金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年01月31日

●活き活きと現れる御霊の働き          

1月30日は、加川一夫先生(元在籍教師)のお母様であられる加川たつの氏の御命日でした。たつの氏は大変熱心なご信者であられ、ご信心の有難いことを常日頃から家族にお伝えになっておられました。そして、「私がお国替えしたら、信心させて頂くと何と不思議なことがあるかということを見せます。」と、いつも口癖のようにご家族に仰っておられたそうです。

★たつの氏がお国替えされた、翌月の昭和62年2月の末のことです。お孫さんにあたる古澤家では、10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤氏がたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました」と仰ったそうです。

★また、たつの氏はご生前中に、古澤氏に対して[朝に玄関口のお掃除をする時には近所をお掃除してから、隣家の前の道も「どうぞ、ゆくゆくはこのお家を買わせて頂けますように…」とお願いしながら毎日お掃除させて頂きなさい。]と教えておられましたので、古澤氏はその通りになさっておられました。するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「土地家屋を購入して頂きたい」と言って来られたのです。しかし、先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります」と言われ、隣家が無くなっており、隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また後日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後に先方から提示された土地の金額と全く同じ数字だったそうです。そうして無事にお土地購入のおかげを頂かれたのです。

★生きているうちに、願いを持ってしっかりご信心させて頂きますと、死んだ後も霊神様として活き活きと働けるだけのお徳を頂けるのです。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」

2020年01月30日

●相手を立てる

 あるご信者が「うちの主人は〇〇が足りません、〇〇も足りません。ここ1週間は口もきいておりませんし、目も合わせておりません。もうあんな主人は見放したくなります・・・。」と仰いましたので、「あなたのご主人は、真面目に一生懸命働かれて、奥様やお子様の為に尽くしておられますよ。それに私から見させて頂きましたら、ご主人はあなたのことを立てておられますよ。ですから、あなたも家の中で、ご主人を立てなければいけません。相手を立てるということが足らないのです。」とお話しさせて頂きました。

★そうしますと、ご信者も「確かに、私は家の中で主人を全く立てておりません。」と納得して下さったので、「だから、ご主人の心が荒れてくるのですよ。家の中では一生懸命辛抱してあなたを立てて下さるのに、あなたが立てないものだから、外でそれが爆発するのです。心が荒れてしまい言葉が乱暴になったり、少々のことで腹を立ててしまったりするのですよ。家の中で、あなたがご主人をお立てになって、もっと愛情込めて真心尽くせば、ご主人の心が和らいでくるのです。家族の愛情が心の栄養です。子供さんに立派に成長して頂きたいと願うならば、家の中が、本当にご信心で満ち満ちていくように、おかげを頂いていかねばなりませんね。ご信心をさせて頂いているのはあなたなのですから、あなたが先にご主人を立てればよろしい。ご主人がご信心をして下さるようになり、一生懸命にみ教えを頂かれて、より一層に心に栄養を頂かれるようになられたら、あなたの家の中がもっと進んでいきますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ』とみ教え頂いております。力を合わす時に大事なのは、相手を立てるということです。「あなたがいて下さって私があります」とお互いにあいよかけよで立て合うのです。教祖様は、徹底して神様をお立てになられましたから、神様からご信用を頂かれ『此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である』と神様から立てて頂かれるようになられたのです。教祖様のご信心を見習わせて頂き、残りの信行期間も共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 令和2年の「み教え」

2020年01月29日

●み教えを自身の糧にさせて頂く

1月28日は、伊藤亨師の御命日でありました。先日の25日には、5年祭を仕えさせて頂いたことでした。5年の間に次々と子孫が結構になられ、有難いご報告をさせて頂かれたのです。

★亨師は、生まれた時には「心臓が弱い」と診断され、命の無いところをおかげを蒙られたのでした。また、お若い頃に両眼とも視力が低下なされ、そのことで二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいました。コウ師から「上見たら、あれ欲し、これ欲し、星(欲し)だらけ。下見て暮らせ、下に星(欲し)なし。」とみ教え頂かれたそうです。

★亨師は「上を見たらキリがない、欲を言い出したらキリがない。下に目を向けたら、もっと辛く苦しい思いをなさってる方があられる。その中でも皆さんそれぞれにおかげを頂いておられる。自分自身は一体どうか、まだ見えさせて頂いているじゃないか。そのことにお礼申して、先々の心配や不安を神様にお預けして、今見えさせて頂いている有難さをしっかりと喜ばせて頂こう!」と、頂いたみ教えをしっかり受け止められ、熱心にご信心を進められたのでした。そして、両眼とも視力を保たせて頂けるおかげを蒙られたのです。

★後に教会に入所をさせて頂かれ、金光教教師にお取り立て頂かれました。膵臓癌の疑いがあると診断を受けられた時もあられましたが、体を作り変えて頂かれ、無い命を何度も伸ばして頂かれて、82歳6か月までお役に立つ生き方が出来られたのです。そして御用のお徳によって「子供会で先生にお導き頂きました。」「青年会で先生にみ教え頂きました。」と、助かる方々が次々と増えられたのでした。神様からかけて頂いた願いをしっかりと悟らせて頂き、神様に心を向けて、わが心を磨いていかれた結果であると思わせて頂きます。

★自分自身の弱いところを自覚した時や、苦難にくじけてしまいそうな時に、頂いたみ教えを思い出して、自分自身に打ち克ってゆくことが出来ましたら、神様・霊様お喜び下さり、それが御礼に繋がるのです。誰しも行き届いていないところがあるものです。全てに完璧で行き届いて出来ている人間は、世の中に誰一人としておりません。自分の至らないところを自覚して、今からおかげを頂こうと願わせて頂き、神様の氏子として成長させて頂きましたら、実に立派なお役に立たせて頂ける一生にならせて頂けるのです。一朝一夕で出来ることではありませんが、日に日に新たに願いを立て直し、年々歳々向上させて頂くことを楽しみにお願いさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 令和2年の「み教え」

2020年01月28日

●目に見えない有難い働き

 身体は、時々刻々と実に有り難い働きをして下さっています。脳の中でもそれぞれの部分で役割を持って働いているということで、大脳は、有意識の域を、小脳は無意識の域を司っているということが、分かっているそうです。じっくりと考えて、結論を導き出す、ということは大脳が働き、「これは記憶しておくべきもの」と大脳が判断したら、小脳はその記憶をコピーして蓄積し、必要な時にその記憶が引き出されて、とっさの判断が出来るようになっているということです。

★大脳の中でも、前頭葉の働きによって、感情が抑制され、理性的に行動したり、言葉を発することが出来るそうです。理性が利かなくなり、辛抱が出来なくなるというのは、前頭葉の働きが鈍っているということになるそうです。ご信心をさせて頂くことによって、前頭葉の働きも活発になり、感情のままに行動してしまうことを抑えることが出来るようになります。

★また、脳幹視床下部というところは、内臓の各臓器がバランス良く機能するよう働き、ホルモンの正常な分泌も促す大切な部分で、脳幹は24時間休みなく働き続けているのだそうです。睡眠をきちんととりましたら、大脳を休ませることが出来、疲れが取れて体を調整する働きが十全に機能することにつながるのですから、質の良い睡眠をとることはとても大切だということが分かりますね。

