徳が現れたのでした。

★尊い教祖様のご信心に、一歩ずつでも近づかせて頂くことを目標に、いつも心を神様に向けさせて頂きながら、実意丁寧、正直親切を心掛けさせて頂き、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。
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2020年10月10日

●神様のご試験から良いものを生み出す

 あるご信者がお参りなさった時のことです。少し帰るのが遅れたのですが、ご主人の機嫌が悪かったそうです。あとから「今日は用事があったのに車が無くて使えなかった。遅くなるなら事前に言うたらいいのに。土日のお参りは今度から車を使うな!」と言われたのだそうです。何かの折のお参りや、御本部参拝はご主人も一緒にお参りされますし、お宅祭も一緒に拝んでおられますが、機嫌が悪い時にはそうした言葉が出てしまわれるようです。ご信者は「どう受け取っていいか分からない。どのようにしたら、お参り出来るのだろうか。なぜあんな言い方をするのだろう」と戸惑い、納得がいかなかったそうです。そのことについてお届けをなさったのでした。

★そこで、そのご信者に「それは、まさに神様のご試験というものですよ。神様があなたを試験なさっておられるのです。ご主人の口を通して厳しいことを仰っておられるけども、これをあなたはどう受けて、どういう信心を練りだして、おかげにしていくのか?ということを神様は試験なさっているのです。ただ言葉だけを真に受けて〈主人はなんてことを言うんでしょう〉ということで腹を立ててしまったら、【お参りしたいときに参れない】【車を自由に使えない】ということだけが残ってしまいます。それでは何も良いものは生み出せません。何か事が起こってきた時に、それを神様のご試験だと思って、どのように合格点を取らして頂こうか?と練りだしていく信心が必要ですね」とお話しさせて頂いたことでした。

★色々なことで私達は神様からのご試験を受けます。そうして『あなたの信心はどこまで進みましたか?どういう受け取り方が出来ますか?あなたの受け物はどこまで育っていますか?』とお尋ね下さっているのです。先の話の場合でしたら、事前にご主人に相談をしたり伺っていましたら、何も問題はなかったのです。実は心配りやお礼が足りないのです。使わせて頂いていて当たり前だと思っていたのです。ご信者もその考え違いに気が付かれました。お参りをさせて頂けるお礼、そして車を使わせて頂けるお礼、さらには御用にお使い頂けるお礼を常に申させて頂かねばなりません。こちらの実意がまだまだ足りないのだ、丁寧さが足りないのだと思わせて頂きましたら、腹を立てたり不足に思うこともありません。神様のご試験に合格点を取らせて頂き、良いものを生み出していけるようにならせて頂きたいですね。

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2020年10月09日

●実意丁寧な信心を習って

昨日はみかげ会例会が開催され、石黒氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★石黒家のご信心は、昭和23年11月にお母様がご近所の方にお導き頂かれたところから始まりました。お母様は親先生の『思うようにことが運ばない時、行き詰った時は、日頃、目の行き届かなかったところを、改まって掃除や整理整頓させて頂くことで、良い方向に向かわせて頂ける』というみ教えを守られ、体調のすぐれない時などは、お詫びをして家の掃除や整理に励まれて、神様にしっかりお縋りをして御神米や御神酒でおかげを蒙られたのです。

また、常に御礼の信心を心がけられ、御本部御礼参拝、月例祭、婦人会例会のお参りを95才まで欠かさず、続けられたのです。そうして、お国替えなさる98才まで一度も入院なさることなく、さらにはお国替えなさる1ヵ月前まで家業に励まれ、天寿を全うさせて頂かれたのでした。

★お母様の実意丁寧なご信心によって、お父様もお導きを頂かれ、石黒氏の御兄妹も信心を受け継がれ、御礼の信心・御用に励んでおられます。

★平成28年石黒氏は、右目に違和感を覚え、お取次ぎを頂かれて、眼科を受診されました。診察の結果、眼圧が40を超え、正常値より大幅に高くなっていたのです。点眼薬と内服薬を服用し、改善されましたが、周期的に眼圧が上昇することがあられ、緑内障へ移行する恐れがあると診断を受けられました。石黒氏は、令和元年に医師より、緑内障の手術をするように勧められましたが、石黒氏は、「是非とも手術せずにおかげを頂けますように。目薬を中断し、御神酒でおかげを頂けますように。」とお届けされたのです。

