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2018年03月01日

●体験を通しておかげを頂いてゆく

先日から、一度も経験したことのないような、喉の痛みを体験させて頂きました。御洗米は頂くことが出来たのですが、つばを飲み込み難く、食事を頂く事も出来難い状態でした。つい痛いところが生じますと、そのことばかりに気が捉われてしまいます。本来ならば、手も足も自由に動かせて頂き、横にならせて頂きますと、休ませて頂く事が出来、お礼を申さねばならないことがたくさんありますのに、お礼の申し足らないところがたくさんあったことだと、改めて思わせて頂きました。そこで痛みがあっても「金光様、有難うございます」とお礼を申しながら生活させて頂く事が、大切なことであるなあと改めて分からせて頂きます。

★また、不行き届きな点がたくさんございますが、その中でも自分の力で何事も出来ている、と考え違いをしていることが一番不行き届きなことです。神様・霊様のおかげを頂いて、周囲の方のお世話になって生活させて頂き、様々な方が補佐の御用をして下さり、また自分の身の回りのことは、家内が何もかも行き届いてして下さるおかげによりまして、休ませて頂く事が出来ているのです。そのことを考えさせて頂きますと、どれ程お礼を申さねばならないか、ということを分からせて頂きます。そこで、先日から神様に「どうぞ、私自身のここのところを改まらせて頂きますので、全快のおかげが頂けます様に」とお詫びを申して、改まらせて頂くところを誓わせて頂いております。そうしますと、有難いことに段々と症状も軽くして頂いて、お繰り合わせを頂いているのです。

★自分自身の経験することを通して、人の痛みや苦しみが理解でき、真剣に本気になって人様のことが願わせて頂けるように、必要な体験を神様がさせて下さっているのです。病気や厳しい仕事、或いは人間関係の問題など、今与えて頂いている出来事は、自分自身の本心の玉を磨いてゆく有難いご修行となってゆくのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 08:16 | 平成30年の「み教え」