金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年02月27日

●人事を尽くして、時節を待つ

3月15日御本部御礼参拝に関して

●この度の新型コロナウイルス発生に伴い、国の方針を鑑みて、感染拡大の防止の観点から、団体列車・団体バスの運行の中止を決定致しました。
●参拝会事務所にて、入金分の返金の対応を致します。
●3月15日当日、午前11時30分からの御霊地お広前での、一斉ご祈念はさせて頂きます。
●各ご家庭で自家用車にて参拝出来られる方は、そのご検討をお願い致します。
●新幹線・在来線・飛行機等を利用し参拝なされておられる方は、日々変化してゆく状況を踏まえた上で、ご一考ください。
●お世話係の方々は、グループの方々がこの3月15日に、何を利用し参拝なされる予定であるかを取りまとめて、お結界にお届けしてください。
●各自で参拝なされておられる方々も、同じようにお届けしてご報告をお願い致します。


★明治6年、教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱されるこもあられませんでした。事前に神様のお知らせを受けておられたご内容をお守りなさったのです。

★『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』と神様はお知らせをなさったのでした。そして、『力落とさず、休息いたせ。』と神様は仰せになったのです。教祖様は、先のことは神様にお任せなさり、神様のお言葉をただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』と神様からお知らせがあり、その通りに覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。

★世の中は常に移り変わり、様々なことが起きて参ります。どんなことが起きてきても、家内円満に、心を揃えて神様に向かわせて頂き、銘々の家業を有り難くつとめさせて頂いておりましたら、どんなに難しい問題でも、神様のご時節を頂いて必ず乗り越えさせて頂けるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:04 | 令和2年の「み教え」

2020年02月26日

●正しい生き方をしてきたという考え違い   

子供たちが病気を患ったことをきっかけに入信なさった、大工であるお方の入信当初のことです。

★「私は、今まで棟梁に仕込んで頂き、まともに仕事をして本格的な大工として建築が出来るように、一人前の働きが出来るようになった。だから自分は間違ったことはしていない。」と自負しておられたそうです。ところが、お参りをさせて頂いて、み教えを頂かれる度に、それが思い違いであり、神様に対してご無礼な仕事ぶりであったということが、分からせて頂けるようになられたのでした。

★そのお方は、「自分の利益に直接関係する木材や釘や道具等は大切にしていましたが、自分の利益に関係のない得意先の材料は粗末にして、捨ててしまっておりました。施主さんに対して喜んで頂けるだけで良いと思っておりました。ところがみ教えを頂きますと、それが間違いで、神様から与えて頂いている材料を無駄にすることで、自分自身にめぐりが積み重なっていたことに、初めて気が付きました。神様のお恵みに対するお礼と、当たり前のようにそのお恵みを無駄にしていたことに対するお詫びが出来ていなかった、と痛感しております。これからは材料を無駄にしません。材料が余ればそれを生かして使わせて頂けるように、努力と工夫をさせて頂きます。」とお詫びを申されたのでした。

★み教えを頂かれたことによって、今まで正しいことばかりしてきたと思っていたことが、どれほど浅はかで、めぐりを積むことであったか、ということに気付かれたのでした。そして、これからは神様を目当てにした生活をさせて頂かねばならない、という改まりが出来られたのです。

★私たちは、水・ガス・電気など全てに於いて、神様からのお恵みを頂いて生活させて頂いております。そのお恵みに対してお礼を申しながら使わせて頂き、生活全般が信心となっていくように改めさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:11 | 令和2年の「み教え」

2020年02月25日

●代を重ねて有り難い生き方を続けてゆく

 私がまだ、小学生になるかならないかの幼い頃だったそうですが、三代教会長先生より、姉2人と私の3人に、「私は、なぜ足袋を履いていないかわかりますか?」と、お尋ねになったそうです。続いて先生は、「それは、教会の創設当時の、経済的にも今より厳く、不自由の多かった頃のことを忘れいないようにさせて頂くためです。何か一つでも、当時の不自由を残してご修行と決めさせて頂いて、そのご修行を貫かせて頂くことによって、今日頂いているおかげを当たり前と思うことなく、些細なことにでも『有り難いなあ』『もったいないことだなあ』という心がしみじみと湧いてくるものなのですよ」と、み教え下さったということです。

★私は幼かった為に、み教え頂いた時のことは覚えていないのですが、三代教会長先生が足袋を履かずにおられたご様子を見せて頂いて参りましたので、私もそのご信心を習わせて頂いて、足袋を履かずに御用にお使い頂いております。三代教会長先生が、不自由を行となさり、何事にも実意丁寧なお姿を生涯かけて見せて下さったおかげで、三代教会長先生の御用のあられ方、生活の一切をお手本とさせて頂き、おかげを頂いておりますことは、真にもったいなく有り難いことだと思わせて頂きます。

★また、中学生の時には、二代教会長・伊藤コウ師より、業務用のバリカンをお下げ頂きました。それ以来、自分の頭は自分で刈らせて頂き、現在も家内に刈ってもらっているので床屋に行くことはありません。それも一つのきっかけとして、一事が万事、神様のお恵みとして、始末して有り難く使わせて頂くことを教えて頂いたことは、真に有り難いことでございます。

★小さなことから大きなことまで、何事にも実意丁寧を心掛けさせて頂き、神様からも、人様からもご信用頂く生き方を心掛けさせて頂くことが、お徳を頂く生き方にならせて頂くのです。

★『かわいがられる者は、どこへ行ってもかわいがられる。何事にも実意丁寧ということがある。だから、人にかわいがられるくらいの者なら、神さまも好かれる。』(二代金光四神様のみ教え)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 令和2年の「み教え」

2020年02月24日

●お徳を積ませて頂く働き

三代教会長先生が中学生の頃、二代教会長伊藤コウ師に「信心して身に徳を受けるということは、およそ損なことばかりしていたらよいのですね?」とお伺いなさったそうです。コウ師は「そうや。大体あんたが見て目先で考え、損やなあと思うことをしていたら、お徳を積む事になりますねや」と仰せられたということです。

★三代教会長先生は「当時の自分の小さな頭ではそのように思えた。しかし、目先の利益を考えたり、損得勘定ばかりしていたら、信心してお徳を積ませて頂くということは、到底出来ることではないなあと、中学生時代の自分にも、段々と分からせて頂けるようにならせて頂いた。何事も早くから間に合うように準備をさせて頂くこと、お徳を積ませて頂くことを教えて頂いていた…」と後に述懐しておられました。

