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2018年12月19日

●正しい願いを立て、ご修行に励むと明日以降が開ける

旧広前の前で八百屋を営んでおられた北浦兵一氏は、一本気な性格であられましたが、喧嘩っ早い方でもありました。借金がかさみ税金滞納に困って、参拝させて頂くようになられたのです。信心なさるようになってからは、北浦氏はお客様に喜んで頂けるようなお商売に改まってゆかれ、1年ですべての借金を返済されたのでした。また、釣りが趣味でよく出かけておられましたが、好きな釣りを止めて男ながら編み物をして、子供さん達にセーターを編んであげられるようにまで変わってゆかれたのでした。そして、3畳一間に住んでおられた家が2階建てに住めるようになられ、さらには、隣の土地を購入させて頂かれ、一軒の家を建てさせて頂くまでにおかげを蒙られたのです。

★北浦氏の信心をゆるぎないものにして下さったのが、長男さんの御病気でした。長男さんは4歳の時に転んで右足を強打し、結核性カリエス関節炎に罹られたのでした。お金がない為病院にも行けず、歩くこともできませんでした。二代教会長伊藤コウ師より、「長男さんは北浦の家の福子やから、大事にしっかり拝んで、迷わず信心しなさいや。」とみ教えを下さったのです。そして、三代教会長先生がお広前で、長男さんの右足に御神酒を吹いて下さったのでした。なんと、長男さんの足の腫れは治まり、歩けるようになられたのです。

★コウ師は北浦氏の三兄弟に対して、「長男さんは家のめぐりを一手に引き受けてくれている。二人が両脇から支えていかないとあかん。戦国の武将・毛利元就がわが子に教え伝えたという「三本の矢」のお話にあるように、一本の矢は難なく折れるが、重ねた三本の矢は頑丈で折れない。三兄弟が仲良く力を合わせていくんやで。」とみ教えを下さったのです。そうして、それぞれが信心を進め、どのようなことにも兄弟が力を合わせていかれ、今日子孫の方が勢信心のおかげを頂かれ、子孫繁盛のおかげを蒙られておられます。そして、御礼の宅祭を仕えられ、御礼の御用にお使い頂いておられるのです。

★『一心に信心致しましたら、明日のことがわかります。明日の事がわかりましたら、十日向こうの事が分かります。十日向こうの事がわかりましたら、百日向こうの事がわかります。一年先の事がわかりましたら結構じゃなあ。』(二代金光四神様のみ教え)
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2018年12月18日

●御恩を忘れない生き方

 先日の御本部参拝では、天候を初めとして万事御都合お繰り合わせを頂きました。午前中は晴れ、昼からは曇り、帰路のバスや列車に乗車の為に集合する時間には、傘がいらない程度で済ませて頂いておりましたが、その1時間ほど後には徐々に雨足が強くなってきました。帰阪させて頂いた時には本降りでしたが、夜中にはどしゃ降りになりました。一日の内に晴れ、曇り、雨と移り変わってゆく中で、大変有難い御都合お繰り合わせを分からせて頂いたことでした。

★「日々金光様の御取次によって、昼夜の別なくご祈念を頂いて、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂いております。毎日おかげを頂いて、無事に生活させて頂いており、したいこともさせて頂いております。有難いことでございます。ご神縁を頂いてから、何代にもわたって、今日までおかげを頂いてまいりましたのが、我が家でございますから、どうぞ、その御恩を忘れないような生き方がさせて頂けます様に…」と月々の御本部御礼参拝をさせて頂くのです。現在おかげを頂いているということは、その元があるからです。その元を忘れない生き方をさせて頂く、ということが出来てこそ、実意のある生き方、すなわち御恩を忘れない生き方となってゆくのです。それを私達は、毎回御本部参拝をさせて頂いて、改めて実感させて頂くことです。

★松山成三師は「信心には、やはり良い信心の仕方がある」とみ教え下されています。自分勝手なことに凝り固まってしまうと、段々と横道に逸れていくのです。正しいあり方・良い信心をさせて頂きますと、めぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂くと言う事にならせて頂けます。横道に逸れてばかりでは、めぐりを一つ、また一つと積み上げ、どうにもこうにも立ち行かんようになってしまいます。それでいて「まあこれでいいわ」と思って暮らしているようでは、神様はお喜びになりません。また霊様方もお喜びにはなりません。神様・金光様・霊様方に本当にお喜び頂けるような、ご信心をさせて頂くことが大切ですね。そのようにして、結構におかげを頂いていく家にならせて頂けるように、ご信心を共にさせて頂きましょう。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』

