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2020年03月31日

●「仕方がない」では、おかげにはならない       

学校にお勤めになられているご信者があります。

★ある年の3月に、四月以降の新年度のクラス編成をしたところ、やんちゃな生徒が集まったクラスができたそうです。どのクラスを受け持たせて頂くかということが、会議ではなかなか決まらず、それぞれ希望を書いて提出しましょうということになりました。ご信者は決心がつかなかったので、三代教会長先生に「やんちゃなクラスは希望する人がないと思います。幼少の頃からご信心をさせて頂いて『人が嫌がる仕事は、自分が引き受けてさせて頂きましょう』と教えて頂いておりますので、私がそのクラスを引き受けさせて頂くのが、信心を基に考えましたら良いことであるように思うのですが、いかがさせて頂いたらよろしいしょうか?」とお伺いなさいました。

★三代教会長先生は「あなたの今の『そのクラスを、私が引き受けなければ仕方がない…』という心持ちで受け持たせて頂くなら、有難いおかげを頂いていく在り方にはなりませんよ。そうしますと問題が起きてきた時に『自分は嫌だったけど、あの時に皆のことを考えて、仕方がないから引き受けた。引き受けなければよかった』というように後悔をします。それでは、おかげを受けるという在り方にはなっていきません。神様から頂いた御用・神様から頂いた仕事であると、心底思わせて頂けるようになることが大事なのであって、どんな問題が起きてきても『神様が私に必要だと思われて、与えて下さったご修行だ』と、有難く受け切っていく、という在り方にならせて頂きましょう。その為には、希望するクラスを書かず『どのクラスでも結構です。一任致します。』とお任せしてはどうですか。どのクラスを受け持たせて頂いても『神様から与えて頂いたクラスだ』と心に刻ませて頂いたら、それがおかげになっていきます。」とみ教え下されたのでした。

★ご信者はその通りになされ、結果的にやんちゃなクラスを受け持つことになり、一年間で様々な問題が起こってきましたが、最初にみ教えを頂いておられましたから、「これも神様から『このことを通しておかげを頂きなさい』と私に与えて頂いたご修行だ」と思わせて頂かれ、有難いおかげを頂くことになっていかれたのです。

★『なんぼう学問がある、理屈がよいというても、神様のご信心のことだけは、わかっただけでは役に立たぬ。わが心に食いこんで、事にあたって実際に出てこねば、神様のお徳はこうむれぬぞ。』『何事によらず、無理を言うたり、したり、してはならぬぞ。無理が一番悪い。めげるもとじゃ。自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』
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2020年03月30日

●真に有難しと思う心

 二代教会長・伊藤コウ師がご在世中のことです。九之池氏は学校卒業の後、朝から晩までの銀行勤めの為に、運動不足や不規則な食事が続かれ、段々と体力が落ちて、肺結核になられました。医師からは、「仕事はやめて、滋養のあるものを食べ横になっておくように」と、言われたのでしたが、九之池氏は「何もせずに寝込むだけでは申し訳ない!」と思われ、週1回専門病院に通われながら、自宅で療養することを決心なさったのでした。そして、毎朝朝参りをしてみ教えを頂かれ、1日の事をお願いし、帰ってから軽い畑仕事をする生活を続けられたのです。

★翌年には仕事に復帰され、朝参拝、会社勤め、農業をなさる日々を送られたのですが、およそ2年後に、今度は腸結核を併発なさり、医師も匙を投げる容態になられたのでした。あまりにも辛くて、お広前で御祈念させて頂かれると、「お前の気持ちはよくわかった。今まで辛抱したのだから、もう少し辛抱しておかげを頂きなさい。」と、心に響かれたのでした。

★九之池氏は、「なんとしても、神様におすがりしておかげを頂くのだ!」という一心で、朝参拝、畑仕事、夜参拝という生活を送られたのです。食事をするとすぐ下痢をし、骨と皮だけに痩せていかれましたが、それでも、神様におすがりして、参拝と農業に励む生活を1年近く続けられました。

★そうなさるうちに、次第に体力を頂かれ、遂に肺結核、腸結核、全快根切れのおかげを頂かれたのです。更には、結婚して4人の子宝にも恵まれる等、まさに「炒り豆に花が咲く」おかげを頂かれたのでした。

★「生神金光大神様、天地金乃神様、有難うございます!」という一心で、神様におすがりさせて頂き、家族を拝み、仕事を拝み、住まわせて頂いている家を拝み、全てを神様のお恵みと、有難く頂いてお礼を申せるような、心のおかげを頂きたいと思います。そのような心にならせて頂くためには、これまでお礼を申すことが出来なかった物に対して、あるいは人に対して、お礼を申す稽古をさせて頂きましょう。小さな稽古の積み重ねが、やがて有り難い実を結び、人からも神様からもご信用頂けるような信心に、成長させて頂くことが出来るのです。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる。』

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2020年03月29日

●阿倍野教会に於ける、天地金乃神大祭の執行形態変更につきまして

現在、新型コロナウィルス感染症は、世界の国々をはじめ、日本国内で感染拡大の勢いが増しております。また、政府から大規模な行事の中止、規模縮小の要請など新たな対策が打ち出されており、御本部におかれましては、4月5日の天地金乃神大祭について、感染拡大を避けることを最優先とされ、各地に於いて遥拝にておかげを蒙らせて頂くご方針を立てられました。

★そこで阿倍野教会におきましても、御本部のご方針に沿わせて頂き、ご信者皆様方の健康と安全を最優先に考え、5月11日の天地金乃神大祭につきましては、下記の通りに執行させて頂き、ご自宅より遥拝なさって下さいますよう、ご理解お願い申し上げます。

1、ご祭典について
5月11日、教会長先生ご祭主のもと、阿倍野教会在籍教師が祭員としてつかせて頂き、ご奉仕させて頂きます。

2、参拝について
この度は、それぞれのご自宅で遥拝なさって下さいませ。

3、お供えについて
お献備の奉献、または品物でのお供えにつきましては、当日までにお結界でお供え頂くか、もしくは郵送・宅配等でも拝受させて頂き、御大祭には御神前にお供えさせて頂きます。

4、奉仕係の御用奉仕について
当日の奉仕係の御用奉仕はございません。

5、お直会について
ご信者様には、直会券を郵送、または手配りにてお渡しさせて頂きます。11日以降でご参拝されました時にご持参頂き、お結界で直会券と引き換えに「阿べの誌70号」をお下げ頂かれます様に。また、ご参拝が出来られ難いお方は、直会券を教会に郵送して頂きましたら、「阿べの誌70号」を手元にお送り致します。ご了承下さいませ。

6、その他
祭典後のお説教、及び祭典前のおかげ話はございません。

★天地の親神様に日々生かして頂いている御礼を申し上げ、またそのお恵みを享受させて頂いていることの御礼を申し上げて、真心込めたご祭典をお仕え申し上げさせて頂きたいと、願わせて頂いております。皆様も日々の生活に於かれまして、健康で安全な生活を第一に心掛け、換気・手洗い・消毒を心掛け、危ない所には近付かないようにして、感染の予防に留意して頂きますようお願い申し上げます。