★コウ師は「朝起きて、ご飯を食べて学校に行かせてもらうことだけをしていては、あかんのや。庭を掃かせてもらうとか、廊下を拭き掃除させてもらうとか、何か御用させてもらいなさいや。そして学校が終わったら、寄り道せずにすぐ帰って来て、何か御用させてもらいなさい。それがあなたの将来の為になるのです。」とみ教え下さったのです。勉強も時間の使い方も工夫して、集中して短時間で能率の上がるように稽古させる、という方針であられたのです。

★三代教会長先生は、中学生の時から子供会の御用をなさり、子供会が終わったら、学校の勉強についていけないお子さんの勉強を見てあげられ、夜の9時位まで人の勉強のお世話をなさってから、ご自身の勉強をしておられたそうです。また、たとえ学校の試験前であっても、月例祭の記帳の御用、また、お祭りが終わってからのお掃除の御用なども、変わらずなさっておられました。ですから、試験の準備の為の勉強は、いつも前もって早くからなさっておられたのでした。そのようにして、十代の頃から稽古をなさって、お徳を頂く生き方を生涯貫かれたのです。窮屈なこと、しんどいことに思えておられた三代教会長先生も、それを段々と稽古なさっているうちに、人のお世話をさせてもらうことや、人が助かって頂くことを、楽しみにさせてもらえるようになっていかれたということです。

★私達も、三代教会長先生のご信心を習わせて頂いて、人の為に自分自身の時間を割いて、人が助かっていく喜びを感じられるよう、お徳を積ませて頂く稽古に励ませて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 令和2年の「み教え」

2020年02月23日

●どこまでも謙虚に、素直に

 昨日は、三代教会長・伊藤良三大人霊神の12年廻れる例年祭を無事にお仕え申し上げることが出来、ご生前中よりご祈念頂き、今日も阿倍野教会の信奉者一同に、付きに付いてお守り下さり、お導き下さるお礼を申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございました。

★三代教会長先生は、小学校6年生の時に、親元を離れて阿倍野教会に入所なさり、二代教会長・伊藤コウ師と、伊藤コウ師のご母堂・伊藤ハル刀自より、御教導を頂かれました。朝起きてから夜休まれるまで、箸の上げ下ろしにいたるまで、事細かにみ教えを頂かれる日々を送られたのでした。ある時、伊藤コウ師より、「私が、あれやこれやと厳しく言って聞かせるのは、どこに行っても立派にお役に立ち、褒めて頂けるような人間に育ってもらいたいからですよ。」と言って頂かれ、得心なさった三代教会長先生は、どんなに厳しいみ教えを頂かれても、一切不足に思わず、有り難く受け切っていく稽古をなさったのです。

★第二次世界大戦で南方より復員なさり、マラリアの後遺症で全身麻痺の症状が出られて、床に就いておられた時のことです。伊藤コウ師より、「あんたは近頃偉くなって、ほうきの一つも持たんようになったから、もう手も足もいらんわな」と、厳しいみ教えを頂かれたのでした。三代教会長先生は、このみ教えも素直に受けられ、布団から這って出られて、雑巾もまともに絞れない、立つことも歩くこともままならないお身体で、出来ることから体を動かしていかれたのでした。

★それから何十年も後のことですが、三代教会長先生が、脳のCT検査を受けられるのにお伴させて頂いた時のことです。検査結果を見られた医師が、「あなたは、今立っておられることも奇跡ですよ!話すことも出来られるのですか?」と、大変驚かれたのです。CT検査の画像では、マラリアの熱の後遺症で脳の中心部分が真っ黒に映っており、通常では立つことも、話すこともままならないはずのところが、寝込まれることなく体を動かし続けられたことによって、脳の他の部分が、働かなくなった脳の部分を補う働きをしていると考えられる、ということでした。み教えを素直に頂き切られたご信心によって、長年に亘ってお元気で、御用にお使い頂かれるお身体に、作り変えて頂かれたのでした。

★私達も、日々み教えを謙虚な心で素直に頂き直し、三代教会長先生のご信心を習わせて頂いて、にご安心頂けるご信心に進ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:07 | 令和2年の「み教え」

2020年02月22日

●日々改善し、進化してゆく

以前、ある自動車製造会社の下請けの会社で働いておられれるご信者が仰っておられたことですが、「取引先の会社から毎年、下請けの会社に対して何らかの改善を求められることがあります。」と話しておられました。

★いきなり取引先の会社から20パーセントのコストダウンを求められ、どのようにすればそれを実現できるかを考えてゆかねばならないそうです。それをクリア出来なければ、下請け業者として用いて頂けなくなるというのです。それが業績の良い時にでも求められるのですから厳しいですねえ。しかし、品質は維持しながら、競争力を高める為にはこれが良い機会だと前向きに捉えて、どんな厳しい状況が起こってきても、乗り越えてゆかなければならないわけです。品質にムラがなく、良いものが納められるように、日々改善し無駄のないように心掛けることが求められます。それを「こんな無茶苦茶な事を言ってこられたら、とてもやっていけない!」と投げ出してしまっては、仕事を続けていくことが出来ないのです。大変厳しい状況に思えることですが、それが仕事の改善に繋がり、より新しい技術を生み出していくことに繋がってゆきます。

★私達も銘々に与えて頂いているところで、日々改善させて頂くことを心掛けておりますと、よりレベルが高く、より細やかな仕事がさせて頂け、より高度な技術を身に付けさせて頂けるのです。仕事も人との付き合いも、実意・丁寧な生き方を心掛けていますと、神様からも人からも信用して頂き、人や物が集まって身についてゆきます。心のおごり、物質的なおごりを戒めていくことを心掛けましょう。

★人間が退化する因(ノーベル生理学・医学賞受賞 アレキシス・カレル)
1)飲食をむさぼる。
2)他を誹謗中傷し、嘘をつく。
3)二心を抱く。信頼を裏切る。
4)詭弁(つじつまの合わないことを強引に言いくるめようとする。)
5)口先上手で、余計な事ばかり話す。
6)享楽にふける。
7)愚にもつかない放送を見たり聞いたりする。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:10 | 令和2年の「み教え」

2020年02月21日

●感謝に満ちた生活で、へこたれない人間に

『信心する者は驚いてはならない。これから後、どんな大きな事ができてきても、少しも驚いてはならない。』『心配する心で信心をせよ』『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう』とみ教え頂いております。心配・不安は、人間であれば誰しも起こってくることです。自分の意に反することが起こってきますと、へこたれそうになったり、困ってしまって、先はどうなるのかと思いやすいものです。ご信心をさせて頂いている私達は、その時に神様に心を向けておすがりをさせて頂けるということは大変有難いことですね。

