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2020年04月30日

●神の大恩を知る 

4月も月の初めから今日まで、一日一日お守りを頂き、有難いおかげを蒙らせて頂いて、月末を迎えさせて頂きました。ひと月間の御礼を申し、5月を迎えさせて頂く準備、御大祭を迎えさせて頂く準備に心新たに取り組ませて頂けるよう、共々にお願いさせて頂きたいと思います。

★緊急事態宣言が発令されている最中ではありますが、現在与えて頂いている生活をしっかりと喜ばせて頂きましょう。お命を頂いていることは、奇跡的なおかげを頂いてのことですから、そのことを第一に御礼を申させて頂きましょう。また天地のお恵みを享受させて頂いて、日々私達は生命を繋がせて頂いて生活させて頂いております。お水も空気も食物も、神様からの賜り物として与えて頂いており、その賜り物を本当に心から有難く頂いて生活させて頂くことが大切です。また、家族や親族等、周囲の方々との人の繋がりを与えて頂き、また結構な仕事や職場を与えて頂いております。さらにはお土地や住宅を与えて頂き、様々な環境を整えて頂いて、今日有難い生活をさせて頂いております。普段当たり前のように生活させて頂いておりましたことが、この度の緊急事態宣言が発令されたことにより、当たり前ではなかったことに誰もが気付かされます。健康で円満に生活し、健康でお仕事に精励させて頂けますことは、どれ程幸せで、有難いことであったかということが、改めて分からせて頂きます。その有難さを忘れることなくしっかりと心に刻み、毎日御礼を申して生活させて頂きましたら、この先の生活がどれほど充実して有難い日々を過ごせるでしょうか。

★現代に住む私達は、有難い生活をさせて頂いております。洗濯も昔は一日仕事であったことが、今は全自動で仕上げてくれますね。お風呂もスイッチ一つ押すだけで、お湯加減まで調節してくれて、お風呂を沸かしてくれます。またご飯を炊くのも、昔はかまどで炊いていたところが、今は炊飯器で炊くことが出来ます。また交通の便でも、最近では新幹線や飛行機、そして自動運転の車が開発されるなど、技術がどんどんと進歩し、さらに便利で快適な生活が出来るような時代になって参りました。しかし、それらすべて神様からの賜り物を頂いて成り立っていることです。そのお恵みを、私達は利用するだけ利用して、一言の御礼も申さずに、有難さも感じておりませんと、神様はお嘆きになられます。

★本当に心の底から有難いと思って、全ての賜り物に御礼を申しながら生活をし、その心を大きくさせて頂くことが、信心の稽古となってゆくのですね。

★『信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ。』
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2020年04月29日

●霊祭を大切に

 昨日も無事に、月例霊祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでございました。霊様のお祭を大切にさせて頂くということは、ご先祖のご生前中のお働き、霊様となられてからお守り頂いていることを有難く喜んで、お礼を申させて頂き、お立て申し上げるということです。木に例えれば、根の働きをして下さっているご先祖様ですが、根の働きが大きくなってきましたら、幹も立派に太らせて頂いて、枝葉も茂らせて頂くということになります。幹や枝葉とは私達子孫のことですね。目に見えない根の働きを、さらに大きく生き生きとした働きにして頂けるように、お願いをさせて頂くためにもお祭があるのです。

★親は子供のことを、どこまでも無償の愛で包んで下さっておられます。「子供が幸せになってくれたらそれで良い」と思えるのが親の愛情です。また「私の命は全て神様にお預けいたしますから、子供の命を助けて下さい」というような切実なお願いが出来るほどに、子供の為なら何事もいとわないものです。それに応えて、子供も親の幸せと安心をお願いし、霊様が生き生きとお働き頂けるよう、徳高くなられるようにお願いをさせて頂くということが、子供の真心ですね。互いに、相手のことを願い合い、頼み合いをするところに【あいよかけよで立ち行く】と言う道が生まれてくるのです。そうして霊様の働きは、尊い本物の働きになっていくのです。

★親を心から有難く思い、大切にさせて頂いて、安心して頂けるように、喜んで頂けるように、自身の信心をより一層進めさせて頂くことを、お願いをさせて頂かねばなりません。み教え頂いたことを自分の物にさせて頂いてこそ、さらに一段と成長・向上させて頂き、家や子孫が繁盛させて頂けるのです。そのようにおかげを頂いていくことを、神様も霊様も喜んで下さるのです。

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2020年04月28日

●不自由を行とする                   

阿倍野教会の旧広前で御用させて頂いていた時代に、月例祭に祭典後のお説教にお越し下さっていた先生に、杉田政次郎師があられました。分かり易く、有難いお話をして下さったということです。

★その杉田政次郎師がお若い頃、親兄弟、親戚、友達、近所みな、信心することに大反対でした。家内は絶えず病気になり、商売は暇になって、どうしようもないので、何とかおかげを頂きたいと信心にいっそう励んでおられたのです。

★その頃、大阪の大今里村の吉原留吉という信者が、杉田師に頼まれた訳でもなかったのですが、金光様のもとへ参詣した時、『金光様、杉田という人は日々広前に参り、月三度のお祭り日には朝から広前に詰めてご用をしております。それなのに、しだいしだいに家の者が病気になり、まことに難儀なことが続きますが、どういうことでしょうか』とお伺いなさったのでした。

★その時、金光様は『吉原さん、帰ったら杉田さんに言ってあげてくれ。年の若い間に、神様はめぐりのお取り払いをしてくださるのである。年が寄ってからのお取り払いでは、体がもたない。一つでも若い間に、めぐりのお取り払いをしてくださるのであるから、ここが辛抱のしどころである。今はあせってはいけない。梅の木は、年に三尺も伸びるけれども大木はない。楠は年に一寸しか伸びないけれど大木になる。今あせらないようにせよ。末で枝葉が栄えて大木となる』とご理解くださったのでした。これを伝えて頂かれた杉田師は、何物にもたとえられないほど心うれしく思い、勇ましい心が出て、より一層ご信心に励まれました。後には、家内中が健康の上にもおかげを頂き、縁に繋がる方々が、ご信心をなさって次々と助かられるという、次々と立派な御用が出来られるまでに、お徳を頂かれたのでした。

★近藤藤守師が、より一層のご神徳を頂いてお取次の御用にお使い頂きたい一心で、山に入って浮世を離れ、ご修行させて頂きたいと、教祖様に申し出られた時のことです。教祖様は、『それは結構である。しかし、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたら、それでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんなに不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう』と、み教えになられました。

★家庭において、職場において、地域社会において等、日々様々な問題が起こってくるものです。それらを自分に与えられたご修行と心得て、ご信心を元に覚悟を決めて取り組ませて頂くことによって、神様から有り難いおかげを頂き、結構にならせて頂くことが出来るのです。
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2020年04月27日

●無意識の行動が多い。意識を高く持って・・・。

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、様々に注意喚起をして頂いておりますが、私達の無意識の行動の中に、ウイルス感染の危険につながるものが多くあるようです。

★例えば、トイレ、エレベーター、エスカレーター等を利用するとき、買い物をする時など、手に触れるものというのは、自分が思っている以上に多いのです。自分が触れるものに、今まで以上に意識を向ける習慣を付けさせて頂くことから、必要以上のものに触れない、あるいは、触れる前と後に手を消毒するなどの対策も取れるようになると思います。