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2018年12月17日

●迷わず疑わず、どこまでも一筋に

工場で中心になって働いておられる方がおられます。機械を何時間動かせば、いくつ製品が出来上がるということや、それぞれの機械で不良品が出る率が、大体決まっているそうです。お仕事ですから、製品を期日までにいくつ納品しなければいけないというものも決まっています。期日までに時間を決めて稼働させて、時には残業をして頂くということもあられるそうですが、毎日毎日「どうぞ期日までに間に合いますように!」とお願いをなさっておられるのです。

★そんな中「どう考えてもこの期日までに間に合わない・・・」ということが出来てくるそうです。お教会で「機械の不具合がありませんように!御都合お繰り合わせ頂けますように!」とお願いなさっておりますと、きちっと期日までに、納品が出来られるおかげを頂かれるのです。そうして毎回喜んでお礼のお届けをなさるのです。

★三代教会長先生は「何事によってもすべてお願い申し上げて人に頼ることをせずに、神様におすがりをしていく、神様を第一にしていきましょう。ところが目に見えない神様におすがりするということが、なかなかどうもよく分からない。お願いしておったら届くんだろうか?という気が起こってくる。私もずっと子供の頃からお願いをし続けてまいりました。しかしご祈念しておったら、神様に届いておるのやら届いておらないのやら、さっぱり分からん思いがしたものです。(中略)

けれども分からないままでよろしいから、迷わず疑わずどこまでも一筋に「生神金光大神様、天地金乃神様・・・」とお願いをさせて頂いておると、段々段々とそれは確かに聞き届けて頂けるようになっていく。確信をもたせて頂けるように必ずなってくる。いつの日になるやらそれは分からん。けれども全く思いもよらない時、ハッと世界が開けてくる。今まで分からんなあと思ってきたことが、ふっと分かるようになる。それまで根気強く粘り強く、どこまでも願い続ける、ということが大事なことです」とみ教え下さっておられます。

★機械の都合も、人の都合も、時間の都合も、何もかもおかげを頂いていくのです。お取次を頂くということは、本当に有難くもったいないことですね。人間の力ですると思っておりましたら、無理が生じてきます。しかし、神様にお願いしてさせて頂きますと、おかげを頂くことが出来るのです。
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2018年12月15日

●信心辛抱によって徳も力も大きくして頂く

明治6年、教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱されるこもあられませんでした。事前に神様のお知らせを受けておられたご内容をお守りなさったのです。『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』と神様はお知らせをなさったのでした。そして、『力落とさず、休息いたせ。』と神様は仰せつけられたのです。教祖様は、神様からのみ教えをただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。教祖様は、どのような状況にも人に心を向けられることなく、一筋に神様の仰せのままになさっておられる、ということが分からせて頂きますね。

★私達も毎日の生活の中で、神様がさせなさるご修行というものを経験することがあります。それぞれに神様から与えて頂いたご修行ですから、その間は辛抱させて頂くことが必要ですが、その辛抱によって徳も力も頂けるのです。例えば、家庭の上に、また家族の身の上に問題が起こってくるということもありますし、また仕事の上に問題が生じたりすることがありますね。その際に、人に頼ろうとしたり、人に対して愚痴不足を思ったりすることでは、徳も力も落としてしまいます。神様を一筋におすがりしてゆくところに、神様の思召しが分からせて頂くようになり、有難い未来が開けてくるのです。
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2018年12月14日

●驕り、油断を取り去る

 昭和の初め、阿倍野教会に入所されたある修行生の方は、胸の病の治癒を願って、毎朝3時4時に起床され、阪堺電車の東天下茶屋駅から教会までの道路を竹ぼうきで掃除されるご修行を続けられたのでした。また、夏も冬も一重の着物で過ごされ、夜寝る時も夜具を使わず休まれるというご修行をなさったそうです。胸を病んでおられる方がそういうことをすれば、通常でしたら病気は悪化し倒れてしまわれても不思議ではないことです。しかしながら、ご修行を続けられた結果、徐々に病気は平癒され、ご布教を願われるまでになられたのでした。

★その際伊藤コウ師に、「私は、小さな借家住まいは性に合いません。応援しましょうと言って下さっている方がいますので、その方に土地も借りて木材も借りて、立派な教会を建てて布教しようと思っています。」と言われたのです。コウ師は、「あなたの考えはよくわかりました。それではあなたの思う通りになさったらよろしい。その代わり、今後一切あなたと阿倍野教会とは縁を切ります。あなたとの関係は、師匠と弟子でもない。そんな方針は阿倍野教会にはありませんから、道が違います。広い世の中、あなたと同じ考えがあるでしょうからそんなお師匠さんを探しなさい。」と仰ったのです。その修行生の方は「私の考え違いでありました。み教えを頂いて、目が覚めました。お許しください。人から借りて人に用意してもらうという事はいたしません。いくら外側の入れ物ばかり立派にしても、中身が伴わず、徳も力もない私ではお役に立ちません。」とお詫び申されたのでした。その方は心を改められて小さな家を借りられ、一から一つ一つ積み上げられ、布教所を開設されました。そして、7年後には次のお広前に移られて教勢発展を遂げられたのでした。

