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2018年08月31日

●我を出すことなく…

昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に、三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことを、あらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、20代であられたご長男・金光鑑太郎様は腹が立って腹が立って、ある日、お母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。その時に鑑太郎様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。」と気付かれたのでした。三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさっておられたのです。

★「私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。金光様は少しもお変わりになっていない。ただ段々とお年をお取りになっている。」と後になって鑑太郎様は残しておられます。お子様がお国替えなさった時にも、お結界をお下がりになられることなく、お結界でお取次ぎの御用をなさっておられたのです。三代金光様は、日々「自分を出さない」ということを徹底的に心掛けておられたということです。

★どんな瞬間でも神様に心を向ける稽古をさせて頂いておりますと、何か事が起きてきた時に心が乱れることなく、神様のお心が分からせて頂くことができるのです。ご家庭でも、どこでもどんな状況でも、ご自分の感情を表に出されることなく、我を放す稽古を徹底してなさり、常に神様に心を向けておられたということです。大きな願いをお立てになられて、教祖様、二代金光様のご信心を頂いておられたという事が分からせて頂きます。
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2018年08月30日

●神様と共にさせて頂く

 教祖様が、大人2人以上で取り掛からねば、ひけないほどの大きな唐臼を、教祖様お一人でひかなければならないことがあられました。神様が「手伝うてやる」と仰られ、「休め」と教えて頂けば急に唐臼が回らなくなり、「今ひけ」と言われてひき始めると回りはじめたのでした。そして息が切れずに多く唐臼をひく事が出来られたということです。

★物事の大小にかかわらず、全てにお願いをさせて頂けば、神様が手伝って下さるのです。「この出来事を通しておかげを頂けよ」「この出来事を通して家族中が結構になっていくように、有難いご信心に進ませて頂きなさいよ」と出来事を通して教えて下さるのです。ですから、『出来てきたことは皆おかげである』『難はみかげである』ともみ教え下さっているのです。

★この『難はみかげである』というみ教えは三代金光様が残して下されたみ教えです。三代金光様は、数え年14才というご年令で、学校への通学をおやめになって、お結界で奉仕をなされたのです。『初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事であります。』と後に残されておられます。神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方のお手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★『何事にも無理をするな。我を出すな。わが計らいを去って神任せにせよ。天地の心になっておかげを受けよ』とみ教え頂いておりますが、無理をするとは自分でしようとすることです。「自分がする」と思ってわが力でしてしまいますと、無理が生じてくるのです。「徳と力もなく、行き届いたことが出来ず、まだまだ至らないところがたくさんある私でございますが、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のお徳を頂けますように」と謙虚な心でお願いしてさせて頂けば、有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。

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2018年08月29日

●目・耳・口の葉刈り

8月は「葉刈りの信心」と教えて頂いております。葉刈りとは、枝葉が伸びた木の風通しを良くしたり、虫が付くのを防いだり、要らない方向に伸びたものを切って形を整えるために行います。私達人間も、年々少しずつ変化しております。ですから、日々生活を見直させて頂き、驕りがましいところのないように改まらせて頂いて、無理・無駄・ムラを省く「葉刈りの信心」をさせて頂くことが必要です。

★まず、私達の目、耳、口の葉刈りをさせて頂き、良いところを見て、良いことを聞き、良いことを口に出すことを心掛けさせて頂きましょう。つまらないことや、人の悪いところばかり見ないで、人の良いところを見て、聞いて、伝える努力をしていくのです。そのために、一回でも多く教会に足を運ばせて頂き、神様に御祈念し、心を神様に向けて一言でも多くみ教えを頂いて、心を洗い、心の掃除をさせて頂きましょう。

★「管子」の中に、『四体(したい)既に正しく、血気既に静かなれば、一意専心、耳目淫(じもくいん)ならず』という言葉があります。これは、「身体を健全に姿勢を整えて、はやる気を抑えて冷静になって、一つの事に精神を集中すると、他のくだらないことは耳にも目にも入らなくなる。」という意味です。神様に御祈念させて頂いて、邪心(横道へそれる)をお取り払い頂き、集中して物事に取り組めるように、心と姿勢を整えて頂くということはとても大切なのです。そして、実意丁寧にご祈念させて頂くことを稽古してゆきますと、神様と通じてゆくようになり、神様からお伝え下さる瞬間が多くならせて頂けるようになるのです。

★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ』
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2018年08月28日

●おかげは真に映る影

 平成2年1月末のことです。ちょうど、宿直の御用の日、深夜に電話のお届けを受けました。

★あるご信者が、心筋梗塞と、脳梗塞を併発し、入院先の医師から、「あと、2、3時間の命かもしれません」と、宣告されたということでした。電話をしてこられたご家族の方に、「こんな時こそ、家族で心を揃えて神様にお願いさせて頂くのです。2、3時間の命と言われたのならば、2、3日に延ばして頂き、更に2、3週間に、また2、3ヶ月に、そして2、3年にと、おかげを頂かれるよう、しっかり神様に心を向けてお願いさせて頂きましょう」と、お話しさせて頂いたことでした。ご信者のご家族は、一生懸命、心を揃えて神様におすがりさせて頂かれました。すると、見事に回復させて頂かれ、およそ1ヶ月後の3月3日に無事退院、後遺症もなしに、元通りの生活がさせて頂けるまでにおかげを頂かれました。そして、2年8ヶ月お命を延ばして頂かれ、80才8ヶ月でお国替えなさるまで、有難いおかげを頂かれたのでした。

★私たちは、天地全体をお守り下さる親神様をご信心させて頂いているのです。どんなに難しいと思える問題でも、私達氏子が、今日までのお礼とお詫びを丁寧に申し上げ、真心から一心にお願いさせて頂けば、必ず神様に通じていきます。「こんなことはお願いしても無理だろう・・・」というような、不成心を取り去り、真心をもって一心に神様におすがりすることが、私氏子としての実意なのです。

★『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ』

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2018年08月27日

●根気強く願い続ける

細菌学者の野口英世博士が梅毒ウイルスを発見された時、10000枚の標本を用意され、毎日根気強く見続けられた結果、9996枚目で発見出来たそうです。その後に最初から見直しますと、全てにそのウイルスを見出すことが出来られたということです。今まで断片的に黒い点としか見えていなかったものが、何度も見続けることにより、立体的に頭の中に浮かび、それが梅毒ウイルスであることが分かられたのです。

根気強く継続なさるその熱意が、大きな発見が出来られた元だと考えさせて頂きます。京都大学総長であった方が、「根気強く続けてゆくということは、不可能を可能にする。野口英世氏は天才ではないが、尊い鈍才、恐るべき鈍才である。超人的な努力家である」と評されました。

★私達の生活も同じですね。何事もお願いさせて頂いても、すぐに理想の形になっていくということはありません。結果が出ない中でも、信念をもって根気強く願い続けさせて頂きましたら、分からなかったことが段々と分かるようにならせて頂けます。自分自身が進歩向上させて頂いているということです。有難いですね。