★共々にウイルス感染なされた方々の助かりと立ち行き、霊様のご安心をお願いし、一日も早い終息を御祈念させて頂きたいと思います。

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2020年03月28日

●神様がさせなさるご修行

 二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。そのご遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、昭和11年に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。『天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって、早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が、座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは、辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて、泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます』と仰せになられたのです。

★三代金光様は、数え年14才というご年令で、初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られて、神様におすがりさせて頂かれて辛抱をなさったからです。ご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、「有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りない」というお心にはなられなかったことでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方の手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。苦労から逃げようとしたり、責任転嫁ばかりしては、決して結構にはなってゆきません。み教えに基づいて生活し、心を神様に向ける稽古をしておりますと、自分自身の生き方が定まっていくのですね。

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2020年03月27日

●み教えを聞き込んで頂き直す

『信心は本心の玉を磨くものぞや』とみ教え頂いております。どのようにして本心の玉を磨いていくのか、と言いますと「自分自身のみ教えを頂く姿勢」を練り直していくということです。み教えを常に頂き直し、謙虚にどこまでも、受け物を作らせて頂けるように、おかげを蒙らせて頂くことが必要ですね。

★ある方が「教祖様は『此方の道は祈念祈祷で助かるのではない。話を聞いて助かるのである』とみ教え下さった一方で、『信心は話を聞くだけが能でない。わが心からも練り出すがよい』ともみ教え下さっておられます。相反するようにも思えるのですが。どういうことでございましょうか?」と二代教会長伊藤コウ師に質問なさいました。

するとコウ師は「それは、お広前でみ教えを聞いて、聞いて聞いて聞き込んで、頂いたみ教えを十分に自分のものに修得することです。み教えを繰り返し実践していく、それがわが心から練りだすということですよ」とお話しなさったのでした。

★実は一つのことを仰っておられるのですが、段階があるということです。み教えをしっかりと聞き込んで頂き直して、その中から有難いものが生まれてくるのです。そうなるには、み教えが身に付いて離れないものに、すなわち何時どんな時でも、さっとご信心に基づいた行動がとれるように、ならせて頂くことです。

その為に、私達は日々の信心の稽古に、励ませて頂いているのです。病床にあろうが、苦境の中であろうが、常に心が穏やかで、和らぎ喜ぶ心で生活をさせて頂ける姿が、変わらないようにならせて頂きたいですね。それが、常に神様に心が向いている、ということですね。良い事ばかり思って、良いところばかり見て、良いことばかり聞かせて頂いて、良い事ばかり口に出させて頂いて、自分の中身が神様にお喜び頂けるようになっていくように、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2020年03月26日

●我欲と不成心に負けることなく

 三代教会長先生は、ご自身の考えを無理に押し進めたりなさらずに、我情我欲を放して、二代教会長・伊藤コウ師にお仕えなさることを、生涯のご修行となされたのでした。

★例えば、ご自身が良いお考えを持っておられましても、コウ師におもむろに進言なさいます。コウ師が、その時に納得して下さらない場合は、無理に意見を通そうとなさらず、一旦引き下がられます。そして、時期を見て、またおもむろに進言なさるのです。何度か進言なされても、納得して下さらない場合は、また時期を待たれます。そうしていると、コウ師は、「これは、このようにしたいと思いますが、あなたはどう考えますか?」と仰って、同じ考えを示されます。三代教会長先生は「それは良いお考えだと思います。私も賛成です。」と、同意を示されるのでした。コウ師が仰る厳しいみ教えに対しても、不足に思われたり、悪く受け取られたことは一度もあられず、ただひたすらにコウ師の補佐の御用に徹され、神様の御用にお使い頂かれる覚悟をお決めになっておられたのです。

★私達の心の中には、様々な欲が起こってくるものです。それは、食欲、睡眠欲のような、生きてゆく為に必要な欲もありますが、お取り払い頂くべき我情我欲も、次から次へと湧き起こってきます。自分の中で、「ああ、この欲はお取り払い頂けた!」と、悟らせて頂いたように思っても、次の瞬間には良くない考えが頭をもたげたりするものです。

★そこで、『座敷、押入れ、板の間に塵が積もるように人間は我欲のために我が心に塵が積もる。我が心、我が身が汚れないように、心と身体の掃除をするつもりで今月今日で信心をせよ。』と、み教え下さっておられるのです。我情我欲、不成心をお取り払い頂くことは、簡単なことではありませんが、常に生神金光大神様のお取次を頂くことが出来ますから、間違った考えを正して頂くことが出来、正しい方向に導いて頂けることは、真に有り難いことです。日々の信心に油断なく、我情我欲をお取り払い頂きつつ、一歩一歩有り難い方向に進ませて頂いて、教祖様のご信心に近づかせて頂きたいと思います。

★『神様、金光様とお願いでつながっているのではご信心が浅い。おかげを受けていつもお礼を申しておると神様とのつながりが深くなるから、ご信心が強くあつくなる。』『自分のことになってくるとなかなか分からんものじゃが、そういう時には、金光様はどうなさったじゃろうか、どうなさるじゃろうか。おかげを蒙っておる者はどうしたらよいのじゃろうか、と考えたらすぐ合点がいく。お参りをすると教えて下さり、出来るように願って下さり、引っ張って導いて下さる。』

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2020年03月25日

●今日がおかげ日だ!         

私が金光教学院に於いて修行中に、学院長として御用なさっておられました内田守昌師は、大変立派な先生であられました。厚重なお人柄であられましたから、私はいつも尊敬いたしておりました。その先生がネフローゼ症候群を患われ、入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」とばかり言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか…。」「私の家族はどうなるのか…。」と心配に捉われて、不安でたまらない日々を過ごしておられたのでした。

★そんなある日、松山先生の奥様であられます、松山いち先生が病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中に、すべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んで、あれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思うことが出来られたのでした。涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に、担当の医師が「内田さん、薬が効いた!」と告げて下さり、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★自分で欲を放し、神様に一心になって難儀を乗り越えよう思いましても、なかなか出来ない私達であります。どのような難儀でありましても、「よい勉強(修行)をさせて頂いている。有難いことだ。」と、心から思うことが出来れば、その瞬間からおかげが頂けます。神様は日々出来事を通して私達を鍛えて下さいます。神様から与えて頂いたご試験に合格させて頂けるよう、信心を進めて参りましょう。
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2020年03月24日

●悪習慣に気付き改まることこそ、自他共に助かる道

 私達は根本のところを忘れてはならないのです。

★私達の命は、神様から与えて頂いた命であり、天地のお恵みを頂きながら生かされている命です。また身体も、神様から与えて頂いたものであり、代々のご先祖から受け継がせて頂いているものです。誰もが天地の道理の中に生かされているのですから、いつも、天地の道理に反した生き方になっていないか、神様の目からご覧頂いて、ご無礼お粗末はないか、謙虚な心で反省と改まりをさせて頂くことが大切なのです。

★人を粗末にすると、人から粗末にされることにつながるでしょうし、体を粗末にすると、病気の元を作ってしまう事にもなるでしょう。自分の蒔いた悪い種から出た芽は、自分で摘み取るしかないのですから、目の前に起こってくる問題は、自分自信の考え方、生活習慣等を見直させて頂く有り難い機会なのです。

★何も問題が起こらないことがおかげなのではなく、問題が起こった時に、生神金光大神様のお取次を頂いて、その問題に込められたご意味を分からせて頂き、正しい願いをお持ち、心も体も鍛えて頂いて、正しい方向に改まらせて頂くことが大きなおかげなのです。

★たとえ他者から見れば小さなことでも、一度身に着いた悪癖、悪習慣を改まることは容易ではありません。私達は、いつでも生神金光大神様のお取次を頂くことができ、「どうぞ改まらせて頂けますように・・・。このことをおかげにさせて頂けますように・・・」と、お願いさせて頂くことが出来ることは、どれ程有り難いことか分かりません。

★『病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。』

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2020年03月23日

●今、この瞬間を大切に!

