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2018年01月22日

●おかげの元と難儀の元

伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた頃、知人に聞いてこられた話を、伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)になさいました。それは、汽車の回数券の使い方をごまかして、実際に支払わなければならない料金以上に汽車に乗ることが出来るという話でした。

★その話をじっと聞かれて、ハル刀自は、「汽車というのは、あの大きな車体を製造して、高い地代を払って線路を敷き、高い給料を払って運転士やその他の人々を雇い、その他あらゆる人々のお世話になって、初めて走らせることが出来るものです。私たちは、切符を買ってじっと座っていれば、下駄も着物の裾もすり減らすことなく、行きたいところに連れて行って頂ける。その御礼としての運賃をごまかすとは、鉄道の会社に、また社会にめぐりを積むことになるのです。自分の積んだめぐり(社会や鉄道会社に対する借金)は、必ず先々に、お金で、あるいは体(怪我や病気、交通事故など)で、返さなければならなくなるのです。それを分からせて頂かなければ、結構になる生き方は出来ないのですよ。」と教えて下さったのでした。

★御礼のご信心は、おかげを頂く基礎、下地を作るようなものです。これまで頂いたおかげを自覚させて頂き、ご恩を知ってご恩に報いる御礼をさせて頂くことが、信心の根本なのです。根本を欠いてはいつまで経っても結構になれません。

★『天地金乃神のおかげで生かしてもらっている人間は合わせ鏡の間に置いてもらっているようなものである。悪いことも善いことも、みな鏡に映るように神はご承知である。信心して真の心にならなければならない。』『人目の届かぬ陰で、分からぬと思うて悪いことをしたり、横着をしたりする者くらい、つまらぬ者はない。その時は得をしたように思うたり、利口なように思うておるじゃろうが、神正直に見てござるから、つまりは自分の損になるのじゃ。上利口、底鈍になるなよ。』


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成30年の「み教え」