どういう風にさせて頂きましたら、理想の姿になっていけるのかと見出せない中にありましても、真剣にお願いをさせて頂いて、取り組ませて頂いているうちにだんだんと開けてくるものがあるのです。それを楽しみにさせて頂けばよいのです。

★「真の信心をさせて頂ける信者にならせて下さい」とお願いさせて頂くことが大切です。人間が成長していくには時間が必要ですし、努力も工夫も辛抱も必要です。辛抱強く願い続け、根気強くみ教えを頂き続けるということが大切です。自分自身の心が神様に向かわせて頂いて、日参と聴教により、有難いことを分からせて頂き、正しい心・神心を養ってゆく、ということにならせて頂けますよう、おかげを蒙らせて頂きましょう。

★『肉眼をおいて 心眼を開けよ』

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2018年08月26日

●日々生まれ変わる自分

 昨日は、学生講演会が無事開催され、中学生・高校生・大学生6名の学生さん方の有り難い講演を聴かせて頂きました。老若男女を問わず、大勢の方々が参拝なさり、学生さん方の純真、熱烈、素直なご信心に触れさせて頂き、おかげを蒙られたことは、真に有り難いことでございます。

★同じお話を聴かせて頂くのでも、幼少期に聴くのと、青年期、壮年期、老年期に聴くのとでは、頂き方が異なってくるものです。経験の違い、心の成長の度合いなどによって、自分に受け取らせて頂けるもの、心に響く内容が違ってくるのです。また、昨日の自分より今日の自分は、一歩ずつでも進歩向上させて頂けるよう、信心が進ませて頂けるように、真剣に願っていけば、そのようなおかげを頂くことが出来るのです。日々心を新たに、改まりを願い、心の成長、信心の成長を願わせて頂くことによって、自ずと時間を大切に出来るようになり、目の前に起きてくることを、有り難いご修行とさせて頂くことが出来るのです。

★三代教会長先生が十代の頃、日常の心得として決められた事
(1)何事も好きなことをするつもりでさせて頂く。(好きなことをする時には、時間も忘れ、疲れも覚えず、ひたすら一心になることが出来る)
(2)今日出来ることを明日に延ばさない。(するべきことを先延ばしにせず、時間を大切にして、先手を打って準備できるように)
(3)足るを知る。(分相応を過ごさないように、今ある環境を喜んで生活させて頂く。)
(4)目前の事に迷わない。(み教えに沿った判断をさせて頂く。)
(5)腹が立てば、三度「金光様」と御祈念する。(三度で治まらなければ、治まるまで何十回でも御祈念させて頂く。)

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2018年08月25日

●真という種を蒔く

三代教会長先生の同期で、子供会の頃から共にご信心なさり、共に住吉中学へ進まれ、共に軍隊へ行かれたご信者がおられました。そのお方は国税局の監察官をなされ、税務署の署長を歴任されて、後に税理士として開業しお役に立たれたのでした。

★そのご信者は、[世の人々にご信心が満ち満ちて、天地の道理に基づいた生き方がさせて頂ける方が増えますと有難いですね。そして「たらいの水の信心」が世の中に次々と伝わって、お広前にお引き寄せ頂かれて、おかげを頂く道を教えて頂けることが出来ましたら、どれほど有難いことでしょうか。また「めぐりのお取払い」ということを、皆がしっかりと分からせて頂いたら、どれほど結構な世の中になるでしょうか。]と、生前中しみじみと仰っておられました。

★ご信者の事務所は所長さんを初めとして、所員、事務員の3人で仕事をなさっていました。先々、若い所員のお方に事務所を任せると伝えておられたのです。しかし、その所員さんは、事務員さんを連れて、無断で事務所をやめ、担当の顧問先をもって独立されたのです。

★ご信者は、2人に対して一切腹を立てずに「これまで積んできためぐりを、神様がお取り払い下さったのだと思います。不行届きをお詫び申し上げます。どうぞ、やめた方々が立ち行かれますように。これをおかげにさせて頂いて、後々の人手の御都合を頂かせて下さい。」と神様にご祈念され、やめた方々を恨む事無く、得意先に対しても悪いことを一言も言わず、立ち行かれることを願われたのです。するとすぐに、心配りがよく出来られる有能な2人のお方が事務員として来て下さり、以前にもまして、丁寧親切なお仕事が出来られるようになったのでした。また、顧問先が「やはりあなたに仕事をして頂きたい。」と戻って来られたところも出てきたのでした。

★何かことが起こってきた時に、「これをおかげにさせて頂こう!」と考えて、思い分けをして人を責めることなく、元気な心でより一層信心に励まれたので、その真が神様に届いておかげを頂かれたのですね。私たちも日々の信心生活の中で、真というよい種を蒔いて育ててゆくことが大切なのです。
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2018年08月24日

●相手を責めるのではなく

 二代教会長伊藤コウ師のお父上・房次郎氏がある時、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われ、家にお祀りしてあった小さなお社を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。コウ師の御母堂ハル氏は房次郎氏に代わって、神様にお詫びを申されたのです。

★すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのでした。医者に診てもらい、色々手を尽されましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさって、お取次を頂いて下さったら、必ず良くなります。」と信念を持って伝え、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのです。するとお結界の先生は「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もまともにきけない、水も喉を通りにくい、身体も自由に動かない状態であられたカツ氏が、お父さんが帰ってこられる下駄の音を聞いて「お父さん、お帰り!」と玄関まで出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから家族中が勢信心のおかげを頂かれたのです。

★もしハル氏の心が人に向いていましたら、「あなたがご無礼なことをしたせいで、こんなことになってしまったのですよ!」と責めていたでしょう。しかし、ハル氏は神様に心が向かっておられましたから、房次郎氏を責める事をなさらず、娘さんの症状を通して、これが勢信心させて頂けるきっかけとなるのだ、とおかげにされたのです。ハル氏は、「私一代でめぐりのお取り払いが頂けますように。これがおかげになりますように。」とご主人に代わって神様にお詫び申され、自身の信心の至らないお詫びを申されたのです。そして、孫の代が結構になるように、家のめぐりを取って頂くために、一生懸命に改まりの信心をされ、また陰の徳を積むことを徹底して心掛けておられました。ハル氏は、近所近辺の道路の掃除をなされる時も、人からお礼を言ってもらうことのないよう、人目につかないように朝早くからお掃除なさっておられました。また、ご自身のことは徹底して質素倹約した生活を心掛けておられました。そうして、ハル氏の信心のお徳によって、子孫端々まで信心が伝わり、結構におかげを頂いております。

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2018年08月23日

●徳切れにならぬために…

植物の種が発芽する為には、「光」「温度」「水」の3つの条件が揃わなければなりません。

信心の上でもおかげを頂く為には心の状態が揃ってゆくことが大切ですね。

★「光」・・・「明るさ」つまり、思い分けの出来る賢さのことです。み教えを頂いて、様々なことに囚われず、思い訳が出来て、心が晴れやかになり、打ち込むべきことに打ち込める聡明さを、身に付けさせて頂きたいと思います。

★「温度」・・・熱のこもった信心をさせて頂きましょう。日を切ってご信心に励ませて頂くということは、その日に向かって一層熱を込めて神様に向かわせて頂くということです。

