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2019年06月30日

●真一心の信心におかげは現れる

 あるご婦人は、脳梗塞の後遺症で半身不随になられたのでしたが、そのお身体で、阪南町から手押し車を押しながら、朝参りを毎日続けられました。

★そのご婦人ですが、ある時から左足の甲が腫れてきて、痛んで痛んで、ふくらはぎと同じ太さ位にまでなってしまわれたのでした。病院で処方された薬も根本的な治療にはならず、次第に病院に行くことも出来ない位に腫れと痛みが増していったので、医師に往診に来て頂かれたのでした。ご信者は、お献先を御神酒に浸して、左足の腫れたところに貼っておられたのですが、傷口も何もないところに膿がついていたのです。ご家族は「これは神様がお知らせ下さっているのだ」と気付かれました。そこで、メスを入れてみられると、膿がどんどんと出てきて、ティッシュ一箱以上の血膿をお取り払い頂かれたのでした。

★さっそく、大きい病院に入院して検査を受けられると、糖尿病と痛風による症状だと分かり、点滴治療を受けることになられました。

★ところが、今度は食事が入らなくなって、腸閉塞をおこしていることがわかったのです。詳しく検査を受けられますと、大腸にあるこぶし大のポリープが腸を塞ぎ、すぐにでも手術が必要ですが、体中に膿が回っている今の状態では手術は出来ないので、このままだと、2・3日の命であることが告げられたのでした。急な宣告に、ご家族はお願いする気力も失いかけておられたのですが、「今こそ、家族親族で心を揃えてお願いさせて頂く時です。医師の告げられたことは、神様がお決めになるご寿命とは限りません。必ず治らせて頂いて、もっと親孝行がさせて頂けるよう、お願いさせて頂きましょう。」と、お話しさせて頂きました。そこから、ご家族も心を揃えて神様にお縋り出来られたのでした。

★すると、その夜中のこと、ご信者は夢か現実か分からない状態の中で、ベッドの周りをお装束を着た先生方が囲まれ、ご祈念下さるお姿を見られたのです。ご信者は、心の底からの有り難さと安心感に包まれ、お礼を申されたのでした。その翌朝、肛門から液体のようなものをお取り払い頂き、その後に便をお取り払い頂かれたのです。医師に診察してもらいますと、「先日あったはずのポリープがない!」と、驚かれたのでした。その後退院させて頂かれ、一年寿命を延ばして頂かれ、健康な体でご家族と共に過ごされました。一年後に実に有り難く、天寿を全うさせて頂かれたのです。

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2019年06月29日

●将来がより良くなってゆく為の今の痛み

先日あるご信者が「この度、手術を受けさせて頂いて、無事に成功のおかげを頂きました。」と御礼のお届けをされました。

★手術を受けるということは、病気の根本や改善を図り、命が助かるために受けさせて頂きますね。その手術を受ける際に、腹腔鏡手術という方法もありますし、メスを入れて切除することもあり、その治療の施しようによっては少なからず出血もあり、痛みも伴います。無事に手術が成功したと言いましても、その後のリハビリや養生が大切ですね。その間、順調に回復するために、医師や看護師が手段を尽くしてお世話してくださいます。回復するまで時間も掛かり、手当も必要です。皆さんよく理解しておられますから「こんな痛い思いをするのなら、手術しない方が良かった…」というような間違った考えは持たれないと思います。それは命を助けるために必要なことで、「今手当てをしておかなければ、先々が結構になりませんよ。」と神様から教えて頂いているのです。痛いとか辛いとか苦しいということがありましても、それは先々元気な体に仕替えて頂く為の期間なのです。

★『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ。』とみ教え頂いております通り、「今手当てをして頂いています。現在、神様からお手入れをして頂いて、体を良いように作り替えて頂いております。無事に手術をして頂いて有難うございます。今は痛いことがございますが、これは結構におかげを頂いてのことであり、先々何の心配もないようにして頂く為の途中の段階です。有難うございます。」と御礼申させて頂くのです。

★三代教会長先生が、ご自身の戒めとしておられた心構えとして『天は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあって、無駄なことは何一つない。敢然として試練に堪えよ。たとえそれが天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と受け取り、困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を以ってせよ』と残しておられます。「試練」というのは、必要だから与えて頂いていることで、不必要なことは一切ないのです。氏子の先々の助かりの為に与えて頂いていることですから、そのことを悟らせて頂いて、その試練に取り組ませて頂くことが大切です。その試練には御神意が含まれておりますから、人を目当てにするのではなく、神様を目当てにさせて頂いて神様におすがりさせて頂き、明るく元気な心で生き抜いて参りましょう。
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2019年06月28日

●『石になるなよ、綿になれ』

 二代金光四神様は、九州布教の始めとなられた桂松平師・ミツ師ご夫妻のご出立に際して、ご夫婦を前にして各々にみ教えをなさいました。

★ご主人の桂松平師に対しては、「長い年月の間には、塩の辛いこともあれば、甘いこともあるが、甘い辛いを言うなよ。(味付けのこと)」

★「私(金光四神様)があるとき、妻に、『同じいただくご飯なら、もう少し軟らかく炊いたら食べよかろうにのう』と言うたら、妻は謹んで、『さようでございます。何とも申しわけございません。ちょうどご飯のできます時、子供が手をとりましたので』と詫びた。それからご神前に出ようとすると、普段なら当たるはずのない八足の角で、いやというほど頭を打った。そのとき、神さまからお声があり、『頭の痛いのが苦しいか、ご飯の硬いのが苦しいか』とご意見を受けたことがあるからのう。」

★奥様であられる桂ミツ師には、「のう、おミツさん。この桂という人間は、世界中に一人というか二人というか、三人とはない者になろうという所存であるから、ずいぶん難しいぞ。…いかに夫婦というても、長の年月にはよいことばかりではない。腹の立つ時もある。腹を立てれば心の鏡がくもるぞ。そうすれば、神のおかげは映らぬ。腹の立つ時には、すぐ神にあげよ(ご祈念しておあずけせよ)。夫が腹を立てて茶わんを投げた時には、石にならず、綿になっておれ。石になると茶碗は割れる。綿になっておりさえすれば、茶碗は割れぬ」とみ教えなさいました。

★夫婦の間でも互いを思いやり、足らないところがあれば足し合ってゆくことが大切です。そして妻は「主人が今日も健康でお役に立つ働きが出来、願い以上のおかげが頂けます様に」と願い、夫は「妻の身の上が健康で、家事・育児がさせて頂けます様に」と願いましょう。初めの心を忘れずに、互いに後ろ祈念をして支え合って生活させて頂きたいものです。

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2019年06月27日

●それぞれに与えて頂いた役割がある

25日には、青年会学生会例会が開催されました。門田永治氏の「理不尽な人を考える」という御講題で講演して下さった中に、「働き蟻の法則」という研究の内容が紹介されました。

★蟻には、よく働く蟻が全体の2割、まあまあ働く普通の蟻が6割、あまり働かない蟻が2割いるそうです。働き蟻だけ集めますと、きっとすごく優秀なチームが作れるのではないかと考えました。実際に行いますと、不思議なことが起きたのです。それまで働き蟻だった蟻の一部が全く働かなくなりました。また、働き蟻だった大部分の蟻は、まあまあにしか働かない普通の蟻に性格が変わったのでした。結局しばらくすると、よく働く蟻、普通の蟻、あまり働かない蟻の比率が、2:6:2になってしまったのです。この研究者は、人間の目から見れば、理不尽で存在しない方がいいように見える働かない蟻にも、実は人智を超えたところで、重要な役割があって、チームにとっては絶対に必要な蟻だと結論されました。

