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2019年03月31日

●神様の綱を放さないように

竹本駒蔵師は、阿倍野教会旧広前ご建築の際にご尽力下さったお方です。

★竹本師が42歳の頃、心臓病と腎臓病を併発されて頭から足の先まで腫れ上がり、医師もさじを投げてしまわれるほどの大病を患われました。その時、もう生命が尽きるだろうからと、つめかけた親戚の方々の中に、金光教の信心でおかげを頂かれた方がおられ、その方が「私は金光様に命を助けて頂いた。金光様のみ教えでは『死ぬる用意をするよりも生きる用意をせよ』とみ教え下さっておられます。今17、8人おりますから、4組に分けて2組は自宅に帰り、1組は看病をして、もう1組は教会に参拝する、ということを時間を決めてさせて頂いたらどうでしょう?」と提案をなされたのです。そうして皆さんが、お教会に参拝なさった結果、一週間ほどのうちに浮腫が引いて命を助けて頂かれる大みかげを頂かれたのでした。そこで竹本師が教会へ生命を助けて頂いた御礼参拝をされ、お結界で「信心しなさいよ。信心させて頂いたら、3日と枕は傾げさせん。氏子が神の用をすれば、神が氏子の用をしてやる。神様の綱を放さないように信心させて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、翌日から日参なさるようになられたのが、信心の始まりであられたそうです。

★竹本師が初めて御本部へ御礼参拝なされた時、三代金光様はふくさを開かれずに名前も見られる事なく「京都の竹本さん、ようお参りでした。」とお言葉をかけて下さったのです。竹本師は大変驚かれ感激され、その時に初めて「42歳まで働けなかった弱い身体でありますが、生命を助けて頂きましたので、そのお礼にこれから働かせて頂けますように。」とお願いすることが出来られたのでした。それからの後半生は身しのぎの出来る体に作り変えて頂かれ、いくつもの教会のお広前を次々と一建立で建築なさってお供えされ、ご恩返しの働きを重ねられたのでした。また、信心をなさるようになられてから、「神様から頂いている命・身体を十二分に使わせて頂けます様に。」という生き方に変わらせて頂かれたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は「神の綱とは、日参と聴教をさせて頂くことです。神様から銘々に頂いたみ教えが神の綱です。自分の願い成就に向けて、どのように進んでいけばよいか、ということを掴ませて頂き、頂いたみ教えを放さないようにすることです。」と教えて下さったのでした。
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2019年03月30日

●お礼の働き、お詫びの働き

 先日、あるお方が会社で別の部署に配属になられました。前の部署では好待遇で用いて頂かれ、上司からも大事にして頂かれたそうですが、新しい部署では、慣れない仕事ですから、ミスをしてしまうのです。そして、ミスをした時に上司から厳しく何度も呼び出されて原因を追究され、次はどういう改善をするか指導を受けられたのでした。

★そのことにより、そのお方は目が覚め、反省が出来お詫びの心でお届けに来られました。「私は、慢心しておりました。以前は、上司から仕事が良く出来ると言って頂き、良い待遇を受け、良いポストにつけて頂いており、私は仕事が出来るのだと思っておりました。ところが新しい部署に配属してから、どれだけ仕事が全体的に理解出来ているかというテストを受けました。すると、7割しか出来ておりませんでした。自分では9割以上理解出来ていると思っていたのに、身に修めなければならないところを、忙しさにかまけて、おろそかにしておりました。毎日の職務に追われて、勉強する気がありませんでした。時間内に仕事を終わらせて、残業せずに帰らなければならないので、本当に身に付けなければならない仕事の勉強をおろそかにし、期待して頂いているだけの働きが出来ていなかったことに気付かせて頂きました。あれだけ用いて頂いて、好待遇で給料を頂いていたのに、こんな実力では申し訳ないと思い、改まって勉強させて頂いております。これからしっかり改まらせて頂いて、一人前の働きが出来るように、あれもこれも身に付けさせて頂けるように、勉強に励ませて頂きますので、どうぞまともな仕事が出来ますように。」と、改まったお願いが出来られるようになられたのでした。

★そこで、「これは出来るからします、これは出来ないからしませんというように、自分で自分を限ってしまうことは、神様に対してご無礼です。お礼の働きというのは、今日までこうしてお命を頂いて、健康でお育て頂いてきたお礼に働かせて頂くのです。あなたが仰った、こんなことでは申し訳ないという心で、これまでのお詫びに働かせて頂きましょう。好条件で雇って頂き、結構な待遇に対して、それだけのお礼の働きが出来ていなければ、これからはお詫びに働かせて頂かねばなりません。お礼に働き、お詫びに働かせて頂くことを、これから心掛けさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『金光様は「有難き恐れ多き勿体なきの三きを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやる」と仰ったが、この有難き恐れ多き勿体なきの三きの心に新気・根気・御礼の働きが立ちそうてこそ一切成就のご信心がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受ける元になるのぞ。』

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2019年03月29日

●神様から与えて頂く仕事

『「信心はやすいようでも、なかなかむつかしい。神の言うとおりにせぬからむつかしいのぞ」と金光様は言うてござった。親の言うことでも、なかなか聞けるものではない。親が無理を言うように思えるものじゃが、親の言うことを聞かなかった子が後で難儀をする。ご信心する者でも、神様の仰せが無理のように思えて、言われるとおりにせずにおると、後で困ることができる。』

★私達は先が見えませんから、神様が「今のうちにあれをしておきなさいよ」と心に気付かせて下さっているのに、「今は出来そうにありません」等と言って後回しにすると、間に合わないようことが起こってきたりするのです。

★あるご信者が、ご自分で決めておられるご修行のお話をして下さいました。それは「自分に与えて頂いた仕事は、全て有難くさせて頂く」ということだそうです。仕事中に部下の方から「〇〇が出来ませんので手伝って頂けますか?」と聞かれましたら、どれだけ忙しくても「あなたの仰ることなら喜んでさせて頂きますよ」と嫌な顔をせずに、内容を聞かずとも快諾なさるそうです。そうしておられますと、その手伝った内容が、後日自分の仕事の上に役に立ったり、必要になる時が必ずあるそうです。ご信者は「そうか、この為に神様が先に考えさせて下さり、調べさせて下さったのか」と分からせて頂かれるということです。

★常に「はい、有難うございます。させて頂きます」という姿勢にならせてもらえれば、次々とおかげを頂いていく方向へ導いて頂けるということですね。何を言うて頂いても「私にはとても出来ません」と断っていましたら、自分の力を貶めてしまうことになってしまいます。人生の上で、何かしら事が起こってくるのは世の常です。それをどのように受け止めて、おかげにさせて頂くか、ということが大切なのです。神様の氏子として、より一層向上させて頂く為に、心を鍛えて有難いおかげを頂く為の受け物を、作らせて頂くための御修行を、共々にさせて頂きたいですね。
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2019年03月28日

●おかげの中に生かされている自覚

 小倉教会の初代教会長・桂松平師の奥様のミツ師は、岡山の沙美村でお生まれになり、教祖様のご時代からお参りなさっていました。幼い頃より病弱で、冷え性で、夏でも座布団を何枚も重ねて座らなければならないような体質であられたそうです。

★二代金光様に、「私はたいてい信心しておりますが、まだおかげが頂けません。」と涙ながらにお届けされました。すると『そうかなぁ。たいてい信心できておりますかなぁ。私がおかげをあげられるなら今すぐにでもあげたいが、神様から下さるのじゃから神様からおかげが頂けるような信心をしなければなりません。信心は何ぼ通りもある。参るのは参り信心、拝むのは拝み信心、頼むのは頼み信心というが、その中でも参り信心が取りどころじゃ。数多く参っているうちに神様からおかげを頂ける信心がわかってくる。一端参るんじゃな。』と仰せになられました。そして山を越えて1時間もかかる所を歩いて日参を続けられました。

