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2020年01月03日

●今から改めていく  

『五事を正す』(中江藤樹)
貌・・・和やかな顔つきをすること。
言・・・思いやりのある言葉で話すこと。
視・・・澄んだ目で物事を見つめること。
聴・・・耳を傾けて人の話を聴くこと。
思・・・真心を込めて相手のことを思うこと。

 思うということは、願うということです。真心をもって一心にお願いさせて頂くということを、お広前で日々稽古しておりましたら、いかなる時でもご祈念させて頂くことが出来るようになってきます。例えば、「どうぞ、この方が助かってゆかれますように」とご祈念しながら、相手の心になって人の話を聴くことが出来るのです。ですから、真剣に、どこまでも相手のことをお願いさせて頂けるように、ご祈念しながらお結界に座らせて頂き、稽古させて頂いております。

★しかしながら、家族の話を聴かせて頂く時には、つい甘えが出てしまい、ご祈念しながら話を聴かせて頂けていなかったと、後で思うことがあります。『家庭は檜舞台である』と、安武松太郎師がみ教え下さっておりますのに、「外では気を張っているから、家の中ではリラックスをしたい」という甘えがあるのです。

★振り返ってみますと、三代教会長先生がご生前中に、毎朝お広前で演台からみ教え下さっていた時にも、お傍で聴かせて頂いておりながら、「これは私に頂いているみ教えだ」と、常に思えていませんでした。み教えを聴かせて頂いているときは、頭で分かっているつもりで、次の瞬間に他人事に変わっておりました。そのことを振り返ると、「私ほどご無礼な息子はなかったなあ。本気で言って聞かせて頂いているときに、本気になって頂いていなかったなあ。」と今さらながら思わせるのです。み教えを頂く受け物が出来ていなかった自分であったと、今になってよく分かります。

★過去のことは取り返しがつきません。「ああすればよかった。こうすればよかった。」と、いくら考えても仕方がないのです。ですから、今からの自分のあり方を改めていくことが大切です。見直し・聴き直し・考え直しをし、今日を喜び、明日を楽しみにして、今からの信心生活を改めていく他ありません。はじめの『五事を正す』ということも、今から実践させて頂き、共に信心を進めさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」