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2019年08月31日

●病治しの神ではない、心を治す神である

 甘木教会のあるご信者が、脊椎カリエスを患われ、神様にお願いさせて頂いて、大学病院に一か月入院され治療を受けられたのですが、思うように効果が現れませんでした。そこで退院され、そのことを甘木教会の初代教会長・安武松太郎先生にお届けされますと、「それでは入院したつもりで信心の稽古をさせて頂いたらどうですか?」とみ教えを下さいました。

★それから、そのご信者は毎日教会に参拝され、み教えを頂かれますと、涙が流れるほどみ教えが有難く感じられるようになられたのでした。しかし家に帰ると、家族の事、お商売の事など、見ること聞くことに腹が立つのでした。そして、また教会に参拝されると有難い気持ちになるのですが、また家に帰られるとまた腹が立つ、という繰り返しであられたのです。毎日、苦しい気持ちの繰り返しの日々がたまらなくなり、そのことをお届けされますと、安武松太郎先生は「ここは教会だから、神様の教えをお話してきかせ、信心の稽古をするところで、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせて頂きなさい。」さらに「この神様は、病治しの神様ではない。心を直す神様であるから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした以上、神様にお任せ、お預けして、自分は病気のことを忘れて、ひたすらに信心の稽古をさせて頂きなさい。」とみ教え下されたのでした。

★人間ですから、先が見えませんから、心配や不安な気持ちが押し寄せてくることがあります。しかし、ご信心させて頂いておりますと、見ること聞くこと全てを、神様にお願いしてお預けさせて頂くことが出来るのです。そして、その心配や不安な心を神様にお預けし、お願いさせて頂きました後は、その事を忘れて現在自分がしなければならないことに打ち込んでさせて頂くのです。そのように心掛けておりますと、夫婦や親子の間でも「有難うございます。」と御礼を申すことが出来、心も次第に穏やかになり、結構なご庇礼が頂けるのです。

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2019年08月30日

●無理は、めげる(壊れる)もと

先日あるご夫婦が、お礼届けに来られ、「娘がみ教えを頂いて、あの時に無理をせぬように致しましたので、今日おかげを頂きまして、幸せに暮らしております。」と申されました。

★娘さんがご結婚され、子宝を授かられた時期に、娘婿さんの親しい友人から、「土地を買って立派な家を建てる算段をしているから、君も同じように銀行から借りて建てたらどうか?」と誘いの声がかかったのです。娘婿さんは、これはいい話であると思われたのですが、娘さんはあまりにも金額が高いので、ご両親に相談されました。ご両親は「あなた達の家族にとれば、その話は分不相応で、あまりにも無理があるのではないか。とうてい賛成は出来ない。」と反対されたのです。

★そこで、娘さんはご両親と参拝され、お届けされますと、お結界で「そのお話は、あまりにも無理がありますから、やめておきなさい。この際は、ご両親の仰ることを理解しなさい。」とみ教えを頂かれたのでした。娘さんは娘婿さんの話に賛同されていましたが、娘さん自身も授かった子供さんを育てるため、働くこともできない状況の中、多額の借金をすることは、自分たちにとってやはり無理があるだろう、と気付かせて頂けたのでした。娘さんは、娘婿さんを説得しようとするのですが、娘婿さんは、無理をしてでも買いたいと、なかなか考えが変わることはなかったのです。一旦、土地と家の購入は取り止めになりましたが、娘婿さんは気が収まらず、「嫁も両親も教会の先生も反対ばかりする」と腹を立てておられました。娘婿さん夫婦は、その後、自分たちに分相応な物件を探すことが出来られまして、閑静な場所に一戸建の新築住宅を購入させて頂かれたのです。その際には、娘さんがお届けに来られお伺いされ、またご両親にも喜んで頂ける家に住ませて頂けることになられたのでした。娘婿さんは、家購入時には、地鎮祭や上棟奉告祭を仕えさせて頂くことができられ、現在結構に有難い生活を送っておられます。

★娘婿さんの友人はといいますと、その話を進めた結果、借金をされ土地を購入し、家を建てるために、自分たちが借金したお金では足りませんから、お嫁さんのご両親にもお金を借りる予定でした。しかし、ご両親は貸さないと言われ、なんと土地は売ることになり、結局手元に残ったのは、借金だけが残ってしまったのでした。

★娘婿さんは、後にその話を聞かれ、大変驚かれ、確証もなしに話を進めてはいけない、無理をしてはいけないということが分かられ、あの時止めて頂いて良かった、と思うことができられたのでした。

★無理を通せば道理が引っ込むと言うように、周りの意見に聞く耳を持たず、「自分ならできる」と思って、自分中心の考えで押し通すという事は、極めて危険なことですね。み教えを頂く有難さが分からせて頂けます。

★『何事によらず、無理を言うたり、したり、してはならぬぞ。無理が一番悪い。めげるもとじゃ。自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』『人間が利口過ぎると、せっかくこうむっておるおかげを取りはずすことがあってどうならぬ。つまり、知恵が走り過ぎて、神様の上を行くからであろうぞ。』
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2019年08月29日

●目には見えぬ大きなお働きの中に

 教祖様は、ご生前中から金光大神祭り日(まつりび)として、10月10日に御祭典をお仕えになっておられました。生神金光大神様がお仕えになられる金光大神祭りとは、お取次によって人が救い助けられる生神金光大神様のお働きに対して、お礼を申し上げるというご意味であられ、その10月10日に、神上がられたのでした。

★教祖様はご生前中に、福嶋儀兵衛先生に対して『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。 形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせて下さる。』と仰せられました。福嶋先生が「それはいつのことですか」とお伺いされますと、「此方はどこへも知らせないが、真ある者には神様がお知らせになろう。凧の糸を引くようにな」と仰せられたということです。その仰せの通り、教祖様の直信の信者の中でも、とりわけお徳の高い先生方が、神様から教祖様お国替えのお知らせを頂かれて、御霊地に参拝なさってこられたということです。遠方であってもまさに時間も空間も超えて、神様のお徳が現れたのでした。

★我々の目に見える世界というのは、全体のほんの一部分であり、目に見えない世界の大きな働きに支えられているのです。その中に私達信奉者一同は、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のご神徳を蒙らせて頂けることは真に有難いことです。今月今日、銘々が置いて頂いている立場で、ご信心を進めさせて頂くことによって、時間も空間も超えて助かるおかげを頂けるということは、どれほど有り難いことでありましょうか。生涯かけてご修行させて頂き、お国替えの後は、行きたいところに行って助けたい人を助けることが出来るような、霊神としてのお徳を頂いて、死んだ後も生き通しの働きがさせて頂けることを願いに持ち、日々信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『生きても死にても天と地は我が住家と思えよ。天にまかせよ。地にすがれよ』『神徳を受けよ 人徳を得よ。生きたくば 神徳を積みて 長生きをせよ。』

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2019年08月28日

●今からが本当に改まった信心に進ませて頂く時

今、就職活動を行っておられるお方が、「どうぞ試験に合格させていただけますように…」とお願いなさっておられます。

★その方にお話しさせて頂いたことですが、[合格させて頂くまでは、「何としてでも朝早くからお参りさせて頂いて、おかげを頂こう!」と励んでおられることでしょう。神様に「今日、就職活動をさせて頂けるまでに成長させて頂いて有難うございます。ここからどうぞお役に立たせて頂ける、世の中でしっかりと御礼の働きがさせて頂ける人間にならせて頂けますように。私が一番お役に立たせて頂ける場所を与えて頂けますように。」「何月何日に試験を受けさせて頂きます。どうぞ合格出来ますように…。」と、改まってお願いさせて頂いておりますが、本当に改まった信心に進ませて頂くのは、ここからが大切なのです。合格させて頂いたら、「やっと合格することが出来た。勤務先が決まった。有難い…」とお礼を申し上げますが、その後は熱心さが薄れてしまうのでは、申し訳ないことです。「ここから本当に御信心をしっかりとさせて頂きますから、よろしくお願い致します。合格させて頂きました暁には、本当に御信心を基にして、本当の世の中のお役に立つ人間に成長させて頂きたいと思います。朝参りも続けて改まった御信心を進めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します。」というような、心にならせて頂かねばなりませんよ。合格させて頂いたら、「ああ良かった、良かった。」と安心して、お参りも止まってしまっては、神様がお嘆きになられます。神様が「良くそこまで気が付くようになったなあ。有難い姿に成長してくれている。一層にお役に立ってくれよ。」とお喜び下さるような信心をさせて頂きましょう。そうしておりましたら、就職先でもお役に立つ働きが出来、信用して頂いて仕事も任せて頂けるのです。]とお話しさせて頂いたことでした。

