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2018年06月30日

●心中ご祈念して御礼の働きを

先日、ある若いご信者が研修も終了して、いよいよ部署に配属が決まり、「有難いことでございます。喜んでお礼の働きが出来ます様に」とお礼届けに来られました。そして「良い職場で働かせて頂いております。有難うございます。しかし、まだ配属されて間もないですから、分からないことばかりです。どういうことを心掛けて、このお仕事に当たらせて頂いたら宜しいでしょうか?」とお伺いなされました。

★そこで「いつも心中ご祈念して仕事をさせて頂きましょう。自分から進んで尋ねさせて頂きなさいよ。『この場合はこう考えさせて頂きますが、これでよろしいでしょうか?』と丁寧に確認をさせて頂きましょう。上司に『あの人には言うてあげやすい、注意もしてあげやすい』と思って頂ける、教えてもらいやすい人にならせて頂きましょう。

そして言って頂いたことを有難く聞かせて頂くということが大切です。自分の決められたお仕事を、責任をもってさせて頂くということはもちろんのことですが、自分から心中ご祈念して進んで心配りをして、お仕事をさせて頂くということを心掛けて、頂いているお給料以上の値打ちのあるお仕事をさせて頂きましょう」とお話をさせて頂いたことでした。

★一年目でしたら知らないことばかり、教えて頂かないと分からないことばかりだと思います。そういう状況でも常に笑顔で有難く御礼を申してさせて頂きましょう。新気・根気・お礼の働きが大切ですよ。「一度聞いたから分かっている」というような気にならずに、常に新しい心持ちで当たらせて頂くのです。根気強く、反復練習させて頂き、御礼の働きを心がけましょう。

★小さなことをいい加減にしておりますと、大きなことは出来ません。『大事をなさんと欲せば、小なる事をおこたらず勤むべし。小つもりて大となればなり。』(二宮尊徳の教え)そうしたことを心掛けさせて頂きましたら、健康な心・身体を維持させて頂くことが出来て、喜んで働かせて頂いて、お礼の働きが出来、自他共におかげを蒙らせて頂けるのです。

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2018年06月29日

●霊様のお働きを頂いて

平成15年10月18日のことです。初代教会長伊藤徳次先生の甥にあたる、池田司氏の3年祭をお仕えする日の朝、夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿で正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。御礼を申し上げます。」目が覚めた私は、どういう御意味かはわかりませんでしたが、すぐにノートに書き留めさせて頂きました。

★その年は、司氏のお孫さん2人が受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、司氏のご命日である10月23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、10月21日、初代教会長先生のお父様である池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★池田家の方は、代を重ねて熱心にご信心をお進めになり、その信心のお徳によって、霊様となっても徳高く、安心のおかげを頂き、子孫を守って下さっているということが分からせて頂きます。

★私達も日々神様の恩恵を授かり、霊様方のお守りを頂いて、結構に有難い生活をさせて頂いていますが、肉眼で物事を見ておりますと、なかなか気付きません。心眼を開く稽古をさせて頂きますと、今まで「自分の力でしている」、「自分の努力でここまできた」と考え違いをしてきたことに気付かせて頂きます。毎日の生活は、霊様方のお徳によって、お守りを頂き、またお祈りを受けてご都合お繰り合わせを頂いている連続であり、足りないところを足して下さっていると分からせて頂き、御礼を申すことができるようにならせて頂けるのです。そして、生神金光大神様が大きな広い世界へと導いて下さり、霊様方のお守りを頂いているということを、体験を通して実感させて下さるのです。ご先祖の分け霊を頂いて、自分の生命があるのですから、霊様方の御命日を忘れず、ご先祖、両親の信心を有難く頂き、子孫が繁盛のおかげを頂ける信心に成長させて頂きましょう。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。』

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2018年06月28日

●今こそ、一心に…

熱心に日参なさっておられた御信者が70歳を超えられた時に、脳梗塞になられ左半身のマヒが残られました。しかし強い願いを持って日参を欠かさず、リハビリのつもりで毎日参拝なさっておられたのです。その後、左足の甲が腫れ、足首やふくらはぎまで腫れてきました。入院されますと、糖尿病と痛風の合併症と診断され、足の甲だけだった化膿が全身に広がっていきました。更に大腸にポリープが見つかり腸閉塞を起こされていることが判明したのです。しかし全身に膿が広がっているため、手術が出来ないので最悪の場合、2・3日のお命だと医師から宣告を受けたのでした。

★その夜に、家族中が泣いてお届けにこられました。そこで、その家族に「泣いている暇はありませんよ。今こそ真剣に、神様・霊様にお願いさせて頂かなければなりませんよ。子供や孫の真心からのお願いを神様はお受け取り下さいますから、これまでのお礼とお詫びを申し上げさせて頂き、長生きして頂いて親孝行が出来ますようにと、本気になってお願いさせて頂きなさい。」とお話しさせて頂き、一緒にご祈念をさせて頂きました。

★するとその夜に夢かうつつか、その御信者が入院なさっておられる病院のベッドの周囲を、白いお装束を付けられた4・5人の先生方が囲むようにお立ちになって、ご祈念して下さっている光景をご本人が見せて頂かれたのでした。その翌朝、肛門から茶色の液体をお取り払い頂かれ、宿便が出て、手術をせずに腸閉塞全快のおかげを頂かれたのです。後に検査されると、肛門から45センチ奥にあった大腸のポリープが、跡形もなくきれいになくなっていたのです。それからちょうど一年間お命を延ばして頂かれ、その間にお孫さんの結婚式の報告も聞くことが出来、安らかな最期を迎えられる大みかげを頂かれたのでした。

★医師から「2,3日の命だ」と告げられたのは、神様が日を切って下さったということです。この2,3日で、どうあってもおかげを頂かねばならないと、必死になり一心におすがりさせて頂きますと、神様・霊神様がお働き下さって、命を延ばして頂かれる結果となったのです。
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2018年06月27日

●本心の柱に虫を入らせなよ

あるご信者の息子さんが、お商売の勉強をさせて頂くために、他の店に修行に行かれました。

★そこで、お商売を仕込んで頂いたのですが、その店のご主人から「お前は正直者すぎて困る。真面目に働いてくれるのは良いが、夕方のお客さんが立て込んでいる時に、いわば稼ぎ時なのだから、品物を量ってお客さんに渡す際は少しずつ少なめに盛るのだ。それを10回もすれば、だいぶ稼げるだろう。それが、商売というものだ。お前みたいに馬鹿正直にしていれば、一向に儲からない。」と苦言を呈されたのです。店のご主人に、秤の目をごまかせと言われたご信者の息子さんは、小さい頃から教会へ参拝され、実意丁寧正直親切な生き方を教えて頂いておられますので、ご主人の言われたことを、そのまま飲み込むことができられませんでした。

★そこで、店の番頭さんに尋ねたのです。そうしますと、番頭さんは、「それがうちの大将の方針だ。私は長年ここで働かせてもらっているが、大将の良いところはしっかりと学ばせて頂き、これはしてはダメだと思うところは習わないようにしている。あなたも自分が正しいと信じているところを、勉強してゆけばよい。」と言われたのです。息子さんは、どうすれば良いのか分からず、家に帰ってご両親に尋ねられたのです。