★私達の行動を分析すると、意識している部分が2割で、残りの8割は無意識の行動だとも言われているようです。物一つ置くのでも、「ここにこれを置いておこう」と、意識しておいた物は忘れませんが、人と話をしながらとか、考え事をしながら置いたものは、自分が置いたのにも関わらず、置いたことを忘れて、後で探さなければならないようなことにもなり易いものです。

★誰にでも、身に付いてしまった悪い癖、良くない習慣というものがあります。「なくて七癖」と言いますが、「七×七、四十九ほどはありますよ」と二代教会長・伊藤コウ師は仰っておられました。自分では気が付いていないところもたくさんあるのですから、気が付かせて頂いたところ、み教え頂いたことは、お礼を申して、早速に改まる心にならせて頂きたいと思います。悪癖・悪習慣も、放っておくと悪いことが一層上手になってしまい、めぐりを積み重ねてしまうのです。常日頃から、良いことを思い、良いことを願わせて頂いて、改まる稽古をさせて頂きましょう。

★『金光様は、思う事が願いになる、仰っておられるから、ご無礼お粗末なことを思うてはならん。思うておることをお願いしておればおかげで成就する。おかげを受けられるまで信心辛抱してお願いしなさい。』

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2020年04月26日

●至らない所を自覚し、神様にお願いして使って頂く

15年前の4月25日に、JR福知山線の列車脱線事故が起きました。107名の方が生命を亡くされ、562名の負傷者が出ました。犠牲者、また遺族の方たちが受けた深い傷は消えることはありません。

★事故後、事故を未然に防ぐことを目的とした高性能の装置(A-TSP等の新型自動列車停止装置)をつけることが義務付けられましたが、その後も装置がうまく作動しないということもあったようです。人間のすることは完全無欠ではなく、「もうこれで良い。大丈夫である。」ということはないのです。人間の力は微力であるにもかかわらず、自分の力に過信、慢心しておりますと、大きな事故が生じてきます。人間のすることは、至らないことばかりでありますが、その至らないところを自覚し、自分の力でするということではなく、神様にお願いしてさせて頂く、使って頂くということが大切である、ということを改めて頂き直すことが必要です。

★『人間が利口過ぎると、せっかくこうむっておるおかげを取りはずすことがあってどうならぬ。つまり、知恵が走り過ぎて、神様の上を行くからであろうぞ。』(尋求教語録)とみ教え頂いております通り、人間の力で、「あれもしておる、これもしておる。」という気でおりますと、不行き届きで、おごりがましいところが生じてしまうのです。神様から授けて頂いているお生命であり、お身体であることを忘れずに、神様のお心に適う生き方に努めさせて頂きましょう。

★四養 1)虚を以って心を養う…心を空(謙虚)にして、常にみ教えをさっと頂ける心にする。 

2)徳を以って身を養う…仕事も家庭も、身に徳を頂くことによって、一つ一つおかげを頂ける。 

3)善意を以って人を養う…相手の良い所を見て、周囲が助かってゆくように、常によい事を思ってよい事を願う。

4)慈愛の心を以って天下万物を養う…かわいいと思う心が神心だと、み教えを頂いています。かわいそうだなあ、と思える心が大切なのです。

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2020年04月25日

●反省と改まりを重ねる

 小学校卒業の折に、恩師に書いて頂き、送り出して頂いた言葉が、「人には寛大に、自分には厳しく」というものでした。私に一番足りないことを指摘して頂いた内容であり、それは常に今も自身に言い聞かせ、頂き直さねばならない内容です。しかし、理解しているつもりでも、実際に行い続けることは難しいと改めて感じます。「己に克つ」ということが修行である、と教えて頂いておりますが、心の弱さと色々な不自由なことに打ち克って、少しでも向上させて頂きたいものです。

★ずっと以前のことですが、「お風呂が沸いてますから」ということでしたので、入らせて頂こうとしましたら、お湯ではなく、まだ水のままでした。先覚・先師のご修行なされたお話は何度も聞かせて頂き、存じておりましたのに、私の心中は穏やかではありませんでした。そして、家内を責めるような心が起こってくるのです。そういうことが何度かあって、私の心の中を見直す機会を頂きました。「有難うございます。今日は一つ不自由を与えて頂き、今からお湯を入れさせて頂きます。どうぞこれからも、心が険しくなってしまうということがない様におかげを頂けます様に」とこれまでのことをお詫びしながら、御祈念させて頂いたことでした。

★以前よりも少しは進ませて頂けたのですが、すぐに有難うございますと行き届いて御礼と御詫びを申す・・・という姿にはなれておりませんでした。心の中には鬼がおりまして、何かことが起こってきた時に、鬼の顔が出てしまったりします。

★『氏子、心は何で洗うのか、水では洗えない。心を清めるのは、一心の真のほかはないことを悟るがよい。』(二代金光四神様)心が間違っていることを分からせて頂くことは大事なことですね。このお広前で自分自身を見つめ直して、心と体のそうじをするつもりで、反省と改まりを進めさせていくのです。毎日毎日コツコツと稽古させて頂きましょう。

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2020年04月24日

●何もせずに待つだけでは、おかげは頂けようもない

あるお方が入信なさる以前は、腎臓が弱く手足は浮腫み、朝はすぐに起きることが出来られない状態だったのです。朝食や弁当も作ることが出来ず、仕事に行かれるご主人や息子さんを、見送ることさえ出来られなかったのでした。

★ところが、息子さんの体調不良をきっかけに、近所の方にお導き頂かれてからは「病弱だから出来るはずがない」という考えを改めて、「どうぞ朝参りが出来ますように」とお願いが出来るようになられ、段々と日参聴教の稽古をされるようになられたのです。すると、次第に腎臓病も良くなり、体質改善のおかげを頂かれました。そして、朝早く起きて朝食や弁当を作ったり、ご主人や息子さんを見送ってから、朝参りが出来られるようになられたのです。

★そしてさらに、入信前には6千万円の借金があったのですが、「どうぞ借金返済のおかげが頂けますように」と一心にお願いなさっておられました。家内中が勢を揃えてお参りをし、心を揃えてお願いし、各自が仕事に精励して努力なさった結果、借金全額返済のおかげを頂かれました。現在では、貯金が出来るようになりたいと楽しみに働かれるようになっておられるのです。

★大きな問題で、とても自分には出来ないと思えるようなことであっても、「今日から良くなる、明日は良くなる、明後日はもっと良くなる」と自分自身に言い聞かせながら、お願いをしていくということが大切なのです。そのように心掛けながら、ご信心をさせて頂くと結構にならせて頂けるのです。

★戒めとして、『物事に時節を待たず、苦をすること』とみ教え頂いております。計画をしっかりと早くから立てさせて頂いて、行き届いた準備をさせて頂きますと、神様は有難い時節を与えて下さいます。常平生に何の準備もしないで、いざ問題が起きてきた時に、慌てふためいて「なぜ私ばかりこんな苦労をせねばならんのか」と嘆いたり、人のせいや世の中のせいにして、恨んだりするようなことがないよう、信心を基にした生活を進めて参りましょう。
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2020年04月23日

●出来事に込められたご神意

 真清会館建築の際のことですが、設計図も出来上がった後、近隣にお住まいの方に集まって頂いて説明させて頂いた上で、役所に建築確認申請を出させて頂きました。そして基礎工事が始まり、着々と工事が進んでいた時のことです。ご近所の方から「設計図にあった裏口を作る事を止めて欲しい」という要望があったのです。その裏口は、三代教会長先生が、教会から真清会館に、歩いてお出ましになる時に使用される為のものでした。