★ちょっとしたことでも、大層なことがあったように言うたり思ったりしているのは、自分自身で大層にしてしまっているのです。教祖様は、お広前に山伏が何度も荒らしに来ましても『これくらいのことを神様のお力で払いのけるのは、さしたることではない。それなのに山伏がたびたび来るのは神様がやりなさるのだから、私はいっこうに腹は立てない』と仰ったのでした。

★どのような問題にぶつかっても、へこたれない人間にならせて頂きましょう。自分自身が心も体も健康で、和らぎ喜ぶ心でおかげを頂いて、免疫力も、治癒力も、回復力も高めていく生き方をさせて頂けばよろしいのです。それには、毎日笑顔で暮らすことを心掛けて、しっかりとお礼を申す生活をさせて頂いておりますと、そのようにならせて頂けるのです。喜びと感謝に満ちた生活ということですね。

★『真に有難しと思う心、すぐにみかげの初めなり』と教えて頂いております。み教えをいかに実行させて頂くかということが大切です。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:56 | 令和2年の「み教え」

2020年02月20日

●銘々が神様から頂いているお役目を全うできます様に 

 18日には、教徒会例会で内木氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★内木氏は、信心のある奥様と結婚なさったものの、信心する気になられませんでした。しかし、内木氏の長女さんが生後間もなく髄膜炎を発症し、「後3日の命」と医師より告げられたのでした。三代教会長先生より、「子供さんが助かりますようにしっかり御祈念させて頂きましょう。あなた自身が金光様にお願いさせて頂き、1日何十回となく御礼を申させて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。そして翌日から日参とお届けを続けられました。

★娘さんは生命を継いで頂かれ、生後2ヶ月の時に、脳圧を下げる手術を受けられることになられました。三代教会長先生より「お医者様のお手をお借りして神様に手術して頂くのです。しっかり御祈念させて頂きましょう」とみ教え頂かれたのです。兵庫県立こども病院での手術は無事に成功し、手足の麻痺など必ず後遺症が残ると言われておりましたが、一切後遺症なしに全快の大みかげを蒙られたのでした。後に、内木氏は御本部の御大祭に参拝された際に、御霊地で執刀医の先生に偶然出会われたそうです。何とその医師は、奈良県のある教会で熱心にご信心なさっておられる方であったことが分かり、神様が医師の手を以て手術させて下さったことを改めて分からせて頂かれたのでした。

★娘さんは20歳までお命を延ばして頂かれ、インフルエンザを患われてお国替えになりました。生前中は、日々常に周囲の方々に笑顔を向けられ、その存在を以て多くの方々を助けてこられました。まさに、生きながらにして神様のお働きを現され、お国替えをされて霊の神様となられ、ご家族、ご親族、縁に繋がる方々をお助け下さっていることでしょう。娘さんの告別式の後、有り難いことに、内木家は帰教式を挙げられ、教徒に加えて頂かれました。

★皆、一人一人に神様からお役目を頂いております。そのお役目を悟らせて頂いて、全うさせて頂けるようにおかげを蒙って参りましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 令和2年の「み教え」

2020年02月19日

●真にありがたしと思う心から

 伊藤の家は、1900年明治33年に金光教の教徒に加えて頂いて、120年にならせて頂きます。代を重ねておかげを頂き続けておりますことを、真に有り難くもったいないことと、お礼を申させて頂いております。『病んだる時の信心は願いなり。病まぬ時の信心第一。』とみ教え頂いておりますように、常平生の信心をより一層実意丁寧にさせて頂き、神様のお心にかなうようなご信心に万分の一でも少しずつ近づかせて頂くことを願わせて頂いております。

★まずお礼を第一にさせて頂き、続いて今日までのお詫びを申してから、お願いをさせて頂くことが、ご祈念のあり方として大切なことだと教えて頂いております。どんなに苦しい時、痛い時にでも、今日までの有難いことを振り返らせて頂くことが出来るはずです。お命を頂き、今日まで様々なお恵みを頂いて命をつないで頂いてきたこと、親や家族のお世話になってきたことなど、お礼を申すことが出来ることは、いくらでもあるのです。心の底から「有り難い!」というお礼の心があふれてくると、たとえ今日辛い状況にあったとしても、神様のご慈愛の中にいることが分からせて頂くはずです。そして、そんな有り難い中に生かして頂きながら、今日まで神様、親様にご心配をおかけしてきた自分の至らなさが見えてくることになり、心からのお詫びが申せるようになるのです。そこから、真心からのお願いが生まれてくるのです。

★1月18日の教徒会総会に始まり、各会の総会が次々とおかげの中に開催させて頂けております。人様のおかげ話を聴かせて頂くことも、神様の有り難さ、ご信心の有り難さを分からせて頂く、大変貴重な機会です。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』み教え頂いております。日参と聴教に励み、また、月例祭、各会の例会・総会にお参りさせて頂いて一言でも多くみ教えを頂き、また、ご信者のおかげ話を聴かせて頂いて、自分の頂いているおかげに気が付かせて頂き、お礼の心を大きくさせて頂いて、実意丁寧な教祖様のご信心に、一歩ずつでも近づかせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和2年の「み教え」

2020年02月18日

●勉強することは自由になること           

16日の御本部御礼参拝の時に、金光図書館長であられる金光英子先生にお礼のご挨拶にあがらせて頂きましたところ、このようなお話を聴かせて頂きました。

★生物学者の福岡伸一氏のお話の中に、「勉強するということは、今までの自分の考えが壊れ、自由になるということである。」という内容があられたそうです。そのことをお知りになられて、なるほどと理解が出来られたところがあられたと仰っておられました。それは、英子先生がまだ幼少の頃に、金光様のお家でご親族が集まられた際、思い悩んでおられることを話されますと、三代金光様の奥様・金光キクヨ姫様は、「勉強じゃなぁ。良い勉強をさせて頂いておるなぁ。有り難いなぁ。」と仰せになられたということです。[すべてに、神様がさせなさるご修行は信心の材料として、「私たちは日々、良い勉強をさせて頂いている」と分からせて頂けたら結構ですね。それは、私は正しいことをしているとか、私にはとても無理だとかいうような自分のものさしを離して、神様のものさしに合わせるといった勉強である、と思わせて頂きます。]と、英子先生はお話し下さいました。

