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2020年07月31日

●真心で一心に願うとは…

信徒総代を務められた植田千代子氏は幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時、御本部参拝の際にお広前で時間の許す限り「私は、小さい頃より身体が弱いですので、親や周囲に心配をかけております。真に申し訳ないこととお詫び申し上げます。どうぞ病気をお預かり下さい。」とお詫びとお願いの御祈念を一心にされました。そうしますと、清々しい気持ちになられ、「ああ!これは必ずおかげを頂かせてもらえる!」と思わせて頂いて、その時以来どんどんと良くなり、病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と生涯の約束を3つされました。「1、生涯日参をさせて頂きます。2、絶えず喜ぶ稽古をします。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は文の里より、また転宅後は甲子園から日参され、6人の子宝を頂かれましたが、出産の前日も参拝され、出産後20日間は代参をたてられ、計64年間続けられたのでした。

★ある時ご主人が、工場で鉄板が倒れてきて、右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまわれたのです。医師は「とても治りません。」と言いながらも、一応手術して下さったそうです。植田氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい、というお願いなら、お取次させて頂きましょう。」と厳しくみ教えを下さいました。そのみ教えによって心が改まって、ご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、ご主人の痛みがなくなり、医師が驚くほど血管も神経もつながって、後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★真心・一心・信心辛抱が大切です。日参と聴教に励み、自分自身の信心の中身をみ教えに照らし合わせて、どのようにさせて頂いたら、より一層結構な受け物が作らせて頂けるのかと、反省と改まりをさせて頂きましょう。
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2020年07月30日

●心の法を持つ

『体の調子が悪い時は、ものの味が狂うておろうが。ご信心も同じことで、ご信心が狂うておる時にはおかげの有り難さが違うぞ。有り難いことを一つ本当に知っておれば、これがご信心の元になり、皆おかげになってくる。』金光教にお守り袋はありませんが、常に御神米をお伴させて頂き、み教えを心の守とさせて頂いて、いつも神様にご信用頂き、ご安心頂けるような生き方がさせて頂けるよう、自律自戒出来る人間にならせて頂きたいとお願いしてゆくのがお道の信者です。

★人間には、「しなければならないこと」、「自分の役割とまではいかないけれども、させて頂いたら結構なこと」あるいは、「してはいけないこと」があります。誰かに見られているからきちんとする、また、高い給料をもらえる仕事なら一生懸命にする、というようなあり方ではなく、誰に気付かれなくても、仕事に見合った報酬であるかどうかに関わらず、常に、心を神様に向けさせて頂いて、「心の法」に基づいた正しい生き方にならせて頂けるよう、日々ご信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★また、自分自身が今日まで頂いてきたおかげ、あるいは、代々のご先祖様が頂いてこられたおかげを忘れたような生き方になってしまうと、有り難いことが有り難く思えず、不平不足、心配、疑い、というような恐ろしい不成心が心を覆い、ものの見方も考え方も、次第に過った方向に傾いてしまいます。今日まで頂いてきたおかげの元を忘れず、み教えに基づいた心の法に従って、お礼の働きに努めさせて頂き、神徳、人徳を頂ける有り難い生き方を積み重ねさせて頂きたいと思います。

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2020年07月29日

●神様のお知らせを逃さないように…

あるご信者が、[取引先の担当者が次々と代わりますので、こちらが何度も念を押して確認をせねばならないことが多々起こってきています。こちらは段取りが分かっておりますが、新しい担当者は分かっておられませんので、少し的をはずしたことをおっしゃいます。それを「これはいつもと違うぞ…」と気が付いて、改めて打ち合わせをさせて頂きますと、「勘違いしていました。未だ知りませんでした」というようなことがあるのです。ですから一回一回の打ち合わせを丁寧にさせて頂いて、「受注した数量についても、もう一度確認させて頂こう。」ということを怠らずに、漏れのないようにさせて頂き、何度も何度も再確認しながらさせて頂く必要ができてきています。]とお届けされました。先へ先へと心配りをさせて頂いて、二度手間・三度手間のないように、おかげを頂いてゆかなければなりませんね。注意出来ているか、不注意であるかによって、利益が出るか、否かが決まってくるのです。

★日々の生活の中で、何事においても実意丁寧に、心中御祈念をさせて頂く稽古の積み重ねによって、日常卑近なところで神様が有難い体験をさせて下さるのです。心中御祈念させて頂いている中で、ふと心に気付かせて頂くこともあり、人の口を通して教えて頂くこともあります。また出来事を通して教えて下さることもありますし、或いは夢の中で教えて下さることもあるのです。そこには、実に大切な神様のお知らせが含まれているのです。

★時間のお繰り合わせを頂くことも有難いおかげです。しっかりと御祈念して物事に当たらせて頂きますと、何事も事故のないように、間違いの無い方向を選ばせて頂けるようになります。全てに間に合うようなおかげを頂いて参りましょう。小さなことを大切に思い、心を配って対処していくことが、大きなことが起こってこないようになる元です。日々参拝をし、お届をさせて頂いて「今日も一日、万事万端ご都合お繰り合わせ頂けますように」と御祈念させて頂いておりますと、危ない所に出遭わないように時間のお繰り合わせを頂き、一番都合良いように御都合をつけて頂けるのです。
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2020年07月28日

●それぞれの頂いているお役目

 若いお方が「職場で理不尽なことが多くあるように思えます」と仰っておられました。それは「一生懸命真面目に働いている人のところに、真面目に働いていない人の仕事が次々と振り分けられているように思い、腹立たしいのです。」とのことです。

★そこで「それぞれに神様からお命を与えて頂いて、有難いことにお役目を与えて頂いています。そういうことで結構に世の中が成り立っているのです。あなたの立場で、あなたのお役目をしっかり果たさせて頂けるおかげを頂いていきなさいよ。他の人の足らない所ばかり見て【あれが足らん、これが足らん】と言い合って、責め合うような生き方をしていると、心が荒れてしまって、関係が上手くいかなくなり、とげとげしい職場になってしまいます。それでは自分自身も助かりませんし、人も助からないということになりますね。ですから、あなたがしっかりと職場全体のことをお願いさせて頂きましょう。他人のことを一面一辺を見ただけで、全てを見たつもりになって批評したくなりますが、それは偏った見方です。そういうことにならないようにしましょうね。【あの人もこの人も立ち行きます様に】と全体が整うっていくようにお願いさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★一人一人のこと、更には全体のことをお願いさせて頂くということは、とても大切なことです。皆何かしらの形で役に立っているのです。他の方の存在に目を向けて、有難いところをしっかりと分からせて頂き、小さな働きであっても互いに喜びあって、全体を支えていく大きな力にならせて頂けばよろしいのです。

★『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ』人と比べる必要はありません。神様を目当てに、神様から与えて頂いているお役目を全うさせて頂くことができますようにとお願いさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2020年07月27日

●自身の至らなさを自覚する

教祖様は、数え年の42歳の時に、「のどけ」という病気で寝込まれ、湯水も喉を通らないような状態になられました。親族の方達が集まって病気平癒を祈念なさっておられた時に、そのうちのお一人の口を借りて、神様のお言葉が下がったのでした。その御内容は、以前に、教祖様のお宅がなさったご普請のやり方に、神様へのご無礼があった、というものでした。ところが、教祖様は、他のどんな人よりも日柄や方角の良し悪しなど、その当時の風習として神様への礼儀とみなされていたしきたりを、丁寧に守ってご普請をなさっていたのです。それをご存知だった教祖様の義父様は、神様に、「当家において、神様にご無礼はない!」と、断言されたのです。

★それをお聞きになった教祖様は、驚いて病床から這い出られ、「ただいま氏子(義父)の申したことは、何にも知らず申したのでございます。どの方角へご無礼がございましたか、凡夫で相わかりません。方角を見て、それですんだ(十分だ)とは思いません。」と、即座に丁寧にお詫びを申されたのでした。すると、神様より、「その方はよい。」とお言葉があり、心からのお詫びを受け取って頂かれ、神様から大きなご信用を頂けることとなられたのでした。