★三代教会長先生は、[不確かなことは口から出さない方がよろしい。分からなければ「今はわかりません。すぐに調べます。」と言い、すぐに調べたら良いのです。]と仰いました。いい加減なことを口にして不確かなことばかり答えておりますと、自分の信用を落としてしまうのです。「この人なら心配ない、大丈夫だ。」と思ってもらえる仕事ぶりになってゆくのは、小さなことの積み重ねなのです。その小さなことの積み重ねが、信用を頂けるのです。神様に対しても同じことで、小さなことの積み重ねが、大きな御神徳を蒙らせて頂ける事に繋がるのです。
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2019年08月27日

●日々が奇跡の連続

 25日の学生講演会に出場なさった高校生のご信者は、中学2年生の6月に突然、身体に様々な症状が出てきたのです。朝目が覚めると天井がグルグルと回り、苦しくて起き上がれない状態で、頭痛が続き、目を開けることも出来ないのです。この苦しさ、辛さから逃げ出したい一心で、処方された薬を服用していますと、今度は胃の中が荒れてしまい、激しい腹痛に襲われたのでした。すぐに総合病院へ入院し、検査して頂きますと、有難いことに腹痛は治まり、翌日退院することができられました。しかし、毎朝のめまいや立ちくらみ、頭痛の症状は一向に治まらず、週3日程も学校を休まなければならない日が1年半も続いたのです。

★ご信者は、これまで中学校生活では、勉強やクラブや生徒会活動にと、大変有意義な生活を送らせて頂かれ、喜んで通学なさっていました。ですから、「学校で勉強がしたい!友人と話がしたい!クラブをしたい!」という気持ちが強く、身体が思うように動かない、回復しないことに、不安や焦りが大きくなっていったのです。症状が1年以上たった中学3年生の時に、医師より起立性調節障害と診断されました。この病気は、自立神経失調症の一つで、立ち上がった時に血圧が低下したり、心拍数が上がり過ぎたり、調節に時間がかかるそうです。あくまでも身体の病気であり、本人が頑張ればどうにかなるという事ではないという病気です。

★高校受験については、第1志望とする高校をあきらめなければならないのかと不安でしたが、教会長先生にお届けされますと「体調のことや欠席日数のことは心配しなくてもいですよ。希望する高校を変えずに受験まで一心にお願いしましょう。」とみ教えを頂かれ、日々神様にお願いしながら、受験勉強に取り組んでおられました。家族・親戚中のお祈りを頂かれ、無事に合格のおかげを頂き、高校へ入学してからは毎日元気で通学され、信心勉強御用に励んでおられます。合格の際に、教会長先生より、「約1年半、大変辛かったと思いますが、中学生の時に症状が出たのがおかげですよ。高校や社会人になってからだと、もっと大変だったところを、神様が早めにあなたの体質に気付かせて下さったのです。これからも油断せず、神様にお願いして体質改善のおかげを頂きましょう。」とみ教え下さいました。

★ご信者は、この病気を通して、朝布団から起き上がれること、自転車に乗って登校できること、授業を受けて試験に臨めること、体育で身体を動かせること、美味しくお食事を頂き、夜眠れること…日々普通に生活させて頂けることが、当たり前ではなかったことに気付かれ、奇跡の連続であることを痛感されたのです。また、同じ病気で悩んでいる友人の心に寄り添い、助かりを願い、自分にできることをさせて頂きたいと願っておられるのです。そうして、「目に見えないおかげ」に気付き、一つ一つに御礼が申せるようになられ、有難い経験をさせて頂けたと御礼が申せることは、どれほど神様がお喜び下さっていることでしょう。私達も与えて頂いている出来事をおかげにさせて頂けるように、神様におすがりしながら取り組ませて頂きましょう。

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2019年08月26日

●受けたおかげはどこまでも忘れることなく

昨日は、お昼の2時から学生講演会が開催され、中学生・高校生・大学生の6人の学生さんが出場され、幼少の頃からご信心を頂いてこられた有り難いお話をして下さいました。随分暑さも和らぎ、お湿りもなく、大変お参りさせて頂きやすい天候のお繰り合わせも頂きまして、誠に有り難いことでございました。

★二代教会長・伊藤コウ師は、13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさり、高熱が出て骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられたのでした。

ハル氏(コウ師のご母堂)は、神様に「これまで親としての育て方が間違っておりました。神様の大切な氏子を預からせて頂いておりながら、大きくなれば家の為に、ああも育ってほしい、こうもしてほしいと、勝手なことを考えておりました。成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に」と、神様にお詫びを申され、お願いなさいました。

その時の誓いを守らせて頂かれ、ハル氏は、コウ師の命を助けて頂いてからはお礼の信心を一層厚くなさり、ご恩返しの働きをさせて頂くことを、生涯心掛けて大切になさったのでした。

★コウ師は、ハル氏の御礼の信心をしっかりと受け継がれ、全寮制の師範学校に通っておられた頃も、週末は教会にお礼参りを必ずなさり、それから家に寄って、縫物などの家の用事を寮に持ち帰らせて頂くということを、ずっと続けられたということです。

★お世話になりましたら、お礼はすぐに、真心をもってさせて頂く。また、一度お礼を言ったら良いというのではなく、受けたご恩はどこまでも忘れず、お礼の働きを生涯続けさせて頂くことによって、めぐりをお取り払い頂き、神様にご安心頂ける信心へと進ませて頂き、周囲の人のお手本となるような有り難い姿にならせて頂くことが出来るのです。

★『神様が金光大神に教えてくださり、話して聞かせよと言ってくださるから、話してあげる。それを聞いて、子供にでも他人にでも話して聞かせてあげよ。めいめいにそれを心得、天地の神様はありがたいとわかって信心する人が一人でもできれば、神様がお喜びになる。そうなれば、あなた方も神様のご用に立つこととなる。』

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2019年08月25日

●御礼に働かせて頂く

 あるお方は、以前は仕事をさせて頂く上で、まともに働かない人を見ては、腹が立って腹が立って仕方がなかったそうです。そして、「あの人はまともに働かない。ただ時間が過ぎるのを待っているだけだ。私は最大限努力しているのに、なぜあの人と同じ給料なのか!」と思っていたということです。そして、サボっている人に「あんた何をサボってばかりしてるんや!」と、何かあれば、きっかけを捕まえては口喧嘩をしたくなる性分であったそうです。ところが、日々参拝してみ教えを頂くようになられてからは、「本当にかわいそうなことだなあ。私は毎日み教えを頂いて、元気に有難く働かせて頂ける。健康な状態を保たせて頂いて有難いことだなあ。また結構な環境を整えて頂き、信心友達と信心に基づいた良いお付き合いをさせて頂き、次々と良い人を与えて頂いている。また住まいさせて下さっている大家さんとも仲良くさせて頂き、日当たりの良い、風通しの良い有難い部屋に住まわして頂いていることは、なんと有難いことかなあ。考えてみれば、何もかも有難いことばかりで、その御礼に働かせて頂こう!」と思えるようになられたのです。

★そのお方は良く仕事が出来られるので、人よりも難しい仕事が回ってくるため、いつも人よりも労働時間が長くなるそうです。ですから、以前でしたら「なぜ私ばかり仕事が回ってくるのか。なぜ私ばかりこんな扱いを受けなければならないのか…!」と、仕事の内容を見ても腹が立ち、人を見ても腹が立って、何もかもが腹の立つ原因になったのでした。そして、そのストレスを飲食で発散し、暴飲暴食していたのですが、体にも経済的にも負担が掛かり、働いても働いても楽にならず、体も疲れさせていたのです。

★しかし、み教えを聴かせて頂いておりましたら、自分の心が間違っており、そのことで体を疲れさせていたことに気付かれたのです。そして、「以前より機嫌良く、また気分良く働かせて頂くことが出来るようになりました。今は働かせて頂けるのが有難く、周囲の方々に対しても有難く御礼が申せるようになりました。毎日、神様に結構な環境を与えて頂き、結構な生活をさせて頂いている御礼を申しております。これが私にとっては大変有難いおかげで、以前とは全く違う人生を歩ませて頂いております。」と御礼を申されたのでした。