★ご両親は「いくら店のご主人がそう仰っても、あなたは、み教え通りに実意丁寧正直親切に働くことを貫き通しなさい。世間ではこういうことがあるのだという事を学ばせて頂きなさい。秤の目をごまかせば、目先は得をしたように思うかもしれないが、不当に得た利益は、結局はどこかで清算しなければならないのです。天地が裁かれるのです。入ってはいけないところから入ってくれば、必ずその何倍にもなって出ていくのです。例えば、商売で損をするとか、人から騙されるとか、病気をするという事は、自分が積み重ねてきた結果で、そういう目に遭わなければならないのです。それが天地の道理なのです。人の目はごまかせても神様の目はごまかせません。」と仰り、息子さんは今後の生き方の指針を、考えさせて頂く機会を頂かれたのです。

★『若い者は本心の柱に虫を入らせなよ』正しい願いをしっかりと持っておりませんと、人の意見や人の行動に流されてしまうのです。若い時に本心の柱に虫を入れないように、正しい願いを立て、毎日お届けに書かせて頂いて常に再確認し、今日も一日願い成就に近づかせて頂けるようにご修行させて頂きましょう。そうして、神様に心を向けてご修行させて頂いておりますと、どんなことが起きてきても、迷うことなくお願いの方向へ正しい舵取りができ、神様にお喜び頂ける生き方がさせて頂けるのです。

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2018年06月26日

●無意識のうちに頂いているおかげ

茨木市に住んでおられる80歳を超えられたご信者がおられます。そのご信者が、いつも家で食事を頂く際、食器をたくさん収納してある背の高い食器棚と、ダイニングテーブルの間に座っていつも食事をされるそうです。

★しかし、地震が発生しました18日の朝食時には、なぜかその日に限って、いつも座っている席と反対側の席に座って朝食をとられたそうです。何がきっかけで、そうされたのかはご自身でも判然としないということですが、何となくいつもと反対側の席に座られたというのです。そして、朝食を頂いておられる最中に地震が発生したのでした。茨木市ですから、揺れが大変強く、食器棚が食卓の方に倒れてきて、中に入っていた食器がほとんど割れてしまったそうです。ところがそのご信者は、いつもと反対の席に座っておられたので、全くの無傷で大難を無難におまつり替え頂かれたのでした。もしも、いつもと同じ席に座っていますと、食器棚とテーブルの間に挟まれ、大きな怪我をしていたところだったということです。

★日々、無事安全に過ごさせて頂いているということは、知らず知らずのうちにおかげを頂いているということであり、その有難さに気付かせて頂く事が大切です。人間は意識をして生活をしていることがおよそ2割、無意識の内に判断していることがおよそ8割だそうです。強く意識をもって行動していなくても、何となくしていることの中に、私達は知らず知らずの内におかげを頂いている事がたくさんあるのです。そのような有り難い神様のお知らせを、受け取る受け物を生まれながらにして備えているのです。

★常に心中ご祈念をさせて頂く事を心掛けておりますと、無意識にしてしまっているところも、少しずつ意識的にさせて頂けるようになり、より一層に有難いおかげを受ける受け物を作らせて頂けるのです。
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2018年06月25日

●ひびを焼き継ぐ心に

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師でしたが、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

★さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までには大分よくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。教祖様から日を切ってご祈念頂かれ、その都度み教えを頂いて、心を見直し信心を改める稽古を積まれたのです。 そして、ご自分のことだけをお願いする小さな信心から、次第に広く大きな信心へと進まれ、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★貧乏になる人(佐藤範雄師)
(1)人の欠点のみ数えて己の欠点を改めない人。
(2)百芸に器用にして一芸に通じない人。
(3)くだらない長話をして要領を得ない人。
(4)夜更かしをして朝寝をする人。
(5)金銭・物品の貸借を延び延びにする人。
(6)いたずらに希望のみ大きくして実行に努力しない人。

★自分の心に、おかげを受け漏らす元となるひびが入っていないかどうか。どのようなところを改まらせて頂くべきなのか。日々み教えを頂いて丁寧に見直させて頂き、改まりの信心を進めさせて頂きたいと思います。
『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびの入っていることに気がつかずに、水をくみこんで安心しているから、蓋をあければからっぽである。水をくみこむ心で、焼き接ぐ心になればよい。』

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2018年06月24日

●信心辛抱のお徳 

コウ師のお父上・房次郎氏は信心に大反対のお方であられましたが、コウ師のご母堂ハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのでした。毎日色々手を尽されましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、必ず良くなります。」と信念を持って伝え、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのです。するとお結界の先生は「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もまともにきけない、水も喉を通りにくい、身体も自由に動かない状態であられたカツ氏が、お父さんが帰ってこられる下駄の音を聞いて「お父さん、お帰り!」と玄関まで出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから家族中が勢信心のおかげを頂かれたのです。

★もしハル氏の心が人に向いていましたら、「あなたがご無礼なことをしたせいで、こんなことになってしまったのですよ!」と責めてしまうところです。しかし神様に心が向かっておられましたから、辛抱なさり難をみかげにさせて頂くことが出来られました。『何事も辛抱ということが肝心である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。』と教えて頂いておりますから、ハル氏のような信心・辛抱を見習わせて頂き、一家勢信心のおかげを頂き、信心を進めさせて頂きましょう。
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2018年06月23日

●本心の玉を磨く稽古

6月21日は、平成16年に73歳でお国替えなさった内尾氏の御命日でありました。この方は3代目の信心であられましたが、縁あって大分県に嫁がれました。阿倍野教会の毎月の御本部御礼参拝には、日を合わせて大分県より参拝され、また春秋の御大祭には、信心友達である陶山氏の家に泊めて頂かれ、参拝なさる熱心なご信者であられたのです。

★晩年、内尾氏は癌を患われ、末期状態であるということが判明し、ホスピスで治療を受けられることとなったのです。6月1日内尾氏の娘さんから陶山氏に連絡があり、「母が陶山さんに会いたがっているので、お見舞いに来て欲しい」とのことでした。その時の内尾氏は昏睡状態で食事も出来られず、意識が無い状態が続いておられたそうで、いつどうなってもおかしくないとのことでした。陶山氏は早速教会へお届けされますと「是非行ってあげなさい」とみ教えを頂かれ、6月4日に会いに行かれました。すると、会いに行かれた日は意識が回復しておられ、内尾氏は待ちかねていたかのように、大変喜んで歓談が出来られたのです。更に昼食が用意されましたら「美味しい、美味しい。」と完食することが出来られたのでした。後になって判明したことですが、内尾氏は陶山氏に会われた3時間だけ、意識を取り戻されたというのです。その後、お国替えなさるまで、話が出来る状態になるということはあられませんでした。

★私達は現在、お命を頂いておりますが、神様から分け霊というものも授かっております。ご信心の稽古に励ませて頂いておりますと、分け霊と分け霊が通じ合っていくことが出来るのです。『信心は本心の玉を磨くもの』とみ教え頂いておりますが、真心で一心におすがりなさったから、通じていかれたのですね。真心とは実意のことです。御恩を知って御恩に報いていく、というあり方ですが、御恩返しにもうこれで十分ということはありません。自分のあり方を、見直し、聞き直し、考え直しをさせて頂きながら、ご信心の稽古に励ませて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年06月22日

