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2018年01月31日

●積徳の信行

1月30日は、加川一夫先生(元在籍教師)のお母様であられる加川たつの氏の御命日でした。たつの氏は大変熱心なご信者であられ、ご信心の有難いことを常日頃から家族にお伝えになっておられました。そして、「私がお国替えしたら、信心させて頂くと何と不思議なことがあるかということを見せます。」と、いつも口癖のようにご家族に仰っておられたそうです。

★たつの氏がお国替えされた、翌月の昭和62年2月の末のことです。お孫さんにあたる古澤家では、10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤氏がたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました」と仰ったそうです。

★また、たつの氏はご生前中より[朝に玄関口のお掃除をする時には、隣家の前の道も「どうぞ、ゆくゆくはこのお家を買わせて頂けますように」とお願いしながら毎日お掃除させて頂きなさい。]と教えておられましたので、古澤氏はその通りになさっておられました。するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「土地家屋を購入して頂きたい」と言って来られたのです。しかし、先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります」と言われ、隣家が無くなっており、隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また後日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後に先方から提示された土地の金額と全く同じ数字だったそうです。そうして無事にお土地購入のおかげを頂かれたのです。

★日々の信心の稽古の積み重ねによって、ご神徳を頂き、心眼が開かれてゆくのです。『死したる後、神に祀られ神になることを楽しみに信心せよ』とみ教え頂いておりますように、一生が積徳の信行と心掛けて、信行期間に身に付けさせて頂いた良い習慣を二月以降も続けさせて頂きましょう。
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2018年01月30日

●させて頂くという心におかげがある

現在のお広前のご建築の時に、中心となって御用なさったご信者は、70歳になられた時に、お結界で伊藤コウ師に、「大工の仕事は引退させて頂き、郷里へ帰って大根でも作ろうかと思っております。」と、お届けなさったのでした。すると、コウ師は、「大根を作るのも結構ですが、あなたはこれまで大工の仕事でおかげを頂いてこられたのでしょう。でしたら、今日までのお礼に、その技術を生かして出来る、あなたにしか出来ないお礼の働きをなさったらどうですか?」と、み教え下されたのです。

★それから後にご信者は、旧広前の東隣りに拡張された40畳の教場を作らせて頂く仕事の御命を頂かれたことを手始めに、現在のお広前ご建築の時には、二代教会長先生と三代教会長先生のお考えになるところを、図面に現してくださり、また、大変優秀な宮大工の方々に声をかけて下さって、教会との間を取り持って下さって、ご建築が完成するまでの全体の采配を振るって下さったのでした。

★そのようにして、70歳から新たに出発なさったそのご信者は、大工のお仕事で度々声をかけて頂かれ、80歳の時には、阿倍野区から豊中まで自転車で走って、お仕事にいかれたこともあったというほどに、大変お元気に大工のお仕事を通してお礼の働きをなさったのでした。

★『信心するという心におかげはないぞ。信心さしていただくという心におかげはあるぞ。』『商売するというから神は見ておる。商売さしていただくという心になれば、神はつきまとうてさしてやる。』『何事によらず、無理を言うたり、したり、してはならぬぞ。無理が一番悪い。めげるもとじゃ。自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』

★お礼の働きとしてさせて頂く心で、おかげを蒙られたのですね。ついつい「自分がする」という心が沸き起こってしまうところを、お願いをしてさせて頂いておりましたら、神様が様々なところで都合良くさせて下さるのです。その為には常の信心をしっかりさせて頂くことが大切ですね。

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2018年01月29日

●生き抜く力を身につける

二代教会長伊藤コウ師は、「幼少の頃、信心がまだ分からせて頂いていない私は、人生の幸せということについて、大きな考え違いをしていました。それは、裕福でお金がたくさんあって、きれいな着物を着て暮らし、女中さんの数人もいて、上げ膳据え膳で楽をすることが幸せな生活と思っていました。しかし、それは大間違いでした。信心を自ら本当にさせて頂くようになりましたら、み教えを頂けるようになり、本当の幸せとは、難儀な事、困った事、辛い事、悲しい事、世の中の難儀がしっかり身に受け止められて、その難儀と取り組んで、逃げ出さないで信心辛抱させて頂ける人になることだ、と分からせて頂いたのです。どんな事でも『生神金光大神様、天地金乃神様…』とお縋りして、その難儀を打ち破っていくだけの徳と力のある人間が世の中で一番幸せなのです。」と仰せになっておられます。

★また、コウ師のご母堂・伊藤ハル刀自は、「楽は望まぬ、苦労は覚悟、苦労しがいのあるようにならせて下さい」と、願い続けられました。甘やかされて、ぬるま湯につかったような状態を、楽だとか心地良いと感じることは世の中一般に多いことでしょうが、それでは鍛えられることなく生き抜いてゆく力を落としてしまうことになってしまうのです。

★楽な方、楽な方を選んで進もうとし、辛抱、不自由から逃げようとするのではなく、不自由を行とする生き方、喜んで辛抱させて頂くことこそ、生き抜いていく力を身につけてゆくことができるのです。
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2018年01月28日

●迷わず失なわず

寒修行信行期間、皆それぞれにご修行を決められて、一回でも多くお広前に足を運ばせて頂けるよう取り組まれていることは、真に有り難いことでございます。お広前は、有り難いご神徳に満ち満ちており、日々心を改め磨いてゆくことを願わせて頂き、参拝させて頂きますと結構に心を浄化して頂けるのです。私たちは、生まれてくる時に神様から尊い御分霊を頂いておりますが、油断しておりますと、それを覆い隠すように不成心が沸き起こってきます。それは、
○貪(欲深く自分に取り込もうとする心。)
○瞋(怒りは自分の身も心も、周囲の人の身も心も害してしまう。)
○痴(非理性的なこと。愚痴不足を言うこと)
○慢(横着、気まま我がまま)
○疑(疑いの心)
このような心です。心のご修行とは、こうした不成心を一つ一つ取り除かせて頂くことです。

★不成心が取り除かれていきますと、金光様が常にお祈り下さっておられること、この天地には神様のお徳が満ち満ちていること、おかげを頂き通しに頂いていること…このようなことを、素直に感じることが出来るようになるのです。そして、「金光様有り難うございます」「金光様よろしくお願い申し上げます」と、何事も一心に、金光様のお取次ぎを頂いて、天地金乃神様におすがりさせて頂くことが出来るようになるのです。そうしますと、どんな困難な状況も乗り越えさせて頂くことが出来、身体の上にも生活の上にも有難いおかげを頂くことが出来るのです。

★『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう。』

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2018年01月27日

●仕返しをする心を去る

教祖様は津川治雄師に対して、大切なみ教えを残して下さいました。『このお広前へある山伏が来てかれこれしたことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれしてはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。』

教祖様は山伏が来られた時も腹を立てられることもありませんし、仕返しをしてやるという心にもなられませんでした。それは、神様がその体験を通して物事や環境、人の心を整えて下さることを有難くとらえておられたからです。また、先を楽しみにお願いなさっておられたことが分からせて頂きます。