★み教えを聴かせて頂いたことにより、心も豊かになり、また健康な体に作り変えて頂くおかげを頂かれたのです。出来てきた事は、神様がさせなさる御修行だと思って、有難く喜んで御礼を申しておりますと、次々と良い環境を整えて下さるのです。

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2019年08月24日

●神様のお守りを頂き、人のお世話になって…

あるご信者は、先日10時間半にも及ぶ手術を受けられました。手術を受けられたご信者、また御家族も一心におすがりされ、無事に手術成功のおかげを頂かれたのです。手術の時には、医師の方々もチームを組んで下さって一所懸命に手術をして下さいます。

★医師であるご信者から以前に聞かせて頂いたことですが、執刀なさる医師の方々も手術中はトイレを行かなくてもよいように、手が震えないように薬を飲んで臨まれるということです。そして、医師であるご信者は常に「人間は完全無欠ではありませんから、足りないところを足して頂いて、手術が無事に成功させて頂けますように。」とお願いしながら手術をしておられるのです。そのようにして、ご自身の責任を全うすべく、ご自分の命を削って人を助けておられるのですね。

★手術を受けるにも、すべてにご都合お繰り合わせを頂かねば受けることはできません。まず、患者さんが手術を受けることができる身体の状態であり、また環境が整っている中で、それぞれ専門の医師がチームを組んで、心を揃えて準備をして下さって手術をして下さり、患者さんに合う薬を投与して下さるというように、すべてが整うことで、手術が無事に成功させて頂くことができるのです。そこには、人間の力だけでは到底出来ることではなく、神様のお働きがなければ成り立ってゆきません。ご信心させて頂いている私達は、もし手術を受ける立場になれば、医師のことを願い、また病院の患者さんすべての助かりを祈らせて頂くことが、神様のお心に適うことなのです。日々神様のお働きを感じさせて頂き、人のお世話になって生活させて頂いている、という事を自覚させて頂いて、しっかりとお礼を申しながら生活させて頂きましょう。

★『まめな人は、わが身はわが自由であると言うておる人もあるが、わが身がわが自由にならんことがある。夜寝た時、覚えず知らず息を誰がさして下さるか。子供を一人寝さしておくのに、さしつかえはない。これ、わが体は天地の親神のお守り下さるので自由に働きができるのである。真にありがたしと思わねばならんなぁ。(中略)とにかく、まめな時くり合わして参詣してご神徳をいただいておき、病苦災難の時には、天地金乃神、金光大神様の手続きをもって願い、直々に聞いてもらうようになければ、信心は間に合わん。どこでも一心に頼みなさい。神様は直におかげをくださるのである。』
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2019年08月23日

●油断せず行き届いた準備を・・・

 先日、80歳を越えられた方がお届けに来られ、「医者から食生活を改めるよう指導を受けました。腎臓の機能を悪くしておりますから、低塩分の食事をするようにして、塩分が過ぎないように気を付けるよう言われました。私は、つくだ煮や漬物などの塩辛い物や、パンと麺類が好きで、なかなかそれがやめられません…。」とお届けされました。

★そこで「パンや、うどんやお蕎麦などの麺類には意外なほど塩分が入っていることをご存じでしょうか?何しろ口にして美味しいと感じるものは塩分が高いのです。美味しいものがお好きなら、気を付けていかねばなりませんね。今から食生活や、生活習慣を改善してゆくことは、辛抱も要りますし、それを御修行にさせて頂かなければ、簡単には出来ませんね。パンや麺類は手軽で食事も早く済みますし、後片付けも簡単かもしれませんが、塩分が必然的に高くなることに繋がりますから、ごはん食に変えて、おかずも極力醤油などの調味料は少なくし、お酢や香辛料で慣れていくようにしてはどうですか?」とお話しさせて頂いたことでした。

★それから数ヶ月後、そのお方がお参りされお届けに来られた際、「その後いかがですか?」とお尋ねさせて頂きました。するとその方は、「先生、それが数値が随分良くなって、お医者さんからも誉めて頂きました。このままいけば、人工透析をしなければならないようになりますよと言われていましたが、そういうことにならずに済まして頂く結果が出ました。これからもしっかりと改まって御修行させて頂きたいと思います。」とお礼を申されました。

★夏の終わりになるとツヅレサセコオロギが鳴き出します。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、〔このこおろぎは「綴れさせ、寒越させ。」つづくりをしなさい、寒い冬がきますから、油断をせずに今のうちに準備しなさい、と鳴いているのですよ。〕と教えて下さいました。神様から「先々こういうことが起こってきますよ。」と事前にお知らせを頂いているのに、自身の我が出てしまって、なかなか辛抱できずに改まることが出来ないことがあります。また、毎日の忙しさに捉われて、周囲をきっちりと見回して把握することが出来ない状況になってしまっているかもしれません。或いは、良い状態がこの先も続いてゆくだろう、と油断してしまうことがあります。自分自身のおごりをお取り払い頂き、改まったご信心をさせて頂くことが必要です。そして何事も準備が大切であり、準備を行き届いてさせて頂いておりましたら、先々のことを心配することなく、より一層に有難いおかげを頂いてゆく事が出来るのです。

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2019年08月22日

●神様・霊様が氏子の願いを引き受けて下さるような信心

『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ。』

★私達は、生みの親、育ての親から祈って頂き、お世話になって、今日生活をさせて頂くことが出来るわけですが、とりわけ、生命の親様である天地の親神様のご慈愛の深さは、到底計り知れるものではありません。神様からご分霊を頂き、お体を頂き、一人一人に有り難い思し召しを頂いて、日々結構なお恵みの中に生かされております。ですから、神様はどんな時にでも、氏子の助かり、立ち行き、信心の成長を願って下さり、良い方向に導いてやろうと、思し召し下さっておられるのです。

★昨日も経営者であるご信者に「あなたは社長ですが、常に神様が社長だと思いましょう。自分は番頭だと思い、すべてを神様にご報告を申し上げ、お伺いをし、お願いをさせて頂きましょう。そのような覚悟をもってさせて頂けば、有難いことに神様が何もかも整えて下さいます。一人の力で出来ることは、知れています。「借金を返済させて頂けます様に。分相応の生活になります様に。無借金経営を目指して努力出来ます様に。」とお願いしておられますことは、真に有難いことです。自分の力ですると思わず、神様に足りないところを足して頂けるように、しっかりと朝に晩にお参りしてお届けし、お願いしながらさせて頂きましょう。」とお話をさせて頂いたことでした。

★「私のようなものはダメだ。」「こんな私ではおかげは頂けないだろう…」「私のような人間は信心をしていても助かりません。」というように、勝手に自分を見限り、不成の心で結論を出すのでは、神様が悲しまれ、お嘆きになることであり、神様により一層のご心配をおかけすることになってしまうのです。心から神様にお詫びをしてゆけば、全てを許して下さり、立ち行く道を授けて下さいます。目の前に与えて頂いていることが、たとえ自分の実力以上の事のように思えても、決して諦めず「どうぞ足りないところを足して頂き、何が何でもさせて頂けますように」と、お願いさせて頂きましょう。そして、努力と工夫を一生懸命にさせて頂くのです。そのような心で信心をさせて頂くところにお徳を頂くことが出来、実力が身に付いて、有難いことに、神様も霊様も氏子の願うことなら聞き届けてやろうと思うて下さり、足りないところは足して下さるのです。
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2019年08月21日

●油断のない信心

 19日には、教徒会例会で奥野氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。奥野氏も奥様も共に幼い頃からご信心を頂いておられ、昭和50年、奥野氏は結婚を機に奥様の実家である奥野家に入られ、奥野家の家業を手伝うようになられました。野菜を取り扱う卸売りの仲買人のお仕事で、義父様に一から商売を教えて頂かれたのでした。野菜の競りに行くためには、仕事の時間がサラリーマンの時よりも随分と早くなったのでしたが、朝参りの習慣がついておられたおかげで、早起きも苦になることはあられなかったということです。

