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2019年09月30日

●実意丁寧・真一心

『欲で一心な者もあり、意地で一心な者もあるが、やはり有難いの一心でなければおかげは受けられない。』

★私達は、日々我情我欲をお取り払い頂いて、正情正欲を持つことをお願いさせて頂いております。しかし、我や欲が出てしまって、腹を立てたり、心配したり焦ったり、また不安にかられたりすることがあります。また、神様にお任せすることが出来ず、つい、「自分がしよう、自分がしよう。」と愚かな考えに陥ってしまいやすいものです。このようなことでは、間違いが生じると分かっていながら、また自分がしようとして、どうにもこうにも立ち行かなくなってしまうのです。そこで、お取次ぎを頂いてお願いをさせて頂くことが大切です。お取次ぎを頂くことも、我欲にとらわれておりますと、み教えがなかなか入ってこず、自分のものにもなりません。それは受け物が出来ていないからです。

★また人によっては、「自分の体のことは神様に治して頂きたいですが、会社の経営のことは自分が決めます。」という心持ちの人があります。神様がご主人で、自分は番頭だというつもりになって、どんなことでもお伺いしてご報告し、改めてお願いをさせて頂いて、おすがりすることが大切です。頭では分っているつもりでも、実際にはなかなか出来ていないものです。そこに本当の改まりがさせて頂きましたら、実意丁寧・真一心ということが、段々段々身に付いてくるのです。

★天地の親神様の御神徳に満ち満ちた世界で、神様のお恵みを享受させて頂き、様々な命を分けて頂いて、日々お命を繋いで頂いております。これまで、私達が頂いてきた御恩を山積みにしますと、どれほど大きなものになるでしょうか。その有形無形の恩恵に対してしっかりと御礼を申し、ご無礼不行き届きをお詫びし、一心におすがりさせて頂くところに有難い道が開けるのです。

★『神様を拝礼するには、此方では別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』

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2019年09月29日

●神様を杖に乗り越えてゆく

初代教会長先生は、大正15年10月28日32歳という若さでお国替えになられました。甘木教会で16歳から足掛け8年、四条教会で半年、島之内教会で1年ご修行下さり、大正10年阿倍野の地でご布教を始められたのです。そして、5年目にお国替えになられます時には、「おかげやで、おかげやで」と言い残されたのでした。「自分が肉体の働きを終えて御霊神となることはおかげである。そのことによって信奉者一同がおかげを受ける。伊藤家もおかげを受ける。」と、これから御霊となることを、おかげの中の出来事と言い残されたのです。

★二代教会長となられた伊藤コウ師は、そのことを「何が何でもおかげにせねばならない」と悲痛な思いで受け止められておられました。しかし、世の人々は口さがない言葉で「金光教の先生でも若死にしますか…」「子供がおられなくて良かったですね。まだ若いのだから、新しい暮らしをしたらどうですか…」「私の夫は有力者ですから相談してください…」等と色々と言う人があったようです。その中にあって、コウ師は、「主人を亡くして、悲しくないことがありますか?悲しいし、辛い。 しかし、主人は24才でスペイン風邪にかかり命の無いところを助けて頂き、8年間寿命を伸ばして頂きました。そのことを神様にお礼申し上げます。 どうあっても初代教会長先生のご遺志を継がせて頂けます様に。」と初代教会長先生の御心を無にしないように、 すべてを神様の思し召しであると、おかげにしてゆく御信心をなさったのでした。

★誰にとっても、家族や親しい方がお国替えされるという事は、大変辛いことです。後に残った者が、その事実を受け止めて、どのように思い訳をして乗り越えてゆくかが大切な所です。それには、その家が常平生から確かなご信心をさせて頂いてゆかないことには、正しく受け切ることが出来ません。ご信心させて頂いている私達は、本当のおかげ、本当の信心とはどういうことかを求め続けて、み教えを頂いてゆかねばなりません。神様の思し召しを悟らせて頂きますと、後々有難い道が開けてゆくのです。

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2019年09月28日

●日々の有り難さに気付く

『世の中の人は親の物は子の物と言うが、これも親孝行をせねば親の物も子の物にはならんのじゃ。神様の物は氏子の物じゃというても、真の信心をせねば神徳は下さらん。真の信心をして神様と仲良うすれば神徳はなんぼうでも下さる。』

★先日、出産を終えられた御礼のお届けがありました。当日、破水がありましてから入院させて頂かれ、母子共に経過順調におかげを頂かれるようお届けをさせて頂かれました。この度の出産には、母子共に無事健康で出産のおかげを頂かれたのです。医師のお世話になって、整った設備の中で、より安全に、安心してお産を迎えることが出来ますことは、どれ程お礼を申しても足りない程に有り難いことなのです。また、そのような有り難い環境の中であっても、母子共に無事健康で、お産を終えさせて頂けることは、決して当たり前のことではなく、命がけのことであるのは、いつの時代にあっても変わりはありません。先日のお礼届を受けさせて頂いた時も、神様、金光様、霊様に心よりお礼を申させて頂いたことでした。

★また、毎日お仕事をさせて頂いて、収入を得て生活させて頂けるということも、決して当たり前のことではありません。健康な心身、仕事、家族、同僚等々に恵まれて、初めて成し得ることなのです。有り難いおかげを「当たり前」と思うところから、難儀が生まれ、人間としての成長も止まってしまいます。今日頂いているおかげを、決して当たり前と思わず、一つ一つ丁寧にお礼を申し、また、お礼の働き、親孝行の働きを心掛けさせて頂くことが、子孫繁昌・家繁昌への道と繋がるのです。

★人間の可能性を阻害する6つの要因(A.H.マズロー)
(1)いたずらに安定を求める気持ち
(2)つらいことを避けようとする態度
(3)現状維持の気持ち
(4)勇気の欠如
(5)本能的欲求の抑制
(6)成長への意欲の欠如

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2019年09月27日

●生活習慣を改め、日勝り、月勝り、年勝りに体質改善に努める          

25日には、青年会学生会例会で、中井氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。中井氏は、高校生の頃に肺から空気が漏れる肺気胸という病気を患っておられました。手術を受けられて一時は症状が治まりましたが、再発となったのです。その後は生活を改めて、根切れのおかげを頂いておられます。再発後は、毎晩、自宅の御神前で御祈念をなさる際、拝詞をお腹に力を入れて大きな声で唱える稽古をされているのだそうです。腹式呼吸で、肺いっぱいに空気を吸い込んで、吸い込んだ空気を腹筋で押し上げながら全部出させて頂くことを繰り返し、肺をはじめ、その他の臓器、筋肉を鍛えられて体質改善のおかげを頂いておられるのです。それからは楽の御用で横笛を吹かせて頂かれるようになり、現在も続かせて頂かれております。

★私達は、神様から与えて頂いた能力を、生かしきることがまだまだ出来ておりません。銘々が持っているDNAの中には、使われることなく潜在している働きがあるというのです。それを生かすことが出来れば、体質をより良く改善し、病気にならずに済ませて頂けるということもあるのだそうです。毎日の適度な運動や食生活等の習慣を改善することによって、DNAのスイッチが入り、それによって体質まで変わってくるということが、現在の医学で証明されています。DNAの働きは、途中で変わるものではないと考えられていましたが、実はそうではなかったということが分からせて頂けます。