★ある時、ミツ氏が眼の痛みをお届けなさいますと、二代金光様がお結界からご祈念座に進まれ、後ろのミツ師にも聞こえる程の声で、『生神金光大神様、天地金乃神様、原田ミツは常々、体が弱いので、それを治して頂きたいと願って参っておりますが、今日はさらに、目の痛みを覚えて参っております。毎日毎日広大無辺なおかげを頂いておりますことをまずお礼申し上げます。そしてどうぞ本人がより一層健康な状態になって信心が進ませて頂けますように、おかげを蒙らせて頂かせて下さいませ。』とご祈念下されたのでした。

★そのご祈念をお聴きになったミツ師は、ご自身の御礼の足りないことを心底自覚され、改まるべきところを改まっていかれて、体質改善のおかげを蒙られたのでした。『金光様は、ありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、このありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきの心に新気、根気、お礼の働きがたちそろうてこそ一切成就の信心がそなわるのじゃ。これが、真の神徳を受けるもとになるのぞ。』

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2019年03月27日

●求めて有難い部分を探す

先日、大学院の卒業式を無事に迎えられたご信者が、お礼届けに来られました。ご信者は、大学四回生で、難関の大学院に合格され、願いを立て意欲を持って入学さ行かせて頂かれたのですが、これから自分はどうすればよいかが分からなくなり、通学出来なくなられたのです。大学院へ行きたいという気持ちはあるのですが、どうしても身体が動かず、ご信者は改まって教会へお参りされるようになったのです。み教えを頂く機会が増え、お取次ぎを頂いて有難いことに徐々にこれからどうするべきかを考えられるようになってゆかれました。そして、大学院の教授にも自分の心の内を打ち明けることができるようになられたのです。教授からも理解して頂き、心に少しずつ穏やかさが戻ってきました。そこから、苦手な英語力を高める為の努力を続け、徐々に通うことができられるようになり、研究が進められたのです。修士論文では不得意であった英語ですべて記述させて頂くことができられ、修士論文を完成させて頂くことができられたのでした。就職先も無事に内定のおかげを頂かれ、この春より社会人としてお役に立たせて頂かれます。

★私達は、自分にとって良い出来事、悪い出来事と決めてしまいがちですが、起きてきた出来事はすべて必要なことばかりです。そのように思わせて頂く為には、神様を目当てにする稽古が必要であり、思い分けのできる賢さを身に備えることが大切です。

★人間関係においても同じことがいえます。人の良い面を見る稽古をしておりますと、良い面ばかりに気がつかせて頂きますが、悪い面ばかり気にしていますと、そこばかりが目立ち、良い面など見えてこないのです。二代教会長伊藤コウ師は、「にわとりが大地に餌を探してついばむように、喜ぶことを探して、小さいことでもしっかりと御礼を申させて頂く稽古をさせて頂きましょう。」と常々み教え下さっておりましたが、普段から求めて有難い部分を見る稽古をし、御礼を申す稽古をしておりますと、必ず喜ばせて頂ける部分が見つかり、喜び上手な生き方にならせて頂けるのです。

★『教祖様は「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ」と仰ったが、過ぎたことはどうにもならん。今月今日の信心に油断をせぬよう、明日を楽しんで日に日に生きた信心をせよ。』(二代金光四神様のみ教え)
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2019年03月26日

●自らを反省して改まりを願い、無駄を省く

『貧乏していた時、「金光様、仕事は人の倍くらいもしますが貧乏で困ります」と申しあげたら、「それで貧乏ということはあるまい」と言われた。「でも、銭が残りませんから貧乏に相違ありません」と申したら、「それは、どこかに無駄があるのであろう。よばれて(招待されて)行くのに、先に茶づけを食べて行くようなことをしてはならない。ごちそうをいただく時には十分にいただき、ごちそうをする時には十分にしなければならない。十銭の無駄をすれば十円の罰をこうむる。それは天地が許さないからである。百円の無駄は何でもないと思うであろうが、千円の罰をこうむるから貧乏をする。無駄をしないようにすれば出世もできる」と仰せられた。』

★お父さんの代から工場を経営なさっておられたご信者が、ある日取引先から500万円の不渡りを受けられました。そこで教会へお届けに来られますと、二代教会長伊藤コウ師より「不渡りを出した相手を決して憎んだりしてはいけませんよ。恩人だと思って拝みなさい。500万円の不渡りを受けたというけれども、あなたの会社がこれまで500円、1000円という単位で無駄を積み重ねてきた結果なのです。あなたの会社にとって貴重な改まりの機会を頂いたのです。神様に一心におすがりして、必ず立ち行くおかげが頂けますようにとお願いしなさい。」とみ教え頂かれたのでした。

★ご信者が工場内を見直しされますと、あちこちに使いかけの材料が置いてあることに気付かれたのです。そこで、材料の無駄、時間の無駄、人の労力の無駄など、生活全般の無駄を見直し、更には親子で一番に出勤して、仕事の準備をするように改まられたのです。信心を基にして生活、仕事全般を見直しさせて頂くことが出来、現在も繁盛のおかげを頂いておられます。

★小さな御無礼の積み重なりが、大きなことになって表れてくるということを理解させて頂くことが大切です。その理解が出来られましたら、「神様からご覧になられたら自分の生活は一体どうなんだろう」という物の見方をさせて頂けるようになります。狭い視野で小さい考えで物事を見てしまいますと、すぐに行き詰まってしまいます。ですから、常日頃から心を大きく広く持たせて頂く稽古が必要なのです。私達はお広前でその稽古をさせて頂いているのです。『天地日月の心になること肝要なり』とみ教え頂いておりますように、日々自分自身を省みて改まらせて頂けます様に、ご信心を進めさせて頂きましょう。

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2019年03月25日

●全てを大切にし、天地のお徳を頂く

私が金光教学院に在学中、食事を作らせて頂く際には厨房の先生より、毎回食材すべてを無駄なく調理することをご指導頂きました。例えばキャベツの芯やブロッコリーの芯は、薄くスライスしてお味噌汁の具材として頂きます。また魚肉ソーセージを使用して調理する際には、ソーセージの皮をはずしますと、その残った皮をスプーンでこそぎ落して頂くのです。またかき揚げをする時に使うエビを調理する時には、頭と殻としっぽを取り除きますが、その頭と殻としっぽは素揚げをして頂きます。お米の一粒でも残さずに、お釜に残っている米粒をこそぎ、それを皆で分けさせて頂いて少しずつ頂きます。厨房の先生より「あなたたちが頂くお下がりというのは、ご信者皆さんのお供えですから、たとえエビの殻であっても粗末にしてはいけません。」と、工夫をして余すところなく頂くことを教えて頂いたことでした。

★神様は、私たちが命を繋いで頂く為のあらゆるお恵みを、日々与えて下さっておられます。そのような恵まれた環境の中で、思うように働けない、物事がうまく運ばないという時には、自分の常の生活のありようを見直させて頂く時です。食物は、お礼を申しながら、体に合うように頂きますと、大変有難いことに体を作ってくださり、生きる力を与えて下さいます。せっかくのお恵みである食物を、頂き方を間違えたばかりに、体を壊す元にしてしまっては、大変なご無礼となってしまいます。食物だけではなく、今与えて頂いているお仕事も、不平不足を言っていると働けなくなってしまうのです。そして物を粗末にするという事は、物の命だけでなく、その物にかけられた人の働きをも粗末にするということになるのです。

★すべてを大切にすることを心掛け、日々天地のお徳を頂いて、ともに体の丈夫のおかげを頂きましょう。
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2019年03月24日

