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2019年02月02日

●神様におすがりする心

 九州布教の始めとなられた桂松平師の奥様であられる桂ミツ師は、幼い頃より病弱で、腰から下に温もりが無く、夏でも座布団を何枚も重ねないと座る事も出来ない冷え性であられました。体質改善を願われ、一里も離れた沙美という村より、御本部へ日参を続けられました。村でもこれほど熱心な信心家はいないと評判になるほど、お参りされていましたが、なかなか身体が良くならないので、ある時、ミツ師は二代金光四神様に「私はたいてい信心しておりますが、まだおかげが頂けません。」と涙ながらにお届けされました。

★すると、金光四神様は『そうかなぁ。たいてい信心できておりますかなぁ。私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何ぼ通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心というてなあ。まあ、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。まあ、いっぱし参るんじゃなあ。』と仰せになられました。

★ミツ師は足が痛いとかどこが悪いと言わずに、お礼を申す事を中心に、ただひたすらに一心にお参りを続けられたのでした。すると、病弱であられた身体が、段々と強い心と丈夫な身体に作り変えて頂かれて、体質改善のおかげを蒙られたのです。

★『ふだんから神に取りすがっていれば、神と心安くならせてもらっているのと同様である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払い下さる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成30年の「み教え」