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2019年11月16日

●死んでから後、人が拝んでくれるように

初代教会長伊藤徳次師は、伊藤コウ師と共に阿倍野教会創設の礎を築いて下さいました。しかし、旧広前のご建築がいよいよ始まろうとしていた布教5年目にして、「おかげやでえ、おかげやでえ、おかげやでえ。」というお言葉を残されて、お国替えになられたのでした。そのご意味は「私が8年も生命を延ばして頂いたのも有難いおかげです。そしていよいよお国替えするということは、これからより一層に御霊として働かせて頂けるということです。これは伊藤の家にとっても、阿倍野教会にとっても、信奉者一同にとってもおかげですよ。」と、これまでのことと、これから御霊となることを、おかげの中での出来事と、言い残されたのだと悟らせて頂きます。

★また、コウ師の御母堂・ハル刀自は、ご自身の死期を悟られた時には「私が御霊になってもどこにも行きません。あなたのそばにずっとおります。教会の表の御用もしっかりと手伝わせて頂きます。もちろん裏の御用も手伝わせて頂きます。だからあなたは何も心配することはありませんよ。」とコウ師の体を、後ろからギュッと抱きしめられて、仰せになられたのです。

★私達は、生涯かけて実意丁寧、正直親切な生き方をさせて頂き、身のめぐり、家のめぐりを取って頂いて、お徳を頂いたお姿でお国替えさせて頂くということを意識して生活させて頂くことが、信心生活になるのです。信心生活を続けさせて頂くことによって、一年一年有難くなってゆき、年が寄るほど位がつくという姿にならせて頂くことができるのです。お国替えの後も、子孫が拝んでくれるように、死生の安心、末々までの安心のおかげを頂いてゆくためにも、それぞれ自ら求めて信心させて頂きましょう。御霊にならせて頂いて神様のもとに帰らせて頂きましたら、生き生きと大きな働きをさせて頂けるように、生命を頂いている間にしっかりとお徳を積ませて頂いて「永世生き通し」のおかげを頂きましょう。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 令和元年の「み教え」