★「楽な方へ行きたい」「自分は正しいと思いたい」等々、自分の弱さ、おごりの心から目を背けず、日々お取次、み教えを頂いて、信心辛抱のお徳、ご修行のお徳を積ませて頂きまして、真の繁昌の道を歩ませて頂きたいと思います。

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2018年12月13日

●必死になっておすがりする

12月12日は、昭和36年に71歳でお国替えされました土井徳松氏の御命日でした。土井氏のご家庭では、長女・光子さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた折、病気全快のために、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然にも阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ、門をくぐられたのが参拝の始まりでした。

★初めて、二代教会長伊藤コウ師にお届けをされた時、コウ師より「娘さんが胸の病気ということですが、親が今、胸を悩まされているようなことはありますか?」と尋ねて頂かれたのです。土井氏はお米の卸し業と小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっていることをお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に無期限の定期を作ったと思って、後は催促はせずに時節を待たせて頂きなさい。その後のことは神様にお任せして、あなたはしっかりと信心をして、家の中が円満になるように、神様を杖にして娘さんの病気全快をお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。

★それからはご夫婦で熱心に、西区九条から日参されて信心に打ち込まれたのでした。すると、なんと今まで滞っていた売掛金を先方から未払いの分を2回に分けて、全て支払って頂けるおかげを頂かれたのです。また、同時期に長女さんの病気も全快のおかげを蒙られたのでした。

★その後、戦災に遭われ、奈良に移られました。全くの素人が一から農業を始められたので、稲作、畑作(スイカ・大根等)、果樹園の農作業の上に大変なご苦労をなさいました。ある時、スイカの苗が病気になった時には、バケツの水に御神酒を入れてスイカの苗にかけさせて頂き、泣きながら必死になって神様にお願いされたところ、苗の病気はなくなり、元気に成長することが出来たのでした。

★またある時には、たくさんのスズメが田んぼに実った稲穂を食べに来るので困られたことがありました。土井氏は、お礼とお詫びを申し上げた後に、「スズメも立ち行かなければなりませんので、どうぞスズメにも餌を与えてやって下さい。」とお願いなさったのです。そうしますと、隣の松林にたくさんの虫が発生し、今まで稲穂を食べていたスズメがその松林の虫を食べてくれ、お米も無事収穫させて頂くことが出来られたのでした。普通であれば、スズメに稲穂を食べられたら、スズメに腹を立ててしまいがちですが、そこをスズメの立ち行きをお願いなされたのです。

★人間ですから、不安や心配が起こってきますが、その不安や心配を神様にお預けして工夫をし、一心に神様におすがりさせて頂いておりますと、様々な苦難を万事におかげを頂いてゆくのですね。
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2018年12月12日

●真の信心にならせて下さい

 以前ある方が、二代教会長・伊藤コウ師から「タバコを吸わないようにご修行をしなさい」と、何度もみ教え頂いたにもかかわらず、どうしてもやめることが出来ませんでした。遂には、親先生をとび越えて自ら御本部に出向き、お取次を頂く手続きも無視して、三代金光様に直接「私はタバコを吸いたいのに、教会長の伊藤コウ師から止めるように言われております。いかがなものでしょうか」と、お届けした人がありました。御神勤下さっておられた三代金光様は、「吸わずに、頂かれたらよろしいでしょう」と、み教えになったということです。その頃まだお若かった三代教会長先生は、その方から直接その話をお聞きになった時に、「タバコを吸わずに、親先生のみ教えを頂くように」というご意味だ、と理解させて頂かれたそうですが、当の本人は、み教えのご真意を理解出来ずに、「ご祈念してタバコを吸えばいい!」と、言っておられたということです。本気でみ教えを頂く気がないということは、残念なことです。

★このお道は、「話を聞いて助かる道」だと教えて頂いております。「真の信心にならせて下さい」とお願いしながら、謙虚な心で日々み教えを頂き直し、改まりを重ねさせて頂かなければ、信心させて頂いているつもりでも、おかげの受けものは出来ていきません。天地の道理である、み教えを頂くことによって、見える範囲、聞こえる範囲に凝り固まろうとする、自分の殻を破って頂くのです。そうして、智恵が一層磨かれ、正しい判断がさせて頂けるようになり、心身健康で、周囲の人々とも円満に、自分一人では成し遂げられないような働きをも現すことが出来るようになってくるのです。

