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2020年04月12日

●神様がさせなさるお手入れ

5年ほど以前に、あるご信者が原因不明の肺炎で入院なさったことがありました。抗生物質を色々と投与して頂いても効かず、1週間2週間と経っても、なかなか回復されませんでしたから、当時好んでおられたタバコもお酒も、止めざるを得なくなったのです。

病室の枕元に、ご祈念を頂いてお下げ頂いた御神米をおともさせて頂かれ、おすがりさせて頂きますが、その時は「まだ治らない・・・まだ治らない・・・」と思っておられたそうです。しかし回復なさって、退院なさった後に「あれだけの期間をかけて治療して頂かないことには、私のこれまでの悪習慣を、お取り払い頂けるということにはならなかった・・・」と気付かせて頂かれたそうです。

★そして「苦しかったけども、病気との取組みによって、煙草もお酒も辞めさせて頂けた。有難いことに生活の中に改まりが生まれてきた。苦しい・辛いと闘病生活を送っていたが、自分自身の将来の為に、こうして神様が与えて下さっていたことを、分からせて頂いた」と仰っておられました。

★自分には将来のことや全体のことが分からないことが多々ありますから「なぜこのようになっているのだろうか?」とか「もっと楽にならせてもらいたいのに・・・」という思いが湧き出てきますが、悪習慣や生活を改め、勝手気ままに過ごさないよう、強制的に神様がして下さったのです。自分自身の物差しで測りましたら「こんなことは起こってこなければよいのに・・・」と思ってしまいますが、神様がさせて下さるご修行であり、お手入れだったのです。

★私達は金光様のお取次ぎ御祈念を頂き、夫々にみ教えを頂いて、自分の考えでは足りないところを、足して頂いているのです。お広前にお参りをさせて頂いて、お礼もお詫びもお願いも足らないところを足して頂いているのです。そういうお広前の働き、御結界で御取次頂くという大切さや御祈り添え頂いている有難さをしっかりと分からせて頂けましたら結構ですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 令和2年の「み教え」