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2018年12月23日

●難儀をおかげにさせて頂く信心

先日あるご信者が、足首の怪我をなさって医師より「安静にして下さい。」と言われたのですが、90歳を越えられた親のお世話や家事など、様々にしなければならないことがあられ、じっと安静にしているというわけにはいきません。そこで、今日まで使わせて頂いてきた身体に御礼を申し上げ、何をするにも「金光様、どうぞさせて頂けますように。」と御祈念されながら、させて頂くべきことをなさっておられました。そうしますと、次に病院を受診させて頂きましたら、医師も驚かれえるほどに若い方と同様に早く怪我が回復して、完治なさっていたのでした。

★教祖様がお開きくださったこのお道のご信心は、『祈念祈祷で助かるのではない、話を聞いて助かるのである』とみ教え頂いております。一つ一つの出来事を神様におすがりしながら、御礼を申して取り組ませて頂きますと、難儀がおかげとなってゆくのです。難儀が難儀のままというのでは、氏子も助かりませんが、神様もお嘆きになられることでしょう。謙虚な心で日々み教えを頂き、改まりを重ねてゆくところに、何か事が起きてきても、おかげにさせて頂ける受け物が出来ていくのです。

★『あなた方はなぁ、精を出してお参りしなされや、遠方ならば大八車に徳を積んで帰りなされ、近くならば大広前へ参って井戸の水を汲むごとく徳を受けなされや。』

★昔は井戸の水を汲むということは、日課とされていたことです。それほどに、お参りをさせて頂くことの大切さを教えて下さっています。

★二代教会長伊藤コウ師のご母堂であるハル氏は、毎日風呂敷を手さげの中に入れて日参をなされていました。コウ師が「なぜ風呂敷を手さげの中に入れて参拝なされるのですか。」とお尋ねになりますと、ハル氏は「わが家のめぐりを包んでお参りして、お広前でそのめぐりをお取り払い頂いて、お徳を包んで持って帰らせて頂く。日々そういう心構えでお参りをさせて頂いているのですよ。」と仰ったそうです。私達も元気な心で日参と聴教に励ませて頂き、めぐりをお取り払い頂き、徳と力を積ませて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成30年の「み教え」