★また『とかく、ものを堪忍することをよく心得ておれ。堪忍さえ強かったら人と仲違いをすることはない。「ああ、ふびんなものだ。私はこうしてこらえているが、信心気のない者は、ああいうことを聞いては青い顔をするであろう。あれは、神様に願って、直してもらってやりたいものだ」という気になっておれ』ともみ教え下されておられます。ことが起こってきた時、迷わずに人の助かりを願わせて頂くことを教えて下さっておられます。

★人間は、一つのことが起こってきたら反応しやすいもので、例えば人に挨拶して、挨拶が返ってこなければ「もう挨拶はしない」という気になってしまったり、満員電車で足を踏まれたら、「足を踏み返してやる!」と思ってしまうものです。

そういった仕返しをする心を取って頂くのです。そうするには相手の立ちゆきをお願いするほかないのです。自分に好意的な方だけでなく、好意的でない方に対しても助かりと立ち行きをお願いさせて頂く稽古をさせて頂きましょう。常に見ること聞くことをご祈念に変えさせて頂いて、おかげを頂いていくのです。

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2018年01月26日

●神様がさせなさるご修行

教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられたといっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決して取り乱されることはなく、『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』との、神様からのみ教えをただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。

★私達も毎日の生活の中で、神様がさせなさるご修行というものを経験することがあります。例えば、家族の身の上に問題が起こってくるということもありますし、また仕事の上に問題が生じたりすることがありますね。そのことに対して、人やまた社会に対して愚痴や不足が生じやすいものです。ご修行というものは、まさに必要だからこそ与えて頂くことで、人に心を向けるのではなく、神様に心を向けさせて頂くことが大切です。神様がさせなさるご修行として有難く受け切り、そこからどういうところを工夫し、正しい努力をさせて頂けば良いかを考え直す機会とさせて頂くのです。 そうしたご修行を通して、新しい自分自身がそこから生み出され、一段と成長し、人間の器が大きくならせて頂くのです。そうしたところを日々意識しながら、毎日の仕事の上にも家庭生活の上にも、おかげを頂いてゆくことが大切であると思わせて頂きます。

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2018年01月25日

●本気で一心に願う

先日、あるご信者がお届けに来られて「子供が小学生なのですが、日常生活に直したい癖がありまして、どのようにお願いさせて頂けば良いでしょうか?」とお尋ねになりました。

★私は〔それは、親だけが願うのではなく、子供さん本人がそういう癖があるという事を自覚して、どうあっても直したいと意識して、お願いなさる事が必要です。

私が小さい頃、よく二代教会長伊藤コウ師より、「人間の癖というものは、なくて七癖。七癖どころではない。それぞれに多くの癖を持っています。その癖を直すには、神様にお願いさせて頂かねばなりません。毎日意識しなければ直せません。どうあっても直させて頂きたいと願うことが成長につながってゆくのです。」と教えて下さいました。

私も小さい頃、考え事をしている時に無意識に口を開ける癖がありました。ある時、姉に注意して頂いてこのままでは恥ずかしいと思い、神様にお願いして意識して努力しておりましたら、だんだん直して頂きました。

癖を直すには、自分自身に打ち克ってゆく必要があります。例えば、腹を立てる癖があれば、「腹を立てませんように。」と毎日お届けに書いて、本気で直したいと一心に神様にお願いして、改まる稽古をさせて頂きますと、必ず直ってゆくのです。]とお話しさせて頂いたことでした。

★共働きであるのに借金が返せない、というご信者に、コウ師は「それは、本気で神様にお願いしていないから、借金が返せないのです。一心に神様にお願いしましたら、お金を使わなくてもいいような生活を好きにならせて下さいます。

新しいスカートをはいている人を見れば、今までは私も欲しいと思って買っていた人が、神様に一心にお願いさせて頂きましたら、体裁ばかりを構わなくても良いような生活を神様がさせて下さるのです。それが、出来ていないのは、今までの分不相応な生活をする癖が離せていないのです。

神様は何もしてはいけないと仰っているのではありません。分不相応な生活をしている氏子をみて、嘆いておられるのです。」と仰せになられました。悪癖悪習慣をお取り払い頂けるように、神様、親様に対して「このようなことでは申し訳ない」と思い、本気で一心に願わせて頂きましょう。

★『思う念力岩をもとおすというが、氏子が一心を出して願えば、どんなことでもかなえてくださる。』

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2018年01月24日

●「我(われ)良しと思う心」を仇として

あるご信者が、「家族中健康でおかげを頂いており、有難いことです。怪我も病気も無く、皆が働かせて頂いて結構にお商売を続けさせて頂いております。本当に有難うございます。」とお礼のお届けをなさっておられました。そのように本当に心からお礼を申せるということが、有難いですね。

★神様・霊様に守って頂いて、立ち行かせて頂いているのです。また、人様のお世話にもなっておかげを頂いているというのが現実です。自分の力だけであれも出来る、これも出来るということはあり得ないのです。しかし、人間とは間違いやすいもので「我(われ)良し」と思う心が起こってくるのです。この心が災いを生みます。それは人のことが喜べなかったり、仕事を喜べなかったり、家族を喜べなかったりということになってしまうからです。

★他のあるご信者は「我(われ)良しという心がついつい出てきまして、私は正しい!と思いますと相手にそれを押し付けてしまいます。そうしますと、その中に問題が起きてくるのです。どうしても私は思いこみが激しいのです。ですから、相手の方が間違っていて私の方が正しいと思ってしまうのですが、正しいも間違っているも立場の違いだけなのですね。自分の気持ち次第なのですが、ついそのように言ってしまいます。そこが私の辛抱が足らないところです。」と仰っておられ、「自分の感情をコントロール出来ないところを、ご修行させて頂けます様に」とお願いをなさっておられました。ご自分のことを客観的に見ることが出来ておられますね。有難いことですね。

★段々と信心が進んでおられることは有難いことだと思わせて頂きました。一回一回のお参りでお徳を頂かれ、み教えを頂き直す良い機会とならせて頂いておられるのです。一足飛びに出来ることはありませんから、辛抱強く一段一段登らせて頂くことをお願いさせて頂いて、その中で自分自身の戒め・改まりが生まれてくることがおかげなのですね。

★「われよしと思う心を仇(あだ)として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)の御歌

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2018年01月23日

●夫々がご修行を定めて取り組む 

阿倍野教会の布教当初は、吉野通りにあった長屋の狭い借家でした。一階にあった炊事場は取り払ってお広前にさせて頂いたので、炊事は二階の物干し場で、毎回一階から水を持ち運んで、七輪を使ってなさっておられたのでした。そのようなご不便な中でも二代教会長伊藤コウ師は、「世の中にはもっと厳しい生活をなさっておられる方がたくさんあられる中で、私達はこんな結構な所で御用をさせて頂き、住まいさせて頂いて有り難い。」と、御礼ばかり申しておられたのでした。教会に経済の余裕は一切ありませんでしたので、風呂屋へ行くことも始末して、夏は行水をし、冬は湯に浸した手拭いで体を拭くだけになさってご修行なさったということです。そして家賃を払えなくなるような迷惑を掛けることがないように、ご自分達の生活はどこまでも切り詰めていかれたのでした。

