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2018年07月31日

●真心で一心に

阿倍野教会の初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。息子・庄五郎氏(徳次師の兄)が泌尿器の病気の時には、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ病気平癒のため歩いて参拝され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏は、金光四神様の10年祭の時に、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁つとに入れて下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。

★太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から30センチほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られたのです。甘木教会の先生がことのほか喜んで下さり「あなたが真心からお供えをと願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心を神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後、鯉をほどかれますとまだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されました。それが、なんと10年後の金光四神様の20年祭の時には、三尺(90センチ)に育っていたのでした。

★お供え物でも何事も自分でするのではなく、神様に御礼にさせて頂くという真心と、迷いのない一心が神様に通じてゆくのです。太市氏の熱心なご信心と、初代教会長先生の御修行して下さったお徳により、今日子孫の端々や、縁につながる多くの親族が信心を続けさせて頂き、有難いおかげを頂いております。霊様方が昼夜を別かたず、生き生きとお働き下さいますことに御礼を申し上げ、太市氏のその熱心なご信心と、神様に対してどこまでも真・真心を表していかれた、素直なご信心を見習わせて頂きたいと思います。

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2018年07月30日

●日切りをして一心に願う

平成元年12月、私の娘が生後10ヵ月の時のことです。あごの下にウズラの卵くらいの大きさの腫れ物が出来ました。すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き、病院に受診させて頂きますと、小児科の医師は「良いものでも悪いものでも、どちらにしても手術をした方が良いでしょう。」との診断でした。

★しかし、夫婦で話し合い「これからは一切悪い事を思わないようにして、御神酒でおかげを頂こう!」と決めさせて頂きました。金曜日に受診したので、土曜日・日曜日を挟んで月曜日に再受診の予定でしたが、月曜日までにおかげを頂こう!と心に決め、一心に御礼とお詫びとお願いを申し上げながら、日々娘のあごの下にある腫れ物に、お剣先に御神酒をひたして当てさせて頂きました。

すると何と、前から見ても見えていなかった腫れ物が、2、3日の内に前から見えるほどに下がり、受診予定日の朝には腫れ物の口が開いたのです。そして、どんどんと血膿をお取り払い頂いたのでした。年末には、ウズラの卵くらいあった腫れ物は、3分の1ほどまでに小さくなったのです。

★その後、病院に行く事もなく、メスを入れることもなく、一年間かけて計10回も腫れ物に口が開いて、血膿をお取り払い頂いたのでした。

★『自分から日切りをして願え。一週間とか一日とか、今のことを今とお願い申して、おかげを受けよ。一度日切りをしてお願いして験がなければ、重ねて願え。それでも験がなければ、なおもう一ぺんと、三度までは押して願え。願主があきらめてはいけない。押して願っておかげを受けよ。』

★日を切ってお願いをさせて頂くということを、経験させて頂くことが大切です。その日までに、どのようなおかげを受けたいかということを考えさせて頂き、その為にはどういうご修行をさせて頂けば良いか、ということを決めさせて頂いて、それが神様に対するせめてもの真心である、という心持ちでご修行させて頂くのです。神様が有難い体験をさせて下さり、おかげを蒙らせて下さいます。

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2018年07月29日

●わが心を神様に…

二代教会長伊藤コウ師のことを「泥棒」だと言ってふれ回った人がありました。それが、あろうことか修行生の一人だったのです。

★その話が親教会にまで伝わり、当時の教会長であられた吉田新太郎先生が、伊藤コウ師をお呼びになり、事情を説明するということになられたそうです。しかしコウ師は、一切弁明するようなことをおっしゃらず、「この度は、わざわざお時間を頂き有難うございました。全て私の不徳の致す所でございます。真に申し訳ございません。」とお詫びだけを丁寧に申されたのでした。

★後に、その件が事実無根のことだと分かったのでしたが、コウ師は相手を責めるようなことは一切なさいませんでした。それどころか、「あの人は、もっと自分に親切にして欲しい、もっと自分に気を使って欲しいと、そればかり思っているのです。それをこちらが汲み取ることが出来なかったのが、私の至らなかったところですから、どうぞしっかりと、あの修行生が育ちますようにお願いさせて頂きます」と仰ってその修行生の立ち行きを願い続けられ、ご布教が出来られるように準備をなさったのでした。

★さらには、その方が良縁を頂かれるように尽力なさり、お嫁さんを探されたのでした。そして、そのお嫁さんになられる方に対して「是非とも、このご縁の成就のおかげを頂いて下さい。どうぞ宜しくお願い致します」と手を付いてお願いなさったのでした。

★生きていく上には、色んなことが、目や耳に入ってくるものです。どんな時でも、自分の心さえしっかり神様に向かっていれば、問題が起きてきても、そこから改まりが生まれ、おかげになっていくのです。助かり立ち行くことを願って下さる、神様の広い大きなお心に近づかせて頂けますよう、日々信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2018年07月28日

●「せざるを得なくてする修行」とは?  

教祖様は、神様から与えて頂かれた数々のお試しを、何の迷いもなく覚悟を決めてなさいました。例えば、教祖様は蚊に刺されると皮膚がただれやすい体質であられましたが、神様に「蚊帳をつるさないように」とお知らせを頂かれますと、仰せの通りにご修行なさったのです。すると、後には蚊に刺されても差し支えの無い体質につくり変えて頂かれたのでした。

★前教務総長・佐藤光俊師のお書きになった文章の中に、『修行には「させられてする修行」「望んでする修行」「せざるを得なくてする修行」と3種類があるように思う。中でも「せざるを得なくてする修行」が最も重要な気がする。』と記されています。「せざるを得なくてする修行」とは、どういうご修行なのでしょうか?私達には、それぞれに神様から与えて頂いている役目・御用や立場があります。例えば、親になれば親として、せざるを得ないご修行が生まれてきます。それは、これまで自分がして頂いてきた事の実感、どれほどお世話になってきたのかを、自らが我が子を以て知るご修行であるのです。また、会社等では立場が上になればなるほど、仕事の幅も考えなければならない事も広がってゆき、責任は重くなってゆきます。

★自分がしなければならないご修行から、逃げて投げ出したとしても、逃げられるものではありません。覚悟を決めて、今、自分自身に与えて頂いているお役目を、真正面から受け切ってゆくことが出来ましたら、新しい世界が開けて、次の段階へと進ませて頂くことが出来るのです。厳しさや、苦しさ、煩わしさ、冷遇などに耐え、日々の生活で喜ばせて頂けることは何か?人には誠実に真心を尽くせているのか?と自分を見直し向上させる事が大切であるのです。
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2018年07月27日

