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2018年04月12日

●すべてを有り難く受ける稽古を

『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう』

★初代教会長・伊藤徳次師が32歳でお国替えされ、十日祭の当日のこと(11月6日)、旧広前のご建築の建築委員が、総辞職の連判状を持ってこられました。それを伊藤コウ師は、御神殿にお供えされ、「神様から可愛がって頂きまして有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え下さいました。有難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように」とお礼を申し上げられました。そして5日後の11月11日の御大祭には、以前より増して盛大にお仕えすることが出来られたのでした。

★旧広前のお土地は購入済みで、すでに材木が積んでありました。建築委員に名を連ねておられたのは、学校の校長先生や地域の有力者、大きな会社の社長等のご信者達でした。コウ師は「あのご信者達は、初代教会長先生がお育てになられた方々です。先生の亡き後、おられなくなっても当然のことと思います。」と、人を責めず恨まず、神様におすがりし続けられ、借金なし、分担金なしでご建築の大みかげを頂かれたのでした。

★どんな難しい仕事や、めんどうな用事でも、神様の御用として自分の手足を喜んで使わせて頂き、自分が責任を持ってさせて頂こうとする人は、人からも神様からもお喜び頂き、ご信用頂けるお徳を身に頂くことが出来ます。また、喜び上手の人の周りには、有り難いことが次々と起こってくるのです。反対に、自分の手足を使うことを嫌がって、用事を人に押し付けようとする人は、そこから一層に気を煩わす因を作ってしまい、不足心が膨らんでしまいます。人からも神様からも、ご信用頂くことは出来ません。目の前に起きてくることを、どのような心で受けさせて頂くのか、日々の生き方の積み重ねが大切なのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成30年の「み教え」