海外の小学校の教科書に載っていたお話だそうです。

★ある青年が小さな町の食堂で仕事をしていたところ、学生時代の友人にばったり出会いました。「ここで君は何をしているのか?」と問われ、その青年は「僕は大会社の重役に迎えられることが決まっているので、ここで社会勉強をしているのだ」と答えました。「若いのに、重役に迎えられるとは大したものだ」と友人は感心していました。その数年後に、また別の店で皿洗いをしているその青年に出会いました。「あの重役の話はどうなったのか?」と尋ねますと、「その話は延期になったので、ちょっと腰掛けのつもりで、ここで皿洗いをしているのだ」と答えました。それから更に20数年たった後に、その友人が道を歩いていると、体の不自由な男が石に腰掛けていました。よく見ると、以前に皿洗いをしていた友人だったのです。「あの重役の話はどうなったのか?」と問いかけますと、「その話は流れてしまった。腰掛け仕事ばかりしているうちに、体が不自由になってしまったのだ」と言いました。

★このお話は、『腰掛けの青年』というお話だそうですが、戒めとして伝えられています。どんな仕事でも、自分に与えて頂いた仕事は、本腰を入れて一生懸命させて頂くのです。それが幸せな人生を歩むことに繋がるのです。今すべきことを疎かにしていては、素晴らしい明日は到来しないことを教えて下さっているのです。どのような仕事を与えて頂いても「あの人は素晴らしい仕事ぶりだなあ。」「こんな人こそ、私の会社に来てほしい!」と言って頂けるような力を身に付けるように精一杯努力と工夫をし、お役に立たせて頂きましたら、次から次へと引き立てて下さり、用いて頂けるのです。私達は生かして頂く上で、「生き抜いていく力」を大きくしてゆくことが大事なことです。今まで続けてきた良い習慣に磨きを掛け、今日この一日、今この瞬間、を大切にしておりますと、来る明日をより良い方向へ切り開いてゆくことが出来るのです。

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2020年03月22日

●信心の稽古を積んで、ご神意を理解させて頂く

 東苑のお土地購入の際の出来事です。

★入札に向けて、三代教会長先生が御霊前で一心に御祈念されていました。すると御隠居様がお出まし下さり、「これだけの値段で入札する者があるから、大阪府に坪1万円計110万寄付するつもりで高く入れたらよろしい」と金額を教えて下さったのです。このことを、三代教会長先生が二代教会長伊藤コウ師にご報告されますと、「それは有難いですね。でしたら、金額のことはあなたに任せます。それで入札に参加して落札出来なければ、ご神意がないということです。ご神意があるならば、落札させて頂けるでしょう。」と仰せになりました。

★三代教会長先生はその通りになされ、無事落札のおかげを頂かれたのです。その後、門田豊美師に代理で府庁に行って頂き、二番目の方の金額を教えて頂かれますと、なんと御隠居様が教えて下さった金額にぴたりと一致したのでした。入札の際には、誰もアドバイスをして下さる方はいませんので、どれくらいの金額を書いたらよいのか、全く想像も付きません。そこで御祈念なされた三代教会長先生の元へ、御隠居様がお出まし下さり、お働き下さったのです。

★御隠居様は、昭和7年に御国替えされました。ところが、その40年後の貨幣の価値をよく御存じの上で、ぴたりと当てはまる金額を教えて下さったということは、御霊様が時間も空間も越えてお働き下さっているということが良く分からせて頂けます。しかし、三代教会長先生や二代教会長先生のように、お知らせに気付かせて頂いたり、すぐに御神意を理解させて頂くには信心の稽古が必要です。日々み教えを頂き直し、御神意えお悟らせて頂く稽古に励み、素直に有難く実行させて頂く心を養わせて頂きましょう。

★『一心に信心致しましたら、明日のことがわかります。明日の事がわかりましたら、十日向こうの事が分かります。十日向こうの事がわかりましたら、百日向こうの事がわかります。一年先の事がわかりましたら結構じゃなあ。』(二代金光四神様のみ教え)

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2020年03月21日

●霊の働き

昨日は、天候気象の上にも有難いご都合お繰り合わせを頂きまして、春季霊祭を無事にお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでした。教徒・信徒が共々に真心を込めて、霊神様にお礼を申し上げ、霊徳高くなられ、ご安心なさいますように、御祈念させて頂きますことは、真に有り難いことでございます。

★教祖様はご生前中に、福嶋儀兵衛先生に対して『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。 形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせて下さる』と仰せられました。福嶋先生が「それはいつのことですか」とお伺いされますと、「此方はどこへも知らせないが、真ある者には神様がお知らせになろう。凧の糸を引くようにな」と仰せられたということです。その仰せの通り、教祖様の直信の信者の中でも、お徳の高い先生方が、神様から教祖様お国替えのお知らせを頂かれて、御霊地に参拝なさられたということです。遠方であっても、まさに時間も空間も超えて、金光大神様のお徳が現れたのでした。

★教祖様は『金光大神の姿に目をつけないようにせよ。金光大神の衣服や形におかげはない。金光大神の御霊の働きにおかげがあるのである』とみ教え下さっておられます。生かして頂いている私達は、神様の一部分である分け霊を、各自が頂いております。それは時に、神心や本心とも表現して頂いております。有難く尊い分け霊を、それぞれが、しっかりと磨きをかけて神様・霊様に通じていく霊の働きになるように、おかげを頂いていくことが大切です。その為にも、生神金光大神様のご信心をしっかりと習わせて頂き、み教えを、何度も繰り返し頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2020年03月20日

●御礼を申さずにはおられない

 戦後のことですが、毎日同じ時刻に必ず、真心込めて参拝なさるご信者がおられました。

★三代教会長先生が、「あなたは毎日、この時刻に必ずご参拝ですね。何か、特別なお願いがあられるのですか?」と、お尋ねになったそうです。ご信者は、「はい、お願いも持たせて頂いておりますが、私は、お礼にお参りさせて頂いております。昭和20年8月6日、私は広島で原爆にあいました。原爆が投下された瞬間、激しい光に驚いて、思わず、横のコンクリートの深い溝に飛び込んだのです。しばらくして、そこから出た時の惨状は、言葉では言い尽くせません・・・私は、爆心地に近い所に居ながらにして、命を助けて頂きました。片目の視力を原爆によって失いましたが、それ以来、片目を残して頂いて、見させて頂けることが有り難くて仕方がないのです。このようなおかげを頂いて、神様にお礼を申さずにはおられないので、こうしてお礼参りをさせて頂いております」と、お答えになったそうです。