●信心の基礎となるもの

二代教会長伊藤コウ師が、お導きをして頂かれ、初めてお参りなさったある奥様に、[5階の建物を建てるのでも、それだけの基礎工事が必要なのです。何事も基礎が大事です。私共も大きな願いを持たせて頂いて、願いが成就するためには、それに耐えうるだけの基礎を必要とするのです。それには年月もかかります。焦らずコツコツと一歩一歩地道に進むという事が大切なのです。何事も一足飛びにはいきません。少しずつ前進させて頂くということが、遅いようでも最も早くおかげを頂く道で、神様のお心に適う生き方なのです。あなたの隣に座っておられるお導きの親様をごらんなさい。今は結構な生活をなさっておられるでしょ。しかし、信心の初めは決してそうではありませんでした。お結界に来られたら、泣いて泣き崩れておられました。私はその時に「しっかり信心させて頂きましょう。あなたは家の機関車にならせて頂きなさい。ご主人やお子達を引っ張っていけるだけの徳と力を神様に与えて頂けるように、信心辛抱させて頂きましょう。」と申しました。それからは、一生懸命日参と聴教に励まれ、信心の基礎を作らせて頂かれたので、今ではこんなに結構になっておられます。あなたも是非そうならせて頂きましょう。大きな願いが成就させて頂くために、日参と聴教に励み、まず体の丈夫のおかげを頂き、そして家内中が不和のないように円満な家にならせて頂きましょう。家族親族がおかげを頂いてゆく基礎を作るのです。そして、次には御恩を知るという事が大切です。御恩を知って御恩に報いる生活をさせて頂きましょう。あちらこちらに迷惑をかけて、穴だらけの土地には立派な建物は建ちません。まず、穴埋めをさせて頂くことが基礎固めです。借金があるのであれば、まず借金を返させて頂きましょう。おかげを授けずにはおれないという神様のお心であるのですから、お願いを立てさせて頂いて、その願いに向けて信心の基礎を作らせて頂きましょう。]と仰せになられたのです。

★生活の中で、小さなところから御恩を分からせて頂き、悟らせて頂ける自分にならせて頂きましょう。

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2018年07月26日

●素直な信心

山伏が教祖様のお広前を、幾度も荒らしに来たことがありました。教祖様は『これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになるのは、わけはない。それなのに、そのように(山伏が)たびたび来るのは、神様がやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。』と、神様のさせなさるご修行として受け切られたのです。

★慶応2年12月24日、高橋富枝先生が御神前で拝んでおられましたら、『大谷には山伏が来て荒らしたが、来春3月の7、8日頃にはお上へ通り、公に拝めるようになるから、酒と肴とを持って歓びに行け。』と神様からお知らせがありました。 高橋富枝先生は、すぐにその通りになされ、お広前に参拝されますと、献納の提灯や絵馬・幕など、所狭しと置かれていた物が何もかも山伏に持って行かれ、お広前にささやかにお社がお祀りされており、涙が出るような光景でありました。 参拝者がみな異口同音に、山伏の暴挙に対して不満を申す中、高橋富枝先生は涙を堪えて「結構なお煤(すす)払いでございます。」(大掃除の意味)と持参されたお酒や鯛をお供えされました。

★すると、今度は教祖様のお口を通してご裁伝(神様のお言葉が下がること)があり、天地金乃神様は『何千何百人と参拝者はあるが、皆が気のふさがるような事を言い、一人として神を勇め慰める者はない。其方はおさなき婦人ながら先の歓びを言い立てて神を勇める。神も誠に喜ぶぞ。』と伝えられました。そしてその後、神様のお知らせの通り、翌年の3月にお上のお許しを頂かれ公に拝むことが出来るようになり、山伏も荒らしに来ることがなくなったのです。

★神様の仰せの通りに、素直に行動なされた高橋富枝先生のお姿を、神様がさらに喜ばれておかげを表して下さったのです。 難儀が起きてきた時に、それに打ちひしがれたり、不平不満を言うのではなく、神様がそのことを通して、成長させて頂く機会を与えて下さっておられるのです。『不自由を行とし、人や物事に不足を思わず、物事を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物を有難く頂くという心を磨いていると、早くおかげが受けられる。』とみ教え頂いておりますように、元気な心でおかげを頂く方へ、信心を一歩一歩進ませて頂きましょう。
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2018年07月25日

●お礼、お詫び、お願いの稽古

ある学生さんは、数週間も声を発することが出来ない、「失語症」を患っておられました。お友達との会話も筆談のみで、講義で発表することなどは到底不可能な状態だったのです。

★お導き頂かれて、お結界でお届けなさいました時に、「お礼申すことを探して、しっかりお礼を申す稽古をさせて頂きましょう」と、お話しさせて頂きました。そして、今日おかげを頂いていること、有り難いと思えることを、小さなことから大きなことまで、一つ一つノートに書き出して、毎日心の中でお礼を申す稽古をさせて頂けるように伝えさせて頂いたのです。すると、数日後有り難いことに、声を出させて頂けるように、おかげを頂かれたのでした。

★『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ。』教祖様がこのようにみ教えになられたと、二代金光四神様がお伝え下さっておられます。昨日を忘れるということは、過去に抱いた恨み・憎しみ、反省を伴わない後悔の念等は、神様にお預けするということです。そして、今日頂いているおかげをしっかり自覚して喜び、確かな願いに向かって、出来てくることに不平不満を持たず、先を楽しみに生きていくことが、あらゆることが立ちゆく元、子孫繁昌家繁昌の道だと教えて下さっているのです。

★このような有り難い生き方、心の持ち方を、本当に自分のものにさせて頂くためには、稽古が必要です。教えてももらわず、稽古もせずに、できる人は誰一人としていません。日々お取次を頂いて、み教えを頂き直し、お広前で信心の稽古に励ませて頂きましょう。日常生活で、み教えの実践に励ませて頂くことによって、一歩一歩、確実に、有り難い世界が開かれていくのです。

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2018年07月24日

●楽ばかりを求めず、なにかしら御修行させて頂く

6月28日から7月8日頃にかけて、西日本を中心に北海道や中部地方など全国的に記録的な大雨が降り、土砂災害や川の氾濫が相次ぎ、多くの被害が出ました。200名以上の方が犠牲となり、いまだ行方不明者の捜索が続いています。3万戸の家々が被災され、自衛隊の方々は、現在もなお、土砂の除去、がれきやごみの撤去・運搬、給水・入浴支援、被災地の警戒活動等に当たっておられます。

★先日、テレビの報道で、倒壊された家の中を老夫婦が泣きながら見回っておられるのを、拝見させて頂きました。家を立て直すことはそう簡単なことではありませんし、今まで生活しておられた家屋や物を失われて、精神的にダメージの大きい中にあって、「いつまでも泣いていてはいけない。前を向いて歩き出さねばならない。明日を思って元気を出さねばならない。」とご自分に言い聞かせるように、インタビューに答えておられたのです。梅雨が明けてから、35度以上の猛暑日となり、40度近くになるある中、水が出ない不自由な生活を送っておられる地域もあります。被災地の早期復興、被災者の助かり・立ち行きを願わずにはおれません。

★私共も生活の中で、楽をしていては申し訳ないと思い、なにかしら御修行させて頂きましょう。何かしら、せめてもの御修行をさせて頂くという心でおりませんと、人間は楽ばかりを求めてしまいます。それには、際限がありません。