★ある時、教会に小豆がたくさんお供えになったことがあったそうです。小豆といいましても、教会ではおぜんざいを炊いてご信者様に頂いてもらうことはありますが、常からぜんざいを炊くわけでも、毎日赤飯を炊くわけでもありませんから、主食になることはありません。ましてや当時教会は、経済に一切の余裕がなかった為に、コウ師は「この小豆がお米であったらなあ…」という思いが心に浮かんだそうです。生活一切を切り詰めて始末なさっておられたご時代ですから、その様に感じられるのも不思議なことではなく、生きていく上での欲としてごく自然な感情であったと感じます。しかしそれから、小豆が必要な時に全く手元にないようになってしまったのです。コウ師が、なぜだろうかと振り返って考えられますと、「ああ、あの時不足を思ってしまったからであったなあ。」と反省され、一生懸命改まって神様にお詫び申されたのでした。神様からお許し頂くまで随分と長い時間がかかったということですが、また改まってご修行なされますと、必要な時に必要な分だけ、手元に与えて頂ける様になられたのです。

★現代の生活は、豊かで大変有難い生活を送らせて頂いておりますが、私達も夫々毎日何かご修行を定めて取り組ませて頂くことが必要です。夫々がご修行のあり方を決めさせて頂いて、自ら進んで改まらせて頂いておりますと、後々結構におかげを頂いてゆく元になるのです。
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2018年01月22日

●おかげの元と難儀の元

伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた頃、知人に聞いてこられた話を、伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)になさいました。それは、汽車の回数券の使い方をごまかして、実際に支払わなければならない料金以上に汽車に乗ることが出来るという話でした。

★その話をじっと聞かれて、ハル刀自は、「汽車というのは、あの大きな車体を製造して、高い地代を払って線路を敷き、高い給料を払って運転士やその他の人々を雇い、その他あらゆる人々のお世話になって、初めて走らせることが出来るものです。私たちは、切符を買ってじっと座っていれば、下駄も着物の裾もすり減らすことなく、行きたいところに連れて行って頂ける。その御礼としての運賃をごまかすとは、鉄道の会社に、また社会にめぐりを積むことになるのです。自分の積んだめぐり(社会や鉄道会社に対する借金)は、必ず先々に、お金で、あるいは体(怪我や病気、交通事故など)で、返さなければならなくなるのです。それを分からせて頂かなければ、結構になる生き方は出来ないのですよ。」と教えて下さったのでした。

★御礼のご信心は、おかげを頂く基礎、下地を作るようなものです。これまで頂いたおかげを自覚させて頂き、ご恩を知ってご恩に報いる御礼をさせて頂くことが、信心の根本なのです。根本を欠いてはいつまで経っても結構になれません。

★『天地金乃神のおかげで生かしてもらっている人間は合わせ鏡の間に置いてもらっているようなものである。悪いことも善いことも、みな鏡に映るように神はご承知である。信心して真の心にならなければならない。』『人目の届かぬ陰で、分からぬと思うて悪いことをしたり、横着をしたりする者くらい、つまらぬ者はない。その時は得をしたように思うたり、利口なように思うておるじゃろうが、神正直に見てござるから、つまりは自分の損になるのじゃ。上利口、底鈍になるなよ。』


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2018年01月21日

●先を楽しみに、喜んで辛抱させて頂く

あるお方が入信なさる以前は腎臓が弱く、手足は浮腫み、朝はすぐに起きることが出来られない状態だったのです。朝食や弁当も作ることが出来ず、仕事に行かれるご主人や息子さんを、見送ることさえ出来られなかったのでした。

★ところが、息子さんの体調不良をきっかけに、近所の方にお導き頂かれてからは「病弱だから出来るはずがない」という考えを改めて、「どうぞ朝参りが出来ますように」とお願いが出来るようになられ、段々と日参聴教の稽古をされるようになられたのです。すると、次第に腎臓病も良くなり、体質改善のおかげを頂かれました。そして、朝早く起きて朝食や弁当を作ったり、ご主人や息子さんを見送ってから朝参りが出来られるようになられたのです。

★そしてさらに、入信前には6千万円の借金があったのですが、「どうぞ借金返済のおかげが頂けますように」と一心にお願いなさっておられました。家内中が勢を揃えてお参りをし、心を揃えてお願いし努力なさった結果、借金全額返済のおかげを頂かれました。現在では、貯金が出来るようになりたいと楽しみに働かれるようになっておられるのです。

★どんな問題であっても、とても自分には出来ないと思えるようなことであっても、「今日から良くなる、明日は良くなる、明後日はもっと良くなる」と自分自身に言い聞かせながら、お願いをしていくということが大切なのです。そのように心掛けながら、ご信心をさせて頂くと結構にならせて頂けるのです。『信心とはわが心が神に向かうのを信心というのじゃ』とみ教え頂いております。心が神様に向かうから、おすがりする心にならせて頂けますし、お礼もお詫びもお願いもさせて頂けるようになるのです。

★「ならぬ辛抱、するが辛抱」と言います。ならぬ辛抱とはとても出来そうにないということです。『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ。』と教えて頂いておりますように信心辛抱をさせて頂くのです。信心を基にして、先を楽しみに、喜んで辛抱させて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年01月20日

●死生の安心を頂く

ある家庭が入信前に娘さんを亡くされて、奥様が頭を病んで何も出来なくなってしまわれました。そんな奥様の様子を見られたご近所の方が「娘さんの霊が奥さんに取りついて悩ましている」という考え違いも甚だしい言葉をかけてしまったところ、あろうことかご主人が感化されてしまい、激情にかられて、「手塩にかけて育てた娘が、母親に取り付くとはどういうことか!」と娘さんの骨壺をかなづちで砕いて、近くの池へ投げ入れてしまわれたのです。奥様の状態はますます悪くなられたのでした。その時にお隣に住んでおられたご信者にお導き頂かれ、参拝されるようになり奥様は熱心に信心を進められたところ、有難いことに全快のおかげを頂かれました。

★娘さんが亡くなって1年後、東京に行かれていた息子さんが、肺結核と腸結核を併発して大阪に帰って来られましたが、日に日に悪くなりお医者さんにも見放され、奥様は「せめて死生の安心を頂きたい」と無神論者であられたご主人をお導きなさいました。初代教会長先生は高熱を出されて御用が出来られない状態であられましたので、初代教会長先生に代わって二代教会長伊藤コウ師が、そのお宅の帰教式に向かわれたのです。

★コウ師が家に到着した途端、お医者さんが出てこられ帰って行かれました。家に入りますと、奥様が「たった今、息子が息を引き取りました」と言われたのです。コウ師は御神前で、神様に事の次第を申し上げられ、「生きている間に死生の安心を頂きたいということでありましたのに、亡くなられてからでは私の役目は果たせません。何としてでも御用にお使い頂かねばなりません。どうぞ、息子さんが息を吹き返しますように」とお願いなさいましたら、何と有難いことに息子さんは息を吹き返されたのです。