★そして、2週間後の診察を受けられますと、眼圧も少し高いため、医師より手術を決断するように強く勧められたのでした。石黒氏は、2週間、目に御神酒を頂けば、良い結果が出ると期待していた間違いに気付かれたのです。有難い御神酒の方が目薬より効くのでは…という安易な考え方をしていたことにお詫びを申され、ご神徳に満ち溢れた御神酒を有難く拝んで頂く心が大切であることに気付かれ、頂き方を改められたのでした。

そして、5日後、病院を受診されますと、なんと眼圧は正常値に戻っておられ、医師も大変驚かれ、手術せずにおかげを蒙られたのです。石黒氏は、御神酒の頂き方がいかに大切であるかという事を、身をもって分からせて頂かれたのです。

★『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』

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2020年10月08日

●「実意丁寧正直親切」を積み重ねさせて頂く

 昨日は、御本部・生神金光大神大祭に、阿倍野教会から二名代表参拝のおかげを頂き、真に有難いことでございました。

★『天地金乃神は何千年来、悪神邪神と言われてきたが、此方金光大神あって神は世に出たのである。神からの恩人は此方金光大神である。氏子としても、此方金光大神があればこそ天地金乃神のおかげが受けられるようになった。氏子からも恩人である。神からも氏子からも両方からの恩人は此方金光大神である。』

★教祖様が、ご生前中のご信心のご修行によって頂かれたお徳でもって、信奉者一同が次々と有難いおかげを頂き、神上がられてからは、永世生き通しの取次の神としてお働き下さっておられるそのお徳によって、氏子が皆助かっているのです。有難いご信心の道に入れて頂いている私達信奉者は、金光大神様が天地金乃神様を現わして下さったこと、私達も『金光大神のようになれる』とみ教え下さったことをしっかりと心に頂かねばなりません。

★教祖様は、『どんな物でも、よい物は、人に融通してやれば人が喜ぶ。それで徳を受ける。人にやるのでも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。人に物をやる時には、たとえ前かけ一枚やるのでも、よい方を人にやり、悪い方を自分が使うようにせよ。』と、み教え下さっておられます。日々、生神金光大神様のお取次を頂きつつ、人に対して正直親切にさせて頂き、銘々に頂いている家業を実意丁寧に勤めさせて頂くことを心掛けさせて頂いておりますと、神様からのご信用を頂けるようになり、有難い生き方が子孫にまで伝わって、子孫繁昌家繁昌のおかげを頂くことが出来るのです。

★『真の信心する人を見よ。慈悲深くするゆえ、おかげで無病息災、諸事よきこと子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』

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2020年10月07日

●真一心の信心におかげは現れる

あるご婦人は、脳梗塞の後遺症で半身不随になられたのでしたが、そのお身体で、阪南町から手押し車を押しながら、朝参りを毎日続けられました。

★そのご婦人ですが、ある時から左足の甲が腫れてきて、痛んで痛んで、ふくらはぎと同じ位の太さにまでなってしまわれたのでした。病院で処方された薬も根本的な治療にはならず、次第に病院に行くことも出来ない程に腫れと痛みが増していったので、医師に往診に来て頂かれたのでした。ご信者は、お剣先を御神酒に浸して、左足の腫れたところに貼っておられたのですが、傷口も何もないところから膿が出てお剣先についていたのです。ご家族は「これは神様がお知らせ下さっているのだ」と気付かれました。そこで、医師がメスを入れてみられると、膿がどんどんと出てきて、ティッシュ一箱以上の血膿をお取り払い頂かれたのでした。

★さっそく、病院に入院して検査を受けられると、糖尿病と痛風による症状だと分かり、点滴治療を受けることになられました。ところが、今度は食事が入らなくなって、腸閉塞をおこしていることがわかったのです。

★詳しく検査を受けられますと、大腸にあるこぶし大のポリープが腸を塞ぎ、すぐにでも手術が必要ですが、体中に膿が回っている今の状態では手術は出来ないので、このままだと、2・3日の命であることが告げられたのでした。急な宣告に、ご家族はお願いする気力も失いかけておられたのですが、「今こそ、家族が心を揃えてお願いさせて頂く時です。医師の告げられたことは、神様がお決めになるご寿命とは限りません。必ず治らせて頂いて、もっと親孝行がさせて頂けるよう、お願いさせて頂きましょう。」と、お話しさせて頂きました。そこから、ご家族も心を揃えて神様にお縋り出来られたのでした。