★亡くなられた歴史学者の阿部謹也氏は、「分かるというのは、こちらの生き方が変わるという事です。」と話しておられます。そのことについて佐藤光俊先生は、「生き方が変わるという事は、未知の出来事と出合って、それまでの自分の経験知では理解不能で分からないと認めるところから始まる。未知との出会いである。時に今までの自分が壊れ、新しい自分が生まれてくる、というスリリングな出来事でもあろう。」と文章に表しておられるのです。

★自分で自分自身をがんじがらめに縛り付けてしまうようなことがあります。「私の考えは正しい。私はよくやっている」とか、「私のようなものには、とてもこんなことは出来ない。あんなことは出来ない。」というような小さな考えが壊れて、「自由になる」とは、「これまでの自分は本当に至りませんでした」と分からせて頂く」ということ、「心からお礼を申せるようになる」ということ、「神様に真剣にお願いが出来るようになる」ということであると思わせて頂きます。日々、新しい自分を生み出す勉強をさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:02 | 令和2年の「み教え」

2020年02月17日

●神様が準備させて下さる

 先日15日に婦人会総会が開催され、松本氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★松本氏は平成19年に病気を患い手術をされました。ご主人は海外出張も多く留守がちで、当時小学3年生と小学5年生の娘さんを置いての入院でした。ご信心にまだご縁のなかった松本氏は、あるご信者から願い方・拝み方等が丁寧に記載された紙と、袋に入った御神米を頂かれました。松本氏は病室で、朝に晩にと藁にも縋る思いで「どうぞ早く良くならせて頂き、一日でも早く子供たちの元へ帰らせて下さい」とお願いなさったのでした。退院されても身心共に弱り切って、食欲も笑顔も無くなり、ひきこもりがちになっていたところを、御神米を届けて下さったご信者から何度も声を掛けて頂かれ、阿倍野教会にお導き頂かれたのでした。教会長先生から「私はいつもここにいますから、なんでもお結界にお届けにきなさい。おかげの船に乗らせて頂きましょう」とみ教え頂かれ、安心と希望を頂かれたのです。

★平成28年4月には夜中に激しい頭痛に見舞われ、翌日に病院で検査を受けられますと、首の右後ろの血管が割けていて、「安静にして様子を見ましょう」と診断を受けられました。お届けされてから、別の病院で再度検査を受けますと病名が判明し、血管が割けていると共に6ミリの動脈瘤があり、医師から「これくらいで済んでよかったです。一歩間違えたらくも膜下出血ですから油断してはいけません。触る方が危険ですので手術も出来ません」と言われたのです。毎日御神酒を首の後ろに付けさせて頂き、安静にさせて頂かれ、次の検査では「首の動脈瘤が無くなっている」という著しいおかげを頂かれたのでした。

★松本氏は「入信前と入信後では病気に向かう気持ちが全く違いました。問題が起きても、すぐに御取次を頂き、御祈念頂いてみ教えを頂くことで、『出来てくることに何一つ無駄なことはなく、出来てくることはみなおかげ』と思わせて頂けるようになりました。不安や心配は神様にお預けさせて頂いて、良い事を思わせて頂き、神様を信じて日々元気な心で過ごさせて頂けます」とお話下さいました。

★どうすることも出来ず、不安で心配でしようがない時に、本気でおすがりが出来るようにと、神様がそれまでに準備をさせて下さるのです。目の前の問題を、お願いさせて頂かずにはおれないという心で、神様を杖になさってこられたから、現在のような御礼ばかり申し上げることの出来る生活にならせて頂けるおかげを蒙られたのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:04 | 令和2年の「み教え」

2020年02月15日

●おかげの芽を出させて頂けるように

 種子が発芽する為には、光、温度、水の三条件が整わなければなりません。ご信心の上でも同じようなことが言えると思います。

★(1)光・・・教祖様は、『天地日月の心になること肝要なり』と、み教え下さっておられます。大地はどこまでも寛容です。汚いものも微生物の働きによって、肥やしに変えて役に立てて下さいます。日のお照らし、月の光は明るく皆に平等に降り注いで下さいます。どんな人に対してでも、神心を表に出させて頂く明るさを持たせて頂くことが大切です。明朗さも大切ですが、どんなことが起きてきても、神様の思し召しを分からせて頂けるように、思い分けの出来る賢さを備えることが、本当の明るさと言えます。
(2)温度(熱)・・・二代教会長・伊藤コウ師は、「線香の火でご飯は炊けません。それ相応の熱量がなければ炊けないように、ご信心も、大きな願いを成就させて頂きたければ、熱のこもったご信心をさせて頂くことが大切です。」と、み教え下さっておられます。どんな重い石でも、大勢で力を合わせたら動くように、家内中が勢信心のおかげを頂き、心を揃えて熱のこもったご信心をさせて頂くことが出来ましたら、どんな難しい問題もおかげにさせて頂くことが出来ます。
(3)水・・・日々お取次、み教えを頂いて、いつも和らぎよろこぶ心で、心に潤いを持たせて頂きたいと思います。み教えは、心の栄養です。心の栄養、潤いが足りませんと、心がカサカサに乾いてしまい、少しのことでしぼんでしまったり、折れてしまうような、弱い心になってしまいます。

★難儀と思える苦しいことの中にも、本心の玉を磨くために神様が与えて下さる有り難いおかげを見出すことが出来ます。常平生から、日参と聴教に励ませて頂いて、信心を練らせて頂き、思い分けの出来る賢さ・明るさ、熱のこもった信心をさせて頂きましょう。そして、和らぎ喜ぶ心を育ませて頂き、苦しい問題から有り難いおかげの芽を出させて頂けるよう、日々のご信心に励ませて頂きたいと思います。

★『天地は生き通しぞ。天地が生きてござるから、人間もみんな生きておられるのぞ。天地の親神様のおかげを受けたら、人間も生き通しじゃ。そのおかげを受けようと思えば、天地金乃神様と一つ心になれい。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:03 | 令和2年の「み教え」

2020年02月14日

●信心によって、狭い心から広い心へ         R2.2.14

二代教会長・伊藤コウ師は御母堂であられる御隠居様のお世話についてお姉様に「姉妹3人いますのに、私ばかりがお母さんのお世話をして不公平です。1年間4カ月ずつ交代でお世話させて頂きましょう。」と提案されました。お姉様は「あなたは考え違いをしております。3人姉妹の一番下のあなたは、お母さんと過ごす年月が一番短いのですよ。お母さんは、あなたにお道の御用をさせて頂く人間として、早く一人前になってほしいと一番願いを込めて下さって、つきについて教導して下さっているその親心がわかりませんか?」と諭されたのでした。コウ師は、考え違いをしていたことをお詫びされ、それからは一切不足を言われず「私がお母さんのお世話を全てにさせて頂けますように。また、お姉さんのお世話も全面的にさせて頂けますように。責任を果たせる人間にならせて下さい。私にもっと重い責任をお与え下さい…。」とお願いしてゆかれたのです。