★夜休ませて頂く時には、使わせて頂いている体にお礼を申し、落ち着いた心で十分な休養を取らせて頂きましょう。そして、健康な心と体でしっかりとお役に立つ働きをさせて頂けるよう、日参と聴教に励ませて頂き、日々み教えを心の栄養として頂いて、信心向上のおかげを頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 令和2年の「み教え」

2020年01月27日

●お願い一遍にお礼十遍

あるご家庭が、先日久方ぶりにお参りなさったのですが、以前は子供さん達もまだ学生でしたが、現在は成長なさって社会人になっておられました。「先生、お久しぶりです。それぞれ社会人になりました」と挨拶をして下さいましたので「社会人になられて、一人前に働かせて頂いて結構なことですね。それだけ立派に成長させて頂いたのは、親が一生懸命に育てて下さったからですよ。これからは何事にも一人前にならせて頂かねばなりませんから、毎月必ずこれまでの御恩返しのつもりで家に生活費を入れさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★私が社会人にならせて頂きました時に、これまでお育て頂いたお礼をさせて頂かねばならないと思っておりましたら、三代教会長先生から「これまでのお礼として、給与を頂いた中から月々きちんと神様・霊様にお礼のお届けをさせて頂きなさいよ」とみ教えを頂きました。初めてお給料を頂いた時に、三代教会長先生・奥様に御礼のご報告をさせて頂きましたら「有難い健康な体にお育てを頂いて、ここまで無事におかげを頂いて結構やったなあ」と喜んで下さいました。先生が私に仰って頂いたことを通して「私は本当にお礼の心が足らない人間だな」と分からせて頂いたことでした。

★働かせて頂いていると言いましても、教えて頂くことばかりで、一人前の働きは到底出来ておりません。先行投資をして下さってのお給料でありますから「申し訳ないことだ・・・」と自覚はしていたのですが、自分の算段ばかりしてお礼が足りなかったのです。それからは、考えを改めさせて頂き、不行届きながらも、親に対しても神様に霊様に対しても御礼をさせて頂くことを心がけています。

★お世話になることの方が多く、お礼の出来ていないことの方は明白なのですが、ご信心が至らない時には、してもらうことが当たり前になってしまっていて、大切なことが分からないものです。『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。』とみ教え頂いております。大きな問題が起きてきた時は、必死になってお願い出来ますのに、今日まで立ち行かせて頂いてきたお礼は、どれほど申せておりますでしょうか。そういう自分自身のあり方を戒めて『お願い一遍にお礼十遍』を心掛けてさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 令和2年の「み教え」

2020年01月26日

●良いお手本に学ぶ

 先日、夕方の報道番組で藤本氏の藤本硝子加工所が紹介されていました。現在90歳になっておられますが、20歳の頃から70年以上も切り子加工のお仕事を続けておられることや、サンドブラスト加工等の作業の様子などが紹介されていました。そのお姿を拝見させて頂き、90歳というご年齢を感じさせないほど、元気ハツラツと硝子加工のお仕事をなさっておられることに、改めて感銘を受けました。

★藤本さんは、いつも笑顔を絶やすことなく、誰に対しても実意丁寧に応対されます。また、どんなに忙しい時でも、毎朝天満から朝参りをなさって日参・聴教を欠かすことなく、心と身体を清め鍛えておられるのです。そのお仕事は、難しい手のかかることばかりが集まってきますが、喜んで有難く実意丁寧になさっておられますことは、真に尊いお姿です。

★娘さんから聞かせて頂くことですが、「お父さんの口から一言もしんどいとか、辛いなどの愚痴不足を聞いたことがありません。そして、家の中でもいつも小走りで走って、毎日忙しく家の御用や仕事をしています。」と仰っておられます。8年前に奥様を亡くされましたが、家事一切をご自身でなさりながら、毎日楽しく、そして有難く「家業の行」に打ち込んでおられるのです。それはお若い頃から、信心を基にしてずっと積み重ねて稽古してこられたことが実を結んでおられるのです。お宅祭に行かせて頂きましても、家の中はきちんと整理整頓され、お供え物も手を抜かれることなく、行き届くように全てご自身の手で準備なさっておられます。誰かにしてもらいたい等とは一切思っておられず、自分でさせて頂きたいと願っておられるからこそ、させて頂くことが出来られるのですね。

★論語に「3人行えば必ず我が師有り。その善なる者を選びて之れに従い その不善なる者は之れを改む」とあります。これは、「自分を含めて3人で行動すると、他の2人の言動には、必ず自分にとって学ぶべき師となるものがある。2人の言動の良い点はそれを見習い、良くない点は、それを自分の反省材料とすることが出来る。」ということを教えて下さっています。

★職場やあらゆる場で共に働く中で、良いお手本とすべき所が必ずあるはずです。藤本氏のような実意丁寧なご姿勢を私共も習わせて頂き、良いところを自分自身に頂いて、日々の生活に活かして参りたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:03 | 令和2年の「み教え」

2020年01月25日

●御祈念をして頂いているという有り難さ      

私が金光教学院に於いて修行中に、学院長として御用なさっておられました内田守昌師は、大変立派な先生であられました。重厚なお人柄であられましたから、私はいつも尊敬いたしておりました。その先生がネフローゼ症候群を患われ、入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」とばかり言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか。」「私の家族はどうなるのか。」と心配に捉われて、不安でたまらない日々を過ごしておられたのでした。

★そんなある日、松山先生の奥様であられます、松山いち先生が病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中に、すべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んで、あれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思うことが出来られたのでした。涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に、担当の医師が「内田さん、薬が効いた!」と告げて下さり、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★自分で欲を放し、神様に一心になって難儀を乗り越えよう思いましても、なかなか出来ない私達であります。そこで毎日、お届けをさせて頂き、「金光様のお取次ぎを頂いて、御祈念をして頂いている」と、常に心の中で思わせて頂いておりますと、「有り難い」という思いが強くなり、気が付けば難儀を乗り越えさせて頂いている、ということになって参ります。毎日お届けをして、御神米をお供して生活させて頂くということは、実に有り難いことですね。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 令和2年の「み教え」

2020年01月24日

●善人の過ち

『人の悪いことを、よう言う者がある。そこにもしおったら、なるたけ逃げよ。陰で人を助けよ』

★職場など、人が集まると、つい誰かの評価を話題にし、更には悪口に発展してしまうことも少なくありません。他人の評価を低くすることで、自分は正しい評価が出来る人間であるかのように振舞って、仲間内で納得しているという弱い心の現れと言えるでしょう。

★私が、金光教学院でご修行させて頂いた時の学院長であられた内田守正師は、そのような考え方を、「つるべ式人生観」と呼んでおられました。つるべというのは、片方の桶を上げれば、上げた分だけもう片方の桶が下がりますね。それと同じように、他人の評価を下げる事で自分の評価が上がるように考え違いをすることや、反対に、他人の評価が上がると、自分の評価が下がるように思うことを、このように表して戒めて下さいました。これは自らを善人だと思っている人達でも陥りやすい過ちであり、すなわち「善人の過ち」と言えると仰っておられます。他人を批判すれば、言われた人の評価はともかく、言った自分の値打ちは確実に落ち、人からも神様からも信用を失うことになってしまうことが分かっていないのです。

★難題に直面したり、あるいは、病を発症したり、自分の身に起きてくる問題は、改まるべきことのお気付けだと素直に頂くことが出来れば、そこから有り難いおかげを頂く道が開かれていきます。反対に、「私は間違っていないのに。良い心を持っているつもりなのに」と思ってしまい、神様を忘れて、自分を省みることをせず、周囲の人や取り巻く環境を恨むことに心が向いてしまうと、助かる道は開かれていきません。いざという時に、心を神様に向け、自分の改まりに迷いのないように、常日頃から、お取次を頂き、み教えをしっかりと頂かせていただきましょう。