●正しい繁盛の道

昭和の初め頃、セルロイドの工場を経営なさっておられたあるご信者が、お導き頂かれて阿倍野教会に参拝するようになられました。セルロイドというのは、重ねて置いておくと、気温の上昇で自然発火しやすい性質があります。その工場も入信前に三回火事を出しており、三回目の火事の時には、十代の若い工員を含む4名の工員が亡くなっていたのでした。

★多額の借金もあり、大変な中をお導き頂かれて参拝なさり、二代教会長伊藤コウ師のみ教えを聴かれますと、それまでの考え方・生き方が、天地の道理に反することばかりであるということが、段々と分かっていかれたのです。亡くなられた従業員の方々に申し訳ない思いで一杯になって、毎日涙を流しながらみ教えを頂かれたのでした。

★そして、お宅祭もお仕え頂くようになられたのですが、最初の頃はお宅祭を拝まれるのは奥様一人で、従業員の方々は、お宅祭をお仕えになられる後ろで、車座になって煙草を吸って、雑談しているような状態だったのでした。しかし、段々と回を重ねる毎に、ご主人も、従業員の方々も、正装して参拝し、み教えを頂くように変わっていかれたのです。また、家の霊様だけでなく、火事で亡くなられた4人の従業員の霊様方をお祀りされて霊祭を仕えさせて頂くまでにおかげを頂かれたのでした。

★先に借金をしてでも、使いたいことにお金を使い、使った分のお金の返済に追い立てられるように働く「使い儲け」の生き方から、出来るだけ始末できることは始末し、出来た資金の中で工夫しながらやり繰りする「儲け使い」の、結構な生き方に変わらせて頂かれ、工場も拡大し発展のおかげを頂かれたのでした。また、我が力でする、我が物である、我が金でするというような考え方から、神様にお断りを申してお願いして使わせて頂く生活に変わられたことにより、火事も起こらないようになり、めぐりを積む生活から、正しい繁盛の道を歩ませて頂けるように変わらせて頂かれたのでした。

★『この大地もその他の物もみな神の物であるのに、我が物でする我が金ですると思い、神にお願いをしないでするから叱られるのも無理はない。家を建てるにも神にお願いして神のお土地をお借りし、今までの無礼をお詫びして建てれば差し支えはない。』
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2018年06月21日

●何事もみ教えと有難く受けていく稽古

昨日は、梅雨らしいお湿りを頂きました。その中でも傘をさし、雨靴を履いて、ご信者方がいつもと同じように、朝に昼に晩にと参拝させて頂かれるお姿は、真に有り難いものでした。阿倍野教会が布教させて頂く以前、伊藤ハル刀自(伊藤コウ師の御母堂)は、お湿りの日や雪の日は「いつもの倍も三倍もお徳を頂ける日だ!」と、喜び勇んで教会に参拝させて頂かれたそうです。どんな時にも喜んで、不自由を感じたら、その不自由を有り難いご修行とする稽古を積み重ねさせて頂きますと、次第に信心が進み、お徳と力を頂くことが出来るのです。

★あるご信者のご家庭では、18日の北大阪を震源とする地震が起きて以来、お子さん方が出勤なさる時などに口々に、「お母さん、いつまた地震がくるかも分からないので、地震がきたら、台所の机の下が安全だから、そこに入って身を守って下さいよ」と、言って外出なさるということです。互いに知ってか知らずか、異口同音におっしゃっておられるわけですが、ご信者はその都度「有り難う、気を付けます」と、お礼を言って、家族が夫に々気遣ってくれることを喜んでおられます。

★もし、普段から喜ぶ稽古ができておりませんと、「子供のあなたからそんなことを言われんでも分かります!」などと言ってしまったりして、気まずい空気になってしまうおそれもあることでしょう。

★信心が至らない時には、み教えを頂いても、重荷になったり、煩わしくなったりして、必要な時に必要なみ教えを聞く耳を持つことが出来ないものです。信心がだんだん進んできますと、み教えを聞かせて頂いたら、なるほど、そうだなあと納得出来るようになります。気づかせて頂いたこと、人から言って頂いたことを、み教えとして頂く稽古が出来ており、信心が練れておりますと、いざという時に時間のご都合も、人手のご都合も、何もかも間に合うようにおかげを頂くことが出来るのです。

★『信心は素直な信心をせよ。また信心はしとやかな信心をせよ。言う通りを守らないからおかげはない。言う通りを守らずに、まだ治らない、おかげが無いというてきても神は知らんと申される。おかげの無い時には、我が心をよく調べてみよ。』

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2018年06月20日

●自分の事よりも、先に人の事を願う

18日の朝には、大阪北部を震源とする地震が起こりました。大きな被害を受けて現在も被災されている方々が大勢いらっしゃいます。大変痛ましいことに、亡くなられた方もおられ、ただただご祈念させて頂く他ありません。御霊様や被災された方々の助かりと立ち行きをお願いさせて頂いております。また、家屋の崩壊や、ライフラインの未復旧等、被災された方々に置かれましては、一日も早く安心して落ち着いた生活がさせて頂かれますよう、願わせて頂いております。

★18日に、教会の朝参りから帰る途中、阿倍野筋で地震に遭われたご信者があられました。地震が起こる前のことです。信号待ちをしていた三人の女学生の一人が、突然意識を失って倒れてしまったのです。一緒にいた友達がうろたえる中、道路の反対側におられたご信者が駆け寄られて、介抱されながら救急車の手配等をなさいました。救急車が到着し、搬送しようとしたその時に、地震が起こったのです。その後、ご信者は歩いて天王寺に到着なさったのですが、全ての電車が運休しており、枚方へ帰れない状態だったため、ご信者は再び教会へ戻られて、帰宅出来るまでお広前で待機が出来られたのでした。

★参拝の帰りに阿倍野筋を歩いておられる間に、人を助ける働きが出来られた事は、大変有難いことです。神様は、その時、その瞬間に、ご信心のあるそのお方を差し向けて下さったのです。そのご信者も他人の助かりに心を配られたことにより、電車の中で長時間居らなくても済むようになられたのでした。

★いつ何時、何事が起こってくるか分かりません。その時に、咄嗟に「金光様!」とご祈念がさせて頂けるか、自分の事よりも人の事を考えられるかは、常平生の信心が大切であるのですね。

★『信心する人は、わがことより他人のことを先に願え。そうすれば他人も助かり、わが身にもおかげがたくさんある。』『真の信心をする人を見よ。慈悲深くするので、おかげで無病息災諸事良いことが子孫に続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』
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2018年06月19日