★ご信心によって、小さな狭い心から大きな広い心へと変わらせて頂けます。自分に役目を与えて頂いて、責任を持たせて頂けるということは、大変有難いことですね。毎日、「あれが嫌。これが嫌。」と不足ばかり言っていると、それが神様に届き、立ち行かなくなっていってしまいます。反対に、「あれも有り難い。これも有り難い。」と喜んでいると、どんどん結構になってゆきます。毎日口に出していること、思っていることは願いとなり、良いことも悪いことも全て神様に届くのです。良いところを見て、良いことを口に出し、喜びの種をまかせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 令和2年の「み教え」

2020年02月13日

●真似ることから始める

 ご信心が進んでいる時には、気持ちはぶれたりしません。何に際しても、常に心が落ち着いていて、和らぎ喜ぶ心で処することが出来ますから、うろたえたり心配しすぎたりパニックに陥ったりすることがありません。それは、神様に全てお任せして、神様が全て良いようにして下さると信じて、最大限の努力を行った上で「あとは万事お任せだ」という心境にならせて頂けるからですね。人間が出来ていない人ほど、何かというと、口うるさく言葉が過ぎたり、騒々しくがさつになったり、小さな事にこだわってしまったりします。人間が成長しますと、いつも落ち着いて、和やかで柔軟にならせて頂けるのです。物静かでも、事に当たると粘り強く、実行力に富んでいるというように、気力がしっかりと充実するおかげを頂いていかねばなりません。それはつまりお徳を頂いた姿です。

★『めいめいに信心しなさいと言うのは、六根の祓にも、「霊と同体なるがゆえに、なすところの願いとして成就せずということなし」とあるごとく、神様のような心でおれば神様と同体である。かような心になり、こういう考えで信心しなさい。めいめいに願うて、直々のおかげが受けられます。また、六根の祓にもあるごとく、目、耳、鼻、口、身、意(こころ)、もろもろの不浄がありても、この六つの物がまめにあるからおかげであると思うて信心しなさい』

★有難いものを見させて頂き、有難いことを聞かせて頂き、有難いことを口に出させて頂いて、神様に心が近づかせて頂けるよう願わせて頂きましょう。信心すれば、誰でもおかげを頂ける、という有難いお道です。私達も教祖様のご信心に習わせて頂くのです。最初は形を真似るところから始めればよいのです。それを続けさせて頂きますと心が伴ってくるようになります。ご信心を進めさせて頂き、神様の心に近づかせて頂けるようなおかげを共々に蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 令和2年の「み教え」

2020年02月12日

●建国の精神

昨日は、建国記念の日でした。日本書紀には、建国の精神として、「一、養生。 二、積慶。 三、重暉。 四、為宇。」と記されています。
一、養生(正しきを養う。)…日参と聴教により、正しい心(神心)を養う。
二、積慶(喜びを積み重ねる。)…日々の生活で喜びを探して、喜ぶ稽古をする。
三、重暉(お礼の働きを重ねていく。)…日々生かして頂いている御礼の働きを積み重ねる。
四、為宇(誰とでも円満にさせて頂く。)…神様の氏子同士ですから互いに命を尊び合い、互いに相手を立て合って、家族同様に仲良くさせて頂く。

★ある娘さんは、生後間もなく髄膜炎を発症し、「後3日の命」と医師より告げられたのでした。お父さんはお導き頂かれてお届けなさった時に、三代教会長先生より、「子供さんが助かります様に、しっかり御祈念させて頂きましょう。あなた自身が金光様にお願いさせて頂く心になりなさい。一日何十回となく御礼を申させて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。そして翌日から、お父さんは日参とお届けを続けられました。

★娘さんは命を繋いで頂かれ、生後2ヶ月の時に、脳圧を下げる手術を受けられることになられました。三代教会長先生より「お医者様のお手をお借りして神様に手術して頂くのです。しっかり御祈念させて頂きましょう。」とみ教え頂かれました。手術は無事に成功しましたが、手足の麻痺など必ず後遺症が残ると言われていましたところ、一切の後遺症なしに全快の大みかげを蒙られたのでした。後に、お父さんが御本部の御大祭に参拝された際に、御霊地で執刀医の先生に偶然出会われたそうです。なんとその医師は、奈良県のある教会で熱心にご信心なさっておられる方であったことが分かり、神様が熱心なご信者の医師の手を以て、手術をさせて下さったことを、改めて分からせて頂かれたのでした。

★私達は、神様の氏子として祈りに祈って頂いて、この世に生を与えて頂いております。また、豊かで平和な日本の国に生まれさせて頂いて、真に有難い環境において頂き、真に結構な日々の生活を営ませて頂いていることに、しっかりと御礼を申させて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 令和2年の「み教え」

2020年02月11日

●神様は一番良いようにして下さる

 教祖様は、神様から「宝が落ちているから、拾いに行ってみよ」あるいは、「お金が落ちているから拾いに行ってみよ」と、お知らせ頂かれたことが度々あられたそうです。その場所について明確にお知らせがあられたという場合でも、長時間歩いて行ってみられても、落ちていることはなかったそうです。幾度その様なお知らせが神様から下がっても、教祖様は、例え御用の最中であっても、すぐに支度をして、神様の仰せのままに出かけられたということです。

★ある時、大谷から笠岡まで歩いて行かれたのでした。笠岡に着いたら丁度昼時で、茶店で食事を済ませられると、「もう帰ったらよかろう」と、神様からお知らせを頂かれて、お金を見つけられることなく帰られたのでした。帰宅されて御神前で拝礼しておられると、神様から、「お金は落ちていたか?」とお尋ねがありました。教祖様は、「はい、落ちておりました。私は今日、久しぶりに体を動かすことが出来ました。血の巡りも良くなり、それだけ丈夫にならせて頂くことができました。これは、銭金では得られません。」とお礼を申されると、「その方は、どちらからもっていっても良い方にとる」と、お言葉があり、言わば神様のご試験に合格なさったのでした。