★日々信心生活に励ませて頂き、健康でお役に立たせて頂けるということは大変有難いことです。心身共に健康な状態を維持して、さらに良い方向へ体質改善のおかげを頂いてゆかねばなりません。体質改善は若いときにしか出来ないのではなく、年齢を重ねていってもさせて頂けます。日勝り、月勝り、年勝りに、世のお役に立たせて頂く為に、信心を基にして道理に適った在り方に生活習慣を見直し、体を鍛えて、神様から与えて頂いた能力を十分に発揮させて頂きましょう。

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2019年09月26日

●日々新たな心持ちで、求めて鍛錬させて頂く

 先日、二名の学生さんが就職内定のおかげを頂かれ、銘々喜んで御礼のお届けに来られました。その方々に銘々にお話させて頂いたことですが、「大きなお願いを持ちなさいよ。大きな願いを持たせて頂き、天地の道理に基づいた正しいお願いをさせて頂いておりますと、有難いことに自ずと周囲の方々が力を貸して下さり、協力して下さるようになってくるのです。そして、神様におすがりさせて頂き、金光様のお取次ぎを頂きますと、10のところへ90足して下さって、100のおかげを頂く如くに、足らないところは足して下り、周囲の方も力を貸して下さるのです。そのような正しい大きな願いを持たせて頂ける様に、しっかりお参りをして、み教えを聴かせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★また、[「やっと合格した!これでもう大丈夫だ。」と、安心してホッとするのではなく、今からが大事なのですよ。これからは「社会人にならせて頂く為の準備がさせて頂けます様に。」と真剣にお願いし、どこへ行っても可愛がって頂いて、何でも喜んで教えて頂けるような、有難い受け物を作らせて頂ける様に準備をさせて頂きましょう。今から御礼のご信心をさせて頂きなさいよ。そして、お役に立たせて頂く為の受け物作りをしっかりさせて頂くのですよ。皆、神様から結構な有難い才能を銘々に頂いておりますが、それを生かしてゆけるようにならせて頂かなければなりません。その為には、毎日笑顔で暮らして、日々御礼を申して感謝をしながら生活させて頂くことが大切なことですよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★毎日、新しい日を迎えさせて頂いておりますが、それは即ち、日々新たな命を与えて頂いているということです。そのことを自覚して、日々新たな心持ちで信心を進めさせて頂き、銘々に神様から与えて頂いている仕事に取り組ませて頂きましょう。その為にも、鍛錬させて頂くのです。物事を習熟し熟練させて頂きましたら、早く綺麗に丁寧に正確なことがさせて頂け、同じ時間でより高度な仕事がさせて頂けるようになってきます。慣れないと正確なことが出来ません。或いは正確にしようとすれば遅くなり、出来上がりにムラが出てきます。ですから、日々新たな心持ちで、もうこれで良いと思わずに、求めて求めて成長をお願いさせて頂くのです。そして、今与えて頂いている仕事を天職だと思って、生涯かけてご修行させて頂くつもりで、有難く拝んで取り組ませて頂いておりますと、物言わぬはずの書類や機械設備が物を言うように思えるほど、大切な所に気付くおかげを頂きます。通常なら気付かないところも気付かせて頂け、お役に立つ働きがさせて頂けるのです。

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2019年09月25日

●徳と力                      

三代教会長先生の同期で、子供会の頃から共にご信心なさり、共に住吉中学へ進まれ、共に軍隊へ行かれたご信者がおられました。そのお方は国税局の監督官をなされ、税務署の副署長まで務められ、後に税理士として開業しお役に立たれたのでした。

★ご信者の事務所は、所長であるご信者を初めとして、所員、事務員の3人で仕事をなさっていました。先々、若い所員のお方に事務所を任せると伝えておられたのです。しかし、その所員さんは、事務員さんを連れて、無断で事務所をやめ、担当の顧問先をもって独立されたのです。

★ご信者は、2人に対して一切腹を立てずに「これまで積んできためぐりを、神様がお取り払い下さったのだと思います。不行届きをお詫び申し上げます。どうぞ、やめた方々が立ち行かれますように。これをおかげにさせて頂いて、後々の人手の御都合を頂かせて下さい。」と神様にご祈念され、やめた方々を恨む事無く、得意先に対しても悪いことを一言も言わず、立ち行かれることを願われたのです。するとすぐに、心配りがよく出来られる有能な二人のお方が事務員として来て下さり、以前にもまして、丁寧親切なお仕事が出来られるようになったのでした。また、顧問先の中の何軒かは「やはりあなたに仕事をして頂きたい。」と戻って来られたところも出てきたのでした。

★私たちは信心によって、徳と力を頂いてゆかねばなりません。その徳に応じて仕事を頂いたり、良い人材を頂いたりすることが出来るのです。また、お土地や家においても、同様であります。論語の中に、「其の才有りと雖も。其の力無きときは行われず。其の才、其の力有りと雖も、其の徳無きときは行われず。(才能があっても力が無ければ成就せず、才能と力があっても徳が無ければ成就しない)」とあります。どれほど学問を修めて知識と教養があり、地位があったとしても、自分の力だけで自分の身や周囲の方を守り、自分の才能だけですべてに都合良く生活する事は、決して出来ません。全てにおいて神様のおかげを頂き、お徳を磨き大きくしていくことを心掛けて参りましょう。

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2019年09月24日

●親孝行のお徳

 昨日は、天候気象の上にも結構なご都合お繰り合わせを頂き、秋季霊祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございます。

★昭和53年秋季霊祭当日の早朝に、あるご婦人がお国替えになりました。前日の夜にはお風呂できちんと身を清められ、秋季霊祭のお琴の御用にお使い頂くべく、枕元に着物等の準備をきちんと整られて、床に付かれたままお国替えになられたのでした。身も心も清められた状態で、何の痛み苦しみもなく天寿を全うされた、大変有難いお国替えであられたのでした。

★この方は、近所でも有名なほどに頑固なお舅さんと同居なさり、ご信心を元に真心込めて親孝行が出来られたのでした。始めの頃は辛くて、二代教会長・伊藤コウ師にお取次頂かれますと、「あなたの家には有り難い宝があられますね。お舅さんは、家の宝ですよ。そのお舅さんを大切に、真心込めてお仕え出来るかどうかで、あなたの家が結構に繁盛するかどうかが決まりますよ」と、み教え頂かれたのでした。

★それから、ご信者は心を入れ替えられて、どんな時もお舅さんのことを第一に、戦後で食料事情が厳しくても、自分は黙って一食抜いてでも、お舅さんには白米を食べて頂かれたそうです。また、お舅さんが銭湯に行かれる時には、先回りして番台さんに「今から父が来ますから、よろしくお願いします」と挨拶なさり、急いで帰ってから、お義父さんが歩いていかれる後ろを、ご本人に気が付かれないように付いて行かれ、お義父さんが入られたら、また番台さんに、「義父が入りましたので、よろしくお願いします。」と、お願いなさるというように、徹底してお世話をなさったのでした。

★お舅さんが80歳になられた時、「私も一緒に教会に参拝する」と仰いました。そして、コウ師の元へお届けに行かれ、「うちの嫁をこん立派な嫁に育てて頂きまして、有り難うございました。これからは私も日参させて頂きます」と、お礼を申されたのでした。

★『死んで、ものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった、こうもしてあげておけばよかったと、心残り多いことが多かろうが。親孝行は親の達者の間にしておかねばならず、信心は生きておるうちにしておかねば、後の祭りになるぞ。早うて間に合わぬためしはあるまい。親の達者の間の孝行と、生きておるうちの信心とが、家繁盛のもとじゃ。』