★楽ばかりを求めますと、いつしかあれも足りない、これも足りない、誰も何もしてくれないという心になり、毎日不足に満ちた生活となります。足りないのは自分の辛抱、自分の真心、ご修行が足りないのです。要するに、信心が足りないのです。喜ぶ稽古をさせて頂き、身に染みて有難さを感じさせて頂ける信心にならせて頂きましょう。雨露をしのがせて頂いているという事が心から有難いと感じさせて頂くことができましたら、長者の暮らしとならせて頂けるのです。
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2018年07月23日

●心と身体の掃除をさせて頂く

昨日は、天候・気象を初めとして全てに於いて万事万端ご都合お繰り合わせ頂きまして、教会内外の夏の大掃除をさせて頂きました。大勢の御用奉仕を頂きまして、お広前や掛け出しの畳も、全て天日干しをさせて頂く事が出来、怪我過ちなく行き届いて、お礼のお掃除をさせて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。皆様の御用奉仕に心から厚くお礼申し上げます。

★『お広前は氏子の願い礼場所、信心の稽古場所である』とみ教え頂いております通り、真心をつくらせて頂き、おかげの受け物を大きくさせて頂く場所です。日々、神様のお許しを頂き、お広前会堂、記念館、真栄根館、真清会館等の建物、そして全ての境内地を使わせて頂き、信心の稽古に励ませて頂いております。それら全ては、神様がお建て下さったもので、阿倍野教会信奉者一同の深い祈りのこもったお広前です。信奉者一同が、このお広前でご信心を進めさせて頂き、日々お育て頂いておりますことは、真に有難く嬉しいことです。

★大掃除では、畳の上や柱などの目に見える部分だけでなく、普段は掃除出来ていない畳の裏や床下などの見えない部分の埃を綺麗にさせて頂きます。掃除に限らず、私たちの目に見えている範囲というものは実に狭いのです。目に見えていない部分を粗末にしないように、み教えを頂き直して、心を清めて磨く稽古を生涯のご修行にさせて頂きましょう。信行期間も残り十日足らずとなりました。ここからの締めくくりが大切です。さらに日々み教えを頂いて、我情我欲や悪癖・悪習慣など身に付いたものをお取り払い頂き、自分自身の心を改め磨き、心と身体の掃除をさせて頂くつもりで信心を進めさせて頂きましょう。

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2018年07月22日

●おかげの連続である毎日

13年前に、肝臓の生体肝移植を受けられたご信者が、先日、京都府立医大で受診されました。その際、医師から「あなたは生体肝移植を受けられて何年になりますか?」と尋ねられました。そこでそのご信者は「13年になります。」と答えられました。すると医師は「そんな方は今までみたことがありません。これまで私が診た患者は、だいたい5年から6年ほど命を保てたら良い方でした。あなたは他の患者さんの倍以上の命を頂いておられますね。」と仰って頂かれたのです。それを聞かれたご信者は、「なんと…毎日毎日神様の有難いおかげを、頂き通しに頂き続けてきたんだろうなあ…。」と、改めて心から有難く御礼申されたのでした。人の口を持って、神様からおかげを頂き続けてこられたことを教えて頂かれたのでした。

★生体肝移植を受けられた当初は、「手術を受けた後はどうなるのだろうか…。明日はどうなるだろうか…。一年先はどうなるのだろうか…。」と、明日のことさえも分からない毎日であられました。そこを毎日、朝にお参りなさって、昨日のことをお礼申し、今日一日のことをお願いをして、晩には今日のことをお礼申し、明日のことをお願いするお届けを、今日一日今日一日と続けてこられました。その有難いご信心のお徳により、13年もお命を延ばして頂かれて、現在も満73歳ですが、第一線でお仕事をなさっておられるのです。

★おかげを頂き続けている自分であるのに、それを自覚していなければ、神様に対して申し訳ないことです。お礼の足らない自分であることを自覚し、毎日毎日がおかげの連続であることを実感し、その有難さを噛み締めて、お礼の御用にお使い頂きましょう。
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2018年07月21日

●我を出さず、何事も神様にお願いをさせて頂く

『無理はめげるもとじゃ』とみ教え頂いておりますが、それは自分の力でしようとするから、無理になるのです。神様にお願いをしてからさせて頂きましたら、神様がさせて下さり、無理は起こってこないのです。

★先日あるご信者が「じっとお願いをして待たせて頂く、ということはなかなか辛抱のいることですね。どうしても自分勝手にしたくなり、我が出てしまいます。そこをどうぞご修行させて頂けます様に」とお願いなさっておられました。『何事にも無理をするな。我を出すな。我が計らいを去って神に心を任せよ。天地の心になっておかげを受けよ。』『いかなる大しけの時でも、金光大神を頼んで、助けてくださいと言って、船の向く方へやるがよい。船の行かぬ方へわが力でやろうとするから、命を失うこともある。』とみ教え頂いております。我執が強いことで周囲との関係や自分の体、家庭をも壊してしまうことになりかねません。神様が導いて下さる方向へ進ませて頂いて、神様がして下さるところにお任せをすれば有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。

★『天地日月の心になること肝要なり』お土地は全てのものを受け入れて下さいます。汚いものでも分解して肥やしにして下さいます。大きく受け止めて下さる包容力があり、寛容であられます。天地のお心ということは大変広いお心のことですね。日月と書きますが、日と月の漢字を合わせますと、「明るい」という字になります。明るい心で先を見通せるように、また思い分けのできる賢さを身に付けさせて頂きますように、ということも教えて下さっているのです。

★「今神様が与えて下さっていることはこういうことである」とご意味がしっかりと分からせて頂ける氏子にならせて頂けますように。『悪いことを言うて待つなよ。先を楽しめ。』『今月今日で頼めい。おかげは和賀心にあり。』といったみ教えをしっかりと頂かせて頂きましょう。

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2018年07月20日

●素直にみ教えを頂き、根気強く願い続ける

18日の教徒会例会でおかげ話をして下さった柴田氏は、ご実家の岡山でお祖母様から三代目のご信心を頂いておられました。また奥様も阿倍野教会で三代目のご信心を頂いておられましたので、結婚後も夫婦揃ってお参りされて信心を進めてこられました。

★しかし、40才の時にお友達と興された会社が、阪神大震災の頃から商売に陰りが見え始め、そんな頃に、仕入先から不渡りを出され借金を抱えることとなられたのです。ご家族揃って三代教会長先生にお届けさせて頂きますと、「その程度の金額なら返済出来ます。5年で返済させて頂きましょう。保証人になった分の返済だけでなく、ご迷惑をかけた全ての所への返済をさせて頂きましょう。」とのみ教えを頂かれました。その時に覚悟が決まられたのです。み教えを素直に頂かれ、ご家族揃って一層改まりの信心に励まれました。そして10年後の平成19年の開教85年の記念大祭の年に、無事借金完済の大みかげを頂かれたのでした。

