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2020年04月16日

●何事も有難い体験             

私が、金光教学院を出させて頂いて10年程経た後の事です。ご信者の地鎮祭の御用を終えて教会へ戻らせて頂きますと、お広前に泥酔された方が上半身裸で座っておられました。その方は、声を荒げるような事もなさいましたが、色々とお話を聞かせて頂きますと、その方のお母様が熱心なご信者であり、その方が生後間もない頃に金光様に命を助けて頂いたということでした。そして、その方は私に「お前は修行生か?修行生と言っても、修行らしい修行もせず、何をしておる。偉そうに修行生などと言うな。だいたい信心の心構えとは、どういうことをいうのか、知っているのか?」等々…あれやこれや一時間ほど話しかけてこられたのでした。段々とその方は、酔いが醒めてきて正気に戻られますと、服を着て御祈念をしたいと言われました。そして一緒に御祈念させて頂きますと、丁寧に御祈念されて機嫌よく帰っていかれました。その後もお酒を飲んで酔うと教会へ来られる方でしたが、いつも帰られる時には機嫌よく帰っていかれたのです。

★私は、神様がその方を私に差し向けて下さり、私自身の至らないところを、この方の口を通して私に教えて頂いたのだ、と思わせて頂きました。そして神様にお詫びを申し上げ、その方の助かりをお願いさせて頂いたことでした。

★神様から私達に、日々の生活の上で、いつどのようにみ教え下さるか分かりません。「あの人がこんなこと言った。こんなことを言われた…。」と人を見るのではなく、神様を目当てにして、どんな時でも有難く頂いて、ご信心でもって受け切っていくことが大切です。自分自身が、全てを有難くご修行として頂いておりますと、有難い体験を神様がさせて下さり、そこに有難い道が開けるのです。

★『我情我欲を放して真の道を知れよ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:16 | 令和2年の「み教え」