★また、人間の体の腸内には、善玉菌と悪玉菌が存在しますが、善玉菌2割、普通の菌7割、悪玉菌が1割の割合で腸内が整えられるそうです。研究により、悪玉菌が出す物質により、善玉菌の細菌が鍛えられて強くなることが分かったのです。また、悪玉菌は、強い菌が入ってきた時に、身を挺して守ってくれるそうです。

★人間の世界においても、同じことがいえます。それぞれに神様から与えて頂いた生命であり、神様から与えて頂いた役割があるのです。周囲に理不尽な存在と思える方もあるかもしれませんが、そういう方でも社会全体から見れば必要な方であるということが分からせて頂きます。どんな方も必要不可欠な存在であり、その方々のおかげで自分自身が成長させて頂けるということが分からせて頂きます。「人の振り見て、我が振り直せ」という言葉もありますが、常に自分を見つめ直し、人から学ばせて頂いて、自分を鍛えさせて頂きましょう。

★『自分の事になってくるとなかなかわからんものじゃが、そういう時には金光様はどうなさったじゃろうか、どうなさるじゃろうか、おかげを蒙っておる者はどうしたらよいのじゃろうかと考えればすぐ合点がいく。しかし我々はつまらんから合点がいってもなかなか実行できん。そこでお参りをせねばならん。お参りをすると教えて下さり、できるように願って下さり、引っ張って導いて下さる』
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2019年06月26日

●人を思う心を育む

 先日、小学生のお孫さんがあられるお祖母様がご参拝になり、喜んで御礼のお届けをなさいました。そのお孫さんは、小さい時から少し身体が弱く、学校を休むことがあられました。近頃おかげを頂かれて元気に通学できるようになられ、お礼のお届けをなさっていたのです。しかし、クラスの雰囲気がどうも落ち着かず、授業を妨げるクラスメイトもいるということでした。ある日のこと、ご信者のお孫さんが授業中に先生の質問に手を挙げて発表をすると、その発表の時にはやしたてて、内容を茶化すようなことをいう同級生がおり、その状況があまりにも辛く傷ついて、泣いてしまったそうです。先生が、はやしたてた生徒さんに注意されると、その生徒さんも反省されたのでしょう、皆の前でご信者のお孫さんに謝ることが出来たのでした。

★その日の終わりの会で、先生が「今日、一番輝いた人は誰でしょうか?」とクラス全体に尋ねられたそうです。すると、ご信者のお孫さんが手を挙げ、自分をはやしたてた相手の生徒さんの名前をあげられたということです。理由を尋ねられますと、「○○くんに発表をバカにされた時は辛かったですが、その後きちんと謝ってくれたのがとても嬉しかったので、その時○○君は輝いていると思いました」と、答えられたそうです。その話を聴かれたご家族は、大変喜ばれました。家族中が教会に参拝させて頂き、お取次・み教えを頂いて成長させて頂き、こんな有難い心を持つことが出来るようになりましたと、喜んで御礼を申された事でした。

★自分の感情にとらわれて、制御出来ない状態になってしまっても仕方がないところを、そのように、自分をからかった同級生の心を思うことが出来られたということは、神様・御先祖から尊い心を頂いておられ、それを成長させて輝かせることが出来られているのだと有難く思わせて頂きます。素晴らしいことですね。『人にはできるだけのことをしてあげ、人に物をやりたくてしかたがないという心を持ち、自分だけよいことをしたいというような心を持つな』

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2019年06月25日

●新しい自分に生まれ変わる

亡くなられた歴史学者の阿部謹也氏は、「分かるというのは、こちらの生き方が変わるという事です。」と話しておられます。そのことについて佐藤光俊先生は、「生き方が変わるという事は、未知の出来事と出合って、それまでの自分の経験知では理解不能で分からないと認めるところから始まる。未知との出会いである。時に今までの自分が壊れ、新しい自分が生まれてくる、というスリリングな出来事でもあろう。」と文章に表しておられるのです。

★新しいことに出合わして頂きますと、分かっていたつもりでも今までの自分では、対処できないことも生まれてくるのです。ですから、起きてきた問題に対して、まず分からないところを自覚し、分からせて頂きたいと願わせて頂くのです。そうしますと、そこに神が生まれ、それぞれに神様から頂いた尊い神心を表わすことができ、新しい自分に生まれ変わらせて頂くことができるのです。

★前教務総長・佐藤光俊先生は、「ご信心が有難いと思えたとしても、日々生きている限り、さらなる分からないことに突き当たるのは、自然なことである。その意味では、まだまだ分からないこと、分かりたいと願うこと、教えられ、しかられたいとさえ思うことが多い自分でもある。と残しておられます。

★み教えを頂くことは大変有難いことで、今まで気付かなかったところに気付かせて頂くことができ、至らない自分であるという事が分からせて頂くことができるのです。日々の変化(身体に表れる変化や環境の変化等々)に対して、有難く受け切っていけるように、日々謙虚な心でみ教えを頂いて、「新しい自分に生まれ変わらせて頂き、成長させて頂けますように」と願わせて頂きましょう。

★『此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。』
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2019年06月24日

●何事も喜びに変えてゆく

 中山亀太郎先生は、5才の時に貨車にひかれて両腕片足を失われました。その時、お父様は既に亡くなっておられ、お母さまは鉱山で男性同様の、もしくはそれ以上の働きをしながら、夜も内職をなさり、女手一つで、娘さんと体の不自由な息子さんを育てられました。

★お母様は熱心にご信心をなさり、温かくも厳しく教育なさったのでした。そして、神様にご祈念させて頂きながら、お子さんが自分で何でも出来るように一つ一つ稽古をさせられたのでした。足の指にエンピツを挟んで字も書かれ、大学では授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほどきれいに書いておられたそうです。少し残った腕で脇にお箸を挟んで食事も頂かれ、自転車にも乗られました。また、義足をはめての歩行は、ご不便もあられたことと思われますが、「電車の中では、席に座れない時には、義足をはずしてその上に座るとなかなか便利です。」と喜んでおられたそうです。先生は、義足をはめるご自分の足の部分が少し短く、長めの人に比べて、使いながら外れてしまい易かったそうですが、先生は、義足が外れやすいことも「諦める」のではなく、喜びに変えておられたのでした。

★先生は、「信心させて頂いての三つの幸せ」として、1)より健康にならせて頂いたこと、2)不自由の少ないこと、3)明朗になったこと、とおっしゃっておられ、満99才を越えてご長寿のおかげを頂かれたのでした。

★今年の、夏の信行期間の信心目標は、「何事も神様のさせなさるご修行として、喜びに変えていく。」とさせて頂きました。教祖様は、『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』と、み教え下さっておられます。今年は、立教160年という有り難い節目の年を迎えさせて頂き、教祖様の有り難いご信心を少しでもならわせて頂けるよう、ご修行に励ませて頂きたいと思います。

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2019年06月23日

●どこまでも実意丁寧になるように努力を重ねる

以前、あるご信者のお家へお宅祭に行かせて頂いた時のことです。車を停めさせて頂いた場所の隣に田んぼがありました。その田んぼを見ますと、全く草一つ生えていない、稲だけの田んぼできれいに手入れされていました。ところが、その横の田んぼを見ますと、全く手入れされていないように雑草が稲よりも高く茂っている田んぼがあったのです。その両光景を見せて頂きました時、何事に於いても実意丁寧な行き届いた生き方を表してゆかねば、神様に対してご無礼であるなあと感じさせて頂いたことがありました。