●生まれ変わるおかげ

 二代教会長・伊藤コウ師のご時代のことです。ある御信者が入信前には、任侠の世界にあこがれて、喧嘩が好きで、家賃も払わずに、何でも付けで買っては借金を踏み倒していました。誰からも信用されず、借家もボロボロで、立ち行かない生活でした。息子さんがお導きを頂いて、教会の子供会にお参りするようになり、息子さんのお導きによってお母さんとお父さんが入信されたのです。

★どんなひどい目に会おうが、生き方を変えることをしてこなかったのでしたが、子供が次々と亡くなるという憂き目に遭い、次第に神様に心を向けていかれたのです。

★その方は、ブリキ職人でありましたので、伊藤コウ師から「一軒一軒、御用聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれ、御神米をお伴して御用聞きに廻られました。最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に奥様がちりとりを注文して下さいました。信心によって心を改めていったことにより、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていったのです。長年積み重ねてきた借金を完済させて頂き、お礼のお宅祭を仕えられ、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★お道のご信心にご縁を頂き、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地の親神様に出会わせて頂けるということは、どれ程有り難いことか分かりません。また、日々心掛けて自分の心を神様に向かわせて頂き、み教えを一つ一つ実行させて頂くことが、正しい方向に改まりが進み、真のおかげを頂いていく元になるのです。

★『鉄でも磨けば銀のように見える。金銀も磨かねば光がない。人間、万物の霊長なれば、本心の玉を磨きて、何事にも心がけをよろしきようにせねば、神様へ信心しておると思うても、人が信心なと見て敬うてくれず、わが身信心と思うほかなし。』

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2019年03月23日

●信心の地を肥やしてゆく

伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)は娘である、カツ氏(コウ師の上のお姉様)は脊椎の病気と肺病を患われ、スエ氏(コウ師の下のお姉様)は腎臓病と心臓病を患われ、コウ師は13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさって、それぞれに命に関わる病気を煩われました。

コウ師が肋膜炎と腹膜炎を併発なさって、高熱が出て骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられた時に、ハル氏は神様に「これまで親としての育て方が間違っておりました。神様の大切な氏子を預からせて頂いておりながら、大きくなればこのように、あのように成長してほしいと我が勝手に間違った育て方をしてきました。

子供が大病をするのは、親である私の心が間違っているからです。得手勝手な生き方、考え違いをしてきた私が悪いのです。今日限りその考えを改めさせて頂き、神様のお心に適う育て方に変えさせて頂きますので、今一度、神様のおかげによりまして弱い体は強い体に生まれ変わらせて頂きますように。また成長後は神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますので、どうか宜しくお願い致します。」と一心にお詫びを申され、お願いをなさったのです。

ハル氏の一心に改まった御修行をして下さったおかげにより、コウ師は骨と皮のガリガリの体で、お腹だけは腫れているという死に瀕している状態でありましたが、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。

★コウ師は有難いことにお道の御用にお使い頂かれ、病気全快から50年経った年には、現在のお広前が完成されたのです。ハル氏はどのような厳しい出来事にも、常平生から熱心に信心なさっていたので、決して不足に思われず、もうダメだと諦められることなく、神様を杖に一生懸命に改まりを続けて下さり、信心の地を肥やして下さったのです。

そうして、めぐりをお取り払い頂き、お徳を積む有難い生き方をして下さったので、今日結構に子孫が続いておかげを頂いていることが分からせて頂きます。

★『病気災難があったからと言うて、にわかに信心を始めるよりは、常平生から手厚く信心をしておれ。手厚い信者であれば神から心配してやる。いかに大病とか九死とかいう病難でも峠をこえさせて全快させてやる。とかく信心の地を肥やしておけよ。』

『時の信心より常の信心。時の追い肥えよりは常の地肥え。時のお百度参りよりはその日参りにおかげを受けるがよいぞ』
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2019年03月22日

●ご信心して徳高い霊神にならせて頂く

 昨日、天候気象の上にも有難いご都合を頂きまして、春季霊祭を無事にお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでした。教徒・信徒が共々に霊神様にお礼を申し上げ、霊徳高くなられ、ご安心なさいますように、御祈念させて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★平成15年10月18日のことです。初代教会長伊藤徳次先生の甥にあたる、池田司氏の3年祭をお仕えする日の朝、夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿で正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。御礼を申し上げます。」目が覚めた私は、どういう御意味かはわかりませんでしたが、すぐにノートに書き留めさせて頂きました。

★その年は、司氏のお孫さん2人が受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、司氏のご命日である10月23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、10月21日、初代教会長先生のお父様である池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★霊ながらに孫さん達のことをご祈念して下さっているということ、またご自身の三年祭のお祭りの朝にご挨拶をなさったことが有難いですね。私達もそれぞれにご信心させて頂きましたら、有難い徳高い霊にならせて頂いて、おかげを頂いていく生き方をさせて頂ける、ということですね。それを一つ一つの出来事を通して、分かりやすく教えて下さったのです。

★私達それぞれの家も、結構なおかげの道を歩ませて頂けるようにお引寄せを頂いてきました。ですから、どのようにご信心を進めさせて頂けば良いか、どのようにおかげを頂いていけばよいか、どのように物事を捉えていけばよいのか、どうすれば助かる生き方になっていくのか、ということを勉強させて頂く必要があるのです。

★それぞれに神様のご分霊を頂いております。そして、各人が天地に一人しかいない唯一無二の存在であり、神様の尊い氏子である、という自覚をしっかりと持たせて頂き、与えて頂いている尊いお命をしっかりと生かして、世の中のお役に立たせて頂き、人の助かるお役に立たせて頂いて、有難い生き方がさせて頂けるようにと教えて頂いているのです。

★『金光大神の教えを守れば、末の楽しみをして、安心してこの世を去ることができるから、若い時は信心してまめで働いておいて、そのようなおかげを受けるがよい』

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2019年03月21日

●日々のお礼が次のおかげを頂く準備

先日、あるお方が「毎日のお仕事を有難いと思ってさせて頂いておりますが、締めの日がくるとどのようにして支払いをさせて頂いたらいいだろうか…と、心配で心配でたまりません。明日は繁盛するだろうか?支払いは出来るだろうか?働いて下さっている方々に給料が払えるだろうか?と考えたら、毎日が苦しくてたまらず、寝るにも寝られず、食欲も湧きません。」とお届けされました。それからそのお方は、毎日お届けをさせて頂かれるようになられ、毎日み教えをノートに書かれて、頂き直しをさせて頂かれるようになられたのでした。

★そのお方に[今、生かして頂いているからこそ、お仕事もさせて頂けているのです。「お命を頂いて有難うございます。」「今日も働く場所を与えて頂き、お仕事をさせて頂いて有難うございます。」「今日も家族が健康で生活させて頂いて有難うございます。」と、まずお礼申す事から稽古させて頂きましょう。あなたが扱わせて頂いている商品を、しっかりと手を合わせて拝ませて頂きましょう。拝むことの基本はお礼を申すことです。例えば野菜でしたら何日間かお店に置いておりますと、傷が入ったり、鮮度が落ちて傷んできますね。しかし、あなたが扱っている商品は傷むということがありませんね。それをしっかりとお礼申しなさいよ。品物を求めておられる方々がお店に来て下さって、品物を吟味して下さるのですから、その方々に「こんな良い商品に出会わせて頂いて嬉しい!」と喜んで頂けるように、商売をさせて頂きましょう。毎日ご祈念させて頂いて、その品を必要とする方々を神様がお引き寄せ下さるようにお願いをさせて頂くのです。そして品物を拝み、来て頂いた方々を拝み、お土地を拝み、住宅を拝み、従業員の方を拝み、万物を拝むのです。あなたは、毎日覚えず知らず呼吸させて頂いているのですから、空気にお礼を申しましょう。食事を頂くときやお茶を頂くときに、額まで押し頂いてお礼を申して頂きましょう。お礼を申すことを基本として積み重ねさせて頂いておりますと、その有難いことが子孫に伝わって、子供も心から慎み深く手を合わせてくれるようになってゆくのです。そのことを毎日心掛けて稽古させて頂きましょう。]とお話しさせて頂いたことでした。