●疑いを放して、おかげを頂く

 あるご信者は平成17年に生体肝移植の大手術を受けられました。癌が発見され、医師から手術の説明を受けられた当初は、ドナーとなられる次男さんと血液型が異なるために、失敗の可能性が35パーセントあること、次男さんを始めご家族に負担をかけてしまうことなどから、手術を受ける事を諦めかけられました。しかし、お取次を頂かれ、「65パーセントも成功の可能性があるのなら、神様にお願いして、一番良い時に手術を受けさせて頂きましょう」と、み教えを頂かれ、手術を受ける決心をなさり、平成16年11月に手術の予定が組まれました。

★ところが、肝機能の数値が良かったので、一旦手術は見合わせることになったのです。しかし、癌は時と共に大きくなっていき、平成17年6月に再び手術予定日が組まれ、5月末に入院なさったのですが、緊急を要する他の患者さんの手術の為に手術日が延期になり、最終的には7月5日に手術日が決定したのでした。この、度重なる手術日の延期が大変なおかげで、6月から手術までの一ヶ月の間に、免疫抑制の新薬が試験的に使用を許され、術後の拒絶反応を抑え、副作用も少なく、成功率が上がることが期待される、とのことでした。手術は無事成功の大みかげを頂かれました。

★信じる心におかげを頂いていくのです。ところが、先々の心配や不安にかられてしまいますと、疑いの心が満ちてきます。そうなると『わが心の鬼がわが身を責める』ということになってしまうのです。『わが心でわが身を救い助けよ』とみ教え頂いておりますから、疑いの心を取っていかねば有難いご庇礼を頂いていくという結果には繋がっていきませんね。

★日々お参りさせて頂いてお広前のお徳でもって、心の中の穢れているもの(貪欲・怒り・慢心・疑い・愚痴不足など)をお取り払い頂いて、心の掃除をさせて頂きましょう。信じる心を大きくさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

★『世の中で疑いが一番悪い。神に任して、一心に信心をせよ。任したうえは、神がよきようにしてやるのぞ。疑いを放れるの一つで、おかげをいただくのである』

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2018年06月18日

●常平生の信心を大切に、大きな願いを持つ

福田美亮師は大変優秀で、語学も堪能なお方でした。「先々は渡米してアメリカで布教の御用にお使い頂きたい!」という強く大きな願いを持っておられました。 そして、米国サンフランシスコに於いて、布教の第一歩を印されることになられるのです。

★福田美亮師は、東京での大学卒業後間もなく、家が全焼し無一物になられるという大変な経験をなされました。しかし、その時福田師は、 次のような思い分けをされたのです。

1)長年かかって集めた多数の書物が焼けたことは、「小理屈を捨てよ」との神様からのみ教え

2)大学の卒業証書が焼けたことは、「肩書を捨てよ」とのみ教え

3)着物や伝家の宝刀が焼けたことは、「虚飾を捨てよ」とのみ教え

4)大学の住所録の焼失は、「今までの友達との付き合いよりも、新しく信心の友達をつくりなさい」とのみ教え、というように全て神様からのみ教えが含まれていると、実に潔く有難く頂かれたのでした。そして、「火事に遭った悲しみは無く、清々しい無一物からの出発が、かえって有難かった」と残しておられます。それからは、汽車で移動しておられたところを、全て下駄履きで歩かれるなど、通常で考えますと不便を極められたことと思われますが、打ちひしがれるどころか、心勇んで全てを神様からのみ教えとして有難く受け切られたのでした。

★福田師がこのような出来事を乗り越えられたのは、常平生の信心と、大きな願いがあられたからです。私達も、どんなことが起こって来ましても、出来事の中に神様の思し召しを見出して、決してぶれる事の無い大きな願いを持ち、根気強く願い続けさせて頂きましょう。
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2018年06月17日

●真心で足し合う

あるご夫婦のお話です。

★そのご夫婦は、ご主人が起きられる前に、奥さんが洗面器に水を汲んでおき、歯ブラシに歯磨き粉をつけておいて、ご主人が起きて顔を洗ったら、奥さんが顔を拭いてあげられる、というように、奥様がご主人のお世話を行き届いてなさっている、ということでした。

★そのお話を聴いたあるご信者が、「なんと、優れたお嫁さんでしょうか!自分は、家内にそんなことを一度もしてもらったことがありません。早速、帰って家内に言うて聞かせます!」と、話されたそうです。そこで、三代教会長先生は、「み教えは、自分自身が頂かなければならないものですよ。たとえ、女性の話であっても、あなた自身が、奥様にどれだけ、真心が尽くせているのか、そこを振り返って、改まらせて頂けば、おかげになるのですよ」と、お話しになったということです。

★昨日は、婦人会例会が開催され、二名の女性が有り難いおかげ話をして下さいました。毎月、男性も多くご参拝になられ、自身のご信心を振り返られ、おかげを頂いておられます。また、真栄根会例会にも、女性のご信者が多くご参拝になられます。夫婦も、それぞれが自分自身にしっかりとみ教えを頂いて、相手の足りないところは、真心をもって足し合い、実意丁寧な有り難い関係を築かせて頂きたいものです。

★『金光様がお一人おかげを受けられたので、今日のように諸人万人が天地金乃神様のおかげをもらうようになったのじゃ。一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。 一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ 』

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2018年06月16日

●頂いたみ教えを何度も咀嚼し、理解させて頂く

私が学校に勤めさせて頂いていた頃、23才の時のことです。車を運転中に渋滞に巻き込まれ、全く動かず停滞したことがありました。すると、勢いよく走ってきた反対車線の車が、私の乗っていた車の右前から後まで擦って停車したのです。相手の方が降りて来られないので、車を路肩に止めてから行きますと、運転していた方は放心状態でした。こちらから話しかけますと、その方は「申し訳ありません。居眠り運転をしていました。すべて私が悪いですので、弁償させて頂きます。」とのことです。「それでしたら修理の見積もりができましたら、また連絡させて頂きます。」とお話しして免許証等を確認し、名刺を頂き、教会に帰らせて頂きました。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、「あなたが全額を支払ったらよろしい。」と仰っしゃいました。すぐに返事が出来なかった私は、数秒考えました。このことは、私のこれまでの車・ガソリン・時間の使い方が間違っていると神様がお気付けを下さり、三代教会長先生のお口を通して、神様がみ教え下されたのだと思い分けをして、「はい、その通りにさせて頂きます。」と返事をさせて頂きました。そして頂いたみ教えを守り、相手の方に、こちらが全て支払うことを伝えさせて頂きますと、大変喜んで頂きました。

★考えてみれば、居眠り運転ですから、車の列のどこへ当たっても仕方のない状態の中、たまたま私の車に当たったという事は、神様からお気付けを頂いたという事です。親が常平生ご信心をして下さって、積み上げて下さったお徳のおかげで大難を小難にして頂き、車だけで済ませて頂いたのです。三代教会長先生より頂いたみ教えによって、自分自身の在り方、また改まるべき点に気付かせて頂くとともに、先々に有難いおかげを頂く道を教えて頂いたのでした。後に私は何度も、命のないところを危険から逃れさせて頂いて、助けて頂いたのです。

★先々どのような事が起きてくるかは分かりませんが、現在、目の前に起きてきている出来事に対して、み教えを有難く頂くことが、先々おかげを頂くことにつながってゆくのです。頂いたみ教えの御意味を分からせて頂くために、反芻(はんすう… 繰り返し考え、よく理解すること。)し、何度も咀嚼して消化して、自分の物にしてゆく必要があります。
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2018年06月15日