★夜10時を過ぎていましたが、すぐに、設計して頂いた方と話し合わせて頂き、万が一の時の為に新しい案を考えさせて頂いておりますと、午前1時頃、応接間に照明がついているのを見られた三代教会長先生が、「何事があったのか?」とお出ましになられたのです。そこで、経緯をご説明させて頂きました。三代教会長先生は「皆さんの要望に応えさせて頂き、言われる通りにさせて頂きなさい。」と仰せになられたのでした。

★そこで新しい案のお許しを頂いた上で、設計図を書き直していきますと、裏口をなくした分、倉庫が広くなり、また、空調の室外機を置く場所も出来たのでした。そして、変更させて頂いたことで、ご近所の方に大変喜んで頂けることになったのでした。

★工事が完成するまでの間に、三代教会長先生は大腿骨頸部を骨折なさったため、真清会館には、車を使って表の門から出入りされる事になり、裏口を使う必要は無くなりました。「これが一番良いだろう」と、私たちが準備させて頂いていた以前の設計には、実は無駄になる部分があったことを、神様はご存知で、ご近所の方のお口を通して教えて下さったのでした。また、どんな時にも神様の仰せを謙虚に、素直に頂いてこられた三代教会長先生のご信心の尊さを、改めて教えて頂いたことでした。

★横着、気ままな心があると、問題(神様からのお気付け)が起きてきても、正面から受け止め、おかげにさせて頂くことが出来ません。様々な出来事を通して、勉強もさせて頂き、鍛えて頂き、一段と引き上げて頂くことが出来るのです。

★『心配が増したり、物事を苦に病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくる』

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2020年04月22日

●先々のことは人の力では及ばない         

★『肉眼をおいて、心眼を開きて見なさい。お前も人間、私も人間、同じ天地の神から同じ御霊を頂きておる万物の霊長であるから、信心してご神徳を受けよ。〜中略〜まめな時に参りておかげを受けておき、病苦災難のある時は、山、野、海、川、道、どこでも天地の神様、金光様頼む、と願え。直におかげを受けねば間に合わん。〜中略〜人間は小天地で、自分の頭をいつも天地神様がお守りくだされてあるゆえに、自分の体を思うように使われるのである。』

★戦時中のことです。ある婦人のご信者が二代教会長・伊藤コウ師に「教会の近くに宿替えをさせて頂きたいと思います。」と、お届けをなさいました。そのご婦人の家は大きな道路沿いに建っており、転居先は道幅の狭い所でありました。「何故、わざわざそんな所へ宿替えをするのか?あなたのお家の前には広い道があって良いじゃないか。」と、ご近所の方々は皆、口を揃えて言っていたことでした。

★それでも、ご婦人は教会の近くの道幅の狭い所に転居をなさったので、ご近所の方々は「あの方は、おかしなことをしなさった」と、ご婦人を嘲笑ったのでした。しかしその後、以前住んでいた大きな道路沿いの家の辺りは空襲で焼けてしまい、転居先に、焼き出されたご近所の方々が、ご婦人を頼って泊まりに来て、「あなた、此処に移ってきてよかったなあ。ほんまに良かったなあ。」と皆が口を揃えて言ったのでした。

★先々のことは人間には分かりません。人の力では及ばないことです。ですから私達は、生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、天地金乃神様の御神徳を蒙らせて頂くというように、信心を基にして生活させて頂くのです。将来、細かいところは、何も分からないからこそ、常のご信心を実意丁寧にさせて頂き、身にも家にも御神徳を頂いて生活の全てにお守りを頂いてゆくことが大切ですね。神様にお縋りして、御神米をお供して、行くところ行くところで、心中御祈念しながらおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『此方の教えを聞いてからは、「天地金乃神様、今日は、どの方角へ行きて、商売、また約束、何々事をいたして帰らしていただきたし」と自分が金光大神様の手続きをもって願えば、真にありがたしと思う心でおかげをこうむられます。信心を怠らぬようにしなさい。』
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2020年04月21日

●素晴らしいものを頂いている私達

 私達人間は、お互いに相対して、顔を見て言葉で伝え合い、表情や声の調子からだけでなく、雰囲気にかもし出されるものを五感で感じとることが出来、相手の状態を把握した上で、必要なことを伝えさせて頂ける、有難い能力を頂いています。ですから、人と人との間に尊い関係が生まれてくるのです。

★教祖様は『生神とは、ここに神が生まれるということである』と仰っておられます。その瞬間、そこに生き生きと神様の働きが生まれていく。お互いに尊いものを頂いており、素晴らしいものを持ち合わせているのですが、目の前で相手のことを願いあって、お互いに意志の疎通をさせて頂く、ということが出来ていかないことには、本当の働きというものは発揮されていかないのです。

★相手の方と心が通じ合った時に、鳥肌が立つような有難い瞬間を経験することがあります。それは互いに相手を尊重して、相手のことを思いやり、願い合ってこそ、そこに有難いおかげが現れてくるのです。メールや電話は便利なツールですが、あくまで補助的なものと感じます。

★一面一辺を見て理解したように思い込んでしまい、思い込みが激しくて、間違いを生んでしまうということもあります。ですから、物事を多面的・多角的に見て、全体を理解しようとする姿勢を大事にさせて頂かねばなりません。そこで、相手のことを祈らせて頂くということを、日々稽古させて頂くのです。むやみに言葉を出すのではなく、黙ってよくよく聞かせて頂き、その上で相手のことを御祈念させて頂いて、神様からの有難いみ教えを伝えさせて頂くことが大切だと感じさせて頂きます。

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2020年04月20日

●『肉眼をおいて心眼を開けよ』

昨日は、昭和49年72歳でお国替えされました、松本光治氏の御命日でした。

★松本氏は、網膜色素変性症という症状で、両眼の視力をほとんど失われたのです。松本氏は画家であられましたので、医師から次第に視力を失うことを告げられた後は、自殺未遂を図るほどに生きる気力を失われたのでした。そうした時に、奥様がお導き頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「今から神様にお願いさせて頂いて、再び筆を持って絵を描かせて頂けるようになりましょう。」と有難いお取次ぎを頂かれたのです。

★松本氏は、日々教会に参拝なさり、頂かれたみ教え通りに一心にお願いが出来るようになられました。すると、暗闇の中に針ほどの視野で見ることが出来る時間を、朝の一分間程ですが頂けるようになったのです。そのわずかな映像を脳裏に焼き付けて、奥様の献身的な手助けを頂かれながら、手探りで油絵を描くことが出来られたのでした。

★そうして、一水会という芸術展に昭和27年から40年までの14年間、連続で入選されるという大変素晴らしい功績を残されたのでした。更に有難いことには、松本氏は、無償の奉仕で後進の絵画の指導に力を入れられ、若い方の縁談のお世話なども積極的になさったのでした。

★神様から授けて頂いている能力は無限のもので、私達には強い強い力があります。それは苦難を跳ね飛ばして、おかげにさせて頂ける、生き抜いていく力です。その力をしっかりと磨き、出来ていくこと全てをおかげにさせて頂くことが大切です。

★小さなことから大きなことまで、お取次ぎを頂いて、お願いさせて頂くことが必要ですが、「こんなことは私には出来ない、無理だ。」と自らを限ることは、神様に対してご無礼であると教えて頂いております。『願うことは何事もかなわないということはない。金光大神の手続きをもって願え。何事もおかげがいただける』とみ教え頂いております通り、心が弱りかけたり、間違いかけたらすぐに何度でも自分自身に言い聞かせるのです。「今ここから大みかげを頂かせて下さい」とおすがりする心になるように、日々の心行に励ませて頂きましょう。
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2020年04月19日