★この方は、「お礼を申さずにはおられない」という思いが、実意をもってお願いさせて頂く元になっておられます。何か物事をさせて頂くときには、まず、お命を頂いていることや、無事に生活させて頂いていること等のお礼を申して、小さなことから大きなことまで、ご祈念させて頂いてから行わせて頂けば、何事も行き届いてさせて頂けるのです。三代教会長先生が、尋ねずにはいられないと感じられた程の、真心の込もったお姿を、見習わせて頂かなければなりません。

★『大きなことはお願いし、このくらいのことは構わないということはない。神には、大きいこと小さいことの区別はない。何事にも神のおかげをいただかなければならない。』『天地の間に住む人間は神の氏子。身の上に痛み病気あっては、家業できがたし。身の上安全を願い、家業出精、五穀成就、牛馬にいたるまで、氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え。』

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2020年03月19日

●徳切れにならぬ元

16日には、婦人会例会が開催され、土井氏の有難いお話を聴かせて頂きました。

★土井氏のご家庭は、徳松氏、つちの氏の娘さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた折、病気全快のために、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然にも阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ、門をくぐられたのが参拝の始まりでした。

★初めて、二代教会長伊藤コウ師にお届けをされた時、コウ師より「娘さんが胸の病気ということですが、家庭の中で胸を悩まされているようなことはありますか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸し業と小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっていることをお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に無期限の定期を作ったと思って、後は催促はせずに時節を待たせて頂きなさい。その後のことは神様にお任せして、あなたはしっかりと信心をして、家の中が円満になるように、神様を杖にして娘さんの病気全快をお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。

★それからは、ご夫婦で熱心に西区九条から日参されて、信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで支払いが滞っていた先方から、未払いの分を2回に分けて全て支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期に娘さんの病気も全快のおかげを蒙られたのでした。

★そのお礼に、周囲の助かりを願われ、信心の有難いことを伝えていかれました。土井つちの氏のもとには、近所の方がよく身の上の相談に来られていました。そんな時に土井つちの氏は、じっくりと相手の方のお話を聞いてあげられた後に「私はこのようにおかげを頂いてきました。」と言って、ご自分の体験を通して、信心を基におかげを頂かれたお話を丁寧になさったのです。そうして、相手の相談事に対して具体的に解決策を示すのではなく、じっくりとお話を聞いて助かりを願われ、神様の有難さを話されて、お導きをなさったのでした。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』
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2020年03月18日

●喜びの道

 世の中が、このような後ろ向きの状況下でも、信心に基づいて心配りをし、日々の生活を安全・安心に変わらずにさせて頂けるように心掛けさせて頂きたいものです。常平生からのご信心を行き届いてさせて頂かれましたら、心に栄養を頂かれ、受け物が出来ておられますから、特別なことが起きてきた時でも、即座に対応が出来て、サッと正しい方向へ舵取りが出来られるのです。

★心配や不安にかられて、毎日悪いことばかりを口に出しておられますと、段々と心も塞がってきます。言うておることが願いになり、思っていることが願いになりますから、心身ともに不健康になってしまいます。『わが心でわが身を生かすこともあり殺すこともあり』『わが心でわが身を救い助けよ』と教えて頂いております。

★「なぜ私はこんなに不幸なのか・・・」と、すぐに悪い方へ考えてしまう癖がついてしまっている方もおられます。反対に「なぜ私のような者が、こんなに有難い生活を送らせて頂けるのか。有難いことだ・・・」と思える人もおられます。悪い考え方や悪習慣をお取り払い頂いて、良い考え・良い心にならせて頂けますようにと、日々お願いさせて頂くことが大切です。私達は毎日喜びを積み重ねてわが身を生かすようにならせて頂きたいですね。

★金光様のお広前は、神様のお徳・霊様のお徳に満ち満ちた、有難いお広前です。そして、毎日住ませて頂いている土地や住居は、神様に霊様にお守り頂いて、お徳に満ちた土地や住居です。「こんなに有難い場所はない!」と喜ばせて頂きましょう。日参と聴教によって、正しい心を養って頂くということは、平穏無事な時こそ、しっかりとさせて頂かねばならないことだと実感します。み教えを頂くことは、心に栄養を頂いていくことになり、み教えをしっかりと守らせて頂く者は、守って頂けるのです。そして、ご信心に基づいた生活をさせて頂ける人は、将来が有難い方向に開けていくのです。

★『金光様は喜びの道を開いてくだされたのじゃから、それをご信心申す者が、喜ばぬつらい顔をして日を過ごしてはならぬ。天地の親神様をご信心するのじゃもの、天地のような広い心にならねばならぬ。』

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2020年03月17日

●常に自分自身との戦い                         

15日に、御本部御礼参拝させて頂き、金光英子師にご挨拶させて頂きました。英子師は、「この時期にが御霊地にようお参りになられました。団体参拝が取りやめになったと聞かせて頂いたので、どうなるのかと思わせて頂いておりましたが、沢山の方々がお参りになられ有難いことでございました。」と大変喜んで下さいました。

★その際に英子師が仰っておられたことですが、「今、御霊地はご信者が参拝なさりたくても参拝が出来られない状況下にありますが、この状況をどのように捉えさせて頂けばよいかと考えさせて頂いた時に、教祖様がご体験なさった神前撤去のことを思わせて頂きました。」とお話なされました。

★明治6年の教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こり、それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱されることもあられませんでした。『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。

★必ずコロナウイルスの感染は終息します。そして、必ず心配のない生活が取り戻されることは、間違いのないことです。あまりにも先のことを、不安に考え過ぎずにその日その日のおかげを頂くことに中心を置かせて頂きましょう。日常の些細なことにしっかりと心を配り、今日一日、今日一日というつもりで、一日一日を大切にさせて頂くことが大切です。その間、自ら病むことなく、心も体も健康を保ちおかげを頂く方へ舵取りをすることが一番大切なことです。それには工夫や努力が必要です。全く見えないウイルスとの闘いと言われていますが、手元足元をしっかりと整えて、基本を忠実に行い、危険な事に近づかないように心掛けて日常の生活を行うと、自分や周囲の方を守る働きが出来るのです。自分自身の行いがちょっと間違えると、人に迷惑を掛けることにもなりかねません。ですから自分勝手なところや気随・気まま・我儘、自己中心的な所をお取り払い頂き、全体のことを考えて、皆が助かるようにお願いすることが、どれほど大事なことであるかを教えて頂いているのです。人間のおごりや慢心を戒めていくことを教えて頂いているのです。常に自分との闘いであり、自律自戒をし、健康な状態を保つようおかげを頂いていく方向へ舵取りをして行けば、間違わずに済むのです。
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2020年03月16日