二代教会長・伊藤コウ師は、「線香の火でご飯は炊けません。大きなおかげを頂きたいと思うならば、それだけの熱を込めたご信心をさせて頂かなくてはなりません」と、み教え下さっておられます。

★「水」・・・水は万物に潤いを与える生命の源です。心に潤いを頂く為には「み教え」を頂かなくてはなりません。み教えを頂いておりませんと、些細な問題でも心が滅入ってしまい、そこから先になかなか進むことが出来ません。

常平生からみ教えを頂いておりますと、どんな問題も信心向上の為のご修行と、有難く受けさせて頂くことが出来、我執に囚われたり、人を憎んだりすることなく、全てをおかげにさせて頂くことが出来ます。

★徳切れにならないために、私達は日々しっかりとお徳を積む生活を心がけさせて頂き、前々の悪習慣や悪癖によるめぐりを、取って頂く様に改まらせて頂かねばなりません。そして、おかげを頂いたら徳の貯蓄はゼロになったと思って、一からまた改まってお徳を積む生活を心掛けてゆくことが大切です。

自分自身がしっかりと信心をさせて頂いて、家業に励ませて頂き、積徳の心行を心掛けさせて頂きますと、自分自身だけでなく、周囲の方々も助かってゆくのです。

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2018年08月22日

●徳積みこそ信心の目標

 二代金光四神様は、『世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい』と、み教え下さっておられます。

★ご信心させて頂く上で一番大切な事は、有り難い生き方を積み重ねさせて頂いて、身にも心にもお徳を頂くことなのです。ともすると、目先の問題を解決すること、苦難を乗り越えることを信心の目標にしてしまいがちですが、一番の目標は、神徳・人徳を頂いて、神様のお心に近づかせて頂くことなのです。一心に神様におすがりさせて頂き、おかげを頂いたことを周囲の人々にも伝えさせて頂くことで、有り難い助かりの輪が広がっていくのです。

★二代金光四神様のみおしえ
一、信心は、立ち聞きする心で信心することを心がけること。
一、信心は、わが身わが心に克つことを心がけること。
一、言いたいことは明日言えということあれど、明日も明後日も一生涯言わぬよう心がけること。
一、堪忍辛抱を去って、自己の不行届きを悟るを心がけること。
一、ただ一心に願って、わが心に諸々の思い来るくもりを払うことを心がけること。
一、めぐりが来てもわが心を苦しめず、明日の幸福の来ることを楽しみ願うことを心がけること。
一、真の信心は、従来の悪しき風習をよろしく変えて、家内の者に(良い)くせを示すことを心がけること。
一、信心は苦労して人に同情を寄せ、わが身の苦労することを心がけること。

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2018年08月21日

●どこまでも一心・信心辛抱・実意丁寧

19日には、716名の方々と共に8月の御本部御礼参拝を天候気象の上にも万事にご都合お繰合せを頂いて、怪我人、病人なく参拝のおかげを蒙らせて頂きましたことは、大変有難いことでした。子供会列車を編成させて頂き、幼児が30名、児童の方が56名、子供さんのお世話の御用にお使い頂かれた男女学生の方45名、大人の方117名の方が様々に心配りをして頂き、行き届いた御用を賜り、神様霊様に厚く御礼申し上げさせて頂いたことでした。

★朝の集合時には、保護者の方々に子供さんの当日の体調や、アレルギーの有無などを、健康チェックシートに記入して頂いて、ご信者の医師や看護師の方にも情報を共有し心配りをして頂きました。車中では、英語やクイズや紙芝居をして頂き、そして、昼食後には爽やかな風が吹く中、御霊地でスポーツラリーもみな元気で参加させて頂くことができましたことは、金光様の御祈念を賜り、御用される方々が親切丁寧に御用奉仕をして頂いたおかげです。

★私たちは、御本部へお参りさせて頂いて、何を習わせて頂くのでしょうか。金光様のご信心に神習い、どこまでも一心になる稽古、どこまでも信心辛抱をさせて頂く稽古、どこまでも実意丁寧にならせて頂く稽古をさせて頂くのです。そして、現在の自分自身の信心の在り方を見直しさせて頂くのですね。

★二代教会長伊藤コウ師が「お徳と力を頂くにはどうすればよいか。まず、第一には信心辛抱だと思います。み教えに『辛抱しなさい、辛抱という棒は強い棒じゃ、何を担うても折れることがない。もし折れたり曲がったりしたら、それは辛抱じゃない。金光様は信心辛抱と言うてござったが、おかげを受けようと思えば辛抱でなければならない。長うて強い信心辛抱にはどの位なおかげが担えるやら分らぬぞ。先を楽しんで信心辛抱させてもらいなさい。』とあります。ご信者のお姿を見せて頂いても、信心辛抱のできておられる方が、結構におかげを頂いておられることを分からせて頂きます。信心は長く続けなければ、本当の値打ちも分かりませんし、本当のおかげも頂けません。また徳も力も頂けないのです。」と仰せになっておられます。

★家族、親族の端々まで、代を重ねておかげが頂けますように、正しい大きな願いを強く持ち、どこまでも一心に、信心辛抱、実意丁寧になる稽古をさせて頂きましょう。
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2018年08月20日

●葉刈りの信心

 昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂き、無事に御本部御礼参拝のおかげを蒙らせて頂きました。また、子供会列車を編成して頂き、有難い子孫の信心相続の機会を与えて頂きましたことは、真に有難い事でございました。

★昭和38年8月のことです。ある学生さんが、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさり、「7月は有難うございました。8月も宜しくお願い致します。今月は何日からキャンプに行かせて頂く予定になっております。どうぞ無事故でおかげを頂けます様に。」と一月間の予定をお届けをされました。するとコウ師は「あなたは御本部参拝はされないのですか?」とお尋ねになられました。その学生さんは「キャンプに行かせて頂きますので御本部参拝は出来ません。」と答えました。するとコウ師は「今あなたの言ってることは、自分の都合を第一にして、神様を後回しにしていますね。そこのところを何とか考え直しをしましょう。」とみ教えなされたのでした。

★暫くしますと、その学生さんが再びお届けに来られ「御本部参拝させて頂きます。絶対にお参りさせて頂きます。」と、心が変わられてお届けが出来られたのです。コウ師は「結構やな。金光様有難うございます。よくその覚悟が出来られましたね。有難うございます。」と神様にお礼を申されたのでした。

★その瞬間その学生さんは、良い所を伸ばさせて頂いて、余分な所は省かせて頂く葉刈りが出来られたのです。楽しいことは一生懸命に力を入れてさせて頂けますが、本当にしなければならないことは後回しにしてしまい易いものです。あれもしたい、これもしたいと欲にかられて思うことを、思い切ってやめさせて頂くのは、相当に力がいります。しかし、信心の力を身に付けさせて頂きますと、間違っていることにはブレーキが利く人間になって、自分勝手なことが少なくなり、おかげを頂く方へ舵取りをさせて頂く事が出来るのです。