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2019年09月23日

●神様のお働きのお手伝い

ある時、甘木教会のご信者が、安武松太郎師のもとへお届けに来られ、「麦まきの時に、あることで夫と衝突して喧嘩をしながら蒔きましたが、その麦が一向に生えません。」とお届けされました。すると、安武松太郎師は「それはそのはずだ。人が麦を作るのではない。麦をお作り下さるのは神様で、人は神様の御業を翼賛し奉るのである。いわば、お手伝いである。たとえて言えば、親が野らに出て働いている。子供は日曜日だから、お父さんの加勢をしようと、兄弟そろって手伝いにきて、仲良く手伝いもすれば親も喜ぶが、喧嘩をしいしい加勢をしたのでは、親も困るだろう。人間で出来ぬところは、神様のご領分。神様で出来ないところは人がさせて頂く。それで人の働きを仕事(つかえわざ)というのではないか。神様の大みかげの一端にも報答させて頂きたいという精神が、働きというかたちになって表れたのが、仕事でなくてはならぬ。」とみ教えなされたのでした。

★仕事をするのにも、不平不満や怒りに満ちて仕事をしておりますと、同じ仕事でも、本当に役に立つ仕事にはならず、正(プラス)のエネルギーの出し方にはなっていないのです。むしろ、負(マイナス)のエネルギーになってしまい、物事が良い方向へは動きません。日々、「今、させて頂いている仕事の内容は、はたして神様がお喜び下さる仕事の中身になっているだろうか…」と、自問自答しながら仕事に励ませて頂き、より向上させて頂く為の努力を怠らずに、精励させて頂くことが大事なことです。その為には、正しい心で、正しいお願いをさせて頂きながら、今与えて頂いている家業を喜んで努めさせて頂かなければ、到底させて頂くことは出来ません。

★農業や漁業、医療、教育、サービス業等…、仕事の職種は様々ありますが、全ては神様のお働きのお手伝いをさせて頂くというのが、仕事の根本なのです。「徳も力も足りない私に、結構なお役目を頂き有難うございます。どうぞ、神様のお働きのお手伝いが十分にさせて頂けますように。」という謙虚な心で、実意丁寧に自身に与えて頂いている家業を務めさせて頂いておりますと、そこに神様のお徳が現れ、足りないところは神様が足して下さり、有難い働きをさせて頂けるようになってゆくのです。

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2019年09月22日

●おかげとは、真に映る影

 昨日9月21日は、伊藤房次郎翁霊神様の御命日です。明治37年に55才でお国替えになられたのでした。伊藤の家の信心の初めは、コウ師のご母堂ハル氏お一人の、熱心なご信心によるもので、ご主人の房次郎氏は信心に大反対でした。しかしハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、無礼を働くこのわしの手足は動かなくなるはずだ。」と言って、ハル氏が家で拝んでおられた小さな御神殿を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、湯水も喉を通らない状態になられたのです。人力車に乗せて医師・薬・針やお灸など色々手を尽されましたが、一向に良くなりません。とうとう、房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられました。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、きっと良くなります。」とすすめられ、その時初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流してお詫びし、「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せになりました。自宅へ帰ると、それまで手足も動かず、水もまともに喉を通らない状態であられたカツ氏が、「お父さん、お帰り!」と玄関までとび出して来たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心なさるようになられたのです。

★ハル氏は不足を一切口にせず、「どうぞ主人が改まり、神様に心を向けさせて頂ける氏子にならせて頂けますように。家中が勢信心になりますように。その為には私がしっかりとご修行させて頂きますので、よろしくお願い致します。」と、神様におすがりなさり、「主人の無礼は私の無礼です。家内である私が代わりにお詫び申し上げます。」と、改まった信心をなさってゆかれたのでした。その真心が神様に届き、大きなおかげを受けられたのですね。

★『おかげとは、真に映る影である』と教えて頂いておりますから、何が起きて来ても不足は言わず、真心でもっておかげを蒙らせて頂きましょう。

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2019年09月21日

●神様が教えて下さること

真清会館建築の際、設計図を作成させて頂きました。作成後、隣接のご近所の方に集まって頂いて説明させて頂いた上で、役所に建築確認申請を提出させて頂きました。そして基礎工事が始まり、着々と工事が進んでいた時のことです。ご近所の方から「設計図にある裏口を設ける事を止めて欲しい。」という要望があったのです。ご近所の方々との話し合いを再度持つことになり、それが終了してから午後10時頃より設計して頂いた方と話し合いました。そのまま押し進めても、法的には何の問題もありませんが、三代教会長先生に翌朝報告させて頂き、お伺いしなければなりませんので、万が一の為に新しい案を考えさせて頂いておりました。すると、夜中12時を過ぎた頃、その部屋に三代教会長先生が突然お出ましになられ、経緯を説明させて頂くことになったのです。

★三代教会長先生は「皆さんの要望に応えさせて頂き、言われる通りにさせて頂きなさい。」と仰せになられました。そこで、変更をかけた代案を見て頂きますと「これで結構です。少々費用が掛かっても、それが必ずおかげになりますから、そうさせて頂きなさい。」と仰せられました。

★翌日、ご近所の方にご挨拶に行き[昨日のお申し出を教会長先生にお伺いさせて頂きますと、「皆さんの仰る通りにさせて頂きます。」と仰せになりましたので、その通りにさせて頂きます。]と伝えました。するとご近所の方々は「無理を承知で言いましたので、まさか聞いて頂けるとは思いもしませんでした。そこまで聞き入れて下さるのでしたら、私達もこれからは一言も何も言いません。」と仰ったのです。変更させて頂いたことで、ご近所の方が大変喜んで頂けることにもなり、建物も、以前の設計よりも使い勝手が良い、値打ちのある設計とならせて頂いたのでした。そして建築確認申請に変更をかけて提出し直し、工事も無事に進むおかげを頂いたのです。

★工事が完成するまでの間に、三代教会長先生は大腿骨頸部を骨折なさったため、真清会館完成後には、車を使って表口から出入りされる事になったので、裏口を使う必要は無くなったという事実に後になってから気付かされたのです。

★人の口をもって、或いは出来事を通して教えて頂いたことは、神様が将来のために良い方向へ導いて下さるようにお知らせ下さっていることですから、すぐに良い方へ改善させて頂くことを心掛けておりますと、おかげを頂く方へ舵取りをさせて頂くことが出来、先々結構な道を開いて頂けるのですね。

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2019年09月20日

●何もかも神様のおかげの中に

 18日には、教徒会例会で、染井氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。染井氏の実家のお母様は毎日教会に参拝なされ、頂いたみ教えをどこまでも守らせて頂く熱心な信心をなさったお方でありました。

★お母様は、昭和45年の5月に阿倍野教会にお導き頂かれました。その4年前にご主人を亡くされており、ご主人に頼りきっていた生活から、「自分が中心になって何でもさせて頂かなければならない」という重圧で苦しんでおられた事をお結界で打ち明けられたのでした。二代教会長伊藤コウ師は、「『信心せんでもおかげはやってある』というのは、あなたのことですよ。娘さんを3人頂いて、生活が立ち行かせて頂いていることは有難いことです。毎日が大変なことのように思えるけれども、おかげの中で生活させて頂いているということではないですか。」と諭されました。そしてお母様は、「これからは周囲の方々に助かって頂けるように、お導きのお徳を積ませて頂きましょう。」と、み教えを頂かれ、家族・親族・縁に繋がる方々のことを一生懸命にお願いなさって、お導きのお徳を積んでゆかれたのでした。

