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2017年12月31日

●省くことがご修行

 「無理・無駄・ムラを省くこと」「心と身体の掃除をするつもりで、ご信心させて頂きましょう」と教えて頂いております。「省く」ということを夫々に心掛けて、自分自身の不要なところ・間違っているところを省いていきますと、段々と結構な生き方にならせて頂き、おかげを頂いていく器になっていくのです。人間ですから、時には間違ってしまうこともありますが、間違いに気が付きましたら、すぐに改まらせて頂くことが大切です。間違いに気づいていながらも、いつまでも間違い続けていましたら、有難い器にはなりません。

★あるご信者は、糖尿病などで血糖値が上がり、お医者さんから食事の指導や運動の指導をして頂いて、「自分の好きなものばかり食べて、偏った生活をしていた。好き放題して、それを正当化していたけども、間違っていたんだなあ」ということに気付かせて頂かれました。お医者さんの指導通りに実践なされ、血糖値が正常値になった時のことです。お医者さんも「よく頑張りましたね、優等生です。」とほめて下さった途端に「数値も良くなりましたから、また甘いものを頂いてもよろしいですか?」と尋ねましたら、お医者様から「それは駄目です!元の状態に戻ってしまいますから、食べてはいけません!」と許可が出ませんでした。なぜなら、糖尿病は全身の血管・細胞・臓器に多大な悪影響があるからですね。元の食生活に戻ってしまっては元の木阿弥です。

★間違っていると分かっていても、元のようにしたいと思ってしまいますが、そこを「生神金光大神様、天地金乃神様、病気のお取り払いも頂きたいと思いますが、私の心の間違っているところをお取り払い頂けますように」とお願いさせて頂くのです。是正して頂いたことを続けさせて頂かねば、神様に再びご心配をおかけすることになってしまいます。自分自身に打ち克つご修行をさせて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

★『初めに聞いて有難かった話が、いつ聞いても有難かったら病なしの信心である。初めに聞いて有難かった話が有難う聞けぬようになったら病の信心である。病の信心にはおかげはない。三つの歳に食べた米の飯が、三十、五十になってもおいしかったら病気はないのである』

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2017年12月30日

●日々、良い方へ生まれ変わる

『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々うれしゅう暮らせば、家内に不和はない。』

★平成29年も残すところ、あと2日とならせて頂きました。お正月になりますと、家族の間でも丁寧に挨拶を交わします。「新年おめでとうございます。旧年中は色々とお世話になりありがとうございました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。」と旧年中のお礼を申して、さらに新年のお願いを申し上げます。お正月だけに限らず、一年中、元日のような心持ちで、日々を大切に生活させて頂きましたら、どれほど有難い生活がさせて頂けるでしょうか。

★皆さん、今年一年間を振り返らせて頂きますと、いかがでしたでしょうか?色々な出来事があり、様々な日々の積み重ねがあられたことと思います。その時に、いつも変わらずに同じように和らぎ喜ぶ心で、実意・丁寧・正直・親切な生き方がさせて頂けたでしょうか?私自身振り返らせて頂きますと、「どこまで実践させて頂けたことかな…至らないことがたくさんあったなあ…」と反省しきりでございます。

★日々良い方向へ生まれ変わるということは、よほどしっかりと願いを持って意識してさせて頂かねば、出来る事ではありませんね。その日々の積み重ねが有難い結果を生んでゆくことになるのです。そして、生活の中で起きてくること全てを信心の修行とさせて頂くと、良い方へ、良い方へと生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。

★二代教会長・伊藤コウ師は「金太郎飴はどこを切っても同じ顔が出てくるでしょう。いつでもどんな時にでも実意・丁寧な生き方をさせて頂きましょう。」とよくお話しして下さいました。どんな時にも金太郎飴の様に、いつどこを切っても喜んでお礼の申せる顔が出てくるように、家の中が健康で円満で、心穏やかに保たせて頂けるような、新年を迎えさせて頂きましょう。
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2017年12月29日