★神様は、天地のお徳をどのようにでも表して下さいますが、実意丁寧な仕事ぶりや、実意丁寧な生き方である人と、そうでない人の違いによって、おかげの表れ方が全く違ってくるのだということが分かります。心で思うだけでなく、実意丁寧な生活態度を以てお願いをし、真心を生活全般に表して、実践し努力してゆくことが大切です。自分の生活全てが実意になるように努力し、本物の信心にならせて頂くようお願いさせて頂くのです。農業をなさっている方でしたら、「本当に天地のお徳が表れるような農業がさせて頂けますように。一人前にならせて下さい。より一層優れた働きが出来るようにならせて下さい」とお願いさせて頂くのです。しかし、「あの人は昔から優れている。」「あの人は昔から賢いから、私には到底あの人の真似は出来ない…」等と、最初から努力もせずに決めつけてしまうのは不成心です。そういう状態では、毎日の生活が行き届いた実意丁寧な生き方であるとは言えませんね。そこをお願いして取り組ませて頂き、さらに一段進んだ工夫をして、精一杯努力をさせて頂きますと、そこに有難い天地のお徳が表れてくるのです。人に接する時も、仕事に対する考え方も、神様から与えて頂いた賜り物だと御礼を申し、どこまでも実意丁寧に真心を尽くさせて頂きましょう。

★「○上農は草を見ずして草を取る。(土を掘り起こして、草が地上に生える前にとっておく。)

○中農は草を見て草を取る(生えてきた草は取るようにする)

○下農は草を見ても草を取らず(草が生えてきたことに気が付いても取らず、どうにも手が付けられ なくなった頃に慌てる。)」(高橋茂久平師)
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2019年06月22日

●真心をもって一心に願う

 6月21日は、平成16年に73歳でお国替えなさった内尾氏の御命日でありました。この方は3代目の信心であられましたが、縁あって大分県に嫁がれました。阿倍野教会の毎月の御本部御礼参拝には、日を合わせて大分県より参拝され、また春秋の御大祭には、信心友達である陶山氏の家に泊めて頂かれて参拝なさる、熱心なご信者であられたのです。

★晩年、内尾氏は癌を患われ、末期状態であるということが判明し、ホスピスで治療を受けられることとなったのです。6月1日内尾氏の娘さんから陶山氏に連絡があり、「母が陶山さんに会いたがっているので、お見舞いに来て欲しい」とのことでした。その時の内尾氏は昏睡状態で食事も出来られず、意識が無い状態が続いておられたそうで、いつどうなってもおかしくないとのことでした。陶山氏は早速6月2日に教会へお届けされますと「是非行ってあげなさい」とみ教えを頂かれ、6月4日に会いに行かれました。すると、会いに行かれた日は意識が回復しておられ、内尾氏は待ちかねていたかのように、大変喜んで歓談が出来られたのです。更に昼食が用意されましたら「美味しい、美味しい。」と完食することが出来られたのでした。後になって判明したことですが、内尾氏は陶山氏に会われた3時間だけ、意識を取り戻されたというのです。その後、お国替えなさるまで、話が出来る状態になるということはあられませんでした。

★真の心をもって、一心に神様におすがりさせて頂けば、どんなお願いも神様に通じていくのです。非常と平常とにかかわらず、お取次を頂いて心を神様に向けさせて頂き、自分はどのようにして、真心を尽くさせて頂くのか、どのように一心のご信心をさせて頂くのか、練り出す稽古をさせて頂きましょう。

★『願うことは何事も、かなわないということはない。金光大神の手続きをもって願え。何事もおかげをいただける。』

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2019年06月21日

●私心(我)を放す

みな夫々に体質や性質というものを持っております。しかしそうしたものは、先天的にご先祖から代々積み重ねてきた習慣や、後天的に自分が生まれてから今日までに、身につけてきた生活習慣などによって培われてきたものですから、決して変わらないものではないのです。中には、「うちの家系は、代々某の病気にかかる体質です。」などといって、決めつけてしまったような考えをもつこともありますが、それは間違いです。日々少しずつでも間違った生き方、考え方を改まらせて頂くことによって、体質も性質もいくらでも良い方へ変わらせて頂くことが出来るのです。

★例えば、病気を患って、医師から「あなたの場合は禁煙をしたら、薬に頼らなくても病気は治りますので禁煙しなさい」と指導して頂いたとしましょう。そのことに対して、ご本人が「頭では解っていますが、長年続けてきたものをなかなかやめられません」と言って禁煙に取り組まなければ、病気は治らず悪化する一方ですね。病名が分かったからといって、病気が治るわけではないという事です。タバコは1本吸っても命を落す事はありませんが、長い間吸い続けると、自分の体ばかりか家族や周りの人にも悪影響を及ぼします。生活習慣を改めるということをせずに、お願いだけしていて、「これだけお願いしているのに、まだ治らないのか…」と、神様を不足に思ったり、疑うことは神様に大変御無礼なことですね。病気を治す方法を教えて下さっているにもかかわらず、改まることができないのは、私心(我)を放すということができていない姿です。

★信心も同じことで、お結界で「ここを改まらせて頂きましたら、おかげが頂けますよ。」とみ教えを頂いても、そのみ教えを守らせて頂きませんと、信心は進みませんし、おかげを頂くことはできません。信心が分からない、進まないという状態でしたら、真剣に神様に「どうぞ信心が分からせてください。どうぞ信心が進ませて頂けますように。」とお願いさせて頂きましょう。まず、日参をして、み教えを頂いて、自分を知るということが大事です。そうしますと、自分自身の在り方、自分の改まるべき点が分からせて頂き、私心(我)を放してゆくことができるのです。
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2019年06月20日

●神様の綱を離さない

 18日には、教徒会例会で、森山氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。森山家の入信の初めは、母方のお祖父様でした。終戦直後の混乱の時期、お仕事がうまくいかず神経衰弱になられ、心も体も弱ってしまわれて、家計は奥様が保険の外交をして支えておられる状態でした。ある日、普段通らない晴明通りを、自転車を押して歩いておられますと、旧広前からたくさんの人が出入りするのが目に入り、何かに吸い寄せられるように中に入って、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれたのが始まりだそうです。その時、「親子3人で明日から朝参りをしなさい。必ずおかげが頂けますから」と、み教え頂かれたのでした。それから、お祖父様、お祖母様、お母様、親子3人の日参が始まり、入信半年後にはお宅祭をお仕え頂かれ、9年後の昭和30年には、帰教式をお仕え頂かるようになられたのでした。

★お母様は、今年1月に90歳でお国替えなさいましたが、ご生前中の婦人会のおかげ話の中で、「『眠れない、苦しい、どうしたらよかろうか・・』と、毎日騒ぐ父の姿を見て、そのうち家族3人で死ぬ日が来るかもしれないと、真剣に考えた私は、当時17歳でした。あの時、金光様のご神縁の綱がおりて来なかったら、今の私は当然無いわけで、6人の孫に囲まれる幸せなおばあちゃんは居なかったのでございます」と、お話しになっておられます。

★森山氏は、お仕事の上にも様々なご都合お繰り合わせを頂かれ、現在のお住まいは、お祖父様が建てられたお家に、隣接した土地を二軒もご都合頂いて買わせて頂かれ、二世帯住宅のおかげを頂いておられます。2人の娘さんたちも、それぞれに立派に成人なさり、結構なおかげを頂いておられます。