★お母様は、3人の娘さんに、「実意・丁寧・正直・親切を心掛け、何事もお取次ぎを頂いて、神様にお願いしてさせて頂く、素直なご信心をさせて頂きなさいよ。ご信心させて頂く者は理屈を言わず、素直でなければいけませんよ。素直が一番よ。」と、いつも言って聞かせておられたとのことです。染井氏はお母様の謙虚な信心を習われ、一生懸命に神様におすがりして生活をなさって来られました。有難いことに、教徒の列に加えて頂かれ、教会の近くに住まいを移らせて頂かれ、次々とお願いしてこられた事が成就なさっておられるのです。

★何もかも神様のおかげの中に起きて来ることばかりで、その中に生かされている私達であります。願いを立てて、神様におすがりさせて頂いておりましたら、神様が最も良い環境を整えて下さいます。共々に実意・丁寧なご信心をさせて頂きましょう。

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2019年09月19日

●力強く生き抜くために

 現代の私達は、文明の発達の恩恵を受けて、大変便利な生活を送らせて頂いております。お水を使わせて頂くのでも、井戸から腕の力で汲み上げたりしていた頃から比べると、蛇口をひねるだけで、いとも簡単に安全なお水を豊富に使わせて頂いております。あるいは自動車の運転も、自動運転装置の開発がどんどん進んでいるようですが、どんな場合にも完璧に安全が約束されている訳ではなく、最終的には運転手の判断が必要とされていますから、走行中の全責任を負って、油断の許されない状況は、今後も変わることはありません。

★私達には、有難いことに生きていくために必要な徳と力を、神様から与えて頂いております。その中に食欲や、睡眠欲、発展・向上するための欲も含まれ、教祖様はそれを『欲徳』と表現しておられます。さらに生活するために工夫、努力を怠らず、衣食住を充実させ、快適で安全安心な暮らしになるように、様々な物を加工し、電気、水道、ガス等を利用しています。しかしながら、神様のお恵み、天地の賜り物を利用するだけ利用しながらも、人間中心の考え方、自己中心の考え方が心に満ちて、そこから難儀を生み出してしまう生き方をしてしまっている所が大いにあるのです。

★私達人間には、限りない程の素晴らしい力を与えて頂いているのですが、「天地の道理」に適った生き方をしている時には、何事も歯車が噛み合うようにならせて頂くのです。反対に「天地の道理」に適わない生き方に陥っておりますと、何事もおごりが生じて立ち行かなくなるのです。

★そこで、いつも心中御祈念させて頂きながら、お礼を申して使わせて頂くことによって、徳と力はどんどんと磨かれていき、どんなことが起きてきてもうろたえることなく、なすべきことをさせて頂き、自分も周囲も助かる働きをさせて頂くことが出来るようになるのです。

★私達人間が、便利さに流されて、横着・気ままが身に付き、神様の思し召しも無視して、間違った生き方に浸っておりますと、せっかく授かっている能力も衰えてしまい、知らず知らずのうちに、頼りない非力な姿になってしまうことは、恐ろしいことです。文明によって発達したものは、便利さの反面もろさもあり、一瞬にして失われる危うさがあることを忘れてはなりませんね。

★「結構にお命を頂き、今日までお恵みを頂き続けて、お育て頂き有り難うございます。どうぞ、お礼の働き、親孝行ご恩返しの働きにしっかりお使い頂けますように」と、お願いさせて頂き、どんな時にも心中御祈念をさせて頂いておりますと、心も体も健康に丈夫におかげを頂くことが出来、頂いている能力を十二分に発揮して、有り難い働きをさせて頂くことが出来るようになるのです。
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2019年09月18日

●願いの方向に導いて頂く

 16日には、婦人会例会が開催され、伊牟田氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★伊牟田氏のお祖父様が、戦後の混乱で神経衰弱となられ、仕事も出来なくなっておられたところ、旧広前にお引き寄せ頂かれ、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれたのでした。そのご縁がきっかけで、お祖母様、一人娘であられたお母様もお参りするようになられ、朝参り、み教えを頂くことを熱心に続けられて、お祖父様は無事回復のおかげを頂かれたのでした。

★三代目のご信心を頂いておられる伊牟田氏は、ご結婚を機に、信心の上でも自立させて頂けるよう五カ年計画を立てられ、子供の信心相続と、お義母様と同居させて頂けるよう、お願いするようになられたのでした。その頃ご主人は、子供さんを教会に参らせることに前向きではあられなかったそうですが、伊牟田氏は無理をせず、神様に一心にお願いなさっておられますと、天王寺にある学習塾の案内に目が留まられたのです。そうして週に一回、子供さんを塾に送りながら、教会参拝が叶うようになられたのでした。

★また、昭和21年10月、お義母様が狭心症で府立病院に入院中に脳梗塞を併発なさり、寝屋川の自宅からご主人と交代で、病院へのお見舞いと、播磨町のお義母様の家の様子を見に行く日々が続かれたのでした。そんな中、教会に日参出来る場所にあるお義母様の家で、同居をさせて頂こうということになられたのでした。「お義母さんに怪我過ちのありませんように、元気に長生きして頂けますように。」「子供たちが、新しい生活環境に早くなじめますように。」「空き家にしている寝屋川の家を、無事お守り頂けますように。」と、新たに願いを立てられ、どれも自分の力ではどうしようもなく、神様におすがりする覚悟をさらに強くさせて頂かれたのでした。またその頃には、子供さんが教会にお参りすることにご主人も賛成して下さるように、信心相続の環境も整えて頂いて、今日では勢信心のおかげを頂いておられます。

★覚悟を決めて神様におすがりさせて頂き、願いをしっかりと立てて、目の前に与えている生活を、み教えを元にして実意丁寧に送らせて頂きますと、神様が段々と、願いの方向に導いて下さるのです。

★『一時に積んだ石垣は崩れやすい。ぼつぼつ積んだ石垣は、念が入っているだけに崩れはしない。信心する者は何事にも実意丁寧、行き届いた働きをするようになれ』『氏子、石金でも舟に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい』

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2019年09月17日

●『願う氏子におかげを授ける』

「啐琢同機(そったくどうき)」という言葉があります。卵の中のヒナ鳥が外へ出ようと殻をくちばしで内側から破ろうとすると、親鳥も外から殻をつついて手助けをするそうです。「さあ出てきなさいよ!」という親鳥と、「もう出るよ!」というヒナ鳥の親子の絶妙なタイミングを「啐琢同機(そったくどうき)」と言うのです。

★神様と氏子の関係も同じことです。氏子が本気になってお願いさせて頂きますと、神様は早速それに応えて下さり、必要な時に必要なことを与えて下さいます。天地金乃神様は「願う氏子におかげを授け理解申して聞かせ…」と仰せになって下さる神様です。しかし、私達が願いすがる心になっていなければ、おかげは授けては頂けません。

★三代教会長先生は[世の中では「全智全能の神」という言い方をするが、神様は全能ではあられない。なぜなら、神様が「どうぞ助かってくれよ」と願って下さっていても、「どうぞおかげを頂かせて下さい」と願う氏子にはおかげを授けられるが、願わない氏子にはおかげを授けることが出来られないからである。そこに神様のお嘆きがある。]と教えて下さいました。

★神様が「この氏子が助かります様に、立ち行きます様に。」と願って下さっておられますのに、本人は「私の様なものはどうなってもかまいません。助かりたいとも立ち行きたいとも思っていません。」という心では、神様は助けたくても助けようがありません。私達の心が「どうあっても助けて下さい!」と一心になって神様に向かわなければ、助かりの道が開けてゆきません。