★私たちは、教祖様の「神様に対してどこまでも実意・丁寧なご姿勢」を習わせて頂かなければなりません。実意とは、御恩を知って、御恩に報いさせて頂くことです。心が行き届くことであり、すなわち真心です。丁寧とは、行いが行き届くことで、まだまだ至らないと思って、何度も反復練習して求めて現わしていくことです。家庭に於いても、職場に於いても、相手を責める心を取払って、「自分がまだまだ至らない。実意丁寧さが足りないのだ」という自覚を持つことが大切です。どこまでも謙虚に、実意・丁寧を心掛けて参りましょう。
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2020年07月26日

●一心に諦めずに願い続ける

 あるご信者は、ご主人がアルコール依存症で、飲みに行ったら帰ってこず、まともに働くことも出来ないので、親戚中から離婚を勧められるような状態だったのでした。ご主人は、病院に入退院を繰り替えしながらも、一向にお酒への依存が治る気配がない中を、奥様とお母様は神様に一生懸命におすがりなさって、おかげを頂きたいと願っておられたのでした。

★そのうちに、ご主人も、お広前にお引き寄せ頂けるようになり、神様に心を向けて生活出来るようになっていかれたのです。朝参りが続かれ、毎朝「どうぞ今日一日断酒させて頂けますように・・・」と、神様にお願いされてから一日を過ごすようになられますと、有難いことに、一日一日断酒を続けさせて頂くことが出来るようになっていかれました。好きなものを断ち、それまで続けてきた生活を変えるということは、大変な辛抱が必要になります。ご奥様は、子供さんも連れて参るようになられ、一家勢信心で、ご主人のアルコール依存が治り、生活が立ちゆく様、一心に神様におすがりなさってお願いし続けられたのです。

★ある時ご主人は、仕事に就きたいと、二代教会長・伊藤コウ師にお届なさいますと、「職場は近いところではなく、遠いところに、また、給料の安いところにお勤めさせて頂きなさい。」と、み教え頂かれたのです。ご主人はみ教えを守られ、元々お仕事の上でも優秀なお方でしたが、給料が安く、家からも遠い、いわば条件の悪い職場を見つけて、働くことが出来るようになられたのでした。そうしますと、朝早く朝食を済ませて朝参りをなさり、そのまま教会から出勤するようになられました。また、帰りは寄り道する時間はないので、仕事が終わったらすぐ帰路につくという生活を続けさせて頂くことが出来たのです。そうして、入社なさってから5年間、無遅刻無欠勤でおかげを頂かれ、課長に昇進させて頂くことが出来られたのでした。

★以前は、給料は全て酒代に消え、奥様もお母様も毎日泣いて暮らしておられたのが、5年後に御礼のお宅祭をお仕えする時には、涙ながらに有難いおかげを頂いているお礼を申すことが出来る、結構な家に変わらせて頂くことが出来られたのでした。

★神様を忘れて、自分の力だけでしようとすることには無理が生じ、難儀を生む元になってしまいます。一心に神様にお縋りして、何事も神様のおかげを頂いてさせて頂く心になれば、難儀も信心の材料となり、お徳を頂く有難いご修行となります。人の力の足りない所は神様が足して下さり、無理と思えるようなことも成就のおかげを頂くことが出来るのです。

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2020年07月25日

●謙虚が徳、善意、慈愛

23日は、天候・気象の上に御都合お繰り合わせを頂いて、真清会館と記念館の大掃除をさせて頂きました。大勢の方々の御用奉仕を頂きまして、お礼のお掃除をさせて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。皆様の御用奉仕に心から厚くお礼申し上げます。

★お広前は『氏子の願い礼場所、信心の稽古場所』とみ教え頂いております通り、真心を育てさせて頂き、おかげの受け物を大きくさせて頂く場所です。毎日、自分自身の心を正してゆくということは、生涯かけてお願いさせて頂かねばならないことですね。毎日お広前にお参りして、信心の肥を入れさせて頂き、体に栄養を頂くのと同様に、心に栄養を頂いて、心を正しく保たせて頂くのです。自分自身の心を改め磨かせて頂きますと、いくらでもおかげが頂けるのです。しかし、自分が改まらずに「思うようにしてください」と、人間中心な勝手な考え方を神様に押し付けては、神様の御心には適いません。「私自身がみ教えを頂いて、しっかり改まらせて頂きますので、神様の御心に適うように生き方に変わらせて下さい」と、お願いすることがおかげを頂く元なのです。毎日お広前に身を置いて、そのお徳に浸らせて頂き、自分自身の心を改め磨いてゆくように、心の汚れを取って、有難いものを身にも心にもいっぱいに頂きましょう。

★四養 1)虚を以って心を養う…心を空(謙虚)にして、常にみ教えをさっと頂ける器にする。 

2)徳を以って身を養う…神徳・人徳・学徳、その人の徳によって、動産・不動産も与えて頂き、人材も仕事も与えて頂きます。職場も家庭も、身に徳を頂くことによって、全てに整えて頂けるようになる。一つ一つおかげを頂ける。

3)善意を以って人を養う…相手の良い所を見て、良いところを口に出す周囲が助かってゆくように、常によい事を思ってよい事を願う。

4)慈愛の心を以って天下万物を養う…かわいいと思う心が神心だと、み教えを頂いています。かわいそうだなあ、と思える心が大切なのです。
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2020年07月24日

●御神徳に満ち満ちた世界

『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』実意・丁寧さというのは人それぞれ違うものです。何事によらず、最も徹底なさって究極まで、神様からご信用頂けるような実意丁寧さを求めてゆかれたのが生神金光大神様です。教祖様のご信心を神習わせて頂いて、万分の一でも近づかせて頂けるように、願いを立てて取り組ませて頂くのが私達の信心の稽古です。少しでもそのご内容を頂いてゆけるようにお願いさせて頂き、自らを戒めて取り組ませて頂くご修行は、実に有難いものですね。

★この世の中には、すべてに天地のお徳が満ち満ちてあります。食物もお水も、有難く拝んで頂きますと、天地のお徳を自分自身の体に取り込ませて頂けます。仕事や御用も拝んで有難く頂けましたら、その仕事や御用に含まれている天地のお徳や神様のみ教えが、自分自身がさせて頂くことの上に満ち満ちて、有難い働きとなって表れてくるのです。

★人や物を拝み、仕事を拝み、問題が起こってきたらその問題を拝み、病気を拝み・・・、すべてのものを拝ませて頂き、全ての出来事を拝ませて頂く時に「神様が、このことを通してどのようなことを私に伝えて下さっているのだろうか?」と考えさせて頂きましょう。すべてのものに天地のお徳が満ち満ちてあるのと同じように、すべての出来事に神様の一言が含まれているのです。『神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり』

★『わが身は神徳の中に生かされてあり』御神徳に満ち満ちた世界に生かされている私達です。御神徳を体に取り込ませて頂いて、自分のものにさせて頂けるかどうかは、自分自身の心次第です。心次第でいくらでも、おかげを頂いていくことが出来るのです。心を磨いていくことを、生涯の御修行にさせて頂きましょう。

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2020年07月23日

●『人間は生き通しが大切である』

21日は、加川一夫先生(元在籍教師)の御命日でした。お母様であられる加川たつの氏は大変熱心なご信者であられ、ご信心の有難いことを、常日頃から家族にお伝えになっておられました。そして、「私がお国替えしたら、信心させて頂くと何と不思議なことがあることか、ということを見せます。」と、いつも口癖のようにご家族に仰っておられたそうです。

★たつの氏がお国替えされた、翌月の昭和62年2月の末のことです。お孫さんにあたる古澤家では、10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤氏がたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました」と仰ったそうです。

★また、たつの氏はご生前中に、古澤氏に対して[朝に玄関口のお掃除をする時にはご近所をお掃除してから、隣家の前の道も「どうぞ、ゆくゆくはこのお家を買わせて頂けますように・・・」とお願いしながら毎日お掃除させて頂きなさい。]と教えておられましたので、古澤氏はその通りになさっておられました。するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「土地家屋を購入して頂きたい」と言って来られたのです。しかし、先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります」と言われ、隣家が無くなっており、隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また後日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後に先方から提示された土地の金額と全く同じ数字だったそうです。そうして無事にお土地購入のおかげを頂かれたのでした。