★2年半経った頃、義父様が、競りの最中に意識を失われ、その数日後にお国替えになるということが起きました。二代教会長・伊藤コウ師より、「これからは、全ての問題をなお一層神様にお願いし、お任せする覚悟が必要ですよ。」とみ教え頂かれたことにより、心が定まられ、日参聴教を続けられたのでした。有り難いことに、義父様お国替えの3カ月前に、トマトを競りで買うよう言って頂かれ、そこから、扱わせて頂く品も少しずつ増えていき、商売を教えて頂いておられたのです。

★昭和53年10月、御神殿を新調させて頂かれ、お宅祭をお仕え頂いた時には、「これからは神様を奥野家の主人として、日参・聴教、何事にも実意丁寧正直親切を持っておかげを頂き、毎月3年間、お礼のお宅祭を続けさせて頂きましょう。赤字の無い経営、たらいの信心のみ教え通り、お世話になっている人々の支払いを先にし、自分たちのことは後にして、無給でもよいという覚悟で働かせて頂きましょう。」と、有り難いみ教えを頂かれ、お店の発展、社員の無事、得意先の発展を願って、ご家族心を揃えて、ご信心を元に商売に励まれたのでした。

★平成6年8月16日にお母様がお国替になられ、三十日祭を機にお父様、奥野家のご先祖様を合祀して頂かれ、更に平成9年3月には、ご実家の霊様も合祀して頂かれました。毎月のお礼のお宅祭は、今日まで40年余り続いておられ、ご家族の健康の上にも、お仕事の上にも万事におかげを頂いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』

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2019年08月20日

●相手のことを真心でもって祈らせて頂く

先日、あるお方がお届けに来られ、「会社の社員で、言っても言ってもわからない人がおります。あのような人間とは、出来る限り関わらないようにしたいと思います。」とお届けされました。そこで[それではあなた自身も助かりません。あなた自身がおかげを頂こうと思えば、「どうぞ、相手の方が立ち行かれます様に、助かります様に。」とあなたがお願いさせて頂いた方がよろしいですよ。]とお話しさせて頂きました。するとその方は、「その人のことを考えただけでも嫌なのです。あの人の名前を口に出すだけでも、顔を想像するのも気が腐りそうです。」と言われたのです。

★そこで[その思いがあなた自身の徳を落としてしまうのです。そのままでは、自分の心を日々刺々しくしてしまうばかりでなく、あなた自身が助からない因を作ってしまいますよ。「あの人が気に食わない!あの人のことなど考えたくない!」等と思わずに、考えを180度変えるのです。「今はこんなことしか考えられない私ですが、あの人はかわいそうな人ですから、立ち行かれますように、助かられますように。」とお願いさせて頂くのです。そこに神心が働き、その瞬間からおかげが頂けるのですよ。どのように舵取りをしてゆくのかは、自分自身の心の問題なのです。我執をお取り払い頂けるか、そうでないかによって、おかげを頂けるか、どうかが決まりますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★自分の言うことは、聞いてくれない、また屁理屈ばかり言う人に対しても、こちらが真心でもって祈らせて頂くところに、結構なおかげが頂ける道が開けてくるのです。「相手が出来ていない。相手が足らない。」のではなく、自分自身の真心が足らないのです。自分自身に余裕がないと、相手のことを考えさせて頂くことは出来ませんね。そこを神様にお願いしておすがりしておりますと、正しい判断が出来、お徳を頂いていく受け物が出来てくるのです。
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2019年08月19日

●正しい願いを代を重ねて願い続ける

 昨日は、8月の御本部御礼参拝を共々におかげを蒙らせて頂きました。8月は、子供会列車を編成させて頂き、有り難い子孫の信心相続の機会を与えて頂きました。

★元治元年(1864)教祖様が、天地金乃神様をお祀りするお社を建てるよう、直々の御神伝によりお頼みを受けられたことがあられます。しかし、教祖様のご自宅に神様をお祀りしておられた初めのお広前から、天地金乃神様のお社としてのお広前のご建築が成就したのは、教祖様、二代金光様がお国替えになられ、三代金光様が御神勤下さっておられた大正9年(1920)で、教祖様が御神伝をお受けになってから実に半世紀以上後の事だったのです。

★その間には、時の政府が神様をお祀りすることを禁じ、「神前撤去」を余儀なくされるということもありましたが、教祖様は、その時にもお上に一切逆らわれませんでした。どんな時にも和らぎ喜ぶ心で全てを受け切ってゆかれ、人を責めたり、時代を恨んだりすることなく、時節を待たれたのです。しかし、ただ待たれただけではなく、誰よりも強い願いを生死を通して持ち続けられたことによって、時代を超えて大願成就のおかげを頂くこととなられたのでした。

★お願いをさせて頂く時にでも、常に、今日生命を頂いているおかげ、住む場所、仕事、家族等々、あらゆるおかげを頂いているお礼を忘れてはなりません。有り難さを忘れてしまいますと、心が険しくなり、自分の考えばかりが正しいように感じてしまい、間違いがあっても、改まることが出来ません。また、人を責めたり、状況を恨んだりしてしまい、自分も徳を失ってしまいます。正しいお礼、正しいお詫びから、正しいお願いは生まれ、正しいお願いは、代を重ねて願い続けてゆけば時節を頂いて必ず成就させて頂きます。どんな時にもお取次を頂いて、正しいお礼、正しいお詫び、正しいお願いをさせて頂くことが、繁盛の道なのです。

★『理屈があっても、みなまで言うな。理屈とくさびは八分詰め。詰める紙袋は裂ける。あいよかけよで世は治まるのである。』

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2019年08月17日

●神様が楽しみ喜ばれるような姿に

『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり。子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも身体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。』

★婦人は神様から有難いお役目を頂いています。そのお役目を自覚し、喜んで真心を込めて努めさせて頂くことが、神様のお喜びお楽しみであると仰せであります。そうして、家庭内の健康と真心を作ってゆくことが大切なのです。しかし、「しんどいことから逃げ出したい」「多くのことを抱えてゆくというような大層なことは出来ない」「あれも出来ない、これも出来ない」…と思えば有難いものは育ってゆきません。しんどいこと、辛いこと、苦しいことを引き受けて、「おかげ頂こう!」という気にならせて頂けば、それが有難い御修行となって結構になってゆくのです。炊事や洗濯や子供の養育等の家業を、行として喜んでさせて頂き、神様が楽しみ喜ばれるような姿になるように心掛けて、させて頂くのが家老の働きなのです。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず・・・他の人や家庭と比べない。
2)飲食を節する・・・節制を心掛け、与えて頂いている物を有難く頂く。
3)苦難の時に恨みごとを言わない・・・難儀なことが起きてきた時に、人を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない・・・喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する・・・神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂けます。

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2019年08月16日

●心配する心で心配りをする

『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ』

★人間ですから、先々のことを不安に思ったり、心配に捉われてしまうことがあり、尽きることはありません。しかし、先々のことは神様にしか分かりません。まず昨日の御礼を申し上げ、今日一日を有難い心で神様に一心におすがりさせて頂き、精一杯努めさせて頂いて、明日を楽しみに暮らしましたら、必ず神様が一番良いようにして下さることが、よく分からせて頂きます。人間ですから心配することはありますが、心配にとらわれてしまい、身動きが出来ないようになりますと、難儀を生んでしまうのです。

★『心配する心で信心をせよ。』と教えて頂いております。心配をしてあれこれ気を病むのではなく、心配は神様にお預けして、おすがりさせて頂くのです。すると「今のうちに何が出来るだろうか、これをしておこう!」と先へ先へ心配りがさせて頂けるようになり、間に合うように準備がさせて頂けるのです。

★試験でも、合格させて頂ける為の準備や努力をせずに、「合格しますように。」とお願いだけしていても、結果は伴いませんね。御用でもお参りでも同じことですが、物事に精一杯取り組ませて頂く姿勢が大切です。最初から「出来ません。」と言うのは、準備や努力ができていない姿です。ご都合お繰り合わせをつけて頂けるように、神様に「どうぞご都合お繰り合わせを頂いて御用にお使い頂けますように。参拝ができますように。」とお願いさせて頂くことが心配りであり、神様に通じる姿勢です。何事も神様に通じてゆく取り組み方をさせて頂き、神様がご都合お繰り合わせをつけて下さるような信心に進ませて頂きましょう。