★神様を信じる心が揺らぎ、心配に囚われたり、自分の勝手気ままに行動したりしてしまうと、そこから難儀が生み出されていくのです。日々起きてくる出来事の中には、神様の深い思し召しが込められております。いつも神様に心を向けさせて頂き、「神様、どういたしましょうか?」「神様、これはどういうご意味でございましょうか?」と、ご神意を伺う姿勢を貫かせて頂き、どんな時にでも、神様は私達氏子を助けたい一心で、一番良いように導いて下さるということを信じる「有り難いの一心」が、おかげの受け物となるのです。

★『人間は食べ物でできたのであるから、物を食わねばすぐにやせる。病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:09 | 令和2年の「み教え」

2020年02月10日

●子によい姿勢を見せて、良い手本になる

あるご信者は、息子さんと共に商売をしておられました。しかし、息子さんがお父さんの言う事を一切聞いてくれずに、何か言えばことごとく反対の意見を言ってくるので、ご信者も「こんな息子とは商売をやっていけない」と思うようになり、御結界でお届けをされました。すると先生は「それはあなたが悪い」と言われたのです。「親の意見に沿わないというのはめぐりである。それを改まらせて頂いておかげを頂いていくことが信心だ」と教えて頂かれたのでした。

★ご信者は「あなたが悪い」と言われショックを受けたのですが、み教えを頂いて御祈念をしておりましたら、気が付かれたことがありました。それは子供が生まれる前のことです。奥さんに対して、別れたいと思っていたところに、奥さんが妊娠したのです。子供が生まれてからは、子供が可愛くて一生懸命に仕事をして育てていかれたのですが、妊娠中はご無礼にも子供が流れてほしい、と願っていたことを思い出されたのでした。「子どもの生まれてくる前から心で子供を殺しておりました。子供が悪いのではなく、私が悪いのです」と神様にお詫びを申し上げ、改まりの生活を続けられたのです。そうしましたら、息子さんも段々と変わって下さり、円満に共に仕事をさせて頂けるようになったのです。

★神様から頂いた子宝です。自分が産んでやった、育ててやったというのは思い違いです。自分自身が敬いの心を大きくしませんと子供には伝わりません。反対に自分自身がお粗末なことをしておりましたら、それが子供に伝わります。全てに敬う心を大きくしてゆくことが、有難いお徳を身に頂いてゆく生き方であるということが正しく伝わっていくためには、自分が改まっておかげを頂いていかねばなりません。それぞれにしっかりお役目を頂いておりますから、そのお役目を果たさせて頂けますようご信心を進めさせて頂きましょう。

★『子供に飯を食わすとき、こぼせば三宝様の罰が当たる、目がつぶれる、たくさんに食うと腹が痛くなると、こういう悪いことを言わんでも、子供の目の前に悪い行いを見せぬよう注意するのが、親の養育の大肝要である。とかく上の人から、わが口で上段な(立派な)教えをし、よろしい形の行いで教えをするのがよろしい』


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 21:45 | 令和2年の「み教え」

2020年02月09日

●日参・聴教、御用のお徳

 昨日は、みかげ会例会にて、木村氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。昭和50年に、ご信者であられる奥様からお導き頂かれて以来、素直にご信心を頂かれ、朝参りをなさるようになり、各会例会、月例祭、御本部御礼参拝も欠かすことなく参拝のおかげを頂いておられます。

★昭和48年より経済産業省の地方局にお勤めになり、東日本大震災が発生した3年後には、支援事業を行うために福島県に行かれ、放射線の為に立ち入り禁止地区になったところに自宅がある避難住民の方々が、月に一回だけ認められた一時帰宅の支援に当たられました。

★当初の予定では、2月15日の婦人会総会と、16日の御本部御礼参拝の日までが福島への出張に当たっておられ、「今回は両方とも参拝させて頂くことも、御用をさせて頂くことも出来ないのか・・・」と思われたそうです。ところが、派遣先の地域に、例年にない大雪が降り、避難者の方々の一時帰宅が危険と判断され、業務が2日早く終了することとなられたのです。婦人会総会当日の朝6時の始発の特急に乗って大阪に向かわれ、悪天候の中、徐行運転、運転停止を繰り返しながら、午後3時に大阪に到着することが出来られたのでした。後に、木村氏が乗られた始発の特急だけが運行されたことが分かったそうです。帰って早速、婦人会総会に参拝してお礼のお届をなさり、翌日の御本部御礼参拝にも参拝され、いつもと変りなく御用にお使い頂くことが出来られたのでした。

★植木班の御用にも45年に亘ってお使い頂かれ、体の丈夫のおかげを頂いておられることを実感なさっておられます。日参・聴教のお徳、御用のお徳を積まれ、お身体の上にも、お仕事の上にも、ご家族の上にも、次々と願い成就のおかげを頂いておられますことは、まことに有り難いことでございます。

★『信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 令和2年の「み教え」

2020年02月08日

●お礼の申し足りないお詫び           

以前、御本部参拝の際に、三代金光様の奥様の金光キクヨ姫様のお話を改めて頂き直すことがありました。

★ある先生の子供さんが丹毒という病気であられたそうです。丹毒とは、皮膚の浅いところで化膿性の炎症が起きる病気だそうで、手や足などが腫れ上がったり、リンパ節が腫れて痛みを伴ったりするそうです。当時には珍しいペニシリンの注射を打ってもらい、子供さんの熱が引いて、翌日にはもうほとんど治ったかのように回復なされたので、心配して下さったキクヨ姫様のところへお礼を申しに行かれたそうです。キクヨ姫様が「様子はどうか?」とお聞き下さったので、「はい、おかげさまでもう大丈夫です。それにしても、ペニシリンという注射は良く効きますね。驚きました。」と答えられると、キクヨ姫様は「そうかそうか。それは良かった。有難いことじゃ」と仰って、目をつぶって神様にお礼のご祈念をして下さったそうです。

★そして後に「そういう薬を発明して下さったのは、どこのどなたか知らんが、有難いことだなあ。何度お礼申しても、申し足らんなあ。あなたはお礼を申したか?」と仰せられたのです。そのお言葉をお聞きになって、英国のフレミング博士に手紙で御礼状を書いて送られたということです。

★私達も、日々の生活の中で、薬のお世話になる時も多々あります。どんな薬でも、一生懸命研究して下さって、開発なさった方々のご苦労があって使わせて頂いていることは、大変有難いことでありますのに、それだけの人の働きや、ご苦労に思いを馳せることは、なかなか出来ていないことに気が付かせて頂きます。生活の中には、御礼を申し上げることが足りないことがどれほどあるでしょうか。天地のお恵みであるガスや電気や水や食物…等、当たり前のように使ってはいないでしょうか。どれほどお礼申して使わせて頂いているかを考え直すように、キクヨ姫様は大変分かりやすくみ教え下さったのです。改めて、お礼の申し足りないお詫びを申させて頂くことが大切だなあと思わせて頂いた次第でありました。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和2年の「み教え」