●時節を待つ

私の家内の実家は、仏教でご先祖を祀っておられますが、結婚させて頂く際に、結婚後は金光教の教師になるために、家内一人が金光教の教徒にならせて頂くことのお許しを頂きました。そして今日まで、私共が家内の実家のご先祖の霊祭を仕えさせて頂く際には、家内の親族も山陰や関東、遠方各地から参列して下さっています。

★先年のこと、「私は無神論者だ」と仰っておられた家内の叔父(父親の弟さん)が信心をさせて頂くようになられたのでした。そのきっかけとなりましたのは、ある悩みを抱えておられる時に、亡くなられたお母様(家内の祖母)が夢に出てこられたということです。そして「やよひ(家内)に相談すれば良いではないか」と仰られたそうです。叔父は早速、家内に電話をかけて来られ、信心をさせて頂かれるようになられたのです。そして教徒にならせて頂き、ご先祖を金光教式でお祀りさせて頂くことになられたのでした。

★7年前に奥様(家内の叔母)がお国替えされた際には、金光教式で告別式や旬日祭をお仕え頂かれました。末期がんを患っておられた奥様を、献身的にお世話なさり、どうすれば奥様に安心してもらえるか、ということを真剣に考えられた末の決断であられました。その後も叔父は、ご命日を大変大切になさり、丁寧に参拝されてお届けを続けておられます。叔父自身も大病をされましたが、手術もおかげを頂かれ、元気で穏やかに過ごされていますことは大変有難いことです。

★神様から時節を頂かれて、霊様のお働きによって、有難いことを分からせて頂く瞬間を与えて頂かれたのですね。じっと願い続けて、実意・丁寧・親切を心掛け、時節を待たせて頂くということが大切だと思わせて頂きます。

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2018年06月14日

●思い分けの稽古をさせて頂く

『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』★このみ教えの中に、「思い分け」という言葉が出てきますが、これは「思い分けの出来る賢さ」すなわち、明るさをそなえるということです。

★1)明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに願い、思い分けの出来る賢さを持つ。2)清き…生涯かけてみ教えを頂き続けて、自分の心を改め磨き純粋な清い心を保つ。3)直き…心を空にして、み教えを心から有難く頂き、素直に実行させて頂く。

★また、二代金光様は『教祖さまは、「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ」と仰っしゃったが、過ぎたことはどうにもならぬ。今月今日の信心に油断をせぬよう、明日を楽しんで、日に日に生きた信心をせよ。』とみ教え下さっておられます。『昨日を忘れ』とは、何もかも忘れるということではありません。良いことはしっかりと覚えておき、振り返っては喜び、お礼を申し上げる生活をさせて頂けば良いのです。

反対に、あまり喜べなかった出来事に関しては「有難い神様の思し召しがそこにあったのだ」という心にならせて頂いて、喜びに変えさせて頂くのです。恨み・憎しみは忘れて喜びに変える生き方をさせて頂くのです。そうしていけば過去一切が救われていきます。そして心も軽くなり、明るくなっていくのです。そうした稽古を積み重ねていきましたら、後悔の念にさいなまれるということは無く、過去から離れることが出来るようになるのです。神様のお心に、少しでも近づかせて頂けるような稽古をさせて頂いておりましたら、『昨日を忘れ』ということが出来、思い分けが出来るということに繋がっていくのです。

★至らなかった過去のことは神様にお詫びを申し上げ、「ご信心をさせて頂きますので、過去一切もおかげにさせて頂ける私にならせて下さい」とお願いをさせて頂き、思い分けの出来るよう稽古をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年06月13日

●繁盛の元は信心辛抱にあり

『辛抱しなさい、辛抱という棒は強い棒じゃ、何を担うても折れることがない。もし折れたり曲がったりしたら、それは辛抱じゃない。長うて強い信心辛抱にはどの位なおかげが担えるやら分らぬぞ。先を楽しんで信心辛抱させてもらいなさい。』

★あるご信者は、お商売の上に大変繁盛のおかげを頂かれ、二か月先まで仕事の予定が埋まっている状態だということです。しかし、お商売の初めから繁盛していたかというと、決してそうではなく、辛抱の時期があられたのでした。

★お客様に満足して頂ける仕事が出来ていなかったら、代金をもらわない、ということに決めておられ、それは、仕事にどれだけの時間と労力がかかっていようとも、その代価を求めることはされなかったそうです。そのように、たとえ儲けの出ない仕事でも、誠心誠意コツコツとなさってこられ、仕事の上で信用を積み重ねてこられた結果、今日では、「代金はいくらかかっても構いませんから、ぜひともあなたに仕事をして頂きたいので、お願いします」と、言って頂けるような商売に、繁盛・発展のおかげを頂いておられます。

★時節を待つということは、先を楽しみに信心辛抱させて頂く、ということです。自分の改まりを抜きにして、「あとは神様よろしくお願いします」というような姿勢のことではありません。信心辛抱させて頂くことが、徳と力を頂く元になり、おかげの受け物を作らせて頂くのです。「自分はこれだけ辛抱してきた」と思えている時は、まだまだ辛抱が足りない証拠といえるかもしれません。信心辛抱は、させて頂けば頂くほど、「まだまだ自分には辛抱が足りない。おかげばかり頂いてもったいないことだ」と、ますます謙虚に、御礼の心が大きくなっていくのです。

★自分の成長も、また、子供の成長にも、長期に亘った辛抱が必要です。先の繁盛、成長を楽しみに、日々神様におすがりさせて頂きながら、信心辛抱の稽古をさせて頂きましょう。

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2018年06月12日

●日々がさら

三代金光様は、東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。『天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって、早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が、座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて、泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事も、いつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます』と仰せになられたのです。

★三代金光様は、数え年14才というご年令で、高等小学校をおやめになって、お結界で奉仕をなされたのです。初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られて、神様におすがりさせて頂かれ信心辛抱をなさったからです。ただご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、有難うて有難うてならん、というようなお心にはなられなかったでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方の手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★昭和12年4月12日、三代金光様は、佐藤一夫師へ『何十年つとめましても、油断がなりません。日々がさらです。』と御理解下さいました。「さら」とは「新しい」という意味です。毎日新しい命を与えて頂き、一から出発させて頂くつもりで、日々新たな勉強に取り組み、新たな知識や技術を取り入れていく努力をさせて頂くのです。そして、これまでの良いところは残し、より一層高度な技術を目指して切磋琢磨し、日々研鑽させて頂くことが大切です。

★生涯を未完成の心持ちで、油断なく日々神様に心を向けて、信心を基にした生活をさせて頂き、今日一日を精一杯真剣に取り組み、世の為、人の為にお役に立たせて頂きましょう。
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2018年06月11日

●お世話になって「今」がある

 先日、赤ちゃんが無事出生なさったお礼のお初参りに来られたご家族がありました。その時に参拝なさっておられた社会人一年目のご信者に、お話しさせて頂いたことです。

★[あなたもあんな赤ちゃんの時があられたのですよ。親は「こういう顔つきで、こういう体格の男の子・女の子が欲しい」と選んで産んだわけではありません。まさに神様から頂いた授かり物です。また、子供も「こんな親が良い」と選んで生まれてきたわけではありません。神様から授からせて頂いた両親なのです。]