●今こそ、日々油断なく、心中ご祈念させて頂く

 昨日は、新型コロナウィルスの影響で、御本部へ団体列車と団体バスを利用しての参拝を中止とさせて頂きました。しかし、自家用車等で参拝出来られる方々と共に、奥城で一斉御祈念させて頂きましたことは、真に有難いことでございました。天候や気象のこと、健康のこと等、心配なことは色々とありますが、難しい中を神様にお願いして万全を期してさせて頂くことによって、全てがとおかげを頂いてゆき、一回一回の参拝でお徳を積ませて頂けるのです。

★教祖様ご在世中のことですが、片岡次郎四郎師は月々14里(約56キロ)の道を歩いて御本部へ参拝なさっておられました。教祖様が御帰幽になられるまでの16年間に、月参拝を欠かさず続けられたのですが、初めの12年間は、家の者が病気になったり、留守宅に問題が起こったり、天気が悪くなったりと、参拝に差し支えるようなことばかり起きてきたそうです。しかし、その中を繰り合わせて参拝させて頂かれますと、教祖様はいつもニコニコと迎えられて、「道が悪くて困ったじゃろう」とも「えらかったなあ(大変だったなあ)」というような事は一切おっしゃらず、「よう参られた。良い修行であったなあ。おかげを受けたなあ。」と仰って、その信心ぶりをお喜びになられたのでした。

★片岡次郎四郎師は勝手参りではなく、教祖様から「来月は〇日に参拝しなさい」と決めて頂かれていたのですが、12年間の神様のお試しの中でも、天候気象の都合や、自身や家族の中で色々と問題があられる中、欠かすことなく有難く参拝を続けられたことにより、めぐりをお取り払い頂かれ、神様からご信用を頂かれまして、それから後は楽々と参拝のおかげを頂かれたのでした。

★連日のニュースの報道等で、不安や心配な思いが増しておられる方も多いことと思います。今こそ心中御祈念させて頂き、「今日は〇〇へ行かせて頂いてよろしいでしょうか?」と真剣にお願いして、神様に教えて頂き、ご都合をつけて頂くのです。そして、仕事に行かせて頂く時も、買い物に行かせて頂く時も、どこへ行かせて頂く時も、油断なくお願いさせて頂き、間違いのないようにおかげを蒙らせて頂きましょう。

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2020年03月14日

●正しい願いを持つ

 ある娘さんのお父さんは大層酒乱で、お酒を飲むとお母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。 そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で教会へお参りなさり、「どうしてもお父さんに酒飲みを止めて頂きたい」とお願いされました。しかし、お願いさせて頂いておりましても、父親が酒を飲むことを止めてもらえませんでした。

★ある日お結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか? それは心で人を殺すことになり、神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。 それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対して責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、お父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになり、暴言暴力が無くなり、円満に生活させて頂けるようになられたのです。

★お願いのあり方が大切なのです。それぞれのお願いを正しい方向へと導いて頂けるのがお広前であり、御結界です。正しいお願いを持たせて頂き、正しく日々の生活を営ませて頂けるようなおかげを蒙らせて頂きたいと思います。また「病気災難に負けないように」とも教えて頂いております。心も体も健康で、世の中全体に貢献させて頂けますように、人の2倍も3倍も有難いお役に立たせて頂ける働きをさせて頂けますようにとお願いし、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2020年03月13日

●私が倒れるわけにはまいりません        

初代教会長・伊藤徳次師と二代教会長・コウ師は、23歳の時にご縁を頂かれ、ご結婚されました。ご結婚後、徳次師は大阪で布教なさるため、四条教会にて半年間、島之内教会にて1年間御修行なさいました。ところが、徳次師が24歳の時に、島之内教会にご修行なさっている際、当時流行していた悪性のインフルエンザ(スペイン風邪)に罹られたのです。なんと意識不明の重体になられ、医師からも手を放されたのでした。

★コウ師がお勤めになられていた学校は3週間休校になり、その間コウ師は徳次師の看病に励まれましたが、徳次師の意識は戻らないままでありました。学校に出勤するか、夫の看病をするかを迫られ、コウ師は、「どちらかを選ぶことは出来ません。主人のお世話をさせて頂くのは、私しかおりませんから、神様どうぞよろしくお願い致します。」と、神様に一心にお願いなさりました。すると、2週間学級閉鎖のお繰り合わせを頂き、5週間手厚く徳次師の看病が出来られたのでした。「私が倒れるわけにはいきませんので、何卒お願い致します。」と、神様にお縋りされながら手厚く看病に励まれた甲斐あって、コウ師が病に罹ることなく、徳次師は快方に向かわれたのです。

★人人に頼らず、「健康でお役に立たせて頂いて、何もかも引き受けてさせて頂けるだけの徳と力を頂かせて下さい。」と、神様にお願いしながら日々の生活を送らせて頂き、信心の稽古を積ませて頂きましょう。

★『病気災難があったからというて、にわかに神に信心を始めるよりは、常平生から手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神から心配してやる。いかに大病じゃの九死じゃのという病難でも、絶頂をしのがして全快さしてやる。とかく信心は地を肥やせ』
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2020年03月12日

●一人の信心からひろがるおかげ

 あるご婦人は、息子さんとご主人がしょっちゅう喧嘩をし、激しい時には、胸ぐらを掴んで言い合いをすることもあるほどで、悩まれて二代教会長・伊藤コウ師にお取次を頂かれたのでした。

★伊藤コウ師は、「今ここからお願いさせて頂きましょうな。しっかりと信心の元入れをさせて頂きましょう。まずあなたが信心の機関車となって、しっかりと教会にお参りさせて頂き、御本部御礼参拝もさせて頂いて、御用も先頭に立ってさせて頂きなさい。そして、しっかりお参りの出来るような息子さんになって頂けるように、お願いさせて頂きましょう。あなたが一生懸命お参りさせて頂いていたら、有り難いものが心に宿ります。段々と息子さんの心にもその有り難さが移っていきます。それが、信心のお徳が伝わっていくということです。そして、神様に近寄らせて頂くことを心掛けさせて頂きましょう。息子さんも御本部参拝がさせて頂けるようにお導きさせて頂きましょう。列車では、息子さんを私の隣に座らせて引き受けましょう」と、お話しになられたのでした。

★ご婦人は、み教えを一生懸命に守られて、家の信心の機関車として、日参と聴教、また御用奉仕に励まれるようになると、次第にご主人も、息子さんもお参りが出来るようにならせて頂かれたのです。息子さんも、御本部御礼参拝がさせて頂けるようになっていかれ、三代教会長先生が、車中でお弁当を頂かれるご様子もよく見習わせて頂かれました。速やかに、そして丁寧に、お米の一粒も残さず頂かれるお姿を真似しようとしても、なかなか出来ません。先生と競争しても、とても勝てないからと、幕の内弁当ではなく巻きずしを買って、お米の一粒も残さぬように努められたそうです。そのような小さな事からでも、お手本となるご信心を見習わせて頂かれ、参拝と、御用を通してお育て頂いていかれたのでした。