★すると、その夜中のこと、ご信者は夢か現実か分からない状態の中で、ベッドの周りをお装束を着た先生方が四、五人も囲まれ、ご祈念下さるお姿を見られたのです。ご信者は、心の底からの有り難さと安心感に包まれ、「有難うございます…。と」お礼を申されたのでした。その翌朝、肛門から液体のようなものをお取り払い頂き、その後に便をお取り払い頂かれたのです。医師に診察してもらいますと、「先日あったはずのポリープがない!」と、驚かれたのでした。その後退院させて頂かれ、一年寿命を延ばして頂かれ、健康な体でご家族と共に過ごされました。一年後に実に有り難く、天寿を全うさせて頂かれたのです。
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2020年10月06日

●真心で願えば、神様はお使い下さる

 ある年の春、御本部の御大祭に参拝させて頂いた時のことです。

★御祭典を拝ませて頂いた後に、御本部のお広前で「先生。」と声を掛けられましたので振り返りますと、阿倍野教会のご信者がおられました。このご婦人は、米子に住む姪御さんをお導きさせて頂きたいと願っておられ、お結界でお届けなさっておられました。話を伺いますと、姪御さんと金光駅で待ち合わせをしていたのに、姪御さんの到着が遅れて御祭典を拝むことが出来られず、こうしてお広前に参拝させて頂いた、ということでした。姪御さんには息子さんがおられ、突然発作を起こして倒れ込むことが頻繁に起こるようになり、気の毒になってお導きなさったのでした。しかし、姪御さんには信心する気が全くなく「物見遊山のつもりでもいいから、とにかく一緒にお参りしましょう」と、やっとの思いでお導きなさり、息子さんも一緒にお参りになったのでした。

★ところが、いざお参りなさると、息子さんは長い時間お広前で額ずいて、神様に助けて頂きたいと真剣に御祈念をされました。場所を移してお届けを受けさせて頂き、更にお話を伺いますと、姪御さんは、「息子が真剣に神様にお願いしている姿を見て、いい加減な気持ちで来てしまった自分が恥ずかしいです・・・」とおっしゃり、親子共に真剣にお取次ぎを頂くことが出来られたのでした。

★驚いたことには、姪御さんは私の家内と同じ出身地で、家内の兄の同じクラスの同級生だと分かったのです。家内の兄は、28才の時に交通事故で亡くなられ、そのこともお話ししますと、「今日お参りさせて頂いて、このような心にならせて頂いたのは、お導き下さった叔母と、御霊様(家内の兄)のおかげです」と、感激してお帰りになりました。その後、息子さんの発作は激減し、夏休みには、お父様も共に家族が車で、阿倍野教会にお礼参拝が出来られたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「おみちびきは、自分でするのではなく、神様にさせて頂くのです。おみちびきをさせて頂けるだけの、徳と力を頂けるよう、常平生から神様にお願いさせて頂きながら、人に親切にさせて頂くことを心掛けていたら、神様から御用に使って頂けるのですよ」み教え下さっておられます。ご神縁を頂いて、今日まで有難いおかげを頂いてきたご恩を忘れず、「その御礼に、今度は自分がお導きの御用にお使い頂きたい!」と、願いを持たせて頂き、御用にお使い頂くことによって、子孫繁昌家繁昌のおかげを頂くことができるのです。

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2020年10月05日

●先ず、御神座を定める


三代教会長先生の同級生であられたご信者は、幼少の頃から参拝され、大変熱心なお方でした。金光教教徒のご家庭で、家にお祀りしておられる御神殿・御霊殿のお水玉の水を毎日新しく替えられ、榊の水を替えてお供えされ、丁寧に拝んでおられました。ある時、同じように御神殿のお水玉と榊の水を新しく変えられたのですが、数日連続して不思議なことに左の榊の水だけが腐るので、ご信者は何かのお知らせに違いないと思っておられたのです。ご信者は、段々と呼吸がしづらくなられたので、病院で受診されますと、肺炎を起こしていることが分かり、呼吸器専門の病院に入院されました。調べて頂きますと、左の肺が弱っておられ、ご信者は左側の榊の水が腐っている御意味を分からせて頂かれたのでした。そして、適切な治療をして頂かれ、無事に回復のおかげを頂かれたのです。

★『家を建てる時に、まずご神座をどこにするか考えた後に、床の間や押し入れなどを考えると子孫も家も繁盛する。』

★家に御神殿を祀らせて頂くという事は、日々心を込めて御祈念させて頂く場所が決まるわけですから、家の中心・生活の中心が定まるという事です。

★先日もあるご信者が、新築をなさる際に「ここに御神殿をお祀りさせて頂こうと思いますが、いかがでしょうか?」と設計図をもって、お届けに来られお伺いなされました。その際に、「御神殿の上の階を、人が歩かなくてよいように設計をさせて頂きましょう。」とお話をさせて頂いたことでした。

