金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年03月01日

●自分のものさしを放して、大きな心になるように

二代教会長伊藤コウ師が小学校一年生の御頃、御母堂のハル氏に「これから毎朝起こして頂かなくても、自分で起きてご飯を炊いて学校へ行かせていただきます」と自ら申し出られたのでした。明治33年頃のことですので、当然かまどで炊くわけですから、簡単には出来ません。火を入れて湯を沸かし、ご飯を炊くのもひと仕事です。

★そして学校から帰られますと、近所の子供さん達のお世話をさせて頂かれ、10人ほど連れて教会にお参りなさったのでした。さらに、近所で貧しい家があられ、内職をしておられることを知ったコウ師は「私もお手伝いさせて下さい」とその内職を家に持ち帰られ、それを仕上げて一銭も頂かずに納められたということです。

★そのような有難いお話を聞かせて頂いた時に「小学校一年生でありながら、そのようなことが出来られたというのは、コウ師だからこそ出来られたことであって、私達には到底出来るはずがない」とか「ハル氏だからこそ、そこまでの信心教育が出来られたのだ。私には出来ようもない」と思ってしまいますと、結構にはなっていきません。自分の従来通りの考えを変えられないわけですから、それでは改まりも出来ませんし、生き方も変わってゆかないのです。

★高度な話で、とても難しいと思えることでも「自分の生活の中では、どこを改まって実践できるだろうか?」と自分の立場に置き換えて、どういうところを学ばせて頂いたらいいのかと、考える力を身に付けていかねばなりません。自分自身の狭い考えの物差しを放すことが必要です。先を楽しみにして「一段でも向上させてもらおう!」と大きな願いを持ち希望に満ちて日参なさり、一年・三年・五年・十年・・・と段々と結構になっていかれるご家庭をたくさん見させて頂きました。日参と聴教を続けさせて頂き、そのようなおかげを蒙らせて頂けますよう、信心向上を願わせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和2年の「み教え」