★今年で入信73年を迎えられるということですが、ご先祖様がご苦労なさり、ご神縁を頂いてご信心を続けて来られたおかげで、有り難い今日があるということを、子供さん方にもしっかり伝えたいという願いを持っておられますことは、真に有り難いことでございます。

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2019年06月19日

●心の眼を開き、心の耳で聴く

あるお方は、会社を経営なさっておられ、月々借金の返済や、赤字を出さずに収支が合うよう、日々資金繰りを考えて、お仕事に邁進なさっておられます。

★先日、そのお方に「近頃はいかがですか?周りの物が良く見えるようになられましたか?外を見られたら、毎日変化しており、木々の緑も青々と茂り、また菖蒲の花も咲き、季節が次々と移り変わっていますよ。同じ木でも葉っぱがどんどんと大きくなり緑が濃くなって、有難い日々の移り変わりが感じられます。近頃、天地自然の物が目に入っていますか?」とお尋ねさせて頂きました。

★そのお方は、「有難いことに毎日み教えを頂いてお届けをさせて頂くようになってからは、段々と周りの物を意識して見させて頂けるようになりました。以前は、花が咲いておろうが、お湿りであろうが、お照らしであろうが、全く目に入らず、意識もしておりませんでしたが、近頃は段々とみ教えを頂きまして、有難いことに徐々に神様のお働きの有難いことが分からせて頂けるようになりました。」とお礼申されました。会社を経営なさっておられますから、会社全体のことをお願いしなければなりませんし、従業員のこともお願いせねばなりません。第一に毎日の売り上げの事や、資金繰りのことを気にしなければなりません。日々、あらゆることに気を配って経営せねばなりませんから、一時うつ状態になられ、お参りされていても涙が出るばかりであったそうです。ところが、毎日お届けをして、お取次ぎを頂いてお願いを立てられ、み教えを頂かれるようになってからは「ああ、あれも有難い、これも有難い。」と分かるようになられ、御礼が申せるようになられたのです。以前と今とでは何ら変わりはなく、同じ生活、同じ仕事、同じ環境であられますが、み教えを頂かれて心の眼が開かれたことにより、見るところ聞くところが全く変わられるおかげを頂かれたのです。

★お広前で心の眼を開き、心の耳で聴けるように稽古させて頂くのです。神様の広大無辺なおかげ、霊様のお働き、人様の働き、国家社会の恩恵等、様々な有難い働きがあってこそ自分自身があります。そのことに御礼を申して、目に見える範囲を広げてゆき、大きな視野でもって物事を見させて頂けるように、おかげを頂いてゆかねばなりません。ただその視野を広げるだけでなく、心の眼を開かせて頂き、心の耳で聴かせて頂くことが信心です。目に見えないところを大切に出来るように、自分自身の汚れている部分を磨き、万物を拝み、天地の道理を学んで、神様の深い思し召しを悟らせて頂くことが大切なのですね。
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2019年06月18日

●神様がさせなさるご修行

 二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。そのご遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます」と仰せになられたのです。

★三代金光様は、数え年14才というご年令で、初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られて、神様におすがりさせて頂かれて辛抱をなさったからです。ただご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、「有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りない」お心にはなられなかったことでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方の手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。苦労から逃げようとしたり、責任転嫁ばかりしては、決して結構にはなってゆきません。み教えに基づいて生活し、心を神様に向ける稽古をしておりますと、自分自身の生き方が定まっていくのですね。

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2019年06月17日

●正しいお願いを持つには…

昨日には、団体列車とバスが無事運行のおかげを頂き、天候を初め万事万端に御都合お繰り合わせを頂きまして、上半期の御礼の御本部参拝をさせて頂くことが出来ましたことは、大変有難いこととお礼を申し上げております。毎月の御本部御礼参拝が続かせて頂けるように「何が何でも」という心持ちで、正しい願いを立て、神様にお喜び下さる信心をさせて頂きましょう。

★ある娘さんのお父さんは大層酒乱で、お酒を飲むとお母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。 そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で教会へお参りなさり、「どうしてもお父さんに酒飲みを止めて頂きたい。」とお願いされました。しかし、お願いさせて頂いておりましても父親が酒を飲むことは止めてもらえませんでした。

★ある日お結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか? それは心で人を殺すことになり、神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。 それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対して責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、お父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになり、暴言暴力が無くなり、円満に生活させて頂けるようになられたのです。

★「自分は正しいことをしている」と思っておりますと、自分の過ちや横道に逸れていても気付きにくいものです。しかし、信心を基にしてみ教えを頂き、お取次ぎを頂きますと、自分の考えや行いにも間違っているところがあったのだと理解させて頂くことができるのです。神様がお喜び下さる正しいお願いを持ち、自分自身も周囲も助かり立ち行くおかげを頂きましょう。
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2019年06月15日

●信心の辛抱を強くせよ

あるご家庭では、お婿さんが来て下さり、家業を継いで下さったのですが、家庭内で次々に問題が起こってきました。二代教会長伊藤コウ師は、「違う分子が化学反応を起こし結合するときには、熱を出したり、火花が散ったりします。それと同じように、家庭の中に新たに人が加わったときには、問題が起きるのが当たり前なのです。その覚悟をさせて頂き、辛抱させて頂くことで、年月をかけておかげを頂いてゆくのです。」とみ教えを下さいました。

★佐藤照師は『みんなよいことばっかり思っていても、思い方の寸法が違うから、合わそうと思うたら、辛抱が要る。それで自分だけを通そうとすると、どうしても合わぬことになるなあ。それをこちらから、向こうに合わせていくようにしたら、合うようになるでしょう。合わすようにするいうたら、どうしたらよいか。それは向こうの足らぬところを足していくとよい。大抵の者は、その足していくいうことを思うておらぬ。それから信心するものは、人を受けるくらいの心でおらねばならぬ。誰でもを受けていくくらいにならねばならぬ。受けるいうたら、力が大層要ります。相撲でも受ける方がどれだけ力が要るかなあ。そのように受けるのには力が要るが、そういう力は辛抱せねばできてこぬから、神様のおかげを頂いて、辛抱のお徳を蒙らせてもらうのです。年寄りと若い者というたら、知恵分別が合わんこともありましょう。それを自分の思うとおりにばっかりしようとしたら、立ち行きはせぬ。みんな世話になり合うてこそ、立ち行くのでしょう…』とみ教え下さいました。

★家庭でも職場でも、皆が円満に立ち行くおかげを頂くには、長い時間がかかります。そして辛抱が必要です。相手の悪い所ばかり見て、悪口や不足を言っていては皆がバラバラになってしまいます。何がおかげとなるのでしょうか?それは、人に改まってもらうことではなく、自分自身の至らない所に気付かせて頂き、改まらせて頂けるようになることです。日々しっかりと日参聴教させて頂き、辛抱を強くさせて頂けるように、おかげの受け物を作らせて頂きましょう。
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2019年06月14日

●家業ほど有り難いものはない

 あるご婦人は、ご主人が重い病気で、何度も命を助けて頂かれたのでしたが、いよいよご主人を見送る時期が迫り、二代教会長・伊藤コウ師にお届けなさいました。ご主人が中心となって製造業を営んでおられたのでしたが、ご主人を見送ってからは家業をたたみ、高校三年生の娘さんは卒業後就職して、奥様は、内職でもしようと考えておられたのでした。