★また、家族や周囲の方が愛情を込めて慈愛の心でもって、良い声掛けをさせて頂き、心が正しくなり有難い道が開ける様に、諦めずに願ってゆくことが、神様に通じてゆくのです。どこまでも温かい心で願い続け、有難い声掛けをさせて頂いておりますと、それがお導きとなってゆきます。自分自身が神様のお心に近付かせて頂ける様に、どこまでも親切丁寧にさせて頂き、周囲の方々の助かりを願わせて頂けるような御用にお使い頂きたいと思います。
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2019年09月16日

●生かして頂いている有難さを忘れずに・・・

 私が金光教学院にご修行中に、学院長として御用なさっておられました内田守昌師は、大変立派な先生であられました。常に厚重なお人柄で、ご高徳な先生であられましたから、私は尊敬いたしておりました。その先生が、ネフローゼ症候群を患われ入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」とばかり言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか・・・」「私の家族はどうなるのか・・・」と、心配に捉われて不安でたまらない日々を過ごしておられたそうです。

★そんなある日、松山成三先生の奥様の松山いち先生が、病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せになられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中に、すべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んであれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思われたそうです。涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に医師から「内田さん、薬が効いた!」と告げて頂き、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく頂くことが出来、毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★日々、「見直し・聞き直し・考え直し」をしてゆくことが、日々の信心の稽古だとみ教え下さっています。振り返らせて頂きますと、有難いことばかりなのですが、その有難さがずっと続かせて頂くことがなかなか出来ていません。たとえ今病床にあっても、或いは困難の真っ只中であっても、お命を頂いて生かして頂いているからこそ、このような経験がさせて頂けるのですから、「生神金光大神様、天地金乃神様、有難うございます。」と、まずお礼を申すことから稽古させて頂きたいと思います。毎日、本当に心の底から有難い、という喜びに満ちた心持ちで、日々の生活を努めさせて頂きますと、将来にどれほど有難い道が開けることになるでしょうか。

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2019年09月14日

●神様の思し召しを悟らせて頂く

 二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強していない外国の言語を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

★物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況の下でも神様を杖にして、有難く受け切って、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるのです。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

★今、夫々の身の上で病気や仕事の上での問題等、神様から与えて頂いているご修行がありますね。その与えて頂いている問題が、辛い苦しい時程、神様に心を向けて信心させて頂いておりますと、家中が有難いおかげを蒙らせて頂くきっかけとなってゆくのです。ご信心を基にして、「助からせて頂きたい!」と一心におすがりさせて頂いておりますと、自分自身がおかげを頂くことはもちろんのこと、家族も親族もまた周囲の方も助かってゆく事に繋がるのです。また後々、自分自身の体験を、同じ様なことで苦しんでいる人々に話して、その方が助かって頂けるための御用にお使い頂くことが出来るのです。ですから、今辛い苦しいと思うことは、後々に全て生きた働きとなるのです。「こんな辛い思いはしたくない。出来ることならこんな思いは避けたい。」と思っていても、物事は追い掛けて来るばかりで、避けては通れません。ですから、そのような時こそ、「金光様有難うございます。神様がそのような思し召しでしたら、真正面から受け切って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。」と、苦しい真っ最中にこそ、御礼を申し上げておりますと、後々有難い道が開けてくるのですよ。

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2019年09月13日

●喜ぶ稽古を重ねる

ある女性は、緑内障の症状が進んで、二つの個人病院からも、また阪大病院でも手術は出来ないと医師から手を離され、視力がどんどんと落ちていく中、熱心なご信者にお導き頂かれたのでした。

★一人では電車にも乗れない状態したので、お導きのご信者二人に手を引かれて、朝に、昼に、毎日二回お参りなさり、伊藤コウ師にお取次頂かれました。

そして、「ここにお参りさせて頂いた限りは、おかげを頂けると信じなさい。『天地の間に住む人間は、みな神の氏子』とみ教ええお頂いているのですから、おかげを頂けない人間は一人もいません。ましてや、あなたはこうしてここにお引き寄せ頂いているのですから、神様が『おかげをやろう』と、思し召し下さっているのです。これから三週間、日を切ってしっかりお願いしましょう。あなたも、手術は出来ないと言われたほどのものを、おかげを頂きとお願いするのですから、何かご修行をさせて頂きなさい。『よろこぶこと』『おかげを頂けると信じること』この二つをご修行にさせて頂きなさい。」と、み教え頂かれたのです。

★それから日を経てある日のこと、三代教会長先生が、そのご信者にお会いなさると、なんと一人で参拝が出来ておられたのです。おかげを頂いて、視力が回復し、足袋のつづくりまで出来るようになったということでした。

★ところが、飛び上がって喜ぶ程のおかげを頂いておられるはずなのに、その方は喜ぶどころか、まだ浮かない顔をしておられたそうです。三代教会長先生は、お取次のお徳の有り難さ、また、氏子のご修行をお受け取り下さる神様のご慈愛にお礼を申されると同時に、喜ぶ稽古、お礼を申す稽古は、一朝一夕には身に付くものではないことを感じられたということです。

★喜び上手にならせて頂く為にも、お礼を申す稽古が出来てまりますと、おかげの受け物がしっかりと出来て、必要なことは、全て間に合うように神様から教えて頂くことが出来るようになるのです。日々油断なくお取次を頂き、信心の稽古を進めさせて頂きたいと思います。

★『一心を立てればわが心に神がござるから、おかげになるのじゃ。生きた神を信心せよ。天も地も昔から死んだことなし。此方が祈るところは、天地金乃神と一心なり。』

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2019年09月12日

●神様に心を向け、常からの備えを

 台風15号の影響で、千葉県では44万件を超える家屋の停電、また、停電に伴う断水等で、多くの方々が厳しい避難生活を余儀なくされておられ、少しでも早い復旧と、生活状態の回復を願わせて頂いております。

★去年9月4日には、大阪を直撃した台風21号によって大きな被害があり、教会の真栄根館も暴風雨により瓦が飛ばされた為、雨漏りが激しく、その対応に右往左往しなければならないような経験を致しました。堺市の方々は、一部で一週間程も停電した地域があられたりして、大変なご苦労があられたと存じます。大阪市内でも屋根が全て飛ばされて、家の中が水浸しになっても、覆うことも出来ない家もあられたようです。しかし、断水したり、停電したりした時にご信者の中には、常に感じることが出来ない事を感じさせて頂ける瞬間もあられたようです。例えばローソクの火のまわりに家族が集まって、小さな灯りに照らされた家族の顔を見ながら、ささやかな食事をして、テレビもつかず、音楽も鳴らない静かな中で、互いの無事を喜びあって一日のことを話させて頂く。そんな瞬間にはいつも感じなかった事、「本当に必要な大切なものは何なのか?」という事を、感じさせて頂かれたとのことです。

★台風、大雨、地震などの天変地異は、地球上に生活させて頂いている以上、避けることが出来ないのが現実です。私達にさせて頂けることは、常日頃から神様に心を向けさせて頂き、実意丁寧に信心を進めさせて頂いて、常平生から準備と備えをさせて頂くことです。どのような事でも乗り越えさせて頂けるような、徳と力を頂いてゆくことです。先へ先へと神様からお知らせを頂いて、必要なことを間に合うように、準備もさせて頂けるような信心をさせて頂くことです。

★その為には、常平生からの私達の受け物作りが大切です。突発的に起こってきた出来事に対して、心も体も損なわないような備え、どのように受け止めて、出来てきたことの中に喜びを見出していくか、ということが大事です。「どうして私だけがこんな思いをしなければならないのか・・・」「いつも苦労ばかりさせられている。私は生まれついての不幸だ・・・」などと思っていては、おかげの受け物にひびが入っているのです。日々、おかげの受け物にひびが入っているところを探して、焼き継ぐ心で、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにはゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。』