★神様を杖に、借金返済の覚悟を決められた頃、お結界の先生より、「朝だけではなく、夜もお参りさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれ、毎朝の朝参りとお届けに加えて、夜のお参りも続けられ、お礼のお掃除の御用にお使い頂いておられます。それを、今日まで21年間続けておられるのです。その間に、新しい仕事の上で万事ご都合お繰り合わせ頂かれ、借金を完済させて頂くだけでなく、71歳になられた現在も元気に勤務のおかげを頂いておらます。頂かれたみ教えを素直に守らせて頂き、行くべき道を分かり、正しい願いを持ち続けるということは、真に有り難いことですね。後のことは身体の上にも仕事の上にも、神様が引き受けて下さるのです。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ』
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2018年07月19日

●改まりを重ねて一心になってゆく

あるご信者がお宅祭の席で、二代教会長先生に「私の懺悔を、神様に聞いて頂きとうございます。」と話し出されました。そのご信者は目が見えない時期があり、神様にお願いをさせて頂かれ、一日に2度3度とお参りをなさり、手術を受けて目が見えるようになりました。その後も一人息子さんが家業を継がれ、家業も子孫も繁盛させて頂いているお礼を申されました。

★そして「振り返らせて頂きますと、祖父母に大変な親不孝をしておりました。祖父母は貧しかったのですが孫の私を引き取り、住んでいた村では高等学校に行くような人は無いような時代に、高等学校まで卒業させて下さいました。村の人から、貧しい家であるのに分を越えていると指をさされ笑われながらも、辛抱して私を育てて下さったのです。しかし私は、祖父のお酒を買いにお使いに行っていた時、そのお金の中から五厘ずつごまかしていたのです。当時では飴玉が6つほど買えるほどの金額です。高等学校を卒業したら大阪に出させて頂きましたが、御恩になった祖父母をだまし、御恩返しも出来ない状態で大阪に出てきて、その後も何のお返しもせずに生活をしておりました。申し訳ないことでした。」

★入信前は「なんでこんな苦しいことになるんだ」と思っていたご信者が、入信後には、自分の間違っていた部分に気が付かせて頂けるようになったのです。「どうぞ御恩の返させて頂ける人間に、真心のある人間にならせて頂けます様に。こんな不行き届きな私をお許し頂けます様に」ということでした。

★おかげを頂く秘訣はここにあるのです。「こんなことでは相済まん、こんなことでは申し訳ない」と改まりに改まりを重ねていくことが、一心になっていく生き方なのです。そうしますと神様がご信用して下さり、人様からもご信用頂けるのです。『神に一心とは迷いのないことぞ』とみ教え頂いておりますが、改まりに迷いがないということです。神様も『もっと改まって、結構になっていけよ』と願って下さっているのです。ですから、信心が進んでいくように、何かと御修行や材料を与えて下さるのです。その神様の思し召しが分からせて頂けましたら、おかげになっていくのですね。

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2018年07月18日

●神様がさせなさるご修行

あるご信者が、以前は子供さん家族とも円満に生活なさっておられましたが、行き違いが起こり、子供さん家族は、一切話をしてくれない、何も受け入れてくれない状態となったのです。ご信者は「私の信心が至らないという事は、重々承知なのですが、どうしてこうなったのか分かりません。」とお届けに来られたのです。そこで、「これは、神様から有難い材料を頂きましたね。この度のことを通して、自分の真心が足りない、親の心得が違っているところを神様にお詫び申し、改まらせて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。」とお話しをさせて頂いたことでした。

★ご信者は「神様の氏子をお預かりしているという心持ちでなく、いつしか自分が産んだ、自分が育てた子供だと思い違いをしておりました。しっかり改まらせて頂きますので、どうぞ神様から本人に必要なことは伝えて頂きますように。」とお願いされ、改まってお参りなさっておられました。すると、先日有難いことに子供さんから連絡が入り、これまでのことをお詫び申され、話し合うことができられたのでした。相手のことを思い、願い合いをしている親子であるはずですが、ボタンの掛け違いというようなことが出てくるのです。それは、どこかお互いに行き届かないところがあるのです。そこを、お互いが自覚し改まらせて頂けば、一番有難いのですが、なかなか思うようにはなりません。それは、信心を進めさせて頂いている親の方が先に改まらせて頂きますと、あいよかけよで立ち行くという姿になってゆくのです。

★教祖様は、何事も、神様がさせなさるご修行であると受け切られ、腹を立てることもなく、逃げる事もなさらず、神様に心を向けられたのです。出来てくる問題、ご修行というのは、自分にとって一番必要なことを、神様が与えて下さっているのだという事を分からせて頂きましょう。
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2018年07月17日

●自然の行

『人の心も直うに持てば尊い。ゆがむと、けんか口論せねばならん。打つ墨縄の一筋に神様に信心する時のように、いつも真心が大切である。婦人が木綿を織るには、よい糸と自分の真心とをもって、人のほめるような木綿もできる。また、座敷、押しこみ、板場にちりが積もるごとく、人間、我欲のためにわが心にちりが積もる。わが心わが身が汚れぬように、心と体の掃除をするごとく、今月今日で信心をしなさい。』

★あるご信者は、自動車に乗っているところを、突然「コツン」と、当たり屋に自転車で当てられたそうです。相手から当たってきたのにもかかわらず、「今当たったな。病院にいくようなことになってもええんか。困るんやったら、今、財布に入ってるお金で解決してやる。小銭はあかんで」と言われ、困りながらも、それもめぐりのお取り払いと思って、お財布のお札を差し出されると、「あんたもこれから仕事やろうから、これで勘弁してやる」といって、立ち去っていったそうです。ご信者は、「常平生の仕事の上に、私にまだまだ至らない点がたくさんあるに違いありません。まだまだ信心が至りません。お金で済むことで、めぐりをお取り払い頂くのなら、一番軽い形でのお取り払いと教えて頂いております。有り難うございました」と、お礼を申しておられました。

★このお道のご修行は、『家業が行』つまり、自分に与えて頂いているお役目、起きてくる諸問題(人間関係の問題、仕事上の問題、等々)を、神様にお礼とお詫びを申しながら、有り難く受け切らせて頂くことがご修行だと、教えて頂いております。「自然(じねん)の行」という言葉がありますが、自分から、断食をしたり、水垢離をとったりする修行ではなく、文字通り、自然に起きてくることを、心を乱すことなく、自分の為すべきご修行として、有り難く日々取り組ませて頂くことが、心と体の掃除になり、お徳を頂くことにつながるのです。

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2018年07月16日

●本当の修行・本当のおかげとは… 

昨日は、天候気象の上にも、団体列車とバスの運行の上にも全てに於いて万事万端にご都合お繰り合わせを頂きまして、七月の御本部御礼参拝を共々におかげを頂きましたことは、真に有難いことでございました。また、この度の参拝は、西日本豪雨災害の被災なされた方々の助かりと立ち行きと、被災地の早期復興に祈りを込めさせて頂いた参拝でした。

