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2019年01月31日

●諦めず願い続ける

 寒修行信行期間、それぞれにお願いをもってご修行に励んでおられることと思いますが、一カ月間ございますから、その間には、体調を崩して決めたご修行に取り組めなかった日があった、ということもあろうかと思います。そんな時でも、気持ちが萎えることのないように、体調が整いましたら、また元気な心でご修行に取り組み、諦めないように、立てたお願いを離さないようにさせて頂きたいと思います。

★『おごりがましいことをすな。ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな。』とみ教え頂いております。どんな時でもお願いを離さず願い続けること、油断なく改まりを続けさせて頂くことが大切なのです。

★あるお教会の先生が、二代教会長・伊藤コウ師に、「先生ほど御高徳になられたら、お願いすればおかげも頂けるんでしょうなあ。私は徳が足りませんから、願ってもなかなかおかげが頂けません」とおっしゃったということです。伊藤コウ師は、「徳も力も足りないからこそ。小さいことから大きいことまで、生神金光大神様、天地金乃神様におすがり申して、お願いさせて頂くのです。」と、おっしゃっておられます。阿倍野教会の布教始めは、狭い借家のお教会で、初めての御大祭の参拝者は、家族含めて三人でした。そのような時から、百畳のお広前、千坪のお土地で御用がさせて頂けますようにと、願い続けられ、どんなご修行もいとわぬ覚悟で御用下さったのです。

★正しい願い、先々を見通した大きな願いを持たせて頂き、どこまでも諦めず願い続けさせて頂きたいと思います。お願いを持たせて頂くからこそ、成就のおかげを頂けるのです。正しいお願いを持つことが、家族に伝わり、周囲の人々に伝わり、地域全体、社会全体に伝わらせて頂きましたら、有り難い世界が広がっていくのです。

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2019年01月30日

●負けて克つ

『信心の浅い時には、人から悪しざまにそしられるとすぐ腹が立って、こらえきれないで、しっぺ返しのようなことをする。しかし、信心が少し進んでくれば、人からそしられると、腹は立つけれども、信心しているからと思ってこらえられるようになってくる。信心がずっと進んでくると、人からそしられても腹が立たない。腹が立つどころか、かえってその人が気の毒になる。』『信心しておれば、争いがあった時は必ず堪忍して負けて克てい。その方がおかげじゃと思え。』

★人間ですから、つい人と比べたくなり、人を言い負かしたくなり、人に勝ちたいという気が起こってきやすいものです。その我情我欲をお取り払い頂く為には、『負けて克てい』とみ教えを頂いております。我情我欲は争いのもととなり、相手はもちろん、自分も助かりません。正しい感情、正しい願いになっている時には、すべてを生かすことができ、自分も周囲も助かってゆきますね。

★負けて克つことは、よほどの辛抱が必要ですね。神徳を頂くためには、仕返しをする心を取り除いてゆく事、恨みを持ち続けない事が大事です。こちらが慈愛の心で、相手の助かりを温かく祈ってゆくと、相手が応じて下さる時が来るのです。そこに至るまでがご修行です。自分自身の心をどうすることもできないからこそ、一心になって「生神金光大神様、天地金乃神様」とおすがりさせて頂き、お取次ぎを頂いて、すべてをお願いに変えさせて頂きましょう。世の中というものは、あいよかけよで立ち行くようになってゆくものです。自分のことばかり考えず、人を思い、道を思い、神様を思う心にならせて頂いて、神様がお喜び下さる道を歩ませて頂きましょう。
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2019年01月29日

●大きな役割を果たす生き方

 昨日は伊藤亨師の御命日であられました。亨師は生まれた時には「心臓が弱い」と診断され、命の無いところをおかげを蒙られたのでした。また、亨師はお若い頃に視力が低下なされ、そのことで二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいました。コウ師から「上見たら、あれ欲し、これ欲し、星(欲し)だらけ。下見て暮らせ、下に星(欲し)なし。」とみ教え頂かれたそうです。

★亨師は「上を見たらキリがない、欲を言い出したらキリがない。下に目を向けたら、もっと辛く苦しい思いをなさってる方があられる。その中でも皆さんそれぞれにおかげを頂いておられる。自分自身は一体どうか、まだ見えさせて頂いているじゃないか。そのことにお礼申して、先々の心配や不安を神様にお預けして、今見えさせて頂いている有難さをしっかりと喜ばせて頂こう!」と、頂いたみ教えをしっかり受け止められ、熱心にご信心を進められたのでした。

★そして教会に入所をさせて頂かれ、教師にお取り立て頂かれました。後には膵臓癌の疑いがあると診断を受けられた時もあられましたが、体を作り変えて頂かれ、無い命を何度も伸ばして頂かれて、82歳までお役に立たれる生き方が出来られたのです。そして御用のお徳によって「先生にお導き頂きました。」「先生にみ教え頂きました。」と助かる方々が増えられたのでした。神様からかけて頂いた願いをしっかりと悟らせて頂き、神様に心を向けて、わが心を磨いていかれた結果であると思わせて頂きます。

★『ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。』

★私達は神様から信用して頂き、用いて頂き、付きについて守って頂いて、おかげを頂いていく事が出来るのです。それは自分自身だけが結構になっていくだけではなく、ご先祖様方も子孫もおかげを頂いていく、という大きな役割を果たさせてもらうことが出来るのです。それがご信心の上でお徳を頂いていくということなのです。長期に亘ってご信心をさせて頂くということは点が線になり面になっていくように、おかげを頂いていく範囲が広がっていきます。そうして有難いおかげの元を作らせて頂けるのです。

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2019年01月28日

●天地に対してご無礼のない生き方

大工であるお方が、入信なさった当初のことです。「私は、今まで棟梁に仕込んで頂き、まともに仕事をして本格的な大工として建築が出来るように、一人前の働きが出来るようになった。だから自分は間違ったことはしていない!」と自負しておられたそうです。ところが、お参りをさせて頂いて、み教えを頂かれるずつに、それが思い違いであり、神様に対してご無礼な仕事ぶりであったということが、分からせて頂けるようになられたのでした。

★そのお方は、「自分の利益に直接関係する木材や釘や道具等は大切にしていましたが、自分の利益に関係のない得意先の材料は粗末にして、捨ててしまっておりました。施主さんに対して喜んで頂けるだけで良いと思っておりました。ところがみ教えを頂きますと、天地に対して実意丁寧でなければならない、ということに気づかせて頂きました。神様がすべての鉄材や木材を与えて頂いているのだから、材料を粗末にするということが、神様に対して大変なご無礼不行き届きでありました。ご信心をさせて頂いて、天地に対してご無礼のないような生き方がさせて頂けますように。しっかりと改まって、神様に対して行き届いた姿にならせて頂いて、ご信心に基づいた商売、ご信心に基づいた仕事にならせて頂けますように。」とお詫びを申されたのでした。

★み教えを頂かれたことによって、今まで正しいことばかりしてきたと思っていたことが、どれほど浅はかなことであったか、ということに気づかれたのでした。そして、これからは神様を目当てにした生活をさせて頂かねばならない、という改まりが出来られたのです。今までは狭い狭い範囲でしか物事を見たり聞いたり出来ておられませんでした。ご信心させて頂き、み教えを聴かせて頂きますと、心の眼が開き、心の耳が開けるようになってくるのですね。
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2019年01月27日

●真に安心の生活となるには…

 松本氏は、ご両親のご信心を受け継いで、幼い頃から素直に、熱心にご信心を進めておられます。ご両親はすでにお国替えになっておられますが、今日では、一緒にお住いの奥様のご両親に、真心こめて親孝行をなさっておられるのです。

