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2019年10月12日

●目の前の人を拝む

『信心すれば、一年一年ありがとうなってくる。年が寄るほど位がつく』

★ あるご信者は、長年奈良の生駒から日参と聴教に励まれ、実意丁寧なご信心を続けられて、結構なお徳を頂いておられました。どんな時にも、だれに対しても謙虚で、いつもお礼を申すことが身についておられたのです。病院に入院なさったときにも、お医者さん、看護師さん、会う人会う人にお礼を申され、「こんな結構な病院に入れ頂いて、立派なお医者さんに治療して頂いて、親切な看護師さん達にお世話をして頂いて有り難いです。本当に有難いことです。」と、いつも喜んでおられたのでした。ですから、その方の周りにはいつも笑顔が集まり、誰からも「あの方のお世話をさせて頂きたい、いつまでもそばに居たい」と、言って頂かれました。子孫の方々にとりましても、有り難いお手本となっておられたのでした。

★教祖様は、徹底して天地の親神様を立てぬかれたご姿勢からご信用を頂かれ、神様から、『此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。』と言って頂かれるほどのご神徳を頂かれました。

★この有り難いお道のご信心を頂いております私共も、ぜひとも教祖様のご信心を習わせて頂き、まずは、周囲の人に対して、先に相手を立ててお礼を申し、相手を拝む稽古をさせて頂きたいと思います。誰でも、様々な面を持ち合わせているものですが、こちらが先ず神心を向けさせて頂き、目の前の人を敬う心を大きくさせて頂くことによって、相手も有り難いものをこちらに向けて下さるようになるのです。

★この天地は、有り難い神様のお徳に満ちております。神様を敬い、霊様を敬い、人様を敬い、天地万物を敬う心が大きい人ほど、お徳が身にも心にも現れ、いずれは、人からも拝んで頂けるような、有り難い姿とならせて頂けるのです。

★『此方(教祖様)のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:08 | 令和元年の「み教え」