★そこで、伊藤コウ師は、「それでは、借金を返し、生計を営んでいくことは出来ないでしょう。せっかく、ご主人が残して下さった家業があるのですから、『結構な家業をこの先もっと立派な商売にさせて頂かないことには相済まない』という覚悟を持って、神様にお縋りする気にはなりませんか?出来ない出来ないと思うのは、あなたが神様を知らないからです。神様にお願いしおすがりする心にならせて頂いたら、どんなことでも神様はさせて下さいます。せっかくご主人が築いて下さった基礎を崩してしまうのは、真に勿体ないことです。私も一生懸命ご祈念させて頂きますから、神様にしっかりお縋りして、家業を継がせて頂いてはどうですか?」とみ教えなさり、ご婦人は覚悟を決めさせて頂かれました。

★後日、高校三年生の娘さんも面会にこられ、伊藤コウ師より、「もし私があなたの立場なら、この夏休みに同業の繁昌なさっているところに勉強しに行かせて頂き、必要な技術を習得して、家業をしっかり支えさせて頂けるよう、神様にお願いさせて頂きますよ。」とみ教え頂き、有難い覚悟が出来られたのでした。病床のご主人にも、安心して頂くことが出来られ、後には、母子で立派に家業を引き継がれ、娘さんには立派なお婿さんが来て下さり、繁昌のおかげを頂かれたのでした。

★「幸せを築く元は、神様から与えて頂いている家業を有り難く務めさせて頂くことです。神様からお命を与えて頂き、神様から有り難い家業を与えて頂いて、その家業のおかげで食べさせて頂き、着させて頂き、住まいをさせて頂いている。ですから、神様のおかげでさせて頂いている家業を毎日喜んで精一杯務めさせて頂き、家業を通して勉強させて頂くことが、何もかも結構に立ち行くおかげが頂ける元です。」と、み教え下さっておられます。銘々に頂いている家業をもっともっと拝み、日々喜んで、よそ見をすることなく精一杯打ち込ませて頂き、おかげを頂いて参りたいと思います。

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2019年06月13日

●心も身体も健康に

『金光様は、有難き、恐れ多き、勿体なきの三きを備えて祈れ、一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、この有難き、恐れ多き、勿体なき三きの心に、新気、根気、(御礼の)働きが立ち添うてこそ一切成就の御信神がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』

★金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は、『リウマチの私が病気だから出来ないと言ってしまえばそれだけのこと。そこをお願いして掃除をさせていただけた時の喜びは、元気な者が掃除をさせていただく喜びより何倍の喜びか分かりません。神様におすがり申してさせていただきたいという願いを立てれば、掃除の仕方まで神様は教えて下さいます。ご用させてくださいます。』と仰せになられたのです。また、『難しい事、出来そうにない事、出来るはずがない事をお願いしてさせて頂きましょう。』と仰せになっておられます。

★病気があることをハンデと思わず、どのようにしたら健康な状態の時と同様にお役に立たせて頂けるか工夫してさせて頂くことを願っておられたのです。キクヨ姫様は、まさに有難き、恐れ多き、勿体なきの心に加えて、新気、根気、御礼の働きの心を以って御用なさっておられたということが分からせて頂きます。

★「私は病気だからこんなことはとてもできません。あれもこれも出来ません…」等と言って手足を動かさずにいましたら、心も身体も健康にはなりません。人間は神様から治癒力や免疫力を授かって生まれてきています。しかし、せっかく頂いている治癒力や免疫力を十分に使っていない人が多いようです。自然の治癒力を高めるには、一日に何度も笑ったり感動したりして、精神と体調を良い状態に保ってゆく事が大切なのです。信心させて頂く私達は、教会に参拝しお広前でみ教えを頂き、お取次を頂く事によって、心も身体も癒して頂き、不安や心配を全て神様にお預けする事が出来ますから有難いですね。病気を通して、また出来事を通して、今まで感じなかったことを感じられるようになり、見えなかったことが見えるようにならせて頂き、御礼の幅も広がって、一段と成長させて頂ける信心にならせて頂きましょう。
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2019年06月12日

●神心を活き活きと表に出せるように

 あるご信者は、常々から周囲の方々の助かりを一生懸命に願っておられ、実意丁寧なご信心を進めておられます。以前、姪御さんとその息子さんをお導きなさりたいと、真剣に願っておられました。姪御さんの息子さんは、突然発作を起こして倒れ込むことが頻繁に起こるようになり、気の毒に思ったご信者は、折に触れてはお道のご信心の有り難いことを話しておられたのです。しかし、姪御さんには信心する気が全くなく、「物見遊山のつもりでもいいから、とにかく一緒にお参りしましょう」と、ある年の春、やっとの思いで御本部の御大祭にお導きが出来られたのでした。

★ところが、米子に住む姪御さんとその息子さんの到着が遅れて、御祭典を拝むことが出来られず、御本部のお広前だけにお参りなさることになったのでした。ちょうどその時、御祭典後にお広前で御祈念させて頂いていた私が、居合わせたのです。「先生…。」と声を掛けられ、ことの次第をご信者からお聴きしました。その息子さんは、初めてお参りした御本部のお広前で正座して平伏し、母親である姪御さんが驚くほどに、真剣に御祈念なさったのです。更にお話を伺いますと、姪御さんは「息子が真剣に神様にお願いしている姿を見て、いい加減な気持ちで来てしまった自分が恥ずかしいです・・・」とおっしゃり、親子共に真剣にお取次ぎを頂くことが出来られたのでした。

★驚いたことには、姪御さんは私の家内と同じ出身地で、家内の兄の高校の同窓生だと分かったのです。家内の兄は、28才の時に交通事故で亡くなられ、そのこともお話ししますと、「今日お参りさせて頂いて、このような心にならせて頂いたのは、お導き下さった叔母と、神様、霊様(家内の兄)のおかげです」と、感激してお帰りになりました。その後、その息子さんは御神米を目当てに、常にご祈念が出来られるようになり、発作が激減したのです。夏休みにはお父様も共に、家族が車で阿倍野教会にお礼参拝が出来られたのでした。

★気の毒な人の助かりを真剣に祈る心は、神様から頂いた有り難いご分霊の働きです。誰しもが、その様な尊い神心を頂いているのです。また反対に、腹立ち、怠け心、自己顕示欲など、お取り払い頂くべき我情我欲も持ち合わせているのが人間です。起きてくる出来事をご修行にさせて頂き、改まりの機会とさせて頂けば、尊い神心が養われ、信心が一段一段進ませて頂けるのです。

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2019年06月11日

●広く大きな心になるように

8日は、私の家内のお父様の13年廻れる例年祭をお仕え申し上げました。

★私の家内の実家は、仏教でご先祖を祀っておられますが、結婚させて頂く際に、結婚後は金光教の教師になるために、家内一人が金光教の教徒にならせて頂くことをお許し頂きました。そして今日まで、私共が家内の実家のご先祖の霊祭を仕えさせて頂く際には、家内の親族も山陰や関東、遠方各地から参列して下さっています。

★先年のこと、「私は無神論者だ」と仰っておられた家内の叔父(父親の弟さん)が信心をさせて頂くようになられたのでした。そのきっかけとなりましたのは、ある悩みを抱えておられる時に、亡くなられたお母様(家内の祖母)が夢に出てこられたということです。そして「やよひ(家内)に相談すれば良いではないか」と仰られたそうです。叔父は早速、家内に電話をかけて来られ、信心をさせて頂かれるようになられたのです。そして教徒にならせて頂き、ご先祖を金光教式でお祀りさせて頂くことになられたのでした。霊様方がお働き下さってお導き下さっていることは、大変有難いことだと思わせて頂きました。

