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2018年03月10日

●親孝行・ご恩返しを願いの中心に

大正15年10月28日、阿倍野教会(旧広前)ご建築を目前に、初代教会長伊藤徳次師がお国替えなされました。徳次師の10日祭をお仕えさせて頂く日に、建築に携わっていた方全員が、教会長夫人であるコウ師に対して、建築委員総辞職という連判状を提出なさったのでした。

★コウ師は、その連判状をご神殿にお供えされ「人を頼りにせず、神様を頼りにしなさいとの良い機会を与えて頂きました。ありがとうございました。人に建てて頂く教会は人の教会、神様に建てて頂いた教会は神様の教会。どうぞ、恩借やご信者の分担金、銀行借入金なしで建てさせて頂きますように」と神様に御礼を申され、お願いなさったのでした。

★境内地の土地は購入済みで、建築用の木材が積んである中、工事は一旦中断されました。ご建築にご尽力下さった竹本駒蔵師は、その状況を見られて「建築は到底先になるだろう」と思われて、京都に帰られたほどのことでした。そんな中、コウ師は神様に「初代教会長先生のご遺志を何としても受け継がせて頂けますように。私は現在32歳でどんなご修行もさせて頂く所存でございますが、母親が68歳ですので、お広前のご建築が3年先、5年先と悠長なことは言っておられません。母親が元気な間に建築させて頂いて、ご安心頂きとうございますので、1年間でおかげが頂けますように。」とお願いなさって、四面楚歌の中ご建築に取り掛かられたのです。コウ師は、初代教会長先生のご遺志を引き継がせて頂きたいと願われる心と、親の心を思う心を両輪になさって、真心で一心に神様におすがりなさったのでした。

★ある時、竹本駒蔵師より、建築費の7割程の現金を「無期限・無利子ですから、遠慮なく使いなさい」とわざわざ京都からお持ち下さいましたが、コウ師は丁寧にお断りになられました。すると、竹本師は「それでは、お供えさせて頂こう」と仰って下さいましたが、コウ師は「先生がお供えなさるのは、御本部があられ、親教会があられますから、それは筋違いでございます。神様の心に適いませんので、お受けすることはできません。」とお断りなさったのです。そしてついに、借金なし、分担金なし、寄付の強要なしで、翌年の昭和2年11月11日、開教5年の記念大祭と新築落成の祝祭を盛大に奉行させて頂くことが出来られたのでした。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成30年の「み教え」