★生きているうちに、願いを持ってしっかりご信心させて頂きますと、死んだ後も霊神様として、活き活きと働かせて頂けるだけのお徳を身に頂けるのです。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。』『人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』
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2020年07月22日

●願う氏子におかげを授ける

 7月20日に、あるご信者が「今日は主人の命のおかげ日です。命を助けて頂いて32年が過ぎ、現在72歳にならせて頂きます。」とお礼のお届けをされました。

★ご信者のご主人は、電気工事の仕事をなさっておられましたが、昭和63年7月20日に220ボルトの電圧線で感電してしまわれたのでした。すぐに救急車で病院に搬送されましたが、病院に着いた時には心臓も呼吸も停止し、瞳孔も開いたままの状態であられました。15分間心臓が停止したままでしたが、心臓マッサージ等の懸命な救命措置のおかげで一命を取り止められました。ご信者は、ご主人が意識不明の重体であると連絡が入り、当時小学5年生と小学3年生の2人の子供さんを連れて、病院に駆けつけたのです。そして、医師から意識不明の状態が続けば命は危ないということ、また命が助かっても植物状態になるかもしれないという事を告げられたのでした。

★大変ショックを受けられたご信者は、ただただ神様におすがりなさって一心に回復をお願いされたのです。なんと、ご主人は3日目に瞳孔反応が見られたので、気管切開することもなく、脳波の乱れも少しずつ良くなり、意識も回復なさっていかれたのでした。そして、医師も目を見張る程に徐々に回復を遂げられ、無事に退院許可が出て2週間後に無事退院、なんと一ヶ月後には仕事に復帰させて頂かれたのです。

★しかし、記憶障害の後遺症がしばらく続き、時々痙攣も起こり、思うように働けない日々が続かれました。一年前に自宅を新築したローンもあり、先が見えない不安と苛立ちから、ご主人は3度も自殺未遂を計り、ご信者は、とにかく今日一日、今日一日を無事に過ごさせて頂けるよう、神様に必死でおすがりなさり、気の抜けない日々を送られました。

★そうした日々を積み重ねられて、13年後、労災の医療補助を受けるのを止めて欲しいと、労働基準監督署から連絡がありました。ご信者は、言われた通りに手続きをなさいますと、代わりに会社から補償金を出して頂けることになりました。それと同時期に、借地であった自宅の土地が、以前の半値で売りに出されることになり、無理なく購入させて頂けることとなられたのでした。

★事故当時は、小学生だったお子さんも、それぞれ独立して家庭も持たれ、ご主人は事故を機に正社員となって厚生年金に入れて頂いたおかげで、退職後も安心のおかげを頂かれました。後で振り返ってみますと、すべてがおかげの中に、有り難い方向に導いて頂いたことを実感なさったということです。先が見えず、何の保証もない真っ暗闇の状態でも、神様を杖におすがりさせて頂きますと、必ず神様は道をつけて下さるのです。

★『みな、おかげを受けるために参って来ているはずであるが、中には、神が「おかげをやろうやろう」と言われるのに、「いや、結構です」と言って帰る者もある。おかげをぜひいただかなければ帰らない、という気でいる者こそ、おかげがいただけるのである』

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2020年07月21日

●私の信心次第

『世の中の人は親のものは子のものと言うが、これも親孝行をせねば親のものも子のものにはならんのじゃ。神様のものは氏子のものじゃというても、真の信心をせねば神徳は下さらん。真の信心をして神様と仲良うすれば神徳はなんぼうでも下さる』

★自分自身の受け物をいかに作らせて頂いて、有難いお徳を表させて頂ける受け物になるかということが大切です。私達の体も御神徳・御霊徳を表す器であります。『神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ』とみ教え下さっておられます。自分自身の信心次第でおかげが受けられるのです。それは、自分がおかげを頂いていくだけではなく、家族や親族、亡くなられた霊様方までがおかげを受けられるのですから、受け物をしっかりと作らせて頂かねばなりません。

★毎日、何のために信心の稽古に励ませて頂くのでしょうか。お広前は、心の穢れを取って頂くところです。日参と聴教により体を癒して頂き、心を正して頂くのです。そうして、清々しい心持ちにならせて頂いて、おかげを頂く方向へご信心を進めさせて頂くのです。そうしましたら、思う以上に有難い御比礼を頂くことが出来るのです。

★1)明き…先を楽しみに、明るい心で、思い分けの出来る賢さを持ち、起きてきた事をおかげにさせて頂く。2)清き…悪いことを思わず、言わず、人を不足に思わず、人のことを祈ることが出来るよう、常に心を清く保ち、神心を養う。3)直き…素直にみ教えを頂き、有難く自ら進んで実践を心掛ける。

★『おかげは受け得、守りは受け勝ち』いくらでも有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。常平生から「私の信心次第でいくらでもおかげは頂ける!」ということをそれぞれに心に刻みながら、日々のご信心を進めさせて頂きましょう。

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2020年07月20日

●あなたの心次第で、見える目にして頂けます

 18日の教徒会例会でおかげ話をなさった森氏のお家は、昭和10年の入信当時、森氏のご主人のお母様が、2人目の娘さんを出産なさった直後に胸を患われ、医師から授乳も止められたので、ご主人であるお父様が、お勤めしながら家事と育児をなさっていたのでした。見るに見かねた近所のご信者が、毎日御洗米を持って訪ねていかれ、教会で聴かれたみ教えを話してあげられるようになると、日に日に元気になられて、教会に参拝出来るようになっていかれたのです。そのうち、日参が出来るようになられると、頑なであられたお父様も段々とご信心の有り難さが分かっていかれ、教会に参拝なさるようにならせて頂かれたのでした。

★昭和10年12月、初めて御本部御礼参拝が出来られた日、お父様が帰宅してみると、家族がみなふさぎ込んでおられたのです。訳を聞くと、風にあおられた番傘が4歳の長女さんの左目に当たって、竹で出来た傘の骨が目に刺さり、医師からは、「水晶体も硝子体も破れているから、2度と視力が戻ることはない」と宣告されたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師にお取次頂かれますと、「あなたの心次第で、見える目に仕変えて頂けます。ご主人は朝と昼に、奥さんは朝昼晩、教会に参拝してみ教えを聴かせて頂きなさい」と、み教え頂かれたのでした。ご夫婦で、一生懸命にみ教えを守って日参と聴教に励んでおられると、段々と、これまでに頂いてこられたおかげの有り難かったことと、お礼もお詫びも足りていなかった、申し訳ない思いとをしみじみと感じられるようになっていかれたのでした。

★そして、2月初めの雪の夜、参拝から帰る道中に、神様に自らの不徳とご無礼を心の底からお詫びする心になられると、家に帰ってみたら、長女さんが、「怪我をしていない右目をふさいでも、明かりが眩しい」と言われたのでした。そこから一カ月で左目の晴眼の大みかげを頂かれ、89才の今日でも、怪我をなさった左目の方が良く見えられるそうです。

★何か問題が起こってきた時、神様に心を向けて、自分自身のこれまでのご無礼不行き届きを反省させて頂いてお詫びを申し、先の良いことを思い、良いことをお願いさせて頂く他には、何も考える必要はないのです。そして、お願いさせて頂いた限りは、自分はどのような覚悟を持って改まらせて頂くのか、真剣に求めさせて頂くとが大切です。『過ぎたる悪いことを思い出して苦をすな。今日が大切、先を楽しめよ。』

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2020年07月19日

●神様に真心が届くように

17日には、御本部に代表参拝させて頂きました。お広前で御祈念をさせて頂いた後に、ご信者皆様が御本部に奉献させて頂きたいと願われるお献備を、代表で金光様のお結界でお供えをさせて頂きました。金光様のお取次ぎ、御祈念を頂いて信奉者一同が日々広大無辺なおかげを蒙っておりますことへの御礼、知らず知らずのご無礼不行届きが多々ありますことのお詫び、より一層に神様にお喜び頂ける御礼の信心を進めさせて頂けますよう、お願いのお届けをさせて頂き、お取次ぎをお願い致しました。