★二代教会長伊藤コウ師は、ご自身が金光教学院でご修行なさった頃のことを、次のようにお話し下さっています。「学院では、一日中足を崩さずに正座をさせて頂くと、座りだこがたくさん出来るおかげを頂きました。」「手がひび割れて血が出るようなおかげを頂きました。」「寮では女子の世話役にして頂き、自分の事だけでなく人様のこともさせて頂くなど、お世話をさせて頂けるおかげを頂きました。」等というように、出来てくること全てをおかげとして有難く頂かれたのでした。

★学院卒業の日には御本部のお広前で「さまざまなご修行をさせて頂くおかげを頂き、有り難うございました。」と、御礼のご祈念をなさいました。すると、神様から「今までは形の上での修行をさせてやったが、これからは本当の修行に入らせてやるぞ。」とのお知らせを頂かれたのです。

★まさに、その直後のことです。卒業されたコウ師を、御本部に迎えに来られていた初代教会長先生が、高熱を出され御霊地で倒れてしまわれました。そして「3日ともたない命である」と医師より告げられたのです。金光様のお取次ぎ、御祈念を賜わり、各先生方のお祈りを受けて初代教会長先生は次第に良くなられましたが、教会へ戻られてからも養生が必要であられた為、学院を卒業したばかりのコウ師が、すべての御用を代わりに勤められることとなられたのでした。

★「本当の修行をさせてやる」という神様のお言葉通り、次から次へと厳しい出来事が起こってきたのです。コウ師の「おかげを頂いた」と仰るご意味は、「楽にして頂いた、人にして頂いた」という事ではありません。「神様から厳しいご修行を与えて頂けるおかげを頂いた」というご意味であるのです。「この事を通して育ってほしい」という神様の親心を十分に理解しておられたのですね。
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2018年07月14日

●薬となるか毒となるか…

あるお母さんがまだ1歳に満たない赤ちゃんを連れて参拝されました。その赤ちゃんが、視力が通常より悪くどうあっても全快のおかげが頂きたいと願われてのことでした。赤ちゃんを連れてお参りされました。そして、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました時、コウ師は「あなたが赤ちゃんにあげている母乳が、有難いおかげを頂いたものであれば子供はおかげが頂けます。今のあなたの母乳は汚れて、毒気が含まれているのです。ですから、子供の身体の諸器官が正常に育たず、何ヶ月も病院で治療を受けても治らないのです。これから、1週間の日を切ってお願いさせて頂きましょう。今日から病院へ連れていく代わりに、お母さんが赤ちゃんを抱いて毎日お広前に連れて来なさい。そして、お母さんがみ教えを頂いて、心の掃除をさせて頂きなさい。赤ちゃんが泣けば、土間で立ってあやしながらでもみ教えを頂きなさい。そうして、自分の心の汚い部分をお取り払い頂きましたら、神様のおかげを頂いた、有難い滋養に富んだ、素晴らしい立派な母乳を神様が授けてくださいますよ。1週間お参りさせて頂いて、あなたの心の垢や醜いごみを一つ一つ取らせて頂いて、きれいな心に変わらせて頂いて、良い母乳が出るようにおかげを頂きましょう。必ず、赤ちゃんの目はきれいに治らせて頂きますよ。」と仰せになられたのです。お母さんはコウ師より頂かれたみ教えを素直に守られて、朝に昼に赤ちゃんを連れてお参りされ、み教えを頂かれますと、赤ちゃんの目の状態が1週間で次第に良くなり、視力が出させて頂けたのです。コウ師は、このことについて、「神様ははっきりしておられます。氏子が改まらせて頂きますと、改まっただけのおかげを授けて下さるのです。それは、如実に表れてきます。」と仰っています。

★この母乳のお話は、一つの例でありますが、家族に対して仕事や土地や家に対して、生活の全てにおいて、愚痴不足や不平不満が自分の心にあることにより、その毒が身体に蓄積され、自分自身はもちろんですが、周囲をも傷つけているのです。言葉や表情を通して、また生活や仕事ぶりを通して周囲に薬となるのか、毒となるのかを考える必要があります。例えば、家族に料理を作らせて頂く際にも、祈りを込めて愛情を込めて作らせて頂けば、天地のお徳がそこに現れ、頂く側は天地のお徳を頂くことができ、薬となって家族は健康を保つことができるのです。不足が先にある生活は、そこに毒気が現れて、天地のお徳は現れませんね。み教えを頂いて、自分の心にある汚れている部分を掃除させて頂きましょう。

★『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる。』
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2018年07月13日

●人間中心の願いから、正しい願いへ変えて頂く

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長先生と二代教会長先生がお留守で、お広前には御隠居様(二代教会長のご母堂・ハル刀自)が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★御隠居様は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。虫一匹、草木一本にしてもみな生きたいと思っている。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」

★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。御隠居様は「喜んでさせて頂きましょう。3日間、日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★ご信心させて頂いておかげを頂いていくということは、自分勝手な人間中心のお願いのあり方から、正しい願い・正しい心に変えて頂けることなのです。すると神様もお喜び下さり、さらに正しい方向へお導き下さるのです。そのようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

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2018年07月12日

●心も身体も手入れをして磨かせて頂く

先日、一年以上受診しておりませんでした歯医者へ、定期検診に行かせて頂きました。別段痛むところも無かったのですが、歯石などを綺麗に取って頂きました。そして、医師から「綺麗に磨けていますね。どこか気になるところはありますか?」と尋ねて頂きましたので、「1週間ほど前に、一番奥の上の歯から出血し、心掛けて丁寧に磨かせて頂くと出血は止まったのですが、そこがどうなっているか診て頂けますか。」と申しました。すると「確かに出血した様な跡はありますが、今は治まっています。歯肉炎もありませんし、歯周病もありません。行き届いて丁寧に磨けていますから、このまま続けていきましょう。」と言って頂いたのでした。

★さらに「あなたは歯ぎしりをなさいますね?」と尋ねて頂きました。以前に、三代教会長先生の隣のお部屋で休ませて頂いた時に「あなたの歯ぎしりで夜中に起こされる。」と言われた程に、自分では気付きませんが歯ぎしりをするようです。「その歯ぎしりによって、歯の根元が剥離して知覚過敏になっているので、よく気を付けて下さい。」と注意して頂いたのです。

★毎日変わり無く生活をさせて頂き、身体に負担の無いように心掛けて食事も頂いておりますが、全く気付いていないところで、身体に変化が起こっていることに驚かされます。そして一生懸命しているつもりでも、何事に於いても行き届かないところが多々ある事に気付くのです。その行き届かないところを、客観的に診て頂く必要があります。客観的に見て頂いて、心も身体も手入れをさせて頂くことは、実に大事なことであるなあと改めて思わせて頂きました。