★そして、帰教式をお仕えになられた後、息子さんは食事を頂けるまでに回復され、1週間以上も命を延ばして頂かれ、「先立つ不孝をお許し下さい。私はこれまで両親の愛情によって育まれました。これから御霊となって、両親のことを守らせて頂きますから」とご両親に挨拶をしてからお国替えされ、後々両親が丁寧にみ霊を祀られ、立ち行くおかげを頂いてゆかれたのです。

★間違えた考えに左右されないように、正しいみ教えを頂いて、霊様を大切にして天地の道理にかなった生活をさせて頂きましたら、過去の霊様も自分自身も助からせて頂くことが出来ます。そして、力を揃えて霊様と共にご信心をさせて頂きましたら、過去も現在も未来も助からせて頂くことが出来るのです。

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2018年01月19日

●家業と信心相続 

昨日は、教徒会総会が開催され、木下氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★木下氏のお姉さんが生まれた時、姓名判断で「良い運命を持っていない。」等と良くないことばかり言われ、迷い悩んだそうです。そんな時に阿倍野教会にお引き寄せ頂かれ、二代教会長伊藤コウ師よりみ教えを頂かれました。そして「人生は名前によって左右されるものではなく、自分自身の行いによって運命が決まる。」と教えて頂かれ、そのみ教えを頂かれたご両親は、本当にその通りだと思われてこのお道に入信されました。

★木下氏のお父様は、日参と聴教に励まれ、改まりに励まれました。というのも、次男さんが大火傷を負い生命さえ危険な状況に陥ったことがあり、「私は慢心していた。自分の子供だと思い、自分の力で育てられる。自分の力で何事も出来ていると考え違いをしていた。3人の子供を授かったが、養育する徳も力もなかったのだ。それを神様がこの大火傷を通して気付かせて下さっている…」と痛感なさったからです。神様のおかげを頂いて、次男さんの大火傷は跡も残らずきれいに全快させて頂かれました。

★鉄道会社に勤務なさっていたお父様は、日参と聴教を毎朝させて頂いて、日々お届けをさせて頂けるような時間の都合る為には、鉄道会社を退職し、商売を始めたいと願われ、独立開業し、色々な仕事を経て食鶏の加工業をすることになられました。そして、天地の賜り物を扱わせて頂ける有難さを感じ、日々御礼を申し上げながら、ご信心を基に経営され、年々歳々繁盛されて有難いおかげを頂き続けてこられました。昨年3月にお父様が、5月にお母様が共に老衰によって天寿を全うされ、仲良く夫婦が連れ立ってお国替えをなされたのです。真に有難い神様の思し召しによって、おかげを頂かれたご両親のお国替えであったことが、後になればなるほど、よく分からせて頂かれたことです。

★木下氏は、ご両親より受け継がれた家業である、食鶏の加工業を相続なさっておられます。ご両親が経営なさった当初、コウ師より「大阪一のかしわ屋さんにならしてもらいましょうな。」とみ教え頂かれました。現在では、その頂かれたみ教え通り、お土地も拡大され、大阪で唯一の大型処理場にならせて頂くおかげを頂いておられます。お願いし続ける事の大切さ、先の先まで祈って下さっている有難さを分からせて頂かれたのです。

★木下氏は、ご両親から受け継がれた家業と、この有難いご信心を子孫に受け継がせて頂けますよう、より一層ご信心に励んでおられます。そのことにより娘さんも家業相続のおかげを頂かれ、共に家業と信心相続のおかげを頂かれ、子孫繁盛・家繁盛のおかげを頂いておられるのです。
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2018年01月18日

●人が人を助けるのが人間である

本日、午後2時より、教徒会総会が開催されます。ご家族、お導きの方々、共に参拝のおかげを蒙らせて頂きましょう。

★昨日、1月17日は、23年前に阪神・淡路大震災の起こった日でした。ちょうど、阿倍野教会の朝のご祈念直前のことで、お広前も大きく揺れました。時間が経つにつれて、段々と、各地の被災の状況も明らかになっていき、心痛む情報が次々と流れたのです。

★被災なさった方々の助かりと立ち行きを願わせて頂く毎日でしたが、私共も、何かさせて頂けることはないかと考え、まことにささやかな内容でしたが、ご信者の有志の御用奉仕の方々と共に、ある教会に物資を運ばせて頂いたり、私共の教会の名前は伏せて一般のボランティアにご信者の方々120名以上と共に参加させて頂いたりしました。そうした中で「今後一切の不足を言わないようにさせて頂きます」と神様に誓わせて頂いたことでしたが、今日そのことが本当に守れているのかと自問自答し、反省致しております。

★一緒に御用奉仕に当たって下さったご信者の方々の中には、仕事を終えられた後に、夕方から寝ずに作業をなさり、午前4時に教会へ帰って共に御礼のご祈念をさせて頂いて、帰宅されますと、お風呂に入って着替えて後に、朝の6時のご祈念に参拝され、そのまま出勤なさったこともあられました。そんな時でも被災なさった方々の大変御苦労なさっておられる状況を思いますと、皆が「何とかお役に立たせて頂きたい」という一心であられたように思います。

★『人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がこけておるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちておるのを見て、すぐに引き上げてやられる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。』『人間は病苦災難の時、神様や人間に助けてもらうのであるから、人の難儀な時を助けるのが人間であると心得て信心をしなさい。』

★神様は、困っている人を見て、「助けたい」「何かお役に立ちたい」と思わせて頂ける尊い心を、私達人間に与えて下さっているのです。それが、本当に人間らしいあり方であるといえるのですね。反対に、自分中心・人間中心の心になるのが難儀を生む根本です。生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、神様の氏子としての真に人間らしい心にならせて頂けますように、ここからまた心新たに、稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2018年01月17日

●神様を目当てにする

ずっと以前ですが、二代教会長先生と三代教会長先生が車に乗っておられた時のことです。教会の運転手さんは常に丁寧に安全運転をなさる方でしたが、車が阪神高速を走行中に長距離の大型トラックが車線を越えて近寄ってきて、先生方の乗っておられた車に接触したのでした。車体右側にトラックのホイールが接触し、大きな傷が付くほどでしたので、双方が路肩に止まったのです。

相手の大型トラックの運転手は車を降りるなり、開口一番「ちょっと急いでいます。」と言われたのです。三代教会長先生は、「そうですか。お急ぎでしたらどうぞ行かれて結構ですよ。後はこちらで修理させて頂きます。」とだけおっしゃり、事故扱いにはなさらず、そのままトラックは去ってしまったのでした。後にこの事故のことについて「あのように、誰も怪我をすることなく、軽く済ませて頂いたのは大変有難いおかげです。このことによって、私共のめぐりをお取払い頂けたのです。こちらが喜んで有難く修理させて頂いたらよいのです。」と、おっしゃったのです。