★昨年9月4日、台風21号が大阪にも大きな被害をもたらし、関西国際空港が一時閉鎖となり、数日間、多くの方々が足止めになってしまわれたことは、まだ記憶に新しいところですが、松本氏は、その関西国際空港にお勤めになっておられるのです。ちょうど、その9月4日は、お義母様が白内障の手術を受ける日となっており、松本氏は、病院まで車で送迎する為に、以前から公休を取っておられたのです。手術は、午前中に無事終わられ、皆で車で帰宅された後に、午後から台風が大阪を通過したのでした。後々から考えたら、あらゆるところに神様のご都合お繰り合わせを頂かれたことばかりであったと、お礼を申しておられます。

★何が起こるかわからない生活の中であるからこそ、日々油断なくご信心を進めさせて頂くことが大切です。朝を迎えたら神様に昨日の御礼を申し、今日のお願いをさせて頂き、御神米をお供して、心中御祈念をさせて頂きながら家業を実意丁寧にさせて頂き、また、一日の御礼を申す・・・という信心生活を、根気強くさせて頂くところに、おかげを頂く道が開かれていくのです。何事も、「自分でする」という驕りがましい心にならないよう、神様の思し召しを素直に、謙虚に受けさせて頂く心になれば、神様は、出来事を通して、人の口を通して、あらゆる方法をもって、必要なことをお知らせくださるのですよ。

★『金光大神のあとを踏みすすむ決心さえあれば、信心がすすむにつれて修行もすすみ、修行がすすむにつれて信心がすすみ、信心いよいよすすめば、教えられずとも、神の悟りは自ら開くぞ。』

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2019年01月26日

●目先の損得よりもお徳を頂く生き方を学ぶ 

あるご信者の息子さんが、お商売の勉強をさせて頂くために、他の店に修行に行かれました。

★そこで、お商売を仕込んで頂いたのですが、その店のご主人から「お前は正直者すぎて困る。真面目に働いてくれるのは良いが、夕方のお客さんが立て込んでいる時に、いわば稼ぎ時なのだから、品物を量ってお客さんに渡す際は少しずつ少なめに盛るのだ。それを10回もすれば、だいぶ稼げるだろう。それが、商売というものだ。お前みたいに馬鹿正直にしていれば、一向に儲からない。」と苦言を呈されたのです。店のご主人に、秤の目をごまかせと言われたご信者の息子さんは、小さい頃から教会へ参拝され、実意丁寧正直親切な生き方を教えて頂いておられますので、ご主人の言われたことを、そのまま飲み込むことができられませんでした。

★そこで、店の番頭さんに尋ねたのです。そうしますと、番頭さんは、「それがうちの大将の方針だ。私は長年ここで働かせてもらっているが、大将の良いところはしっかりと学ばせて頂き、これはしてはダメだと思うところは習わないようにしている。あなたも自分が正しいと信じているところを、勉強してゆけばよい。」と言われたのです。息子さんは、どうすれば良いのか分からず、家に帰ってご両親に尋ねられたのです。

★ご両親は「いくら店のご主人がそう仰っても、あなたは、み教え通りに実意丁寧正直親切に働くことを貫き通しなさい。世間ではこういうことがあるのだ、という事を学ばせて頂きなさい。秤の目をごまかせば、目先は得をしたように思うかもしれないが、不当に得た利益は、結局はどこかで清算しなければならないのです。天地が裁かれるのです。入ってはいけないところから入ってくれば、必ずその何倍にもなって出ていくのです。例えば、商売で損をするとか、人から騙されるとか、病気をするという事は、自分が積み重ねてきた結果で、そういう目に遭わなければならないのです。それが天地の道理なのです。人の目はごまかせても神様の目はごまかせません。」と仰ゃり、息子さんは今後の生き方の指針を、考えさせて頂く機会を頂かれたのです。

★このお道の有難いところは、み教えを盾にして人を裁いたり、傷つけたり、切り捨てたりしないところです。或いは、自分の主義主張を押し付けたりしないところです。人を利用したり、切り捨ててしまったり、自分の都合の良いように利用するから、人から捨てられ、利用され、騙されることになるのです。それは自分自身がしてきた結果なのです。お徳を頂いてこそ、本当の繁盛の道に繋がってゆきます。ですから、日参と聴教、御用とお導きを通してお徳を頂き、子孫繁盛・家繁盛の道を歩ませて頂きましょう。
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2019年01月25日

●一日一日をどのように過ごさせて頂くか

 松山成三師は、戦後満州・大連より、ご夫婦が着の身着のままで引き揚げて来られました。お子達とも離ればなれになったままで内地に引き揚げてこられ、まだお住まいも定まらない状態であられた時に、お道の教師の方々に対して講演をなさられたのでした。三代教会長伊藤良三師は、その講演を聴かせて頂かれたのです。

★松山先生のお話が終わられますと、その場にいた先生方が「これから後はどこに落ち着かれるのでございましょうか?」と質問されました。すると松山先生は「毎日、神様がお使い下さるままに、来いと仰る所へ参ります。京都へ来いと言われたら京都に行かせて頂きますし、大阪に来いと言われたら大阪に参りますし、御本部に留まれと言われたら御本部で御用させて頂きます。その日その日、今日一日、御用にお使い頂くことだけを考えております」と仰ったのでした。

★そうして、日本に帰られた時も、後のことは全て神様にお任せして、今日一日どのように御用にお使い頂くか、そればかりを一生懸命考えて御用にお使い頂いておられました。すると、それから一年も経たぬ間に、時は終戦直後の混乱期で、何もかも無い無い尽くしの時代で、建築資材も不足していたにも関わらず、檜造りの立派なお広前が完成し、岡山中部教会の初代教会長となられたのでした。

★以前、松山成三師のご遺稿を拝読させて頂く機会があったのですが、その一部分を紹介させて頂きます。「略…我は終戦と共に何故その様な事になったと、悩み患ひ、或は先々を憂慮、煩悶もしない。この時こそと、本気に一心に信心に飛上り、教師の本分一途にと、心は立上り、信心する時はこの時なり、神の御用をする時はこの所じゃと、その日その日を後先忘れて、信心御用にのみ立上り、その気持ちこそ、今月今日なりと、嬉しく楽しく有難く思ひ続けて人々が心配苦悩している事も、我には一向その様な気になれず、悪い妙な気は起らず、その事その時も良い事のみ思い出しては喜びニコニコして暮らされてあり。人々に比べて阿呆になった。良い阿呆になれたと感謝している。『我心で我身を救ひ助けよ』とはこの様な事かと、み教えを一層有難く思へる。何を食ふても同様においしゅうて、何が無くても苦にならぬ。人のしてくれる事はみな有難い。…略」

★私達も、日々そのような心構えで、お徳を頂いていくことを第一に考えさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きたいですね。『心配する心で信心をせよ』

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2019年01月24日

●人を軽う見な、軽う見たらおかげはなし

御本部の金光教学院で、ご修行させて頂いていた頃のことです。ある男性が会堂地下にいつもおられ、時折、学院生や参拝の方々に、声を掛けておられました。お酒が好きな方で、少々飲み過ぎると大きな声を出されるので、そんな時は誰も近寄らなくなっていたのでした。

★私も時々声を掛けられることがあったのですが、ある時、「ちょっとここへ座れ!」と、言われましたので、その時は覚悟を決めて座らせて頂きました。そして、その方の目の前に正座をさせて頂き、「今日はひとつ、み教えを頂きたいと思います」と申しました。すると、その方の表情が、すうっと変わられました。そして、「今、学院に入って修行をしているつもりかもしれないが、修行の準備じゃ。本当のご修行は教会に帰ってから始まる。教会に帰って、教会長先生の御用なさるお姿を毎日拝ませて頂くところから、本当のご修行が始まるのだ。」と仰り、次から次へと有り難いお話を聴かせて下さったのでした。私も有難い思いを感じた出来事でしたが、それからも何かと、好意をもって気に掛けて下さるようになられたのです。