★息子さんは、休日には自ら参拝して御用をさせて頂くように成長され、結婚して家庭を持たせて頂かれ、家の中心として、面倒な仕事も一切引き受けて、親孝行がさせて頂けるようになられました。お母様がお国替えになった時には、お父様がご挨拶で、「家内は幸せ者です。神様にお縋りさせて頂いて、何でもお結界で聴いて頂いて、先生のおっしゃる通りにさせて頂き、何から何まで結構なおかげを頂いて、家に財産(信心)を残してくれました。仕事も残してくれました。お徳を頂いて、安心のうちに大往生をさせて頂きました。家内のおかげで、後の者もこんなに結構にならせて頂いて、信心は有り難いものでございます」と、お礼を申されたのでした。

★『神様の仰せどおり真一心に神信心しておかげを受け、人を助けて神にならせてもらうがよい』

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2020年03月11日

●お世話になっての今日です

私達は多くの方々にお世話になるばかりです。『世話になるすべてに礼を言ふ心』と四代金光様はみ教え下さいました。人にも物にもお世話になり続けて結構に日々の生活が成り立っているのです。

★ある方が信心の先輩に「信心させて頂いたらどうなるのですか?」と聞かれたところ、 郵便ポストを指されて「あの郵便ポストに御礼を申す事が出来ます」と言われたそうです。最初は意味を理解出来なかったご信者も、み教えを頂いておりますと、郵便ポストを拝むと言うのは、ポストの存在を拝むというだけのことではない、と分からせて頂けたのです。郵便物を投函させて頂きましたら、集荷して下さり全国各地さらには海外にまで、安い金額で短期間で相手のところに届けて頂けますね。それは、どれほど多くの人様の手をお借りして出来ていることであるか、ということに気付かせて頂くということです。そうしますと自然とお礼を言えるようになり、制度や人の働きを拝ませて頂けるようになるのです。

★『神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが、真の道をふんでゆくのぞ。金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ』

★おかげを頂いている者は、どこまでもおかげを頂いていることを忘れないように生きていくことが大切です。御恩を忘れないということがご信心の根本のところです。『御恩を知って御恩に報いていく』ということも『万物を拝む』ということも根本は同じなのです。有難い天地のお恵みを受け続けて、お世話になり続けて現在があるのです。そのような中に、私達は生かして頂いているのだ、と悟らせて頂くことが大切です。自分がして頂いていることを分からせて頂ける、ということは有難いですね。
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2020年03月10日

●未知の能力を引き出す

 人間のDNAは、98パーセントが未知の領域だと言われているそうです。ということは、人間の潜在的な能力は、ほとんどが解明されていないということになりますね。人間は、父親からの遺伝子と、母親からの遺伝子を受け継ぐ時に、70個は突然変異のDNAが存在することが分かっているそうです。それが98パーセントの未知の領域で起こるというのです。誰にでも、そうした未知の領域があって、新しい環境に適応していく能力、自分も知らないような素晴らしい能力を引き出せる可能性が、限りなく存在するのだそうです。

★一人一人が、生まれながらに神様から与えて頂いてる素晴らしい力を引き出せるかどうかは、日々の生き方にかかっています。目の前に起きてくる問題は、自分が取り組むべき課題が表に出てきたのだと理解させて頂き、改まりのご修行として取り組ませて頂きましたら、先々にどれ程結構なおかげを頂けるやら分かりません。何事も「無理だ。とても出来ない。」と思わず、生神金光大神様のお取次を頂いて、お礼を申してご修行させて頂く心になれば、問題を通して、良い所はより一層伸ばして頂き、悪い所は改まらせて頂いて、一段と有り難い姿に引き上げて頂くことが出来るのです。

★『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え頂いております。与えて頂いている環境を喜び、仕事を喜び、家族を喜び、与えて頂いている土地や住居を喜び、銘々に与えて頂いている家業を、お礼を申しながら喜びに満ち満ちて働かせて頂くことによって、おかげを頂く道はどんどんと開かれていくのです。

★『人に誘われて、しょうことなしの信心は、つけ焼き刃の信心じゃ。つけ焼き刃の信心は取れやすいぞ。どうぞ、その身から打ちこんでの真の信心をせよ。』

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2020年03月09日

●何事も諦めずに願い続ける                        

昨日は、みかげ会総会が開催され、前田氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★ご両親は、大阪市旭区でお菓子を製造する商売を営んでおられましたが、経営が行き詰り倒産してしまいました。数年後、お母様の実姉である坂本秀子氏にお導きを頂かれたお母様が、当時10歳だった前田氏を連れて、初めて教会の門をくぐられました。

★その後、前田氏が大学一回生の時、大変な事件が起こりました。問屋から製造を頼まれたくじ付き商品が景品表示法と食糧管理法に違反しているとして、警察と保健所、公正取引委員会に取り調べを受けました。三代教会長先生にお届けされますと、「新聞へ広告を載せて頂こうと思ったら物凄く高く付くのに、無料で大きく載せて頂いた事は結構なことです。これから繁盛しますよ」とみ教え下さったのでした。約一ヶ月で解決したのですが、この時より一家勢信心となり、日参・朝参りとお届けをさせて頂いて、商売の立ち行きを願い続けられました。

★前田氏は大学生の時から商売を手伝っておられましたが、三代教会長先生は「卒業後も商売の補佐をさせて頂きなさい。ご両親が長生きされます」とみ教え下さり、後を継がせて頂かれました。2年後の昭和55年、お父様が脳卒中で倒れ、左半身が不自由になられました。お母様とすがる思いで日参・朝参りに励まれますと、翌年から作り始めたおまけ付き商品が、年末になってよく売れ出したのです。神様が取引に関わる全ての方々を通して、大きな力を継ぎ足して頂いたことにより、とてつもない売上を達成したのでした。その結果、有り難い事に資金繰りは好転し、多額の債務を返済出来たばかりでなく、借家だった自宅を買取り、更には近くにマンションまで買わせて頂いて、結婚のおかげも頂かれたのです。

★その後、ご時節を頂かれて家業を閉められ、洗剤や紙おむつ、化粧品などを扱う外資系の会社に転職されました。しかし、成果主義の会社で、厳しい売上のプレッシャーがあり、夜も寝られない日々が続きましたが、お取次ぎを頂かれ、売り上げ達成の成功例を立て続きに発表されて、会社からも高い評価を頂かれ、マネージャーに昇格されたのでした。

★その後、単身赴任の生活に疲れが出て、京都の家に帰らせて頂きたいと願われて、会社退職のお許しを頂かれました。退職後すぐに京都に戻り、サプリメントを取り扱う会社の仕事に再就職のおかげを頂かれたのです。昨年65歳になられ、既に定年退職の年齢を超えられましたが、社長から「体が許すならずっと働き続けて欲しい」と言われるまでに会社で用いて頂いておられます。

★様々な試練があられた中、その都度お取り次ぎを頂かれ、何事も諦めずに元気な心で、前向きに神様におすがりし続けてこられたからこそ、現在の有難い生活があり、ご家族の上にもおかげを蒙られておられるのですね。
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2020年03月08日