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2019年09月11日

●生き通しのおかげを頂く

9月10日は、上田喜久子氏の御命日でした。上田氏は、お母様のお導きによって20歳からお引き寄せ頂かれ、脚気の全快・体質改善のおかげを頂かれました。毎朝のみ教えが楽しみで参拝させて頂かれ、二代教会長先生、三代教会長先生のご教導を頂いて、頂いたみ教えは何としても守らせて頂きたいと願われるように信心が進んでいかれたのです。

★また、み教えを頂くずつに、神様へお礼の申し様も分からせて頂けるようになり、「お礼の働きをさせて頂きたい」という願いを、いつも持つようになられました。ある時、伊藤コウ師より、「お導きは自分でするものではなく、神様にさせて頂くのですよ。まずは、人に親切にさせて頂くことですよ」とみ教えを頂かれました。それからは、道を歩く時にも、電車に乗るときにでも、「お導きのご用にお使い頂けます様に」とお願いなさっておられますと、み教えを頂いてから2日ほど経ったある日、近所のご婦人に、「あなたはいつも朝からどこに行っているのですか?」と尋ねられました。「毎朝お教会へ参拝して、有難いお話を聞かせて頂いています」と答えますと、「私も連れて参って下さい」と仰いました。そうして、そのご婦人とご婦人の二人のお子さんをお導きすることが出来られたのです。それから、次々と有難いお導きがさせて頂けるようになられたのです。

★また、ある日の夕食の片づけの途中、あと5,6枚お皿を洗えば終わるという時に「干してある洗濯物を今取り込もう」と、ふと心に思わせて頂かれたそうです。4人のお子さんがおられましたし、雨の日が続いていた晴れ間だったので、たくさんの洗濯物を干しておられたのです。洗い物の手をすぐ止めて、洗濯物を取り込まれた直後に、激しい雨が降ってきたのでした。上田氏は、日常茶飯どんな些細なことでも、心中御祈念を欠かさず、その時にふと心に思わせて頂かれたことを、神様のみ教えと頂いて、即実行させて頂くことを実践なさったのでした。

★上田喜久子氏にお導き頂かれた方々は、御命日を忘れずにその御恩を忘れないように心に刻んでおられ、まさに生き通しのおかげを頂いておられることが、よく分からせて頂きます。秋季霊祭に向けまして、私共も夫々により一層ご信心を進めさせて頂きまして、霊様にご安心頂けるような子孫にならせて頂き、またお世話になった方々に対して、御恩に感じて御恩に報いてゆく生き方を貫かせて頂きましょう。★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは、死んでから後、人が拝んでくれるようになることである』
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2019年09月10日

●お守りを頂いている自覚

 三代教会長先生は、第二次大戦時に陸軍砲兵として、満州・中国・フィリピンの外地にも赴かれました。過酷な戦地に於いて、「部下全員が遺骨なしで帰国させて頂けますように」と願われ、中隊長としての任務を全うさせて頂くべく、尽力されたのです。日々、生命の危険を感じられることが度々あられたのですが、御神米を身につけてお伴し、常に心中御祈念を続けられ、三代教会長先生は九死に一生という体験を三度もなさって助けて頂かれ、部下に配属された100名の方々が一人も欠けることなく無事に帰還なさったのでした。

★三代教会長先生が戦地フィリピンから教会に帰ってこられたのは、奇しくも昭和17年の7月10日伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)の御命日でした。三代教会長先生がコウ師に「ただいま帰らせて頂きました。」とご挨拶される前に、「今日は御隠居様(ハル氏)の御命日ですね。」と仰せになられたのでした。ハル氏はお国替えになさる直前に、「私は霊神となった後も、教会の内外を付きに付いて守ります。」と言い残して下さったのでした。三代教会長先生は、「私の守護霊は伊藤ハル刀自です。」と仰るほど、お守りを受けられたことをよくよく自覚なさっておられ、霊神様に丁寧に御礼申しておられました。

★自分の命もそうですが、守りたいと思っている人の命も、守ろうと思っても決して自分一人の力では守れるものではありません。まして戦地という過酷な場所で、部下が一人の戦死者なしで帰国なさったという事は、どれほど三代教会長先生が神様・御霊様におすがりしきって、常に心中御祈念なさっておられたかということが分からせて頂きます。

★私達の命は、ご先祖の御霊様といつもつながっております。今日有り難い生活をさせて頂いておりますのは、御霊様の残して下さったお徳のおかげであることを忘れず、日々お守りを受けて、生活をさせて頂いていることに御礼を申させて頂きましょう。そして、日々御祈念させて頂き、神様・御霊様に心を向け、神様・御霊様のお心がわからせて頂き、喜んで頂ける信心に進ませて頂きましょう。

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2019年09月09日

●神様のお守りを受け続けて

昨日は、みかげ会例会にて、井上氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和43年4月に、ご信心のある奥様と結婚なさり、ご神縁を頂かれました。井上氏は、昭和41年に現在の会社に入社されて以来、今日まで足かけ53年勤続のおかげを頂いておられます。社長職を経て、現在は会長として、信心を元にお仕事に励んでおられるのです。

★平成9年、三重県の工場でガス漏れによる火災が起きました。しかし、ガスが気化して工場内に充満する前の段階で、配電盤で引火したことにより、燃えたのは漏れたガスだけで、消火された後は、多少の焦げ跡が残っただけで怪我人もなく、工場の被害も最小限におかげを頂かれたのでした。40年以上勤めておられた社員の方が、「あんな大きな火災で燃えた跡も殆どないとは、人間の力の及ばない何かに守られているとしか思えません」と、実感を口にされたそうです。

★また、つい先月の3日の土曜日、会社は休みの日に、朝から来客の対応をなさって、井上氏は帰ろうとしておられた時に、休日出勤していた別の社員さんから、「塗装工場が火事のようです」と知らされたのでした。現場に行ってみられますと、機械の整備の為にたまたま出勤していた方が、休憩場所に移動する際に天井が燃えているのを見つけ、消防車を呼んだところだったのです。井上氏は、電話でお届けなさいましたので、火災の被害が最小限におかげを頂けるよう御祈念させて頂いておりました。

★消防車が到着するまでには30分ほどかかったそうですが、消防車2台、化学消防車1台、タンク車1台、救急車1台、消火指令車1台の、計6台も緊急車両が駆けつけて下さり、無事消火されたそうです。

鎮火後の確認で、電線の漏電による火災で天井裏から出火したことが分かり、可燃性の液体の入ったドラム缶まであと1メートル、工場の約半分の電力を供給する設備の約5メートル手前で、火が消し止められていたことが分かったのでした。危うく大事故になるところを、小難に大みかげを頂かれたのです。常平生から実意丁寧にご信心を進めておられるお徳によって、お守り頂いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『病気災難があったからというて、にわかに神に信心を始めるよりは、常平生から手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神から心配してやる。いかに大病じゃの九死じゃのという病難でも、絶頂をしのがして全快さしてやる。とかく信心は地を肥やせ』