★共々に、月々の御本部御礼参拝が続かせて頂けますよう、ご都合お繰り合わせを願わせて頂きましょう。そして御霊地に満ち満ちた有難いお徳を身一杯に頂いて、船にも車にも積めぬほどのご神徳を頂いて帰らせて頂きましょう。

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2018年08月18日

●我流にならないように…

 16日には、婦人会例会が開催され、植苗氏の有難いおかげ話を聴かせて頂き、吉備楽を奉納させて頂きました。植苗氏は幼少の頃より信心を頂かれ、結婚後も熱心な信心を続けられ、起きてくる艱難辛苦に打ちのめされることなく、何事もお取次ぎを頂かれて、神様を杖になさっておかげを頂いてこられました。

★また、阿倍野教会の楽は、布教間もない時に二代教会長伊藤コウ師が、難波の春琴亭という所に通われて八雲琴を習われたのが始まりです。コウ師が教会の御用の合間をぬって稽古に通われ、そうして身に付けられたお琴が代々口承で現在に受け継がれています。昨日は、18名の方(小学生から婦人会の方)が練習を積み重ね、心の揃った楽を神様に奉納されました。楽の練習も我流を出して、自己流にひきますと、上達もしませんし、今まで伝えてきて頂いたものも次の代へは伝わりません。さらには、心の揃った楽の奉納にはつながりませんね。

★信心も同じことで、日々み教え・お取次を頂き、金光様のご信心をお手本として稽古をすることが我流を放してゆくことになるのです。み教えに照らし合わせて自分を見直すことをしなければ、知らず知らずのうちに我流が生まれ、天地の道理から外れた生き方になってしまうのです。同じみ教えを何度も何度も繰り返し頂き、身に付いて離れないようになりますと、どんな事が起こって来ても、神様の思召しに沿う頂き方が出来てゆくようになるのです。

★論語の中に「過てば 則ち 改むるに憚かること勿かれ」「過ちて改めざる 是を過ちと謂う」とあります。過ちを犯すことは誰しもありますが、その過ちを犯したことに気付いた時、すぐに改まることに躊躇する事はありません。過ちと気付いても改められないことこそ、これが過ちなのです。改まりを躊躇することのないように、そしてその改まりを続けさせて頂くことが肝心です。

★『我、日に三省す』という言葉がありますが、それは「一日に三度省みる」ということではなく、「一日に何度も省みる」という意味です。常に自分自身の心の内を見つめ直し、反省と改まりを重ねてゆき、我流を放してゆき、正しいことが子孫に伝わってゆくように、信心を進めさせて頂きましょう。

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2018年08月17日

●女性の信心を神様が楽しみ喜ばれる

以前、あるお方が「主人は外で働いてお金を稼いできてくれますが、私は家事と育児で家におりますからお金を稼ぐことが出来ません。」と仰いました。そこで「それは家族中みんなの健康を保っていくための尊い働きですよ。

親先生はよく『入院したら一日一万円いりますよ。入院していないということは一日一万円ずつ儲けている、得しているという風に考えなさい』と仰っておられました。それは心も体も健康を保たせて頂くように、炊事・掃除・洗濯ということにご祈念を込めて一生懸命させて頂きましたら、家内中が元気な心で仕事や勉強に打ち込んでさせて頂けるようになるのです。そのように心配りをさせて頂くという、大変大切な責任を持ってすべきお仕事ですよ。ですから、誇りをもってさせて頂かれましたらどうですか?」とお話しさせて頂いたことでした。

★信念をもってさせて頂きませんと、つい考え違いが起きてしまいます。「こんな仕事はつまらん。お金も稼げない。」というような損得勘定だけで物事を計ってしまいますと、有難いおかげを頂く働きにはなっていきません。家族中が徳と力を頂いて、有難い働きを生み出していきましょう。

★『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり、子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。神様の前に参りて自分の思うことを頼むばかりが信心ではない。神様へ参らない時に信心することがたくさんあります。』

★家事・育児のことを本当に有難く、お礼を申してさせて頂くということが出来られましたら、家の中はお徳に満ち満ちていくのです。すべてのことを信心を基にして、お徳を頂いていくことに中心をおいて、させて頂きましょう。

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2018年08月16日

●生き死にを超えたお働き

 三代教会長先生は御生前中、御用のご都合の付かれる限り、阿倍野の大阪市南霊園の奥城に参拝なさっておられました。阿倍野教会の奥城を拝まれ、伊藤家の奥城を拝まれ、親教会を始めご縁につながるお教会の奥城を丁寧に拝んでおられたのです。

★ある時、偶然に戦友(桂岡正三命霊神)のお墓を見つけられたのです。同じように訓練を受け、戦場に出征なさり、桂岡正三氏は、フィリピンで戦死なさったのでした。三代教会長先生は、それからは、その方のお墓も常に拝んでおられたのです。

★するとある日突然に、その方のご遺族から教会に、「50年祭を仕えて頂けますでしょうか?」とお電話があったのです。どのような事情かは分かりませんが、わざわざ阿倍野教会にお願いしてこられたのでした。三代教会長先生の真心からのお祈りが霊様に届き、霊様がご遺族に働きかけられたのでしょう。

★今日、親神様から命を頂いている者は、頂いているお命に日々新たな気持ちでお礼を申し、命ある者としての使命を全うさせて頂くことに、一心にならせて頂かなくてはなりません。また、霊神となられた方には、霊神として神様から与えて頂かれた使命があるのです。霊様を丁寧にお祀りし、日々霊様としての立ち行きと、ご霊徳とご安心を頂けるようご祈念をこめさせて頂くことによって、私達の心の中に生き続けて下さり、生きている時よりも近しい存在となって、お守り頂くことも出来るのです。

★また、有り難い生き方を積み重ねさせて頂きますと、その働きは本人だけに留まらず、子孫にまでも尊いお徳として、生き生きと伝わっていくのです。『人間は、万物の霊長であるから、死んだ後、神にまつられ神になることを楽しみに信心せよ』

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2018年08月15日

●『人生の五計』

 中国宋時代の朱新仲というお方が、人生には五つの計画が大切であると伝えておられます。

1.生計(心身の健康、健やかに生きる道を考える)信心と勉強と御用に励ませて頂き、健全な精神を基に健康な身体を育ててゆくことです。食生活を見直してゆき、生活習慣を見直してゆきましょう。身体を鍛えさせて頂き、知識、教養を身に付けて、好き嫌いなく広く学び、脳を活性化することが大切です。

2.身計(自分の身をどのように役立てるか、社会生活を考える)社会で、どのように役に立つ働きをするのか、資質を生かして技術力・語学力を高め、資格を身に付けて、より一層実力をつけてゆくことです。『50、60花ならつぼみ、70、80は働き盛り』と教えて頂いています。年齢を重ねてこそ、周囲の方々が助かる為のお世話を、先頭に立ってさせて頂くことが出来るようになるのです。