★『玉磨かざれば光なし、光なければ、石かわらのごとしというておるが、信心する氏子は本心の玉を磨いて信心せねばならぬ。鉄でも磨けば銀のように見える。金銀も磨かねば光がない。人間、万物の霊長なれば、本心の玉を磨いて、何事にも心がけをよくせねば、神様へ信心しておると思うても、人が信心なと見て敬うてくれず、わが身信心と思うほかなし。』

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2018年12月11日

●おかげを頂く受け物を作る

三代教会長先生が、あるご信者のお宅祭に行かれた時のことです。その家には、阿倍野教会のご信者のお知り合いの同業の方もお参りしておられたのでした。

★ご信者は、終戦後に商売を始められました時には、経済的に厳しい状態であられ、親戚からも借金をしておられました。二代教会長伊藤コウ師より「なるべく早く借金を完済しなさい。借金せずに商売をさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、半年で借金を返済されたのです。それからは、自己資本だけで商売をされ、借入金なしの方針で商売を続けてこられました。しかし、同業の方は、商売の初めから間口も広く構えられ、盛大に商売をなさっておられました。しかし、その方は、借金をして商売をなさっておられましたので、常に資金繰りに走り回っておられ、ご主人が店におられない状態であられたのです。そして、借金が嵩み、苦労しておられたのです。

★その方も親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、三代金光様に直々にお取次ぎを願われ、「長年信心しておりますが、なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか。」とお尋ねになったそうです。三代金光様は初めは何も仰らなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が…」とお尋ねになられました。すると三代金光様は、『何事も実意でな。』とみ教え下さったそうです。しかしその方は、「そんなことなら知っている。」と思ったと話されたのでした。その話を三代教会長先生がお聞きになられ、「普段より心からみ教えを頂かねば、何をお話ししても聞き入れる余地が無いのだなぁ。」と残念に思われたと言うことです。み教えの頂きようが足りませんと、どれほど有難いみ教えを頂いても、み教えの御意味を理解することはできないのです。それは自分自身の思い上がりや、ご無礼不行き届きが積み重なっている状態であり、受け物が壊れている状態なのです。神様がおかげを授けてやろうと願って下さっているのですが、受け物が壊れておりますと、おかげを受け漏らして頂くことができないのです。

★『天地金乃神は天地を一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。』
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2018年12月10日

●不成心を去る稽古

 論語物語の中に『自らを限る者』というお話があります。冉求(ぜんきゅう)という孔子の弟子は、孔子の優れた他の弟子と比べて、自分には特に優れたところがないと感じており、何とか彼らと肩を並べようと、小策を弄(ろう)したり言い訳をすることが多かったのです。そしてある時、孔子に「私には、真実の道をつかむだけの素質がないのです。本来、だめにできている男なのです。私は卑怯者です。偽りものです。そして…」と、やたらに自分をけなしたのでした。冉求自身も、負け惜しみや、ずるさから出る表面だけの謙遜であることを自覚しており、そうした弱い部分を改まりたいと一方で思いつつも、悪い癖が孔子の前で露呈されてしまったのでした。

★孔子は、「お前は、自分で自分の欠点を並べ立てて、自分の気休めにするつもりなのか。そんなことをする隙があったら、なぜもっと苦しんでみないのじゃ。お前は、本来自分にその力がないということを弁解がましくいっているが、本当に力があるかないかは、努力してみた上でなければわかるものではない。まだ試してもみない自分の力を否定するほどの悪はない。それは、天に対する冒涜(ぼうとく)であり、生命そのものの否定を意味する。本当に求道心が燃えておれば、自他におもねる心を焼き尽くして、素朴な心に返ることができる。」と諭され、冉求は清々しい心で求道の一歩を踏み出すことが出来たというお話です。

★不成心とは?
1、偽りの心…神様、人、自分の神心に対しての偽りの心。
2、私心…私利私欲、自己中心的な考え。
3、放らつ…勝手気まま・わがまま。人から言われる事を受け入れない。
4、奢りの心…おごり、慢心。自分がするという心。私には出来ないと卑下して、慢心する心。

★人間の心というのは、一心に願っているつもりでも、心配や不安などの不成心が湧き出てくるものです。それが人間の弱さです。だからこそ、日頃からの信心が必要不可欠であるです。日参と聴教に励ませて頂き、不成心をお取り払い頂いて、一心にならせて頂く稽古が大切なのですね。