★「我良しと思う心は 道の仇 我が身の仇と戒めてゆけ」
 「我良しと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」
 安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:01 | 令和2年の「み教え」

2020年01月23日

●出来事の御神意を悟る         

私の娘が1才になる前に、60pほど落差のある玄関の廊下から土間に落ち、左腕を骨折しました。事情を聞きますと、家内が夕飯の支度をしている際、土間に下りた家内の後をついて行って、落ちてしまったということでした。

★家内の監督不行届きを責める心を抑えつつ、火のついたように泣く娘を連れて、家族三人で自宅のご神殿で御祈念させて頂きました。「大難を小難におまつり替え頂きまして有難うございます。」と御礼を申した後、お詫びを申し上げる際に、「只今は妻の監督不行届きで…」と心で申し上げた途端に、「お前はどうか…?」と、神様が心に話しかけられました。「その時間には、私は記念館で子供会の御用をさせて頂いておりましたので…」と申し上げると、再び間髪をいれずに「お前はどうか…?」と心に話しかけられたのでした。

★そこで初めて気が付かせて頂いたのは、娘が這い始めた頃から、土間に面した廊下に柵を設けなければならないと思いつつも、「倉庫の一番奥から大きな柵を出すのはなかなか大変だなあ」と思いながら先延ばしにしてきたことでした。そのことに気が付かせて頂いた時に、心の底から「私が一番不行き届きでありました。申し訳ございません」とお詫びを申すことが出来、「どうぞ娘の怪我が大事に至らず治らせて頂けますように」と、心静かにお願いさせて頂くことが出来たのでした。

★病院でレントゲンを撮って頂きますと、娘の左腕は単純骨折でしたので、ギブスを装着して頂き、以前と変わらないようにきれいに治るとの診断でした。早速、三代教会長先生に御報告させて頂きますと、「それは良かったなあ。私はあの子が鉛筆を持つのも左、スプーンを持つのも左であることを前々から気になっていました。私は左利きだったために、文字を書くのに右利きに直すのに大変苦労したので、どうぞ右利きになりますようにとお願いしてたのですよ」と仰せられたのでした。親である私は娘が左利きであることに気付いてはおりましたが、練習すればいずれ右利きになるだろうと思って、何のお願いも出来ておりませんでした。しかし、三代教会長先生は、前々から心にかけてお願いをして下さっておられたので、出来事を通して神様が教えて下さっている内容が、すぐにお分かりになられたのだなあと気付かせて頂き、反省させて頂いたことでした。

★常平生から神様に心が向かわせて頂いていますから、出来事の意味が分からせて頂けるのです。神様に心を向ける稽古が行き届いて出来ておりませんでしたら、出来事の意味が分からず、人や目の前の問題だけに心が向かってしまいます。信心の稽古に励み、自分の信心を進ませて頂き、神様の願って下さるところが分からせて頂けるように、日参と聴教に努めさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 令和2年の「み教え」

2020年01月22日

●神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる

 三代金光様は『信心のある者とない者との違いは、親のある子とない子の違いがあります。』と仰せになっておられます。子のない人はいましても、親のない人はおりません。親のない子とは、親の御恩の分からない子。親のある子とは、親の御恩が分かっている子のことです。信心のある者とない者との違いとは、すなわち御恩の分かる生き方をしている者と、御恩の分からない生き方をしてしまっている者との違いということですね。お道のご信心は、「御恩を知って御恩を報いる生き方」にならせて頂くことを教えて頂いております。命の親様は天地金乃神様、教えの親様は生神金光大神様です。有難いことに、お取次ぎ下さり天地の道理を説いて下さった4生神金光大神様のお徳によって、私共は天地金乃神様の有難い御神徳を蒙らせて頂けるのですから、その有難さをよく分からせて頂くことが大切です。

★自分自身に有難いおかげを体験させて頂きますと、おかげを頂いているという有難さがよく分からせて頂けます。しかし、ただ「おかげを頂きまして有難うございました」で終わってしまっては、また元の生活に戻ってしまい、信心はそこで止まってしまいます。神様にお喜び頂けるような生き方に改まらせて頂くことを願わせて頂き、生涯にわたってみ教えを頂き続けませんと信心が進んでいきません。天地の御神徳に満ちた中で、私達は有難い生活をさせて頂いており、様々なところでお世話になっておりますのに、その御恩を分からずに、人間至上の考えで勝手ばかりしていては、御無礼が積み重なってゆくばかりです。それでは助かりようがありません。日参と聴教に励み、ご信心を進めさせて頂きましょう。

★『神の機感にかのうた氏子が少ない。身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。(中略)神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 令和2年の「み教え」

2020年01月21日

●剛い人とは…

ある時、孔子が「剛(つよ)い人間がいないなぁ」と嘆いていました。すると、それを聞いた門人達は皆、(しんとう)という者を思い浮かべました。(しんとう)は大の負けず嫌いで、議論になると先輩であっても遠慮せずに相手を圧倒し、思う存分のことを言ってのける門人でした。(しんとう)のことを言うと孔子は、「(しんとう)は剛くはない。欲が深い。」と仰いました。門人は「(しんとう)は、お金に対して冷淡であり、金銭欲もないし、欲があるとは思えません。」と答えますと、孔子は続けて、「私は(しんとう)は誰よりも欲が強いと思う。金銭がほしいばかりが欲ではない。欲は様々な形で表れる。(しんとう)は負けず嫌いで我執が強いというのもその一つである。欲というのは、人に克とうとする私心をいう。私情にかられて人と争うのはまさに欲である。欲がきつくては剛いとは言えない。剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことである。素直に天地の道理に従って、どんな難儀な目にあっても、安らかな心を持ち続けることである。」と門人達に説いて聞かせました。

★本当に剛い人間というのは、どんなことが起きてきても和らぎ喜ぶ心を持ち続けて、難儀や辛苦に打ち克つことであると教えて下さっているのです。そのためには、現在与えて頂いている家庭や職場で、自分の心の中に深山幽谷を作り、人や物や出来事に対して不足に思わず、不自由を行とさせて頂くことが大切です。また、分相応な生活を維持するにも、自律自戒をして我欲に負けないことが必要です。そうして、与えて頂いた環境を喜ばせて頂き、自己顕示欲を出さないで生活させて頂くことが心行となり、自分に打ち克ってゆき、我情我欲を取り去ってゆくことができるのです。

★日々の生活で耐えて打ち克つべきこと
1)冷たさ(社会の冷たさ、人情の冷たさ、冷遇)
2)苦しさ(苦労、辛さ、痛さ)
3)煩わしさ(忙しい時に更に煩わしいことが起こってきたりする折にも、心穏やかに平常心で。)
4)暇な時間(今何をしなければならないか考え、普段出来ない整理整頓や掃除など、自ら時間を有意義に使わせて頂く。)
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 令和2年の「み教え」

2020年01月20日

●我が身に徳を頂く修行として

 教徒会総会でおかげ話をなさった、杉村氏の奥様のお母様・越宮ツル氏は、36歳の時に45歳のご主人に先立たれ、1番上のお子さんは高校3年生、1番下は1歳半の7人のお子さんがおられました。亡くなられたご主人は、三重県で山林の管理のお仕事をしておられ、お母様は、会社からお仕事の引継ぎを頼まれたものの、全く勝手が分からず、先行きの不安で途方に暮れておられたところを、妹さんの沖ソトさんから阿倍野教会にお導き頂かれたのでした。