●お手本となるご信心を現わす

 昭和40年2月のことです。バス9台で御本部御礼参拝をさせて頂いたことがあったのですが、そのうちの3台が、何の事情か、連なって追い越しの違反があり、警察から咎められたことがあったのでした。残りの6台は、予定通りの時間に御本部に到着させて頂き、遅れていた3台のうちの2台は、予定よりは遅れたものの、御本部のお広前での一斉御祈念の時間には間に合うように到着させて頂いたのでした。残りの1台は、1時間ほども遅れて、一斉御祈念が終わって奥城のご祈念も終わった頃に、ようやく到着させて頂いたのでした。

★伊藤コウ師は、全てのことを大難を小難に、おかげを頂いたことにお礼を申し上げられ、詳しく事情を聞かれますと、違反をしてしまった3台のバスの運転手さんたちは、それぞれに警察から注意を受けられ、3人のうち2人の運転手さんは、警察の方の言われることを素直に受け入れられ、反省の意を伝えられたので、すぐに運転を再開させることが出来られたということでした。ところが、一番遅れたバスの運転手さんは、警察の方のいうことを素直に受け入れられず、あれやこれやと自分の言い分を通そうとしてしまわれたので、結果として、運転の再開が一番遅れたということでした。

★「自分は正しい」という思い込みは、反省と改まりに時間がかかったり、問題の原因を他人や環境のせいにしたりすることに繋がりやすいのです。家庭に問題が起きた時にでも、一番信心の進んだ者が「私が悪かった」と、一番に改まり、率先してお詫びを申す心にならせて頂けば、その真の信心が家族にも伝わっていき、有り難い家庭が築かせて頂けるのです。

★『みんなが習う読み書きも、お手本と先生が一番大事じゃ。お手本がようなければならぬ。ご信心して、みんなのよいお手本になるおかげを受けてみよ。みんながそれに見習うてくる。一人おかげをもろうたのがもとになって、何人おかげをもらうようになるかも知れぬ。それこそ一粒万倍じゃ。よいお手本になる信心をせねばならぬ。此方(片岡次郎四郎師)のは金光様から直伝じゃから、神様のお手筋ぞ。世間には、少し神の徳を受けると自分の流儀を出す者があるから、お手本や先生が大事ぞ。』

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2020年03月07日

●『おかげは和賀心にあり』           

 教祖様の元にお参りになって直々にみ教えを頂いておられた、角南佐之吉というお方は、ご神縁を頂かれた初めの頃は、お父様もご自身も気性が荒く、いつも意見が合わず対立することが多く、ある時、教祖様にそのことをお届けなさいました。教祖様は、天地書附をお下げになり、『おかげは和賀心にあり』について、『和はやわらぐで、賀は祝賀の賀である』とご理解をなさったということです。そのご理解が深く心に感じ入られた角南氏は、翌朝、お父様に、「お父さん、私が悪かった」と泣いて詫びられると、お父様も「お前がそういう心になったか。そういえば、わしが悪かったのだ」と泣いて喜ばれ、またお母様も、「私のかじの取りようが悪かったのです」とおっしゃり、三人が泣いて詫び合ったということです。それからは何も言い争うことがなくなり、角南氏の仕事をお父様も快く手伝ってくださるようになられ、家族円満に助け合うことが出来るようになられたのです。

★おかげの中にお命を頂き、様々なお恵みの中に生かされている有難さをいつも感じさせて頂きながら、和らぎよろこぶ心で生活させて頂けば、様々な問題もたちどころに解決に向かわせて頂き、皆が活き活きと、有難い働きをさせて頂くことが出来るはずです。

★『「家の内で罪をこしらえないようにしないといけないな」と仰せられた。「どのようなわけで、そう言われるのですか」とお伺いすると、「うちの者が夜寝て体は休めても、その方のために、夜、心を休めることができないと、ご無礼になる」と言われ、それから帰ってよく考え、得心がいって神様におわび申し上げた。』
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2020年03月06日

●見えない原因は・・・

 以前のお話ですが、当時小学生の子供さんが、突然学校の黒板に書かれてある文字が見えなくなりました。眼科医に診て頂きますと、視力が低下したのではなく、本人が見たい、見なければならないと思った所が見えなくなる「心身症」という心の病であると診断されました。医師より「ご両親のお子さんへの教育が高圧的か、あるいは放任か、どちらかに偏っていませんか?」と尋ねられましたが、思い当たるところはあられなかったのです。

★お結界でお話を聞かせて頂き、御祈念させて頂いておりますと、あることに気付かされました。同居しておられるお祖父さん(実父)に対して、お父さん(長男)が乱暴な物言いをなさり、それを諌めようとするお祖母さんに対しても、厳しく当たることがあられたのです。

★ご両親がお届けに来られました際に「いつもお父上、お母上に対してきつく当たるという事はありませんか?それを見ているお子さんは、大好きなご両親と、大好きなご祖父母が円満でない状態を見て、大変辛い思いをしておられます。そこを改まってゆかねばならないのではないでしょうか。次の診断までの2週間、神様から日を切って頂いたと思って、どうあってもおかげを頂くように、しっかり改まらせて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。

★それから心を改めて親孝行に努められ、神様におすがりなさいましたら、次の診断の際には、なんと、その小学洗のお子さんの目の症状は全快している、というおかげを蒙られたのでした。その子供さんは無事成長し、現在は2人の子宝に恵まれ、結構な家庭を築いておられます。

★出来てくることを、ご信心の目で正しく見させて頂き、お取次を頂いて、改まりを進めさせて頂きますと、全てのことが有り難いおかげに繋がっていくのです。また、お取次、み教えを頂いて、「これをご修行にさせて頂こう!」と、覚悟を決めて打ち込ませて頂くご修行には、打ち込ませて頂いただけのおかげを必ず実感させて頂けるはずです。

★『信心すれば目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えてあれもおかげであった。これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ。』

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2020年03月05日

●おかげとは、真に映る影           

家具店を営まれているご信者が、「先生、知り合いの方からある商品を頼まれました。かねがねお世話になっている人でありますので、出来るだけ安く勉強したいと思っています。そこで、一円の利益も取らず、商売抜きにして売ればよいかと思っていますが、どんなものでしょうか?」とお届けなさいました。

★三代教会長先生は、「お客さんにサービスしているように思えますが、いかがでしょうか。私なら、値段を安くしてもらうことも嬉しいことには違いありません。けれども、それ以上にもっと嬉しいのは、本当に良い品物を売って頂くことです。値段も大事ですが、例えば五年後、十年後に全く歪みがない、くるいを生じないという立派なものを納めて頂いたら、いつまで経っても有難いなあと感謝します。何と言っても、喜んで頂く第一は良い物を納めるということです。そして、後の責任を負うこと、即ちアフターサービスを保証することです。信心のあるお方はそこを大切にするべきですよ。」と、み教えを下さいました。

★世の中は、このように上っ面だけ見ていては分からない世界があります。紙の上の計算だけではなく、もう一つ奥のことは、神様のお目からご覧になったら、どのように映るだろうかと考えて、はじめて分かるような部分があるのです。私達は信心させて頂いてそれを毎日勉強させて頂いているのです。世間一般に「得」であると言われていることが、本当にそうなのか?我が家にとっての「得」とは何か、真を尽くしてゆくとはどのようなことなのかを真剣に学ばなければなりません。