★私達は、日参と聴教に励み、自分自身の姿を見つめ直す稽古をさせて頂いております。 『磨きても なお磨きても 磨きても 錆びて果てなき わが心かな』と甘木教会の初代・安武松太郎師がみ教えを残しておられますが、毎日自分では磨けないところを、改め磨いてゆく必要があるのです。厳しいと思える様なみ教えも、また厳しいと思える様な出来事も、出来事を通して神様のみ教えを頂くのです。それは、人の口を通して頂く事もありますし、ふと自分の心に気付かせて頂く事もあるのです。夫々に心も身体も手入れをさせて頂いて、鍛え磨かせて頂きましょう。
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2018年07月11日

●ご恩の分かる人間に

昨日は、二代教会長・伊藤コウ師の御母堂であられる、伊藤ハル刀自のご命日でした。伊藤家の信心の初代であられ、病気がちな娘さん方の体の丈夫と家の繁昌を願って、「私一代でめぐりのお取り払いを頂けますように。その為ならどんなご修行もいといません」との覚悟をもって、ご信心をお進めになったのでした。

★娘さんのスエさんが、ある年の夏、暑さしのぎに冷たい物を食べ過ぎたり、物干しにござを敷いて寝たりと、体を冷やすことばかりしてしまった為に、秋口に腰が立たなくなられたのでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、ハル刀自は、以前お世話になったご恩返しにと、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間ハル刀自が帰られるまでにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★ハル刀自は、学問といえば寺子屋で学ばれただけのお方でしたが、娘さん方は口を揃えて、「何でもお母さんのおっしゃる通りにしていれば間違いない。お母さんはいつも正しいことを教えて下さる」と、おっしゃっておられたそうです。伊藤家の、そして、阿倍野教会の信心の礎を築いて下さった、ご信心のお徳を偲ばせて頂き、更に代を重ねて信心が進ませて頂けますよう、日々稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2018年07月10日

●我が身我が心に克つ信心

 昨日は、天候を初め万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、二代教会長・伊藤コウ姫の36年廻れる例年祭を、お仕え申し上げることが出来ましたこと、真に有り難いことでございました。ご生前中にご教導頂き、御霊神となられてからも日々付きに付いてお守り下さり、助かり立ち行きを願って下さっていることにお礼をしっかりと申させて頂き、ご安心頂ける信心に進ませて頂きたいと思います。

★二代教会長伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた時、同期の男性の先生だけが昇給されました。コウ師は、自分が評価されていないと不足に思っていたところ、友人から、別の学校で良い給料で働く誘いを受けられたのです。そのことを御母堂・伊藤ハル氏にご相談されますと、ハル氏は穴のあくほどコウ師のお顔を見られ「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。今の学校で役に立たん人間が他の学校へ行っても役に立たん。」と仰せになられたのでした。コウ師は、そこでご神前で神様にお詫び申されますと、ふと心に神様から気付かせて頂かれたのでした。「働きが足らないものは、どこへ行っても働きが足らないのだ。働きも足らないのに、給料をあげて欲しいと思う考え自体間違っている。それは月給泥棒と同じことだ。クラスが、学年で一番成績が悪いのを、子どもの責任にしておるのではないか?自分が本当にまともな働きが出来ているのか、良く考えなければならない。」と神様から教えて頂かれたのでした。そこでコウ師は、「これからしっかり改まって、お役に立つ働きが出来ますように努力させて頂きますので、どうぞご無礼不行き届きをお許し下さい。」と、一生懸命にお詫び申されたのです。

★それからは、一番早く学校へ行って掃除をしてから授業の準備をされ、そして子供たちを放課後に残して分からない所を教え、これまでよりも輪をかけて丁寧に教えていかれたのでした。すると、学年で一番成績が悪かったクラスが、一年も経たない内に学年で一番の成績のクラスになったのです。そしてなんと次の年に、二段階の昇給をして頂くことが出来られたのでした。

★コウ師ご自身も全く間違いがあられなかったというわけではなく、考え違いや取り違いをあられたところを神様に心を向けられ、反省と改まりを繰り返し稽古なさったので、我が身我が心に克つ信心となってゆかれたのです。『信心は我が身我が心に克つことを心掛けよ。』
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2018年07月09日

●家業と信心相続のおかげ

本日午後2時より、二代教会長・伊藤コウ師の36年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族親族揃って御礼の参拝が出来られますようお祈り申し上げます。

★昨日は、みかげ会例会が開催され、木下氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。木下氏は、熱心なご信心のあるご家庭にお育て頂かれました。木下氏が生まれる時には、母子共に命のない危険なところを助けて頂かれました。また、三歳の頃には、下半身に広く大火傷を負われました。ご両親が毎日お取次を頂いて、御神酒を浸した御剣先を患部に付け、神様に一心におすがりなさったところ、40日後には跡形もなく全快の大みかげを頂かれたのでした。このことをきっかけに家族中改まられ、毎日日参出来るようにと、勤めていた鉄道会社を退職して独立開業し、鶏肉の販売業を始められました。それからは、毎朝お届けをし日参と聴教に励まれました。開業当初は大変苦労をなさりましたが、神様におすがりなさり、伊藤コウ師のみ教えを素直に守られて、徐々に繁盛のおかげを頂かれたのでした。

★木下氏は、お兄様と共にご両親から家業を受け継がれました。そして、何度もご自身の身体の上に次々とおかげを頂いて来られました。左前庭神経炎に罹られた際にも、仕事に支障がないように、入院することなく大病を小病におまつり替え頂かれました。また、ある時には仕事中に誤って機械のチェーンに右手親指が巻き込まれてしまいました。ほぼ切断された状態で、再び付かないかもしれなかった所を、御神酒でおかげを頂かれ、すっかり元の状態に戻らせて頂いたのです。さらに、急性喉頭蓋炎を患った際にも、各医師より最善の治療をして頂いたおかげで、最小限の症状で済ませて頂くことが出来たのでした。

★木下氏は、これまでおかげを頂いてこられた御恩を忘れることなく、ご家族揃って毎月の月例祭と御本部参拝には欠かさず参拝なさっています。さらに、息子さん達や娘さんも数年前より家業相続のおかげを頂かれ、共に家業と信心相続のおかげを頂かれ、子孫繁盛・家繁盛のおかげを頂いておられます。

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2018年07月08日

●油断のないように信心を進めてゆく

『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』

★ご主人に連れられて参拝された方があられました。二代教会長先生、三代教会長先生からみ教えを頂いておられたら、「どんなおかげが頂けるのだろうか?ちょっと試してみよう!」と思われ、信行期間中に住吉から阿倍野教会に1日に4回、5回とお参りなされ、ひと月で150回ほどのお参りをなさったのでした。

最初は神様のおかげとはどのようなものかと、試そうと思われたわけですが、み教えを頂いているうちに夫婦の間柄での言葉の使い方、お金の使い方、子供のしつけの仕方等、今までの生活がどれほど間違っていたのかが分かり、考えてみたら無駄ばかりだったと気付かせて頂けるようになったのです。

★信行期間が終わった翌日のことです。ご主人が「おかげを頂いた!」と驚きながら帰って来られたそうです。それが、3年間も音沙汰のなかった方が会社に訪ねてこられ、借金を耳をそろえて持って来て下さったそうです。その時に「奥さんがお参りしてくれたおかげだ」と感じて、1日60本以上も吸っていたタバコを「やめる」と仰ったそうです。さらに、ご信心の有難いことが分からせて頂けたので、「御本部参拝をさせて頂こう!」とも言って下さったのでした。