★『人間じゃもの。生きている間は先々のことを考えもしようし、心配の尽きる時はなかるまいが、心配がみなおかげになれば心配はなかるまいが。心配は信心しさえすればみなおかげになる。心配は体に毒。神様に御無礼。今日からは心配する心を神様に預けて信心する心になりなさい。おかげになります。』
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2019年08月15日

●本当のおかげを頂く

 小さい赤ちゃんは、お腹が空いたら泣いて、お乳を飲ましてもらったらケロッと機嫌が良くなり、おしめが濡れたらまた泣いて、きれいなものに換えて頂いたら機嫌が良くなります。今度は眠たくなってまた泣いて、寝かしつけてもらう…というように、自分の欲求のままに泣いたり笑ったりしながら、親に付ききりでお世話をしてもらいますね。しかし、段々と成長させて頂いて、出来ることが増え、物事を理解する力も付いてきますと、「そこは危ないですよ」「そのままでは後で困ることになりますよ」等々、親から教えて頂く内容も変わってまいります。未熟なうちは、その親の有り難さが分からず、ただただ「思うようにさせて欲しい」と思ってしまうかもしれませんが、いつまでも未熟なままでは、親も子も立ち行きませんね。

★例えば病気が判明して治療を受けることになったら、「この度は、結構な身体のお手入れの機会を与えて頂きまして、有り難うございます。」と、まずお礼を申させて頂きます。今日お命を与えて頂いていることを喜び、治療を受けることが出来る環境を喜び、また、自分の生活習慣の改まるべき所を、お詫び申しつつ見直させて頂いて、お礼とお詫びの心を元として、回復をお願いさせて頂けば、神様が病気を通して一段と成長するようにおかげを下さろうと思し召し下さるところを、受け漏らすことはないでしょう。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

★信心も、いつまでも思うことをお願いするだけの信心では、本当の助かりにつながっていきません。お取次を頂いて、目の前に起こっていることに込められた、「助かってくれよ」「心配のない姿に成長してくれよ」という、神様の思し召しをしっかりと頂くことが出来ましたら、たとえ苦難の中にあっても、心は喜びと安心を失うことはありません。お取次を頂いて、和らぎ喜ぶ心を神様に向けさせて頂き、本当のおかげを頂ける信心に進ませて頂きたいと思います。

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2019年08月14日

●頂いているおかげに気付く

私達は、自分の都合であれもこれもと、お願いさせて頂いております。もしかしたら、無理を申し上げているお願いも多くあると思います。しかし、それらも全てご承知の上で、お取次下さるのが生神金光大神様です。

大きなことから小さなことまでお願いさせて頂き、お取次・御祈念を頂いた上で、起こってきた出来事は、現在において一番良い結果である、と受け取らせて頂きましょう。起こってきた出来事に不足を言っていては、本当の信心とは言えません。頂いているおかげに気付かず、「信心してもおかげがない」というような心が起こってしまうことでは、神様に相済まないことです。

★二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強をさせて頂いていない言葉を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況でも神様を杖に有難く受け切り、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるでしょう。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

神様から頂いているおかげに早く気付かせて頂き、「どうぞ神様の思召しが分からせて頂けますように。どうぞ本物の信心に近づかせて頂けますように」とお願いさせて頂きながら、歩みを止めずに、一段一段進ませて頂きましょう。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』

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2019年08月13日

●自分のものだけではない尊い命

 昭和60年8月12日に日航123便の事故が起きました。その当時、お許しを頂いて金光第一高校に勤務させて頂いており、丁度10日から12日まで修学旅行の下見をする予定でした。後に判明したことですが、12日の帰りに日航123便に乗る予定だったというのです。しかし、十日程前に急に出張の予定が延期になったことにより、生命をつないで頂きました。私は、ただただ亡くなられた方々の霊様としての助かりを願わせて頂き、命を助けて頂いたお礼を申し上げる他はありませんでした。

★後に三代教会長先生から教えて頂いたことですが、8月10日は三代教会長先生のお姉さんのご命日で、8月11日は大叔母様のご命日、8月12日は養祖父であられる方のご命日であったのです。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。今日生命を頂いておりますことに御礼を申し、お礼の働きの為にこの命を使わせて頂けますよう願わせて頂き、一層お役に立つ働きをさせて頂くことが、生命を助けて頂いた私の使命であると思います。

★私たちが今日頂いているお命は、神様のお守りを頂いていることはもちろんのこと、たくさんのご先祖様のお徳を頂き、願いを受けていることを忘れてはなりません。

★今月15日は終戦記念日ですが、戦時中にお亡くなりになった方々の多くは、志半ばにして、後の者に願いを託されたことと思わせて頂きます。自分のやりたいことだけをし、自分が満足することだけを考えて命を使わせて頂くのでは、余りにも不十分であることが分からせて頂きます。「神様、霊様方から、かけて頂いている願いに添わせて頂けます様に。日々自分の使命を全うさせて頂けます様に」というお願いを常に持たせて頂きながら、お役に立つ働きを心がけさせて頂きたいと思います。

★『今まで、長い間痛くてつらかったことと、今おかげを受けて有難いこととその二つを忘れるな。その二つを忘れさえしなければ、病気は二度と起こらない。これからは、人が痛いと言って来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたかった時の事を思い出して神に頼んであげよ。自分はもう治ったから人のことは知らないというような心を出すと、またこの病気が起こる。今の心でおかげを受けていれば、病気が起こらないばかりか、子孫の末までおかげを受けられる。』

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2019年08月12日

●親の心、子知らず

以前のことですが、ある学生さんがお結界に来られ「僕のお母さんは口うるさく腹が立って仕方ありません。この間も勉強していたら横でごちゃごちゃと口うるさく言うものですから、つい鉛筆を投げてしまいました。うちのお母さん、何とかなりませんか」とお届けされたことがありました。

★三代教会長先生は、この学生さんは考え違いをしておるなあと思われ、[思春期になり、親がうるさく感じる時期ですが、親になってみればよくわかるものです。私も子供に言いたいことがいっぱいあります。言うても言うてもいくら言うても、それで十分だと思わない。親は子供がかわいいものですから、「こうなってほしい、ああなってほしい」と腹の底から沸き起こってくるのです。それが親心というものです。子供の時分に、親の心を分かるようになることが信心です。親になって親の心が分かるのでは、世間並みです。信心をすると、み教えを頂くことにより、親の心が分かる。元来信心は、神様のお心を分からせて頂くためにさせて頂くのです。目の前におられる親の心が分からないのですから、神様のお心がどうしてわかるでしょうか。信心させて頂いて初めて、神様のお心が分かるのです。み教えを頂いて、親の心が分かりましたら、あなたの受け取り方は変わりますよ。美しい花が咲いていても、目につかなければ、見えないのと同じです。月が煌々と光っていても、心が闇で閉ざされていれば、一向に光は差しません。一番うるさく言ってくれる人は、一番親切なのです。み教えを頂いて、有難く頂く受け物を作らせて頂きましょう。]と仰せになりました。

★神様は、出来事を通して色々と教えて下さいます。また、人の口を通して教えて下さることもあります。親は子供に対して、「ああなってほしい、こうなってほしい」と、様々な願いを掛けて下さっておられるからこそ言って下さるのです。そのことを悟り、教えとして有難く頂きますと、自分自身に言って下さることに御礼が申せるようになり、一段と進んだ姿となってゆくのです。
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2019年08月11日

●『心配する心で信心せよ』

 あるご信者は、お孫さんが受験の数ヶ月前という大切な時期に、目に大けがを負われました。学校で、隣りの席の友達のちょっとした悪ふざけが、誤って、そのお孫さんの左目に鉛筆の芯を突き刺し、瞳孔を破るという大けがになってしまったのです。とても優しいお孫さんは、友達が叱られないように最初は黙っていましたが、痛みが激しくなり耐えられなくなり、事情が分かったのでした。病院へ行った後に、学校の先生と相手の子供も親御さんと一緒に、家に謝りに来られました。

★ご信者であるお祖母さんは事情を聴かれた後、突っ伏してお詫びなさる相手の子供さんと保護者の方に対して「よく分かりました。どうぞご心配なく。大丈夫です。」と一切相手を責めることがあられませんでした。そしてお孫さんに「これは、私の不行き届きです。近頃信心が抜けておった。あなたは大丈夫。これから家中がしっかりとお詫びを申して改まり、神様に元通りの目にして頂きましょう。」と仰いました。