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2019年09月08日

●和らぎ、喜ぶ心で、御礼を申しながら生活させて頂く

 現在、日本人の2人に1人が発症している癌は、正常な細胞の遺伝子の異常によって誕生し、無限に増殖を繰り返していきます。しかし、最近の研究では、癌細胞は「ある働きかけ」を免疫細胞に行い、攻撃をピタリとやめさせていることが分かったそうです。その「ある働きかけ」とは、それが「メッセージ物質」だそうです。さらに癌細胞が、「ある特殊なメッセージ物質」を駆使していることが、明らかになってきました。その名をエクソソームといいます。カプセル状の形をしていて、その中には様々な「メッセージ物質」が丸ごと詰め込まれています。「私に攻撃するのをやめて」という「メッセージ物質」を中に込め、免疫細胞へと送ります。その結果、免疫細胞はがん細胞を味方だと認識し、攻撃するのをやめてしまうというのです。こうした免疫細胞を欺くメカニズムがわかってきたことで、「メッセージ物質」を活かしたがん治療の研究が進んでいます。その一つが、癌が出すエクソソームに目印になるものをつけて、免疫細胞に敵だと認識させ、攻撃し、退治してしまい、転移を防ごうという方法です。二つ目が、筋肉が出す「メッセージ物質」に着目することで、私たち自身の体に潜む、「がん撃退パワー」を引き出そうという研究です。筋肉を動かして出る「メッセージ物質」にはうつの症状を改善したり、記憶力をアップさせたりする力があることが最新研究で明らかになってきています。筋肉を鍛えることは大切なことで、筋肉が出す「メッセージ物質」が、がん細胞をやっつける免疫細胞を活性化させる働きがある、ということです。

★何事も時節に任せて、神様にお任せするいうことは大変大切なことです。しかし、時節に任せることが出来ず、「自分に合わせてほしい。」「自分の思うようにしてほしい。」「自分のスピードに合わせてほしい。」「何もかも自分の思うようにしてほしい。」と相手に要求することは「我」です。それでは良いものは生まれてこないのです。毎日の生活を、和らぎ、喜ぶ心で御礼を申しながら落ち着いて、心に波風を立てないようにして、あれやこれやと心配や不安に思うことは神様にお預けして、今しなければならないことに打ち込んでさせて頂いておりますと、尊い働きが生まれるのです。毎日、笑顔で御礼を申して生活させて頂いているところに、免疫細胞も活発に働き、心身共に健康な状態を保たせて頂くことが出来るのですよ。

★『何事にも無理をするな。我を出すな。わが計らいを去って神任せにせよ。天地の心になっておかげを受けよ』

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2019年09月07日

●御礼の心を大きくすることは、言葉に尽くせないほど重要

私たちは、天地の親神様の御神徳に満ち満ちた世界で、天地のお恵みを享受させて頂き、様々な命を分けて頂いて、お命を繋いで頂いて生活させて頂いております。それは、いわば外から神様のお働きを受けていますが、身体の中では内なる神様がお働き下さっています。人間の身体には、60兆ほどの細胞があり、日々生まれ変わり、互いに隣接しながら、それぞれに連携し合いながら、見事に調和し合って、一つ一つ正しく働いてくれているのです。そして、一つ一つの細胞に免疫力を高めてくれたり、自然治癒力が働くように遺伝子が備わっています。

★人間の腸内にいる腸内細菌はおよそ1000種類、100兆個以上とも言われていますが、「クロストリジウム菌」という腸内細菌の仲間の重要性について先日NHKで紹介されていました。これまで免疫細胞と言えば、外敵を攻撃するのが役目と思われていましたが、新たに発見されたTレグ(制御性T細胞)は、その逆で、むしろ仲間の免疫細胞の過剰な攻撃(暴走)を抑える役割を持つことが突き止められました。クロストリジウム菌が発するメッセージ物質の働きによってTレグ(制御性T細胞)となった細胞は、攻撃役でなく、いわばブレーキ役が存在していたのです。このTレグの働きで、全身の各所で過剰に活性化し暴走している免疫細胞がなだめられ、アレルギーや自己免疫疾患が抑えられていることがわかってきました。クロストリジウム菌は、私たちの腸内の食物繊維をエサとして食べて増加し、腸に集結する免疫細胞を適切に抑える役割を担っているのです。

★私達は、古くから日本人が頂いてきた豆類や海藻類、木の実、キノコ類や根菜類に含まれている食物繊維を取ることにより、腸内環境を整え、アレルギーや自己免疫疾患などから守って頂いてきたことが分かります。日々の生活で日本人の体質に合った食生活をすることにより、身体を整え、病気から守り、健康を保っていくことが出来るのです。体の臓器がコミュニケーションを取りながら、実に複雑に相互に関連しあって、共に働き合って全体を生かしているのです。

★食事を頂く際にも拝んで頂くことにより、天地のお徳を身体に取り入れることができ、和らぎ喜ぶ心によって心も整ってゆくのですね。御礼の心を大きくすることが、自分の身体の働きを大きくし、能力を最大限に発揮することができ、人とのコミュニケーションはもちろんのこと、自分の身体の中のコミュニケーションも正しく取れ、すべて調和がとれるようになってゆくのです。御礼を申して生活をさせて頂くという事が、言葉や文字で言い表せないほど重要であるということが分からせて頂きますね。
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2019年09月06日

●「はい。有難うございます。させて頂きます。」

『誰でも不幸災難に遭って困り切っている時に助けてもらったのは、この恩、このおかげを一生忘れられるものかと言うが、日に日に授かっているおかげは、案外知らないでいる。神のおかげは、生きているから、死んだからではない。いつも受け通しである。』

★私達は様々な出来事を通して、日々信心が進ませて頂けることは真に有難いことです。昨日よりは今日、今日よりは明日というように、成長・向上させて頂き、神様の思し召し、み教えのご内容を少しは分からせて頂いたつもりでおりましても、その時の有難い感激、肝に銘じたはずのみ教えのご真意も、信心に油断が出来ますと、すぐに薄れてしまう危うさを、誰もが持っているものです。

★伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、70歳を過ぎられた頃に、娘さん3人を上座に据えて、下座から手をついて、「あなた達がそれぞれに命にかかわるような病気に次々とかかり、病弱で愚鈍で、また、心配せねばならぬような問題に次々と直面させてくれたおかげで、今日まで私の信心が続きました。今日では、どれほど御礼を申し上げても足らないほど、結構なおかげを頂いています。あなた達のおかげです。有難うございました」と、お礼を申されたということです。ハル刀自が、どんな時にも生神金光大神様のお取次を頂いて、神様の思し召し頂しとしてご修行なさり、信心の向上、子孫繁昌を願って、どれほどの覚悟を決めてご信心に取り組まれたのかということを、伺わせて頂くことが出来、有難く思わせて頂きます。

★お取次を頂くということは、自分の望んでいることを要求するようなお願いをするばかりではなく、日に日に頂いている生命、住居、家族、仕事など、目に見えるおかげ、見えないおかげを頂き続けている御礼を申し、御礼が足りず、ご無礼の多いことのお詫びを申し上げることが大切です。そして、神様の思し召しを素直に、「はい。有難うございます。させて頂きます。」と有難く頂ける信心に進ませて頂けるよう、お願いさせて頂くことが、願い成就のおかげを頂く一番の近道だと教えて頂いております。

★『真に有り難しと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

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2019年09月05日

●神様のお心に適う願いとは…

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長伊藤徳次師と二代教会長コウ師がお留守で、お広前にはコウ師のご母堂であるハル氏が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★ハル氏は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」とご教導なさったのです。★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。ハル氏は「喜んでさせて頂きましょう。3日間の日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★後に、コウ師は「私たちの教導が至らないために、ご布教がまだまだ行き届いていない時には、こんな間違えたお願いをする人がご近所におられました。これは、私たちの教導が至らない、そしてお導きが足りない結果です。もっと早くこのお道が伝わり、ご近所の方々が正しいお願いをされ、正しく信心をされて地域・社会が助かり、立ち行かれますように御用させて頂きたいと思わせて頂きます。そして、西は果て東は果て悩み苦しむ方が、このお広前に御引寄せ頂かれて、次々とおかげを蒙らせて頂ける教会にならせて頂けますように。」と仰せになり、願われたのです。その願いは布教当初から現在も変わらず、またこれからも変わることなく願い続けて参ります。
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2019年09月04日