★阿倍野教会では、ご信者皆様が奉献なさる御本部へのお献備は、奉献者名を記帳させて頂き、日々御神前にお供えさせて頂いて、「このような方々が、御本部にお献備を奉献なさりたいと願っておられます。どうぞ無事に奉献させて頂け、神様に真心が届きます様に。」と、御本部参拝の日まで日々御祈念を込めさせて頂いております。

★国枝三五郎というお方は、初生りのすいかを自宅の御神前にお供えになり、翌日早速に、教祖様の元にお供えさせて頂くべく、乙島というところから歩いてご参拝になられたのでした。途中の玉島というところのある家で休憩しておられると、巡礼中の小さな男の子を連れた親子と出会われ、尋ねられるままに「すいかの初生りを大谷の金光様にお供えにいくところです」と答えられると、幼い男の子が、「わしも金光様になりたい!」と、泣き出したのでした。疲れて喉も乾き、お腹もすいていたのでしょう、国枝氏はかわいそうに思って、その子に、すいかをあげてしまわれたのでした。

★お供えさせて頂こうと思っていたすいかがなくなり、どうしたものかと、教祖様のお広前の外で入りにくそうにしておられたら、教祖様がお出ましになり、「国枝さん、すいかの初生りは、昨晩(自宅の御神前でお供えになった時に)神様が喜んでお受け取りになられた」と、おっしゃったということです。

★常に御祈念させて頂いておりますことは、神様はよくご存知でいらっしゃいます。何をさせて頂くのでも、心中御祈念させて頂くことを忘れないようにし、良いことを思い、良いことを願う様心掛けて参りましょう。
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2020年07月18日

●子孫に残す徳の貯蓄

 徳の貯蓄をしっかりとさせて頂いておりますと、必要な時にその徳によって何もかもが間に合うようにお繰り合わせを頂くのです。日参のお徳、聴教のお徳、お届けをさせて頂いて生神金光大神様のお取次のお徳を蒙らせて頂きましょう。「今日も有難いお徳を頂いて帰らせてもらおう!」という気持ちでお参りなさったら良いのです。

★毎日少しずつの徳の貯蓄でも、積もれば山となるように有難いものが積み重なっていくのです。しかし、毎日の生活の中で腹を立てたり喧嘩をしたり、神様のご機感に適わないようなことをしておりますと、積み上げた徳の貯蓄を崩してしまうということが起こってきます。そうしたことにならないように、おかげを頂いてゆかねばなりません。それが、毎日の信心の上での改まりであり、ご修行であるのです。

★出来てきたことを信心の材料にさせて頂いて、その時その瞬間にお取次頂き、み教えを頂いて自分自身の心が改まっていきましたら、たとえ過去に起こったことでも「あれもおかげであった、これもおかげであった」と思える受け物にならせて頂けるのです。何か問題があるということは、神様から結構に「今これを通しておかげを頂いていきなさいよ」と目の前に突き付けて頂いている課題なのです。それを相手や環境に責任転嫁せずに、本当に「これは自分自身の問題だ」と受け止めていきませんと、おかげになっていきません。自分自身が改まっていく、ということが必要なのです。苦しい時、辛い時、それを耐えさせて頂いて、一生懸命改まらせて頂くことが出来ますと、次におかげを頂いていく準備となっていくのです。

★日々有難いことにお守り頂いて、結構におかげを頂き続けている私達です。そのお礼に一段と信心が向上させて頂けるように願わせて頂きましょう。めぐりのお取り払いを頂くように、悪癖・悪習慣はお取り払いを頂き、段々と良い癖・良い習慣が身に付いていき、有難い良いものを子孫に伝えさせて頂けるよう、お徳を残させてもらえるようなおかげを頂きましょう。お徳を残すということが一番の財産です。そしてそれは、隅々まで満ち渡って結構におかげを頂いていくのですから、しっかりとご信心の見直しをさせて頂いて、改まったおかげを頂いていくようにならせて頂きたい、と願わせて頂きます。

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2020年07月17日

●全ての物を生かしていく

このお道は、全ての物を生かしていく道だと教えて頂いております。「全てを生かす」とは、「自分を生かす」・「物を生かす」・「人を生かす」・「土地を生かす」・「家を生かす」・「時間を生かす」等々…のことで、それらを生かしていくことによって、生き生きとした働きに繋がってゆくということを教えて頂いております。

★1)「自分を生かす」…自分を良い方へ生まれ変わらせるのです。それは改まりに他なりません。また、周囲の人を生かすとは、喜びと感謝を表し、良いところを見て、良いところを口に出し、人を生かしていくのです。

2)「周囲の物を生かす」…物の命を大切にし、長く生かして使い、再生させるということです。再利用し無駄にしない。

3)「土地を生かしてゆく」…荒れ地にならないように、神様にお断りを申し、通路であろうが、駐車場であろうが、庭であろうが、溝であろうが、きれいにお掃除をさせて頂き、御無礼不行き届きにならないように、御祈念を込めながら使わせて頂くのです。

4)「家を生かす」…荒れ屋敷にならぬよう、家の中を清潔に保ち、掃除・整頓を怠りなく、御礼を申して手入れをさせて頂きますと、家が喜んで、祈りが込められた家になり、長持ちするのです。

5)「時間を生かす」…二度手間・三度手間のないように、無理や無駄を省き、行き届いた働きをさせて頂きます。優先順位を決めて、次の予定を考え、神様に御祈念しお伺いしながら、スムーズに事が運ぶよう、柔軟に心配りをさせて頂くのです。

★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)は、「われ良しと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」というお歌を残しておられます。「私は一生懸命している…」という思いが、考え違いの原因となります。また、「私が努力したから、相手が助かったのだ…」等と慢心をしましたら、有難い結果を生むことには繋がらないでしょう。自分の至らなさを自覚し、どこまでも謙虚に相手の助かりを願っておりますと、その一心を神様が受け取って下さるのです。物や人の命を大切にさせて頂いて、その命の働きを生き生きと生かし、喜びに満ち満ちた生き方に努めさせて頂きましょう。
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2020年07月16日

●信心して神の大恩を知れば

『信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ』

★伊藤の家は、ご神縁を頂くまでは、家中のどこの引き出しを開けても薬が入っているような、病人の絶えない家でした。次から次へと、命にかかわる大病をして苦難の連続であったのです。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)がご神縁を頂かれ、生神金光大神様のお取次を頂くようになられてからは、それまでのご恩を知らない生き方を一心にお詫び申され、ご恩を知ってご恩に報いる生き方に改まっていかれたのでした。

★コウ師が、13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさって医師がさじを投げられた時、伊藤ハル刀自の一心の祈りによって、九死に一生を得る大みかげを頂かれました。ハル刀自は、教会への御礼参拝、また、御本部への御礼参拝にと、大みかげを頂かれたお礼のご信心にひたすら励まれたのでした。その様子を見た近所の方から、「伊藤さんは、病みあがりの我が子を置いて、裕福には見えないのに、『御礼参拝、御礼参拝』と言うて信心ばかりしている。」と、陰口をたたかれたことがあるそうです。ハル刀自は、「この度は、子供の葬式と誕生の両方が一遍に訪れたようなおかげ(弱い子供が死に、元気な子供に生まれ変わらせて頂いた)を頂いたのです。子供が死ねば、どんなに貧しくても葬式を出すでしょう。また、子供が生まれたらお祝いをしてやるでしょう。それだけの、時間もお金も掛けて、神様にお礼をさせて頂いているのです」と、娘さん達にお話をなさったそうです。その御礼の信心・御礼のお参りによって、めぐりをお取り払い頂き、有難いおかげを頂いてゆく受け物を作らせて頂き、お徳の貯蓄をさせて頂くのです。

★日参と聴教に励ませて頂いて、今日まで頂いてきた広大なおかげを自覚させて頂き、ご恩を知ってご恩に報いるご信心を進めさせて頂き、正しい願いを持たせて頂いて、共々に、子孫繁昌家繁昌のおかげを頂きたいと思います。