★『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ』
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2020年03月04日

●今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ

 教祖様ご在世中の御頃のことです。

★国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られて、そのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までにはよほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、『今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』と教祖様からみ教えを頂かれました。なんと、6年間に3度盲目となられましたが、教祖様にお取次を頂かれながらコツコツとご信心を進められ、段々と出来事を通して神様のお心を頂いていかれる広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金神様」と呼ばれるまでにご神徳を頂かれたのです。

★この度、コロナウイルスの感染防止の為に、阿倍野教会では、御本部御礼参拝の団体列車、バスの運行を取りやめさせて頂き、可能な限り自家用車で参拝させて頂く方針とさせて頂きました。また、学校も一定期間休校という措置が取られています。このような事態を通して、私達は、日頃何の心配もなく日常生活を送らせて頂くことが出来ていた有り難さ、あるいは、非常事態への備えの見直し、たくさんの情報の中から正しい情報をきちんと取り入れることなど、考え直させて頂くべきこと、学ばせて頂けることがたくさんあるはずです。一人一人が、この度のことをご信心をもっておかげにさせて頂き、全体の助かりを祈らせて頂きたいと思います。

★『今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ』

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2020年03月03日

●神のことを知りたければ、親の有り難いことを先に知る

先日、あるご信者から電話でお届けがあり、「娘と孫が今、我が家を訪ねて来てくれているのですが、孫が家のストーブを触りまして、火傷をしてしまいました。水ぶくれが出来ております。病院でお医者さんにも診て頂きましたが、大事に至らずに済ませて頂きました。有難うございます。」と御礼のお届けをさせて頂かれました。

★私達大人は、ストーブが熱くて危ないということは、よく分かっていることですね。しかし、小さな赤ちゃんや幼少のお子さんには、「熱いから触ってはいけません!」と口で伝えても触ってしまいます。そこで親は、「これは危険だから。」とか「大きなことにならないために…」と、しつけとして叩いたりつねったりして覚えさせますね。それが親心ですね。神様のお心も同様で、私達氏子が危ない所へ向かおうとすれば、「今そのようなことをしておれば、命取りになりますよ。先々大変なことになりますよ。今のうちに止めておきなさいよ。」と留めて下さいます。

★「難はみかげである」と教えて頂いておりますが、自分の生活の上に起こってくる様々な出来事を通して、神様が「先々の為に、今これをしておきなさいよ。」と、氏子のことを願って下さって、与えて下さっておられるのです。まさに親心で以て「これを正しておきなさいよ。心掛けを直しておきなさいよ。」と教えて下さっているのです。神様から教えて頂いた出来事を有難く思わせて頂いて、すぐに改まり実践させて頂きますと、先々素晴らしいおかげの道が開けることになるのです。

★『神のことを知りたければ、親の有り難いことから先に知れたら、神の有り難いことも知れる。飛び越して知れることはない。』『死んでものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった。こうもしてあげておけばよかったと、心残りが多かろうが。親孝行は、親の達者の間にしておかねばならず、信心は、生きておる間に早くしておかねば後の祭りになるぞ。早くて間に合わぬ例はない。親の達者の間の孝行と、生きておる間の信心とが家繁盛の元である。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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2020年03月02日

●霊様方と私達が、互いに祈り合い助け合う生活

 生かして頂いている間にお徳を積ませて頂くことと、めぐりをお取り払い頂くことが大切です。ずっと以前の過去に起こったことは、私達には何も分かりません。しかし、私達の生活や体の上に何か起こってくるということは、ご先祖もそのように苦しまれたところがあられたということなのです。自分が経験しているだけではなく、ご先祖も様々な問題があられて、苦しんでおられたということが推察できるのです。

★ですから、ご信心をさせて頂いてお徳を頂いて、ご先祖の助かりも願わせて頂かねばなりません。そこで「どうぞ悩み苦しむご先祖があられましたならば、私がしっかりとご信心させて頂きますから、その方々が助かられますように」とお願いをさせて頂いて、自分達の信心を力強く進めていくことが大切です。そうしますと、有難いことに過去の霊様方が助かって下さり、その霊様方が、子孫である私達を一生懸命にお守り下さいます。さらに、有難いことに未来も助かっていく、ということにならせて頂けるのです。

★ご先祖が代々積み上げて下さったお徳によって、私達は結構なおかげを頂いているのです。ご先祖のお徳によって、今現在が結構にならせて頂けているお礼をしっかりと申さねばなりません。そして、安心して頂き、喜んで頂けるような私達にならせて頂かねばなりませんね。さらに私共がしっかりとお徳を頂いて、ご先祖が助かっておられない部分があられましたら、助かって頂けるようになっていくのです。有難いことにお徳は循環していくのですね。それは生神金光大神様のお取次によって、お互いに祈り合い助け合い、ということが出来ていくのです。迷わず疑わずご信心を進めさせて頂きましたら、広大無辺なご神徳の世界に入れて頂け、有難い道が開けていくのです。

★『人は万物の霊長なれば、死したる後、神にまつられ、神になることを楽しみに信心せよ。』

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2020年03月01日

●自分のものさしを放して、大きな心になるように

二代教会長伊藤コウ師が小学校一年生の御頃、御母堂のハル氏に「これから毎朝起こして頂かなくても、自分で起きてご飯を炊いて学校へ行かせていただきます」と自ら申し出られたのでした。明治33年頃のことですので、当然かまどで炊くわけですから、簡単には出来ません。火を入れて湯を沸かし、ご飯を炊くのもひと仕事です。

★そして学校から帰られますと、近所の子供さん達のお世話をさせて頂かれ、10人ほど連れて教会にお参りなさったのでした。さらに、近所で貧しい家があられ、内職をしておられることを知ったコウ師は「私もお手伝いさせて下さい」とその内職を家に持ち帰られ、それを仕上げて一銭も頂かずに納められたということです。

★そのような有難いお話を聞かせて頂いた時に「小学校一年生でありながら、そのようなことが出来られたというのは、コウ師だからこそ出来られたことであって、私達には到底出来るはずがない」とか「ハル氏だからこそ、そこまでの信心教育が出来られたのだ。私には出来ようもない」と思ってしまいますと、結構にはなっていきません。自分の従来通りの考えを変えられないわけですから、それでは改まりも出来ませんし、生き方も変わってゆかないのです。

★高度な話で、とても難しいと思えることでも「自分の生活の中では、どこを改まって実践できるだろうか?」と自分の立場に置き換えて、どういうところを学ばせて頂いたらいいのかと、考える力を身に付けていかねばなりません。自分自身の狭い考えの物差しを放すことが必要です。先を楽しみにして「一段でも向上させてもらおう!」と大きな願いを持ち希望に満ちて日参なさり、一年・三年・五年・十年・・・と段々と結構になっていかれるご家庭をたくさん見させて頂きました。日参と聴教を続けさせて頂き、そのようなおかげを蒙らせて頂けますよう、信心向上を願わせて頂きましょう。
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