金光教阿倍野教会ページ内リンク


2019年09月19日

●力強く生き抜くために

 現代の私達は、文明の発達の恩恵を受けて、大変便利な生活を送らせて頂いております。お水を使わせて頂くのでも、井戸から腕の力で汲み上げたりしていた頃から比べると、蛇口をひねるだけで、いとも簡単に安全なお水を豊富に使わせて頂いております。あるいは自動車の運転も、自動運転装置の開発がどんどん進んでいるようですが、どんな場合にも完璧に安全が約束されている訳ではなく、最終的には運転手の判断が必要とされていますから、走行中の全責任を負って、油断の許されない状況は、今後も変わることはありません。

★私達には、有難いことに生きていくために必要な徳と力を、神様から与えて頂いております。その中に食欲や、睡眠欲、発展・向上するための欲も含まれ、教祖様はそれを『欲徳』と表現しておられます。さらに生活するために工夫、努力を怠らず、衣食住を充実させ、快適で安全安心な暮らしになるように、様々な物を加工し、電気、水道、ガス等を利用しています。しかしながら、神様のお恵み、天地の賜り物を利用するだけ利用しながらも、人間中心の考え方、自己中心の考え方が心に満ちて、そこから難儀を生み出してしまう生き方をしてしまっている所が大いにあるのです。

★私達人間には、限りない程の素晴らしい力を与えて頂いているのですが、「天地の道理」に適った生き方をしている時には、何事も歯車が噛み合うようにならせて頂くのです。反対に「天地の道理」に適わない生き方に陥っておりますと、何事もおごりが生じて立ち行かなくなるのです。

★そこで、いつも心中御祈念させて頂きながら、お礼を申して使わせて頂くことによって、徳と力はどんどんと磨かれていき、どんなことが起きてきてもうろたえることなく、なすべきことをさせて頂き、自分も周囲も助かる働きをさせて頂くことが出来るようになるのです。

★私達人間が、便利さに流されて、横着・気ままが身に付き、神様の思し召しも無視して、間違った生き方に浸っておりますと、せっかく授かっている能力も衰えてしまい、知らず知らずのうちに、頼りない非力な姿になってしまうことは、恐ろしいことです。文明によって発達したものは、便利さの反面もろさもあり、一瞬にして失われる危うさがあることを忘れてはなりませんね。

★「結構にお命を頂き、今日までお恵みを頂き続けて、お育て頂き有り難うございます。どうぞ、お礼の働き、親孝行ご恩返しの働きにしっかりお使い頂けますように」と、お願いさせて頂き、どんな時にも心中御祈念をさせて頂いておりますと、心も体も健康に丈夫におかげを頂くことが出来、頂いている能力を十二分に発揮して、有り難い働きをさせて頂くことが出来るようになるのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:11 | 令和元年の「み教え」