★家内には兄弟が女5人男1人で、一人息子であるお兄さんは第五管区海上保安庁に勤めておられました。昭和55年お兄さんは仕事の帰りに車にはねられ、意識不明の状態で病院に運ばれましたが、28才という若さでお国替えされました。相手の方は20才くらいの若い方で、親と共に家内のお父さんに土下座して謝罪されました。お父さんは、警察へ行かれて「相手の方はまだまだ若く将来がありますから、なるだけ罪を軽くしてあげて下さい。」と嘆願書を出されたのでした。一人息子を亡くされたお父さんにとって、大変悲しい出来事でありましたが、その後、お父さんは生涯恨みがましい事を一切口に出されませんでした。お父さんは相手を恨むのではなく、相手の幸せを願われ、後々にめぐりを残されぬように辛抱なさったのでした。そのような家内の父の生きられ方を大変尊敬しております。

★有難いことに、お父さんがお国替え後、家内のお姉さん御夫婦が実家の姓を受け継いで下さり、後継に入って下さったのです。人を憎んだり恨んだり、また人を切り捨ててしまいますと、人としての徳を失ってしまいます。自分自身の心を豊かにし、神様に心が近付き、広い大きな心になるようにおかげを頂いて参りましょう。
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2019年06月10日

●より一段と成長させて頂くことを願う

 ある学生さんが学校でクラスの委員長になり、一生懸命クラスの数人と放課後に残って話し合いをし、催しの準備に向けて真面目に活動していました。しかし、クラスの中で「お前は気に入らん、ええ格好しやがって、殴ってやろうか!」等とひどく妨害をする生徒がいたそうです。

★何故このような言いがかりを付けられて、嫌なことばかり言われないといけないのか、と無性に腹が立ったので、その学生さんはお結界に来られ「どのように考えさせて頂いたら、よろしいでしょうか?」とお届けされました。

★すると三代教会長先生は「あなたは10代にして、徳を頂くということについて考える良い機会を与えて頂きましたね。有難い事ですね。知識があり成績だけ良くても、それだけでは解決できないことがあります。そこで大切なことは、一生懸命努力に努力を重ねて、どこまでも諦めずに、クラスの人からも一目を置かれるぐらいに、ずば抜けていくということが大事なことですよ。あの人の言う事なら聞く耳を持とう、と思ってもらえるようなお徳を頂いてゆかねばなりません。それが今あなたに求められていることですよ。そして認めて頂けるまでは、どんな嫌がらせを受けても、悪口を言われても、くじけずに自分自身を磨き上げてゆく覚悟を持たなければなりません。脇目も振らず一生懸命になり、実力を付けていくことです。

★そして、次に大切なことは、謙虚であるということです。人の口をもって、自身の足りない部分を神様が教えて下さっていると思わせて頂いて、相手にお礼が言えるくらいにならせて頂くことが謙虚な姿勢なのです。そのためには人を目当てにするのではなく、常に神様を目当てにすることです。そうしますと、どんな場面に遭遇しても、どんな環境に置かれても、謙虚な姿勢はぶれず、自分を見失うことなく、実力を十二分に発揮させて頂くことが出来るのです。日々教会に足を運び、お広前で教えて頂くのです。この経験を通して、あなた自身も結構なおかげを頂きなさい。これが本当に分からせて頂いたら、世の中に出た時には本当に役に立つ人間にならせて頂けるでしょう。」とみ教え頂かれたのでした。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず…他の人や家庭と比べない。
2)飲食を節する…節制を心掛け、与えて頂いている物を有難く頂く。節することが身につけば、心も、体も、人間関係も整うおかげを頂ける。
3)苦難の時に恨みごとを言わない…難儀なことが起きてきた時に、人や社会を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない…喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する…神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂ける。

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2019年06月09日

●神様を杖におすがりさせて頂く

昨日は、みかげ会例会が開催され、北尾氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。心臓が弱かったお母様が昭和20年に御神縁を頂かれ、大変熱心に信心されました。奈良に住んでおられた北尾氏は、学校を卒業後、大阪へ出てこられ、大阪市中央卸売市場の塩干物仲買店へ就職のおかげを蒙られました。そして、7年間、朝4時から夕方まで商品の取り扱い、仕入れ販売など大変厳しく指導して頂かれ、7年後の昭和37年に独立のおかげを頂かれました。

★昭和45年に家を購入され、47年に結婚のおかげを頂いて、2人の子宝を授かられました。2人の子供さんを小さい時から連れて、お参りされ、信心相続のおかげを頂いておられます。平成8年に家を買い替えさせて頂くことになり、お取次ぎを頂いて買い替えさせて頂くこととなられました。半年後には家を空け渡すことになり、それまでに家を探すことになられたのです。しかし、なかなか思った家が見つからず、不動産業者に相談しても予算内での家は大阪市内にはありませんでした。

★教会長先生に「市内では私の予算内の家は買えませんので、郊外を探してもよろしいでしょうか」とお届けされますと、「きっとあります。行く所行く所お願いをして探しに行かせてもらいましょう。遠い所へ行くとお参りが遠のき、信心が抜けますよ。市内で買わせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。

そして、心新たに願いを立て直され、教会に近く、環境がよく交通が便利で、借金なしの予算内で購入させて頂ける物件を、何百軒となく探されました。あきらめず願い続け、無駄のないように生活も改まり、日参と聴教に励まれ、御本部御礼参拝、月例祭、各会例会にも欠かさず参拝されたのです。仮住まいをしてから3年半ほど経った平成12年に、お願い以上の40坪の土地と住宅を、借金なしで購入させて頂くことが出来られたのでした。北尾氏はお宅祭を仕えられ、より一層お礼の信心に励んでおられます。

★『家内中、勢を揃えた信心をせよ』とみ教えを頂いておりますが、家内中が一丸となって神様を杖におすがりをなさってこられたからこそ、一段一段とご信心の内容が進まれ、おかげを蒙られたのですね。『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ』
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2019年06月08日

●出来てきたことには神様の有難い思し召しがある

 以前、あるご信者が、原因不明の高熱で入院されたことがありました。検査入院ということでしたが、食事も殆ど取れず、呼吸も苦しいような状態が続かれました。お医者様も肺炎の検査や、色々と発熱の原因を探って下さいましたが、肝臓の数値が高くなっていた他は、原因と思われることを特定することは出来なかったのでした。しかし、それがおかげだったのです。原因が特定できなかったからこそ、病院で治療を受けることが出来、その間に、お酒も、タバコも絶たせて頂き、食生活は病院で管理して頂き、悪習慣を一気に改まらせて頂かれたのです。生活を改善していかれるずつに、体内の悪毒病毒をお取り払い頂かれ、熱も次第に平熱に近付き、肝臓の数値も下がっていったのでした。ご本人も、この病気がよい機会となって結構なおかげを頂いたと、振り返ってお礼申されたことでした。