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2018年12月09日

●ご両親の信心を受け継がれて

昨日はみかげ会例会が開催され、田口氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★田口氏の家のご信心は、昭和二十四年にご両親が阿倍野教会にお引寄せ頂かれたことから始まりました。お父様が薬局をするための家を探しておられ、中加賀屋と鶴見橋のどちらか悩んでおられた為、親先生にお届けなされましたら中加賀屋について「水はどうですか?」というお言葉を頂かれたのでした。

鶴見橋に転宅後、大阪を台風が通過し、中加賀屋は水につかり、それまで住んでいた阪南町の家は壁が落ちたにもかかわらず、鶴見橋は何の被害もなかったそうです。このおかげを頂いた事を契機に、お父様は朝参りを続けられ、薬局に来られたお客様にお道の信心の有難さをお話しするようになられました。

★お母様は79歳の時に、重い便秘からS字結腸が破裂し、敗血症になられました。医師から「あと一時間半の命」と言われたそうですが、入院なさった病院に、大阪では二か所しかないという血液から細菌をろ過する機械があり、そこから一か月半ろ過を続けて頂いたそうです。ろ過を始めて一か月が過ぎたころ医師から「細菌は少なくなってきましたが、血小板が異常に少なくなり、出血している血管から血が止まらなくなり、あと数日の命です」と説明があったそうです。

その時に田口氏は、「血小板を輸血して欲しい」と必死に頼まれ医師より「血小板の予備があればやりますが、なければ諦めて下さい」と言われたそうです。運よく血小板の在庫があり、お命を助けて頂かれたお母様は今年で99歳を迎えられました。

★田口氏ご自身は入社なさった製薬会社で、終業後の勉強会に参加されたり実験をなさった結果、薬学の博士号を頂かれ、医薬品を開発なさったり、後進の指導をなされ、大きなお役に立たれたのでした。田口氏は今後もご信心を磨かせて頂いてお礼の信心・恩返しに励ませて頂きたいと願われておられます。ご両親ご先祖の祈りや願いを一心に受けられ、有難く喜んで信心相続のおかげを蒙っておられるお姿を拝見させて頂き、真に有難いことでした。
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2018年12月08日

●どこまでも神様におすがりしきってゆく

 12月6日は中井氏のご命日であられました。中井氏は、心筋梗塞、脳梗塞を患われましたが、熱心な信心のお徳により、両疾患とも全快根切れのおかげを蒙られたのです。心筋梗塞を患われた際には、一か月入院治療を受けられました。入院中の日記には、「御庇礼の高い教会の親先生のお祈りを頂きながら、ようおかげを受けん鼻たれの信者ではいけない。私は鼻たれの信者にはならない。阿倍野教会の信者である。信心がぼけるとおかげがぼける。 退院をするには、病気に打ち克って治さなければならない。何としてでもおかげを頂かねばならない。み教えを求め、目的に信念に燃える心、これが元気な心だ。神様にすがる、一心にすがるということだ。」と、病床にありながら自らの信心を奮い立たせておられたのでした。

★退院後もしばらくは、発作を抑えるためのニトロールという薬を、いつも持ち歩くことになられました。しかし、「御本部参拝で病の根を置いて帰らせて頂き、根切れのおかげを頂きたい。」と強く願われ、「御神酒と御神米でおかげを頂かせて下さい。」とお願いなさり、ニトロールを携帯せずに参拝されたのでした。すると、ご霊地で発作が起こったのです。中井氏は、「金光様、金光様」と御祈念なさり、御神米と御神酒を頂かれ一心におすがりし、帰りの車中では大祓いの詞を53巻奉唱なさって、無事家に帰り着かれたのでした。なんとそれからは、生涯発作が起こることなく、全く後遺症なしに根切れの大みかげを頂かれたのです。

★また、脳梗塞の時には、両手両足の麻痺、言語の障害が現れました。入院し治療を受けられましたが、造影検査をすることも難航し、薬を取り寄せなければ検査できない状態になりました。 しかし、その間に中井氏は夢の中で、御本部で二代教会長先生と三代教会長先生と一緒に、金光様のお出ましを拝ませて頂いている光景を見られたのです。二代教会長先生と三代教会長先生が前に立って最敬礼しておられ、その後ろに中井氏が拝んでおられた夢でした。目が覚めて「今夢を見た。金光様のお出ましを拝んでいる夢だったなあ…」と思ったらその時、「金光様お出まし…」と口から言葉が出たのです。横で休んでおられた奥様がびっくりなさって「どうしたのですか?」と聞かれますと、中井氏は見られた夢の内容を話されたのです。

