金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年05月09日

●信心向上のおかげを頂く

 先日、お結界で「信心が分かりません。お願いしても自分の思うようになりません。」とお届けなさった若いご信者がおられました。私は「現在、お生命を頂いて、天地のお恵みの中に生かされて生きている御礼を申し上げ、知らず知らずの御無礼と、御礼の足りないお詫びを申し上げることが、信心の基礎のところですよ。お願いはそれから後に実意を込めてさせて頂くのです。信心を一年一年と向上させて頂くことが大事ですよ。いつまでも神様にご心配をかけ辛抱して頂いているばかりでは申し訳ないことです。一人前の信心に進むように、信心向上のおかげを頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★あるお教会の先生がお話しなさった中に、[信心の初めの段階では「おかげを頂けないのは神様が悪いから。」という気になる。次の段階では「おかげを頂けないのは自分が悪いからだ」と思うようになる。もう一つ進むと「いったい自分のどこが間違っているのか」と改まりに悩むようになる。さらに進むと「一つでも改まって、改まった信心の味とおかげが分かるようになってくる。」]と、信心が進んでいく様子を表した内容がありました。

★また、[何か事があったら、「あの人がこう。この人がこう。」と言うのではなく、「自分が足りないからだ」という心にならせて頂いたらおかげになってくる。]ともお話しになっていました。「その人が足りないのではなく、自分の実意が足りないのだ!」と分からせて頂ける真心が、神様に届いていくのですね。

★あるお姑さんが二代金光様に「うちの嫁は足らん嫁です。」とお届けされました。すると「足らぬ所は足してやれば良いじゃないか。」と仰せになられたのです。足らない所を責めるのではなく、気づいた人が足してゆくことを心掛けておりますと、足した側も足してもらった側も双方が喜び、お互いが立ち行くのです。

★「お願いしているのに、思う通りにならない。だから、信心が分からない。」というのは、人のことであれば、「この人は考え違いをしているなぁ。」と分かる訳ですが、自分のことになるとなかなか分かりにくいものです。私達は信心が出来ているつもりになっていても、次の瞬間に抜けてしまっていることが大いにあります。ですから、日々、御礼とお詫びを申して、お願いしていくことを心掛けて参りましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 令和2年の「み教え」