2020年02月07日

●素直なご信心

 2月5日は沖ソト氏の御命日で、その翌日の2月6日が、ソト氏のお姉さんの越宮ツル氏の御命日でした。

★ソト氏は、息子さんが9歳の頃から、月初め月末には北加賀屋より、一時間程の道のりを歩いて朝参りなさることを決めて続けられたのです。それは、息子さんや娘さんに対して、おかげを頂いている今の有難さを忘れないように、伝えてゆくことを願われたのでした。

★ソト氏の息子さんは、高校進学の折、二代教会長・伊藤コウ師にお取次を頂かれて「あなたは家業を継がしてもらいなさい。その準備として昼は商売の見習いをして、夜は学校へ行かせてもらいなさい。」とみ教えを頂かれました。その頂かれたみ教えを素直に守られ、病弱なお父様のお世話に心を砕き、更に行商をなさっておられたソト氏を助けられて、衣料品小売業の家業に励まれたのです。そして、息子さんが17歳の時に、店舗付き住宅の購入のおかげを蒙られ、その4年後には二階増築並びに店舗拡張され、家業繁盛のおかげを蒙られたのでした。

★息子さんは、病弱なお父様を背におんぶして風呂屋に連れてゆかれ、入浴を終えられましたら、おんぶして帰られるというように、心を込めて丁寧に親孝行をなさったのでした。

★ソト氏やツル氏が実に素直なご信心を進められたことにより、後に続く子孫が結構におかげを蒙られて、次の代また次の代へと有難いものが伝わっているのです。

★私達は、自分で物事を考え判断していると思いがちですが、眼に見えている範囲というものは実に狭いのです。日々お取次ぎを頂いて、神様・霊様に足らないところを足して頂いて、ご都合をつけて頂くのです。人間中心の考えを取り去り、頂いたみ教えを「本当にその通りだ!」と心底得心して有難く頂き、それを自ら進んで取り組ませて頂くところにおかげを授けて下さるのです。

★1)明き…先を楽しみに、明るい心で、思い分けの出来る賢さを持ち、起きてきた事をおかげにさせて頂く。
 2)清き…悪いことを思わず、言わず、人を不足に思わず、人のことを祈ることが出来るよう、常に心を清く保ち神心を養う。
 3)直き…素直にみ教えを頂き、有難く自ら進んで実践を心掛ける。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」

2020年02月06日

●すべてを粗末にしない様に           

『国のため、人のため、わが身のためも思い、すべてを粗末にしない様に、真の信心をせよ。』『世のため、人のため、わが身のためを思って、家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神の心にかなうのである。』

★家庭であっても、職場であっても、日々の家業が行であると教えて頂いております。私達が夫々に与えて頂いている家業は、全て世のため、人のためにならせて頂いており、自分自身のおかげにもなっていきます。自分とは全体の一部分という意味です。自分がおかげを頂かなかったら、家族親族が助かりません。職場ですと、自分が和らぎ喜ぶ心で、有り難くお仕事をさせて頂いておりますと、職場全体が助かっていきます。自分が生きていく為に働いていると思いがちですが、自分の働きは職場を支え、社会を支え、国家を支える働きへと繋がっていくのです。

★「すべてを粗末にしない様に」ということは、「お世話になっている全てのものにお礼を申す」ことを心掛けていく姿です。私達は天地の恩恵を受けて生かして頂いています。「天地の大恩を知る」ということが出来ていかなければ、おごりがましい心が生じてしまい、人間中心の勝手気ままな生き方になってしまうことでしょう。そうなれば、毎日が「壊す」生活になってしまいます。例えば、地球の環境を壊してしまうこととなります。また、人との関係を壊してしまうということにもなるでしょう。そして、家庭を壊し、職場の雰囲気を壊し、努力を重ねてきた仕事をぶち壊しにしてしまうこともあります。更には、神様と自分の関係を壊してしまうということも起こしかねません。お世話になっているものにお礼を申す心構えを持たせて頂き、生活の中で実践する稽古をさせて頂くことが大切です。まずは自分の家庭から改めさせて頂き、『あいよかけよで立ち行く』ということが広がって、信心のお徳に満ち満ちた世の中になってゆくことを願わせて頂きましょう。

★『世が開けるというけれども、開けるのではなし。めげる(こわれる)のぞ。そこで、金光が世界を助けに出たのぞ』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 令和2年の「み教え」

2020年02月04日

●心の内を改めることが第一

あるご信者は入信当初、ちょうど戦後で世の中が混乱した時代ということもあり、教会へ参拝された際に下駄が盗まれるということが7回も起こったのでした。それも、新しい下駄、立派な下駄を下ろした時に決まって盗まれたのです。初めは、「神様に参って、なぜ下駄が盗まれるのだろう・・・」と不足に思っておられたようです。しかし、日々み教えを頂いてゆかれるうちに、「自分には新しい下駄をはく資格がない。分不相応なのだ・・・」とお広前で神様から心に思わせて頂かれたのです。

★そして、「神様からお許しがあるまでは新しい下駄をはかない」とご修行を決め、何と自分で作った下駄を履いて参拝されるようになられました。更に、禁酒、禁煙、遊びも一切やめるようにご修行を決められ、分相応の生活に改まってゆかれると、次第に家庭は円満に、商売も繁盛させて頂くおかげを頂かれたのです。

★また、お宅祭も毎月の様にお仕え頂かれるようになり、近所の方もお導きしていかれ、そんな有り難い姿に改まっていかれる様子を、ご家族も大変喜ばれたのでした。ある時、妹さんが、ご信者の家の御神前に包みをお供えされました。それを開けてみますと、新しい下駄が入っていたのでした。ご信者は、神様からお許しを頂いたと、お礼を申して有り難く拝んで頂かれたのでした。

★問題が起きた時に、周囲の人を恨んだり、「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか・・・」と、悲嘆ばかりしていると、物事の本質を取り外してしまい、おかげになりません。何事が起きてきても、神様がさせなさるご修行だと有り難く頂くことが出来れば、問題が解決するだけではなく、身にも心にもお徳を頂き、家族親族、周囲の人々も有り難いおかげを受ける元を作らせて頂くことが出来るのです。それぞれに願いを立て、自ら進んでご修行に励ませて頂きましょう。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和2年の「み教え」