★次のおかげを頂く準備というのは、お礼とお詫びです。本気でお礼とお詫びが申せますと、正しいお願いがさせて頂けるようになり、その願いが神様に通じてゆくのです。
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2019年03月20日

●真正面から受けきる

 金光教学院でご修行中、学院長の内田守昌師から、「問題を真正面から受ける稽古を」というご内容のお話を聴かせて頂きました。「問題に直面した時、こちらの心に緩みがあったり、信心が抜けていると、問題から逃げたい、楽をしたい、自分は良い子になって人に責任を被せたい、難しいことは人にしてもらいたい、というような弱さが出る。『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ。』と、教組様がみ教え下さっておられるところをしっかり頂いて、問題が起きたら逃げることなく、真正面から受け切らせて頂く稽古をさせて頂くことが大切である」と、教えて頂いたことでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、人から泥棒だと言われた事があられました。それをふれ回ったのは、あろうことか修行生の一人だったのです。その話が親教会にまで伝わり、吉田新太郎師がコウ師をお呼びになられましたが、一切弁明するようなことをなさらず、「全て私の不徳の致すところでございまして、申し訳ございません。」とお詫びだけを丁寧に申されたのでした。

★後に、その件は事実無根のだと分かったのでしたが、コウ師は相手を責めるようなことを一切なさいませんでした。それどころか、「あの人は、もっと自分を大事に思って欲しいと思っているのです。私の親切が足りなかったのでしょう。」と仰り、その修行生の縁談のお世話までなさったのです。大きな受け物で受け切って、修行生のご無礼を神様のご試験として有難く頂き通されたのでした。

★問題に直面した時ほど、心を落ち着かせて神様に向かわせて頂き、問題を真正面から受ける覚悟を決めさせて頂きますと、問題の本質、自分の為すべきこと、改まるべき所が分からせて頂けるのです。そして、今頂いている親神様の広大なおかげに気がつかせて頂ける様になり、有り難いお礼の心、真のお詫びの心が湧いてきて、更なるおかげの受けものがしっかりと出来るのです。

★『人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。』

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2019年03月19日

●一切成就の信心

 『金光様は、有難き、恐れ多き、勿体なきの三きを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、この有難き、恐れ多き、勿体なきの三きの心に、新気、根気、(御礼の)働きが立ち添うてこそ一切成就のご信心がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』(片岡次郎四郎師)

★有難い、恐れ多い、勿体ないという3つの言葉をそれぞれ辞書で引いてみますと、全てに「有難い」という意味もありますが、たとえば「恐れ多い」や「勿体ない」でしたら、ただ有難いというだけではなく、お詫びの心も含まれています。「日々、おかげを頂き有難いことでございます。このような程度のご信心でありますのにおかげだけは思う以上に頂いており、恐れ多いことでございます。」「こんな程度の信心では相済まないことですので、より一層ご信心が進ませて頂きますように、お願い申し上げます。」というように、お礼を申すことと、お詫びを申すこと、さらに信心向上のお願いをさせて頂くことの大切さを含んで頂いている御内容であると理解出来ます。もらうことが大切です。ただ、有難いという言葉だけでは、その喜びと御恩に報わせて頂きたいという心を、表現しきれないということですね。

★(1)新気・・・三代金光様は「日々がさらである。」とみ教え下さっているように、日々新しい命を頂いているつもりで、日に日に新たな気持ちで信心生活を進める。

(2)根気・・・根気強くみ教えを頂き続ける。「継続は力なり」と教えて頂いているように、継続させて頂くことにより、信念が生まれ、力がついてゆきます。飽きることなく、ムラ気のないように、どこまでも願い続け、御修行を続けさせて頂く。

(3)御礼の働き・・・天地の御恩を感じ、今日までの御礼の心で日々働かせて頂き、お礼を申しながら身体を使わせて頂く。お礼の働きを常に心がけさせて頂く。

心の底から「有難い、恐れ多い、勿体ない」と思い、一段一段成長させて頂けるように、新気、根気、御礼の働きを心掛けさせて頂きましょう。
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2019年03月18日

●真のおかげとは

 先日より、強風が吹く日もあれば、大雨が降ったり紀伊水道を震源地とする弱い地震があったりと、神様より油断することなく御祈念をさせて頂くようにとお知らせを頂いておりました。そのような中、16日には婦人会例会が無事に開催され、また昨日には、団体列車とバスが無事運行のおかげを頂き、天候を初め万事万端に御都合お繰り合わせを頂きまして、御本部御礼参拝をさせて頂くことが出来ましたことは、大変有難いこととお礼を申し上げさせて頂きました。

★教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師でしたが、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

★さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までには大分よくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのです。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。教祖様から日を切ってご祈念頂かれ、その都度み教えを頂いて、心を見直し信心を改める稽古を積まれたのです。 真のおかげ、真の信心とは何でしょうか?病気が治るということが真のおかげではありません。病気を通して自分自身の至らない点に気付き、神様に心を向けるということが真の信心であり、自身の心を改まることができるということが真のおかげなのです。

★『信心していてもおかげが遅い、まだかまだかと思ってうろたえて、真の心が大事であるということを知らない。神様にお頼みして、一週間たっても治らなければ、まだ治らない、おかげがないと言って神を恨む。三年、五年、医者にかかり薬を飲んで、まだ治らなくても、医者には不足を言わず、また頼みすがっていく。神様はお気の毒なものである。』

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2019年03月16日

●信心の継承

 アメリカの34代大統領であるアイゼンハワー大統領が、ある大学に招かれた際に次のような内容の講演をされました。「人間は先人が残して下さったものから、しっかり学ぶことが重要である。しかしそれだけではいけない。そこから誰も極められなかった道をさらに研究して、一歩進めていくことが大切である。 すなわち、先輩が残したものを十分に受けると共に、さらに真理を求め、新たに道を切り開いてゆくということを、人間は生涯求めてゆくことが大切なのだ。しかし、それだけでもまだ足らない。それを後に続く人たちに伝え、残してゆくということが重要である。その努力が出来なくては、一人前の社会人であるとはいえない。」

★これは、信心の上においても同じことです。教祖様のご信心を二代金光様、三代金光様、四代金光様、現五代金光様へと、信心の継承によって大切なものが伝わり、表して下さっておられますことは、真に有難く尊いことです。また、教祖様が開いて下さったこのお道を、直信先覚の先生方がご自身の信心の上での経験を通して、のちの方々に伝えて下さったことにより、私達も有難いこの御教えに触れさせて頂くことが出来ております。親・ご先祖が残して下さったご信心をしっかりと受け継ぎ、そこからさらに一歩進めてゆくことが大切です。それだけではなく、自分自身が向上、成長していって、次の世代により良い生き方を伝え残してゆくことが私達の重要な役目なのです。それは、お導きの親からお導きの子や孫へという伝え方もありますし、家庭の中で、親から子・孫・曾孫へという伝え方や、また兄弟や親戚にという伝え方もあります。横にも縦にもご神徳に満ちた世界が広がってゆく為に、広く伝えさせて頂くお役目を頂いていることを、各人が自覚させて頂くことが大切です。ただ自分自身がおかげを頂けばそれでよい、ということではなく、まだご神縁を頂いておられない方や、世の中全体に伝えさせて頂けるように道を広げてゆくのです。そうしますと、本当に助かっていかれる方が次々と増えて、世の中全体が助かり、有難い世界が開けてゆくのです。