★『有難い事を知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けが出来て有難いことがわかってお礼が言えるようになると、難儀災難が払われて達者にもなってくる。』

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2020年07月15日

●有難さを忘れない為の神様からのお気付け

私は、この度の信行期間に、有難い悪毒病毒のお取り払いを頂き、体内のお掃除をして頂きました。大変有難いことです。今月の8日からお腹を下しました。熱もありませんし、吐き気も催しませんが、腹部がさしこみ、普段のような食事は頂けず、御洗米と御神酒を頂き、昼と夜の食事はお粥と梅干二粒のみを頂いたのです。食事を頂きますと、すぐにお取り払い頂くという状態でしたが、その間に性根を直して頂くように改まりをお願いし、「神様、有難い勉強をさせて頂き、心と体のそうじをする機会を与えて頂きました。勿体ないことです。御礼を申し上げます。また、御礼の申し足らないお詫びを申し上げます。」とご祈念致しました。悪毒・病毒をお取り払い頂き、普段は出来ない体中の大掃除をして頂きまして、神様から大変有難いみ教えを頂いたと喜ばせて頂いております。

★この間に、9日には二代教会長・伊藤コウ姫の例年祭、10日には御礼参拝、11日には月例祭、12日には納骨式を無事お仕え申し上げることが出来、有難いおかげを頂きました。

★何よりもまず、日々生かして頂き、天地のお恵みである水や食物を頂いていること、御用を与えて頂き、お使い頂いていること、夜休ませて頂くことが出来ていることや、家族や周囲の方々には変わりなく健康であることが、大変有難いことです。体に変化が起こってくること、生活に変化が起こってくることを、神様からのみ教えと有難く受けさせて頂き、日々のご修行とさせて頂き、励ませて頂いておりますと、気力を落とすことなく、日々嬉しく、喜んで生活させて頂けます。

★毎日有難いおかげを頂き続けておりながら、なかなかその有難いことが分からなくなってしまいます。それでは、神様に申し訳ないことです。大きな御神徳の中で生かして頂いている、という有難さを忘れない生活をさせて頂きたいと思います。
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2020年07月14日

●ご慈愛に満ちた神様の中

『氏子がおかげを受けてくれなくては、神様も此方もうれしくはない。氏子がおかげを受けずに難渋しているようでは、神の役目が立たない。氏子が立ち行かなければ、神も金光大神も立ち行かない』『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ』

★このみ教えを聞かせて頂きますと、いかに御慈愛に満ちた神様であられるかということが分からせて頂けます。すべてに何もかもよくご存知であられながら、私達の御無礼不行き届きなところは生神金光大神様のお取次により、お許し下さりお守り下さる天地の親神様であり、有難いことに天地の親神様の御神徳を蒙れるような道を開いて下さったのです。

★『同じように腹を痛めた子であれば、かわいいに違いはないはずじゃが、それのに、足らわぬ子ほどふびんがかかろうがな。親神様もそのとおりで、難の多い、不幸せな者ほど、おぼしめしが強いのぞ』『子供の中に不出来の子があれば、それがかわいいのが親の心じゃ。不信心者ほど神はかわいい。信心しておかげを受けてくれよ』この可愛いというのは、かわいそうというご意味です。このお心が分からないことには「これは罰が当たった」「私はそんなに間違えたことはしていないのに・・・」と自分勝手なことを思ってしまい、道を誤ってしまいます。根本的なことが分かってないが故に、迷いが生じ疑いの心が起こり、不安に駆られて心配して、自身が神様の氏子である、有難い願いをかけて頂いて生まれてきている、ということも分かっているつもりでありながら、忘れてしまって、ああだこうだと右往左往してしまうのが人間です。それはみ教えの頂きようが足りないのです。

★自分自身がおかげを頂いたら、神心をしっかりと働かせて、周囲の方々が助かっていかれるようなお導きの御用に使って頂きましょう。それが神様が一番喜ばれるお礼になるのです。

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2020年07月13日

●改まりの心が幸せの道が開ける元

桂松平師は、幼い頃から胃腸が弱く、お母様から「あなたにとって生水は毒だ。だから生水に気をつけなさい。」と教えられて育ったため、その考えが刷り込まれて「生水は毒だ」と思い込んでおられました。

★明治16年の春頃、桂松平師が初めて教祖様のもとへ参詣された時、10数人の参拝者の後ろに小さくなって御祈念しておられました。どこからお参りしたとも何も言っておりませんのに、教祖様は『周防の国のお方、遠方をよくおまいりでしたなあ』と仰せられたのです。さらに御神前に進まれて御祈念なさいました時『氏子、水が毒、水が毒というが、水を毒と思うな。水は薬という気になれ。水を薬という気になれば、腹の病気はさせない』と神様のお言葉をお伝えになられました。続いて『氏子、水あたりということを言うなよ。水がなくては一日も暮らせまい。大地は何とある。みな、水がもと。稲の一穂も五合の水をもって締め固めるというではないか。水の恩を知れよ』と御裁伝(神様のお言葉)お伝えになられたのでした。

★松平師は、金光様のご神徳に打たれ、有難くて有難くて、身を震わせて平伏なさり、今日までの考え方が大きく間違っていた事に気付かれて、お礼とお詫びを申されました。松平師は何も分からないままお参りなさったのですが、教祖様からご理解を頂かれて、心が開かれ、水のご恩を感じ、日々お礼とお詫びを申しながら生活なさっておられましたら、胃腸の病気は全快のおかげを頂かれたのでした。そうして、ご自身の実体験を通して、おかげを頂いたお礼に人々を導いていかれ、九州の地へ初めて布教に出られるほどのご神徳を頂かれたのです。

★人間には、誰しも考え違いやご無礼不行き届きはあるものです。自分自身が知らず知らずのうちに積んできためぐりや、またご先祖からの前々のめぐり合せが、今日私達に巡り巡って表われてきていると教えて下さっています。ご信心させて頂きますと、そのことに気付くことができ、神様にお詫び申し上げ、改まらせて頂くことにより、めぐりをお取り払い頂けるのです。そして、改まりが生まれてくる中に喜びが生まれ、有難い将来が開けてくるのです。
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2020年07月12日

●自分の置き場を決める

 二代教会長・伊藤コウ師は、「一番大切なのは、『自分の置き場所を決める』ということです。例えば、ご主人にはご主人の置き場があり、奥さんには奥さんの置き場がある。それなのに、場所が色々と変わる(立場をわきまえていない)というのは、性根が定まっていない、心が決まっていない証拠です。今日はここに居るかと思ったら、明日はどこかへ逃げてしまう・・・というように、自分の置き場所が決まっていない人は、いつも自分の置き場所を探し回らなければならなくなります。心の整理整頓がつかなくなっている状態です。そんな人は、自分の責任が邪魔くさくなり、自分に与えられた仕事に嫌気がさし、ちっとも結構にはなっていきません。」と、み教え下っています。

★初代教会長・伊藤徳次師が、32歳でお国替えなさったとき、コウ師の周囲の方の中には、「主人が有力者ですから、後のことは面倒をみてあげますよ」あるいは、「子供が居なかったのが幸いでしたね。教会は諦めて、違う道をいきなさい」等と、言ってこられる方があったそうです。しかし、コウ師は、「私は神様の御用をさせて頂きます。どのようなことがあっても、神様におすがりさせて頂きますので、おかげを頂かせて下さい。」と、覚悟を決めて神様にお縋りなさり、徳次師の願いを受け継がれたのでした。すると、徳次師の十日祭の当日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職する、ということが起こりました。コウ師は、連判状を御神殿にお供えされ、「神様、私を可愛がって下さいまして、有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。有難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように。」とお礼とお願いをされました。そうして、只一人、諦めることなく強く願いを持ち続けられ、およそ1年後には無事にご建築が成就されたのです。開教五年記念大祭に併せて、お広前の新築落成奉告祭が、盛大にお仕えになられたのでした。

★強く確かな願いを持たせて頂けば、自分自身に与えて頂いているお役目も自ずと見えてくるようになり、責任を全うさせて頂く覚悟もできるのです。神様一筋に本気でお縋りさせて頂き、自分のお役目を嬉しく有り難く、しっかり果たさせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

