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2018年12月29日

●御神徳を頂いていくことの大切さ

昨日は月例霊祭に併せて在籍教師霊神の例年祭を仕えさせて頂きました。

★在籍教師であられた加川師が、40歳で教会へお引き寄せ頂かれるようになられた戦後のこと、世の中は荒れており下駄を盗まれるという事が頻繁にあった頃です。教会へ参拝された際に加川師も何度か盗難に遭われました。初めは「神様に参っておかげを頂いて帰るのが通常なのになぜ下駄が盗まれるのだろう?」と不足に思っておられたそうです。

しかし、段々とみ教えを頂いていかれるうちに「自分には新しい下駄をはく資格がない。分不相応なのだ」と悟られたのです。そして「神様からお許しがあるまでは新しい下駄をはかない」とご修行を決め、何と自ら下駄を作って使用なさったのでした。

★禁酒のご修行、禁煙のご修行と自ら決めて神様にお願いしながらなさってゆかれました。遊びも一切やめるようにご修行を決められ、分相応の生活に改まってゆかれ、次第に家庭が円満になり、家の中も整ってゆくようになられたのです。ある時、妹さんが来られて、「これをお家の御神殿にお供えして下さい」と包装がしてある箱を持って来られました。

それを御神殿にお供えされ、お下げされて中を開けられますと、そこには何と新しい下駄が入っていたのでした。「長い間自作の下駄を履かせて頂いていたが、こうして有難いことに神様からお許しが頂けるようになったんだなあ」と思われたそうです。ご信心を頂かれて、改まっておかげを頂いてゆかれるご様子を、姉妹も近所の方々も見られ、有難いことが伝わってゆきました。加川師のお宅祭に近所の方々がお参りになられて、有難いお導きのおかげを頂かれたのでした。

★「本当の幸せ」とは神様に認めて頂いて、御神徳を頂いていくことです。どんなに困難なことが起きてきても「生神金光大神様、天地金乃神様」とおすがりして、乗り越えていける徳と力を頂くことです。ご修行を決めさせて頂いても、自分自身の力だけでは、なかなか出来ることではありませんね。そこを神様にお願いしてお取次ぎを頂き、足りないところを足して頂くことによっておかげを蒙るのです。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成30年の「み教え」