★教会にお届けなさり、眼科に診てもらいますと、「眼球を取り出すことになるかもしれないがいずれにしても、手術をする必要がある」とのことでした。しかし、お祖母さんは、「手術をせずにおかげを頂こう」と、朝・昼・晩・夜中にと参拝なさり、一心にお願いされました。すると、目に白い点が現われて、数日後には白い膜が黒目全体を覆い、それが自然に取れて黒目に戻る、ということが数回続き、視力も戻って全快させて頂くという、奇跡的なおかげを頂かれたのです。

★心配事が起きてきた時に、すぐに「金光様」と神様におすがりさせて頂けるかどうか、怪我をしたときに、まず御神酒をつけさせて頂くことが出来るかどうかが大切なところです。人に頼るのではなく、神様に心を向けさせて頂くことから皆が助かる道が開かれるのですね。

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2019年08月10日

●有難いものが伝わる信心に

あるご信者は、「息子が近頃、随分真面目になってくれて、神様のおかげですわ。有難いことや。」と自宅でお嫁さんに言って喜んでおられました。それを聞かれたお嫁さんが、「神様のおかげではありません。私が一生懸命頑張ったからです。」と言われ、お姑さんとお嫁さんの意見が食い違い、関係が悪くなってしまったのでした。

★その事をお結界でお届けされ「どうにも仕方のない嫁です。」と話されますと、三代教会長先生は「それは、あなたの心掛けが間違っていますよ。そのような言い方では、お嫁さんにしてみれば『私が(お姑さん)これだけ一生懸命お願いしているから、神様がおかげを下さったのですよ』というように恩着せがましく聞こえてしまったのです。信心が進ませて頂きますと、『あなた(お嫁さん)が一生懸命に息子に尽くしてくれるから、息子が結構にならせて頂けた。あなたのおかげや。有り難う。』とお礼を言えるようになります。」と仰せられました。

★「では、神様のおかげはどこへいってしまったのですか?」と続けて尋ねられますと、「お嫁さんこそが神様のおかげの現れです。あなたがご信心を進ませて頂いて、お嫁さんを心から拝めるようになりお礼を申せるようになったら、今度はお嫁さんの方も『そんなに言ってもらったら恥ずかしいです。お母さんがご信心して下さるおかげです。』となり、円満に収まるのです。神様のお働きをお嫁さんの中に見つけさせて頂きましょう」とみ教えを頂かれたのでした。

★親子の間でも嫁姑の間でも夫婦の間でも、どんな間柄であっても「あなたのおかげです。」とお互いに感謝し、御礼を言い合って生活することが大切です。信心をさせて頂いている者が、心配りをして実際に口に出して、お礼を申すことを心掛けておりますと、そこに有難いものが生まれ、自ずと信心が伝わってゆくのです。

★四養
1)虚を以って心を養う…心を空(謙虚)にして常にみ教えをさっと頂ける心にする。

2)徳を以って身を養う…仕事も家庭も身に徳を頂くことによって1つ1つおかげを頂ける。

3)善意を以って人を養う…相手の良い所を見て、周囲が助かってゆくように、常によい事を思ってよい事を願う。

4)慈愛の心を以って天下万物を養う…かわいいと思う心が神心だとみ教えを頂いています。かわいそうだなあと思える心が大切なのです。
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2019年08月09日

●信心辛抱で年々繁盛のおかげを

 昨日はみかげ会例会にて、大岸氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。大岸氏は、学校卒業と同時に、郷里の兵庫県豊岡市を離れて、大阪の親戚の商店で住み込み店員として働かれました。8ヵ月後には、阿倍野区相生通りの別の親戚の乾物店で住み込みで働くようになられ、昭和36年に、同じ市場の西村氏にお導き頂かれて、店のご主人と共に入信のおかげを頂かれたのでした。ご信心のおかげで、店のご主人が、それまでに増して実意丁寧、正直、親切に、有り難い姿になっていかれるのを目のあたりになさり、大岸氏も素直にご信心を頂くことが出来られたそうです。

★そのご主人が、心臓発作の為38歳で、奥様と娘さん3人を残してお国替えなさいました。大岸氏は、親戚の方々から、ご主人の奥様と結婚して、家と店を継ぐよう頼まれ、二代教会長・伊藤コウ師にお取次頂かれました。そして、「辛抱できますか、しっかり信心しなさい。ここへ参ってきなさいや」と、み教え頂かれ、覚悟を決められて、昭和44年に結婚なさり、3人の娘さんの父親にもなられたのでした。翌年には長男を授かられ、その3年後には娘さんも授かられ、商売なさりながら、奥様と共に5人のお子さんを育てられました。

★昭和59年2月、大型スーパー進出などの影響を受けて、お店を閉めることになられました。大岸氏は、一層ご信心を厚く、神様にお縋りなさって、閉店後間もなく、市場のお得意先に車で行商販売を始められました。次々にお得意先を増やして繁盛のおかげを頂かれ、お客様のお役に立つ働き、信用頂き、喜んで頂くお仕事が出来られ、今年六月に閉店なさるまで35年間、元気に行商販売を続けてこられたのでした。

★奥様は、3度の脳梗塞を乗り越えられ、始めの脳梗塞から6年間もお命を延ばして頂かれて、平成30年2月にお国替えなさいました。奥様の介護を通して、ご家族は一層絆を深くなさり、奥様も、「5人も子供を産んで育てて、苦労もいっぱいあったけれども、私ほど幸せな人間はいてない」と、おっしゃりながら、有り難いお国替えが出来られたのでした。起きてくること一つ一つをご信心を元にして乗り越えてこられ、家族皆が円満に、年々に繁盛のおかげを頂いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『信心するにも辛抱が大切である。その証拠には、神様のお扉を開いてみよ。ご幣か、み鏡のほかは何もない。ただただ、信心の辛抱でおかげが出るのである。神様からおかげが出ると思わずに、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。』

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2019年08月08日

●生涯かけて御修行に取り組む

私が幼い頃のことです。三代教会長先生は私と二人の姉達に「なぜ私が冬でも足袋を履かないか、知っていますか?」と問いかけられたそうです。私は幼くて答えられませんでしたが、姉2人は「知りません。」と答えたということでした。

★三代教会長先生は「実は昔、日本が今のように物が豊かではなく、まだ貧乏であったころ、足袋を履かない人はたくさんいました。田舎の方へ行けば、足袋を履かない人は珍しくない。本来、裸足の方が身体が丈夫になって良いのです。御本部へ御修行に行かせて頂いた時、九州の教会から御修行に来られた方は、足袋を履いていない方がたくさんおられた。

寒がりで着ぶくれしている修行生と、足袋を履かずに薄着で御修行している修行生と、食べ物でも何でも有難く頂く人と、好き嫌いを多く言う人と、どちらが幸せでしょうか。足袋も履かずにいても平気で、何でも有難く頂く人の方が健康で幸せな姿になっていかれるでしょう。

★また、もう一つ大切なことは、30年も40年も昔のことであったとしても、生活が本当に困窮していた時代のことを忘れてはいけないということです。どんなに結構になっても、何か一つは修行を残しておくことです。

今は、衣食住の何もかもが不自由のない生活で、昔のことを思えば結構になりましたが、それに甘んじていてはいけません。せめて一つや二つは、昔不自由した時代のことを残して、修行させて頂かねばなりません。それが、私の方針です。信心生活の上でいかにして喜ぶか。生活の中で昔を忘れないように、御修行を決めて不自由を感じることにより、自ずから喜びは生まれてきます。これは、実生活から生まれてくるものであり、理屈から生まれてくるものではありません。

喜びを見つけるとか、御礼を申すということは、いくら口先で言っても実際にしてみなければわからない。恵まれすぎて何も言うことがないという生活に浸っていると、自然と喜びは失われてゆきます。最初はびっくりして感激していたことでも、段々と慣れてしまいます。

例えば、散髪屋に行っても散髪するだけのお金は払えますが、散髪屋や髪結いさんへ行けなかった時代があったことを忘れない為に、二代教会長伊藤コウ師は70歳までご自身で髪を結われました。