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2020年07月11日

●親子が共に神様からのお知らせを受ける 

7月10日は、伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)の御命日でした。昭和7年にお国替えなさる直前の5月の御大祭が終わった後から、ハル氏はいよいよご容態が悪くなられたのです。そこで、コウ師はご神前で神様に「どうぞ助けて頂けますように。」と一心にご祈念なさっておられますと、神様から「お前は助けてくれと願うけれども、この度はいよいよ難しいぞ。今のうちに何でも聞きたいことは聞いておけよ。」と、ご祈念する度にお知らせがあられたようです。コウ師は悲しくて悲しくて、旧広前の楽室の中で嗚咽しておられたそうです。

★神様は、「今のうちに聞きたいことは聞いておけ。」と仰られますが、なかなかそのようなことは口に出すことは、出来にくいものです。「どうさせて頂いたら良いだろうか…」と考えながら二階に上がられて、ハル氏の様子を見に行かれますと、ハル氏は「ちょっとこちらへ来なさい。」とコウ師を呼ばれました。するとハル氏は「今のうちにあなたに伝えたいことがあります。これは箪笥の鍵です。この鍵で開けてみなさい。どこどこには何が入っています。今のうちに紙と鉛筆を持ってきて、私が言うことを控えておきなさい。」と仰られたのでした。コウ師はびっくりなさって「神様は自分にお知らせ下さるだけでなく、お母さんにもお知らせなさっておられたんだなあ。」と気付かれたのでした。その後の、6月の御本部御礼参拝の日にハル氏は危篤状態になられたのですが、お医者様が懸命に手を施して下さり、何とか状態は保たれました。その後、ハル氏がお国替えなさるまでの20日間以上、コウ師が傍に付きについてお世話なさったのでした。

★私たちは皆、常に神様からお知らせを頂いているのです。ご神徳を頂けば頂くほど、何事においても間に合うように神様からのお知らせを感じ取らせて頂けるようになり、運よく間よくおかげを頂くことが出来るようになるのです。一心にご祈念させて頂く稽古を日々させて頂きましょう。
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2020年07月10日

●素直に頂く心

 昨日は、二代教会長・伊藤コウ姫の38年廻れる例年祭をお仕え申し上げることが出来、真に有り難いことでございました。

★二代教会長・伊藤コウ師が、小学校の教師になりたての頃、同期の三人の内で男性一人だけが昇給されるということがあったそうです。自分が評価されていないと不足に思われた矢先、ほかの小学校に勤めている友人から「こちらの学校は待遇がいいですよ。移って来られませんか?」と誘いがあられたのです。コウ師は心が動き、お母様(伊藤ハル氏)にご相談されました。お母様は穴のあくほどコウ師のお顔を見られ「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん」と一言だけ仰ったのでした。

★コウ師は、このみ教えによってご自分の考え方の間違いに気が付かれ、「今の小学校で役に立たないのであれば、どこに行っても役には立たない。評価して頂けないという事は、自分の働きが足りないのだ」という事を悟られたのでした。それから改まって、朝も早くから出勤して掃除や準備を行き届いてなさり、授業について来られない生徒は、居残りさせて丁寧に指導していかれたのです。すると、学年で一番成績の良いクラスとなり、翌年には二段階も昇給して頂かれたのでした。

★先の親先生は、実に素直であられた、と思わせて頂きます。御母堂のハル刀自に正して頂かれますと、すぐ素直に「良く分からせて頂きました、ありがとうございます」と頂かれたのです。人間は誰しも、間違わないということはありません。だからこそ、いつもみ教えを頂き直し、信心を練り直すのです。

★色々なことが起こりくる世の中ではありますが、そういった変化に対応させて頂けるように、ご信心の器をしっかりと作らせて頂いて、出来てくることは全て神様が私達に与えて下さるご修行の材料であり、おかげの元であると有難く受け切らせて頂いて、それぞれに一段と向上させて頂けますように、根気よくどこまでも願い続け、み教えを頂き続け、信心の地を肥やし、根張りを良くしていくように、おかげを頂いてまいりたいと思わせて頂きます。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

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2020年07月09日

●霊様がお喜び下さるご信心

昨日は、みかげ会例会が開催され、染井氏のおかげ話を聴かせて頂きました。ご信心のあられる奥様との結婚を機に入信なさり、奥様、お義母様の熱心なご信心によって教会に足が向くよう、一歩一歩お導き頂かれたそうです。

★染井氏のお母様は、現在満百歳でお元気でご長寿のおかげを頂いておられます。また、今月の朔日は、奥様のお母様(谷口マコト氏)の祥月命日だそうです。染井氏が毎日朝参りをなさって日参・聴教、お取次を頂いておられること、また教会の御用にお使い頂かれて、例会でおかげ話をさせて頂かれているお姿をご覧になられて、どれほどお喜び下さっておられることでしょうか。

★染井氏は、この度マンション購入の大みかげを蒙られました。昭和51年にお父様が建てられたお家が、42年の年月が経つため改装が必要になってきました。しかし、八尾のお家はお父様が建てられたお家ですが、このお家を手入れするよりも、マンション購入を考えるようになられました。お母様が家の近所の特別養護老人ホームに入所なさっている事もあり、八尾以外では考えておられませんでした。教会長先生にお取次頂かれますと「結構ですね、良い処で、おかげを頂きましょう」とみ教え下さいました。八尾、久宝寺あたりで探しておられましたが、なかなか思うような所が在りません。一昨年2月に奥様が教会の近くでマンションを建設しているのを見られて、早速パンフレットを頂かれ、翌朝教会長先生にお取次頂かれました。平面図をご覧頂くと、和室の押入の所を指で指され「ここにご神殿ですね」と仰っしゃり、さらに、新しいご神殿にお義母様の霊様をお祀りするようにみ教え頂かれました。同じ月の19日に手付金を打たせて頂かれ、11月30日に引き渡しも無事に終了し、12月3日に引っ越しが決定して、翌年の1月25日、教会長先生ご祭主のもと、新築移転奉告祭をお仕え頂かれたのです。

★染井氏は、毎日朝参りをさせて頂かれ、教会長先生に奥様とご一緒にお取次を頂かれて、お母様やご家族の健康をはじめ、日々のお仕事やご家庭の事をお願いなさっておられます。また、関東や信州方面へ毎月出張するときには、必ずお届けをさせて頂かれ、教会長先生からお下げ頂かれた御神米をおともして出かけておられます。毎日の信心を通して、実のお母様への親孝行に、そしてお義母様(谷口マコト氏)の霊様への親孝行に励んでおられますことは、真に有難いことでございます。
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2020年07月08日

●和らぎ喜ぶ心になれば

 先月の中頃に、額から右目の周囲、頬にかけてヘルペスの痛みが出はじめ、帯状疱疹になりかけました。有難いことに御神酒と投薬で抑えて頂き、入院することもなく毎日御用にお使い頂いたのですが、その後にヘルペス後の神経痛を初めて体験いたしました。経験なさった方から、激しい痛みだと聞いてはおりましたが、針で突き刺されるような痛みが、足の甲やすねなど様々なところに出てきました。6月末から激しく痛みだし、御神酒を毎日つけさせて頂いておりましたが、7月の2日まで痛みは続きました。

★そして2日の月例祭が始まる前に、祭服に着替えさせて頂く直前に、改めて「生神金光大神様、天地金乃神様、今回は結構なみ教えを頂きました。人の痛みが分かるようにと良い経験をさせて頂き、有難いことでございます。今回は、私に今一番必要な出来事を通して、有難い勉強をさせて頂いております。有難うございます。痛みがあるということは生かして頂いている結果でございますし、長年使わせて頂いたお礼が足りないということは明白でございます。どうぞ、しっかり御礼の申せる私に変わらせて頂けますように、何卒よろしくお願いいたします」と御祈念しながら御神酒を付けさせて頂きました。