★家を建てさせて頂く時には、まず御神殿を第一に決めさせて頂き、御神殿の上を通ることのないように、心を配って設計させて頂く事が大切です。家の中心を御神殿とし、日々丁寧に拝ませて頂いて、神様中心の生活をさせて頂いておりますと、神様・御霊様がお守り下さり、適切にお知らせ下さり、大難は小難に、小難は無難に、大病は小病に、小病は無病におまつり替え下さるのです。
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2020年10月04日

●『死んでもままよ』とは、願い続けること

『死んでもままよ』というみ教えの御意味を分からせて頂くことは、大変有難いことです。

★人は皆、死にたくないものです。しかし、自分が命にかかわる病気に罹り、「いよいよどうなるか分からない」という状態になったとき、どのような心持ちで神様にお縋り出来るでしょうか。「お医者さんが、もう命はないと仰ったから、どうにもならない。とても今からお縋りする気にはなれない。」というようなことを考えているのでは、これまでの信心が本物になり得ていない、まだまだ不行届きであったということになります。

★お道の信心をさせて頂く私達は、いつどのような状態にあっても、神様に御礼と御礼の足らないお詫びを申し上げ、そこから更にお願いしていくことを心掛けなければなりません。生命のことは神様に万事お任せして、神様に頂いている生命と身体ですから、諦めずにどこまでも願い続け、お縋りすることが大切です。

★誰でも、ついつい、自分の都合で物事を考えてしまうことがあります。一人で決めてしまい、誰から何を言われようと、聞く耳を持たないということになりやすいものです。『あなた様が仰ることを、すぐ素直に有難うございますと頂かせてもらえる、私にならせて下さい。とお願いをさせて頂く方が心配はないぞ。』と片岡次郎四郎師がみ教え下さっています。「あなた様」とは神様のことですが、常にこのような心構えでお願いさせて頂ける、自分にならせてもらえるように、おかげを頂くと結構なことです。

★み教えを頂き、神様の御心を分からせて頂けることは、実に有難いことです。「神様は今、何を仰っておられるか」ということを真剣に考え、共々に信心を進めさせて頂きたいと思います。

★『うろたえ信心をせぬがよろしい。また、早くおかげを受けたいと思うてうろたえるのは、近道をしようと思うて知らぬ道をうろたえるのと同じことである。此方には大道を行けというようなものである。一心になりて信心しなさい。』

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2020年10月03日

●日々の生活に喜ぶことを見出す

先日、80歳を超えられたお方がお届けに来られ、[只今、東大阪の仕事から帰らせて頂きました。そして、地下鉄のから教会まで歩いてきました。毎日一万歩以上歩いています。4月に緊急事態宣言が発令された頃は、怖くて怖くて外へ出ることも出来ませんでした。そうしますと、だんだん気や体が弱ってしまいました。緊急事態宣言が解除された時には、「これでは自分の心も体も弱り切ってしまう!」と思って、教会へ再び日参させて頂くようになりました。そうしますと、すごく体が元気にならせて頂きました。このような状況の中、お教会が閉門してしまわれずに、毎日お広前で四回の御祈念の時間があり、み教えを聴かせて頂けて、私たち信者がお参りさせて頂ける状況に整えて下さっておられることが、大変有難いことでした。毎日お参りさせて頂けるところがある。心配せずに安心してお参りするところがある。自分の心の中の様々な曇りが沸き起こってくるものを、神様にお預けし、スッキリとして帰らせて頂くことが出来ますことは、大変有難いことです。]と御礼を申されました。

★そのお方は、毎日東住吉区にある自宅から教会まで、行きも帰りも歩いて参拝なさっておられます。夏の暑さが厳しい最中も、一日一万歩以上歩いておられたのです。緊急事態宣言が発令された当初は、休業状態であられました。家から出ることも出来られませんでしたが、毎日お参りするようになられて、だんだんと心が元気になられますと、仕事をさせて頂く心にならせて頂き次々と仕事の予定が入ってくるようになり、現在ではコロナウイルスの感染拡大の前と変わらない状態になられたそうです。お参りさせて頂くと、心が元気になり、「こんな結構なことはない」と御礼が申せるようになり、健康を維持することが出来ておられるのです。毎日変わらずにお広前にお参りさせて頂くことによって、心も体も手入れをして頂き、健康を保たせて頂くことが出来るのですね。