●今日までの当たり前を見直す

 今日気付かされること
1.生命を大切にすることを第一に。(家族の生命・周囲の人々の生命・自分の生命)
2.家族との絆を大切にすること。(今日を喜び、明日を楽しんで、良い話題を)
3.与えて頂いている環境を大切にすること。(国家・社会・地域・町内・学校・家庭)
4.家庭学習に力を入れて、時間割を決めて自発的に学習していくことを大切にすること。
5.人と人との関わり合いを大切にすること。
6.医療従事者の方を初め、最前線で人々の生命を助ける働きをなさっておられる方々が多数おられ、その人々に感謝して支えることの大切なこと。

★コロナウイルス感染拡大を防ぐための、緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大され、お仕事の上では、出来る限り在宅でなさったり、営業そのものを自粛なさったりと、それぞれに国全体のこと・地域社会のこと・人々の生命のことを大切に考えて、対策に努めておられることは大変有難いことと思わせて頂きます。やむを得ず業務が停滞してしまう、という方々も多いことと思います。先々のことを考えて様々な準備をしていかれていると考えます。多くの方々が在宅勤務・テレワーク・自宅待機等々をやむなくされていることですが、人員の配置や業務の整理をお考えになられて、適切に整えておられることは、素晴らしいことだと思わせて頂きます。

★毎日出勤出来ることや残業することなど、今までは何も考えずに出来ていたことが出来なくなり、今この時に、本当に必要なこと、大切なことを見直させて頂く機会となっているように思います。学校も休校となり、幼稚園なども自宅待機になり、家族が共に家で過ごす時間も増えたことによって、今まで見えなかったものが、見えてくることもあるのではないでしょうか。

★天地の道理に基づいて見直しをさせて頂き、ふと心に気付かせて頂いたことをすぐに実行させて頂き、自分のするべきこと、考えることが正しい姿にならせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

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2020年04月18日

●『腹の立つことを知らないということになるがよい』    

★[「信心する人は、第一の心得が、腹の立つことがあっても腹を立てないようにせよ。腹を立てては家内の不和を起こす。人と仲違いをする。世間を見よ。後にはわが身を捨てる者がある。これは堪忍が足らないのである。堪忍は、ごく大切なものと心得よ」このご理解があって数年を経た後に、「あなたは、ものの堪忍をよくされるから、神様も非常におほめになっている。結構なことであるが、もう一つ進んでおかげを受けるがよい。神様が『申の年(津川治雄)はよく聞け。堪忍はよくするが、腹の立つのをおさえこんでいる。そのおさえこむので気分をいためる。それでは、まだいけない。もう一つ進んで、腹の立つということを知らないというようにせよ。そうすれば、身の薬である』とおっしゃる」と仰せられた。](津川治雄師の伝え)

★また、津川治雄師のご信心が一段一段と向上していきますと、教祖様は津川治雄師に、『あなたは、腹が立ってもこらえてこらえて、それを腹の中へおさえこんでおられる。それでは、わが体をこわす。もう一つ進んで、腹の立つことを知らないということになるがよい。それには、悪いことがきても、「これは自分が犯した罪のめぐりか、先祖が犯した罪のめぐりであろう。これで、一つめぐりを取り払ってもらうのだ。」と思うがよい。またそれに相違ないのであるから』とみ教えをなさっておられます。

★さらに、教祖様は津川治雄師に対して、大切なみ教えを残して下さいました。『このお広前へある山伏が来てかれこれしたことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれしてはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。』

★教祖様は山伏が荒しに来た時も、命の危険があられた時も、腹を立てられることもあられませんでしたし、仕返しをしてやるという心にもなられませんでした。そして黙って神様に心を向けて御祈念させて頂かれ、時節を待っておかげを頂いて行く信心辛抱をなさってゆかれたのです。それは神様がさせなさるご修行であると、有難く受け切っておられたからです。私達も教祖様の御信心を習わせて頂き、何が起こってきても腹を立てず、ご修行として有り難く受け切っていく稽古をさせて頂きましょう。
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2020年04月17日

●おかげを頂ける方に心を向ける

 あるご信者が、心配ばかりなさって、どうしたらいいのか全く分からなくなってしまわれました。そこで、「まずしっかりとお願いさせて頂く気になりましょう。人間ですから、心配が起こってくるのは、よく誰もが体験することです。あなたの立場でしたら、【私が親のお世話をさせて頂いておりますから、今倒れたり寝込んだりするわけにはいきません。どうぞ、何が何でも寝込まずに済むように、おかげを蒙らせて頂けますように。現在仕事を与えて頂いていることは真に有難いことで、自分自身が与えて頂いている仕事も、子供としての責任も、しっかりと果たさせて頂けますように。】とお願いさせて頂くことを、先に考えたらいかがでしょうか。」とお話しさせて頂いたことでした。

★「先々こうなったら・・・。ああなったら・・・。」と考えれば考えるほど、どうにもこうにもならなくなってしまうものです。大事なことは、今与えて頂いている物事に打ち込めるように、『有難き・畏れ多き・もったいなき』の心でもって、心の底から喜んでお礼申して目の前の事をさせて頂くことです。

★おかげを頂く方に心が向く人と、おかげを頂けない方に心が向かう人では大違いです。私達は、毎日の生活の中で、神様に心を向けることを稽古させてもらうのです。「健康で寝込まずに、親孝行がさせてもらえますように。自分の事だけでなく、親・兄弟のお世話もさせてもらえますように。」と正しい方向へ、お願いをさせて頂ける人間になれるよう、おかげを頂きたいものです。

★痛い時の神頼みではなく、『痛まぬ時の信心第一。』また『神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。』と教えて下さっておられます。「先へ先へおかげを頂く受け物を作っておきなさいよ。先々の為に、今のうちにみ教えを頂いておきなさいよ。早うからお徳を積んでおきなさいよ。地を肥やしておきなさいよ。」と仰っておられるのです。日参と聴教に励み、常のご信心をしっかりとさせて頂き、自分自身の受け物を作らせて頂いて、いざという時に、おかげを頂ける方に、心が向けられる私達にならせて頂きたいと思います。

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2020年04月16日

●何事も有難い体験             

私が、金光教学院を出させて頂いて10年程経た後の事です。ご信者の地鎮祭の御用を終えて教会へ戻らせて頂きますと、お広前に泥酔された方が上半身裸で座っておられました。その方は、声を荒げるような事もなさいましたが、色々とお話を聞かせて頂きますと、その方のお母様が熱心なご信者であり、その方が生後間もない頃に金光様に命を助けて頂いたということでした。そして、その方は私に「お前は修行生か?修行生と言っても、修行らしい修行もせず、何をしておる。偉そうに修行生などと言うな。だいたい信心の心構えとは、どういうことをいうのか、知っているのか?」等々…あれやこれや一時間ほど話しかけてこられたのでした。段々とその方は、酔いが醒めてきて正気に戻られますと、服を着て御祈念をしたいと言われました。そして一緒に御祈念させて頂きますと、丁寧に御祈念されて機嫌よく帰っていかれました。その後もお酒を飲んで酔うと教会へ来られる方でしたが、いつも帰られる時には機嫌よく帰っていかれたのです。

★私は、神様がその方を私に差し向けて下さり、私自身の至らないところを、この方の口を通して私に教えて頂いたのだ、と思わせて頂きました。そして神様にお詫びを申し上げ、その方の助かりをお願いさせて頂いたことでした。