3.家計(家庭をどのように維持していくかを考える)土地、住宅、円満な家庭を維持管理してゆくための徳と力を頂けるよう、将来の準備をさせて頂くことが大切です。

4.老計(衰えないための生き方を考える)年齢を重ねても、衰えない生き方をさせて頂く為には、5年先にはどのようにおかげを頂き、お役に立たせて頂いてゆくかを考えさせて頂きましょう。日々良いことを思い、良いことを願い、良いことを口にし、喜ぶ稽古をさせて頂きましょう。喜べることを毎日ノートに書き出してみましょう。

5.死計(どのように死に向かうか、すなわち一日一日を大切にし、どのように生きてゆけばよいのかを考える。人生の大切なことを学ぶこと)年が寄れば寄るほど、本当の学問をさせて頂き、お徳を積む生活をさせて頂いて、子孫に徳を残すように、おかげを頂いてゆく方へ心配りをさせて頂くことが大切です。

★『信心すれば、一年一年ありがとうなってくる。年がよるほど位がつく』それぞれの年代や立場によって、願う内容も違ってきます。五ヵ年計画を基に、それぞれに与えて頂く御修行を有難く頂き、元気な心と身体で信心を進めさせて頂きましょう。
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2018年08月14日

●明き・清き・直き心

 先日、乳癌の手術を受けられたご信者のご家族がお届けに来られ、「お母さんの手術が無事に終了させて頂きました。医師のお手をお借りしましたが、神様に一番良いようにご都合お繰り合わせを頂きまして、有難い結果を頂きました。術後も順調におかげを頂いております。有難うございます。部分切除で済ませて頂きまして、採取して頂いたリンパ節の細胞を、検査して頂きます。その検査結果が月末に出ますので、油断なくお願いさせて頂きますので、大事に至りませんように。」とお願いされました。

★遠方に住まいなさっておられるお孫さんも、飛行機で帰って来られて、ご家族揃ってお見舞いに行かれました。術後のご信者さんのお姿を見られますと、とても手術を受けた後とは思えないほどにお元気で、ご家族の方々がびっくりなさるほどに前向きであられたそうです。手術前も常日頃から日参なさって、心と体を鍛えておられましたので、常のご信心がいざという時に現れ、元気な心でおられるのですね。「病気はあっても病人にはなるな」という精神で、病気は神様にお預けして、先を楽しんで元気な心で前向きに、おかげを頂けますよう、日々お願いなさっておられます。

★1)明き…先を楽しみに、明るい心で、思い分けの出来る賢さを持ち、起きてきた事をおかげにさせて頂く。
 2)清き…悪いことを思わず、言わず、人を不足に思わず、人のことを祈ることが出来るよう、常に心を清く保ち神心を養う。
 3)直き…素直にみ教えを頂き、有難く受けきってゆく。

★日々、日参させて頂いて心の栄養となるみ教えを頂いて、「明き・清き・直き」心を育てさせて頂きましょう。

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2018年08月13日

●霊様の御霊徳と御安心を願わせて頂く

『「金光様、真宗では、死んだら西方十万億土へ行くと言うし、太夫様は、鈴を負って高天原へあがると言います。宗教がたくさんあっていろいろの教えがありますが、死んだら、魂がそのようにいろいろと分かれるのでしょうか」と伺った。金光様は、「そういうことはありはしない。十万億土へ行くのでもないし、鈴を負って天へあがるのでもない。真宗や神道ばかりではなく、真言宗でも天台宗でも、天が下の氏子の死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶゆが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くものでもない。わが家の内の仏壇にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と仏壇とで遊んでいるのである。(中略)」とご理解下さった』

★伊藤家が金光教の教徒に加えて頂く前は、家に仏壇をお祀りしておられ、お盆の時期には迎え火・送り火を焚かれる等お盆の行事をなさっておられました。その頃コウ師は、子ども心に「死後の霊様はどこに行かれるのだろう。お盆の時が終わって霊様が帰られた後は、何を拝んでいるのだろう。」と不思議に思っておられました。

それが金光教教徒になられてはじめて、「どこへ行かれるのでもない。生きていても死んでから後も天地から離れる事なく、家の霊舎・仏壇そしてお墓におられ、御祈念させて頂いたら、その心にすぐに応えて下さる存在であるのだ。」という事を納得されたのでした。

★霊様はお国替えなされた後も、子孫から拝んでもらいたい、温かい真心を向けてもらいたいと願っておられます。また、子孫と共にご信心させて頂いて、子孫や縁につながる方々や世の中の為に生き生きと働かせて頂きたいと願っておられるのです。

そして子孫が結構なおかげを蒙らせて頂けますようにと霊ながらに願って下さっているのです。有難いですね。本家・分家にかかわらず、ご先祖の霊様方のご安心と御霊徳高くなられることをお願いさせて頂いて、生き生きとお働き頂けますように、お願いをさせて頂くことが大切です。

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2018年08月12日

●行き届いたお礼が信心の根張り

『めでためでたの若松様よ枝も栄える葉も茂ると、めでたい時に歌うが、枝も栄え葉も茂るのは幹が太るからじゃ。幹が太るのは、地の底に目には見えぬが大きく根を張っておるからじゃ。もとになる根が枯れると、太い幹も茂った枝葉も枯れてしまう。日々信心の根張りをよくしておると、無常の風が吹いても、たおれることがない。おかげで枝葉も茂って繁盛する。これがめでたいのじゃ。』

★あるご信者のご主人は、人口呼吸器を装着する為に気管切開をなさり、口から食べ物を摂取できないので、胃ろうの処置もして頂かれたのでした。自力で呼吸が出来られるようになられたものの、日々「死にたい」「辛い」と繰り返すようになられ、自宅に帰ることを強く望むようになられたのです。奥様も、そんなご主人が気の毒でたまらなくなり、自宅に連れて帰って、お世話することを決意なさったのでした。

★医師からは、自宅ではとてもお世話の出来切れるものではないと、随分反対されたそうですが、ご本人と奥様の強い要望で、何とか自宅療養の許可を頂かれたのです。病院に比べると、貸して頂ける痰の吸引機も小さく、力も弱くなりますし、食事のお世話も、排泄のお世話も、全て奥様一人ですることになられます。並大抵のことではあられなかったと思いますが、一つ一つお礼を申しつつ、何事も神様にお願いしながらさせて頂かれましたら、ご主人は段々と歩行が出来るようになられたのです。また、誤嚥性肺炎の危険もありながら、神様にお縋りしつつ、少しずつ口からものを頂く稽古もしていかれたのです。そうしますと、次第に呼吸の力、嚥下の力も取り戻され、気管のチューブを外せる可能性も出てきたと、医師から言って頂けるまでに回復しておられます。

★「信心の根張り」とは、何事もお取次を頂きながら、今日まで頂き続けているおかげをしっかりと自覚し、お礼の信心をさせて頂くことです。お礼とお詫びを行き届いてさせて頂き、神様を杖にして、実意丁寧にお願いさせて頂きますと、氏子の足りないところは神様が足して下さるのです。