★また、学院を卒業して数年後、ある夏の夕暮れのことです。ご信者の地鎮祭の御用を終えて教会へ戻らせて頂きますと、お広前に泥酔された方が上半身裸で座っておられました。その方は初め声を荒げるような事もなさいましたが、色々とお話しを聞かせて頂きますと、その方のお母様が他教会の熱心なご信者であられ、その方が生後間もない頃に、金光様に命を助けて頂いたということでした。そしてその方は私に「お前は修行生か?修行生と言っても修行らしい修行もしてないだろう。それなのに偉そうに修行生などと言うな。」等々…あれやこれや一時間ほど話されたのでした。段々とその方は酔いが醒めてきて正気に戻られますと、服を着て御祈念をしたいと言われました。そして一緒に御祈念させて頂きますと、丁寧に御祈念されて機嫌よく帰っていかれたのでした。

★私は、神様がその方を私に差し向けて下さり、私自身の至らないところをこの方の口を通して私に教えて頂いたのだと思わせて頂きました。神様のお知らせというのは、人の口をもって、また出来事をもって教えて頂いたり、または心に思わせて頂くというようにどこにでもあるのです。人を見るのではなく神様を目当てにして、自分自身が全てを有難くご修行として頂いておりますと、有難い体験を神様がさせて下さり、そこに有難い道が開けるのです。
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2019年01月23日

●おかげの自覚(御礼を申さずにはおられない)

 以前、毎日同じ時刻に必ず、真心込めて参拝なさるご信者がおられました。三代教会長先生が、「あなたは毎日、この時刻に必ずご参拝ですね。何か、特別なお願いがあられるのですか?」と、お尋ねになったそうです。ご信者は、「はい、お願いも持たせて頂いておりますが、私は、お礼にお参りさせて頂いております。昭和20年8月6日、私は広島で原爆にあいました。原爆が投下された瞬間、激しい光に驚いて、思わず、横のコンクリートの深い溝に飛び込んだのです。しばらくして、そこから出た時の惨状は、言葉では言い尽くせません・・・私は、爆心地に近い所に居ながらにして、命を助けて頂きました。片目の視力を原爆によって失いましたが、それ以来、片目を残して頂いて、見させて頂けることが有り難くて仕方がないのです。このようなおかげを頂いて、神様にお礼を申さずにはおられないので、こうしてお礼参りをさせて頂いております」と、お答えになったそうです。

★いま、与えて頂いている環境を喜び、しっかりお礼を申すことが大切です。目が見えることは当たり前、歩けることは当たり前、家族がいることは当たり前…というように、結構なおかげを頂いていても、その自覚がなければ、与えて頂いていることが当たり前になってしまい、有り難さが分からなくなるのです。あらゆるところに込められた神様のお心、頂いているおかげを分からせて頂くためには、心に受け物を作らせて頂かなくてはなりません。そのためにも、小さな頃からみ教えを頂ける環境程ありがたい環境はないのです。幼少の頃から日参と聴教に励ませて頂き、心におかげの受け物をしっかりと作らせて頂きましょう。

★『神様を拝礼するのに、別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』

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2019年01月22日

●お道の奥義九か条に基づいた生き方

教祖様が神上がられます一ヵ月前の明治16年9月8日に佐藤範雄師が、教祖様に「金光様、今日まで数々のみ教え事を承りましたが、どの道でも、極意、奥義というものがあります。このお道の奥義は何でありますか、承りとうございます。」と申し上げられましたところ、教祖様は「此方の道は九か条である」と、お答えくださったのです。

そうして、お道の奥義九か条を残して下さっておられます。

一、方位(日柄方位等の迷信を絶つ)

二、毒絶て(迷信による食物の良し悪しを絶つ)

三、不成(成らずの心。「無理だ」「出来ない」など、可能性を小さくさせる思いを絶つ)

四、欲徳(我情我欲を持たずに、正情正欲を持つ。)

五、神徳(神様からのご信用を頂くこと。)

六、人徳(人から信用して頂き、用いられること。)

七、神(神様を敬う)

八、皇上(日本の国のご先祖を敬う)

九、親(生みの親育ての親を敬い、孝養を尽くす)

★昔は様々な迷信が多くありました。
例えば、日柄方位に関する迷信や、出産に対しては「母屋では出産をしてはいけない。産後横になってはいけない。産後すぐに母乳を飲ませてはいけない。産後は五香をすぐ飲ませ、団子汁を飲ませる。」などという迷信があったようです。

しかし、教祖様は迷信を打破され、天地の道理に合う生き方をみ教え下さったのでした。また、九か条の三番目の「不成心」というのは、偽りの心、私心、放らつ、おごり、慢心なども含まれます。一から三までは、お取り払いを頂くべきことであり、四から六は、身に修めなければならないことなのです。七から九までは敬う心、御恩を忘れてはいけないと教えて下さっており、神様、御霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂けると教えて下さっています。

お道の奥義を知り、奥義に基づいた生き方をさせて頂きましょう。

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2019年01月21日

●御礼の心が足らないところに気付いたら…

 ある御信者が二代教会長伊藤コウ師のもとへ、「嫁に綺麗な着物を買ってあげてもひとつもお礼を言いません。」とお届けにこられました。

★コウ師は、「それは、あなたが普段からお嫁さんに対して、お礼の心が足りませんのと違いますか?信心させて頂いているあなたが、まずしっかりお礼を申すことが大切です」と仰ったのでした。続けて、「あなたの可愛い息子さんの身の回りのお世話を、お嫁さんにして頂いているのですから、息子さんが可愛いと思えば思うほど、しっかり頭を下げてお嫁さんにお礼を申さないといけませんよ。」と仰ったのです。御信者は心から合点され「申し訳ございません。私が足りませんでした。」と御詫び申されたのでした。コウ師は大変喜ばれ、「あなたは普段からしっかりみ教えを頂いているので、私の言った事がすぐに分からせて頂けるのですね。有難いことです。」と仰ったのでした。それから御信者は一生懸命お礼を申す稽古をされ、先頭に立ってご修行されて、円満な家庭を築かれて子孫繁盛のおかげを蒙られました。

★現在お命を頂いて生活させて頂いているということは、生まれてから親を始め、たくさんの方々のお世話になり、物の扱い方や、言葉の一つ一つでも、教えて頂いたからこそさせて頂けることばかりなのです。また、ご先祖が積み重ねてこられたお徳、功績の上に、結構な毎日を送らせて頂いていることを忘れていますと、お礼の心が薄い、傲慢不遜な在り方になってしまいます。そのような生活がめぐりとなって、難儀の元となるのです。問題に直面したら、自分の心を改めて見直せて頂き、お礼の心が厚くなるように、神様のお心に近づかせて頂けるよう、稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『神があっての氏子、氏子あっての神じゃによって、病気災難をはじめ何事でも、非常と平生とにかかわらず神に願いをかけよ。信心とは、常平生、神の心のようになって信心するのが信心じゃ。手を合わして拝むばかりが信心ではないぞ。』

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2019年01月20日

●日々生命の働きを頂いて

本日は、大学入試センター試験の第二日になります。受験なさる方々には、健康の上にも全ての環境の上にもご都合お繰り合わせを頂かれ、十二分に実力を発揮されまして、大みかげを蒙られますようにお祈り致しております。

★遺伝子の研究をなさっておられるお方の本を読ませて頂きました。父親となる人の精子が数億ある中から、一つだけ卵子に届いて生命が宿ります。選びに選ばれた中のエリート中のエリート、そのたった一つの細胞が38週から40週かけて分裂し、なんと約60兆の細胞の集まりになるのです。代々のご先祖様から受け継がれた膨大な情報が記憶された遺伝子があり、それら約60兆個の細胞が見事に調和し合っているのが、私たちの身体だということです。