★今まで話すこともできない、嚥下も出来ない状況であられたのに、話すことができられるようになられ、朝にはストローで牛乳を飲むことが出来、翌日には教会から月例霊祭のお下がりで頂いたバナナを二回に分けて食べることが出来られたのでした。さらには、麻痺していた身体も動くようになられたのです。後になって調べてみますと、頸部の詰まった太い血管はそのままでしたが、詰まった血管を回避して新しい血管が出来て、血液が流れていたのです。そして、後遺症なくリハビリする必要なしに、全快なさって退院させて頂くことが出来られたのでした。

★常々心を神様に向けて、御霊地を思い浮かべて御祈念させて頂く稽古をなさっておられましたから、病床にあっても常と変わりなくさせて頂くことが出来られたのです。どんな時にも神様におすがりしきってゆくところに、神様の御庇礼が現れてゆくのですね。

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2018年12月07日

●ご先祖・ご両親の信心のお徳の中でお守りを受け続けている今日

5日は、真栄根会例会が開催され、乾氏のおかげ話を聴かせて頂きました。

★今から80年程前に乾氏のお祖母様が、息子さんの重い病気を療養するため、阿倍野の地に引っ越したことから、ご神縁を頂かれお参りされるようになられました。回復を願われて一心にお参りされたそうですが、息子さんは12歳という若さでお国替えされました。その時、二代教会長伊藤コウ師より「病弱な子供は神様がお引き取り下さり、元気な子供を遺して頂いたのだから、お礼を言いなさい。」と厳しいみ教えを頂かれました。お祖母様は、初めはとてもそんな気になられなかったそうですが、少しずつお礼を申す稽古をされたそうです。

★乾氏のお父様は、肺結核で苦しんでおられた処、ご縁を頂かれて乾氏のお母様と結婚され、教会に入所させて頂かれるまでに回復のおかげを頂かれました。

★平成25年7月20日、乾氏のお父様は、お仕事の帰りに帰宅するなり、倒れてしまわれました。お父様は呂律が回らなくなり、乾氏はすぐに脳梗塞だと思われました。すぐに救急車で病院に搬送されました。お父様は、意識もあり立って歩くことも出来られましたが、思った言葉を喋ることが出来られませんでした。それから乾氏は、回復を願われて毎朝お届けされ、、姉弟三人でお世話させて頂かれました。その後リハビリの為転院され、発症から4ヶ月後に無事退院のおかげを頂かれました。遡ること発症から三年前の平成22年7月20日、乾氏の奥様もお父様と同じような症状を訴えておられました。病院で診察されますと、医師より脳梗塞と診断され、すぐに大きな病院を紹介されて入院されました。幸いにも手術することなく、投薬のみで治療することを決めて頂かれ、約一か月の入院で回復のおかげを頂かれたのでした。何より、お父様と奥様が偶然にも、同じ月日に同じ脳梗塞を発症され、神様が時間と病気を半分に分けて下さり、夫々一番軽い状態でおかげを頂かれたことに気付かれたのでした。

★教会で御用させて頂かれたご両親の元で、生まれる以前から祈って頂きお育て頂かれた乾氏は、お仕事の上にも家庭の上にも何不自由なくおかげを頂かれ、この有難いご信心を子孫に伝えさせて頂けますよう、日々願っておられるのです。
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2018年12月06日

●本気で願う姿勢

 『病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸替えをするのに八・九分替えて退屈してやめれば掃除はできぬ。それでやはり水は濁っているようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで一心にまめで繁昌する様に元気な心で信心をせよ。』

★二代教会長・伊藤コウ師が、「日を切ってお願いする」ということについて、神様にご祈念なさり、お伺いなさったところ、「計画をきちんと立てて旅行に行くようなもの」と、教えて頂かれたということです。きちんと計画を立てない行き当たりばったりの旅行は、どこで寄り道するかも知れず、思いもよらないところで長期滞在したくなるかも知れず、果てはいつ帰ってくるかも分からない・・・というような、あやふやなものになりかねません。責任のある者はそんなことはしていられません。「いつ何処へ行って、何をして、何日までに帰ってくる」ということをはっきりさせて、自分の為すべきことをのです。お願いも、願い主である自分自身が、願いに向かって最大限の努力をさせて頂くことが大切ですと、教えて下さっておられます。

★日を切ってお願いさせて頂くことによって、神様に本気で一心におすがりさせて頂けるようになり、不足、気ままを言ってよそ見をする事もなく、お広前に一心に向かわせて頂けるのが、有り難いのです。どこまでも諦めず、日々、一言でも多く、真剣にみ教えを頂いて、それぞれに頂いている神心に曇りが掛からないように、日々磨かせて頂きたいと思います。