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2018年08月11日

●御命日を忘れずに…

8月10、11、12日は私の命のおかげ日であります。丁度33年前の昭和60年、学校に勤めさせて頂いておりました時に、8月10日から12日までの予定で出張するはずでありましたところが、10日程前に急遽変更になりました。そして8月12日に日航123便の事故が起こりました。後になってわかったことですが、その飛行機に私は乗る予定であったのです。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、増田家の霊神名簿を持ってくるようにおっしゃいました。調べてみますと、8月10日は、三代教会長先生の御実家である増田の家の姉様・増田のぶ霊神様、8月11日は、三代教会長先生の大伯母様・増田よね霊神様、8月12日は、三代教会長先生のお祖父様・和田亀次郎霊神様の御命日でありました。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。三代教会長先生より「あなたが知らないところでご先祖霊様に守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教えを頂いたのでした。

★さらに、「今は増田の家は、寅之助さんの奥さんがきちんとお祀りなさって、霊様を拝んでおられますが、将来はあなたしか縁につながる者はいないのですから、あなたがしっかりと責任を持ってその霊神様方の御霊徳とご安心を祈らせて頂きなさい。今後の事もあなたがしっかりと御祈念して下さいよ、と霊様が分かり易く教えて頂下さっているのです。」とみ教え下さいました。

★私は33年前までは「知らぬ、存ぜず」で暮らしていたところを、神様が出来事を通して教えて下さったのです。知らず知らずのうちに守って頂いている現実を、目の当たりにさせて頂く体験をさせて頂けたことは、真に有難いことであったと思います。霊様は目には見えませんが、日々お働き下さり、私達をお守り下さっているということを忘れてはいけません。また、私達は霊様にお礼をしっかり申させて頂き、ご命日を大切にして子孫の末々までお祀りさせて頂くことが重要ですね。
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2018年08月10日

●信心の辛抱を強くせよ

 二代教会長先生が親教会に歩いて参拝をなさっておられた頃、電車や自動車を見かける度に「ようし!今に私もあんな電車や車に乗らせて頂いて、参れるようにならせて頂こう!お金を無駄に使わないようにおかげを頂いていきさえすれば、やがて電車にも自動車にも乗らせて頂ける!きっとならせて頂ける!今はご修行させて頂こう!」と、ご修行させて頂いているご自分を、励ましながら参拝させて頂くことを、日々楽しんでおられたのです。結構なものを見させて頂きましたら、「今ご修行させて頂こう!」と辛抱させて頂く力に変えさせて頂かれたのでした。

★教会をご建築させて頂く際も「どうぞ、恩借やご信者の分担金、銀行借入金なしで建てさせて頂きますように」とお願いなさっておられました。ある時、竹本駒蔵師より、建築費の7割程の現金を「無期限・無利子ですから、遠慮なく使いなさい」とわざわざ京都からお持ち下さいましたが、コウ師は丁寧にお断りになられました。すると、竹本師は「それでは、お供えさせて頂こう」と仰って下さいましたが、コウ師は「先生がお供えなさるのは、御本部があられ、親教会があられますから、それは筋違いでございます。神様の心に適いませんので、お受けすることはできません。」とお断りなさったのです。そしてついに、借金なし、分担金なし、寄付の強要なしで、翌年の昭和2年11月11日、開教5年の記念大祭と新築落成の祝祭を、盛大に奉行させて頂くことが出来られたのでした。

★二代教会長先生は「結構な生活をさせて頂きたい、豊かにならせて頂いて、円満で子孫も結構にならせて頂きたいと願うのでしたら、その生活に憧れるだけではいけません。例えば川の対岸に結構な家があられ、そちらにただ近づこうとしても川の中に入って溺れてしまうだけです。そこに橋を架けなさい。その橋というのは、信心辛抱や質素倹約、人と比べず虚栄心を取っていくというご修行のことです。そうしますと結構なおかげを頂けるのです。橋を架けることを忘れて、結構な家の真似だけをしようとするから、間違った方向へ進んで恐ろしいことになってしまうのです。」とみ教え下さっておられます。神様にお約束させて頂いて、ご修行させて頂いておりましても、信念が崩れてしまったり、曲げられてしまうことが起きてくることもあります。そこを一生懸命に御修行させて頂きましたら、おかげを蒙らせて頂けるのです。

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2018年08月09日

●霊様方のお徳によって

昨日は、みかげ会例会が開催され、木村氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★木村氏の家業は、お祖父様の代の自転車、オートバイの販売・整備業から始まりました。お父様の代から自動車の販売・整備業を営まれ、お父様の代から数えて今年で65年続いておられます。

★今年の6月15日にお父様の5年祭、お母様の3年祭を教会長先生ご祭主のもと、お仕え頂かれました。お父様お国替えの時、受け継がれる物が大きく、木村氏は不安で一杯であられましたが、「神様を杖に」の思いで、日参・聴教・朝参りに励まれました。

★昨年の8月23日の夜中のことです。夜休んでいる時に、突然左胸にドーンと激痛が走り、目を覚まされました。その後何もしていない時は、何の痛みもないのですが、体の右を下にして横になると、左胸が痛く、筋肉痛かと思われ、一週間様子を見られました。

しかし、痛みは治まらず、唾に血が混じることもあったので、近所の病院で診て頂かれました。レントゲンを撮られますと、「左肺に影がある」とのことで、「大きな病院で診て貰って下さい」と言われました。早速自宅の向かいにある総合病院で検査して頂かれますと、「肺癌の疑いがあると診て、診察を進めていきます」と言われたそうです。

治療の方針を決めるために内視鏡検査をして頂かれたのですが、癌細胞は見つからず、担当の先生は「念の為、他の先生にも相談して少し日を空けてから、もう一度レントゲンを撮ってみましょう」と言われました。後日、再度レントゲン検査の結果、肺にあった影は、綺麗に消えて無くなっているとのことでした。

担当の医師の診断では、「60パーセントくらいは癌だと思っていた」とのことで、大変有難い大みかげを頂かれたのでした。

★お父様がお国替えされて5年、お母様がお国替えされて3年の間に、ご両親の霊様が付きに付いてお守り下さって、木村氏の体の上にも、お仕事の上にも、またご家族の身の上にも、次々と有難いおかげを頂いておられるのです。

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2018年08月08日

●本気で願うことの大切さ

 昭和38年頃のことです。あるご信者が「たくさんの借金がありましたが、全額返済させて頂くおかげを頂きました。本当に有難うございました。」とお礼のお届けをされました。そのご家庭には、6人もの子供さんがおられ、物価の高騰も合間って、生活費や教育費、医療費もたくさん掛かりました。奥様は仕事がしたくても、育児に手を取られて内職も出来ません。また、ご主人は「借金をしても、返せなければ仕方がないだろう。」という考えのお方だったのです。そのような状態の中で、借金を次々と返済させて頂かれたのでした。

★すると、伊藤コウ師はその方の顔をじっと見つめられて「本当に良かったですね、よう辛抱させて頂かれましたなあ。」と大変お喜びになられました。さらに「あれ程あった借金を、きれいに全額返済させて頂けたのは、あなたがしっかりとお願いをさせて頂けたからです。」と仰せになりました。『何が何でも!』と、一生懸命に毎日お願いさせて頂く事は、自分の心に刻んでゆくことです。中途半端な願いでなく、一心にならせて頂けたので、改まらせて頂くというおかげが頂けたのです。

