金光教阿倍野教会ページ内リンク


2018年12月11日

●おかげを頂く受け物を作る

三代教会長先生が、あるご信者のお宅祭に行かれた時のことです。その家には、阿倍野教会のご信者のお知り合いの同業の方もお参りしておられたのでした。

★ご信者は、終戦後に商売を始められました時には、経済的に厳しい状態であられ、親戚からも借金をしておられました。二代教会長伊藤コウ師より「なるべく早く借金を完済しなさい。借金せずに商売をさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、半年で借金を返済されたのです。それからは、自己資本だけで商売をされ、借入金なしの方針で商売を続けてこられました。しかし、同業の方は、商売の初めから間口も広く構えられ、盛大に商売をなさっておられました。しかし、その方は、借金をして商売をなさっておられましたので、常に資金繰りに走り回っておられ、ご主人が店におられない状態であられたのです。そして、借金が嵩み、苦労しておられたのです。

★その方も親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、三代金光様に直々にお取次ぎを願われ、「長年信心しておりますが、なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか。」とお尋ねになったそうです。三代金光様は初めは何も仰らなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が…」とお尋ねになられました。すると三代金光様は、『何事も実意でな。』とみ教え下さったそうです。しかしその方は、「そんなことなら知っている。」と思ったと話されたのでした。その話を三代教会長先生がお聞きになられ、「普段より心からみ教えを頂かねば、何をお話ししても聞き入れる余地が無いのだなぁ。」と残念に思われたと言うことです。み教えの頂きようが足りませんと、どれほど有難いみ教えを頂いても、み教えの御意味を理解することはできないのです。それは自分自身の思い上がりや、ご無礼不行き届きが積み重なっている状態であり、受け物が壊れている状態なのです。神様がおかげを授けてやろうと願って下さっているのですが、受け物が壊れておりますと、おかげを受け漏らして頂くことができないのです。

★『天地金乃神は天地を一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成30年の「み教え」