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2018年12月05日

●日参と聴教の大切さ

あるご信者の娘さんが、目が見えにくくなられました。ご信者は二代教会長伊藤コウ師より、「お参りしてみ教えを頂きなさい。」とみ教えを頂かれ日参されました。日参を続けられましたが、娘さんの目はなかなか回復しないため、コウ師にお届けされました。すると、コウ師は「一日何回お参りしているのですか?」と聞かれました。ご信者は「1回です。」と答えられ、コウ師は「それでは、一日2回お参りしなさい。」と仰ったのです。

★ご信者は一日2回お参りしましたが良くならないとのことで、またコウ師にお届けされたのです。コウ師は「あなたは何を聞いているのですか?お参りしなさいと言っているのは、み教えを頂きなさいと言っているのです。み教えを頂いて生活に改まりが生まれなければ、お参りする意味がありません。1回で分からなければ、何回もお参りしてみ教えを頂きなさいと言っているのです。」と教えて下さったのでした。

★それからご信者は一日3回お参りして、み教えを頂かれるようになられたのです。コウ師は「あなたの家の台所の流し台を一度見てみなさい。ご飯や野菜のクズが落ちています。汚い汚い状態で放ってあるでしょ。」と仰いました。ご信者は帰って見直しますと、コウ師の仰る通りだったのです。ご信者は「お参りしているのに、なぜ良くならないのか」と思っておられ、み教えも聴いているつもりでしたが、本当に聴く事が出来ていなかったのです。そして見えていないのは、親である自分の目が見えていなかったのだと反省され、忙しさを理由に荒地荒屋敷きであった家を掃除され、改まってゆかれ、夜中参りまでされるほど熱心におすがりしきってゆかれたのです。なんと、娘さんは目が見えるようになられ、全快のおかげを頂かれたのです。その娘さんは現在80歳を超えられ、お母さんのご信心を受け継がれ、日参なさってみ教えを頂いておられます。

★参拝さえすれば、何の改まりをせずともお願いを聞き届けて下さるというのではありません。み教えを頂いて、自分自身が改まるということをしなければ、お参りしてみ教えを頂いていることにはなっていないのです。日々参拝し、お届けをしてお願いし・み教えを頂いて、自身を振り返り、改まらせて頂く機会を多く作らせて頂く事が大切です。
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2018年12月04日

●有難い心は周囲をも助ける

 今年の5月24日の羽衣教会の御大祭の時のことです。いつものように車を運転して頂いて、奥城に参拝させて頂いてから、無事に羽衣教会に到着しました、ご祭典を拝ませて頂き、祭典後のお説教の御用にも無事お使い頂き、さあ帰らせて頂こうという段になりました。すると、車のエンジンがかかりません。調べてみますと、車のバッテリーが弱っていたのでした。他の車からケーブルをつないで頂き、充電をしてみても動きませんので、車のディーラーに連絡を取り、替えのバッテリーを持って来て下さることになりました。

★代わりのバッテリーが届き、交換して頂いて教会まで送って頂き、教会まで到着させて頂きました。ディーラーの方からお話を聞きますと、4年ほど使っていますと、少し前に点検をして異常がなかったにも関わらず、突然に前触れもなくバッテリーが上がってしまうことは近年よくあるそうです。後になって考えてみますと、往復の道中で止まってしまうのではなく、たまたま駐車場で事が起こったこともおかげでした。

★その際に思い出したことがありました。ある夏の暑い日、三代教会長先生が京都方面に宅祭に行かれた時のことです。私は随行の御用にお使い頂きました。宅祭の帰り道で車のエアコンの具合が悪くなり、エアコンを切って走行せざるを得ない状況になりました。その日は37度を超える猛暑で、天王山トンネルに入りますと、渋滞で車が徐行するようになり、外気も入れられず、車内は40度を超える大変厳しい暑さになったのです。三代教会長先生は決して不足を申されずに、「車は結構やなあ。有り難いなあ。」とずっと御礼ばかり申されておられ、運転の御用の方も、随行させて頂いた私も、心が救われる思いで大変有り難かったことを思い出しました。

★皆が助かっていくように範を示して下さったのですね。自分自身が本当に有難い心にならせて頂かねば、周囲も有難い心にはなっていきません。日々のご信心がいざという時にそうして表に出てくるのです。私達もそのご姿勢を間近に見せて頂いて、自分自身もおかげを頂かねばならないなあと思わせて頂きました。

★『初めに聞いて有難かった話が、いつ聞いても有難かったら病なしの信心である。初めに聞いて有難かった話が有難う聞けぬようになったら病の信心である。病の信心にはおかげはない。三つの歳に食べた米の飯が、三十、五十になってもおいしかったら病気はないのである』

