金光教阿倍野教会ページ内リンク


2019年02月13日

●我を放すということ

昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に、三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。

全く事実無根のことを、あらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、二十代であられたご長男・金光鑑太郎様(後の四代金光様)は腹が立って腹が立って、ある日、お母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。

その時に鑑太郎様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。」と気付かれたのでした。

三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさっておられたのです。

★「私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。金光様は少しもお変わりになっていない。ただ段々とお年をお取りになっている。」と後になって鑑太郎様は残しておられます。

三代金光様は、日々「自分を出さない」ということを徹底して心掛けておられたということです。お子様がお国替えなさった時にも、お結界をお下がりになられることなく、お結界でお取次ぎの御用をなさっておられたのです。

★ご家庭でもどこでもご自分の感情を表に出されることなく、我を放す稽古を徹底なさり、神様に心を常に向けておられたのです。それは、大変なご修行であられたということが分からせて頂けます。私共もどんな瞬間でも神様に心を向ける稽古をさせて頂きたいと願わせて頂きます。

★『人は欲しい、惜しい、憎い、可愛いという事を離れさえすれば楽じゃ。』(二代金光四神様)

1)欲しい…貪欲。金銭欲、名誉欲、自己顕示欲にふけること。

2)惜しい…見返りを求めること。恩着せがましいこと。

3)憎い…人を憎んだり恨んだりすること。

4)可愛い…子供や孫を溺愛すること。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:38 | 平成31年の「み教え」