★[神様の授けて下さった親であり、子供であるのです。毎日毎日お乳を与えて頂き、おしめを変えて頂き、育てて頂いたのです。自分で勝手に大きくなりましたという方はいません。すべてお世話になって今があるのです。その御恩を分からせて頂くということが、段々と一人前にならせて頂くということですよ。社会人となって自覚を持たせて頂いて、責任を持って仕事をさせて頂くということも「お世話になっている」という自覚から生まれてくるのです。]

★[そして両親・ご先祖から尊いものを身に頂いております。自分自身が素晴らしい尊いものを頂いているとしっかりと自覚をして、その自覚の上に立って、心も体も結構に鍛えさせて頂いて、才能を十二分に発揮させて頂けるようにお願いをさせて頂くことが日々のご信心です。正しい願いを持たせて頂いて、正しい方向へ道を歩ませて頂けるように願っていく、それが私共のご信心ですよ。]

★『「氏子がおかげを受けてくれねば、神も金光大神もうれしゅうない。氏子がおかげを受けずに寝ておっては、神の道は立たぬ。氏子が立ち行かねば、神も金光大神も立ち行かぬ。神の役目が立たぬ」と、いつも言うてござった。天地金乃神様は本当の親神様じゃ。つまらぬ子では、親がよう安心せぬ。ご信心して十分におかげを受けねば、親神様がようご安心なさらぬ。親神様がようご安心なさらぬような信心では、わが身の出世にならぬぞ』

★神様のお徳を現わせていく生き方に、神様が喜んで下さるような日々の生活になりますようにとお願いをさせて頂きましょう。

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2018年06月09日

●周囲の方々が助かる働きを

昨日は、みかげ会例会が開催され、河村皓司氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★河村氏は、お母様の代からのご信心で、現在80歳で毎朝、毎晩熱心に日参と聴教に励んでおられます。

★平成14年9月8日のみかげ会例会で、おかげ話のご命を頂かれた時のことです。例会の2日前に家で突然激しいめまいに襲われ、ものすごい速さで天井が回り始めた途端倒れ、気を失ってしまわれました。気が付いて起きようとするのですが、体が全く意のままになりません。しばらくして体を動かすことが出来る様になられて、早速お参りし、お取次ぎを頂かれました。そして、その足で府立病院で診察を受けられ、検査の結果「異常ない」ことが分かりました。医師の話では、「平成12年に胃癌の手術を受け、その後に抗癌剤の投与を受けていたので、下痢や食欲不振の状態で体が衰弱しており、後遺症の影響で血圧が急激に下がったため、めまいが起きたのであろう」との診断でした。すぐにそのことをお届けされますと、三代教会長先生は、「よくご祈念をさせて頂きますから、きっとおかげを頂きますよ」とみ教え頂かれました。

★例会当日は、早めに目覚められましたが、めまいの状態は完全に治っておられませんでした。そのことをお届けされますと、三代教会長先生より「椅子に座ってお話し下さい」と仰って頂かれました。頭を下げずに真っ直ぐの目線で、最後まで無事御用にお使い頂かれたのでした。当日にめまいが起こっても不思議ではありませんのに、2日前で受診も出来、落ち着いて御用にお使い頂くことが出来られたのでした。

★更に有難いことに、手術後の2年間は絶えず熱が出たり、痛みがあったり、めまいが起こっていましたが、そのおかげ話の日から、そうした症状の起こる間隔が長くなられ、今日では日々の御用の御庇礼で体調回復のおかげを頂いておられます。

★現在は、命を永らえさせて頂いているお礼にと、人様のお役に立たせて頂けるように、教会の御用や町会の御用、また、地域の学校の児童・生徒達の安全見守りの御用を毎朝なさっておられます。

★日々、周囲の方々の助かりを願い、周囲の方々が助かる働きをさせて頂いて、お徳を積ませて頂く生き方に努めさせて頂きましょう。

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2018年06月08日

●どこまでも神様にお任せする心

松山成三師は、戦後満州・大連より、ご夫婦が着の身着のままで引き揚げて来られました。お子達とも離ればなれになったままで内地に引き揚げてこられ、まだお住まいも定まらない状態であられた時に、お道の教師の方々に対して講演の御用を頂かれたのでした。三代教会長伊藤良三師は、その講演を聴かせて頂かれたのです。

★松山先生のお話が終わられますと、その場にいた先生方が「これから後はどこに落ち着かれるのでございましょうか?」と質問されました。すると松山先生は「毎日、神様がお使い下さるままに、来いと仰る所へ参ります。京都へ来いと言われたら京都に行かせて頂きますし、大阪に来いと言われたら大阪に参りますし、御本部に留まれと言われたら御本部で御用させて頂きます。その日その日、今日一日、御用にお使い頂くことだけを考えております」と仰っしゃったのでした。

★さらに、松山先生は「着ることでしたら着の身着のままですけれども、今着てるものがございます。当分これでいけます。食べることでしたら、私共は年寄り夫婦二人のことでございますから、何か少しでもあれば二人で分けて頂きます。何もなければ断食のご修行をさせて頂きます」と仰られたのでした。

★ある教師が「そうは仰っても明日のことは心配ではありませんでしょうか。」とお尋ねになりますと、松山先生は、【いいえ、全く心配しておりません。大連に渡った時も着の身着のままでございました。どこで布教させて頂くという確証もなしに行ったのです。港に着いた時、「さあ、いよいよこの広い大陸で初めて金光教の布教をさせて頂くのだ。色々な宗教があるけれども、これほど有難いお道はないのだから、必ずこのお道は開ける」と思いながら、あてもなく人力車に乗りました。嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。無一物で何の当てもなく行かせて頂いた大連でしたが、神様の御用にお使い頂くことができました。毎日私は神様に生かして頂いてきました。そして、神様に食べさせて頂いて、神様に着させて頂きました。衣食住を煩う事が一切ございませんでした。】と仰ったのでした。さらに日本に帰られた時も、後のことは全て神様にお任せして、今日一日どのように御用にお使い頂くか、そればかりを一生懸命考えて御用にお使い頂いておられました。すると、それから一年も経たぬ間に、時は終戦直後の混乱期で、何もかも無い無い尽くしの時代で建築資材も不足していたにも関わらず、檜造りの立派なお広前が完成し、岡山中部教会の初代教会長となられたのでした。三代教会長先生は是非参拝したいと思われ、岡山中部教会に参拝され、直接お話を聞かせて頂かれたのです。

★自分の与えて頂いたご修行・御用を、どこまでも有難く、どこまでも責任をもって、神様の御用にお使い頂くという覚悟を持っておりますと、神様は一番良い様に御用に使って下さるということが分からせて頂きます。
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2018年06月07日

●家老としての信心辛抱の徳

 先日開催されました真栄根会例会では、河内谷氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。お祖父様に連れられて、3才の頃から教会に参拝するようになられてから今日まで、ご信心が続いておられるのは、平成27年にお国替えなさったお母様のご信心によるところが大きいと、振り返って御礼を申しておられます。