★お母様は、二代教会長・伊藤コウ師に手紙に事情を全て書いてお届けなさり、お返事を頂いておられます。そこには、「何事も、迷いが一番邪魔をします。どこで、いかなることをしましても、必ず困難は付きものです。都会には都会の苦しみがあり、田舎には田舎の苦しみがあります。自分の身に徳を頂けないうちは、どこに行っても苦難が付いて回ります。『徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない』と、金光様は教え下さっておられます。今の所で、今の仕事で、一心に神様におすがりして、真心から働かせて頂くうちに、辛いことが皆、我が身を磨く修行となり、辛抱しているうちに徳が受けられます。」このような有り難いご内容が書かれてあったということです。

★これは、誰でも我が身に頂くことの出来る有り難いみ教えです。今、置いて頂いている環境を有り難く受け切らせて頂き、おかげを頂く心になって、一心に神様におすがりさせて頂けば、苦難も有り難いご修行となって、お徳が身に付き、先々が必ず開けていくのです。

★また、お導きは一番の人助けとなることも、このお話から分からせて頂けますね。ご信心を伝えさせて頂くということは、誰もが神様から頂いているところの内に秘めた強い力に気付かせて頂き、どんな難儀も乗り越え、人生が開ける道を伝えさせて頂くのですから、これ以上有り難いことはありません。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 令和2年の「み教え」

2020年01月19日

●神様の深い思し召し                     

昨日は教徒会総会が開催され、杉村氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★杉村氏は、結婚なさってから元気な長女を授かられ、続いて二人目の娘さんを授かられました。その二女さんが生後十ヶ月の時に風邪のような症状で受診したところ、そのまま入院となったのでした。そして、心臓が肥大しているとの診断を受けられ、治療を施して頂きましたが、入院10日目にお国替えなさったのでした。ご夫婦とも大きな悲しみに包まれて、「なぜこのようなことが起こるのだろう・・・」という思いが拭いきれずにおられました。

★その時お導きの親様が、「これからの生き方が大切ですよ。亡くなられたことは悲しくて大変なことですが、神様のなさることには深い深いご意味があります。このままでは苦しみだけが残って、先々不安な生活を送らなければならないことになりますから、これ以上苦しみのないように、神様にしっかりおすがりさせて頂いてご信心させて頂きましょう。そして、生き死にを通してこのお道におすがりさせて頂きましょう」とお話しなさったのでした。

★杉村氏は、これを機会に帰教式をお仕え頂くことを決心なさいました。霊様を金光教式でお祀りをして頂かれることとなり、霊様のご安心をお祈りし、家の守りの神様となって頂けるようお願いなさったのでした。帰教式の折りに三代教会長先生から「亡くなられた子供さんは、家族の身代りになられ、霊神となってこの家を守られ、子孫を守らせて頂かれるのです。霊様は永遠に働いて下さいます。一本の木に例えれば根になられたのです。後に残った家族がしっかり信心させて頂きますと結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。

★まもなく奥様は懐妊のおかげを頂かれました。8月の出産予定日であられましたが、一ヶ月ほども延びて、なんと亡くなられた次女さんと全く同じ誕生日の9月24日に、どこにも心配のない丈夫な体の女の子(三女さん)を授かられたのです。ご家族は皆、神様の深い思し召しを分からせて頂かれ、御礼を申されたのでした。

★毎日頂いている命も、起きてくる出来事も、全て神様の深い思し召しを頂いております。どんな時にも、神様のお心を分からせて頂き、おかげを受け漏らすことのないように、喜びを見つける稽古をさせて頂きたいと思います。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 令和2年の「み教え」

2020年01月18日

●現在与えて頂いている環境を心から喜ぶ

 25年前の平成7年1月17日に阪神淡路大震災が起こりました。6434名という多くの方々の尊い命が失われた大災害でした。震災が起こった時、私は御祈念座に座らせて頂いて、朝の御祈念の先唱前に心中ご祈念をしていたところでした。下からドンッと突き上げられるような衝撃があり、目の前の大八足が揺れていますのに、自分の体を支えることが精一杯で、揺れを抑えに行くことが出来ない状態でした。ある程度落ち着いてから御祈念を始めさせて頂き、奥から三代教会長先生がお出まし下さりお話をして下さったのですが、当時のことは今でも鮮明に覚えております。その後に阪神高速の神戸線が倒壊してしまった光景や、あちらこちらで火災が発生しているというニュースを見させて頂き、大きな衝撃を受けました。被災なさった多くの方々が、避難所での不便な生活を余儀なくされ、ご苦労が多々あられたことです。

★地震や津波や台風などの災害が起こってきますが、それは天地の営みであって、そういう中に私達は生活させて頂いているのです。教祖様は『天地のことをあれやこれやと言う人がありますが、人では天地のことはわかりませぬ。天地のことが人でわかれば、潮の満ち干がとまりましょう。』『信心ということは天地の恩を忘れぬことぞ』とみ教え下さっておられます。

★震災直後、私共も、何かさせて頂けることはないかと考え、まことにささやかな内容でしたが、ご信者の有志の御用奉仕の方々と共に、私共の教会の名前は伏せて、一般のボランティアにご信者の方々と共に参加させて頂いたりしました。一緒に御用奉仕に当たって下さったご信者の方々は、皆が「何とかお役に立たせて頂きたい!何とか助かって頂きたい!」という一心で、一生懸命心配りをして頂いたことでした。

★神様のお心もそういうことだと思うのです。『氏子が助かりさえすればそれでよい』と仰って下さる天地の親神様です。そのご慈愛に満ちて、有難い御神徳に満ちた世界に私達は居住させて頂いているのです。現在与えて頂いている環境を、本当に有難いことだと分からせて頂いて、お礼を申して生活をさせて頂くところにおかげを頂いていけるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:01 | 令和2年の「み教え」

2020年01月17日

●今日一日、自分に打ち克つ心持で!

18日と19日の二日間に亘って、中学入試や大学入試センター試験が実施されます。受験生の皆さんは、目標に向かって日々努力し、体調の上にも気を配りながら、日々勉強に打ち込んで試験に臨まれることと思います。また、ご家族や学校の先生方にどれほど多くの協力をして頂かれたことでしょうか。「今この瞬間、実力を発揮しなければならない!」という時ほど、今日までのお礼を申させて頂くことが大切なのです。「ああしておけばよかった。こうしておけばよかった。」ということもあると思いますが、与えて頂いているのは今日一日です。その今日一日を本当に充実して、精一杯時間も有効に使わせて頂いて、一生懸命集中しておかげを頂いて参りましょう。健康の上にも全ての環境の上にもご都合お繰り合わせを頂かれ、十二分に実力を発揮されまして、大みかげを蒙られますようにお祈り致しております。


★受験の前に心掛けさせて頂きたいこと 
1)平素、人と競争せず・・・人に勝とうと思うのではなく、自分に打ち克つという意味です。


2)飲食を節する・・・様々な嗜好品など、食べ過ぎることなく、飲みすぎることなく節度を保つ事が大切です。

3)苦難の時に恨みごとを言わない・・・難儀なことが起きてきた時に、人を責めたり恨んだりせず、責任転嫁することなく自身の改まりを心掛ける。


4)感情をむき出しにしない・・・喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。


5)よく尊敬する・・・神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂けます。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:36 | 令和2年の「み教え」