★先日は中秋の名月で、大変きれいな月を拝ませて頂きました。季節が移り替わる中で、夫々に喜ばせて頂くことがあります。春は花、夏は涼風、秋は月、冬は雪…等々。毎日の生活の中で、喜ばせて頂けることを見つけさせて頂くことが大切です。結構なお家に住まわせて頂いていること、家族を与えて頂いていること、お仕事を与えて頂いていること…等々、その与えて頂いていることをしっかりと喜ばせて頂いて、御礼を申させて頂きましょう。

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2020年10月02日

●願う氏子におかげを授ける

 三代教会長先生がお話し下された中に、【天地の大親神様は全知全能ということではあられない。なぜなら助けてやりたいと願って下さっているけれども、よう助からん氏子が世の中にある。それは神様の方を向いておらない、神様から離れた生活をしているからです。助けてやろうと神様が願っておられても「いえ結構です。私は全くそういう気はありません」というような生活をしている。そこに、助けてやりとうても助けてやれない、という神様のお嘆きがあられる。だから、生神金光大神様を差し向けて下さったのです。『願う氏子におかげを授けてやろう』と仰って下さっているのですから、願う心にならせて頂かねばならん、ということです】とみ教え下さったことがありました。

★人間の心が、我情我欲、勝手気ままなことばかりしておりますと、助からないところがたくさん出来てきます。そこに『難儀な氏子を助けてやりたい』という神様のお願いがあられて、教祖様が差し向けて下されたのです。神様のお働きと、人の働きが揃ってこそ、有難いことに「神も助かり氏子も立ち行く」という世界が開けてくるのです。共に助かっていく生き方を私達は教えて頂いているのです。

★願うとは真の値で買うということです。私達氏子が真・真心を大きくさせて頂きましたら、それだけ有難いおかげを頂くことが出来るのです。勝手気ままな生活をし、自分の好き勝手にお願いだけして、「み教えは頂かず、改まりもしません。しかし、私の思うようにして下さい」という姿は、本気でお願いしているとは言えませんね。お願いさせて頂くということは「神様のお心に適う生活にならせて頂けます様に、そして神様にお喜び頂き、御安心頂き、少しでもみ教えに沿った生き方がさせて頂けますように」と改まりを願うのです。そこに「ご信心をさせて頂いて、おかげを頂いていく」というご意味があるのです。

★約40日後に、阿倍野教会の生神金光大神様の御大祭をお迎え申し上げます。神様から遠ざかるような日々の姿勢にならないように、神様に近づけるように、この40日間しっかりと神様に心を向けさせて頂いて、ご信心をより一層に進めさせて頂きたいと思います。

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2020年10月01日

●心を清く、神様と共に

 9月も万事万端にご都合お繰り合わせを頂き、こうして10月を無事に迎えさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★先日、お広前に小鳥が入ってきまして、初めての参拝で慣れていなかったのでしょう、飛び回りながら天井の空調や換気孔の格子に入り込み、埃を落として、出て行ってくれました。毎日掃き掃除、拭き掃除をして、お広前をきれいにさせて頂いているつもりでも、天井の格子の見えない所に積もっている埃を、小鳥をもって見せて頂き、「心と体に塵が積もらぬよう、油断なく信心せよ」と、神様からみ教え頂いたのだと、有り難くお礼を申させて頂いたことでした。ご信者皆様と、「今日は小鳥が参拝してくれました。…」と話をさせて頂いておりましたが、阿倍野教会信奉者一同に、突然何が起きてきても、有難くお礼を申す信心になっているかと、神様から問うて頂いたように感じさせて頂きました。

★教祖様の直信の高橋富枝師は、「お徳を頂くには、天地に対し、心の改まり方、慎み方が大切かと存じます。この慎み改まりが天地に御感応になれば、お徳もつき、み教えも頂けるのであります」と、み教え下さっておられます。

★また、教祖様が日々お唱えになっておられた六根清浄祓いの中に、「我がこころ(心神)を傷ましむる事なかれ。この故に、目に諸々の不浄を見て心に諸々の不浄を見ず。耳に諸々の不浄を聞いて、心に諸々の不浄を聞かず…」とあります。テレビや、インターネット等を通して、溢れるようにたくさんの情報が入ってくる世の中だからこそ、我が心が汚れることのないように、神様から離れることのないよう、日々頂いているおかげ、神様のお恵み、またあらゆる人々にお世話になっていることに心を向けて、どんな出来事からもご神意を悟らせて頂いてお礼を申すことのできるように、油断なく信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『氏子らは小さい所に気をつけて、夜分に提灯を借りても、手みやげをつけて、大きにありがとうと礼を言って返すが、日乃神様には、どのくらい大きなお礼を申しても、過ぎることはあるまい。』
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