★信心が進ませて頂きますと、起きてきた問題に対して心が乱れることなく、大きなおかげを頂いて有難いという心になり、慎み深くならせて頂けるのですね。相手に謝罪を求めたり、弁償を求めるような有り方ではなく、出来てきた事をこの事がおかげであると、有難く受けさせて頂くような、神様を目当てにした信心が積徳になってゆくのです。

婦人の五徳 

1)平素、人と競争せず…人と比べて競争をして、体裁を飾ることをせず、自分自身に打ち克つことを心掛ける。

2)苦難の時に恨み事を言わず…難儀なことが起きてきた時に、人を責めず、悪いことを思わず、言わないことを心掛ける。

3)飲食を節する…飲食を節することで身体と経済の健康を保たせて頂けるのです。衣食住が十分に足りている時でも、信心を元にして節することを心掛ける。

4)感情をむき出しにしない…特に怒り、悲しみをむき出しにしない。喜ぶことはしっかりと喜び、意志をコントロールする。

5)よく尊敬する…神様・ご先祖御霊様・周囲の人に対して尊敬する。敬う心を大きくしてゆくことが、自身の受け物を大きくし、徳と力を頂ける元です。
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2018年01月16日

●初めを忘れず、油断のない信心を

「はじめを忘れない」ということが、ご信心をさせて頂く上で大切だ、と教えて頂いております。もちろん各家・各人が、入信させて頂いた初めのこともそうなのですが、産まれた途端のことを思わせて頂きますと、産声を上げて呼吸をすることが精一杯だったはずです。そして親にお乳を与えて頂いて、あやして頂いて、寝かしつけて頂いてと、24時間体制でお世話をして頂いていたのです。それが段々這うことが出来るようになり、つかまり立ちが出来るようになり、歩くことが出来るようになるのです。私達が生まれてから今日まで、どのように慈愛に包まれてお育て頂いてきたことでしょう。そのことを思わせて頂きますと、これほど有難いことはありませんね。その御恩を忘れないようにさせて頂きたいですね。

★毎日喜びに満ち満ちて生活をさせて頂いて、喜びに満ち満ちた信心を続けさせて頂くことが大切です。信行期間の願いにも「天地の大恩を悟り 喜びに満ち満ちて家業の行につとめ 世のお役に立つ信心をさせて頂くこと」とあります。家業の行を、辛い苦しいことだと思わず「こんなに有難い家業はない」とお礼を申しながらさせて頂いて、その中で御修行をさせて頂く心を忘れないということも大切です。

★『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』とみ教え頂いておりますが、油断のない信心をしなさいと教えて下さっています。私達は命のある限り、ご信心の旅をしていくのです。「向こうへ降りたら」というのは、命を全うさせて頂いた後のことです。それまでは気を緩めてはならん、ということを教えて下さっておられます。

★『神の機感にかのうた氏子が少ない。身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。』とみ教え下さっていますように、油断のない信心をさせて頂いて、有難いおかげを頂き続けていくことを神様もお喜び下さるのです。

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2018年01月15日

●御礼の信心がおかげの元

★昨日は、共々に御本部年賀参拝のおかげを頂きまして、真に有り難いことでございました。昨年一年のお礼を改めて申し上げると共に、今年も一年、金光様のお取次ぎを頂いて、神様にお喜び、ご安心頂ける信心に進ませて頂けますよう、また、月々御本部御礼参拝を滞りなくさせて頂けますよう、お願いさせて頂いたことでした。またご霊地ではご神酒・ご神水授与と成人式もたくさんの方々に御用奉仕と御祈念を頂き無事に行わせて頂けましたことは、重ねて有り難いことでありました。

★団体参拝が始まった当初から、参拝会の方々をはじめ多くの方々が、座席の指定や切符の準備をして下さり、参拝の前日には団体列車の車両準備にも行ってくださいます。そして帰りの道中では、列車もバスもゴミの回収と分別をして下さいます。そのように、毎月変わらず皆様が御用して下さることにより、今日まで団体列車やバスを快く用意して頂ける元になっていることは、真に有り難いことと思わせて頂いております。

★御礼のご信心が、次のおかげを頂く準備とならせて頂きます。行き届いた、真心からのお礼の信心がさせて頂けるよう、稽古の励ませて頂きたいと思います。 

★『「才崎の金光(片岡次郎四郎師)は、いつ参ってもいつ参っても、お礼参りじゃ。参る者の大方はお願いに参るのに、その方は、いつもおかげを受けておるお礼に参って来る。神も満足に思うぞ。氏子がお礼に参って来ると、神も喜び、金光大神もいっそうにうれしいが、氏子もうれしかろうが。氏子がおかげを受けてうれしゅうに喜ばぬと、神も喜べぬ』

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2018年01月13日

●人の助かりを願う

昭和34年6月16日、アメリカ・シカゴ大学の教授(世界宣教研究所長)ビーバー博士という方が、御本部のお結界で三代金光様に「日本の人々だけでなく、世界中の人々に対して何かメッセージがありましたら聞かせて下さい。」とお尋ねなさったそうです。すると、三代金光様は「色々願いがありますから、そのご都合をいただかれますようにお願い致しております」と仰せられたのです。ビーバー博士は「はっきりいたしまして、大変有難うございました」と御礼を申されたということです。

★世界には、戦争や、民族紛争、内乱、宗教間の争い、差別、飢餓等々、様々な問題があります。世界中の方には、それぞれの立場があり、それぞれの事情があるのですから、それぞれに願いがあります。しかし、その願いがすべて叶うとは限りませんし、願い通りに叶いさえすれば良いというわけでもありません。三代金光様は、広いお心で周囲の人々を初め、世界中の人々の助かりを生涯掛けて切に願われ、神様のご都合を頂くことによって、一人一人の願いが、天地の調和の中に叶えられていくことをどこまでも願って下さっておられることを、 私達氏子に伝えて下さったのでした。

★家族、会社、学校の中でも、それぞれに価値観が違ったり考える物差しが違いますから、意見が食い違うこともあるでしょう。お世話になって今の自分があるという事を自覚させて頂き、周囲の方々に対して御礼の心で接し、自分の助かりや願いばかりを願うのではなく、目の前の人の助かりを願わせて頂くことが大切です。お願いさせて頂く対象の人が広がっていきますと、自ずと自分自身の心も広くなっていくのです。そして、段々とお願いさせて頂く幅が広がりますと、様々な立場の人が願えるようになり、神様がお喜び下さるような有難い姿とならせて頂けるのです。お広前で、神心を養い、喜びの心を大きくし、御礼の働きを重ねさせて頂きましょう。
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2018年01月12日

●御恩を知って御恩に報いる生き方

昭和27年1月11日の月例祭の日のことです。奥さんがご主人に「今日は阿倍野教会の月例祭ですので、月例祭にお参りして頂けますか?」とお願いなされました。するとご主人は「今日は戎さんに残り福をもらいに行く。金光様の月例祭は毎月あるが、戎さんは1年に1回だから、今日は戎さんに行く。」と言われ、一番良い着物を頂につけて今宮戎神社まで行かれたのでした。

