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2019年09月14日

●神様の思し召しを悟らせて頂く

 二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強していない外国の言語を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

★物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況の下でも神様を杖にして、有難く受け切って、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるのです。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

★今、夫々の身の上で病気や仕事の上での問題等、神様から与えて頂いているご修行がありますね。その与えて頂いている問題が、辛い苦しい時程、神様に心を向けて信心させて頂いておりますと、家中が有難いおかげを蒙らせて頂くきっかけとなってゆくのです。ご信心を基にして、「助からせて頂きたい!」と一心におすがりさせて頂いておりますと、自分自身がおかげを頂くことはもちろんのこと、家族も親族もまた周囲の方も助かってゆく事に繋がるのです。また後々、自分自身の体験を、同じ様なことで苦しんでいる人々に話して、その方が助かって頂けるための御用にお使い頂くことが出来るのです。ですから、今辛い苦しいと思うことは、後々に全て生きた働きとなるのです。「こんな辛い思いはしたくない。出来ることならこんな思いは避けたい。」と思っていても、物事は追い掛けて来るばかりで、避けては通れません。ですから、そのような時こそ、「金光様有難うございます。神様がそのような思し召しでしたら、真正面から受け切って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。」と、苦しい真っ最中にこそ、御礼を申し上げておりますと、後々有難い道が開けてくるのですよ。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 令和元年の「み教え」