★身体に不調を感じ、病院で診て頂いて、「どこにも異常が見当たりません」と言われた時に、「何故原因が分からないんだろう?きちんと診て下さっていないのでは・・・」と、不足を思う必要はありません。検査を受けることは大切な事ですが、その上で異常が見つからなかったということは、有り難いことなのですから、お礼を申さなくてはなりません。そして、それまでの自分を振り返り、今日まで頂いてきたご恩、お恵みに対して改めて御礼を申し上げ、ご無礼不行き届きをお詫び申し、「この度は結構なお気付けを頂きまして有り難うございます。どうぞ、改まらせて頂きますように」と、お願いさせて頂いて、素直に、謙虚な心で改まるべきところを改まらせて頂きましたら、必ず一層に有り難いおかげを頂くことが出来るのです。

★『みんな、病気の名や病気のもとは不思議によく知っておるが、おかげの受けられるもとを知らぬわい。病気のもとよりは、おかげのもとをたずねてみよ。』

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2019年06月07日

●『祈れ薬れ』

私の長女が生後10ヵ月の時に、あごの下にウズラの卵くらいの大きさの腫れ物が出来たのです。すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き、病院に行かせて頂きますと、医師より「良いものでも悪いものでも、どちらにしても手術をして切除する方が良いでしょう。」と診断して頂きました。しかし「これからは一切悪い事を思わないようにして、御神酒でおかげを頂こう!そして次回の診察には行かなくて良いというおかげを頂こう!」と夫婦で話し合ったのでした。そして一心にお願いしながら、日々娘のあごの下にある腫れ物に御神酒をつけさせて頂きました。すると何と、2・3日の内に腫れ物の位置が下がりはじめ、受診予定日の朝には腫れ物の口が開きかけたのです。お剣先に御神酒をふくませて腫れ物に当てさせて頂きますと、口が開いてどんどんと血膿をお取り払い頂いたのでした。その後、病院に行く事もなくメスを入れることもなく、一年間かけて計10回も腫れ物に口が開いて、血膿をお取り払い頂いたのです。

★あるご信者は、若い時に蓄膿症になり、手術をせねばならない状況になられました。膿が溜り、下を向くと頭に圧がかかり、頭や目の奥が痛くて、勉強も集中出来られませんでした。そこでお剣先をご神酒に浸し、毎晩鼻に貼らせて頂いて御祈念を込められました。すると、有難いことに血膿がどんどん出して頂かれ、その後手術もせずに蓄膿症が根切れのおかげを頂かれたのでした。

★『祈れ薬れ』と教えて頂いておりますが、医学の発展と共に、薬も良いものが次々と開発され、人の健康を維持し病状を回復させるために、すぐに薬を投与されることが多い現状です。それは大変有難いことですが、何かというと、すぐに「薬れ祈れ」というように、薬に頼りやすいものです。ご神酒も医師から処方して頂いた薬も、神様から頂いた賜り物だと有難く拝んで頂くところに、有難い神様のご庇礼を頂くことが出来るのです。日々み教えを頂いて、「どんなことでもおかげにさせて頂こう!」という強い信念を貫いて、苦難を苦難と思わず、与えて頂いた出来事をおかげにさせて頂きましょう。
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2019年06月06日

●二人前、三人前の働きを目指して

 仕事をさせて頂くときには、同じ働くのでも、人から喜んで頂こうと思いましたら、お給料の2倍も3倍も値打ちのある働きがさせて頂けるように、周囲の方々への心配りをさせて頂き、思いやりを持って働かせて頂くことが大切です。「ここまでさせて頂けましたが、次は度のようにしたらよろしいですか?私は今手が空いていますから、何かお手伝いさせて頂けることはありませんか?」と言って下さるような方とであれば、この人と一緒に働きたいと思って頂けます。逆に、自分の仕事だけしていれば良い、時間が余れば私用をする、というのでは、到底人から喜んで頂く仕事にはなりませんね。

★普段から心を配って御用させて頂いておられる方は、求められる以上の働きがさっとさせて頂けます。何かお願い事をした時に、「いくつかの案を考えさせて頂きましたが、どの案がよろしいでしょうか?」と三案ほども提示して下さるのです。大変行き届いた実意丁寧な姿勢であられると、有り難く御礼申させて頂いております。仕事をさせて頂くのでも、得意先から求められる場合でも、「一番いい案を用意しましたよ!」と、自分の考えを押し付けてしまっては、実意丁寧とは言えませんね。まず先方が何を望んでおられるのか、をじっくり聞かせて頂いて、考えることが双方の立ち行きに繋がってゆくのです。

★教会では、二人前、三人前の働きをさせて頂くことを教えて頂いております。一人前の働きとは、自分の生活・家庭が立ち行くことです。二人前の働きとは、国家を支える働きがさせて頂けること、さらに三人前の働きとは、子供を育て、成人するまで養育するだけの貯蓄が出来、親を養える人間にならせて頂けることです。心も体も健康で、与えて頂いている能力を十二分に発揮させて働かせて頂けるようなおかげを頂きましょう。

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2019年06月05日

●儲け使いの生き方へ

二宮尊徳先生は、貧者と富者の違いについて次のように仰っています。「富と貧は、もとは遠くに隔たったものではない。ただ少しの隔たりである。それを分ける根本は、ただ一つの心得にある。貧者は、昨日のために今日勤め、昨年のために今年勤める。それゆえ終身苦しんでも、その甲斐がない。富者は、明日のために今日勤め、来年のために今年勤めるから、安楽自在で為すことみな成就する。」

★昭和の初め頃、セルロイドの工場を経営なさっておられたあるご信者が、お導き頂かれて阿倍野教会に参拝するようになられました。セルロイドというのは、重ねて置いておくと、気温の上昇で自然発火しやすい性質があります。その工場も入信前に三回火事を出しており、三回目の火事の時には、十代の若い工員を含む4名の工員が亡くなっていたのでした。

★多額の借金もあり、大変な中をお導き頂かれて参拝なさり、二代教会長伊藤コウ師のみ教えを聴かれますと、それまでの考え方・生き方が、天地の道理に反することばかりであるということが、段々と分かっていかれたのです。亡くなられた従業員の方々に申し訳ない思いで一杯になって、毎日涙を流しながらみ教えを頂かれたのでした。

★そして、お宅祭もお仕え頂くようになられたのですが、最初の頃はお宅祭を拝まれるのは奥様一人で、従業員の方々は、お宅祭をお仕えになられる後ろで、車座になって煙草を吸って、雑談しているような状態だったのでした。しかし、段々と回を重ねる毎に、ご主人も、従業員の方々も、正装して参拝し、み教えを頂くように変わっていかれたのです。また、家の霊様だけでなく、火事で亡くなられた4人の従業員の霊様方をお祀りされて霊祭を仕えさせて頂くまでにおかげを頂かれたのでした。

★先に借金をしてでも、使いたいことにお金を使い、使った分のお金の返済に追い立てられるように働く「使い儲け」の生き方から、出来るだけ始末できることは始末し、出来た資金の中で工夫しながらやり繰りする「儲け使い」の、結構な生き方に変わらせて頂かれ、工場も拡大し発展のおかげを頂かれたのでした。また、何事も神様にお断りを申して、お願いして使わせて頂く生活に変わられたことにより、火事も起こらないようになり、めぐりを積む生活から、正しい繁盛の道を歩ませて頂けるように変わらせて頂かれたのでした。信心の上でも同様に、おかげの先取りばかり考える生き方から、積徳を日々心がけてゆく生き方に変わらせて頂くことが大切です。
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2019年06月04日