2020年01月16日

●与えられた命を生かす

 先日も小学生の方に、勉強をさせて頂く前と後に、次のようにご祈念させて頂くよう伝えさせて頂いたことです。
一、神様、霊様、家族のおかげで勉強させて頂けます。ありがとうございます。
一、今日までお命を頂き、お育て頂いた「お礼の勉強」ができますように。
一、時間を大切にし、集中してできますように。
一、読み違い、書き違い、考え違いのありませんように。
一、神様よりあたえて頂いている能力を、十二分に発揮できますように。
一、親孝行、ご恩返し、お礼の働きができますように。
一、世のお役に立つ人間にならせて頂けますように、お願い申し上げます

★人間は、皆夫々に生まれながらにして有り難い徳も力も頂いております。そして、一人一人に神様から願いをかけて頂いているのです。小さい頃から、命を頂き、生かして頂いていることの意味や尊さを教えて頂いておりますことは、真に有難いことです。正しい願いの元に、勉強にも御用にも、意欲をもって取り組ませて頂くことが出来、一層ご神徳を頂いて、有難いお役に立つ働きにお使い頂くことが出来るようになるのです。そのように、体も心もしっかり神様にお使い頂くことが、本当の意味で自分を大切にし、人も大切にさせて頂くということにつながり、全体の助かりへと広がってゆくのです。

★『親神様は引っ張って下さり、金光様は押し上げて下さる。だからというて、横着を構えておったのではおかげは頂けん。親神様が引っ張って下さるのだからと、それに縋りつき、金光様が押し上げて下さるのだからと、それを踏まえて登り上がるという心にならなければおかげは受けられん』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 令和2年の「み教え」

2020年01月15日

●今日の信心辛抱は明日を良くしていく           

信心をさせて頂いておりますと、病気を患って、生死の境を通らせて頂くような経験をさせて頂いた時でも、毎日生かして頂いているという生命の有り難さが本当に分からせて頂けるようになって参ります。また、お金の上のご修行をさせて頂いても、一円・二円の大切さが分からせて頂けるようになっていきます。信心辛抱というのは、誰もが逃げ出すようなところを逃げずに、生神金光大神様・天地金乃神様とおすがりしながら、祈りに祈ってさせて頂くものです。そのようにして徳も力も大きくしていただくのです。

★先日、ある社会人になりたてのご信者が、「最近、辛くて辛くて、どうにも仕方がありません。」とお届けされました。毎日、命が続くかどうかというような人のお世話をさせて頂く、という厳しいお仕事をなさっており、一生懸命努力させて頂いて、打ち込んでお世話をさせて頂いても、その方が良くなっていかれるということばかりではありません。精一杯取り組んでも、「自分に出来るところはここまでだ…」と、突きつけられる現実は辛いものです。しかし、神様にお願いしてさせて頂くという心にならせて頂けば、「神様からお役目を頂いております。このお仕事を通して精一杯努力させて頂きます。あとは神様に全てお任せ致しますから、何卒よろしくお願い致します。」という心で、今日一日今日一日を神様におすがりしながら、させて頂けるようになっていきます。

★私たちは、全てにおいて神様にお守り頂かなければなりません。神様にお縋りして、ご都合お繰り合わせを頂きながら、難しいことに取り組ませて頂く、という実地の学問に励ませて頂くのです。それはどんなマニュアルにも載っていません。「これが正しい選択です」とは、誰も教えてくれません。歯を食いしばりながら、自分が経験していくしかないものです。今日の信心辛抱は明日を良くしていきます。今日から信心辛抱をさせて頂く心になれば、縁に繋がる方々が助かっていく、というような有り難い道が開けていきます。それを信じて疑わずに、神様にお縋りしておかげを蒙って参りましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和2年の「み教え」

2020年01月14日

●目の前の人のことを真剣に大切に思って願う

 12日の御本部年賀参拝で、金光英子師に御挨拶を申し上げ、昨年の御礼と本年のお願いを申させて頂きました時に、大変有難いみ教えを頂きました。

★英子師のお父様の金光真整師がお亡くなりになられた後のことです。英子師は、兄弟皆が集まっておられる場で「私はお父さんに一番愛して頂いていたと思います」と仰られたそうです。するとお兄様であられます金光和道師は、「あなたはそのように思っていましたか。私もお父さんから自分が一番愛して頂いていたと思います」と仰られ、他の御兄弟も「私も一番愛して頂いていたと思います」と口々に仰られたということです。英子師が学生時代に出会われた方々は、「私は親に大事にしてもらっていない…」「私は兄や姉に比べて大切にしてもらっていない…」と言う人が多かったそうです。御兄弟から、そのように聞かれた英子師は、「兄弟皆が夫々に、一番愛してもらっていたと思える育て方をして下さっていたのだなあ。そのような愛情深い親を頂いていたんだなあ」と振り返られて、有難く思われたということです。

★さらに英子師がお話し下さいましたのは、四代金光様の『実意を込めてすべてを大切に』というみ教えでした。四代金光様は、どの人に対しても、目の前の人のことを一番に考えながら、真剣にお願いして下さって、お話をして下さったのだということです。たくさんの方々がおられましても、一人一人のことをお思いになられて御祈念を下さっておられたお姿を思い出されて、有難くお話をして下さいました。

★私はそのお話を聞かせて頂きながら、私自身、子供に対して本当に心を込めて実意丁寧に教え諭して、育てさせて頂くことが出来ていたのだろうかと思いますと、そういうことにはなっていなかったなあ、と感じさせて頂きます。振り返らせて頂きますと、出来ていないところや至らないところが多く、長男として、夫として、父親として満足してもらえる姿にはなっていないなあと、自分自身が反省させて頂いている毎日です。生涯かけて「どうぞ父親として、夫として、長男として本物にならせて頂けます様に」と願い続けていかねばならないと、改めて感じさせて頂いております。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:10 | 令和2年の「み教え」

2020年01月13日

●おかげの元を忘れない

昭和27年1月11日の月例祭の日のことです。あるご信者がご主人に「今日は阿倍野教会の月例祭ですので、月例祭にお参りして頂けますか?」とお願いなされました。するとご主人は「今日は戎さんに残り福をもらいに行く。金光様の月例祭は毎月あるが、戎さんは1年に1回だから、今日は戎さんに行く。」と言われ、一番良い着物を身につけて今宮戎神社まで行かれたのでした。

★そして帰る途中、いつもとは違う遠くの銭湯へ寄られました。脱衣所で着物を脱いで、貴重品を番台で預けることなく、着物と一緒に全て脱衣所へ置いたままお風呂へ入られました。お風呂から出ると、なんと貴重品だけでなく着物から下着まで全て盗まれていたのでした。それからご主人は、月例祭はどんなことがあっても欠かすことなく参拝し、商売の品物のお初穂は必ず月例祭にお供えされることを心に決められ、より一層実意丁寧にご信心に励まれたのでした。さらに、結構なご信心のお徳の積み重ねにより、現在も息子さんやお孫さんが家業と信心相続のおかげを頂かれ、繁盛させて頂いておられます。

★結構な有難いおかげを頂いている元を忘れてはいけません。命の大元は天地金乃神様です。そしてお取次の神様として生神金光大神様があられます。また代を重ねて受け継いで下さった二代金光様三代金光様四代金光様がおられます。私達はそうした大切な親を頂いているのですから、その親の御恩を忘れないようにさせて頂くのです。