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2019年03月15日

●み教えを素直に頂く大切さ

当時、学校に勤めさせて頂いていた23才頃のことです。私が片側一車線の道を運転中に、渋滞して全く動かなくなり停滞しておりました。すると、反対車線の車が私の車だけに接触し、車体の右前から後まで側面を擦って停車したのです。相手の方が降りて来られないので、車を路肩に止めて行きますと、そのお方は放心状態でした。こちらから話しかけますと、そのお方は「申し訳ありません。居眠り運転をしていました。すべて私が悪いですので弁償させて頂きます。」とのことです。「それでしたら修理の見積もりができましたら、また連絡させて頂きます。」とお話しして、名刺を頂き帰宅させて頂きました。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、「あなたが全額を払ったらよろしい。」と仰っしゃいますので、私は「相手のお方が加害者で、全額弁償するとのことです。」と申し上げると、重ねて「あなたが支払ったらよろしい。」と仰っしゃいました。「はい、そのようにさせて頂きます。」とすぐに返事が出来なかった私は、数秒考えました。このことは私のこれまでの車、ガソリン、時間の使い方が間違っていると神様がお気付けを下さり、三代教会長先生のお口を通して神様がみ教え下されたのだ、と思い分けをして「はい、その通りにさせて頂きます。」と返事が出来たのでした。そして頂いたみ教えを守り、相手の方に伝えて喜んで頂き、私は日々の生活を改めさせて頂く良い機会を神様から頂いたのだと思い、車を修理に出させて頂いた事でした。後に私は何度も、命のないところを危険からのがれさせて頂いて、助けて頂いたのです。

★私達は、お取次ぎを頂いてみ教えを頂くことにより、起きてきた出来事の御意味を悟ることができることは大変有難いことですね。神様は私達に助かってほしいと願って下さっておられるですから、自分自身に今必要なみ教えだと素直に有難く頂きますと、後の生活を神様が間に合うように整えて下さるのです。
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2019年03月14日

●心を治す

 二代金光四神様のご時代に、備中では一番という程の納税家があり、家は大変繁盛していました。しかし、息子が病気で五年もの間、各地へ病院巡りをしておりましたが、一向に治りませんでした。とうとう医師からさじを投げられてしまったのです。そこで「どうせ死ぬのなら親の元へ帰りたい。親が信心している天地の親神様におすがりしてみよう」と考えたのでした。

★二代金光四神様の元へ参り「金光様、お助けくださいませ」とお願いしますと「助かりたいと思うのなら、これから毒を止めて、薬を食べなさい」と仰せになりました。「五年もの間一日もお薬を食べない日はありません」と申しますと「それは毒を食べたのじゃ。幼い時から食べて大きくなった好きなものを薬だと思って食べなさい。これまで食べて治らなかった薬は、一週間止めてみなさい。」と仰せになりました。

★そのご信者が、体に合っていない薬を飲むことは止めて、素直にみ教えの通りになされますと、一週間目にはだんだん良くなり、その後もみ教えの通りに続けてゆきますと、なんと五年の難病をたった二十日程で治して頂かれたのでした。親子は共に三里(12km)ほど歩いて御礼参りをさせて頂いて御礼届けをいたしました。「金光様、恐れ入りました。こんなにうれしいことはありません。何か神様へお礼させていただきとうございます。…金ですることなら何でもいたします」と申し上げますと、四神様は「命の代わりのお礼を、神様へ供えたければ、今後、神様へ不足をお聞かせ申さぬようにせよ。それが真のお礼じゃ」とみ教え下さったということです。

★二代教会長伊藤コウ師はこのみ教えに関して「神様に二度と同じような病気で心配をかけんようにしなさい。同じような姿に戻ってしまっては神様に申し訳ないことです。」と仰いました。本当に助けて頂きたいと思うなら心を改めていかなければ結構にはなりません。この神様は病治しの神様ではない、心を治す神様だと教えて頂いておりますから、日参と聴教によって心を治していくことが神様に一番喜んで頂けるのです。

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2019年03月13日

●心行により自分自身に打ち克つ

ある時、孔子が「剛(つよ)い人間がいないなぁ」と嘆いていました。すると、それを聞いた門人達は皆、申棖(しんとう)という者を思い浮かべました。申棖は大の負けず嫌いで、議論になると先輩であっても遠慮せずに相手を圧倒し、思う存分のことを言ってのける門人でした。申棖のことを言うと孔子は、「申棖は剛くはない。欲が深い。」と仰いました。門人は「申棖は、お金に対して冷淡であり、金銭欲もないし、欲があるとは思えません。」と答えますと、孔子は続けて、「私は申棖は誰よりも欲が強いと思う。金銭がほしいばかりが欲ではない。欲は様々な形で表れる。申棖は負けず嫌いで我執が強いというのもその一つである。欲というのは、人に克とうとする私心をいう。私情にかられて人と争うのはまさに欲である。欲がきつくては剛いとは言えない。剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことである。素直に天地の道理に従って、どんな難儀な目にあっても、安らかな心を持ち続けることである。」と門人達に説いて聞かせました。

★本当に剛い人間というのは、どんなことが起きてきても和らぎ喜ぶを持ち続けて、打ち克つことであると教えて下さっているのです。そのためには、現在与えて頂いている家庭や職場で、自分の心の中に深山幽谷を作り、人や物や出来事に対して不足に思わず、不自由を行とさせて頂くことが大切です。また、分相応な生活を維持するにも、自律自戒をして我欲に負けないことが必要です。そうして、食物を有難く拝んで頂き、与えて頂いた環境を喜ばせて頂き、自己顕示欲にふけることなく生活させて頂くことが心の行となり、自分に打ち克ってゆき、我情我欲を取り去ってゆくことができるのです。

★『世の中に表行はだんだんする人があります。寒行して拝んで歩行しておる人もあるが、心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を潔く勤め、分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これが心行である。』
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2019年03月12日

●天地の働きの中の私達の命

 8年前の平成23年3月11日、東日本大震災で多くの方が犠牲になられ、今日も5万人を超える方々が、避難生活を余儀なくされておられます。被災者の方々の助かりと、立ち行き、被災地の早期復興、そして、亡くなられた霊様方の助かりをどこまでも願わせて頂きたいと思います。

★教祖様は、『天地のことをあれやこれやと言う人がありますが、人では天地のことはわかりませぬ。天地のことが人でわかれば、潮の満ち干がとまりましょう。』と仰せになっておられます。今日でも、天災がいつ、どのような形で起こってくるのか、予測するのは難しいのが現状のようです。また、地震や津波にしましても、地殻変動があってプレートが沈み込み、そのエネルギーによって起こるものだと教えて頂いております。天地のお働きの中に地殻変動というものがあって、現在の日本列島が形成されており、その上に私達は生活をさせて頂いている事実は理解しているつもりですが、まだまだその有り難さを分からせて頂いておりません。私達はそのような天地の間に生かされている者として、謙虚な心にならせて頂き、慎み深い生き方をさせて頂く必要があります。大きな天災を通して、一人一人が己の姿を見つめ直させて頂くことが大切だと思わせて頂きます。

★あるご信者は、被災地で車の販売店に勤めておられました。何日か避難生活を送られた後、ご家族だけは地元の関西に返され、ご自分一人被災地に残って、津波の被害の激しかったところに出向いて、被災した車の後処理等をなさったのでした。食べること、着ること、寝ること等、ご自分の最低限の生活を保つこともままならならない中、被害の激しい地に出向いて更に厳しい現実を毎日目の当たりになさると、目の前の人々の助かりと立ち行きを、ひたすらに願わずにおられない、という経験なさったそうです。