★本気でお願いがさせて頂けるようになりますと、借金が恐ろしいということが分かるようになります。人のお金を当てにした生活や、借りたら借りっぱなしの生活では、恐ろしいめぐりを積み重ねてゆきます。信心をさせて頂いて有難い事は、めぐりをお取払い頂いて、お徳を積む生き方に変わらせて頂けることです。めぐりの怖さを知り、一心にお徳を積ませて頂く願いを持たせて頂きますと、生活がどんどんと改まってゆき、有難くなってゆきます。

★阿倍野教会では、「体の丈夫」「子孫の信心教育」「豊かな生活」「平和円満」「徳と力」の五つのお願いを掲げさせて頂いております。願いは自分ひとりが持っていれば良いのではありません。一年勝り代勝りにおかげを頂き、家族・親族中が代を重ねて理想の姿に近づかせてゆくように、長期に亘ったお願いをしてゆくことが大切なのです。

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2018年08月07日

●負けて勝て

三代教会長先生がご生前中に、お使いになられていた教典を見せて下さったことがありました。教典のご理解の中で、ご自身が特に大事だと思われていた部分に、線を引いておられる箇所があります。さらには、印を付けておられるご理解もあれば、み教えの横に少し書き足しておられるところもあります。そして中でも、三重丸を付けておられるご理解がありました。そのみ教えは、教祖様が石田友助という方に対してご理解なさったみ教えです。『信心の道で論争があった時には、必ず堪忍をして負けて勝て。その方がおかげであると思え。勝ったら、おかげを落としたと思え』

★このみ教えは、人と比べ、人に勝とうとするのではなく、自分自身に打ち克つことを教えて頂いております。人間ですから、つい人と比べたくなり、人を言い負かしたくなり、人に勝ちたいという気が起こってきやすいものです。その我情我欲をお取り払い頂く為には、信心辛抱が必要で、お徳を頂いていく必要があります。

★ご布教の初めの旧広前の頃、阿倍野教会について中傷する内容のビラを書いてまいた方が近所におられました。そのビラをもってこられたご信者に、二代教会長伊藤コウ師は「結構なことです。無料で宣伝して頂いて有難いことです。どんな所か見に行ってやろうと人が来て頂いたら、結構なお導きになります。」と、決して腹を立てられることはあられなかったのです。

★人間同士、お互い助かるためには、皆が譲り合い、許し合わなければなりません。我を張るのは争いのもととなり、相手はもちろん、自分も決して助かりません。大切なのは、まず自分が譲らせて頂くことです。そして、信心を頂いている方が、先に負けるように心掛けさせて頂きますと、お徳を頂いてゆくことに繋がるのですね。
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2018年08月06日

●何事も間に合うように教えて下さる

 あるご信者は、以前、大手の電機メーカーで研究職についておられました。ある時ご信者は、会社が長年抱え続けてきた研究課題を、解決する命を受けられたのです。その課題は、大変優秀な先輩研究者が何人も取り組んできたもので、「君が担当するとしても、3年かかっても結果は出ないと覚悟しておいたほうがいい」と、言われたそうです。そこでご信者は、神様に、「人が3年かかっても出来ないと言われる課題ですが、神様のご庇礼を頂いて1年半で解決させて下さい」と、お願いを立てられたのでした。

★それから、常に心中ご祈念をしながら取り組まれ、ふと心に気付かせて頂くことを、素直に研究に反映していかれたのでした。研究はチームで取り組むので、時には部下の方々から、「なぜこんな実験をするのですか?」と、尋ねられることもあったようですが、ご祈念してさせて頂くことを、迷わず実行していかれたのです。

★また、部下の方から、「難しくて手に負えないのですが・・・」と相談を持ちかけられた時には、ご自身がどれだけ沢山の課題を抱えている時でも、決して嫌な顔をせず、喜んで手伝うこと心掛けられたということです。そうすると、そのことが、後にご自身の研究に大変役に立つことに気付かれたのです。将来に必要なことを、部下の仕事を手伝うことを通して、神様が教えて下さっていると、実感なさることが度々あられたそうです。そのようにして、「3年は結果は出ないと覚悟しておけ」と言われていたところを、ご信者のお願い通り1年半で、課題解決の大みかげを頂かれ、会社からも大変喜んで頂かれたのでした。後にその研究が特許出願につながり、特許が認められるだけでなく、工学博士の博士号を頂かれる事になるのです。

★どんな時でも、どんなことでも、常に一心に心中ご祈念しながら取り組ませて頂き、ふと心に思わせて頂くことを実践させて頂きましたら、何事も間に合うようにさせて下さいます。身に起きてくることを、神様の思し召しとして有り難く受け切って、「しっかり鍛えて頂き、成長させて頂こう」という覚悟を持たせて頂きたいものです。そうすれば必ず、後に花が咲き、実がなるおかげを頂くことができるのです。

★『信心は手厚くせよ。うちで信心しておりますと言うのは、信心の抜けたはじめじゃ。手厚く信心するものは、夢を見ても、うかつに見るなよ。神は、夢にでも良し悪しを教えてやるぞ。』

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2018年08月05日

●辛い時こそ、家の中は機嫌よく…

教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられたといっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決して取り乱されることはなく、『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』との、神様からのみ教えをただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。

★不安な事があると、人はつい余計な事を言ったり思ったりしてしまいます。悪い事を想像し、自ら悪い事柄を引き寄せてしまうこともあります。ですから、良い事を思い、良い事を願う稽古が大切であるのです。また、何か事が起っても、その出来事を通して家族中がより一層ご信心に励ませて頂き、改まりを本気で願わせて頂く事が重要です。親が子共の事を願い、子供が親の事を願い、あいよかけよで、家内中が仲良く、心を一つにし、同じ方向へ願わせて頂くことが出来るのが勢信心の有難さです。
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2018年08月04日

●神様の深い思し召し

 杉村氏は、結婚なさってから元気な長女を授かられ、続いて二人目の娘さんを授かられました。その二女さんが生後十ヶ月の時に風邪のような症状で受診したところ、そのまま入院となったのでした。そして、心臓が肥大しているとの診断を受けられ、治療を施して頂きましたが、入院10日目にお国替えなさったのでした。ご夫婦とも大きな悲しみに包まれて、「なぜこのようなことが起こるのだろう・・・」という思いが拭いきれずにおられました。

★その時お導きの親様が、「これからの生き方が大切ですよ。亡くなられたことは悲しくて大変なことですが、神様のなさることには深い深いご意味があります。このままでは苦しみだけが残って、先々不安な生活を送らなければならないことになりますから、これ以上苦しみのないように、神様にしっかりおすがりさせて頂いてご信心させて頂きましょう。そして、生き死にを通してこのお道におすがりさせて頂きましょう」とお話しなさったのでした。