★それぞれの家も同じことです。有難いおかげを頂いてきたその中身を、忘れないようにさせて頂かなければなりません。自分自身が頂いてきたおかげを忘れてしまうということは、自分を忘れたと同然です。自分が産んで頂いて、今日まで育てて頂いた御恩を忘れないようにさせて頂くのが、このお道の根本です。どこまでも実意丁寧に、ご信心を求め求めさせて頂くことが大切なのです。

★『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 令和2年の「み教え」

2020年01月11日

●真心を込めてお縋りさせて頂く

毎月の御本部参拝の前には、教会の奥城と親教会に参拝させて頂き、日々の御礼・お詫びと、御本部参拝道中の天候気象をはじめ、無事故無災害、ご信者各家庭の留守宅の無事安全のお願いをさせて頂いております。

★三矢田守秋師が御健在の頃のことです。いつものように、奥城で歴代教会長先生や伊藤家の霊様に、ご祈念の後に、親教会に参拝し、御神前・御霊前で同様に御祈念をさせて頂き、お結界にお届けに行かせて頂きました。

★その際に、たまたまお結界でお届けの時にだけ、留守中のお願いをさせて頂くことが抜けてしまったのです。すると守秋師は、御神米をお下げ下さる時に、「伊藤先生、今日はご信者各家庭の留守宅の無事安全のお願いが抜けておられましたなあ。何事も抜けることなくお願いさせて頂かねばなりませんよ。」とみ教えを下さいました。そして続いて、あるお教会に御本部参拝の留守中に、不審者が入り込んだものの、神様が人を使わしめにして下さって、無事におかげを頂かれた例話を聞かせて下さいました。私の心のゆるみを守秋師のお口を通して、神様がみ教え下さったのです。自身の至らなさを改めて反省させて頂いたことでした。

★お結界にお座り下さる先生が、生神金光大神様のお手代わりとしてお取次ぎ下さりご祈念下さることは、大変有り難いことであります。御礼の足らない所、お詫びの足らない所、お願いの足らない所も足して下さってお取次ぎ下さいます。しかし、氏子の真心が小さく小さくゼロに近かったら、金光大神様からお取次ぎのお徳を足して頂くことが叶いません。自分のことをお願いするのでも、家族・親族、友人・知人のことをお願いするのでも、真心を込めて御祈念し、お縋りさせて頂くことが大切です。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 令和2年の「み教え」

2020年01月10日

●伸び切った生活を縮める覚悟

 昭和25年、自動車の関係の仕事を営んでおられたあるお方は、商売がうまくいかずに多額の借金を抱えてしまい、毎日金策に追われて仕事もまともに出来ず、次第に体も痛めてしまわれたのでした。そんな時に、阿倍野教会のご信者のお友達から、「今こそ、ご信心させて頂いておかげを頂く時ですよ。一緒にお参りさせて頂きましょう」と、お導き頂かれ、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれたのでした。

★伊藤コウ師より、「あなたは今、尺取り虫で言えば、ぎゅっと縮めさせて頂く時ですよ。あなたの商売、生活は、これまで伸び切ってしまっていますから、ここからしっかり改まらせて頂いて、ぎゅっと縮めさせて頂きましょう。教会の初めも、『食べられないのなら食べません。着られないのなら着ません。寝られないのなら寝ません。覚悟を決めてご修行させて頂きますから、おかげを頂かせて下さい』と、神様にお願いさせて頂き、おかげを頂いてまいりました。あなたもそのようにおかげを頂きなさいや」と、み教え頂かれたのでした。み教えを頂いて、改まる覚悟が出来られた後のことです。銀行の手形が落ちなくなり、いよいよ経済的に引き締めることを余儀なくされた時には、「これからは現金商売をしなさい。これこそ神様のおかげですよ。しっかり引き締めさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれたのでした。

★商売のありかたも、日々の生活のありかたも見直させて頂き、部品一つにしても、それまでは一度に1ダースは買っていたところを、必要な個数だけ買うようになさったり、出かける時には水筒に水を入れて持ち歩いたり、服も最低限の物だけを揃えて、夏は洗濯して乾いたら、すぐにまたそれを着るような、極めて質素倹約の生活に改まられたのでした。有り難いことには、次第にその生活が楽しくならせて頂かれ、物を大切にするだけではなく、仕事も時間もお金も大切に出来るような、有り難い生活に改まっていかれたのです。

★すると、それまで借りていた土地を買い取らせて頂けることになり、その後その土地の価値が上がっていって、高値で売ることが出来、借金を全額返済させて頂く大みかげを頂かれたのでした。入信より15年後には生活に余裕を持たせて頂けるようになりましたが、質素倹約の生活を続けさせて頂かれ、家族も皆健康に、商売も繁昌のおかげを頂かれたのでした。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 令和2年の「み教え」

2020年01月09日

●神様から与えて頂いている使命

昨日はみかげ会例会が開催され、田中氏より有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★田中氏のお父さんは、軍用機のネジを製造する工場を経営なさっておられましたが、昭和25年から28年の朝鮮動乱後の反動不況で、会社は倒産してしまいました。そのような中、田中氏のお母さんは窮乏生活から助かりたい一心で、昭和32年にご神縁を頂かれ、入信一年後には一家勢信心のおかげを頂かれました。

★二代教会長伊藤コウ師より「前の溝をさらえ丁寧信心をせよ。以前からのめぐりが積もり積もっている状態では、将来がよくなってゆかない」とのみ教えを頂かれ、5年以上も前に債権放棄されていた借金の返済を、一軒一軒お詫びしてさせて頂く大切さを教えて頂かれたのです。田中氏は、住み込みで商売を見習いに行くことを決意され、三代教会長先生より、1)人を敬うこと。2)慈愛の心を持つこと。3)ただ働きをさせて頂くこと。のみ教えを頂かれました。5年の修行を経て実家に戻られ、入信後8年掛かって借金全額返済のおかげを頂かれたのでした。

★入信以来第二回目の五ヵ年計画で、田中氏ご自身の結婚、妹さんの結婚、そしてご両親の居宅兼事務所を購入され、さらに田中氏はご長男誕生のおかげを頂かれて、現在はご長男が家業の責任者として家業相続のおかげを頂いておられます。

★27年前、アメリカ航空機メーカー「ボーイング社」からのネジに関する技術要請で特許技術の開発に成功され、南河内に研究棟と物流倉庫を頂かれ、堺市で政府から工場をお借りして、プラズマ熱処理装置を製造し設備されました。さらに12年前には「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業三百社」に選ばれ、経済産業大臣から感謝状を頂かれました。そして、宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」、大型低温重力波望遠鏡「カグラ」でこの技術が採用され、お役に立ってこられたのです。

★神様から与えて頂いている使命を悟らせて頂き、「神様が与えて下さっているお役目ならば、どうあっても果たさせて頂きたい」と願い続け、生涯をもって全うさせて頂く、という有り難い生き方をさせて頂けるよう、おかげを蒙らせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 令和2年の「み教え」

2020年01月08日

●本心の成長の為に

 三代教会長先生は、ご自身の戒めとしておられた心構えとして「天は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあって、無駄なことは何一つない。元気な心で試練に耐えよ。たとえそれが天災や病気や怪我であっても、あるいはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と受け取り、困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を以てせよ。」と残しておられます。