★そして帰る途中、いつもとは違う遠くの銭湯へ寄られました。脱衣所で着物を脱いで、貴重品を番台で預けることなく、着物と一緒に全て脱衣所へ置いたままお風呂へ入られました。お風呂から出ると、なんと貴重品だけでなく着物から下着まで全て盗まれていたのでした。ご主人は、「戎さんで福をもらいに行ったのに、服を盗られた!」と立腹なさいました。そこで奥さんは「これはあなたに神様の罰があたったのではないですよ。あなたに本当の道が分かるように教えて下さったのですよ。大事なことは信心して神様の大恩を分からせて頂くことですよ。」とご主人に伝えられました。そのことを聞かれたご主人はハッと気付かれ早速改まられたのでした。そして、月例祭はどんなことがあっても欠かすことなく参拝し、商売の品物のお初穂は必ず月例祭にお供えされることを心に決められ、より一層実意丁寧にご信心に励まれたのでした。さらに、結構なご信心のお徳の積み重ねにより、現在も息子さんやお孫さんが家業と信心相続のおかげを頂かれ、繁盛させて頂いておられます。

★天地の道理に基づいた生き方をさせて頂き、全てに天地金乃神様にお願いしてさせて頂く信心生活になりましたら、思うままにおかげを頂くことが出来るのです。毎日お命を頂いて、思うように手も足も使わせて頂き、結構に生活をさせて頂いていることにお礼を申し、有難いお礼の心に満ち満ちて日々の家業に励ませて頂きましょう。


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2018年01月11日

●真心で一心におすがりするとは改まりを進めてゆくこと

二代教会長・伊藤コウ師のみ教えの中に〔何かことが起こってくるというのが人間の生活であります。心配事があったり、不安が生じる、病気災難がありますけれども、ことが起こってきたらすぐにお願いをさせて頂きましょう。

お参りをさせて頂いて、お取次を頂いて、み教えを頂ける環境にあるのですから、心配や不安、心に抱えているものを神様に預けさせて頂いて、お願いに変えさせて頂くのです。お願いさせて頂けるということ、お願いさせて頂ける場所があるということが有難いのです。しかし、お願いというのは真の値で買うということです。

『氏子身の上のこと何なりとも実意をもって願え』と仰って頂いておりますから、一心におすがりするということは「このように改まらせて頂きますから、何卒よろしくお願いいたします。」と改まらせて頂く方向へ心が向かわせて頂くことが、実意を以て一心におすがりしておかげを頂いていくあり方です。〕との内容でした。

★そのように一心に実意を以ておすがりすることが出来られたのが、伊藤ハル刀自(コウ師の御母堂)です。コウ師が13才の頃、肋膜炎と腹膜炎を併発し、骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられました。

その時、ハル刀自は、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられ、

さらに「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして、生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられ、全快のおかげを頂かれたのでした。

★真心を神様に表すことが大切です。そのためには信心が進んでいくこと、改まりが進んでいくことが必要なのです。神様のお心に適った生活にならせて頂けますよう、自分の心を改めさせて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年01月10日

●将来を見通して下さるお取次のお徳

先日、おかげ話をなさった藤原氏のお父様は家具職人であられました。ある家具製造会社の職長として安い月給で勤務しておられた時のことです。勤務してから5年ほどして、会社の社長が土地を勝手に売却し、何千万という会社のお金をすべて持ち逃げして、後のことはお父様に頼むとのことで行方不明となり、倒産したのでした。この時、工場の機械はすべてお父様の名義になっており、注文先の方々はお父様に社長になって仕事を続けて下さいと言って下さり、また職人さんも一緒に仕事をして下さると言って下さったのです。

★会社の売り上げは安定し、なんら問題はなかったので、お父様は今まで辛抱したおかげで結構なお話を頂いたと思って、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。コウ師は「そんな物はすべて返して無条件でやめてきなさい。あなたのしていることは大きな穴の上で仕事をしているようなもの、行く行くはみんな逃してしまう物です。」と仰せられたのです。しかし、お父様は仕事が軌道に乗っているので、未練があり、その後も製品を作っておられました。ある日、コウ師はお父様をお呼びになり、「泥沼に釘を打っているようなものだから、いくらしても無駄です。直ぐに辞めなさい。」と懇々とお話し下さったのでした。お父様は他の方に無条件ですべて譲り、退職され、新たに家具職人として勤められました。コウ師は、めぐりのついた物を身につけないようにご教導下さったのです。

★後にわかったことですが、お金を持ち逃げした社長は、その後1年余りで、心臓麻痺で亡くなってしまったそうです。また、無条件で譲り渡した会社は、売り上げが2億円以上までに成長しておりましたが、悪い人に乗っ取られ倒産したというのです。み教えを守らせて頂くことにより、将来のことは神様が保証して下さるのです。人の保証を当てにするので、神様の保証を逃してしまうのです。頂いたみ教えを守らせて頂くところにめぐりをお取り払い頂き、先々結構なおかげが頂いてゆけるのですね。

★『「信心はみやすいようでも、なかなかむつかしい。神の言うとおりにせぬからむつかしいのぞ」と金光様は言うてござった。親の言うことでも、なかなか聞けるものではない。親が無理を言うように思えるものじゃが、親の言うことを聞かなかった子が後で難儀をする。ご信心する者でも、神様の仰せが無理なように思えて、言われる通りにせずにおると、あとで困ることができる。』


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2018年01月09日

●今の辛抱、先の楽しみ

昨日は、みかげ会例会にて藤原氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。入信の初めであられるご両親の、素直な一心のご信心に改めて触れさせて頂く有り難いお話でした。

★入信当初、二代教会長・伊藤コウ師より、
「人間は何をするために生まれてきたのですか。神様のおかげで生まれたのです。働きに生まれたのです。働きとは、傍の者が喜び助かる働きをすることです。世の中には、お金がないのは首がないのと同じと申しますが、生活をするのにお金は大切です。でも、お金ばかり儲けている働きは世の中の落伍者になります。人間の命はお金では買えません。お教会は人間として最も立派な尊い生活をさせて頂く道を教えてくださるのです。毎日お参りをして信心をさせて頂きましょう」と、み教え頂かれ、初めての信行期間には、自宅購入の願いを立てて、5才と0才のお子さんを連れて、朝参り、日参聴教に励まれました。

★そうして、信行期間の明けた8月に、無事自宅購入の大みかげを頂かれ、そのお礼のご信心として、3年のご修行を神様とお約束なさいました。毎月、家計簿を伊藤コウ師に見て頂かれ、始末できるところは徹底して始末なさったそうです。

★お父様が家具のお店を独立開業される際に、前の親先生より「お客さまからの注文を断ってはいけません。お金が無かったら買わない。借金はしない。何事にも先ず御祈念させて頂くこと。何事もする前にお取次頂き、お願いをするのと、しないのとでは、天地の差があります。」とみ教え頂かれ、生涯守り通されました。そして日々の御用では、17年に亘って数取の御用を続けられ、毎朝のお参りは御祈念が始まる前に参拝され、50年間お国替されるまで続けられたのでした。