★その一つ一つの細胞にすべて遺伝子が入っており、その1つの遺伝子の設計図というのは、1ページ1000文字書いてあるとして、1000ページを1冊としますと、それが3200冊あるそうです。それほどの情報量がお米1粒を60億分の1にした大きさの中に入っているということです。それを、10万倍にしてようやく肉眼で見えるのだそうです。それが、2本のらせん状のテープになっており、幅は1mmの50万分の1で長さは1.8mもあります。また、成人の体内の赤血球は、一日に数千億も壊れ、そして同じ数の赤血球が新しくできるということです。また、腎臓や肝臓のたんぱく質も速いスピードで分解され、再生されるのだそうです。

★それぞれに神様から授かっている生命というものは、唯一無二の存在で、大変尊いものであり、現在「存在している」ということ自体が、大変奇跡的なおかげを頂いている姿なのですね。そして、ご先祖から受け継いできた遺伝子を授かりながらも、日々神様のお働きによって細胞は良い方へと生まれ変わってゆくのです。

★受験生の皆さんは、目標に向かって日々努力し、体調の上にも気を配りながら、今日の日を迎えられたことと思います。また、ご家族や学校の先生方にどれほど多くの協力をして頂かれたことでしょうか。試験が始まる前に、まずは、今日までお育て頂き、様々なお世話になって勉強させて頂くことが出来た事を、そして健康で試験の日を迎えさせて頂くことが出来た事を、神様・霊様にお礼申させて頂きましょう。心配は神様にお預けし、お礼に満ちた心持ちで答案用紙に向かわせて頂けば、思い出すべきことも思い出させて頂け、実力以上の結果を頂くことも出来るはずです。親孝行・御恩返しをお願いの中心とし、御礼に勉強をさせて頂きますと、神様から与えて頂いている能力を十二分に発揮させて頂くことが出来るのですよ。
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2019年01月19日

●改まることを迷わずに

昨日は、教徒会総会が開催され、西山氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★西山氏は、ご結婚により、金光教阿倍野教会に御神縁を頂かれました。昭和48年1月3日、御家内が、妊娠3ヶ月で流産なさりました。この出来事が自ら積極的にご信心させて頂く契機となられ、御取次の有難いことを初めて体験なされ、三日後の1月6日から始まりました寒修行から、朝参りをさせて頂いて、そのまま通勤させて頂くという生活を44年間継続なされ、退職後も元気に日々おかげを頂いておられます。

西山氏は、幼少のころより胃腸が弱く、いつも周囲の人たちに心配をおかけし、また冬になると、痔病に悩まされておられました。お取次ぎを頂かれますと、「体質の改善のおかげを頂きましょう」と、み教えを頂かれました。朝参りをさせて頂き、み教えを頂いて、み教えの実行を心掛けられました。早速、禁煙をお願いし実行なさいました。すると胃腸も丈夫になり、痔病も手術せず通院で完治し、体質改善の大みかげを頂かれました。役員定年は長くても七十歳規定のところを、教会長先生の御取次・ご祈念を頂いて、十年も延長して頂き、八十歳まで元気に勤務のおかげを頂かれました。

★西山氏が体の不調から循環器科を受診されますと、腎臓の数値が異常に高く「水腎症」と診断され入院なさいました。入院中毎日、点滴・注射・採血・採尿等の処置をして頂かれ数値の改善を頂き、透析をせねばならない処をおかげを頂かれました。

★一時退院をなされた二週間後、泌尿器科を受診なさいますと、前立腺肥大の為、手術が必要との診断でした。手術の前日、夕食の一時間後に、激しい下痢嘔吐が早朝まで続き、睡眠不足で衰弱も酷く、手術は急遽中止となりました。感染症の疑いで個室に移動し、十二日間入院・一時退院し、約一か月後、再度入院・手術となり成功のおかげを頂かれたのでした。術後の説明に「傷口から出血があり、削りカスが塊りやすく、流れ難くなり詰まる事があります。詰まると再度手術ですから十分水分を取る様に」と言われたそうですが、尿の出が弱く苦しくなり、通常の流れになるまで繰り返し処置をして頂かれたのでした。

★一週間後退院をなされ、お礼のお届けをさせて頂かれますと、教会長先生から「長年使わして頂いた体です。しっかりお手入れを頂いて良かったですよ。歩いて参拝をさせて頂き、体力を付けさせて頂きましょう」とみ教えを頂かれたのでした。入院手術の上にも、術後の処置にも手間が掛かって入院期間も長くなり、「何故この様に遠回りして、苦しんだのか、以前の心臓治療の時は順調におかげを頂いたのに」と、不足に思っていた西山氏でしたが、入院中も緊張感もなく漫然と過ごし、お礼を申す事や、一心に願う姿勢、喜ぶことが出来ておらなかったこと、神様が退職後に時間をかけて念入りに、体のお手入れをして頂いている意味も理解できず、不平・不満だらけであったと、深く自分を見つめ直すことが出来、お礼とお詫びを申すことが出来られたそうです。

★人間は大事なところを見ずに、よそ見をしてしまうことがあります。大切なところに気付かせて頂き、改まらせて頂けることがおかげですね。改まることに躊躇してはいけません。『神に一心とは迷いのないことぞ』み教えを守ることと、改まることを迷わずにさせて頂く事がおかげを蒙らせて頂ける元なのです。西山氏は子孫繁盛のおかげを頂かれ、毎月ご家族と共に十名以上で御本部参拝をなされておられますことは真に有り難いことです。

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2019年01月18日

●お礼の働き、お礼の御用奉仕

本日午後2時より、教徒会総会が開催され、西山一郎氏のおかげ話を聴かせて頂きます。一人でも多くの方がご参拝になられ、信心向上のおかげを蒙られますようお祈り致しております。

★24年前の1月17日は阪神淡路大震災が発生した日です。震災発生直後の1月19日、兵庫県のお教会に物資を届けさせて頂く為に、西宮北口を降りて歩かせて頂きましたら、大変な被害であることが実感できました。芦屋まで歩く為に道を選んで移動しておりますと、前方からこちらへ向かって歩いて来られる70代のご夫婦が、「戦争の時は大変やった。爆弾は落ちてくるし、食糧はないし、大変な思いをした。でも今は、ちょっと離れたところに行くと食料は調達出来るし、爆弾は落ちてこないし、有難いことや。壊れた物もあるけど、また建て直したらよい。こうして命があって結構なことやなあ!」と話しておられるお姿を拝ませて頂きました。その会話を聞かせて頂いて、「本当にその通りだ。大変な災害だと思えてしまう状況であっても戦争を体験なさった方からすれば、平和の中の被災であり、皆が助け合うことが出来ることは結構なことであるのだなあ。」と大変感銘を受けました。

★震災直後、私共も、何かさせて頂けることはないかと考え、まことにささやかな内容でしたが、ご信者の有志の御用奉仕の方々と共に、私共の教会の名前は伏せて一般のボランティアにご信者の方々と共に参加させて頂いたりしました。一緒に御用奉仕に当たって下さったご信者の方々は、皆が「何とかお役に立たせて頂きたい!何とか助かって頂きたい!」という一心で、一生懸命心配りをして頂いたことでした。

★被災された方々は、極寒の広い体育館の避難所で段ボールで仕切りをして、家族で辛抱して努力して生活なさっておられました。そのような状況であっても、出会う人出会う人が、愚痴不足を言われることなく、日々の生活を工夫して生活なさっておられたのです。その光景を拝ませて頂き、ボランティアに参加させて頂いていると言いましても、こちらの方が様々なことを勉強させて頂いて帰らせて頂いたことでした。普段、私達は様々なところで人様のお世話になり続けている毎日ですから、少しでも御用奉仕を通して社会に貢献し、お礼の働きに努めて参りたいと思います。

