金光教阿倍野教会ページ内リンク


2018年11月03日

●自分の中から尊いものを生み出す

松山成三師は、戦後満州・大連より、ご夫婦が着の身着のままで引き揚げて来られました。お子達とも離ればなれになったままで内地に引き揚げてこられ、まだお住まいも定まらない状態であられた時に、お道の教師の方々に対して講演をなさられたのでした。三代教会長伊藤良三師は、その講演を聴かせて頂かれたのです。

★松山先生のお話が終わられますと、その場にいた先生方が「これから後はどこに落ち着かれるのでございましょうか?」と質問されました。すると松山先生は「毎日、神様がお使い下さるままに、来いと仰る所へ参ります。京都へ来いと言われたら京都に行かせて頂きますし、大阪に来いと言われたら大阪に参りますし、御本部に留まれと言われたら御本部で御用させて頂きます。その日その日、今日一日、御用にお使い頂くことだけを考えております」と仰ったのでした。さらに、松山先生は「着ることでしたら着の身着のままですけれども、今着てるものがございます。当分これでいけます。食べることでしたら、私共は年寄り夫婦二人のことでございますから、何か少しでもあれば二人で分けて頂きます。何もなければ断食のご修行をさせて頂きます」と仰ったのでした。

★そうして、日本に帰られた時も、後のことは全て神様にお任せして、今日一日どのように御用にお使い頂くか、そればかりを一生懸命考えて御用にお使い頂いておられました。すると、それから一年も経たぬ間に、時は終戦直後の混乱期で、何もかも無い無い尽くしの時代で、建築資材も不足していたにも関わらず、檜造りの立派なお広前が完成し、岡山中部教会の初代教会長となられたのでした。三代教会長先生は是非参拝したいと思われ、岡山中部教会に参拝なされ感心なさって帰られたのです。

★お伽噺の中に、様々な欲しいものが出てくるとされる「打ち出の小槌」がありますが、実は自身の心の中に「打ち出の小槌」はあるのです。お金や物や人に頼らず、「命のある限り、しっかり神様の御用にお使い頂きたい!」と願わせて頂きますと、神様はどこまでも元気で御用に使って下さり、衣食住等は神様が全て整えて下さるということが分からせて頂けますね。神様から与えて頂いた心と身体が健康であれば、気力と体力を十二分に発揮させて頂くことができ、自身の中に神様から頂いている有難い尊いものを、いくらでも表すことが出来るのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 平成30年の「み教え」