そこで、私もそうしなければならないと思って、散髪屋へは行かず、自分で丸刈りにすることと、冬でも足袋は履かないことを決めました。だからといって、これが一つの形と決まった物ではないし、強制もしませんが、私は生活の中に、何か一つ自分の修行として残しておきたいからこうしています。あなた達も自覚した時に、自ら決めて取り組ませて頂けばよろしい。」と有難いみ教えを残して下さったのでした。

★私自身も小学6年生の頃、二代教会長伊藤コウ師が業務用のバリカンを私に買って下さいました。業務用で丈夫ですので、壊れずに現在まで45年以上も使わせて頂いております。三代教会長先生から頂いたみ教えの通り、自分で丸刈りにすることと、冬に足袋を履かないことを続けさせて頂いておりますことは、大変有難いことであるなあと改めて感じております。

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2019年08月07日

●同じ過ちを繰り返さぬように…

 1945年8月6日には広島に、8月9日には長崎に原爆が投下されました。被爆によりたくさんの尊い命が奪われたのです。私達は御霊様方の助かりを願わせて頂くと共に、二度と過ちを繰り返す事の無いよう、この様な惨事が二度と起きないように、努力してゆかねばなりません。

★2005年8月6日の新聞のコラムに石垣りん氏の『挨拶』という詩の一部分が紹介されていました。石垣さんは戦後、原爆の写真を初めて見た時に衝撃を受け、この詩を書かれたそうです。『…しずかに耳を澄ませ 何かが近づいてきはしないか 見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは 手の中にある 午前8時15分は 毎朝やってくる 1945年8月6日の朝 一瞬にして死んだ25万人の人のすべて いま在る あなたの如く 私の如く やすらかに 美しく 油断していた』

★私達は、毎日同じように清々しい朝を迎えさせて頂いています。戦後74年を迎えた今、有難いことに日本は平和で豊かな国に発展を遂げました。しかし、平和となった今もさまざまな社会問題が世界各国で起こっています。何気ない日々の一瞬が、生と死を分ける狭間となり得るのです。

★まずは自分たちの家庭や職場の中で皆が円満におかげを頂いてゆくことが大切です。それには、相手を立てるということが必要になってきます。相手の足りないところを責めることは簡単ですが、責めるということは思いやりが欠け、相手のことを願うということが欠けた状態です。それは、真心が足りない、実意が足りない姿です。

★佐藤照師は『教祖様は「信心は家内に不和のなきが元なり」と教えられておるが、これだけ守るのでもなかなか辛抱せにゃできん。(略)みな良い事ばかり思っていても、思い方の寸法が違うから、合わそうと思うたら、辛抱が要る。それで自分だけを通そうとすると、どうしても合わぬことになりますなあ。それをこちらから、向こうに合わせていくようにしたら、合うようになるでしょう。合わすようにするいうたら、どうしたらよいか。それは向こうの足らぬところを足していくとよい。大抵の者は、その足していくいうことを思うておらぬ。それから信心するものは、人を受け切るくらいの心でおらねばならぬ。誰でも受け切っていくくらいにならねばならぬ。受けるいうたら、力が大層要ります。相撲でも受ける方がどれだけ力が要るかなあ。そのように受け切るのには力が要るが、そういう力は辛抱せねばできてこぬから、神様のおかげを頂いて、辛抱のお徳を蒙らせてもらうのです。年寄りと若い者というたら、知恵分別が合わんこともありましょう。それを自分の思うとおりにばっかりしようとしたら、立ち行きはせぬ。みんな世話になり合うてこそ、立ち行くのでしょう…』とみ教え下さいました。神様から頂いた尊いものを表せるように、日々御祈念しながら神心を養いましょう。

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2019年08月06日

●真一心でおすがりする有難さ

先日も、80歳を越えられた御信者がお届けに来られました。そのお方は、入信なさって間もないあられますが、有難いことに自分の事だけでなく、周囲の方々のことをお願いなさっておられ、子供さんの上にも親戚の上にもおかげを頂いておられます。

★その方に、[淡路島にお住まいなさっておられた御信者が阿倍野教会の御大祭に参拝なさる時には、教会の近くにお住まいの親戚のお家に泊めて頂かれ、御大祭に参拝なさっておられたのです。そして、御大祭の御礼の御本部参拝の日まで親戚の方のお家にお世話になられて、御本部参拝が終わってから、自宅に帰られるということを続けてこられました。ある時、その方が両眼とも白内障の手術をしなければならない状態になられ、「次の診察の時には手術の日を決めましょう」と医師から告げられたのです。そこでその方は、水で眼を洗ってから御神酒を毎日両眼に入れて御祈念されました。また、御本部参拝された時に、御霊地で御神水を頂かれて、その御神水を家に持って帰り、毎日両眼を洗って後に御神酒を入れさせて頂いて、御祈念なさることを続けられました。すると、なんと有難いことに次の受診日に眼科に行かれますと、医師が大変驚かれて「白内障の状態が改善していて、この状態では手術する必要はありません。手術しないでよろしい。」と言って頂けるまでに回復なさっていたのでした。ですから、御庇礼を頂くというのは、「これだけ年を取ったからとか、年齢が高いからとても無理に違いない」などは思わない方がよろしいし、言わないほうが良いのです。御庇礼を頂くことに、年齢の高い低いや信心の年月が長い短いということは関係ないと分からせて頂くのです。

真心になって一心に本気で本気になっておすがりしますと、いくらでもおかげが頂けるのです。医師から「こんなことは見たこともない、奇跡的な事ですね。」と言って頂けるようなおかげも頂けます。生神金光大神様の御取次を頂きましたら、天地の親神様の広大無辺な御神徳を蒙ることが出来るのです。「私は徳足らず・力足らずである。」と思えば思うほど、「金光様、金光様」とおすがりさせて頂けば、有難い御庇礼を頂くのですよ。]とお話しさせて頂いた事でした。
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2019年08月05日

●家業繁盛の元

 製造業を営んでおられたあるご信者の会社が、会社の存続に関わる程の大きな不渡りを受けてしまわれたことがありました。お結界でみ教えを頂かれて、改めて会社全体を見直されると、改まるべきところが次々と見つかったのでした。工場は、掃除も整理整頓も行き届いておらず、在庫の管理が出来ていないことに気が付かれました。その為、仕入れた資材に無駄がたくさんあり、未完成の品物も放置してある状態だったのです。また、相手先との打ち合わせ通りに仕上げられずに、返品になった品物も多くあったのでした。相手先と、初期の打ち合わせを丁寧にすることはもちろんのことですが、仕上げる途中の段階でも、再度の確認が行き届いて出来ていれば、仕上がった品物が返品になるリスクが少なくなるはずです。そうしたことを、一つ一つ丁寧に見直され、会社建て直しの有難いおかげを頂かれたのでした。

★家庭での普段の心掛けが、仕事や、その他あらゆることに、一事が万事で出てくるものです。身の回りの整理整頓、掃除も、お礼の心で行き届いてさせて頂きましょう。

★心得違いがありますと、繁盛させて頂いているときには「忙しい、忙しい…。自分の時間がとれない…。」と言い、暇になると、「暇で仕方がない…。仕事が少ない…。」と言ってしまう、というように、不平不足ばかりが出てきてしまいます。忙しい時には、「結構にお仕事を沢山頂いて有り難うございます!」と、お礼の心に満ち満ちて働かせて頂けば、心も身体も疲れを覚えず、元気に働かせて頂いて、繁盛させて頂くことが出来ます。また、時間に余裕のある時には、普段は出来ないところの整理整頓や、人材の育成、技術向上の為の勉強など、その時にやるべきことに打ち込ませて頂けばよいのです。銘々に頂いている家業をしっかり喜ばせて頂き、為すべきことに実意丁寧に打ち込ませて頂くことが、繁盛の元にならせて頂くのです。

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2019年08月04日

●御恩を知って御恩に報いる

 ずっと以前のことですが、あるご夫婦が息子さんのことを心配して、ご近所に住んでおられるご信者に、「どこか良い病院はないか?」と相談なさったのでした。それは、息子さん(会社人)が、お腹が空いているにもかかわらず、食事を目の前にすると頂けなくなり、日に日に体力が落ちていくばかりで、あまりにも心配になられたからでした。

