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2018年12月05日

●日参と聴教の大切さ

あるご信者の娘さんが、目が見えにくくなられました。ご信者は二代教会長伊藤コウ師より、「お参りしてみ教えを頂きなさい。」とみ教えを頂かれ日参されました。日参を続けられましたが、娘さんの目はなかなか回復しないため、コウ師にお届けされました。すると、コウ師は「一日何回お参りしているのですか?」と聞かれました。ご信者は「1回です。」と答えられ、コウ師は「それでは、一日2回お参りしなさい。」と仰ったのです。

★ご信者は一日2回お参りしましたが良くならないとのことで、またコウ師にお届けされたのです。コウ師は「あなたは何を聞いているのですか?お参りしなさいと言っているのは、み教えを頂きなさいと言っているのです。み教えを頂いて生活に改まりが生まれなければ、お参りする意味がありません。1回で分からなければ、何回もお参りしてみ教えを頂きなさいと言っているのです。」と教えて下さったのでした。

★それからご信者は一日3回お参りして、み教えを頂かれるようになられたのです。コウ師は「あなたの家の台所の流し台を一度見てみなさい。ご飯や野菜のクズが落ちています。汚い汚い状態で放ってあるでしょ。」と仰いました。ご信者は帰って見直しますと、コウ師の仰る通りだったのです。ご信者は「お参りしているのに、なぜ良くならないのか」と思っておられ、み教えも聴いているつもりでしたが、本当に聴く事が出来ていなかったのです。そして見えていないのは、親である自分の目が見えていなかったのだと反省され、忙しさを理由に荒地荒屋敷きであった家を掃除され、改まってゆかれ、夜中参りまでされるほど熱心におすがりしきってゆかれたのです。なんと、娘さんは目が見えるようになられ、全快のおかげを頂かれたのです。その娘さんは現在80歳を超えられ、お母さんのご信心を受け継がれ、日参なさってみ教えを頂いておられます。

★参拝さえすれば、何の改まりをせずともお願いを聞き届けて下さるというのではありません。み教えを頂いて、自分自身が改まるということをしなければ、お参りしてみ教えを頂いていることにはなっていないのです。日々参拝し、お届けをしてお願いし・み教えを頂いて、自身を振り返り、改まらせて頂く機会を多く作らせて頂く事が大切です。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成30年の「み教え」