★お母様が熱心に参拝なさるようになったきっかけは、お父様の賭け事でした。家業は倒産し、お母様は子供を育てる為に家を出られ、洋裁の仕事で生計を立てておられたのでしたが、義父(河内谷氏の祖父様)が、そんなお母様を心配して、阿倍野教会に連れて参られ、伊藤コウ師のお取次を頂かれたのです。そして、「あなたが家を出たら、誰が家を守ることが出来るのですか。信心辛抱していれば、必ずおかげを頂けて結構にならせて頂けます」と、み教え頂かれたのでした。

★お母様は、み教え頂かれたように家に戻られ、洋裁の仕事をしながら、お祖父様が営んでおられたうどん屋を手伝うようになられました。家に戻られてからも、お父様のお酒と賭け事の悪い癖は、なかなか治らなかったそうですが、それでもお母様は、み教えを守り続けて信心と家業に精を出され、家業は次第に繁盛し、洋裁の仕事をしなくでも生計が成り立つ程におかげを頂いていかれたのでした。お父様も段々と生活を改めて、家業を手伝うようになられました。

★平成15年にお父様がお国替えなさり、お母様は、ご晩年には病気で体調を崩すこともあられましたが、河内谷氏のご家族と一緒に教会参拝、御本部参拝にと、おかげを頂かれました。今日、子孫の方にも信心が伝わり、結構におかげを頂いておられますことは、有り難いことでございます。

★ 『真あれば徳ありと、昔の者がいうておろうが。真で損をするように思うのは、やっぱり真が足らぬのぞ。恨みに報ゆるに徳をもってす、ということがあろうが。ご信心する者はこれじゃ。』

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2018年06月06日

●年が寄る程位がつく

『いかにご信心しておるとはいうても足らんところもあって、色々難儀にあうことがあろうが。病気、災難に負けずにご信心しておれば、おかげでそれが払い取られていく。けれどもご信心がなかったら難儀が難儀を生むことになる。おかげを受けて払い取ってもらわねばならぬぞ。』
★(1)日参と聴教により、正しい心を養う。
(2)喜びの生活を積み重ねる。
(3)御礼の働きを重ねてゆく。
(4)誰とでも円満に、目の前の人の助かりと立ち行きを願ってゆく。

★教会に日参し聴教に励んでおられる方々のお姿を拝見しておりますと、実年齢より10才も15才もお若い、気力も体力も充実なさった方々が多くおられ、大変有難いことと喜ばせて頂いております。「正しい心」とは「神心」のことであり、私達が生まれながらにして頂いている尊い神心を日々み教えを頂くことにより大きく立派なものに養ってゆくことが大切だということです。

★私達の生活の上には何かしら変化が起こります。年令を重ねることにより、身体に病気や症状も現れたりします。仕事の上にも人間関係も家庭の上にも、私達を取り巻く環境も刻々と変化してゆきます。その中には、難儀なことと感じるような場合があるかもしれません。

しかし、その中を出来て来たことに負けずに、御信心しておりましたら、喜ぶけいこが進み有難いおかげを頂いて、病気災難もお取払いを頂けるようになります。また、これまでのおかげに御礼を申しながら、喜びに満ちて御礼の働きを積み重ねておりますと、頭も体も活性して生き生きと使い続けることが出来るようになります。また、目の前の人々の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くことが出来られますので、誰とでも円満にお役に立つ、無くてはならない存在になってゆかれるのですね。

★日々信心によって心も身体も鍛錬して頂き、一年一年有難い存在とならせて頂き、年が寄る程に位がつくような、おかげを頂いている姿に進ませて頂きましょう。

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2018年06月05日

●受け継がれる道

6月10日には、御本部お広前祭場において教団独立記念祭がお仕えになられます。阿倍野教会からも団体参拝でおかげを蒙らせて頂きます。

★教団独立記念祭は、この独立に込められた直信先覚の深く厚いお心と、お働きに御礼を申し上げると共に、ここからのお道の一層の発展を祈願させて頂く祭典です。ご祭典のなかで、勤続40年の「褒章」および、新しく教師にお取り立て頂かれます「教師新任」の儀が執り行われます。多年にわたり教団の活動に奉仕して功労があった72人の方が褒賞を受けられ、新たに30人の方が新任教師としてお取り立て頂かれます。阿倍野教会からも2名新任教師としてお取り立て頂き、金光様より金光教教師輔命を受けます。午後1時10分から大祭場で受褒者および新任教師紹介がございますので、共々に拝ませて頂いて御礼を申させて頂きたいと思います。

★金光教が一教独立したのは明治33年6月16日、教祖様と二代金光様は既に神上がられて、三代金光様のご時代のことでした。教祖様がお開き下さった御道の信心をそのままに立て抜かれるべく、御三代に亘って御祈念下さったのです。更には、先覚先師の方々の並々ならぬご尽力によって、金光教の一教独立が成し遂げられたのでした。教祖様のお跡を受け継いで下さった、二代金光様・歴代金光様が存られませんでしたら、別派独立もありませんし、現在の金光教信奉者一同の助かりも有り得ません。受け継いでゆかれるご修行があられてこそ、後々までが助かることになり、有難い世界が開けてゆくのだと解らせて頂きます。

★今、私達が、このような有難いこのお道にご神縁を頂き、広大無辺なおかげを蒙らせて頂けますことにお礼を申すと共に、 この有難いお道の信心が、子孫の端々まで続かせて頂けますよう、より一層ここからの信心に励ませて頂きたいと思います。

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2018年06月04日

●本当におかげを頂いてゆく為の真心の表し方

阿倍野教会ご布教の頃のお話です。あるご信者が、声帯が炎症を起こし、声が出なくなってしまわれました。「どうあっても声が出ますように」と初代教会長先生にお届けされますと、「日を切っておかげを頂きましょう」とみ教えを頂かれたのでした。

★この日までにと決めて頂いた日の晩のことです。休ませて頂いておりますと、いきなり大雨が屋根を叩き付ける音がしました。その瞬間、布団の中で「雨や!」と声を出させて頂けたのです。「なんと有難いことだろう!み教えを頂いた通り、日を切ってご祈念を頂いた願い通りに声が出させて頂けた!明日の朝、御礼参りに行かせて頂こう」と思い、そのまま眠りについたのです。すると、翌朝にはもう声が出なくなってしまっていたのでした。

★その旨を初代教会長先生にお届けされますと「どうして声が出たその時に、せめて布団から起き上がってご祈念させて頂いたり、服を着替えて戸口に出て、教会の方を拝ませてもらったりと、真心が表せなかったのですか?『朝になったらお参りさせてもらおう』というのは、確かに一般的な考え方のように思えますが、ご信心させて頂き、み教えを頂いていたら『どのようにして神様に真心を向けさせて頂くか』ということを毎日教えて頂いているでしょう。

おかげを頂いて『ああ、良かった』で終わってしまっていては、神様に申し訳ありません。神様が『あなたはまだ真心を表す信心になっていませんよ』と教えて下さったのです。次におかげを頂くのは、今度は時間がかかりますよ。一からしっかり改まらせて頂きましょう」とみ教えを頂かれたのでした。