●日々の生活は実地の学問

『神は、一つひとつに実地の学問をさすのだから、その日その日は手習いである。手習いは、坂に車を押すごとくと言う。油断をすれば後に戻る。信心も同じことである』(金光四神様のみおしえ)家庭でも、職場でも、些細なことをおろそかにしてしまうと、後で問題が大きくなってしまうものです。言葉かけ一つでも、一言足りないのも、また一言多いのも、人の心を大きく揺り動かす要因となってしまいます。

★先日もあるご信者が、取引先の方に「あの件を伝えておいた方が良いのでは」と、気付かれたのに、次の瞬間に、「でも、自分の立場からではなく、先輩に任せておいた方が良いかな・・・」と、思い直され、伝えずにおいてしまったことが、後で大きな問題となってしまったということです。問題を修復するのに、時間も労力もかかってしまい、「あの時に気が付いたことを、即実行していれば良かったと、反省しました」と、お届けなさっておられました。

★常に心中ご祈念させて頂き、忙しい時ほど心を落ち着かせて、自分の出来ること、するべきことを、実意丁寧に実行する稽古をさせて頂きたいと思います。何か問題にぶつかったり、自分に打ち向かってくる人が現れるようなことがあっても、その相手に勝つことを考えるのではなく、おかげにさせて頂けるように神様にお願いさせて頂くのです。神様にご心配をおかけするような不行届きのあることをお詫び申すのです。生活の一瞬、一瞬に、おかげを頂く方向に心を配り、言葉を使わせて頂けるように、信心の実地の学問をさせて頂くつもりで、日々の生活を油断なく送らせて頂きたいと思います。

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2017年12月28日

●ふと心に思わせて頂いたことをすぐ実行する

年末が押し迫ってまいりまして、今年も残すところ、4日となりました。気忙しい時には、自分の事を省みることも、人の事まで思いやる余裕も無くなってしまいます。

この忙しい時こそ、真剣に今日一日の事をお願いし、今しなければならないことを機会を逃がさぬように、おかげを頂かなければならないのです。日々心中御祈念して神様に心を向け、お繰り合わせを頂かなければなりません。

★先日あるご信者は、御主人がお風呂に入っておられて、ふと「少し遅いな」と心に思われて、お風呂へ様子を見にいかれますと、なんと御主人が沈みかけておられたのです。

それまでに何回か声をかけに行っておられましたが、御主人は「まだ温まっている」と返答があられたそうです。しかし、それでも気になられたご信者は、再々度様子を見に行かれましたら、御主人がお湯にのぼせて意識を失っておられたのです。

全身の力が抜けた85歳を超えられた御主人を、ご信者一人では抱えることができませんので、家族を呼ばれ、機転を利かした家族がお風呂のお湯を抜いて、お孫さんが抱え上げて下さったのです。

ご信者はお礼届けに来られ、「ふと心に思わせて頂いた神様からのお知らせを、素直にすぐに守るようにさせて頂きますと、間に合うようなおかげを頂くという事が分からせて頂きました。有難うございます。」とお礼を申されたことでした。

★ラジオでも電波を受信して聞きますが、周波数を合わして、アンテナを伸ばすことにより、明瞭に聞くことができます。アンテナが壊れていたり、周波数が合っていませんと聞くことはできませんね。

ふと心に思わせて頂いたことを後回しにするのではなく、神様に常に心を向け、「今のうちにあれをしておきなさい、これをしておきなさい」と神様から心に思わせて頂いたことを実行しておりますと、段々とお知らせを頂く範囲が広がってゆき、足りないところを足して下さり、より一層のおかげを頂くことができるのです。

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2017年12月27日

●み教えを頂いて、受け物を作らせて頂く

 学校にお勤めになられているご信者があります。ある年の3月に、翌年度のクラス編成をしたところ、やんちゃな生徒が集まったクラスができたそうです。どのクラスを受け持たせて頂くかということが、会議ではなかなか決まらず、それぞれ希望を書いて提出しましょうということになりました。ご信者は決心がつかなかったので、三代教会長先生に「やんちゃなクラスは希望する人がないと思います。幼少の頃からご信心をさせて頂いて『人が嫌がる仕事は、自分が引き受けてさせて頂きましょう』と教えて頂いておりますので、私がそのクラスを引き受けさせて頂くのが、信心を基に考えましたら良い事であるように思うのですが、いかがさせて頂きましょうか?」とお伺いなさいました。