★『人間は病苦災難の時、神様や人間に助けてもらうのであるから、人の難儀な時を助けるのが人間であると心得て信心をしなさい。』
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2019年01月17日

●み教えは神様の綱

 毎月開催される婦人会例会では、始めのご祈念の後に、教祖様が婦人にお下げになったみ教えを奉読して頂きます。妊娠、出産に関わること、子育てをはじめ、神様から女性に与えられた尊い役割をみ教え頂いたものです。毎月毎月、繰り返し奉読させて頂くのは、新たな心持ちでみ教えを頂き直すためです。

★『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな』と、み教え頂いております。日々、新たな気持ちでみ教えを頂くことによって、心を若々しく柔軟にして頂くのです。自分の心が頑なな状態ですと、天地に満ち満ちている神様のお徳の中に生かして頂きながら、その有り難さが分からず、心に不平不足が満ちてしまいます。天地全体にそのご神徳が満ちているということですから、神様は、出来事を通して、さらに、人の口を通して、あるいは、ふと心に思わせて頂く形で、み教えを下さっているのです。それは生命を生かし育み、全てが立ち行く為でありますから、み教えを頂くための受け物は、日々のご信心でしっかり作らせて頂かなければなりません。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず…他の人や家庭と比べない。
2)飲食を節する…節制を心掛け、与えて頂いている物を有難く頂く。節することが身につけば、心も、体も、人間関係も整うおかげを頂ける。
3)苦難の時に恨みごとを言わない…難儀なことが起きてきた時に、人や社会を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない…喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する…神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂ける。

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2019年01月16日

●「自然(じねん)の行」

阿倍野教会の布教当初、初代教会長先生・二代教会長伊藤コウ師は、神様にお誓い申し上げられたことがあります。それは、「一切不足を申しません。食べられなかったら食べません。着れなければ着ません。寝られなければ寝ません。それでも不足を申しませんから、どうぞ神様の御用にお使い頂けますように。」とお約束なさったのでした。そうしたご覚悟を以って、お参りなさった方々が助かってゆかれますようにと、日々一所懸命に願われ、徹底して無理無駄ムラを省かれ、御修行して下さいました。有難いことに、食べられないということは一度も無く、また着られないことはなく、寝られないということもなく、神様が立ち行かせて下さいました。

★ある時「商売が繁盛しますように。」とお願いされましたご信者に、コウ師は「繁盛の秘訣を教えてあげましょう。それは、忙しくて忙しくて、食事をする時間や休憩する時間がなくても、一切不足を言いませんので繁盛させて下さい。とお願いしなさい。そうして、忙しくて休憩する暇がない日があれば、今日は結構に働かせて頂きまして有難うございます、と御礼申し上げましょう。忙しくならせて下さいとお願いしながら、全く休憩もできないのかと不足ばかり思うから、神様がお暇を下さるのです。忙しい時に絶対に不足を言わないようにしましょう。そうしますと、おかげを頂けます。」とみ教え下さいました。ご信者は、コウ師のみ教えを守られ、日々喜んで家業に励まれましたら、大変に繁盛のおかげを頂かれました。

★忙しければ不足を言い、暇になれば不足を言うことは、一般によくあることですが、神様にご無礼ですね。「自然(じねん)の行」と言って、日々起きてくる事をことごとくご修行にさせて頂くのです。例えば、体調を崩し、何も頂けないということになったとしましょう。その時には、食べられないことを行とさせて頂くのです。そうしますと、自然と普段食事が頂ける有難さが、身に染みて分からせて頂けますね。人や物事のせいにするのではなく、自分の中の欠点に焦点を当て、自身を見つめ直してゆく事が大切です。夫々に日々御修行を神様から与えて頂いています。その与えて頂いている御修行から逃げずに、「これをおかげにさせて頂こう!」と有難く取り組ませて頂きましょう。
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2019年01月15日

●受け物をつくり、心の掃除をして頂くお参り

『「神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければ漏るぞ」と言うてござる。漏ってから、ここに穴があいておったと言うたのでは遅いぞ。常平生から入れ物をよう調べておかねばならぬ。とにかく十分のおかげを受けようと思えば、入れ物をいつも空にしておかねばならぬ。』

★入れ物を空にしておくということが大事だと教えて頂いております。それには自分自身の心の中のこれまでの既成概念や常識、疑いやおごりがましい心、我情我欲をお取り払い頂かねばなりません。

★(1)養正…日参と聴教により、神心・正しい心を養う
 (2)積慶…真心を積み重ねる
 (3)重暉…御礼の働きを心がけ、重ねてゆく
 (4)為宇…誰とでも円満に生活する

★先日は共々に御本部年賀参拝のおかげを頂きまして、真に有り難いことでした。参拝させて頂かれた方々は「去年一年間、様々なことがある中をおかげを頂いて参りました。有難うございました。お礼の申し足らないところばかりでございますが、心からお詫び申し上げます。今年もどうぞ家内中が健康で、円満にみんなが協力しあって、神様にも金光様にも霊様にも喜んで頂けるような、有難い一年とならせて頂きますように。お礼の働き、お礼のご信心が出来ますように。」と今年も健康でお参りさせて頂くことが出来たお礼を申し上げられたことだと思います。

★さらに、「家中が共に月毎の御礼参拝をさせて頂き、共にご信心を進めさせて頂けますように。皆が勢信心のおかげを頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、御霊地のお徳を頂いて帰らせて頂ける参拝にならせて頂けます様に」というお願いがさせて頂けたことだと思います。月例祭の参拝や御本部参拝はもちろんのこと、日々の教会へのお参りは悪毒病毒をお取り払い頂いて受け物を作らせて頂き、心の掃除をして頂いているのです。年賀参拝をさせて頂いた時の有難い心持ちを、これから一年間忘れずに生活させて頂けましたら、有難いおかげを蒙られることでしょう。

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2019年01月14日

●御恩の分かる生き方

卸売市場で商売をなさっておられる岸本氏は、お母様がご近所の方にお導き頂かれ入信なさったのです。二代教会長伊藤コウ師の有難いみ教えを頂かれたお母様は、感銘を受けられて朝・昼・夜と熱心に日参しておられました。ある時お父様が「どんな有難い話が聞けるのか…」と半信半疑で教会へ参拝され、コウ師のお説教を聴かれたのです。隠れるようにして参拝なさったお父様は、有難いお説教を感涙して聴かれたのでした。そうして、帰る道々、「親先生のもとで、家内と共にご修行させて頂こう」と決心し、帰宅され伝えられますと、お母様は赤飯を炊いて喜んで祝われました。それからというもの、お父様は一心に日参と聴教に励まれ、今までの生活や商売の在り方を改まってゆかれたのでした。

★昭和27年1月11日の月例祭の日のことです。お母様がお父様に「今日は月例祭なのでお参りして頂けますか。」と言われました。するとお父様は「今日はえべっさんに、残り福をもらいに行く。月例祭は毎月あるが、えべっさんは一年に一回しかない。」と言われ、今宮戎神社まで行かれました。そして帰る途中、いつもとは違う遠くの銭湯へ寄られました。脱衣所で着物を脱いで、貴重品と着物を一緒に全てロッカーへ入れて鍵をかけてお風呂へ入られました。お風呂から出ると、貴重品だけでなく着物から下着まで全て盗まれていたのでした。お父様は、「えべっさんで福をもらいに行ったのに、服を盗られた!」と立腹なさったのですが、そこで気付かれ、早速改まることが出来られたのでした。それからは、月例祭はどんなことがあっても欠かすことなく参拝し、商売の品物のお初穂は必ず月例祭にお供えされることを心に決められたのでした。