★平成3年、奥様が胆石の手術を受けられて無事成功した後に、急性の胃潰瘍になられた時のことです。2日間(一日に洗面器一杯ほど)血を吐き続け、医師は「この状態があと一日続いたら命がもちません。緊急手術をして胃を全摘するか、それとも死ぬかです」と仰ったそうです。それを聞かれた息子さんが、お広前に一日中座り通して御祈念なされ、お取次ぎを頂かれましたら、3日目は1回も吐血することなく、手術も必要なくなるおかげを頂かれたのです。医師も「こんなことは考えられない!まさに神様のおかげですよ!」と仰ったのでした。

★有難さを体験させて頂き、勢信心に繋がらせて頂けたのですね。目の前のことのおかげを頂いたら終わりということでは、神様にお喜び頂けることにはなっていきませんね。『生涯が修行である』とみ教え頂いておりますが、何が起こるか分からない日々ですから、おかげはその時々で頂いていかねばなりません。しっかりとご信心をさせて頂き、神様のおかげを続けて蒙らせて頂けるよう、共々にご信心を進めさせて頂きましょう。

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2018年07月07日

●常平生に徳積みの信心を

先日来、梅雨の激しい雨が日本各地で降り続いております。昨年は、九州地方で大雨による大規模な被害があり、一日も早い復興が願われる中、この大雨を無事にしのがれます様に、また、日本各地において、大難を小難・小難を無難におかげを蒙られますよう、共に願わせて頂きたいと思います。

★以前、大雨で長良川が決壊した際に、周辺の広い地域が浸水被害を受けられたことがありました。その地域に、家業で木材を扱うご信者がおられました。水害に遭われた時、そこらじゅうが水浸しで、多くの木材が流されました。そのご信者の会社も木材がどこに流されていってもおかしくはない程の状況であったのにもかかわらず、水が引いた後に材木の全てが敷地内に留まったままに、おかげを頂かれたのでした。普段から手厚くご信心なさっているお徳によって、いざという時にお守り頂かれたのですね。常平生から、信心辛抱のお徳、御用のお徳、お導きのお徳を積ませて頂いておりますと、いざという時には、人の智恵では考えも及ばない、常識には当てはまらないようなおかげも頂けることが分かります。

★お道の信心のご修行は日常の中にあって、不自由を行とさせて頂くのです。雨に濡れたり、交通事情が悪くなったりすると不自由を感じたりしますが、その時こそ、心行に取り組み、心を乱すことなく、有難いご修行にさせて頂きましょう。病気、災難に遭ったり、人から身に覚えのない誹謗中傷を受けたりするようなことがあっても、「これで一つ、めぐりのお取り払いを頂き、有り難うございます」と、神様にお礼を申し、み教えを元に受けきらせて頂いておりますと、めぐりをお取り払い頂き、有り難いお徳を身に頂くことがでます。常平生から、信心の地を肥えさせて頂くことが大切なのです。

★『神を親と思って信心をしていれば、神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあろうが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えないところは神が守って下さる』

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2018年07月06日

●この世に「徳切れ」ほど恐ろしいものはない 

二代金光四神様は、桂松平師に「桂さん、世の中で何が一番恐ろしいかのう」と問われた時「さようでございますなあ・・・、昔から、地震・雷・火事・親父と申しますが、私もそれが恐ろしゅうございます」と申し上げました。すると四神様は、「そうじゃのう。それもあるが、世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい。」とみ教えなされたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、「徳切れの姿になると、前へも後ろへも進むことが出来ず八方塞がりになるのです。また、生きたくても生きられない、死にたくても死なれない、というような状況になってしまう人がありますよ。お世話になり恩恵を受け続けて生活しているのですから、そのご恩に報いる生き方をさせて頂くことを願わせて頂かなくてはなりません。今日まで頂いているご恩の有難さが分からず、御礼をさせて頂くことを忘れていると、恩詰まりになり、恩詰まりは徳切れになるのです。徳切れほど恐ろしいものはありません。」と常々み教えを下さいました。

★徳切れにならないために、私達は日々しっかりとお徳を積む生活を心がけさせて頂き、前々の悪習慣や悪癖によるめぐりを取って頂かねばなりません。そして、おかげを頂いたら徳の貯蓄はゼロになったと思って、一からまた改まってお徳を積む生活を心掛けてゆくことが大切です。自分自身がしっかりと信心させて頂いて、家業の行に励ませて頂き、積徳の心行を心掛けさせて頂きますと、自分自身だけでなく周囲の方も助かってゆくのです。
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2018年07月05日

●夫々に与えて頂いているご修行を有難く

ある家庭で、高校生である息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、両親が大層悩んでおられました。そこでお導き頂かれ、お参りなさるようになられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。すると、「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれたのでした。

★しかし、これまでお父さんは「自分が働いて息子をここまで育ててきた。」という思いや、「真面目に働いて育ててきたのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか」という感情の方が先に立つ為、なかなか息子さんを拝む事が出来られませんでした。そこで、お父さんは日参され、毎日「どうぞこの息子を心の底から拝めますように。」とお届けしてお願いなさる稽古をされたのでした。毎日み教えを頂かれるうちに、段々と自分自身の根本的な考え方が間違っていたということに気付かれたのです。今まで自分の家庭、自分の子供だと思い、神様から授けて頂いた家庭・子宝、という尊い考え方ではなかったという事に気付かれ、改まってゆかれたのです。

★しかし、息子さんを目の前にすると、心の底から拝む事がなかなか出来られません。そこを繰り返し繰り返し年月をかけて、神様におすがりして拝む稽古を続けられるうちに、いつしか家庭内暴力も収まっていったのです。さらにその息子さんは立派に成長なさり、大学を卒業して就職し、また結婚もされて子宝を頂かれ、ついにはその子供を連れて、教会へお参りしてくれるようになられたのでした。

★そのお父さんは晩年、「私は、おかげだけは人一倍頂いております。今息子は親の事を祈ってくれるようになりました。勿体ないことでありますが、私はまだ本当に心から息子のことを拝むことが出来ません。どうぞお許し下さい。」とお礼とお詫びを申され、入信の初めに頂かれたみ教えを、生涯かけて素直に、また謙虚に守り通されたのでした。

★お父さんがお国替えされた後は、息子さんはお母さんを大事になさり、信心を受け継いでおられます。

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2018年07月04日

●神様の願いが氏子の願いとなるように

阿倍野教会では、「体の丈夫」「子孫の信心教育」「豊かな生活」「平和円満」「徳と力」の五つのお願いを掲げさせて頂いております。これは、自分一人だけの助かりを願うものではありません。一年勝り代勝りにおかげを頂き、家族・親族中が代を重ねて理想の姿に近づかせてゆくように、長期に亘ったお願いをしてゆくのです。五年、五年と五ヵ年計画を立ててお願いします。両親、祖父母…と代を重ねて願ってきて下さっていることも、自分の代の願いとして願わせて頂き、神様にご安心頂き、お喜び頂ける家になることを願わせて頂くものです。