★三代教会長先生はご自信の戒めとして、『天は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあって、無駄なことは何一つない。敢然として試練に堪えよ。たとえそれが天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と受け取り、困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を持て。』と、み教え下さっておられます。常平生から、天地の道理に即した生き方を心掛け、天地のお恵みを有り難く頂くと共に、天地のお働きを謙虚な姿勢で受け入れさせて頂き、銘々が改まりを忘れないことが私達のあるべき姿であると思わせて頂きます。

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2019年03月11日

●迷いを取り払い、本物のご信心にならせて頂く

『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ』

★疑いの心や迷いを取り払って頂くことが大切です。そうして心がより一層に穏やかになり、一心に神様にお縋りさせて頂く心にならせて頂いて、段々と本物のご信心に近づかせて頂けるのです。これは老若男女を問わないものであり、信心歴の長い・短いが関わることでもありません。受け物によるのです。「どうあってもおかげ頂こう。何が何でもみ教えを頂こう!」という心にならせて頂けるかどうかです。

★例えば「今のうちにこれをさせて頂こう」と気が付かせて頂いて、すぐにさせて頂けばよいのですが、「後からしよう」とか「誰々にしてもらおう」と思うのは、神様から頂いたみ教えを逃してしまうことになるのです。また腹八分目であることに気が付いているのに「もう少し食べたいなあ」と食べてしまったり、飲んでしまったりする我食い我飲みも同じです。そうした一瞬一瞬が、自分自身の我情我欲に打ち克っていく大切な瞬間なのです。

★本物のご信心にならせて頂けますようにと願って、ご修行をさせて頂くことが大切です。本当に真心で一心にならせて頂く為には、必要なことはしっかり入れさせて頂いて、不必要なものは省かせて頂いて心の掃除をさせて頂くのです。悪いことを思ったり、つまらないことばかり耳に入れていては、心も汚れますし信心も抜けていきます。

神様から与えて頂いている最高の賜りものは生命です。与えて頂いているのが当たり前になって、自分を生かすことをせず、生命を疎かにしていては申し訳ないことですね。有難いことがしっかり分からせて頂いて、「明日は良くなる!明後日はもっと良くなる!」と、おかげを頂いていく方向へ自分自身を舵取りさせて頂きたいですね。
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2019年03月10日

●己の成長を信じる

 先日もある方が、国立大学合格の御礼届に来られました。

★その方は、二次試験の5日前には、「志望校の過去の受験問題が全く解けません・・・」と、泣いてお届けに来られたのでした。そこで、「まだ試験当日まで5日もあります。5日あったら、どれだけの準備がさせて頂けることでしょうか!どこまでも諦めず、一日一日成長させて頂けることを信じて神様におすがりさせて頂き、『私には足りない所ばかりでございますが、どうぞ精一杯努力させて頂いて、実力を付けさせて頂けますように。試験当日には、実力以上の力を発揮させて頂けますように』と、お願いさせて頂きながら、試験までの5日間、最大限の努力させて頂きましょう。いつも感謝と笑顔を忘れないようにすることが、実力以上のおかげを頂くもとですから、しっかりそのようにおかげを頂きましょう」と、お話しさせて頂いたことでした。

★有り難いことに、お取次を頂いて心を前向きに切り替えて努力させて頂かれ、無事に合格の結果を頂かれたのでした。受験ということを通して成長し、学力だけでなく、心も鍛えて頂き、信心も進ませて頂けることは、有り難いことでございます

★どんな状況におかれても、自分の可能性を自分で限ってしまうことほど、ご無礼なことはありません。自分の実力以上と思えることに向かわせて頂く時には、「徳も力も足りませんが、どうぞこのことを通して一歩一歩成長させて頂けますように。そのための努力をどこまでも諦めずさせて頂き、有り難い結果を出させて頂けますように。」とのお願いを持たせて頂き、何事も神様にさせて頂く心で取り組ませて頂けば、「出来ない」ということはありません。「あれもさせてやろう、これもさせてやろう」と思し召し下さる親神様と一つ心にならせて頂き、不成心を取り去って、銘々に起きてくる出来事を通して、真心で一心に神様におすがりする稽古をさせて頂きたいと思います。

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2019年03月09日

●神様は氏子の先々まで願って下さっている

昨日は、みかげ会総会が無事に開催され、小池氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★小池氏は、お父様が叔父様にお導きを頂かれ、昭和32年に入信のおかげを頂かれました。小池氏が4歳の時に、お父様の仕事の関係で大阪へ戻ってこられ、それ以来ご両親と参拝され、子供会・学生会・青年会へと進まれ、現在は青少年後援会の副会長として御用にお使い頂いておられます。

★小池氏は、高校生の時に三代教会長先生にお取次ぎを頂かれ、高校の体育教師を目指すことを決心なされたのです。大学に進学される際には、剣道を得意競技にすることをみ教え頂かれ、剣道初段から大学卒業までに4段に昇段され、現在錬士6段のおかげを頂いておられます。そして、卒業後は高校の体育教師として、またクラブ活動では剣道部の顧問として、様々な問題もあられる中、その都度お取次ぎを頂かれ、お役に立たれたのです。

★平成21年に全国高等学校総合体育大会剣道大会が開催された時には、その準備責任者として抜擢され、その後は管理職に就かれました。教会長先生のお取次ぎを頂かれ、昨年3月を以て35年間奉職してこられた大阪公立高校の教員を定年2年前に早期退職されたのです。そして、小池氏は4月1日より公立大学の職員として再就職させて頂かれたのでした。

★小池氏は、定年後は再任用で教員をさせて頂こうと考えておられましたが、一昨年夏に両膝の軟骨がすり減ってなくなっていることが分かり、かけ足もできない状態となられ、将来のことを改めて考え直すようになられたのです。そうした時期に、秋季霊祭の前日に、元上司より「大学職員の募集があるが、受けてみないか」というお話を頂かれたのでした。受験資格は、管理職経験のあるもので、職務内容も小池氏にピッタリであることを教えて頂かれました。小池氏は、まさか定年より2年早くに退職することは微塵にも考えておられず、戸惑われましたが、秋季霊祭の日に教会長先生にお届けされますと「結構なお話です。神様は小池さんにこのような道を用意して下さったのですね。是非その方向に考えさせて頂いたらどうですか。」とみ教えを頂かれたのでした。小池氏は、有難くそのみ教えを頂かれ、準備なさって無事に試験に合格のおかげを頂かれたのです。そして、現在の職場で今まで積んでこられた経験が最大限に生かされ、お役に立っておられます。小池氏は、一家勢信心のおかげを頂かれ、御礼の信心、御礼の御用に励んでおられ、身体、家庭、仕事の上に様々にご都合お繰り合わせを頂いておられます。

★何事もお取次ぎを頂き、素直にみ教えを守らせて頂きますと、何十年先につながるように、万事にお繰り合わせを下さっていることが分からせて頂きます。
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2019年03月08日

●すべてを有難く頂く心

『食物を粗末にするくらいもったいないことはない。食べられるまでにするのは、たいていじゃあるまいが。みんな、何のためにえらい目をしておるのか。安気に食べられるようになろうと思うてであろうが。それなのに、口に入れるばかりになっておる食べ物を捨てたり粗末にするのは、神様のお恵みと人の骨折りとを粗末にしておるのじゃ。ようく試してみるがよい。食べ物を粗末にする者に達者な者があるか。出世する者がない。食を粗末にするから職を離れるのぞ。』