★お商売については、コウ師より「借入金をしないように」とみ教えを頂かれ、収入の中で支出をするという分相応な商売をされたのです。入信当初は、み教えを守らせて頂くことに、苦労と努力を要されたそうですが、結構なご信心のお徳の積み重ねにより、息子さんが家業と信心の相続のおかげを頂かれ、繁盛させて頂いておられます。そして、現在も息子さんとお孫さんがお父様の跡を受け継がれ、また信心相続のおかげを頂いておられるのです。

★『氏子がおかげを受けてくれねば、神も金光大神もうれしゅうない。氏子がおかげを受けずに寝ておっては、神の道は立たぬ。氏子が立ち行かねば、神も金光大神も立ち行かぬ。神の役目が立たぬと、いつも言うてござった。天地金乃神様は本当の親神様じゃ。つまらぬ子では、親がよう安心せぬ。ご信心して十分におかげを受けねば、親神様がようご安心なさらぬ。親神様がようご安心なさらぬような信心では、わが身の出世にならぬぞ』
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2019年01月12日

●責任を持ったお願いの在り方

旧広前のお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは切り売りをすることに乗り気ではあられなかったのです。二代教会長伊藤コウ師のお母様のハル氏を始め、姉のスエ氏・カツ氏は自分のことは横へ置いて、教会設立の為に家族中が力を合わせて、一生懸命に神様の御用にお使い頂きたいと願われたのでした。そのお心をコウ師は受けられ、どうあってもその願いを成就させて頂きたいと願われて、初代教会長・伊藤徳次師に「どうぞ、その交渉の役目を私に任せて下さい。」と申し出られますと、初代先生は「それなら任せましょう。」と仰って下さったのです。

★それからというもの、コウ師は毎日夜中にそのお土地の前で座られ神様にお願いされたのでした。なんと、その熱い願いが神様に届いたのです。地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と言って下さり、ついに売ることを決心して頂けることになったのでした。後になって、その続きのお土地も購入のおかげを頂かれたのでした。

★「先々はこうならせて頂きたい!」というお願いがはっきりとしておりますと、その願成就のためには、今何をさせて頂かねばならないか、どのようにおかげを頂いていかねばならないかということが具体的になってゆきます。願いを立てるということは有難いもので、今何をせねばならないかが明確になって計画が立ち、その成就の為に自身が責任を持って打ち込んで努力と工夫をさせて頂くことが出来るのです。そのような姿勢に神様が応えて下さり、神様が相手の人の心も動かして下さり、環境も整えて下さるのですね。「私みたいなものには出来ない、到底無理だ」と思わずに、「どうあっても責任を持たせて頂きたい!」と願うことが大切です。

★例えば台所でしたら、台所の御用に責任を持たせて頂けるようにとお願いします。「水の扱い方、食材の扱い方、お金の扱い方全てに責任を持たせて頂けるような人間にならせて下さい」と願わせて頂くのです。すると、神様が天地の賜り鋳物である、お水や食材を粗末にせぬように、無理無駄ムラのないように工夫して有難く使わせて頂けるように気付かせて下さるのです。子供の養育も出産も同様に、「どうぞ家の機関車として良い手本にならせて頂き、お役に立つ働きがさせて頂けますように。責任が果たせますように」と、お願いして生活に即した改まりが出来てきましたら、有難い家庭にならせて頂きますね。
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2019年01月11日

●一日のことは朝に願う

 息子さんの家庭内暴力に悩まれていたある方が、ご信者にお導き頂かれて、二代教会長・伊藤コウ師より、「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれました。しかし、なかなかみ教え通りに拝むことが出来ませんでしたので、「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」とお届けをしてお願いするようになっていかれました。

★すぐに息子さんに変化が見られた訳ではなかったそうですが、根気強く教会に参拝され、お届けをしてお願いし、み教えを頂きつつ「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」と、お願いし続けられたのです。すると、その息子さんが、大学へ行き、就職をされ、いつの間にか暴力がおさまっていたのでした。そして結婚もされて、お孫さんを連れて教会へお参りして下さるようになられたのです。それでも、そのご信者は「このようにおかげを頂いていても、私はまだ心の底から息子を拝めてはいません。どうぞ心の底から拝める私にならせて下さい。」と、御国替えなさるまで一筋にお願いし続けられたのです。

★ 「私の信心がここまで進んだから、こんなおかげを頂けるようになった」と思えるのは、信心をしているつもりでも、心が神様から離れてしまい、傲慢さが伺える姿といえます。「どこにどのようなご無礼があるか分かりません。私ほど至らぬ者はありません」と、どこまでも謙虚さが増していくのが、本物の信心に近付いている証拠なのです。また、そのような自分であることを心の底から理解出るところから、日々油断なく神様に「お礼、お詫び、お願い」が申せるようになるのです。

★一日の始まりには、「今日一日、させて頂くことがお礼の働きにならせて頂けます様に。」とお願いさせて頂き、お礼に仕事をし、お礼に勉強をさせて頂くのです。健康でお役に立たせて頂けることほど有り難いことはありません。その日一日のことを、油断なくお取次を頂き、み教えを守り、行動の一つ一つ、言葉の一言一言も、お礼の働きとならせて頂ける様、おかげを頂いてまいりたいと思います。

★『病んだる時の信心は願いなり。病まぬ時の信心第一。家内中まめ息災、牛馬にいたるまでさしつかえなく、おくり合わせを一心に願え』

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2019年01月10日

●陰徳あれば必ず陽報あり

1月8日は、三代教会長先生の長兄にあたる虎之助さんの奥様であられた増田得子さんの御命日でした。ご主人の虎之助さんが脳溢血を患われ中風になられた時、得子さんは献身的にお世話され、神様に一心におすがりなさってお願いされました。

すると日々の信心のお徳により、後遺症無しに全快のおかげを頂かれたのでした。昭和52年にご主人が心不全でお国替えなさってからも、得子さんはお一人でお住まいなさっておられました。私が、いつお見舞いに行かせて頂いても、楽しい思い出話ばかりお話しなさって、一言の不足も言われることはありませんでした。

★100歳を越えてもデイサービスに行かせて頂くのも楽しい、ヘルパーさんが来て頂くのも楽しい、車に乗せて頂くのも楽しい、ご飯を頂くのも楽しい、と毎日喜んで生活なさっておられました。さらに徹底して質素倹約を心掛け、ご自身が毎日頂く食事はこれだけと決めて、慎ましやかに暮らしておられました。その中でも生活は、楽しく有難く喜んで暮らしておられたのでした。

★得子さんは人のお世話も好きで、お若い時には親しい方のお子さんのお世話も、真心込めて親切丁寧になさったそうです。恩着せがましいこともなく、見返りも思っておられませんでした。そういうところに、有難いお徳を頂いていく生き方があられたのですね。世話をして頂かれたお方も「お母さんと思って慕ってきました」と、告別式にお参りなさいました。

★自分のことよりも先に人様の為にさせてもらうことが積み重なっていきますと、次から次へと返して頂けるようになるのです。たらいの水の信心ですね。自分の方に取り込もうとするのではなく、これはあの人の為に、この人の為にさせてもらいましょうと、相手の為にさせて頂いておりますと向こうの縁に当たって自分に返ってきます。しかしそれは、その人から返してもらおうと思わなくて良いのです。神様はどこからでも他の所から返して下さるのです。

★「陰徳あれば必ず陽報あり、陰行あれば必ず照名あり」(人知れず徳を積む者・良い行いをする者には、必ず良い報いがあり、陰の修行をしている者には、必ず修行に応じた名誉が与えられるものであるという意味)実に有難いことですね。そのような心持ちにならせて頂きましたら結構なおかげを頂けるのですね。
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2019年01月09日

