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2020年04月28日

●不自由を行とする                   

阿倍野教会の旧広前で御用させて頂いていた時代に、月例祭に祭典後のお説教にお越し下さっていた先生に、杉田政次郎師があられました。分かり易く、有難いお話をして下さったということです。

★その杉田政次郎師がお若い頃、親兄弟、親戚、友達、近所みな、信心することに大反対でした。家内は絶えず病気になり、商売は暇になって、どうしようもないので、何とかおかげを頂きたいと信心にいっそう励んでおられたのです。

★その頃、大阪の大今里村の吉原留吉という信者が、杉田師に頼まれた訳でもなかったのですが、金光様のもとへ参詣した時、『金光様、杉田という人は日々広前に参り、月三度のお祭り日には朝から広前に詰めてご用をしております。それなのに、しだいしだいに家の者が病気になり、まことに難儀なことが続きますが、どういうことでしょうか』とお伺いなさったのでした。

★その時、金光様は『吉原さん、帰ったら杉田さんに言ってあげてくれ。年の若い間に、神様はめぐりのお取り払いをしてくださるのである。年が寄ってからのお取り払いでは、体がもたない。一つでも若い間に、めぐりのお取り払いをしてくださるのであるから、ここが辛抱のしどころである。今はあせってはいけない。梅の木は、年に三尺も伸びるけれども大木はない。楠は年に一寸しか伸びないけれど大木になる。今あせらないようにせよ。末で枝葉が栄えて大木となる』とご理解くださったのでした。これを伝えて頂かれた杉田師は、何物にもたとえられないほど心うれしく思い、勇ましい心が出て、より一層ご信心に励まれました。後には、家内中が健康の上にもおかげを頂き、縁に繋がる方々が、ご信心をなさって次々と助かられるという、次々と立派な御用が出来られるまでに、お徳を頂かれたのでした。

★近藤藤守師が、より一層のご神徳を頂いてお取次の御用にお使い頂きたい一心で、山に入って浮世を離れ、ご修行させて頂きたいと、教祖様に申し出られた時のことです。教祖様は、『それは結構である。しかし、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたら、それでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんなに不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう』と、み教えになられました。

★家庭において、職場において、地域社会において等、日々様々な問題が起こってくるものです。それらを自分に与えられたご修行と心得て、ご信心を元に覚悟を決めて取り組ませて頂くことによって、神様から有り難いおかげを頂き、結構にならせて頂くことが出来るのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 令和2年の「み教え」