★神様から私達に、日々の生活の上で、いつどのようにみ教え下さるか分かりません。「あの人がこんなこと言った。こんなことを言われた…。」と人を見るのではなく、神様を目当てにして、どんな時でも有難く頂いて、ご信心でもって受け切っていくことが大切です。自分自身が、全てを有難くご修行として頂いておりますと、有難い体験を神様がさせて下さり、そこに有難い道が開けるのです。

★『我情我欲を放して真の道を知れよ。』
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2020年04月15日

●仕返しの心を捨て、積徳を心掛ける

 ずっと以前ですが、二代教会長先生と三代教会長先生が車に乗っておられた時のことです。教会の運転手さんは常に丁寧に安全運転をなさる方でしたが、車が阪神高速を走行中に長距離の大型トラックが車線を越えて近寄ってきて、先生方の乗っておられた車に接触したのでした。

★車体右側にトラックのホイールが接触し、大きな傷が付くほどでしたので、双方が路肩に止まったのです。相手の大型トラックの運転手は車を降りるなり、開口一番「ちょっと〇〇まで行くのに急いでいます!」と言われたのです。三代教会長先生は、「そうですか。お急ぎでしたらどうぞ行かれて結構ですよ。後はこちらで修理させて頂きます。」とだけおっしゃり、事故扱いにはなさらず、そのままトラックは去ってしまったのでした。後にこの事故のことについて「あのように、誰も怪我をすることなく、軽く済ませて頂いたのは大変有難いおかげです。このことによって、私共のめぐりをお取払い頂けたのです。こちらが喜んで有難く修理させて頂いたらよいのです。」と、おっしゃったのでした。

★満員電車で人に押されたり、あるいは、濡れた傘が当たったりすると、仕返しまではしなかったとしても、つい相手を悪く思ってしまう心が湧いてきやすいものです。難に出会った時には、そのことによって、めぐりをお取り払い頂いたのですから、「本日は、このことを以てめぐりのお取り払いを頂きまして、有難うございます。」と神様に御礼申し上げ、そのことを喜ばせて頂くことに心を向けさせて頂いたらよいのです。いつも、「めぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことは有難い」ということを念頭に置かせて頂いて、いざという時にも心を神様に向けさせて頂いて正しい判断がさせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『信心の浅い時には、人から悪しざまにそしられるとすぐ腹が立って、こらえきれないで、しっぺ返しのようなことをする。しかし、信心が少し進んでくれば、人からそしられると、腹は立つけれども、信心しているからと思ってこらえられるようになってくる。信心がずっと進んでくると、人からそしられても腹が立たない。腹が立つどころか、かえってその人が気の毒になる。』

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2020年04月14日

●喜ぶ稽古

先日の12日に、あるご家庭の納骨墓前祭が仕えられました。当日は、お湿りでありましたので、大きなパラソルを2つ用意して、ご参拝になられたご家族の方も、傘を差しながら準備をして頂き、また在籍の先生方にも一生懸命準備をして頂きまして、無事にお仕えさせて頂くことが出来ました。

★後で考えさせて頂きますと、そのお墓がある場所は、八重桜もきれいに咲いている所でしたので、通常の日曜日でしたら、他の参拝の方がたくさん来ておられただろうと思います。しかし、お湿りでしたので、他の参拝の方が誰一人としておられませんでした。ですから、何の差支えもなく準備が出来、また後片付けも遠慮なしにさせて頂くことが出来て、納骨墓前祭が滞りなく仕えられました。お湿りがあったことによって、穏やかで感染も拡がらずに、実に有難いお祭りを仕えさせて頂いたことでした。

★物事には、良い面と悪い面の両面があります。有難い良い面をしっかりと見させて頂き、どんなことでも喜ばせて頂くことが大切です。今、このような状況におきましても、毎日笑顔で過ごし、口から良いことを出させて頂き、お礼を申して生活させて頂くことを心掛けるのです。心が苛立つような場面でも、「金光様、有難うございます。」と唱えさせて頂いておりますと、「あれもおかげを頂いている。これもおかげを頂いている。」「おかげの中で生活させて頂いている。」ということに気付かせて頂くことが出来ます。心を改め磨き、人を不足に思わずに、物事を不自由を行とすることを、日々の生活で随時随所におきまして、ご修行させて頂くことが必要です。家庭におきましても、職場におきましても、様々な場面におきまして、心配や不安が起こりかけたり、腹が立ちかけた時に「金光様、有難うございます。」とお礼を申す稽古を心掛けさせて頂きましょう。

★『世の中に表行はだんだんする人があります。寒行して拝んで歩行しておる人もあるが、心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』
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2020年04月13日

●人の助かりを先に祈る

 三代教会長先生が大腿骨頚部を骨折なさった時、検査と手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「病院に行くことによって、病気による痛みや、不安の為に苦しむ多くの方々を、目の当たりにさせて頂きました。平生は、お結界で御用をさせて頂きますが、この度は神様が、私を病院に差し向けられたと思っております。」とおっしゃいました。三代教会長先生は、ご自身も患者の立場であられながら、入院者や外来の患者の方々の助かりを祈られ、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。また、お世話になる方々に丁寧にお礼を申され、病院のお食事も拝んで有り難く頂かれたのです。

★そのような入院生活を送っておられますと、手術後、通常ならば痛みが出るそうですが、三代教会長先生は、一切痛むことがあられなかったのです。医師からも、「痛みはありませんか?痛みを我慢すると動きが悪くなり、術後の回復も遅れますから、我慢せずに言ってくださいよ。」と、言って頂いたそうですが、全く痛むことなく回復なさるというおかげを頂かれたのでした。

★自分のことは神様にお預けして、いつも人様の助かりを祈る稽古をさせて頂いておりますと、祈らせて頂いた相手にも助かって頂き、自分も結構なおかげを頂くことが出来ます。人の助かりを祈らせて頂いておりますと、心は穏やかに保たれ、おかげの受け物をしっかりと大きくさせて頂くことが出来るのです。

★世の中に不安を抱える方々が多い時こそ、ご信心を頂いている私たちは、しっかりと人様の助かり、世の中全体の助かりを祈らせて頂いて、神様の有り難いご庇礼が満ち渡りますよう、おかげを頂きたいと思います。

★『今まで、長い間痛くてつらかったことと、今おかげを受けて有難いこととその二つを忘れるな。その二つを忘れさえしなければ、病気は二度と起こらない。これからは、人が痛いと言って来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたかった時の事を思い出して神に頼んであげよ。自分はもう治ったから人のことは知らないというような心を出すと、またこの病気が起こる。今の心でおかげを受けていれば、病気が起こらないばかりか、子孫の末までおかげを受けられる。』(荻原須喜師の伝え)

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2020年04月12日

●神様がさせなさるお手入れ

5年ほど以前に、あるご信者が原因不明の肺炎で入院なさったことがありました。抗生物質を色々と投与して頂いても効かず、1週間2週間と経っても、なかなか回復されませんでしたから、当時好んでおられたタバコもお酒も、止めざるを得なくなったのです。

病室の枕元に、ご祈念を頂いてお下げ頂いた御神米をおともさせて頂かれ、おすがりさせて頂きますが、その時は「まだ治らない・・・まだ治らない・・・」と思っておられたそうです。しかし回復なさって、退院なさった後に「あれだけの期間をかけて治療して頂かないことには、私のこれまでの悪習慣を、お取り払い頂けるということにはならなかった・・・」と気付かせて頂かれたそうです。