★ご両親が、まず、有り難く信心辛抱のご修行をさせて頂かれ、後々に健康の上にも、お仕事の上にも、経済の上にも、全てにおかげを頂いておられることを、ご家族中が実感なさり、有難いご信心が子孫に伝わり続いておられますことは真に有り難いことでございます。

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2018年01月08日

●鍛え直して頂くおかげ

二代教会長伊藤コウ師が10才の時のことです。秋になりかけたある日、コウ師のお姉様であられますスエ氏が、急に腰がぬけて立てなくなってしまわれたのです。原因は、夏に冷たい物を食べ過ぎたり、夜も寝ている間に体を冷やしていたことでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、ご母堂(伊藤ハル刀自)は、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★伊藤ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間ハル刀自が帰られるまでにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★『鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、くわでも刃先に焼きを入れて鍛え直したら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのが鍛え直しじゃ』とみ教え頂いておりますが、痛いかゆいがご修行になって信心が進むということ、痛いかゆいが無ければ油断して信心が後退してしまうということ、後退しないように神様が与えて下さっているということを教えて下さっているのです。神様のおかげで日々の生活をさせて頂いているということが分からせて頂ければ有難いですね。

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2018年01月07日

●真心は必ず神様に通じる

昨日は、昭和45年に81歳でお国替えされました伊藤スエ大刀自霊神(二代教会長伊藤コウ師のお姉様)の御命日で、48年廻れる例年祭を仕えさせて頂きました。

★スエ氏は、旧広前のお土地を購入させて頂く時に、「どうぞ、お土地を神様にお供えさせて頂けますように。」と願われ、ご自身は徹底して質素倹約されました。

しかしこのお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは切り売りをすることに乗り気ではあられなかったのです。

母のハル氏を始め、姉のスエ氏・カツ氏は自分のことは横へ置いて、教会設立の為に家族中が力を合わせて、一生懸命に神様の御用にお使い頂きたいと願われたのでした。

そのお心をコウ師は受けられ、どうあってもその願いを成就させて頂きたいと願われて、初代教会長・伊藤徳次師に「どうぞ、その交渉の役目を私に任せて下さい。」と申し出られますと、初代先生は「それなら任せましょう。」と仰って下さったのです。★それからというもの、コウ師は毎日夜中にそのお土地の前で座られ神様にお願いされたのでした。

なんと、その熱い願いが神様に届いたのです。地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と言って下さり、ついに売ることを決心して頂けることになったのでした。

後になって、その続きのお土地も購入のおかげを頂かれ、コウ師は姉スエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われて、スエ氏のお家を建てられ住んで頂くことになられたのです。

★姉妹は信心を基にして互いに真心で尽くし合いをなさったのです。家族皆が心を揃えて、夫々の立場で一生懸命に御用され、力を合わされたからこそ、阿倍野教会の礎が築かれたのでした。

実意丁寧にどこまでも神様に心を向け、一心に貫かせて頂くその真心は、神様に必ず通じてゆくのです。昭和2年に建築されました旧広前は、現在も大切に使わせて頂いております。

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2018年01月06日

●日常生活をご修行に

昨5日から、寒修行信行期間が始まりました。5日はずいぶん冷え込みましたが、寒修行にふさわしい気候を与えて頂いていることと、御礼申させて頂いております。金光教のご修行は、「家業が行」と教えて頂いております。二代教会長・伊藤コウ師は、「水垢離をとってご修行するようなことはせんでよろしい。それよりも、お水を粗末にすることなく、活かして使わせて頂く工夫をさせて頂きなさい」とみ教えを下さいました。

★去年の年末に、瞬間湯沸し器が故障し、業者の方に来て頂いたところ、年明けまで部品が届かず、すぐには修理は出来ないということでした。普段は、お湯を自由に使わせて頂いておりましたので、始めは多少不自由を感じました。しかし、お湯が出なければ覚悟を決めて、水が冷たい時も有難く使わせて頂けば、何ということはありません。また、どうしても必要な場合は、洗面器や、洗い桶に水を入れておいて、使わせて頂く時にポットのお湯を足せば、何の支障もないのです。また、瞬間湯沸し器を使用する時には、蛇口からお湯が出るまでに流れてしまうお水についても、以前は洗い桶に受ければよい、という程度の意識の低さでしたが、瞬間湯沸し器が使えない方が水の無駄もなく、有効に使わせて頂けることに気が付かせて頂きました。有難い機会を与えて頂いたことに御礼を申させて頂いたことでした。

★普段から自分に問いかけるべき事
1)一つ一つの出来事に一喜一憂していないだろうか?心が乱れ易くなっていないだろうか?
2)自分の仕事に打ち込んでさせて頂けているだろうか?何かの出来事によって、精神的な動揺があったとしても、仕事に支障をきたすようなことになっていないだろうか?
3)自分の仕事を退屈に思っていないだろうか?
4)苦労を有り難くさせて頂けているだろうか?「楽は望まん。苦労は覚悟。苦労し甲斐のあるように」と、お願いできているか?
5)面倒なこと、煩わしい事、忙しさに心が負けて、仕事が疎かになっていないか?
6)時間の余裕が生まれた時、暇を持てあまさずに、時間を有益なものに出来ているか?

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2018年01月05日

●心を整えて、神様と一つ心に

私達は、それぞれにお土地や家、使わせて頂くものにも、ご祈念を込める稽古をさせて頂いております。何か買わせて頂きましたら、文房具でも衣類でも食材でも、使う前に御神前にお供えをさせて頂いて「本日は○○を買わせて頂きました。有難うございます。大切に使わせて頂けますように」と、まずご祈念させて頂いて有難く使わせて頂くのです。

また、車や二輪車、自転車等の乗り物に関しては、教会に乗って来られて、ご祈念して頂き、御神米をお祀りして使わせて頂きます。日々世話になるすべてのものに、ご祈念を込めて御礼を申して使わせて頂くことが、天地に満ち満ちた御神徳を自分自身に頂かせてもらう生活になっていくのです。

★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ』自分自身の心の中に不浄なものがあり、その不浄なものをお取り払い頂く、すなわち心の洗濯・掃除をして頂くつもりで毎日の生活をしなさいということです。自分自身の心の中身がどれだけ整っていくかということが尊いのです。

★ちょっとした心の間違いを正して頂けるところがお広前です。間違いを正して頂くことを有難いと思えず、嫌がっていては心の成長には繋がりませんね。『実意をもって願え』『真一心におすがりせよ』とみ教え頂いておりますが、疑いの心・迷いの心を取って頂くこと。そしてあちらの神様、こちらの神様とおすがりするのではなく、天地金乃神様に一心におすがりさせて頂くのです。

★また、神様と一つ心にということでもあります。私達は生まれてくる時に、神様の御分霊を頂いております。み教えを頂いた時に「有難いなあ」と思わせて頂けるのは、内なる尊いものが共感しているのです。生神金光大神様と天地金乃神様と一つ心にならせて頂けるようなおかげを蒙りましょう。