●おかげの舟に乗る

 昨日は、みかげ会例会にて、木村氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。木村氏は、以前、大阪市の公立学校教諭として勤めておられましたが、思わぬ出来事に巻き込まれ、それがきっかけで抑うつ症状が出始め、翌年から病気休暇を取らなければならなくなったのでした。それから数年間、復職と休職を繰り返しておられたとき、ご信心のあられた奥様がお参りしておられた、阿倍野教会の門をくぐろうと心に思わせて頂かれたのでした。

★お結界では時間の都合もありますので、辛い思いの丈を面会で何度も話され、み教えを頂かれるうちに、朝参りがさせて頂けるようになられました。心の状態は徐々に回復させて頂かれましたが、お取次を頂かれて、教員を辞める時節を頂かれました。

★年が明けての、寒修行信行期間からは、朝参りを中心に更に熱心にご信心に励まれたのです。そして、日参と聴教に励まれる中で、他人の傲慢さを何よりも嫌いながら、実は自分自身が最も傲慢であったと、心から反省の念が沸き起こってこられたのでした。

★改まりを一心に願われ、お礼とお詫びのご信心を進めらる中で、生活のあらゆるところで、神様のあらたかなおかげを見せて頂かれたそうです。現在は、ご友人から紹介して頂かれた、夜間中学の講師として、活き活きと教壇に立っておられます。今日も、改まりのご信心に油断なく、朝参りと御用奉仕に励まれながら、「65年の人生に於いて、現在が一番幸せだと感じます。人と人とのつながりの尊さ、有り難さを噛み締めさせて頂いております」とおっしゃるような、有り難い毎日を送っておられます。

★『氏子、石金でも舟に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい』

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2019年01月08日

●難儀を引き受け、良い方へ導いてゆく

『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、下地(生まれつき)の約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。』

★夫々の家庭に於かれましても、銘々に信心の課題というものがあります。そこを、自分自身が先頭に立って問題を引き受け、「この度の問題は私の不徳によるものでございます。私の信心がまだまだ至りませんから、家の中に問題が起こってきております。申し訳ありません。」とお詫び申して改まってゆくのです。そして、自分自身が信心の実践によって、皆を良い方向に引っ張っていく役目を全うさせて頂くのです。自分自身が難儀を引き受け、良い方へ導いていくということは、例えば主人が間違った方へ考え違いをしている時に、妻である自分が「私が至らないばかりに主人が間違うことになっております。申し訳ありません。」と代わりにお詫びするのです。すると、自ずと家の中が円満に協力出来るようになり、問題が収まってゆくのです。

★あるご信者は、御本部参拝の帰りの環状線で、お孫さんが酔っ払いにからまれたことがあられたのです。そのご信者は、どうあっても孫を守らなければならないと思い、その酔っ払いに「私の孫が何か迷惑を掛けましたのなら、申し訳ないことでした。私が代わりにお詫び申しますので、どうぞ許してやって下さい。」と代わりにお詫びされたのでした。すると、その酔っ払いはからむのを止め、誰も怪我をすることなくその難を免れることが出来られたのでした。そのご信者が後にお孫さんに対して「あのような酔っ払いの人にも、こちらが折れてお詫びすることが大切ですよ。あなたが怪我をしてもあなたが腹を立てて相手を怪我させてもいけませんからなあ。徳を失うし、めぐりを積むことになりますから。」とお孫さんに教え、難儀を良い方へ導いていくことを実践なさったのです。
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2019年01月07日

●仕返しをする心を去れよ

 先日、真栄根会例会にて小池氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。その中にお客様相談室の室長をなさっておられた頃のお話がありました。

★就任直後のこと、30年程前より販売していた製品について、パッケージや取扱説明に誤解を招くような表記があるという指摘を受け、調査が行われていたそうです。商品を回収し始めて数日後、ある方が電話で「表示に騙されて商品を買ってしまった」と言ってこられたそうです。小池氏は心中御祈念しながら、「私共の怠慢・心配りの無さを会社を代表して、心の底からお詫び」を申し上げて説明をさせて頂かれたそうです。30分程後には「あなたがそこまで丁寧に対応して下さるなら、これ以上何も言いません。大変でしょうが頑張ってください」と言って頂かれたそうです。

★また、「商品を10個買って今は2個しか残っていないが、10個分のお金を返して欲しい」と言ってこられた方に、何度も「現物に対しての返金しか出来ません。皆様に平等な対応をさせて頂いております」と説明をしても納得して頂けず、「うちの事務所まで来い」と言われたのです。心中御祈念しながら営業の社員の方と共に訪問し、玄関先で「金光様、どうぞ双方が立ち行きます様に、ご理解頂けます様に」とお願いをしながら、入らせて頂かれ1時間ほど相手のお話を聞かれ、理解した上でお詫びと説明をさせて頂かれたのです。そうしますと、相手の方が納得して下さった後、「あとはあなたに任せます。こんなところではなく、違うところであなたとお会いしたかった」とまで言って頂かれ、円満に解決のおかげを蒙られたということです。

★職務上、他にも様々な困難なことが起きてこられたはずです。しかし、その都度相手の助かりを先にお願いをさせて頂かれ、仕返しをする心にならないように、腹を立てないように信心辛抱させて頂かれたのです。まさにご修行ですね。

★起きてくる様々な事案は、神様から「このことを通して、あなたはどういうように信心を進めていきますか?」と与えて頂いた課題です。その課題は、今までの自分であれば乗り越えさせて頂くことが出来ない課題かもしれません。しかし、器をさらに大きくさせて頂くつもりで「このことを通しておかげを頂かせて下さい。ご修行をさせて下さい」とお願いをさせて頂く心になれば、それがおかげになっていくのです。

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2019年01月06日

●正しい願いを持つ

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長伊藤徳次師と二代教会長コウ師がお留守で、お広前にはコウ師のご母堂であるハル氏が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★ハル氏は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」とご教導なさったのです。

★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。ハル氏は「喜んでさせて頂きましょう。3日間、日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★後に、コウ師は「私たちの教導が至らないために、御布教がまだまだ行き届いていない時には、こんな間違えたお願いをする人がご近所におられました。これは、私たちの教導が至らない、そしてお導きが足りない結果です。もっと早くこのお道が伝わり、ご近所の方々が正しいお願いをされ、正しく信心をされて地域・社会が助かり、立ち行かれますように御用させて頂きたいと思わせて頂きます。そして、西は果て東は果て悩み苦しむ方が、このお広前に御引寄せ頂かれて、次々とおかげを蒙らせて頂ける教会にならせて頂けますように。」と仰せになり、願われたのです。その願いは布教当初から現在も変わらず、またこれからも変わることなく願い続けて参ります。
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2019年01月05日

●親が良い手本を示して、親も子も向上させて頂く

 あるご信者は、子供さんが毎日集中して勉強に打ち込んで欲しいと願っておられましたが、親も何かしらご修行させて頂かねばと、この度一念発起して国家試験を受けられることを決意なさったのです。先日、お届けに来られ、「若い時のように勉強できるか分かりませんが、子供も勉強させて頂いておりますので、私も一緒に勉強させて頂きたいと思います。」とお願いされました。