★あるご信者のお家で、可哀そうな人だからと女中さんに雇って頂かれた女性がありました。ところが給料日になると、働き盛りの年頃の息子さんが、母親であるその女中さんの給料をむしり取って行くので、女中さんはいつもお金に困って、難しい顔をされていたのだそうです。かまどでご飯を炊いていた時代の話ですが、この女中さんがご飯を炊かれましたら、必ず焦がしてしまわれるのでした。そして、毎回その「おこげ」をゴミ箱に捨ててしまわれるので、家の主人であるご信者は「私は「おこげ」が好きだから捨てずに残しておいて下さい。」と女中さんに仰いました。しかし、食事の後にゴミ箱を見てみると、そう言ったにも関わらず「おこげ」が捨てられてあったのです。ご信者が再度同様に女中さんに言われると、今度はゴミ箱には捨てられていませんでしたが、汲み取り式の便所に捨てられてあったということでした。

★二代教会長伊藤コウ師はそのご信者に「その女中さんに辞めてもらいなさい。何回言っても理解が出来ず、改まりが出来ない方を家に置いておくと、あなたの家のめぐりになります。」とお話しになりました。このように仰るとはよっぽどのことですね。与えて頂いているものを有難く思って、大切にさせて頂く生き方がご信心です。その反対に、与えて頂いているものを粗末にして毎日めぐりを積み重ねて、自ら不幸の元を作ってしまい、さらには周囲が結構にならない元を作ってしまっていては助かりません。それが続けばさらに恐ろしいことが起こってしまうのです。

★私達は食物を拝んで頂きますが、それだけではなく職もまた拝んで頂かねばなりません。毎日拝んで頂くことを積み重ねることにより、仕事もさせて頂けるのです。すべてを有難く頂く心が、体の丈夫と家の繁盛の元になっていくのです。

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2019年03月07日

●今日一日今日一日と積み重ねるお礼の働き

現在のお広前のご建築の時に、中心となって御用なさった酒井氏は、70歳になられた時に、お結界で伊藤コウ師に、「大工の仕事は引退させて頂き、郷里へ帰って大根でも作ろうかと思っております。」と、お届けなさったのでした。すると、コウ師は、「大根を作るのも結構ですが、あなたはこれまで大工の仕事でおかげを頂いてこられたのでしょう。でしたら、今日までのお礼に、その技術を生かして出来る、あなたにしか出来ないお礼の働きをなさったらどうですか?」と、み教えを下さったのです。

★それから後に酒井氏は、旧広前の東隣りに拡張された40畳の教場を作らせて頂く仕事の御命を頂かれたことを手始めに、現在のお広前ご建築の時には、二代教会長先生と三代教会長先生のお考えになるところを、図面に現してくださり、また、大変優秀な宮大工の方々に声をかけて下さって、教会との間を取り持って、ご建築が完成するまでの全体の采配を振るって下さったのでした。

★そのようにして、70歳から新たに出発なさった酒井氏は、大工の仕事で度々声をかけて頂かれ、80歳の時には、阿倍野区から豊中まで自転車で走って、お仕事にいかれたこともあったというほどに、大変お元気に大工仕事を通してお礼の働きをなさったのでした。

★今日一日今日一日、神様から与えて頂いている家業に精励させて頂き、油断なくお役に立たせて頂くことを中心に、生活を進めさせて頂くことが大切です。今日を喜び明日を楽しむことを心掛けて、今日までのお礼の働きとして日々稽古をさせて頂く心に、大きなおかげを蒙らせて頂くことが出来るのです。今月今日の信心を一生懸命させて頂いておりますと、過去一切が救われ、また先々が開けてくるのです。皆夫々に信心を基にして、先祖代々からの知らず知らずに積み重ねてきたご無礼をお詫びを申し上げ、過去のめぐりをお取り払いを頂いて、現在の日々の生活にお礼の働きを心掛けさせて頂きましょう。
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2019年03月06日

●実意・丁寧・正直

 戦後、日本の重立った宗教が、進駐軍に呼び出されて、戦時中の活動について質問を受けるということがあり、金光教を代表して当時の教監であられた和泉乙三師が出向かれたのでした。その時に和泉乙三師は、質問されたことに対して、一切ごまかしなく、包み隠さず全てを丁寧に答えられたそうです。当時、それは決して当たり前のことではなかったようで、その時通訳をなさったのは東京大学の名誉教授となられた岸本英夫博士で、あまりの正直さに驚かれた程であったと伝えられています。そして、和泉乙三師の回答のなされ方と、態度に感じ入られ、後に金光教について研究され、自ら御本部に参拝され三代金光様にお会いになり、お話を承れ、深く理解なさる機会を持たれたのでした。また、進駐軍の中でも金光教の評価は高まり、理解を得ることが出来たということです。

★信心とは、実意丁寧正直親切を、銘々の家業の上で現していくことだと、教えて頂いております。その時に大切なことは、いつも「生神金光大神様、天地金乃神様」と御神号を唱えさせて頂きながら、神様がお働きになるお手伝いをさせて頂くつもりで、つとめさせて頂くことです。「自分がする」と思うと、いつの間にか我情我欲に偏ってしまい、無理を生じてしまうのです。神様にお願いしてさせて頂くことには無理がなく、自分も助かり、相手にも喜んで頂く事が出来、有り難い働きが広がっていきます。「今日生命を頂き、結構な家族、結構な仕事を与えて頂いて有り難うございます。どうぞ今日一日、神様にお使い頂き、有り難い働きがしっかりさせて頂けます様に」と、日々お願いさせて頂きながら、有り難いご信心のお徳を現させて頂けるよう、稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『毎日の家業を信心の行と心得て勤め、おかげを受けるがよい。世のため人のため、わが身の上を思って、家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神様のみ心にかなうのである』

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2019年03月05日

●油断なく手厚い信心をする

あるご信者は腎臓に癌が見つかり、2つある腎臓を1つ切除されました。術後、医師より「今まで100%の力で仕事をしておられましたが、これからは60%の力で仕事をして下さい。残った1つの腎臓が2つ分の働きをするわけではありません。1つ分の働きしかしませんので、働きすぎますと、1つの腎臓に負担がかかります。」と教えて頂かれたのです。身体の悪い部分を取り除いて頂いたから、術後すぐに元の健康な身体には戻りません。無理のない生活を続けてゆくことが必要ですね。病気回復には、時間を要するということが分からせて頂きます。道理に適った生き方を学び、正しい努力を根気強く続けてゆくことが大切です。

★教祖様は、近藤藤守師に『一週間でおかげを頂いたとか二週間でおかげを頂いたとか言っているが、それは一時、神様がその病をつかまえていて下さっているのであって、治ったと思うと当てが違う。大体、重い病気は三年とか五年とか、また十年もたたなければ治るものではない。あなたは、おかげを頂いて一、二年になるが、十年たたなければもとの身体にはなれない。その代わりに、もとの体になれば、もう患うことはない。神が病を助けて下さるというのは、病の根から取り払って下さるのである。』と仰せになっておられます。

★日々油断なく心掛けて良い生活習慣を続けていかなければ、すぐに元の姿に戻ってしまうのです。起きてくる出来事も同じことです。出来てきた問題がすぐに解決し、元の良い状態に戻りたいと思っても、修復してゆくには時間がかかるものです。倦まず、弛まず辛抱強く願い続け、その間自分自身の心を改めてゆくことにより、足りないところは神様が足して下さり、少しずつ状況は改善され、問題も解決してゆくのです。

★『信心は手厚くせよ。うちで信心しておりますと言うのは、信心の抜けたはじめじゃ。手厚く信心するものは、夢を見ても、うかつに見るなよ。神は、夢にでも良し悪しを教えてやるぞ。』
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2019年03月04日