●三惚れの心

『此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。』

★生神金光大神は、「此方がおかげの受けはじめである」と仰せられ、生神金光大神様だけが、特別な遠くかけ離れた存在ではなく、「誰でもおかげが受けられる。」とみ教え下さっています。それぞれに神様の御分霊を頂いてお命を授けて頂き、水、空気、食物等のお恵みを頂き続けて、生かして頂いております。一人一人が、神様から生命を授かっている尊い存在であることを自覚させて頂き、親神様の深い思し召しに心を向け、それぞれに与えて頂いているお役目を全うさせて頂けるように、一心にお縋りさせて頂くことによって、ご神徳を表わさせて頂くことができるのです。

★物事には両面があり、自分にとって都合の良い面と都合の悪い面があります。自分自身の心の持ち方が大切だということが分からせて頂きます。悪い面ばかりを見て、「こんなところに住むのは嫌だ。」「こんなつまらない仕事はない。」「こんな家族とは一緒に住めない。」と思いながら生活しておりますと、自分自身はもちろんのこと周囲も不幸せになり、助かってはゆきません。神様から授かった命にお礼を申し上げ、神様から授かった環境にお礼を申し、毎日の生活の中で人の助かりを願い、「相手の気持ちが分からせて頂けますように。」と御祈念して生活させて頂くことを実践させて頂いておりますと、行く所行く所で御神徳を表すことができ、周囲も自身も助かっていくのです。

教会では「三惚れ」ということを教えて頂いております。
1)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。
2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。
3)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。

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2019年09月03日

●病気を通して心を改める

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られて、そのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのです。その日までには、よほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。信心の初めには、「拝み信心」「不足信心」を教祖様から戒められたこともあられましたが、み教えを頂かれ、心を改めるよう信心の稽古をされたのです。そして小さな信心から広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★国枝三五郎師は『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびの入っていることに気がつかずに、水をくみこんで安心しているから、蓋をあければからっぽである。水をくみこむ心で、焼き接ぐ心になればよい。』とのみ教えも頂かれました。ここが自分の至らないところだと分からせて頂けることや、考え違い、間違いに気が付かせて頂くことがおかげです。ですから、国枝三五郎師は『今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』ともみ教えを頂いておられます。神様から、病気を通して今何を勉強すべきか、何を改まるべきかを教えて頂かれ、さらに一歩前進させて頂くおかげを蒙られたのですね。
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2019年09月02日

●今月今日、積徳のご信心を

 戦後少し経った頃、二代教会長先生があるお宅祭の席で、たまたま居合わせてお宅祭を拝まれた65才の方がありました。「先生、世の中はつまらんもんですな。正直者はバカを見る。その一人が私ですわ。戦争中にお上が出せと言うから、家にある金品や大事なものを全て国に差し出しました。そんなことをしたばっかりに、戦争が終わっても生活は苦しくてやっていけません。そして何より辛いのは戦争で二人の息子を亡くしたことです。わざわざ遠い神社まで参って武運長久を願っていたのに、息子達は戦死してしまった。私は以前いくつかの宗教について勉強したこともありますが、どれも腑に落ちないことばかりでした。」と怒りと不足に満ちて話されたのでした。

★二代教会長先生は、その方に「あなたにはまだ勉強することがありますよ。金光教という勉強が残っています。ぜひともお道に入れて頂いて、本当の信心をさせて頂いて、その暗い暗い苦しみに満ちた人生が、明るい喜びに満ちた人生に変わられることをお願いしております。見るもの・触るもの一切が有り難く変わって見えてきますよ。『自分の力で何でもできる!』という力みが、思い上がりだと分からせて頂けるようになります。本当にご信心されましたら、毎日が何と有り難いものかと、お礼申さずにはおれないようになりますよ。」と、教え諭されたのでした。

★他方、阿倍野教会に日参なさっておられたあるご信者は、やはり二人の息子さんを戦争で亡くされました。その後も毎日一生懸命にお参りをなさって、丁寧に御祈念を込めておられたのです。「息子達は、今は遠い離れた所に出張して、その出張先から親孝行をしてくれて、私達親を守ってくれておるのだと毎日思っております。」と仰ったのでした。息子さん達が霊ながらに安心し、お徳の高い霊となられるように御祈念を込めておられたのです。

★霊様の働きは、生き死にを通して永遠に続くものです。いつも、今日から、ここからの生き方を大切にさせて頂き、日参・聴教のお徳、お取次のお徳、御用のお徳をしっかりと頂くことを心がけさせて頂きますと、身にも心にも有り難いおかげを頂くことが出来るのです。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』

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2019年09月01日

●問題の中にこそ神様の深いご慈愛がある

教祖様の元にお参りなさっておられた荻原須喜というお方は、20才の頃に病気で2年間も寝込まれ、見かねた近所のお方に、お父様がお導き頂かれたのでした。

御祈祷を願われたお父様に、教祖様は、『私が拝んでやっても、そっちに信心がなくてはおかげが受けられぬ。信心しなさい。信心さえすれば、必ずおかげはある』と仰せになられたのでした。

★そこで、それまで通り、あらゆる神仏にお願いする信心を続けられたのでしたが、100日経っても回復の兆しが見えず、再度参拝されたときには、須喜さんのご主人を連れて参るよう言われ、参ってきたご主人の豊松さんに、「信心ができるか」とお尋ねになられました。

豊松さんは、日本国中のあらゆる神仏を拝んできたことをお話しになりますと、教祖様は、「それは、あまりの信心である。」と仰せになり、家族で相談して、おすがりするところを「この神様」と決めて、一心に信心するよう、み教え下さったのでした。

更に、まだ一度もお会いになったことのない須喜さんが、日頃不足ばかり言っていたことを、「ああも言ったであろう」「こうも言ったであろう」と、何十となく言い表され、不足心とわがままから病気になっていることと、不足心を取り除くように教えて下さったのでした。

★豊松さんは、大変感激なさり、家族で相談の上、金光様に一心におすがりしてご信心させて頂くことに、心を定められたのでした。そこから、須喜さんはみるみる回復のおかげを頂かれ、家内中そろって信心が出来るようになられたのでした。

★天地の親神様は、命を与えて下さり、育んで下さり、お引き取りも下さいます。必要な時には、病気さえも与えて下さって、心の成長、信心の成長を願ってくださいます。そうして、年々に、心も体も健康に、子孫繁昌、家繁昌の真のおかげを頂いてくれよと願って下さっておられるのです。

そのような、深い神様のご慈愛を分からせて頂き、目の前の出来事に、お礼の心で、ご信心を元に取り組ませて頂けば、病気平癒、問題解決のおかげも、自然と頂けるようになるのです。

★『今まで長く痛くてつらかったことと、今おかげを受けてありがたいことと、その二つを忘れなよ。その二つを忘れさえせねば、その方の病気は二度と起こらぬぞ。これから、人が痛いと言うて来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたい時のことを思い出して、神に頼んでやれ。

われはもう治ったから人のことは知らんというような心を出すと、またこの病気が起こるぞ。今の心で、おかげを受けていけば、病気が起こらぬばかりじゃない。子孫の末までおかげを受けられるぞ。』

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