2020年02月03日

●有難いおかげの連続の毎日

 あるご信者のご主人は、電気工事の仕事をなさっておられましたが、昭和63年7月に220ボルトの電圧線で感電してしまわれたのでした。呼吸も停止し、瞳孔も開いたままで、病院に搬送され、15分間心臓が停止したままでしたが、心臓マッサージ等の懸命な救命措置のおかげで一命を取り止められました。3日目に瞳孔反応が見られてから、徐々に、医師も目を見張る程の回復を遂げられ、10日目に退院許可が出て無事退院、なんと一月後には仕事に復帰させて頂かれたのです。それも、事故以前は自営業でしたが、立ち行きを願って下さり、ある会社に社員として雇って頂けることとなったのでした。

★しかし、記憶障害の後遺症がしばらく続き、時々痙攣も起こり、思うように働けない日々が続かれました。一年前に自宅を新築したローンもあり、子供二人はまだ小学生でした。不安と苛立ちから、ご主人は3度も自殺未遂を計り、奥様はとにかく今日一日、今日一日を無事に過ごさせて頂けるよう神様に必死でおすがりなさり、気の抜けない日々を送られました。

★そうした日々を積み重ねられて、13年後、労災の医療補助を受けるのを止めて欲しいと、労働基準監督署から連絡がありました。奥様は、言われた通りに手続きをなさいますと、代わりに会社から補償金を出して頂けることになりました。それと同時期に、借地であった自宅の土地が、以前の半値で売りに出されることになり、無理なく購入させて頂けることとなられたのでした。

★事故当時は、小学生だったお子さんも、それぞれ独立して家庭も持たれ、ご主人は事故を機に正社員となって厚生年金に入れて頂いたおかげで、退職後も安心のおかげを頂かれました。後で振り返ってみますと、すべてがおかげの中に、有り難い方向に導いて頂いたことを実感なさったということです。

★私達も現在の生活が当たり前ではありません。奇跡的な日々の連続で、その上に今の私達の生活が成り立っているのです。その有り難さを忘れないようにしなければなりません。今日一日現在お命を与えて頂いていることの有り難さ、また結構な生活をさせて頂いている所の有難さを噛み締めさせて頂き、御礼を申す生活を心掛けさせて頂きましょう。

★『おかげを受けるのに巧者がある。だれでもおかげをいただいたら、そのありがたいということをいつまでも忘れないようにせよ。それを忘れたら、もういけない。後のおかげはいただけない。それさえ忘れなければ、おかげは思うようにいただける。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 令和2年の「み教え」

2020年02月02日

●み教えを本気で頂き、改まる姿勢

『神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』

★み教えを頂いて、天地の道理に沿った生き方に、無理無駄ムラの無いように改まっていかれましたら、健康で円満で経済の上でも有難いおかげを頂けるようになることは間違いありません。しかし、難儀な問題がおさまったり、病気が治ったらお礼参りをして、後は忘れてしまって元の生活に戻ってしまう・・・ということでは神様はお喜びになられません。

★何の為に助けて頂いているのか、何のために結構なおかげを頂けるようにしてもらえるのかと考える必要があります。神様がお喜び下さるような有難い生き方が、それぞれの家に根付いて、代々続かせて頂いてこそ、より一層に子孫が結構にならせて頂けるのです。さらには縁に繋がる皆様が結構になって頂ける、そういうお役に立たせて頂ける人が世の中に次々と増えていかれることを神様が願って下さって、有難い御比礼を蒙らせて頂けるように道をつけてくださるのです。

★生神金光大神取次ぎの道が開かれ、『願う氏子におかげを授け』てやろうと有難いおかげを蒙らせて頂ける道を私達の前に開いて下さったのです。ただし、『願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたす』と続きます。み教えを本気になって頂かせてもらって、本気になって改まらせてもらうという姿勢が、日々出来ていくようにと神様が願って下さっておられるのです。

★ご信心をさせて頂く私達は、おかげを受ける受け物をしっかりと作らせて頂かねばなりません。その為には地を肥やさねばなりません。そこに良い物を撒かせて頂きますと次々と良い物が生えてまいります。地を肥やすことを心掛けて信心の根張りをしっかりとさせて頂くことが大切で、そうした常のご信心を一段一段共に進めさせて頂きおかげを蒙らせて頂きましょう。『桜の花の信心よりは、梅の花の信心をせよ。桜の花は早く散る。梅の花は苦労しているから長く散らない』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 令和2年の「み教え」

2020年02月01日

●「ありがたい」思う人には・・・

 毎日の生き方の積み重ねで、人間は代を重ねて進化することが出来ます。例えば、日本人は、多くの人が生涯の大半を陸の上で過ごすと思いますが、世界では、漁をするために毎日海に潜って、水の中で過ごす時間がとても長い生活を送る人々もおられるそうです。そうした人々の中には、10分もの間素潜りで息を止めたまま、潜り続け漁をすることが出来る人もおられるというのです。先祖から代を重ねて同じような生活を長年に亘って続けてこられた結果、水に潜り続ける生活習慣の積み重ねによって、脾臓の働きが発達し、体中に酸素を供給することが出来る能力が高まり、水中の活動に適した体に進化したのではないかと、考えられているようです。

★生活の積み重ねというのは、自分が生まれて今日までのことはもちろんの事、生まれる以前、ご先祖様からの積み重ねが、私達の心と体を作って下さり、その恩恵の中で命をつないで頂いているのです。例えば、体に傷を負っても、日にちが経てば治っていくのは、体に備わっている自然治癒力のおかげですし、風邪をひいても療養させて頂くうちに治るのは、体の免疫力がウィルスを撃退して下さるおかげです。皆、生まれながらに頂いている有り難い力であり、その他にも、知れば知るほど有り難い体の働きを頂いているのです。そこで、お礼の心に満ち満ちて、毎日を過ごさせて頂くことを心掛けてゆけば、親から子へ、子から孫へと、代を重ねておかげを頂く受け物を大きく育てさせて頂くことが出来るはずです。

★氏子の喜びが神様のお喜びにつながり、神様により一層喜んで頂けるような生き方になることが、氏子の一層の助かりにつながっていくのです。何事も生神金光大神様のお取次を頂き、日参と聴教に励ませて頂いて、有り難い生き方を積み重ねさせて頂くことは、自分の過去も未来も、また、ご先祖様から、子孫の端々まで有り難いおかげを頂く道となるのです。

★『ありがたい、ありがたいとばかり思う人には、ありがたいことばかり出来てきます』(三代金光摂胤様のみおしえ)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:31 | 令和2年の「み教え」