★そこで「年齢は関係ありませんよ。暗記も多少自信がないと思われることもあるかもしれませんが、それは努力すればいくらでも伸ばすことが出来るのです。若い時でしたら、5回で覚えたところを、10回かかるかもしれません。しかし、努力させて頂いているうちに、段々段々定着させて頂くことが出来るのです。必ずおかげになりますよ。子供さんが一生懸命勉強させて頂かれるために、親は親の立場で何かしらご修行させて頂かれることは大変有難いことです。親も意欲を出して、熱のこもったご信心を進めさせて頂き、一段と向上するよう願わせて頂いておりますと、親も成長し、子供も成長させて頂く姿になってゆくのです。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『しつけというのはいかにも大事なことじゃが、親が色々に言うて聞かしても、子供は結局親のしている通りをする。信心しておかげを受けねばならぬのは、することである。だからすることを願わねばならぬ。』このみ教えは、親が良いお手本を見せたら良いお手本に習う、という意味もありますし、悪いお手本を見せたら悪いお手本に習う、という両面のご意味があります。子供は結局、親のしている通りにしてしまうところがあるのです。ですから、親が良い手本を示して、何事も一生懸命努力しておりますと、その姿を子供が見て、「私も一生懸命させて頂こう!」と、その親の姿を習わせて頂き、互いに向上させて頂くことが出来るのです。

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2019年01月04日

●心を改め磨いてゆく

三代教会長先生は、昭和17年の7月10日伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)の御命日に戦地フィリピンから帰って来られました。コウ師に「ただいま帰らせて頂きました。今日はハル刀自の御命日ですね。」とご挨拶をなされたのでした。無事の帰国を大変喜んで頂いて、一緒に親教会にお礼参りに行かれた時のことです。コウ師は金光様にお届けをなさるように、大変丁寧にお礼のお届けをされました。

そして三代教会長先生が御礼のお届けをなさいますと、お手代わりの若い先生が「あなたのように健康でお若い方なら、またすぐに召集がきますなあ。」と仰ったのです。三代教会長先生は、(今帰ってきたところなのに、なぜそんなことを言われなければいけないのか!)と腹を立てて、不足に思われたそうです。

★翌年、三代教会長先生は金光教学院に行かれたのですが、マラリアが再発し、特効薬のキニーネが無いという事で大阪に帰って来られました。通常でしたら、学院のご修行を途中で中断してしまいましたら、また始めから通い直さなければ、教師の資格は頂けないのですが、たまたまその年に検定試験というものが実施され、合格すれば教師の資格を頂けるということになりました。

★受験後、11月30日に無事合格通知を頂かれた翌日の12月1日に、なんと再度、招集がきたのでした。外地から帰らせて頂いた時に、親教会へお礼参りさせて頂いた際、神様がお手代わりの先生の口を通して教えて下さっていたのでした。三代教会長先生は、「二代教会長先生は、いつでも金光様にお取次を頂くように、丁寧にお届をなさっておられた。私は外地から帰ってきたばかりであったので、み教えを頂くということが出来ておらず、心が荒んでいて情けないことであった。」と聞かせて下さいました。

★『腹立てば心の鏡の曇ること』とみ教えを頂いておりますように、心が荒れている状態でありますと、物事を正しく見る事ができず、正しい判断ができないのです。心というものはころころ変わるものですから、日々稽古し、壊れている受け物を修復させて頂かなければ、すぐに自分勝手な考え方になってしまうのです。日々油断なく稽古をさせて頂き、心を改め磨いてゆきましょう。

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2019年01月03日

●日々元日の心で

 『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々うれしゅう暮らせば、家内に不和はない』

★新しい年が明けまして、皆お互いに、口々に旧年中の御礼を言い、笑顔で年始のご挨拶をされたことと思います。家の中も穏やかで、円満に、皆健康で食卓を囲むことが出来たとしたら、これ程有り難いことはありません。

★『神様は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる』とみ教え頂いております。荒地、荒れ屋敷は、人間が、天地のお恵みの有り難さが分からずお粗末に扱い、家業を疎かにし、心も不平不足に満ちている現れなのです。そんな状態では、天地は神様の有り難いお徳に満ち満ちていますのに、そのおかげを自らさえぎっていることになるのです。荒れた土地に成り物は出来ませんし、ご恩が分からず不足に満ちた心に、おかげを受けさせて頂くことは出来ません。日参と聴教に励ませて頂き、天地のお恵み、親・ご先祖様の御恩、地域社会にお世話になっているご恩等を、十分に分からせて頂くことが、子孫繁昌、家繁昌につながらせて頂くのです。

★私達が、子孫繁昌、家繁昌のおかげを頂くことを、天地の親神様は一番に願って下さっておられるのです。日々のご信心に油断なく、神様にお喜び頂ける有り難い家庭が増えさせて頂けますよう、願わせて頂いております。『信心して我欲を放れて毎日を楽しみ、日に三度の食事を有難いと気付けば長者じゃ。 信心して長者の暮らしをしなさい。』(二代金光様)

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2019年01月02日

●節の年にふさわしいご信心を

『徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない』『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。』

★私達は、生神金光大神様のお取次ぎにより無尽蔵のお徳というものを頂くことが出来るのです。そして、何時如何なる時にも自身の力以上のことをさせて下さるように神様が足らないところは足して下さって、あらゆる方面でお役に立たせて下さるのです。

ですから「自分には徳も力も足りませんから、とても出来そうにありません」と諦めたり、投げ出したりすることはしなくてよいのです。徳足らず・力足らずと思えば思うほど「生神金光大神様、天地金乃神様」とおすがりをさせて頂いて、全てに足りない所は足して頂けば良いのです。そのようにおかげを蒙らせて頂けるようなご信心を進めさせて頂くことです。

★『世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ。』尊い考え方・尊い生き方・正しい願いを持つことが、親から子へ、子から孫へと伝わっていきましたら、世代や時代を超えておかげを頂いていけるという家にならせて頂けます。

まさにご信心のお徳が、親から子へ子から孫へ、さらにひ孫へと伝わっていくということですね。今生かして頂いている家族だけでなく、ご先祖の霊様までも力を貸して下さり、共にご信心して下さり、共に持ち上げて下さるようなお道でございます。

★『おかげは受け得、守りは受け勝ち。』と教えて頂いている有難いお道でありますから、立教160年という節の年にふさわしいご信心をさせて頂いて、節から新しく芽が出て、より一層良い方向へ良い方向へと伸ばして頂けるような、有難い年になりますように願わせて頂いております。
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2019年01月01日

●平成31年をお迎えして

 新年おめでとうございます。平成31年元日祭を、午前6時より無事に仕えさせて頂きましたことは真に有難く勿体ないことでございます。

★昨年一年間、万事万端にご都合お繰り合わせを頂きまして、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂き、本日新たな年を迎えさせて頂くことが出来ましたことを、共々に神様にお礼を申させて頂きたいと思います。皆様方には、私どもの御用の不行き届きな中をご辛抱頂き、またお祈り添えを頂きましたことを厚くお礼申し上げます。

★今日一日今日一日お願いさせて頂き、おかげを頂いてきた積み重ねが、365日1年となります。そうして、昨年一年間を振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった」ということばかりでございました。様々な出来事は、全て神様のおかげの中でのことであり、私達の信心が向上するように、神様の思し召しを頂いての出来事であると分からせて頂きます。神様は、昨日よりも今日、今日よりも明日、先月よりも今月、今月よりも来月、去年よりも今年、今年よりも来年というように一段と信心が向上し、おかげを頂いてゆくように願って下さっています。すべてにお守り頂き、おかげを頂き続けて参りましたことへのお礼をしっかりと申し上げ、新たな心持ちで新年を迎えさせて頂いた喜びと共に、平成31年のことをしっかりと願いを立てて、倦まず弛まず信心の稽古に邁進させて頂きたいと思います。

★本年は、立教160年の記念のお年です。5日より始まります寒修行信行期間の信心目標を『わが心を神様に向け、喜び上手になる稽古』(先を楽しみ、信心辛抱の徳を積む)と決めさせて頂きました。それぞれに御修行を決めさせて頂き、各家の五ヵ年計画の満願成就に向けて、より一層信心をお進めになられ、御信者皆様の家々が、益々有難い飛躍の年になられますよう、お祈り申し上げております。

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