●自分の心、生活を見直す

 あるご信者は、眼圧が非常に高くなり、このまま状態が改善されなければ、緑内障になる恐れがあるとの診断を受けられ、眼圧を下げる点眼液を処方されました。ご信者は、医師の指示通りに薬の点眼を続けられたのでしたが、一向に効果が表れず、そこで思い切って薬を止め、御神酒を目に頂いて、一生懸命神様に回復を願われたのでした。ところが、次に受診しても眼圧は下がっていなかったのです。

★この方は、普段からしっかりみ教えを頂いておられますから、「御神酒を頂いても効果が現れなかったということは、私の頂きように改まるべき所があると、神様が教えて下さっているのだ。」と思われ、ご自身を振り返られました。そして、薬を止めてから、御神酒を、まるで「薬の代わり」のような頂き方しか出来ていなかったことに、気が付かれたのでした。ご信者は、心から神様にお詫びを申され、御神酒を、「神様の御徳に満ちた有り難い尊いもの」と、改めて頂き直されたのでした。そうしますと、次の検査では驚くほどに眼圧を下げて頂き、神様のあらたかなおかげを見せて頂かれたのでした。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり。』常に、お礼と喜びに満ち満ちた心になっているか、隠徳を積む行いが出来ているか、下半期締めくくりの月を迎えさせて頂き、自分の心、生活の有り様を見直させて頂きたいと思います。

一、毎日の飲食は適切に摂れているか?…過食、偏食はないか?
一、毎晩、安眠熟睡出来ているか?…毎日心穏やかに、お礼を申して休ませて頂けているか?
一、自分の心や体に悪影響を与える悪習慣はないか?
一、日常生活の出来事に一喜一憂していないか?…精神が乱れやすくなっていないか?
一、精神的に動揺してしまったとしても、仕事は平常通り行えているか?
一、毎日絶えず追求し続ける問題を持っているか?
一、人に対して、親切、丁寧であるか?

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2019年06月03日

●仕事に惚れる

教会では「三惚れ」ということを教えて頂いております。

1)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。

2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。

3)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。

★あるご信者は、クリーニング店を営んでおられます。細い路地にある小さなお店ですが、「あなたにして頂かなければ困ります」とホテルや仕立て屋さんなど、遠方各地のあちらこちらからお客さんが店舗を探し求めて来て下さるそうです。そして、皆さん仕上がりを大変喜んで帰られるそうです。そのお方は、毎回の仕事を神様からの試験だと思って、常に勉強して技術の向上に励んでおられます。そして、満足のいかない仕上がりの場合には、お代は頂かないというように、ご自身の仕事に誇りを持ってさせて頂いておられます。そうした仕事への姿勢により人から信用を頂かれ、人徳を積ませて頂いておられるのです。

★物事には両面があり、自分にとって都合の良い面と都合の悪い面があります。その良い面を見る稽古をさせて頂くことが大切です。仕事をさせて頂くのでも、「こんなつまらない仕事はない」と思いながらしておりますと、自分自身が不幸せになっていきます。反対に、「こんなに有難い仕事はない!自分の天職だ!」と仕事に惚れ、土地に惚れ、与えて頂いた場所に惚れて、有り難く喜んでさせて頂きますと、道が開けてゆくのです。自分自身の心の持ち方が大切なのですね。

★『金光様は喜びの道を開いて下されたのじゃから、それをご信心申す者が、喜ばぬつらい顔をして日を過ごしてはならぬ。天地の親神様をご信心するのじゃもの、天地のような広い心にならねばならぬ。』
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2019年06月02日

●天地に対して実意丁寧な在り方

 大工であるお方が、入信なさった当初のことです。「私は、今まで棟梁に仕込んで頂き、まともに仕事をして本格的な大工として建築が出来るように、一人前の働きが出来るようになった。だから自分は間違ったことはしていない。」と自負しておられたそうです。ところが、お参りをさせて頂いて、み教えを頂かれるずつに、それが思い違いであり、神様に対してご無礼な仕事ぶりであったということが、分からせて頂けるようになられたのでした。

★そのお方は、「自分の利益に直接関係する木材や釘や道具等は大切にしていましたが、自分の利益に関係のない得意先の材料は粗末にして、捨ててしまっておりました。施主さんに対して喜んで頂けるだけで良いと思っておりました。ところがみ教えを頂きますと、天地に対して実意丁寧でなければならない、ということに気づかせて頂きました。神様がすべての鉄材や木材を与えて頂いているのだから、材料を粗末にするということが、神様に対して大変なご無礼不行き届きでありました。ご信心をさせて頂いて、天地に対してご無礼のないような生き方がさせて頂けますように。しっかりと改まって、神様に対して行き届いた姿にならせて頂いて、ご信心に基づいた商売、ご信心に基づいた仕事にならせて頂けますように。」とお詫びを申されたのでした。

★み教えを頂かれたことによって、今まで正しいことばかりしてきたと思っていたことが、どれほど浅はかなことであったか、ということに気づかれたのでした。そして、これからは神様を目当てにした生活をさせて頂かねばならない、という改まりが出来られたのです。

★一見何も悪いことはしていない、正しいことをしていると思っていても、神様のお眼から見れば、至らないことばかりです。ご信心させて頂き、み教えを聴かせて頂きますと、了見の狭さに気付かせて頂き、広大無辺な天地のお働きを感じさせて頂いて、物事にとらわれることなく、神様目当ての生き方に変わらせて頂くことができるのです。出来てくることすべてをおかげにさせて頂き、喜びに変えさせて頂くことのできる信心に進ませて頂きましょう。

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2019年06月01日

●有り難いの一心で

江戸時代後期に、ある藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された教えがあります。

(1)常に心掛けて陰徳を積むべし。(陰れたる徳を積むことを考えて、人に褒めてもらおうと思わない)

(2)足ることを知れば、家は貧しくとも、心は福者なり。足る事を知らざれば、家は富めりと云えども、心は貧者なり。(現在与えて頂いている物を心から喜び、有難く思って満足し、生かして使う。質素倹約に努め、分相応な生活をする。)

(3)家を治める事においては、堪忍を第一とする。おごりをこらえて欲を抑え、欲しいままにしない。(思い通りにいかないことがあったとしても、腹を立ててののしることのないように、自制をする。)

(4)無理に利益をむさぼれば、財を失い、災いがくる元になる。(目先の利益に目がくらんだり、儲け話に心を迷わしますと、財を失う元になる。よそ見をせずに家業を怠ることなく勤めれば、自然に家は良い状態になってゆく。)

(5)人の悪い事を告げ知らす者がありとも、みだりに取り上げ用いるべからず。(人の悪口を言うものを重用すべきではない。うわさ話を鵜呑みにするのではなく、自分が見極める力をつける。)

(6)富める家には親戚がよく出入りする。これは主が愛情厚き人だからこそで、その誉れと心得よ。(お世話をしてもらう事ばかりを考えるのではなく、人のお世話をさせて頂くことを心がける。

(7)何事も思慮分別のある人と相談して取り計らうべし。(自分勝手に決めるのではなく、お取次ぎを頂いて、み教えに基づいた正しい道を歩ませて頂く。)

(8)金銀を多く子孫に残し与えるよりも、広く善いことを行い、陰の徳を積みおくべし。その徳善というものは、子孫にめぐり子孫の幸いとなる。(無償の奉仕をして、お徳を積ませて頂くことにより、子孫が結構になり繁栄のおかげを頂くことができる。)

★仕事でも家庭の中でも、常に有り難いの一心で御礼を申し、起きて来る事をご修行とさせて頂くことが、心身健康で心豊かな生活にならせて頂く元であるのです。

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