★そして「苦しかったけども、病気との取組みによって、煙草もお酒も辞めさせて頂けた。有難いことに生活の中に改まりが生まれてきた。苦しい・辛いと闘病生活を送っていたが、自分自身の将来の為に、こうして神様が与えて下さっていたことを、分からせて頂いた」と仰っておられました。

★自分には将来のことや全体のことが分からないことが多々ありますから「なぜこのようになっているのだろうか?」とか「もっと楽にならせてもらいたいのに・・・」という思いが湧き出てきますが、悪習慣や生活を改め、勝手気ままに過ごさないよう、強制的に神様がして下さったのです。自分自身の物差しで測りましたら「こんなことは起こってこなければよいのに・・・」と思ってしまいますが、神様がさせて下さるご修行であり、お手入れだったのです。

★私達は金光様のお取次ぎ御祈念を頂き、夫々にみ教えを頂いて、自分の考えでは足りないところを、足して頂いているのです。お広前にお参りをさせて頂いて、お礼もお詫びもお願いも足らないところを足して頂いているのです。そういうお広前の働き、御結界で御取次頂くという大切さや御祈り添え頂いている有難さをしっかりと分からせて頂けましたら結構ですね。
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2020年04月11日

●御礼とお詫びの心を厚く

 教祖様は、数え年の42歳の時に、「のどけ」どいう病気で寝込まれ、湯水も喉を通らないような状態になられました。親族の方達も集まって病床を囲んでおられた時に、そのうちのお一人の口を借りて、神様のお言葉が下がったのでした。その御内容は、以前に、教祖様のお宅がなさったご普請のやり方に、神様へのご無礼があった、というものでした。ところが、教祖様は、他のどんな人よりも日柄や方角の良し悪しなど、その当時の風習として神様への礼儀とみなされていたしきたりを、丁寧に守ってご普請をなさっていたのです。それをご存知だった教祖様の義父様は、神様に、「当家において、神様にご無礼はない!」と、断言されたのです。

★それをお聞きになった教祖様は、驚いて病床から這い出られ、「ただいま氏子(義父)の申したことは、何にも知らず申したのでございます。狭い家を大きくさせて頂いたので、どの方角へご無礼がございましたか、凡夫で相わかりません。方角を見て、それですんだ(十分だ)とは思いません。」と、即座に丁寧にお詫びを申されたのでした。すると、神様より、「その方はよい。」とお言葉があり、心からのお詫びを受け取って頂かれ、神様から大きなご信用を頂けることとなられたのでした。

★ご信心が進ませて頂くほど、お礼もお詫びも足りない自分である、ということが分からせて頂かなくてはなりません。常に謙虚な気持ちで、知らず知らずのご無礼があることを自覚させて頂き、「どこにどのようなご無礼がございますやら、分かりません。おかげを頂くばかりで、お礼の足りないことをお詫び申し上げます」と、常に自分の在り方を謙虚に振り返らせて頂き、真のご信心に進ませて頂きたいと思います。

★『日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』

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2020年04月10日

●和らぎ、喜ぶ心で心行に励ませて頂く         

昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に、三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことを、あらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、二十代であられたご長男・金光鑑太郎様(後の四代金光様)は腹が立って腹が立って、ある日、お母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。その時に鑑太郎様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。」と気付かれたのでした。三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさっておられたのです。

★「私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。金光様は少しもお変わりになっていない。ただ段々とお年をお取りになっている。」と後になって鑑太郎様は残しておられます。

★このお話を聴かせて頂きますと、私達は日々の心行がどれほど足りないか、ということを分からせて頂けます。私達には生活の中で、ご修行とさせて頂かなければならないことが沢山あります。しかしながら、和らぎ、喜ぶ心でそのご修行をさせて頂いているか、と言えば、そのようにはなっていないことが多々あるのです。日々、些細なことをお礼を申して、喜んで生活させて頂くことが大切です。

★新型コロナウイルス感染拡大に伴って、約1ヶ月間の緊急事態宣言が発令されたこの時期を、心行期間と思わせて頂いて、より一層信心に励ませて頂きましょう。
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2020年04月09日

●有難い心行期間とさせて頂く

 緊急事態宣言が発令されまして、期間は30日間であります。この30日間を心行期間と思っておかげを蒙らせて頂きましょう。それは日参表を作っての信行期間ではなく、「家業を行とする」という意味での心行期間にさせて頂きましょう。

★『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』

★人や国や地域等、自分の置かれている環境に不足に思わないようにしましょう。今は自由に外出が出来ませんし、あれをしたい、これをしたいという思いや、楽しみを閉ざされるという不自由がありますね。しかし、そうしたことは自分の身を守るだけではなく、人の安全も守り、人の身を思って自律自戒していく有難いご修行です。

★分相応を過ごさぬよう倹約をするということは、自分自身の分相応の基準をしっかりと持たせて頂かなければ出来ません。三代教会長先生は、必要な物をお求めになられる時も「一番上等だとか、高価だとかいうものを、私は望んでいない」と仰っておられました。食べ物や飲み物でも、上等なものでなければ納得いかない、ということでありましたら、目の前に与えて頂いているものを有難く思えなくなります。そのうえに体を傷める(痛める)ということになってしまいましたら、本末転倒ですね。今の時代に、生活の上において、自分自身を戒めていくということは難しいことに思えますが、有難いご修行にさせて頂きたいと思います。

★そして、ご修行とは、神様とお約束してさせて頂くものですから、人に自慢しておりましたら徳を失う所業となります。30日後に成就させて頂きましたら「これだけのことを、させて頂くことが出来ました。このように、おかげを蒙らせて頂きました」と神様にお礼を申し上げればよいのです。教祖様も、百日の心行をご自身で決めて、なさっておられたと残して頂いていますが、そのご内容は記されておりません。ただ私達には『これが心行となる』というみ教えを残して下されたのです。私達も教祖様に習わせて頂き、み教えの通りの心行を心掛けさせて頂きましたら、信心の根張りがよく出来て、幹が太り枝葉が茂っていくのです。

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2020年04月08日

●今日一日、今日一日と、積み重ねるお礼の働き        

現在のお広前のご建築の時に、中心となって御用なさった酒井氏は、70歳になられた時に、お結界で伊藤コウ師に、「大工の仕事は引退させて頂き、郷里へ帰って大根でも作ろうかと思っております。」と、お届けなさったのでした。すると、コウ師は、「大根を作るのも結構ですが、あなたはこれまで大工の仕事でおかげを頂いてこられたのでしょう。でしたら、今日までのお礼に、その技術を生かして出来る、あなたにしか出来ないお礼の働きをなさったらどうですか?」と、み教えを下さったのです。

★それから後に酒井氏は、旧広前の東隣りに拡張された40畳の教場を作らせて頂く仕事の御命を頂かれたことを手始めに、現在のお広前ご建築の時には、二代教会長先生と三代教会長先生のお考えになるところを、図面に現してくださり、また、大変優秀な宮大工の方々に声をかけて下さって、ご建築が完成するまでの、全体の采配を振るって下さったのでした。

★そのようにして、70歳から新たに出発なさった酒井氏は、大工の仕事で度々声をかけて頂かれ、80歳の時には、阿倍野区から豊中まで自転車で走って行かれ、お仕事をなさったこともあられたほどに、大変お元気に大工仕事を通してお礼の働きをなさったのでした。

