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2018年10月04日

●信心の辛抱を強くせよ

教祖様御在世中のことですが、片岡次郎四郎師は月々14里(約56キロ)の道を歩いて御本部へ参拝なさっておられました。教祖様が御帰幽になられるまでの16年間に、月参拝を欠かさず続けられたのですが、初めの12年間は、家の者が病気になったり、留守宅に問題が起こったり、天気が悪くなったりと、参拝に差し支えるようなことばかり起きてきたそうです。

しかし、その中を繰り合わせて参拝させて頂かれますと、教祖様はいつもニコニコと迎えられて、「道が悪くて困ったじゃろう」「えらかったなあ(大変だったなあ)」というような事は一切おっしゃらず、「よう参られた。良い修行であったなあ。おかげを受けたなあ。」と仰って、その信心ぶりをお喜びになられたのでした。

★片岡次郎四郎師は勝手参りではなく、教祖様から「来月は〇日に参拝しなさい」と決めて頂かれていたのですが、12年間の神様のお試しの中でも、天候気象の都合や、自身や家族の中で色々と問題があられる中、欠かすことなく有難く参拝を続けられたことにより、めぐりを取り払って頂かれ、神様からご信用を頂かれまして、それから後は楽々と参拝のおかげを頂かれたのでした。

★『神参りをするに、雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ』自分を悪い方へ向けてしまう元とは、おごりや慢心や油断です。「しんどいなあ」「めんどくさいなあ」「仕方ないから」というような思いでの参拝は、決して結構になっていきません。

いつも有難く、先を楽しみに信心させて頂きますと、一回一回の参拝で有難いお徳を頂けるのです。心の洗濯をして頂くつもりで、どこまでも謙虚に、毎日の日参と聴教を続けさせて頂けましたら有難いですね。

★『何事も辛抱ということが肝心である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。中には、やけを起こして信心をやめる人がある。気の毒なことである。(中略)ただただ、信心の辛抱でおかげが出るのである。神様からおかげが出ると思わずに、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。』

posted by 金光教阿倍野教会 at 06:10 | 平成30年の「み教え」