★そして、祭服を付けて御祭典を仕えさせて頂き、御説教の御用にもお使い頂き、ふと気が付くとそれから痛まないのです。毎日のように御神酒も頂いていましたが、頂きようが足りなかったのです。またお礼の申し方・お詫びの申し方、御祈念のあり方が足りなかったのです。そういうことが、毎日の生活の中に多々あるのでしょうが、それをヘルペス後の神経痛を通して教えて頂いたことでした。み教えを頂いているということ、御神酒を頂けるということは、大変有難いことですね。神様から与えて頂いている出来事が、本当に有難いことだということが基本にありましたら、痛みを抱えながらでも、心から「結構なみ教えを頂き、有難うございます。この体験を通して、私はおかげを蒙らせて頂きます。有難うございます」とお礼を申せます。そうしておりますと、その時点からおかげを頂けるのです。

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2020年07月07日

●もっと喜ぶ稽古をして、もっとお礼を申す  

5日には、真栄根会例会が開催され、小林氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★小林氏は、4月2日にバングラデシュの首都、ダッカから日本政府のチャーター便で帰国なさいました。2週間、ホテルで待機した後に帰宅されたということです。約3年間、バングラデシュに単身赴任をされてお仕事をなさってこられました。

★ある時、バングラディッシュで帰宅後にシャワーを浴びておられる時、シャワーの水道管と蛇口あたりから、「ゴボゴボ」と大きな嫌な音がし、シャワーのお湯の色が徐々に透明色から鉄粉の混じった黒に近い鉄色の水に変わったのです。そこで小林氏は、心中御祈念されて「親先生、金光様、生神金光大神様、今迄何気なく使わせて頂いているお水に対しての御礼が出来ておりませんでした。今後は常にお礼が申せるようにならせて頂けます様に。」とお礼とお詫びを申されたのでした。バングラデシュでは日本のように、蛇口を捻れば飲める程きれいな水が出てくる訳ではなく、鉄粉が混じり、ばい菌が多量に含まれている水である為、それを体内に取り込んでしまうと、たちまち体調を崩してしまうのだそうです。

★また、日本では、頭が痛い、歯がおかしいと体に異変を感じたら、いつでもどこでも保険により安価で、お医者さんに診察・治療して頂ける素晴らしいシステムがあります。バングラディッシュではそういうことにはいきません。しかし、小林氏は、駐在中一度も病院にお世話になられることがなく、体調がすぐれない時には、日々の御礼を申して、ご無礼をお詫びされ、何が何でも一心不乱に体調改善のお願いをさせて頂かれ、実意をもって真剣にお願いすることを教えて頂かれたのでした。

★また、歯磨きの為に水道水で口をゆすいだ後、二日間体中がひどく痛まれたそうですが、「体中全ての、悪毒病毒をお取り払い頂く機会を頂いた」という心になって、お礼を申されたのでした。また、帰国されてから、何の心配もなしに水を使わせて頂いて、「ここは本当に夢の国ではないだろうか。」と感じられ、「日々の生活の中で、もっと喜ぶ稽古をして、もっとお礼を申しなさい。」と、神様からみ教えを頂いたように思われたと、お話し下さいました。

★『ただただ生神金光大神様、天地金乃神様有難うございますという心さえあればそれでよろしい。「今月今日で一心に頼めい おかげは和賀心にあり」という見識を落としたら世が乱れるぞ。神々のひれいもなし。親のひれいもなし』
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2020年07月06日

●五つのお願い

 阿倍野教会では、神様の御機感にかなう「身代と人間と達者」が揃って代々続く家となるように、「五つのお願い」(体の丈夫、子孫の信心教育、豊かな生活、平和円満、徳と力)を基本として、誰もが願いを立てるように教えて頂いております。

1)体の丈夫・・・何事も体が資本です。心身健康のおかげを頂き、しっかりお役に立つ働きにお使い頂くことを、お願いさせて頂きましょう。

2)子孫の信心教育・・・子孫の方が、現在教会にお引き寄せ頂いていたとしても、油断なくお願いし続けることが大切です。反対に、現状ではなかなかお参りが出来ていないことがあられたとしても、決して諦めないように、親は良いお手本となる信心を心掛け、生涯かけて「伝わる信心」と「伝える信心」の両面からおかげを頂きたいと思います。

3)豊かな生活・・・「貧すれば鈍する」という言葉もありますが、人のことを思いやり、導かせて頂くためにも、自身が物質的にも精神的にも、豊かな生活のおかげを頂くことは大切なことです。

4)平和円満・・・いつも神様に心を向けさせて頂けば、誰とでも、どんな場面に出くわしても心を乱すことなく、どんな人をも重荷に感じることのなく、平和円満におかげを頂くことが出来ます。

5)徳と力・・・誰もが生まれながらに、有り難い徳と力を頂いているのですから、生涯かけて磨かせて頂きたいと思います。

論語の中に、「其の才有りと雖も 其の力無きときは行われず 其の才其の力有りと雖も 其の徳無きときは行われず(才能があっても力が無ければ成就せず、才能と力があっても徳が無ければ成就しない)」とあります。どれほど学問を修めて知識と教養があり、地位があったとしても、自分の力だけで自分の身や周囲の方を守り、自分の才能だけで全てに都合の良い生活を営む事は、決して出来ません。日々神様のおかげを頂いて神徳・人徳を頂かねば、人が信用して協力してくれず、その才能も実力も発揮する事は出来ないのです。

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2020年07月05日

●徳切れにならないように…

二代教会長・伊藤コウ師は、13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさり、高熱が出て骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられたのでした。ハル刀自(コウ師のご母堂)は、神様に「これまで親としての育て方が間違っておりました。神様の大切な氏子を預からせて頂いておりながら、大きくなれば家の為に、ああも育ってほしい、こうもしてほしいと、勝手なことを考えておりました。元気にならせて頂いたあかつきには、成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、神様のおかげによりまして、生き永らえさせて頂きます様に」と、神様にお詫びを申され、お願いなさいました。ハル刀自の一心に改まったご信心御修行により、コウ師は骨と皮のガリガリの体で、お腹だけは腫れているという死に瀕している状態でありましたが、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。

★コウ師は、無事に成長のおかげを頂かれ、全寮制の師範学校に通わせて頂かれました。その際、コウ師が4年間無事に通学のおかげを頂く為に、ハル刀自はすぐに腹を立てる性分であられたそうですが、神様に「この4年間、一切腹を立てないご修行をさせて下さい。」とお願いなさって、御修行なさったのでした。コウ師ご自身は、週末は教会にお礼参りを必ずなさり、それから家に寄って、縫物などの家の用事を寄宿舎に持ち帰らせて頂く、ということを続けられたのです。そうしてコウ師は、4年間一日の欠課もなく、優秀な成績で卒業なされたのでした。なんと、入学時に60数名おられた生徒も卒業できられた方はたったの20数名だったのです。また、コウ師のように皆勤で優等で卒業された生徒は、たった2名であったという事です。弱い弱い体であったコウ師がここまでおかげを頂かれたのは、ハル刀自の一心の祈りと、改まりの信心によるものです。

★二代金光四神様は、桂松平師に「桂さん、世の中で何が一番恐ろしいかのう」と問われた時「さようでございますなあ・・・、昔から、地震・雷・火事・親父と申しますが、私もそれが恐ろしゅうございます」と申し上げました。すると四神様は、「そうじゃのう。それもあるが、世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい。」とみ教えなされたのでした。
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2020年07月04日

●天地の道理に適った生き方に

 このお道では、天地の道理に適った生き方に改まっていきなさいよと教えて下さっているのです。天地の道理に適った生き方をさせて頂きますと、私達の身心を健康に、生活を健全に保たせて頂くことが出来ます。お仕事の上では、必要な力を発揮させて頂くことも出来ます。心の持ちようだけを教えておられるのではありません。生活に密着して、実生活そのものを道理に適った生き方に変えていくのです。それが代々続かせて頂きましたら、体質も性質も改善させて頂ける、尊いご信心を教えて頂けるのです。ですから、一生懸命にみ教えを頂かれて、み教えに即した生活に改まらせて頂こうと御修行を心掛けていくことは、家族全体、親族全体、子供や孫までが結構になっていくのです。

