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2019年09月02日

●今月今日、積徳のご信心を

 戦後少し経った頃、二代教会長先生があるお宅祭の席で、たまたま居合わせてお宅祭を拝まれた65才の方がありました。「先生、世の中はつまらんもんですな。正直者はバカを見る。その一人が私ですわ。戦争中にお上が出せと言うから、家にある金品や大事なものを全て国に差し出しました。そんなことをしたばっかりに、戦争が終わっても生活は苦しくてやっていけません。そして何より辛いのは戦争で二人の息子を亡くしたことです。わざわざ遠い神社まで参って武運長久を願っていたのに、息子達は戦死してしまった。私は以前いくつかの宗教について勉強したこともありますが、どれも腑に落ちないことばかりでした。」と怒りと不足に満ちて話されたのでした。

★二代教会長先生は、その方に「あなたにはまだ勉強することがありますよ。金光教という勉強が残っています。ぜひともお道に入れて頂いて、本当の信心をさせて頂いて、その暗い暗い苦しみに満ちた人生が、明るい喜びに満ちた人生に変わられることをお願いしております。見るもの・触るもの一切が有り難く変わって見えてきますよ。『自分の力で何でもできる!』という力みが、思い上がりだと分からせて頂けるようになります。本当にご信心されましたら、毎日が何と有り難いものかと、お礼申さずにはおれないようになりますよ。」と、教え諭されたのでした。

★他方、阿倍野教会に日参なさっておられたあるご信者は、やはり二人の息子さんを戦争で亡くされました。その後も毎日一生懸命にお参りをなさって、丁寧に御祈念を込めておられたのです。「息子達は、今は遠い離れた所に出張して、その出張先から親孝行をしてくれて、私達親を守ってくれておるのだと毎日思っております。」と仰ったのでした。息子さん達が霊ながらに安心し、お徳の高い霊となられるように御祈念を込めておられたのです。

★霊様の働きは、生き死にを通して永遠に続くものです。いつも、今日から、ここからの生き方を大切にさせて頂き、日参・聴教のお徳、お取次のお徳、御用のお徳をしっかりと頂くことを心がけさせて頂きますと、身にも心にも有り難いおかげを頂くことが出来るのです。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:56 | 令和元年の「み教え」