ご信者は、「それなら病院より、もっと良いところがありますよ。神様に治してもらうのが、一番よろしい。阿倍野教会へ一緒にお参りさせて頂きませんか?」とお導きされたのです。そして、ご信者は、10月28日の初代教会長先生の例年祭の朝に、お母様を連れて、教会へお参りされました。お結界で「心の状態が身体に表れてきます。このお道は病治しの神様ではありません。心を治す神様です。心が正しい方向にいけば、必然と身体に表れてきますよ。」とみ教えを頂かれ、お母様は息子さんを連れて再度参拝されたのです。

★お二人が参拝された時に、私は、丁度調撰の御用にお使い頂いており、呼んで頂いてお話させて頂く機会を与えて頂きました。私は「毎日お食事を拝んで頂きましょう。お水の一杯でもご飯の一口でも、心から有難く拝んで頂くことが大切ですよ。天地のお恵みを頂いて生活をさせて頂いて、生かされて生きている私達です。今日までお育て頂いた御礼をしっかりと申しましょう。」とお話させて頂いたことでした。

★そうして、お母様と子供さんはお祭りを拝んで帰られて、お食事を拝んで頂かれますと、それ以降は食事がのどを通るおかげを頂かれたのでした。み教えを心から素直に有難く頂かれますと、あらたかに御庇礼を頂かれるという事が分からせて頂きます。悩み苦しんでいる時こそ、基本に返るという事が大切ですね。教祖様の御信心を習わせて頂き、御恩を知って御恩に報いるという事が大切です。これまでお世話になった御恩を知り、御恩に報いる生き方をさせて頂けば、心も身体も健康になり、健全な生活に生まれ変わらせて頂けるのです。

★『人間は食べ物でできたのであるから、物を食べなければすぐにやせる。病気になると、欲しい物が食べられないので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたく頂くという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。』
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2019年08月03日

●常に心中御祈念を欠かさず

 先日、ある若いご信者がお届けに来られ、「仕事にも慣れてきて、色々な仕事を任されることがありますが、何を最優先にしなければならないかを、たまに間違います。するとそのことによって周囲の方に迷惑をかけてしまいます。常に心中御祈念を欠かさずに事にあたらせて頂けますように。」とお願いされました。

★この方は、知識も技術も身に付いてこられ、様々な仕事がさせて頂けるようになられ、以前は任されないような事も任されることが多くなり、あれもこれも同時進行で進めなければならないことが起こってくるようです。その中で心中御祈念を忘れてしまいますと、何を最優先にさせて頂けばよいか、という順番が狂ってくるということです。そこで、その瞬間その瞬間に、心中御祈念させて頂いて事にあたらせて頂いておりますと、「今のうちにここをしておこう、次にこれをしておこう。」と気付かせて頂けるのです。しかし、御祈念を忘れてしまいますと、間違いはせずとも、その瞬間の判断がずれて時間のずれが生じ、そのことによって人に二度手間をかけてしまうことがあるのです。このお方はまだお若い方であられますが、毎日喜んで仕事なさっておられます。厳しい環境の職場ですが、同僚や先輩の方々のことを思い、「少しでもお役に立たせて頂けますように。少しでも周囲が助かって頂けますように。」と、一所懸命に心中御祈念してお仕事なさっておられるのです。常に「金光様、金光様」と御祈念しながら、お仕事なさることを心掛けておられることは真に有難いことです。

★このお道は、全てのものを生かしてゆくお道であると教えて頂いております。自分を生かし、周囲の人も生かし、周囲の物も生かし、土地を生かし、万物を生かして頂くことを教えて頂いております。自分の力で良い方向へ導いていけるか、と言えばそうはいきませんね。そこで、足らない所は足して頂けるように、常に心中御祈念させて頂いて、事にあたらせて頂くのです。言葉を発する時も、仕事を始めさせて頂くときも、電話をかけさせて頂くときも、どんな時でも常に心中御祈念を欠かさずさせて頂いておりますと、全てに御都合お繰り合わせを頂いてゆけます。

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2019年08月02日

●葉刈りの信心

以前、境内地に植えていました松の木が、衰弱してしまった時期がありました。あるご信者が、「松の葉に虫が付いているようです」と教えて下さったので見てみますと、細い松の葉に、松の葉と同じような緑の細い虫が付いていたのです。よくよく目を凝らさなければ分からないようなことでしたが、手袋をつけて取り除こうとしても、全てを見つけることが出来ません。

さっそく植木の御用の方が松の木に除虫剤を散布して頂きますと、それはそれはたくさんの虫が木から落ちたのでした。数匹見つかるということは、見えないところにたくさんの虫がついてしまっている、ということを痛感しました。そこで、以前よりも日当たりの良いところに木を移植させて頂きますと、現在は元気に勢い良く保ってくれております。

★8月は「葉刈りの信心」と教えて頂いております。葉刈りとは、枝葉が伸びた木の風通しを良くしたり、虫が付くのを防いだり、要らない方向に伸びたものを切って形を整えるために行います。私達人間も、知らず知らずの内に、悪習慣が身に付きやすいものです。

「あれもこれも面白くないことばかりだ…」という人は、面白くないところばかりを見ているのです。「周囲の人々は嫌な人たちばかりだ…」と思う人は、人の悪い点ばかり気にしているからです。まず、私達の目、耳、口の葉刈りをさせて頂き、良いところを見て、良いことを聞き、良いことを口に出すことを心掛けさせて頂きましょう。

つまらないことや、人の悪いところばかり見ないで、人の良いところを見て、聞いて、伝える努力をしていくのです。そうすれば、思う事・願う事が思う以上に、お願いしている以上におかげを頂いてゆくのです。

★8月は子孫の信心教育・子孫の信心相続の月でもあります。16日には、婦人会例会が開催され、吉備楽が奉納されます。二代教会長伊藤コウ師が、難波の春琴亭に習いに行かれて、御信者に伝承され、現在も小・中・高・大学生の方々、若婦人、婦人会の方が、代々お琴の御用を受け継いで御用しておられます。

また、18日には、御本部参拝子供会列車が運行されます。25日には、昼2時より学生講演会が開催され、6名の学生さんが講演されます。子孫に信心・良い事が伝わってゆくように、一回でも多く教会に足を運ばせて頂き、心を神様に向けて一言でも多くみ教えを頂いて、信心のお徳を積ませて頂きましょう。
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2019年08月01日

●神様の深い思し召し

 杉村氏は、結婚なさってから元気な長女を授かられ、続いて二人目の娘さんを授かられました。その二女さんが生後十ヶ月の時に風邪のような症状で受診したところ、そのまま入院となったのでした。そして、心臓が肥大しているとの診断を受けられ、治療を施して頂きましたが、入院10日目にお国替えなさったのでした。ご夫婦とも大きな悲しみに包まれて、「なぜこのようなことが起こるのだろう・・・」という思いが拭いきれずにおられました。

★その時お導きの親様が、「これからの生き方が大切ですよ。亡くなられたことは悲しくて大変なことですが、神様のなさることには深い深いご意味があります。このままでは苦しみだけが残って、先々不安な生活を送らなければならないことになりますから、これ以上苦しみのないように、神様にしっかりおすがりさせて頂いてご信心させて頂きましょう。そして、生き死にを通してこのお道におすがりさせて頂きましょう」とお話しなさったのでした。

★杉村氏は、これを機会に帰教式をお仕え頂くことを決心なさいました。霊様も金光教式でお祀りをして頂かれることとなり、霊様のご安心をお祈りし、家の守りの神様となって頂けるようお願いなさったのでした。帰教式の折りに三代教会長先生から「亡くなられた子供さんは、家族の身代りになられ、霊神となってこの家を守られ、子孫を守らせて頂かれるのです。霊様は永遠に働いて下さいます。一本の木に例えれば根になられたのです。後に残った家族がしっかり信心させて頂きますと結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。

★まもなく奥様は懐妊のおかげを頂かれました。8月の出産予定日であられましたが、一ヶ月ほども延びて、なんと亡くなられた次女さんと全く同じ誕生日の9月24日に、どこにも心配のない丈夫な体の女の子(三女さん)を授かられたのです。ご家族は皆、神様の深い思し召しを分からせて頂かれ、御礼を申されたのでした。

★毎日頂いている命も、起きてくる出来事も、全て神様の深い思し召しを頂いております。どんな時にも、神様のお心を分からせて頂き、おかげを受け漏らすことのないように、喜びを見つける稽古をさせて頂きたいと思います。

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