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2019年01月11日

●一日のことは朝に願う

 息子さんの家庭内暴力に悩まれていたある方が、ご信者にお導き頂かれて、二代教会長・伊藤コウ師より、「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれました。しかし、なかなかみ教え通りに拝むことが出来ませんでしたので、「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」とお届けをしてお願いするようになっていかれました。

★すぐに息子さんに変化が見られた訳ではなかったそうですが、根気強く教会に参拝され、お届けをしてお願いし、み教えを頂きつつ「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」と、お願いし続けられたのです。すると、その息子さんが、大学へ行き、就職をされ、いつの間にか暴力がおさまっていたのでした。そして結婚もされて、お孫さんを連れて教会へお参りして下さるようになられたのです。それでも、そのご信者は「このようにおかげを頂いていても、私はまだ心の底から息子を拝めてはいません。どうぞ心の底から拝める私にならせて下さい。」と、御国替えなさるまで一筋にお願いし続けられたのです。

★ 「私の信心がここまで進んだから、こんなおかげを頂けるようになった」と思えるのは、信心をしているつもりでも、心が神様から離れてしまい、傲慢さが伺える姿といえます。「どこにどのようなご無礼があるか分かりません。私ほど至らぬ者はありません」と、どこまでも謙虚さが増していくのが、本物の信心に近付いている証拠なのです。また、そのような自分であることを心の底から理解出るところから、日々油断なく神様に「お礼、お詫び、お願い」が申せるようになるのです。

★一日の始まりには、「今日一日、させて頂くことがお礼の働きにならせて頂けます様に。」とお願いさせて頂き、お礼に仕事をし、お礼に勉強をさせて頂くのです。健康でお役に立たせて頂けることほど有り難いことはありません。その日一日のことを、油断なくお取次を頂き、み教えを守り、行動の一つ一つ、言葉の一言一言も、お礼の働きとならせて頂ける様、おかげを頂いてまいりたいと思います。

★『病んだる時の信心は願いなり。病まぬ時の信心第一。家内中まめ息災、牛馬にいたるまでさしつかえなく、おくり合わせを一心に願え』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:07 | 平成31年の「み教え」