★杉村氏は、これを機会に帰教式をお仕え頂くことを決心なさいました。霊様も金光教式でお祀り頂かれることとなり、霊様のご安心をお祈りなさり、家の守りの神様となって頂けるようお願いなさったのでした。帰教式の折りに三代教会長先生から「亡くなられた子供さんは、家族の身代りになられ、霊神となられてこの家を守られ、子孫を守らせて頂かれるのです。霊様は永遠に働いて下さいます。一本の木に例えれば根になられたのです。後に残った家族がしっかり信心させて頂きますと結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。

★まもなく奥様は懐妊のおかげを頂かれました。8月の出産予定日であられましたが、一ヶ月ほども延びて、なんと亡くなられた次女さんと全く同じ誕生日の9月24日に、どこにも心配のない丈夫な体の女の子(三女さん)を授かられたのです。ご家族は皆、神様の深い思し召しを分からせて頂かれ、御礼を申されたのでした。

★神様が氏子の生命を授けて下さる時も、生命をお引き取りになる時も、神様の思し召しのままにして下さることが分かります。

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2018年08月03日

●お願いさせて頂く上での心構え

昭和42年にお国替えなされましたが、御生前中信徒総代の御用にお使い頂かれた植田藤楠氏は、お若い頃に会社で鉄板が倒れてきて、右手の親指が皮一枚残して切れてしまう事故に遭われました。すぐに病院に行かれたのですが、医師からは、「一応手術しますが、元の通りにはなりません。」と言われたのです。当時の外科手術では治る見込みは少なかったのです。植田氏の奥様・千代子氏は、早速教会へお参りし、二代教会長伊藤コウ師に、「親先生、体裁が悪いですから、せめて格好だけでもひっつくように、おかげを頂きたいと思います。」とお届けなさいました。

★するとコウ師は、「私はそんなお取次はようしません。役に立たない格好だけの指なら、セルロイドでも木でもひっつけておきなさい。そんなお願いは、天地の親神様に対してご無礼でしょう。天地をまる生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。『元通りにしっかり働きの出来る指にして下さい。』というお願いならさせて頂きましょう。」と仰ったのでした。コウ師は、お願いさせて頂く上での心構えとして、神様をお立て申し上げる願い方をさせて頂かなければ、神様に申し訳ないということをご教導下さったのです。

★そのみ教えを頂かれた奥様は、すぐに改まられました。普段から、危険な現場でご主人が無事に仕事をなさっておられたお礼と、お礼の足りないお詫び、妻として後ろ祈念の足りなかったことをお詫びを申され、ご主人の側で夜通し御祈念なさったのでした。すると後日、手術なさった医師が「血管も神経も元通り通っています。奇跡的です!」と大喜びをなさった程の回復のおかげを頂かれ、元通りに働きの出来る指に治して頂かれたのでした。おかげを頂く受け物を作らせて頂かなければ、授けて下さるおかげも落としてしまうのです。

★『おごりがましいことをすな。ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな。』
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2018年08月02日

●家庭での信心教育

 あるご信者が、二代教会長・伊藤コウ師に、「家が結構になる為には、どの様にさせて頂いたらよいのでしょうか?私の家は、どうしてこうも物事がうまくいかないのでしょうか・・・」とお尋ねになったのでした。伊藤コウ師は、「結構になるには結構になる理由が、結構になれないのには、結構になれない理由があるのです。例えば、借財があるのに、それを返済しようともせず放っておいては、めぐりを積んでしまいます。そのめぐりは、必ず子孫にも伝わり、不幸の元を作ってしまうのです。めぐりを積む生き方にならぬよう、しっかり信心をして天地の道理を分からせて頂きましょう」とみ教えになっておられます。

★伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた頃、知人に聞いてこられた話を、伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)になさいました。それは、汽車の乗り継ぎに回数券の使い方をごまかして、実際に支払わなければならない料金以上に汽車に乗ることが出来るという話でした。

★その話をじっと聞かれて、ハル刀自は、「汽車というのは、あの大きな車体を製造して、高い地代を払って線路を敷き、高い給料を払って運転士やその他の人々を雇い、その他あらゆる人々のお世話になって、初めて走らせることが出来るものです。私たちは、切符を買ってじっと座っていれば、下駄も着物の裾もすり減らすことなく、行きたいところに連れて行って頂ける。その御礼としての運賃をごまかすとは、鉄道の会社に、また社会にめぐりを積むことになるのです。自分の積んだめぐり(社会や鉄道会社に対する借金)は、必ず先々に、お金で、あるいは体(怪我や病気、交通事故など)で、返さなければならなくなるのです。それを分からせて頂かなければ、結構になる生き方は出来ないのですよ。」と教えて下さったのでした。

★御礼のご信心は、おかげを頂く基礎、下地を作るようなものです。これまで頂いたおかげを自覚させて頂き、ご恩を知ってご恩に報いる御礼をさせて頂くことが、信心の根本なのです。根本を欠いてはいつまで経っても結構になれません。家族勢信心のおかげを頂き、信心教育に油断のない、有り難い家庭が一軒一軒と増えることは、地域全体、国全体、世界全体の繁盛につながっていくのです。

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2018年08月01日

●御礼の心を生活に表す 

 昨日を以て夏の信行期間を終えさせて頂きました。この7月を振り返らせて頂きますと、今までに無い高い気温をはじめとして、何もかもがご修行にふさわしい一ヶ月間でありました。西日本の豪雨や猛暑、台風など、さまざまな災害もありました。その中にあって、皆様がそれぞれに、自らのご修行を定められ続けられたことは、大変有難いこととお礼申し上げております。7月の信行期間に身に付けさせて頂いた良い習慣を、引き続き8月も実行させて頂き、おかげを頂いてまいりましょう。

★毎日が無事健康で続かせて頂けること、これほど有難いことはありません。神様のおかげを頂かなくては出来得ないことです。無病息災というのは、何も起こって来ないということではありません。毎日いろいろな事が起こって来る中で、あたかも何事も無いかのように、お繰り合わせを頂いていることを無事というのです。ですので、朝目が覚めたら昨日の御礼と今日のお願いを申し上げ、夜休ませて頂く前には、今日一日の御礼と明日のお願いをさせて頂くというように、毎日の積み重ねがその日その日のおかげを頂いてゆく基礎であるのです。

★先日、御礼のお宅祭をお仕えになったあるご信者は、お商売で新店舗を構えさせて頂かれてから3年を迎えられました。順調に繁盛のおかげを頂いておられ、大変有難いことです。毎日のお届けに、昨日の売上金額を書いて御礼の報告をされ、今日のお願いをなさっておられます。また1週間が終わらせて頂くと、営業日と1週間の売り上げの報告とお礼を申されます。さらにひと月が終わりましたら、ひと月の集計の報告をさせて頂き、お礼を申されます。毎月の御本部参拝と月例祭には、必ずご家族揃って参拝されています。お礼のお商売をさせて頂き、お礼に満ち満ちた生活にならせて頂くにはどうすればよいか、現在有難いおかげを頂き続けていることに対して、どのように御礼の信心をさせて頂くかを考え、実践なさっておられます。神様はその真心を受け取って下さり、また次なるおかげを先に先に授けて下さるのですね。

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