★その方はよく理解され、その後改まりのご信心を進められました。ある日、友人と別れ際に『さようなら』と声が出させて頂けたのです。喜んで有難くて、さっそく電車に飛び乗って御礼参りをされたのでした。

★本当にみ教えを頂いておりましたら、そこから改まりが生まれてくるのです。しかし、そこを分からせて頂いておりませんと、み教えを聞いているようで聞いていない、ということになってしまいます。おかげを受けさせて頂くには、どのような信心に進ませて頂けば良いか、ということを教えて下さっているのです。

★『人に誘われて、しょうことなしの信心は、つけ焼き刃の信心じゃ。つけ焼き刃の信心は取れやすいぞ。どうぞ、その身から打ちこんでの真の信心をせよ。』

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2018年06月03日

●御神意を悟らせて頂ける信心に…

 私の娘が1才になる前に、60pほど落差のある玄関の土間から落ち、左腕を骨折しました。事情を聞きますと、家内が夕飯の支度をしている際、土間に下りた家内の後をついて行って、落ちてしまったということでした。

★家内の監督不行届きを責める心を抑えつつ、火のついたように泣く娘を連れて、家族三人で自宅のご神殿で御祈念させて頂きました。日々の御礼とお詫びを申し上げた際、「只今は妻の監督不行届きで…」と心で申し上げた途端に、「お前はどうか…?」と、神様が心に話しかけられました。「その時私は記念館で子供会の御用をさせて頂いておりましたので…」と申し上げると、再び間髪いれずに「お前はどうか…?」と心に話しかけられたのでした。

★そこで初めて気が付かせて頂いたのは、娘が這い始めた頃から、土間に面した廊下に柵を設けなければならないと思いつつも、「倉庫の一番奥から大きな柵を出すのはなかなか大変だなあ」と思いながら先延ばしにしてきたことでした。そのことに気が付かせて頂いた時に、心の底から「私が一番不行き届きでありました。申し訳ございません」とお詫びを申すことが出来、「どうぞ娘の怪我が大事無く治らせて頂けますように」と、心静かにお願いさせて頂くことが出来たのでした。

★病院でレントゲンを撮って頂きますと、娘の左腕は単純骨折でしたので、以前と変わらないようにきれいに治るとの診断でした。早速、三代教会長先生に御報告させて頂きますと、「それは良かったなあ。私はあの子が鉛筆を持つのも左、スプーンを持つのも左であることを前々から気になっていました。私は左利きだったために、右利きに直すのに大変苦労したので、どうぞ右利きになりますようにとお願いしてたのですよ」と仰られたのでした。親である私は娘が左利きであることに気付いてはおりましたが、練習すればいずれ右利きになるだろうと思って、何のお願いも出来ておりませんでした。しかし、前々からお願いをさせて頂いておりましたら、出来事を通して教えて下さっている内容が、すぐに分からせて頂けるご信心にならせて頂けるんだなあと反省させて頂いたことでした。

★常平生から神様に心が向かわせて頂いていますから、出来事の意味が分からせて頂けるのです。神様に心を向ける稽古が行き届いて出来ておりませんでしたら、出来事の意味が分からず、人や目の前の問題だけに心が向かってしまいます。信心の稽古に励み、自分の信心の程度が高くならせて頂き、神様の願って下さるところが分からせて頂けるように、数多く参拝し、数多く聴教させて頂きましょう。

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2018年06月02日

●これからのおかげを・・・

★先日あるご婦人が、「私は、家で主人に大きな声でよく怒鳴られます。以前は、それがただただ嫌で、腹が立って言い返してしまうことも度々でした。しかし、教会にお引き寄せ頂くようになって、み教えを頂くようになってからは、『主人は私の砥石になって下さっているのだ。私が使い物になる刃物になってしっかりお役に立たせて頂けるよう、神様が主人の口を借りて仰って下さったのだな』と、思えるようになりました。まだまだ素直に『有難うございます』と御礼を申せるようになっておりませんが、主人から怒鳴られて注意されることも、『はい』と聞かせて頂けるように、稽古しております。」と、有り難いお届けがありました。

ご婦人は、日々お届けをさせて頂きながら、更に、ご主人に御礼を申し、ご主人を拝めるようにならせて頂きたいと、信心の稽古に励んでおられます。

★改まりを続けさせて頂くことは、決して容易なことではありません。日に日にみ教えを頂き、神様にお願いしながらさせて頂くからこそ、良いことが続かせて頂けるのです。そして神様は、氏子が改まらせて頂いたら、改まっただけのおかげを必ず下さるのです。

★改まりの稽古をさせて頂くことも、ご恩返しの働きをさせて頂くことも、「もうこれでよい、これで十分」と言うことはなく、どこまでも求めてさせて頂かなければ、行き届いたことにはなっていきません。日々心と体の掃除をするつもりで、み教えを頂き、改まりの稽古、ご恩返しの働きに勤めさせて頂きたいと思います。

★『座敷、押入れ、板の間にちりが積もるように、人間は我欲のためにわが心にちりが積もる。わが心わが身が汚れないように、心と体の掃除をするつもりで、今月今日で信心せよ。』

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2018年06月01日

●世話になるすべてに礼を言う心

あるお方が金光様に「神様に心を向けるにはどうしたらよろしいでしょうか?」とお伺いしますと、金光様は「それは『世話になるすべてに礼を言う心』を土台にしていかれたら良いのです。そのことが即、神様に向かっているということになります。」とみ教えを下さったそうです。

★「世話になるすべてに礼を言う心」と教えて頂きますと、なかなかお礼の十分に申せていないことがよく分からせて頂きます。空気にも水にもお土地にも草木にもお世話になっております。人様にも国家社会にもお世話になっております。例えば電車に乗らせて頂くだけでも、土地を購入し線路を引いて下さり、電車の車両を作って下さった方がおられます。そして運転して下さる方がおられ、維持管理して下さる会社があるから、私達が安い乗車賃で乗らせて頂けるのです。その価値をどれだけ分からせて頂いて、どれほど御礼を申せているだろうかと反省させられます。

★あるご信者は、教会に参拝なさる際に、三種類の電車に乗られるのですが、階段を一段ずつ登るたびに「金光様有難うございます。」とお礼を申されるのです。そうしますと、往復で百回以上お礼を申せるそうです。そうした工夫をさせて頂くことが大切ですね。毎日の積み重ねが、お徳を積ませて頂く行動になっているのか、それともお世話になるばかりでそのお返しが全く出来ていない生活なのか、あるいは迷惑をかけてしまっているということになっていないか、自分自身の中身を見直させて頂かねばなりませんね。

★5月は無事に御大祭を仕えさせて頂き、様々なことが起こってくる中をご都合お繰り合わせを頂いて、有難いことでございました。振り返ってお礼を申しておりますと、何もかもおかげを頂き通しに頂いている、ということを分からせて頂きます。6月は上半期の締めくくりの月でございます。半年間のお礼とお詫びをさせて頂き、下半期のお願いをしっかりとさせて頂きましょう。

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