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2019年10月05日

●真の一心

先日、お店を何軒かもっておられる、ある会社の社長さんにお話しさせて頂いておりました。

★[お店を構えて経営させて頂く時に、ここの場所が良いとか悪いとか思ってしまいがちですが、それは人間の都合だけで決めているだけのことなのです。神様のご神徳に満ち満ちた場所をお借りして、お店を構えさせて頂くのですから、その場所が悪いということは決してないのです。あるおご信者は、道巾が狭くて、自動車一台も通れないような所で店を構えておられるのですが、大阪の北から南、また堺や名古屋というように、他府県の場所からも、お客様が「あなたにどうしてもこれをお願いしたいのです。」と、足を運んで下さって注文を頂いておられるのです。立地条件の面から考えましたら、人通りのある、広い通りに面した路面店の方が良いのでしょうが、間口も小さいですし、仕事をする場所も小さいですが、そのご信者は毎日神様に一生懸命にお願いして、商売をさせて頂いておられますから、その人の仕事ぶりが真に優れ、他の人では真似できない仕事の仕上げになっておられるのです。

ですから、立地条件とは全く関係なく、繁盛のおかげを頂いておられるのです。そこに優れた方がおられる。またお徳と力を備えている方がおられるからこそ、人が尋ねて来られるのですよ。その様におかげを頂いてゆくのが、ご信心の世界ですよ。「一軒は立地条件がいいのですが、もう一軒はあまり立地条件が良くないのです。」と言うことではなく、「同業者はいくらでも周囲にあるけれども、同じ仕事を頼むのであれば、あの人に頼みたい。あの店にお願いしなければならない。」と言って頂けるような徳と力を頂かねばなりません。そのためには、日々のご信心を行き届いてさせて頂かれ、み教えをしっかり頂いて、有難い繁盛のおかげを蒙らせて頂きましょう。お願いをさせて頂いておりますからね。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『「よそには不思議なおかげを受けられるのに、どうして、うちにはよそのようなおかげをよう受けぬじゃろうか」と、よそのおかげばかりけなりがる(うらやましがる)者がよくあるが、それは、そういう信心じゃからおかげが受けられぬのじゃ。「よそに受けられるおかげじゃもの、うちにじゃというても受けられぬことがあるものか。まだ真が足らぬのじゃ」とご一心を出せば、おかげのもらえぬことがあるものか。真の一心が神様に届かなかったら、それこそ不思議じゃ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 令和元年の「み教え」