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2018年01月04日

●天地金乃神様を目当てに…

先日、ある熱心なご信者のお孫さんがお参りに来られ、[毎年お正月にに、近所の氏神様にお参りさせて頂いておりますので、今年もお参りして、おみくじを引きますと、家内も子供も二人とも凶が出ました。そこには「病気や災難に気を付けなさい。」と書かれてあり、さらには「信心しなさい。」と書かれてありました。これから心を入れ替えてお教会のお広前にお参りさせて頂いて、本当に信心させて頂くべき生神金光大神様・天地金乃神様に対して改まった信心をさせて頂きます。]とおお届けをさせて頂かれたのでした。

★自分達が興味本位で引いたおみくじによって、心改まる良いきっかけを与えて頂かれ、本当にお徳を頂いていかねばならないことに気付かれたことは有難いことです。それは形だけのものではいけませんね。「ただ親が言うので参っています。連れて参って頂いたので拝んでいます。」ということではなく、自ら進んでお参りをしてみ教えを頂き、自ら進んでお取次ぎを頂き、日々の信心の向上をお願いさせて頂いて、本心の玉を磨かせて頂くことを真剣にお願いさせて頂くのです。

★『心配する心で信心せよ』とみ教え頂いておりますとおり、人間ですから先々のことを不安に思ったり、心配に捉われてしまうことがあります。先々のことは神様にしか分かりません。そこで、心配を神様にお預けして、お願いに変えてゆくことが大切なのです。そしてお結界という場で、心配や不安や焦りなど、心に持っている悩みをすべて神様にお預けさせて頂くのです。お預けさせて頂いた以上、心配はすべて忘れて、今日一日今日一日、目前のことに打ち込んでさせて頂いておりますと、先が開け、神様は必ず良い方へ道をつけて下さるのです。

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2018年01月03日

●喜びと祈りをもって

平成30年のお正月も、1日の元日祭、2日の初月例祭と、共々におかげを頂きまして、今日3日を迎えさせて頂き、真に有り難いことでございます。

★お正月は、多くのご信者が、ご家族、親族揃ってお参りになられます。赤ちゃんから、お年寄りまで、無事健康で、仲良くお参りがさせて頂けるということは、どれ程有り難いことでしょうか。

『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々うれしゅう暮らせば、家内に不和はない。』このようにみ教え頂いております。家族中が、お互いのことを拝み合い、円満に、喜び合って生活させて頂くことを神様はお喜び下さいます。家庭の平和円満が、世の中全体の平和円満につながっていくことを、願い続けながらおみちびきに励ませて頂きたいと思います。

★家族で料理屋をなさっておられるあるご信者は、30日から1日の早朝まで、立ち詰めでお仕事をなさり、無事に注文の品を納めることが出来たことを御礼申しておられました。毎年この時期は、そのようにおかげを頂いておられるということです。責任をもって、喜びに満ちて目標に向かわせて頂けば、不平不満も生まれず、気力も充実し、体調の上にもおかげを頂くことが出来るのですね。

★また教祖様は『正月元日は、1月2月3月4月のことを神様が教えて下さる。2日は、5月6月7月8月のことを神様が教えて下さる。3日は、9月10月11月12月のことを神様が教えて下さる。そこで正月三が日をもって1年中のことを伺うておきさえすれば、神様が教えて下さる。その徳を受けなさい。』とみ教えを下さいました。この正月三が日を、有り難い年の初めとさせて頂けるよう、行き届いてご祈念を込めさせて頂きたいと思います。
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2018年01月02日

●改まる良い機会

先日、あるご信者が心筋梗塞で倒れられ、緊急入院されました。そして、適切な手術・治療を受けて一命を取り留められ、現在意識もはっきりされて、すべての機能も十分に働くおかげを頂いておられます。
お礼届けに来られたご信者のご家族に「お正月前に悪いことが起きたと、思ってはなりませんよ。良いことが起きたと思わせて頂きましょう。ご信者は、よく海外に出張に行かれます。また、車も運転されます。そんな時に心筋梗塞の発作が起きていれば、どうなっていたでしょうか。この度は、発作が起きた時に周囲に人がおられ、救急車をすぐに呼んで下さり、搬送先の病院には専門の医師がおられ、手術をして頂いたおかげで、生命を助けて頂かれたのです。ここから良い方向へ舵取りをしてゆく必要がありますね。今まで家族が「飲酒をほどほどにして下さい」と伝えてもなかなか聞き入れて頂けず、ただただ後ろ祈念するほかありませんでした。好き放題に飲み食いする生活を改善する機会を与えて頂かれたのです。神様が五年先・十年先に有難い生活をさせて頂けるように、結構な機会を与えて下さったのです。どうぞ、この有難い機会に家中が改まらせて頂きましょう!」とお話しをさせて頂いたことでした。
出来てくることをすべておかげにさせて頂けるように信心の稽古に励みましょう。神様は氏子の助かりと成長を願って下さっているのです。

★『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる。』今日という日は、過去一切を受けての今日一日であり、未来につながる一日です。今日一日、今日一日を大切に、去年より、より一層の成長を遂げてゆける一年にならせて頂きましょう。

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2018年01月01日

●平成30年をお迎えして

新年おめでとうございます。平成30年元日祭を、午前6時より無事に仕えさせて頂きましたことを有難くお礼申し上げております。

★昨年一年間、万事にご都合お繰り合わせを頂きまして、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂き、本日新たな年を迎えさせて頂くことが出来ましたことを、共々に神様にお礼を申させて頂きたいと思います。皆様方には、私どもの御用の不行き届きな中をご辛抱頂き、またお祈り添えを頂きましたことを厚くお礼申し上げます。

★昨年一年間を振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった」ということばかりでございました。様々な出来事は、全て神様のおかげの中でのことであり、私達の信心が向上するように、神様の思し召しを頂いての出来事であると分からせて頂きます。

神様は、昨日よりも今日、今日よりも明日、先月よりも今月、今月よりも来月、去年よりも今年、今年よりも来年というように一段と信心が向上し、おかげを頂いてゆくように願って下さっています。すべてにお守り頂き、おかげを頂き続けて参りましたことへのお礼をしっかりと申し上げ、今年一年新たな心持ちで願いを立てて、倦まず弛まず信心の稽古に邁進させて頂きたいと思います。

★本年は、三代教会長伊藤良三師の10年祭をお仕え申し上げます。そこで、寒修行信行期間の信心目標を、三代教会長先生の10年祭をお迎えするにあたり『素直に、真心一筋の信心を習わせて頂く』と掲げさせて頂きました。

三代教会長先生の信心を習わせて頂いて、素直に、真心一筋に信心を進めさせて頂きましょう。また、五ヵ年計画第一年目の年でもあります。各家の五ヵ年計画の満願成就に向けて、より一層信心をお進めになられ、御信者皆様の家々が、益々有難い飛躍の年になられますよう、お祈り申し上げております。
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