★信行期間は、神様により一層にお礼を申し上げ、神様にお喜び頂けるような報告がさせて頂ける私達にならせて頂けますように、という願いに基づいて今日まで続いております。心からお礼を申しながら、日参と聴教に励ませて頂いて、本当に神様にお喜び頂けるような信心に、進ませて頂けるように願わせて頂きましょう。

★『日々がさら』というみ教えは、昨日までの自分に依存しない生き方を教えて頂いているのです。日々、新しく生命を頂いているという心で、一段と信心を進めさせて頂くつもりで、謙虚に頂き直していく姿を教えて下さっておりますから「ああしてきた、こうしてきた」ということに、あぐらをかいていない姿です。それは、自ら求めてご修行させて頂く姿ですね。

★常に神様に心が向かわせて頂いて、日に日に新たな求め方・頂きようがさせて頂けますように、稽古をさせて頂きましょう。「さあ、今日も一日、おかげを頂こう!」「お礼のご信心を進めさせて頂こう!」「今日も有難い心に満ち満ちて、天地の道理に適ったみ教えを、しっかりと生活の中に表させて頂けるように、心掛けさせて頂こう!」と、み教えの実践に心を配れるよう、一日一日ご信心を進めさせて頂きましょう。

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2020年07月03日

●炒り豆に花が咲く 

7月2日は、九之池氏のご命日でした。二代教会長・伊藤コウ師がご在世中のことです。九之池氏は学校卒業の後、朝から晩までの金融関係に勤務の為に、運動不足や不規則な食事が続かれ、段々と体力が落ちて、肺結核になられました。医師からは、「仕事はやめて、滋養のあるものを食べて横になっておくように…」と、言われたのでしたが、九之池氏は「何もせずに、寝込むだけでは申し訳ない!」と思われ、週1回専門病院に通われながら、自宅で療養することを決心なさったのでした。そして、毎朝朝参りをしてみ教えを頂かれ、1日の事をお願いし、帰ってから軽い畑仕事をする生活を続けられたのです。

★翌年には仕事に復帰され、朝参拝、会社勤めをなさる日々を送られたのですが、およそ2年後に、今度は腸結核を併発なさり、医師も匙を投げる容態になられたのでした。あまりにも辛くて、お広前で御祈念させて頂かれると、「お前の気持ちはよくわかった。今まで辛抱したのだから、もう少し辛抱しておかげを頂きなさい。」と、心に響かれたのでした。

★九之池氏は、「なんとしても、神様におすがりしておかげを頂くのだ!」という一心で、朝参拝、畑仕事、夜参拝という生活を送られたのです。食事をするとすぐ下痢をし、骨と皮だけに痩せていかれましたが、それでも、神様におすがりして、参拝と農業に励む生活を1年近く続けられました。

★そうなさるうちに、次第に体力を頂かれ、遂に肺結核、腸結核、全快根切れのおかげを頂かれたのです。更には、結婚して4人の子宝にも恵まれる等、まさに「炒り豆に花が咲く」おかげを頂かれたのでした。

★『信心には一心と真心と辛抱が大切である。その中でも真心が一番大切である。大抵の人は信心ということになると、一心が先になる。一心にお願いしておかげを頂こうと、一心が先になって、真心が後になる。それでは信心がえらくなってくる。真心を先にして、足らないところを一心と辛抱で補っていくと、楽に信心が出来ますよ。』(片島せん師の残されたみ教え)
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2020年07月02日

●根深い不成心をコツコツお取り払い頂く

 あるご婦人は、神経性の緑内障を患われ、大学病院等の数件の病院の医師から、「手術は無理、回復も見込めない」と診断を受けておられたのでした。両眼とも視力を失って、生きる気力も失いかけておられたところを、お導き頂かれ、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれたのでした。

★その時に、「ここにお引き寄せ頂いたということは、神様がおかげを頂かせてやろうと思し召し下さっておられるからでしょう。3週間の日を切っておかげを頂きましょう。しかし、医師から、もう治らないと言われている程のことを、おかげを頂きたいとお願いするのですから、3週間何かご修行させて頂きましょう。」とみ教え下さったのです。「どんなご修行をさせて頂いたらよろしいでしょうか?」と尋ねられますと、伊藤コウ師は「お願いさせて頂くからには、『必ずおかげを頂ける』と信じること、そして、どんな小さなことでも、喜ぶ稽古をさせて頂きましょう。」とみ教え下されたのでした。

★ご婦人は、それから毎日朝と昼の2回、お導きの方が2人手を引いて付き添ってくださり、阪堺上町線の当時平野線の中野駅から電車に乗って、日参を続けることが出来られたのでした。そうして3週間経ったある日、ご婦人が1人でお参りになったので、三代教会長先生が、「今日はお導きの方々はどうなさったんですか?」と尋ねられますと、「今日は1人なんです。目が見えるんです。」と、答えられたのです。三代教会長先生は驚かれ、「それは結構なおかげを頂かれましたな!しかし、そんな大みかげを頂いたら、飛び上がるほど嬉しいでしょうに、なぜあなたは、それ程嬉しそうでもないんですか?」とお聞きになりますと、「そうなんです。自分でも、喜ぶのが下手やと思います。実は今日は針の穴に糸が通せて縫物が出来たのです。」と、答えられたということです。

★不平不足の心、我情我欲など、人間の不成心というのは根深いものがあり、簡単にお取り払い頂けるものではありません。1回でも多く参拝させて頂いて、繰り返し繰り返しみ教えを頂きつつ、自らご修行を決めさせて頂いて、コツコツと信行に励ませて頂きたいと思います。

★『信心は手厚くせよ。うちで信心しておりますと言うのは、信心の抜けたはじめじゃ。』

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2020年07月01日

●御恩を忘れない生き方

あるご信者が、初めて阿倍野教会にお参りなさった時のことです。二代教会長・伊藤コウ師のお説教の中で、『親は親たらずとも、子は子たれ』とのみ教えを聴かれ、「主人には、自分の両親を大切にしてもらっているのに、私は主人の両親に、何の親孝行も出来ていない」と、深く反省されたのです。と言いますのも、ご主人は、幼い頃に他家に預けられて育ったために、常々「私には親はいない。親とは思っていない」と言われ、親御さんとは音信不通となっていたのでした。ご婦人も、その状態を只々受け入れておられたのでしたが、「何としても親孝行をさせて頂きたい」という思いに変わられたのです。

★色々調べていくと、お母様の住むところが分かり、会いに行くことが出来られたのでした。お母様は、娘さん(ご主人の妹にあたる方)と暮らしておられたのでしたが、その娘さんは体に不自由を抱えておられ、お母様は、健康な息子さんは、他家に託し、娘さんを一人で育てる覚悟をして、生活保護を受けながら、身を隠すように二人で生活してこられたということだったのです。

★ご婦人は、ご主人には内緒でお母様のところに通われ、美味しいものを届けたり、時には生活の足しにと、お小遣いを渡されたりと、出来る限りの親孝行をなさったのでしたが、遂にご主人にそのことを告げる時がきたのです。お母様が体調を崩され、いつ息を引き取るか分からないという状態になられたので、奥様はご主人に、全てをお話しになったのでした。

★お母様がお国替えになった時に、奥様は、金光教の教徒にならせて頂いて、お母様の霊様をお祀りしたいとご主人に頼まれました。長年の恨みが簡単に晴れることは難しく、始めは渋々了承したご主人でしたが、お母様を合祀して頂いた頃から、お宅祭にも参列出来るようになられ、夫婦で共に拝むことが出来るように、変わっていかれたのです。そうしますと、お仕事の上で驚くような利益があがるというようなことも起こり、親孝行の大切さ、霊様のお働きのあらたかなことを、改めて感じることとなられたのでした。

★み教えを頂いて心に栄養を頂いて地を肥やしていきますと、段々と正しい方へ導いて頂けるのです。それぞれに半年間振り返らせて頂いて「あれもお世話になっていた」と分からせて頂き、お礼を申す幅が広がり、広大無辺な御恩を受けていることを忘れない生き方をさせて頂きましょう。

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