★今日一日今日一日、神様から与えて頂いている家業に精励させて頂き、油断なくお役に立たせて頂くことを中心に、生活を進めさせて頂くことが大切です。「今日を喜び、明日を楽しむ」ことを心掛けて、今日までのお礼の働きとして、日々稽古をさせて頂く心に、大きなおかげを蒙らせて頂くことが出来るのです。今月今日の信心を一生懸命させて頂いておりますと、過去一切が救われ、また将来が開けてくるのです。

★本日より、大阪府を含む7都府県に5月6日までの期間、緊急事態宣言が発令されましたので、期間内における阿倍野教会の活動は以下のように変更させて頂きます。ご理解頂きますようお願い致します。尚、月例祭・月例霊祭はお仕え申し上げますが、ご信者の皆様におかれましては、ご自宅で遥拝して頂きますよう、重ねてお願い申し上げます。

〇4月16日 婦人会例会は中止
〇4月18日 教徒会例会は中止
〇4月25日 青年会学生会総会は10月25日に延期
〇4月29日 子供会例会は中止
〇5月5日 真栄根会総会は11月3日に延期
〇月〜土曜日 子供会は中止
〇土曜日 子供会習字部は中止
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2020年04月07日

●真心を尽くす

 孔子の弟子で曾子(そうし)という方があられました。この方が『我、日に三省す』という言葉を残しておられますが、「一日に何度も省みる」という意味です。さらに「私は毎日3つのことについて何度も反省する。1つ目は【他者の相談にのりながら、真心を尽くさなかったのではないか】2つ目に【友人との交際で、信義を欠かなかったか】3つ目に【よく理解していないことを、後輩に伝えたのではないか】」と続きます。

★信心においても同じですね。相手の為に真心を尽くして伝えさせて頂けたか、相手の器が出来ている時に、タイミングを外さないように伝えられたか、言葉は多すぎず少なすぎず、適切に伝えられたか。真心を尽くしていくということが出来てこそ、言葉が尽くせるのです。どれだけ、お願いしてから伝えさせて頂けるか。その為には、真剣に心中御祈念して、伝えさせて頂くことが大切ですね。

★二代教会長伊藤コウ師も「私はつい言いすぎてしまいます。【今日も言い過ぎてしまった】と反省します。そして【今日は言いすぎてしまいましたが、神様どうぞあの人間が分かってくれますように。本当に理解をして信心が進んで行きます様に】とお願いさせて頂きます」と仰っておられました。毎日どういう風に真心を尽くしていくか。ご信者の皆さんも真心を尽くすことを心掛けて、一生懸命日参なされておられますが、そのご信者お一人お一人に対して、真心を尽くしておられたということが良く分からせて頂けますね。その時限りのことではなく、本当にその方の家が、先々まで立ち行いていかれるように、おかげを頂いていかれるには、どのような心持ちで相手のことをお願いさせて頂いて、何を伝えさせて頂くかということを、真剣に求め求めさせて頂きましょう。そういうことを心掛けさせて頂き、お互いにおかげを蒙らせて頂けますと大変有難いことですね。

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2020年04月06日

●神様の氏子としての、あるべき姿

昨日は、御本部におかれまして、天地金乃神大祭がお仕えになられました。この度の、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、政府から大規模な行事の中止、規模縮小の要請など新たな対策が打ち出されており、御本部におかれましては、感染拡大を避けることを最優先とされ、各地に於いて遥拝にておかげを蒙らせて頂くご方針を立てられました。私共も、そのご方針に従い、5日の朝お説教終了後、阿倍野教会お広前から遙拝させて頂きました。御本部にて天地金乃神大祭が無事お仕えになられますことを御祈念させて頂き、また、新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方々の御霊ながらのご安心と立ち行き、感染された方々の回復と助かり、感染拡大の速やかな終息を、共々に御祈念させて頂いたことでした。

★『天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず、神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受けおる。この度、生神金光大神を差し向け、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたす。』とみ教え頂いておりますように、天地の大祖神様は、世の中の難儀な氏子を救い助けてくれよと、生神金光大神様を差し向けて下さり、この有難いお道を開いて下さいました。さらに、私達は皆、天地金乃神様から生命と身体を授かり、天地のお恵みの中で生かされており、慈愛深く願いをかけて頂いている存在です。教祖様のご信心を万分の一でも学ばせて頂き、「神様の氏子としての生き方とはどうあるべきか?」と、常に自問自答して実践させて頂きますと、末々まで繁盛してゆく道が開けてゆくのです。

★それぞれの家がより一層結構になり、年々ご庇礼を蒙らせて頂けるようなご信心に進ませて頂けることが、神様がお楽しみ、お喜び下さるのです。それが、神様に真心を尽くしてゆく生き方となるのです。
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2020年04月05日

●良いことを思い、良いことを願う

 私には姉が2人、妹が1人おりますが、三代教会長先生の奥様が、第4子のである妹を妊娠、出産させて頂いた時のことです。奥様は、日本人の200人に1人と言われているRHマイナスの血液型で、RHマイナスの血液型の女性が妊娠した時、しかも、4人目の妊娠となると、上の3人の子の妊娠の時よりもリスクが非常に高いと、医師から説明を受けられたのでした。検査も度々受けられ、その都度様々な危険要素を聞かされ、無事に産まれても、赤ちゃんの黄疸の数値が高いと、全身の血液交換をする必要があると、告げられていたのでした。

★三代教会長先生、奥様は、一心に神様におすがりなさり、日々ご祈念を込めておられますと、ある時、三代教会長先生は、夢を見せて頂かれたのです。それは、元気そうなふくよかな赤ちゃんが、すやすやと眠っている夢でした。また、ある時には、同じ赤ちゃんが、ぱっちりと目を開いている夢も見せて頂かれたのです。三代教会長先生は、神様から有り難いお知らせを夢に見せて頂かれたことにお礼を申され、奥様と共に、心配に囚われるようなことなく、無事の出産と、出産後も元気に子供が成長させて頂けることのみを、神様にお願いしていかれたのです。そうされますと、生まれてきた赤ちゃんは、夢に見せて頂かれた赤ちゃんと、髪の毛の感じや、顔も全く同じで、黄疸の数値も、退院するころには正常になるおかげを頂き、何の心配もなく元気に成長のおかげを頂いたのでした。

★新型コロナウィルスの感染についても、正確な情報、必要な情報と共に、不正確な情報や、心配をあおるような情報も飛び交っているようですが、こんな時こそ、心を迷わすことなく神様におすがりさせて頂き、銘々が日々成すべきことをしっかりとさせて頂き、良いことを思い、良いことを口にしながら、一日も早く感染が終息することをお願いさせて頂きたいと思います。

★『荒波の 逆巻く灘を乗りしくも 船に真舵の あればなりけり』(高橋茂久平師の御歌)

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2020年04月04日

●おかげの中に生かされて生きている          

教祖様ご在世のご時代に、肺結核(当時は死の病)と診断され、お医者さんからも匙を投げられた方があられました。お導き頂かれて教祖様のお広前に参拝なされ「金光様、どうぞおかげを頂かせて下さいませ」とお願いをなさったのでした。その方は医師にもかかり、薬も使い、色々な神仏にお願いをなさっても、これまで病状改善のおかげを頂けず、「私ほど、おかげを頂けていない者はおらん」という思いがあられたのでした。その時に教祖様は『あなたが吸うておられる空気も神様のおかげでございます』とみ教えなさったのでした。