★誰もが、人生に於いて様々な経験をします。色々なことを経験していく中に「何故、私ばかりがこんなしんどい思いをしなければいけないのだ・・・」という気持ちになってしまっては、人生の舵取りが間違っていきます。「神様が、このことを通して、私の本心をしっかり磨きをかけて下さり、鍛えて下さるのだ。結構なことだ。有難うございます」とお礼を申していくのです。

★しかし、最初から瞬時にお礼を申せるかというと、そうではありませんね。二代教会長伊藤コウ師でも、最初からそれが出来ておられたわけではありません。お母様であられるハル氏から、厳しく育てられたコウ師は「うちのお母さんは継母だろうか。私のことは可愛くないのか・・・」と思われたことがあったそうです。しかし、段々と思い分けが出来られるようになられ「あれもおかげであった、これもおかげであった」と分からせて頂けるようになられたのでした。私達も、そういうところへ一段一段と向上させて頂くのです。み教えを頂くことによって、考え違いや改まらなければいけない点を掴んでくるのです。様々なことを通して、改まることが出来るのがおかげなのです。そうして本心の玉を磨いて下さるのです。

★『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、下地(生まれつき)の約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。これほど信心するのにと思えば、もう、それきり信心の筋はとまっているのである。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:03 | 令和2年の「み教え」

2020年01月07日

●実意丁寧・真心込めたご信心

昨日は、昭和45年に81歳でお国替えされました、伊藤スエ大刀自霊神(二代教会長伊藤コウ師のお姉様)の御命日で、お広前で50年祭を仕えさせて頂きました。

★スエ氏は阿倍野教会創設の頃には、上のお姉様のカツ氏と一緒に、一信者として教会のために熱心に信心されました。そして、陰の御用に励まれ、ご自身のことは徹底して質素倹約されて、旧広前の150坪の御土地をお供えされたのでした。

★このお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは「切り売りはしない」という方針のかたでありました。しかし、スエ氏の真心に対してコウ師は何としてでも成就させて頂けるように、日々、夜中にそのお土地の前で座られ神様におお祓詞を唱えてお願いされたのでした。その熱い願いが神様に届き、地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と仰り、遂に売ることを決心して頂けることになったのでした。後に、コウ師はその続きのお土地もすべて購入のおかげを頂かれたのです。

★コウ師はスエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われ、スエ氏のお家を建てられ住んで頂くことになられたのです。姉妹は信心を基にして、互いに真心で尽くし合いをなさったのです。家族みなが心を揃えて、それぞれの立場で一生懸命に御用され力を合わされたからこそ、阿倍野教会の礎が築かれたのでした。実意をもって、どこまでも神様に心を向け、一心に貫かせて頂くその願いは神様に必ず通じてゆくのです。真心が集まってご建築が完成されました旧広前は、92年を経た現在も大切に使わせて頂いております。そのようなご信心を私達もしっかり見習わせて頂きたいと思います。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 令和2年の「み教え」

2020年01月06日

●ご神徳を頂くことを楽しみに

 昨日から、寒修行信行期間が始まりました。「試験に合格したい」「病気を治して頂きたい」等の願い成就を目標に信心させて頂くのは、信心の糸口です。そうしたお願いが成就させて頂き、お礼参りをしたら、また信心が止まってしまう、というのでは、せっかくご縁を頂いた「末々の安心の道」、「子孫繁昌家繁昌の道」を閉ざしてしまうことになってしまいます。

★息子さんの家庭内暴力に悩まれていたある方が、お導き頂かれて参拝なさり、二代教会長・伊藤コウ師より「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれました。しかし、なかなかみ教え通りに拝むことが出来ませんでしたので、「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」と毎日お届けをして、お願いするようになっていかれました。

★息子さんの態度に、すぐに変化が見られた訳ではなかったそうですが、根気強く教会に参拝され、お届けをしてお願いし、み教えを頂きつつ「どうぞ息子を心から拝める私にならせて下さい。」と、お願いし続けられたのです。すると、その息子さんが、大学へ行き、いつの間にか暴力がおさまっていたのでした。そして就職され、結婚もされて、お孫さんを連れて教会へお参りして下さるようになっていかれたのです。それでも、そのお父さんのご信者は「このように次々とおかげを頂いていても、私はまだ心の底から息子を拝めてはいません。どうぞ心の底から拝める私にならせて下さい。」と、御国替えなさるまで一筋にお願いし続けられたのです。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。尽きるということがない』とみ教え頂いております。有り難いご神徳を頂くことを楽しみに、どこまでも素直に、謙虚に自分を見つめ直させて頂き、み教えを守らせて頂く稽古をさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 令和2年の「み教え」

2020年01月05日

●日に日に生きるが信心なり

初代教会長・伊藤徳次師の10日祭の当日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職の連判状を持ってこられました。二代教会長・伊藤コウ師は、このことを神様の有り難いみ教えと頂かれ、「何とご慈愛の深い神様かなあ。もし役員・建築委員の方々が『後の事は、私達がみな引き受けて、何もかもさせて頂きますから御安心ください。』と言うて下さったとしたら、ついそのご厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様におすがりして建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。」と思われました。

そして、連判状を御神殿にお供えされ、「神様、私を可愛がって下さいまして有り難うございます。この度は、『人に頼るな。神様におすがりせよ』とみ教え頂きました。有り難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように」とお礼とお願いを申し上げられたのでした。そして翌年の11月11日には、旧広前の新築落成奉告祭を無事お仕えになられたのです。

★日々の起居一切が、信心に基づいた生き方になっていくようにおかげを頂いてまいりましょう。それは常に神様と二人連れであるということです。すなわち神様と共にある生活をさせて頂くのです。ご修行は山にこもったり、滝に打たれたりというような、特別な事をするわけではありません。日常生活をご修行とさせて頂けばよいのです。今の生活から逃げたり、離れたりする事ばかりを考えていては、生活が成り立ちません。仕事場や家庭に於いて、人間関係や様々な問題を通してご修行をさせて頂くのです。今置かれている環境の中でご修行をさせて頂くのが「家業の行」ということです。

★本日から2月3日まで、寒修行信行期間が始まりました。『おかげは足運びにあり』『喜び上手はおかげの頂き上手』とみ教え頂いております。朝に10時に昼に晩にとお参りをさせて頂き、喜び上手にならせて頂けるように、稽古をさせて頂くおかげを蒙らせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 令和2年の「み教え」

2020年01月04日

●気力体力を充実させる生活

 先日、あるお方がお届けに来られ、「近頃体調を崩しておりまして…」とお届けされました。そのお方は、仕事上勤務時間がシフト制で、不規則な生活を送っておられます。仕事のシフトに応じて深夜に帰宅し、食事をして休まれる日もあります。また、朝3時に起きて4時ごろ家を出発し、5時には職場に着いて勤務する日もあるなど、よほど気力も体力も必要で、体調を崩しやすい生活を送っておられます。そのことにより、食事が偏り、胃腸が疲れてしまっておられるのです。