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2018年12月03日

●親から子へ伝えるべきこと              

先日も誠に有難い御礼のお届けがありました。

★あるご信者ご夫婦が、息子さん家族のお宅を訪ねられたそうです。すると、小学生のお孫さん達が食事を頂く前に、「お父さん・お母さんが一生懸命働いて下さるおかげでご飯が頂けます。有難うございます。」と御礼を申してから頂かれていたのです。それを聞かれたご信者は、有難い信心に基づいた生活が子から孫に伝わらせて頂いている事が、大変嬉しく有難く感激なさったそうです。

★また、あるご家庭では、この度お母さんが抗癌剤治療を始められることになったそうです。毎日薬を飲む生活をしておられます。その中で、お母さんは「天地のお恵みから作って頂いた、この薬を飲ませて頂いる事がどれ程有難いことか、素晴らしい治療を受けられる事が、どれ程有難いことか」を毎日子供さん達に伝えておられるそうです。お母さんが抗癌剤の治療を受けられるという事は、学生の子供さん達にとっては、とても不安なことでしょう。しかし、お母さんご自身が不安そうに、将来を心配して暮らすのではなく、有難く拝んで服薬をされている姿を見させて頂けるという事は、ご家族にとっても大変有難いことですね。

★日々の家庭生活の中に、様々なところで信心教育がさせて頂けているという事は、真に有難いことです。それは、真心を育てる、ということです。神様から頂いた尊い真心を、大きく育てさせて頂けるような、親としての徳と力が頂けるように願わせて頂きましょう。

★『わが子のかわいさを知りて、神の氏子を守りくださることを悟れよ』
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2018年12月02日

●お礼の見直し

 先日あるお方が、お礼のお届けをなさいました。車の運転中、突然意識を失い、気が付いたらガードレールと立ち木にぶつかって停止したのだそうです。車は大破したそうですが、骨折もなく、レントゲンの結果どこにも異常のないおかげを頂かれたのでした。左折の準備の為に、車を一番左車線に寄せて走っていましたし、速度も落としていた時だったので、そのような最小限の被害で済ませて頂かれたのでした。無意識のうちの、突然の出来事ですから、意識を失うタイミングが少し違えば大事故になっていたかもしれない中を、ご都合お繰り合わせを頂かれたことに、お礼を申しておられたことでした。

★この一年、目に見えるおかげ、知ったおかげ以上に、目に見えないところ、知らないところで、どれ程のお守りを頂き、おかげを頂いてきたことでしょうか。お世話になったら、即お礼をさせて頂き、お礼を後回しにしないことは、めぐりを積まず、お徳を積ませて頂く生き方の元です。もし、人から何かお借りした時には、期日の三日前にはお返しするように、教えて頂いております。それは、早くお返しすることで、相手に安心して頂くことができ、それが、こちらの真心を現すことになるのです。年を越すにあたって、ご無礼不行き届き、お礼のし忘れということのないように、行き届いてお礼の見直しをさせて頂きたいと思います。

★『信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ。』

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2018年12月01日

●御礼の申す稽古

おかげを頂きまして、本日師走を迎えさせて頂きました。
一年間365日のうちの334日を終えさせて頂き、残すところ31日です。

この一年間を振り返らせて頂きますと、どれ程結構なおかげを頂いてきたでしょうか。大きな事故怪我過ちなく、日々お仕事をさせて頂き、あるいは学校に通わせて頂き、年末を無事に迎えさせて頂くということは、決して当たり前のことではありません。

★日々すべてにご都合を頂いて、100のうち99おかげを頂いているのですが、その御礼を申すことよりも、目の前に起きてくる1つの物事に心がとらわれてしまいがちです。そして、心がとらわれてしまいますと、我の心である心配や不安や腹立ちや憎しみが先に出てしまうのです。

そうしますと、御礼の心は薄れてゆき、さらには御礼を申すことさえも忘れてしまうのです。我の心というのは、油断をしますとすぐに生み出されます。神様中心の生活から放れてしまいますと、我の心が多くなってゆくのです。

だからこそ、日々神様に心を向けて、心の在り方を整え、御礼を申す稽古が必要なのです。御礼の心が大きくなればなるほど、我の心は治まってゆき、心が開け豊かな心にならせて頂くことができるのです。今日一日今日一日を大切に御礼の心に満ち満ちて、師走を迎えさせて頂きましょう。

★『お願い一ぺんにお礼十ぺんというようにお礼を言う心が 厚い程、ご信心が厚い。ご信心が厚い程おかげが厚い。』

『神を拝礼するのに別に決まりはない。実意・丁寧・正直・真一心がかなめである。日々生かされているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身で、知らず知らずにご無礼、お粗末、お気障りなどしている道理であるから、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい。』

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