●何事にも不足を言わず、謙虚に

 伊藤の家の信心の初めは、コウ師のご母堂ハル氏お一人の、熱心なご信心によるもので、ご主人の房次郎氏は信心に大反対でした。しかしハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして房次郎氏の愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのです。毎日人力車に乗せて医師・薬・針やお灸など色々手を尽されましたが、一向に良くなりません。とうとう、房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられました。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、きっと良くなります。」とすすめられ、その時初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し、「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せになりました。自宅へ帰ると、それまで手足も動かず、水もまともに喉を通らない状態であられたカツ氏が、「お父さん、お帰り!」と玄関まで飛んで来たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心なさるようになられたのです。

★ハル氏は一つ一つの出来事に不足を言われませんでした。「どういうご意味があってこの出来事は起きてきたのか、神様は何を教えて下さっているのか、どうぞ分からせて頂ける人間にならせて下さい。私の信心はまだまだ至りません。どうぞ本物のご信心にならせて下さい。」と願い続けられたのです。そこに実に尊いところがあられるのですね。そうして物事の本質を見抜いて思い分けが出来ていかれ、心眼が開けていくというお姿になっていかれたのです。

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2019年03月03日

●奇跡的なおかげの連続の毎日

先日、大変有難いおかげを頂いておられる、あるお父さんがお礼のお届けをされました。その息子さんは現在30歳代半ばであられますが、6年程前に悪性の腫瘍が見つかったのです。その腫瘍は、最新の治療を研究している国際がんセンターでも、積極的な治療が出来ない程の非常に珍しいタイプの癌であったそうです。そして、その癌が肺に転移して、肺の機能がだんだんと低下して両肺に移り、酸素吸入をしなければ生活できない状態に陥られました。発症した当初は、余命半年と宣告されたほどに非常に厳しい状態であられましたが、現在発症して5年以上もお命を延ばして頂いておられるのです。その息子さんは、結婚なさって3人の子宝を頂いておられます。そのお嫁さんはご主人の癌が発症してから後に、看護師の専門学校へ行かれ、免許を取得されて看護師としてご主人の看護をなさり、さらに看護師の仕事もなさりながら3人のお子さんを養育なさっておられるということです。ご両親も3人のお孫さんをお世話されながら、皆が夫々の立場で出来ることを協力して、支え合いながら生活なさっておられるということは、なんと素晴らしい有難いことでしょうか。

★そのお父さんは、「医師も手をこまねいて治療が出来られないところを、息子は神様からお命を頂いて結構に生活をさせて頂き、皆が和気あいあいと立ち行かせて頂いておかげを頂いております。私も65歳になりますが、新しく資格を取得させて頂き、再就職させて頂いて、現役で働かせて頂いておりますことは大変有難いことです。毎日、奇跡的なおかげを頂いておりながら、何のお礼らしいお礼も出来ておりませんので、しっかりとお礼のご信心が出来ますように。」とお礼とお詫びとお願いをされたのでした。

★私達は、毎日奇跡的なおかげを頂き続けている連続ですが、なかなかそのことに気付かず、そのお礼が十分に申せていない毎日です。毎日何の支障もなしに、家族も平穏無事に生活させて頂いていることは、どれほど有難いことか分かりません。そればかりか、100のうちの1つが気になって夜も寝られない、というような状態に陥りやすいものです。そういったところを神様におすがりしてお願いしながら、今日一日今日一日の積み重ねで、毎日おかげを頂いておりますと、それがひと月となり二月となり、一年となって立ち行かせて頂くことが出来るのです。
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2019年03月02日

●親孝行の有難さ

以前、初めて教会にお参りなさったあるご婦人が、二代教会長・伊藤コウ師のお説教の中で、『親は親たらずとも、子は子たれ』とのみ教えを聴かれ、「主人には、自分の両親を大切にしてもらっているのに、主人の両親には、何の親孝行も出来ていない」と、深く反省されたのです。と言いますのも、ご主人は、幼い頃に他家に預けられて育ったために、常々「実の親は親とは思っていない」と言われ、親御さんとは音信不通となっていたのでした。ご婦人も、その状態をただただ受け入れておられたのでしたが、「何としても親孝行をさせて頂きたい」という思いに変わられたのです。

★色々調べていくと、お母様の住むところが分かり、会いに行くことが出来られたのでした。お母様は、娘さん(ご主人の妹にあたる方)と暮らしておられたのでしたが、その娘さんは体に不自由を抱えておられ、お母様は、健康な息子さん(ご主人)は、他家に託し、娘さんを一人で育てる覚悟をして、生活保護を受けながら、身を隠すように二人で生活してこられたということだったのです。

★ご婦人は、ご主人には内緒でお母様のところに通われ、美味しいものを届けたり、時には生活の足しにと、お小遣いを渡されたりと、出来る限りの親孝行をなさったのでしたが、遂にご主人にそのことを告げる時がきたのです。お母様が体調を崩され、いつ息を引き取るか分からないという状態になられたので、奥様はご主人に、全てをお話しになったのでした。

★お母様がお国替えになったことを機に、奥様は、金光教の教徒にならせて頂いて、お母様の霊様をお祀りしたいとご主人に頼まれました。長年の恨みが簡単に晴れることは難しく、始めは渋々了承したご主人でしたが、お母様を合祀して頂いた頃から、お宅祭にも参列出来るようになられ、夫婦で共に拝むことが出来るように、変わっていかれたのです。そうしますと、お仕事の上で驚くような利益があがるというようなことも起こり、親孝行の大切さ、霊様のお働きのあらたかなことを、改めて感じることとなられたのでした。

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2019年03月01日

●霊神様の助かりと立ち行きを願う

2月26日は三代教会長先生の実姉であられます、大黒トクさんの御命日でした。

トクさんは、胆石の痛みを患っておられました。その痛みというのは、突然背中や腹部に激痛が走り、七転八倒するような強い痛みでした。

ある時、御本部参拝の日に御霊地でその痛みが起こり、ご祈念して御神酒や御神米を頂かれましても、なかなかその痛みは治まらず、大変苦しんでおられました。そこで、そのことを随行の先生にお伝えなさると、先生は二代教会長伊藤コウ師にご報告してお取次ぎをお願いされました。

すぐに御祈念して下ったコウ師は、「この飴でおかげを頂くように心中ご祈念してから頂くことをお伝え下さい。」と飴をお下げになられたのでした。早速そのことをトクさんにお伝えなさると、トクさんはそのお下げ頂いた飴を一生懸命ご祈念して頂かれました。すると、その日以来一度もその胆石の痛みが再発することなく、御霊地で病気の根を切って頂かれたのでした。

★痛み止めでも漢方薬でもない飴ですが、「コウ師からお下げ頂いたということは、神様がお下げ下さったのだ!これでおかげを蒙らせて頂こう!」という心になられたところに、有難い神様のご庇礼を頂かれたのですね。

★『世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ。』
とみ教え頂いております通り、今生かして頂いている私達だけでなく、霊神様も勢を揃えてご信心して頂きますと、有難いご庇礼が頂けるのです。

そのようなお徳の高い霊神様に進んで頂けますよう、生きている私達が霊神様の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くことが大切です。ご先祖は、子孫が助かり幸せになることを願って下さっています。

霊神様にご安心頂けますように、ご先祖をお祀りしご命日を大切にして、毎日拝ませて頂いておりますと、霊神様が助かってゆかれ、さらに霊徳高くなられて生き生きとお働き下さり、後々の子孫のことや縁につながる方々に至るまで、付きについて守って下さるのです。

★日々お働き下さり、お守り下さっている霊神様にしっかりお礼を申させて頂き、どこまでも行き届いたご信心に進ませて頂けますよう、日参と聴教に励ませて頂きたいと思います。

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