★そこで「疲れているからといって甘いものだけで済まさずに、和食の煮炊きしたものを中心に取るように心掛け、体の調子を整えること、特に腸内環境を整えることを心掛けていきましょう。腸の中には様々な腸内細菌がおり、煮炊き物を中心とした食物繊維を取っておりますと、クロストリジウム菌が増え、免疫細胞の暴走が抑えられるようになってゆくのです。するとアレルギーの改善にも繋がりますし、体調も整ってゆくのです。ですから、健康の為には腸の環境をしっかりと整えてゆくことが大事です。体重が増えるからといってご飯を食べない等の偏ったことをせずに、何でもバランスよく頂いて、動かして頂くときには精一杯動かして頂ける様な、気力も体力も養うようにおかげを蒙らせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★つい、私達は安直な方へ流れてしまいやすいもので、自分自身をしっかりと律するということが、なかなか出来にくいものです。心身共に健康で、明るい家庭を保たせて頂けるためにも、陰徳を積むことを心掛けることが大切です。人に認めて頂くことばかり考えるのではなく、神様にご覧になって頂いて神様からお褒め頂ける様な、日々の生活になるように心掛けてゆくことが、心身共に健康を保たせて頂ける元となるのです。常にお礼と喜びに満ち満ちた心になっているか、陰徳を積む行いが出来ているか、自分の心、生活の有り様を見直させて頂きたいと思います。

(1)毎日の飲食は適切に摂れているか?・・・過食、偏食はないか?
(2)毎晩、安眠熟睡出来ているか?・・・毎日心穏やかに、神様・霊様にお礼を申しながら休ませて頂けているか?
(3)自分の心や体に悪影響を与える悪習慣はないか?
(4)日常生活の出来事に一喜一憂していないか?…感情が乱れやすくなっていないか?
(5)毎日喜びを見つける生活をしているか?

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:08 | 令和2年の「み教え」

2020年01月03日

●今から改めていく  

『五事を正す』(中江藤樹)
貌・・・和やかな顔つきをすること。
言・・・思いやりのある言葉で話すこと。
視・・・澄んだ目で物事を見つめること。
聴・・・耳を傾けて人の話を聴くこと。
思・・・真心を込めて相手のことを思うこと。

 思うということは、願うということです。真心をもって一心にお願いさせて頂くということを、お広前で日々稽古しておりましたら、いかなる時でもご祈念させて頂くことが出来るようになってきます。例えば、「どうぞ、この方が助かってゆかれますように」とご祈念しながら、相手の心になって人の話を聴くことが出来るのです。ですから、真剣に、どこまでも相手のことをお願いさせて頂けるように、ご祈念しながらお結界に座らせて頂き、稽古させて頂いております。

★しかしながら、家族の話を聴かせて頂く時には、つい甘えが出てしまい、ご祈念しながら話を聴かせて頂けていなかったと、後で思うことがあります。『家庭は檜舞台である』と、安武松太郎師がみ教え下さっておりますのに、「外では気を張っているから、家の中ではリラックスをしたい」という甘えがあるのです。

★振り返ってみますと、三代教会長先生がご生前中に、毎朝お広前で演台からみ教え下さっていた時にも、お傍で聴かせて頂いておりながら、「これは私に頂いているみ教えだ」と、常に思えていませんでした。み教えを聴かせて頂いているときは、頭で分かっているつもりで、次の瞬間に他人事に変わっておりました。そのことを振り返ると、「私ほどご無礼な息子はなかったなあ。本気で言って聞かせて頂いているときに、本気になって頂いていなかったなあ。」と今さらながら思わせるのです。み教えを頂く受け物が出来ていなかった自分であったと、今になってよく分かります。

★過去のことは取り返しがつきません。「ああすればよかった。こうすればよかった。」と、いくら考えても仕方がないのです。ですから、今からの自分のあり方を改めていくことが大切です。見直し・聴き直し・考え直しをし、今日を喜び、明日を楽しみにして、今からの信心生活を改めていく他ありません。はじめの『五事を正す』ということも、今から実践させて頂き、共に信心を進めさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」

2020年01月02日

●心の悪毒・病毒を取る

 二代教会長・伊藤コウ師の元に、目を病んでおられたご婦人がお届けにこられました。そして、「この一週間の間におかげを頂きましょう。御神酒を毎日目に入れさせて頂いて、目の悪毒病毒をお取り払い頂けるようお願いさせて頂きましょう。そして、御神酒のお徳によって、心の悪毒病毒もお取り払い頂けるよう、お願いさせて頂きましょう。」と、み教え頂かれました。そのお方は素直にみ教えを頂かれて、その日から実践なさったのでした。日参なさってみ教えを頂いておられましたが、3日後の昼のご祈念時のお説教のご内容が、同じく目を患われた方がおかげを頂かれたお話で、深く得心なさったのです。そして、「これは、まさに自分に頂いたみ教えだ!」と思われたのでした。人を悪く思い、長年に亘って恨みを抱いてきた自分を心から神様にお詫び申し、改まりを願うことが出来られたのです。そうしますと、そこから目の曇りがスッキリと晴れてきて、手術も必要なくなるおかげを頂かれたのでした。

★一日一日の積み重ねで、有り難い生き方も次第に身について離れないものとならせて頂けるのです。いつも相手を立て、相手の事を考え、相手の為に自分の手足を動かさせて頂けば、自分のことは、神様が良いようにして下さいます。また、相手の話を聴く時には、心を込めて相手の立場になって聴かせて頂き、相手の助かりを祈らせて頂いて、更には、自分のおかげを頂いてきたことをお話しさせて頂けたら、人が助かる御用にお使い頂けることになります。相手が喜んで笑顔になってもらえたら、その瞬間、神様も喜んで下さっているのです。神様は、いつも私たちのことを見守って下さっておられますから、様々な所で人が助かる働きをせて頂くことは、有り難いお徳を身に頂くことになるのです。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 令和2年の「み教え」

2020年01月01日

令和2年をお迎えして

新年おめでとうございます。令和2年元日祭を、午前6時より無事に仕えさせて頂きましたことは、真に有難く勿体ないことでございます。

★「今日もお命を頂きましてありがとうございます。今日まで一年間結構にお命を繋いで頂いて、無事に新しい年を迎えさせて頂きました」とお礼を申しているつもりでも、御礼の申し足らないことばかりです。昨年の始めから振り返らせて頂きますと、台風や水害等の災害に遭われて、今でも自宅に帰れない方もおられると聞きます。私達は自宅で過ごさせて頂いて、暖かい寝床で寝かせて頂き、食事もしっかり頂くことが出来ておりますことは、どれほど御礼申させて頂かねばならないことでしょう。

健康の上でも有難いおかげを頂いてこそ思うように働かせて頂くことが出来ているのです。そこをしっかりとお礼を申させて頂き、お礼の申し足りないところを自覚させて頂いて「より一層に世の中のお役に立たせて頂けますように、改まったご信心に進ませて頂けますように・・・」とお願いさせて頂く心にならせて頂きましたら有難いことですね。

★私達は行き届いたお礼・お詫び・お願が出来ていない所は多々ありますが、金光様のお取次ぎを頂いて、足らないところは足して頂いているのです。出来ていない人間は助からないということでは無く、至らないところがありましても足して頂いておかげを蒙らせて頂けるのがこのお道です。これほど有難いことはございません。

★祈りに祈って頂いて、様々なところで辛抱して頂き、許して頂き、助けて頂いている私達です。そのような中に日々の生活が営まれてきたのです。自分が一人で出来ることはございません。すべてに神様・霊様のお守りを受けて、人様のお世話になって、毎日の生活が成り立っております。今年一年もしっかりと御礼の心に満ち満ちてご信心を共に進めさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。
posted by 金光教阿倍野教会 at 10:13 | 令和2年の「み教え」