★三代教会長先生はお国替えされます時に、御遺言として、「皆が互いに相手を尊重し合い、円満に協力してゆくこと」をみ教え下さいました。それは、親が願い続けて下さったことですが、私共も神様、親様にご安心頂けますように、日々お願いさせて頂いております。

★教会では、初代・二代・三代と、大切に残して頂いておりますみ教えを、有難いことに今日まで伝えて頂いています。良いことは続けること。神様にお約束したことは、固く守り続けてゆくこと。物事に柔軟に対処してゆくこと。無理・無駄・ムラのない生き方をすること。飲酒・喫煙をしないこと。毎月、御本部御礼参拝をさせて頂くこと。また月例祭等の祭典の日は、決して変えることなく、また省略をしないということ等々、初代から、二代、三代、四代と今日まで守り続けさせて頂いております。それぞれにご信心を頂いて、神様を第一にさせて頂く心を養い、神様の願いと氏子の願いが一つとなりますように、神様にお喜び頂ける氏子にならせて頂きましょう。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり』
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2018年07月03日

●家業を通して心を磨く

朝に10時に2時に晩にと、ご信者皆様が元気に参拝のおかげを蒙られ、夏の信行に取り組んでおられますことは、真に有り難いことでございます。朝参りをさせて頂こうと思いましたら、前の晩から段取りをつけさせて頂き、しっかりとした願いを持たせて頂くことが大切です。

★心身共におかげを頂いて、朝参りをさせて頂き、一日のことをお願いさせて頂きますと、その日一日、時間のご都合も、人手のご都合も、何もかもにご都合お繰り合わせを頂くことを、実感させて頂けるのです。難しいと思われた仕事もスムーズに進み、段取りが次々とついていき、会いたい人には、相手の方から連絡を頂き、その相手からは、自分の思う以上の働きをして頂ける…というような、有り難いお届けを聞かせて頂きます。改まった信心をさせて頂けば、天地に満ち満ちた神様のお徳を、身にも心にもしっかりと頂くことが出来るようになり、全てに助かる道が開かれていくのです。

★何事にも不足を言わず、頂いた役目を潔く有り難くさせて頂き、誰に対しても親切丁寧に応対させて頂きましょう。小さな仕事でも、利益の薄い仕事でも、変わりなく実意丁寧にさせて頂いておりますと、神徳人徳を頂き、繁盛の元を築くこととなるのです。

★教祖様は、断食や水行などの『表行』より、家業を通して日々ご修行させて頂く『心行』をせよと、仰せになっておられます。現在ご信心を頂いておられる各ご家庭には、ご信心にご縁を頂いてから、それまでの間違った生き方、考え方を、み教えに基づいて改まられ、おかげを頂いてこられた歴史があることと思います。そうした、おかげの歴史、改まりの歴史を、後々の方もしっかりと受け継がせて頂き、信心を向上させて頂くことが、心と体の掃除をさせて頂くことになるのです。今日のおかげの元となった、初代・二代のご信心を大切にさせて頂いて、より一層有難いおかげを蒙らせて頂きたいと思います。

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2018年07月02日

●心配も腹立ちもご祈念に変えさせて頂く

7月1日より夏の信行期間が始まりました。有難いご修行をさせて頂く、という心持ちで日参と聴教に励ませて頂き、心と身体の掃除をし、鍛錬をさせて頂くつもりで、日々のご信心を進めさせて頂きましょう。そうして心を正しく・清く保たせて頂けるようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

★しかし、人間のすることでありますから、常にみ教え通りに出来るかというと、そうではないところがあります。「あれも至らなかった、これも至らなかった」ということは出てくるものです。その時に「ただいまは考え違いを致しました。申し訳ないことでございました。まだまだ至りませんが、何卒よろしくお願い致します。」と神様に心を向けて、ご祈念に変えさせて頂くのです。

★『腹立てば心の鏡の曇ること』とみ教え頂いておりますが、腹を立てないようにすることはなかなか難しいですね。腹を立てたことを人に話してしまいますと、より一層に増幅してしまう場合もあります。では、どうすれば良いかと言いますと、ご祈念をさせて頂いて神様にお取り払い頂くのです。さらに相手の助かり・立ち行きをお願いさせて頂くのです。

★私は以前「私が間違ったわけではありません。あの人が間違いを起こしたのです」と、三代教会長先生に申し上げたことがあります。しかし三代教会長先生は「それをあなたがお詫びするんや」とみ教え下さったのです。その時は腹を立てていますし、そうなんだろうなと理屈では分かっているつもりですが、み教えを心から有難く頂けておりませんでした。今思えば浅はかなことで、恥ずかしいことだったと振り返らせて頂きます。

★相手の助かりをお願いしていくというのは、容易なことではありませんね。辛抱強くお願いし続けていかねばなりません。しかし、稽古を重ねていきますと、段々と心からそう思わせて頂けるようになるのです。毎日反復練習させて頂き、つまらないことを言わないように稽古をさせて頂き、腹を立てて自分の体を壊してしまう、ということのないように、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年07月01日

●商業繁栄十訓

商業繁盛する為の十訓
1)信用第一…手堅い商売をさせて頂く。商売が傾くような悪い縁につながらないよう、正しい判断が出来、全てにおいて良い縁を頂けるだけの、徳と力を頂く。
2)いつも自信をもってにこやかに…信念をもってさせて頂く。神様にお願いさせて頂けば、必ず一番良いようにさせて頂ける、ということを信じて疑わない。
3)商品は金銭と同様丁寧に扱うべし…これ以上ない有難いものを扱わせて頂いていると思って、お店を拝み、商品を拝み、お得意先を拝み、全てに御祈念を込めて大切にさせて頂く。 
4)今日の仕事は今日のうちに整理すべし。…忙しさにかまけて先延ばしにしない。
5)急がず怠らず、一歩一歩前進すべし。…常に心中ご祈念をして、今必要なことをさせて頂き、そうでないことは辛抱できるように。
6)創業時代の心持ちを忘れないように…常に初心に戻り、創業時代の厳しいご苦労を忘れないようにすることによって、今日のお礼がしっかり申せるようになる。  
7)石にかじり付いてでも努力せよ。…覚悟を決めて、出来ないと思えることも、神様にお願いしながら一生懸命させて頂きましょう。
8)省みて天地に恥じない商売をせよ…常に神様がご覧になっておられることを自覚して、天地の道理に沿った実意丁寧、健全な商売をさせて頂く。
9)人より恨みをかう元を作るべからず…人を目当てにせず、神様を目当てに、自分自身の神心に正直に、是々非々の判断をする。
10)困難は神が示す試練と思うべし…神様がさせて下さるご修行を疑わず、神様におすがりして乗り越えさせて頂く。

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