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2018年12月15日

●信心辛抱によって徳も力も大きくして頂く

明治6年、教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱されるこもあられませんでした。事前に神様のお知らせを受けておられたご内容をお守りなさったのです。『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』と神様はお知らせをなさったのでした。そして、『力落とさず、休息いたせ。』と神様は仰せつけられたのです。教祖様は、神様からのみ教えをただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。教祖様は、どのような状況にも人に心を向けられることなく、一筋に神様の仰せのままになさっておられる、ということが分からせて頂きますね。

★私達も毎日の生活の中で、神様がさせなさるご修行というものを経験することがあります。それぞれに神様から与えて頂いたご修行ですから、その間は辛抱させて頂くことが必要ですが、その辛抱によって徳も力も頂けるのです。例えば、家庭の上に、また家族の身の上に問題が起こってくるということもありますし、また仕事の上に問題が生じたりすることがありますね。その際に、人に頼ろうとしたり、人に対して愚痴不足を思ったりすることでは、徳も力も落としてしまいます。神様を一筋におすがりしてゆくところに、神様の思召しが分からせて頂くようになり、有難い未来が開けてくるのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成30年の「み教え」