★その方は、その一言のみ教えで、今までおかげの中に浸っておりながら、その有難さを分からずにいた、ということに気が付かれたのです。空気はもちろんのこと、お水も食物も神様のお恵みであり、天地のおかげの現われであり、それを頂き続けお世話になっていること、お恵みを頂いていることに対して、お礼の心が足りないということに気付かれたのでした。その方は帰り道、一歩出す度に、吐く息吸う息に「金光様、有難うございます」とお礼を申しながら帰らせて頂かれたのでした。そうしますと、その日を境にどんどんと回復に向かわれ、全快根切れのおかげを頂かれたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は「私達は徳が無いから、しっかりとお願いをさせて頂かねばならないのです」とみ教え下さっておられます。「徳も力も無いから、お願いしても無理だ…」と途中で投げ出したり、諦めてしまわなくてもよい道を与えて頂いているのです。それが生神金光大神様のお取次ぎの道です。そのお取次ぎをもって、しっかりとお願いをさせて頂いて、お願いが成就するためには、どのように改まらせて頂けば良いかと真剣に考えて、正しい努力が出来て、生活の中に工夫が出来ていく、ということを教えて下さったのです。

★私達は、つい目の前にある問題に捉われてしまって、自分自身が、どれほど結構におかげを頂き続けてきたか、ということを忘れてしまうのです。これはまさに、御恩の分からない生き方に陥ってしまっていますね。そこで有難いみ教えを頂きますと、心を改め磨いていくということになり、世界が開けていくのです。有難い御神徳の中に生かされている自分である、ということを自覚して、お礼の心に満ち満ちて生活をさせて頂くことになりましたら、おかげを蒙らせて頂けるのです。
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2020年04月03日

●神様が願いをかけて下さっている私達

 昨日は、月例祭に併せて令和二年の勧学祭を、無事にお仕え申し上げることが出来まして、真に有難いことでございました。児童・学生の方々の進学進級の御礼と、新年度も心身共に健康で、信心を基にした勉強と御用に励ませて頂いて、神徳・人徳・学徳が頂けますように共々にお願いをさせて頂いたことでした。

★学校という場は、知育・体育・徳育を目指す学業の場所であり、団体生活の場であり、社会性を身に付ける上で大切な勉強の場であります。健康で安全な、日々の学生生活を送らせて頂くことを、お願いさせて頂きますことは、実に大切なことですね。また、世の中は日々移り変わってゆきます。学校という場所は、突発的なことが起こってきやすい場所でもあります。毎日普通に生活しておりましても、悪意の無い、些細なことでも、ちょっとしたことが積み重なって、突発的な事故が起こってくることがあるのです。学生の方々、児童の方々が、毎日変わりなく、健康で充実した学生生活を進めて頂き、おかげを蒙っていかれます様に、共々に御祈念を込めさせて頂きたいと思います。

★阿倍野教会では、五つのお願いの中の二つ目に「子孫の信心教育」と掲げさせて頂いております。幼い頃から教会にお参りし、み教えを頂いてお育て頂くことが、どれ程大切なことであるか、と思わせて頂きます。

★『神の機感にかのうた氏子が少ない。身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。(中略)神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ。』とみ教え下さっておられます様に、親の代から子供の代、子供の代から孫の代、またひ孫の代へと年々歳々、代を重ねてより一層に結構にならせて頂くように、お願いをさせて頂くことが神様のお心に適う生き方なのです。

★「神様が願って下さっているところがどうぞ成就します様、神様のお心に適う私にならせて頂けますように。」とお願いさせて頂くことが、神様がお喜び下さる生き方となります。神様が願いをかけて下さっている私達であることに気付かせて頂き、自分に与えて頂いている役目を果たせるようお願いして、お役に立つ生き方に努めさせて頂きましょう。

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2020年04月02日

●神様を頼りに、神心を大切に

阿倍野教会では、「体の丈夫」「子孫の信心教育」「豊かな生活」「平和円満」「徳と力」の五つのお願いを掲げさせて頂いております。身代と人間と達者が代々続いていくように願って、定めて頂いたものです。

★『何事もくぎづけでなし。信心をめいめいにしておらねば長う続かん』めいめいに信心していかねば、そういう有難い姿は続いていかない、ということを教えて頂いているのです。それぞれのご家庭で、五つのお願いが成就させて頂くことを、神様が氏子に願って下さっているのです。ですから、一つ一つの世の中の出来事や、動きをしっかりと見聞きしながら、自分自身や家庭がどうあるべきかを、真剣に考えさせて頂くことが必要であると思わせて頂きます。

★『かわいいと思う心が、そのまま神である。それが神である』『人間であったら、気の毒な者を見たり難儀な者の話を聞けば、かわいそうになあ、何とかしてやったらと思うものじゃ。親神様のお心は、このお心ぞ。かわいいのご一心ぞ。』「かわいそうに」とか「かわいいな」と思う心が、私達が生まれながらそれぞれに頂いている神心です。人の難儀なことを見たり聞いたりして「どうぞ助かって頂けます様に」とお願いさせて頂ける心が神様の心なのです。それが表に出てきて、さらに大きくなっていくというようにならせて頂きたいですね。

★どんな時にでも、人を頼るのではなく、神様を頼りにするのです。自分の物差しを用いて物事の良し悪しを測るのではなく、神様はどのように思召しくださるのだろうか、と考えることが必要です。さらに「神様にお任せしていたら、一番良いようにして下さる!」という信念を持ち続けることが大切です。氏子の喜びを共に喜んで下さり、氏子の苦しみや悲しみを共に苦しみ悲しんで下さる、ご慈愛に満ちた天地の親神様です。どのように自分たちはご信心を進めさせて頂いて、おかげを頂いていかねばならないか、ということを真剣に考えさせて頂く必要があると思わせて頂きます。
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2020年04月01日

●困難な出来事から学ばせて頂く

 商業繁盛十訓というものがあります。(1)信用第一。(2)いつも自信を持ってにこやかに。(3)商品は金銭同様、丁寧に扱う。(4)今日の仕事は今日のうちにする。(5)急がず怠らず一歩一歩前進する。(6)常に創業時代の心持ちを忘れないように。(7)石にかじり付いてでも努力する。(8)省みて天地に恥じない商売をする。(9)人より恨みをかう因を作らない。(10)困難は神様が示す試練であると悟る。

★商業繁盛十訓は、商売をさせて頂く上だけでのことではなく、生活させて頂く上で全てに於いて言えることだと思います。今日から4月が始まります。3月も日参を続けさせて頂かれたことは、大変有難いことでした。続けさせて頂くということが、神様からご信用頂けることに繋がるのです。『手厚い信者であれば、神から心配してやる』とみ教え頂いております。そのようにおかげを蒙らせて頂ける日々にならせて頂きたいものです。そして自信とは、信念をもって続けさせて頂くから身に付いていくのです。信念をしっかりと持たせて頂くことが大切です。

★今まさに、世界中が困難な状況に打ち克っていかなければならない時です。私達が自らを戒めて、天地自然の働きに対して畏敬の心を持ち、毎日の生活の中に、小さなところを疎かにしないようにさせて頂きましたら、段々と乗り越えさせて頂けると感じさせて頂いております。

★私達がこれまで当たり前のように感じてきた生活は、決して当たり前ではなかったことがよく分かります。様々な経験をさせて頂きますが、経験していくことを、本当に有難い勉強・ご修行にさせて頂ける人間に、ならせて頂きたいものです。その中から学ばせて頂いたことを、身に修めさせて頂いて、有難い生き方や尊い働きを残して、後世に伝えていく役目を果たさせて頂きましょう。

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