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2020年03月20日

●御礼を申さずにはおられない

 戦後のことですが、毎日同じ時刻に必ず、真心込めて参拝なさるご信者がおられました。

★三代教会長先生が、「あなたは毎日、この時刻に必ずご参拝ですね。何か、特別なお願いがあられるのですか?」と、お尋ねになったそうです。ご信者は、「はい、お願いも持たせて頂いておりますが、私は、お礼にお参りさせて頂いております。昭和20年8月6日、私は広島で原爆にあいました。原爆が投下された瞬間、激しい光に驚いて、思わず、横のコンクリートの深い溝に飛び込んだのです。しばらくして、そこから出た時の惨状は、言葉では言い尽くせません・・・私は、爆心地に近い所に居ながらにして、命を助けて頂きました。片目の視力を原爆によって失いましたが、それ以来、片目を残して頂いて、見させて頂けることが有り難くて仕方がないのです。このようなおかげを頂いて、神様にお礼を申さずにはおられないので、こうしてお礼参りをさせて頂いております」と、お答えになったそうです。

★この方は、「お礼を申さずにはおられない」という思いが、実意をもってお願いさせて頂く元になっておられます。何か物事をさせて頂くときには、まず、お命を頂いていることや、無事に生活させて頂いていること等のお礼を申して、小さなことから大きなことまで、ご祈念させて頂いてから行わせて頂けば、何事も行き届いてさせて頂けるのです。三代教会長先生が、尋ねずにはいられないと感じられた程の、真心の込もったお姿を、見習わせて頂かなければなりません。

★『大きなことはお願いし、このくらいのことは構わないということはない。神には、大きいこと小さいことの区別はない。何事にも神のおかげをいただかなければならない。』『天地の間に住む人間は神の氏子。身の上に痛み病気あっては、家業できがたし。身の上安全を願い、家業出精、五穀成就、牛馬にいたるまで、氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」