★三代教会長先生は「あなたの今の『そのクラスを私が引き受けなければ仕方がない』という心持ちで受け持たせて頂くなら、有難いおかげを頂いていく生き方にはなりませんよ。そうしますと問題が起きてきた時に『自分は嫌だったけど、あの時に皆のことを考えて、仕方がないから引き受けた。引き受けなければよかった』という風に後悔をします。それでは、おかげを受けるということにはなっていきません。神様から頂いた御用・神様から頂いた仕事であると、心底思わせて頂けるようになることが大事なのであって、どんな問題が起きてきても『神様が私に必要だと思われて、与えて下さったご修行だ』と、有難く受け切っていく、というあり方にならせて頂きましょう。その為には、希望するクラスを書かず『どのクラスでも結構です。一任いたします。』とお任せしてはどうですか。どのクラスを受け持たせて頂いても『神様から与えて頂いたクラスだ』と心に刻ませて頂いたら、それがおかげになっていきます。」とみ教え下されたのでした。

★ご信者はその通りになされ、結果的にやんちゃなクラスを受け持つことになり、一年間で様々な問題が起こってきましたが、最初にみ教えを頂いておられましたから、「これも神様から『このことを通しておかげを頂きなさい』と私に与えて頂いたご修行だ」と思わせて頂かれ、有難いおかげを頂くことになっていかれたのです。

★「させられた」とか、「嫌々する」、「仕方なくする」ということでは、自分自身も関係する方々も助かりませんし、おかげになりません。み教えを頂いて、受け物が出来ていくということは、実に有難いことであります。

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2017年12月26日

●生涯かけて体質・性質改善のおかげを頂く

私の娘が生後10ヵ月の時のことです。あごの下にウズラの卵くらいの大きさの腫れ物が出来ました。すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き、病院に受診させて頂きますと、医師より「良いものでも悪いものでも、どちらにしても手術をした方が良いでしょう。」と診断して頂きました。良いものでも悪いものでもと言われると、不安に思うものです。

★しかし、夫婦で話し合い「これからは一切悪い事を思わないようにして、御神酒でおかげを頂こう!」と決め、一心に御礼とお詫びとお願いを申し上げながら、日々娘のあごの下にある腫れ物に、お剣先に御神酒をひたして当てさせて頂きました。すると何と、前から見ても見えていなかった腫れ物が、2、3日の内に前から見えるほどに下がり、受診予定日の朝には腫れ物の口が開いたのです。そして、どんどんと血膿をお取り払い頂いたのでした。年末には、ウズラの卵くらいあった腫れ物は、3分の1ほどまでに小さくなったのです。

★その後、病院に行く事もなく、メスを入れることもなく、一年間かけて計10回も腫れ物に口が開いて、血膿をお取り払い頂いたのでした。つい2年ほど前には、25年間開かなかった腫れ物の口が開いたのですが、御神酒をつけさせて頂いて、全快のおかげを蒙らせて頂きました。

★それぞれが生まれ持った体質や性質を、改善してゆくおかげを頂かねばなりませんが、それを信心をもって、油断なく御礼とお詫びを申し、願い続けてゆくことが大切です。日々正しくお礼、お詫び、お願いを申してゆきますと、知らず知らずに謙虚な姿にならせて頂くことができ、体質・性質改善ができてゆくのです。

★『神様を拝礼するには、此方では別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かされているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身で知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理であるから、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』
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2017年12月25日

●胸躍るような願いを!

先日も、嬉しく有難いお届けを聞かせて頂きました。

★先日あるご家庭が、五カ年計画のお願いを立てられて用紙を提出されました。その五カ年計画の願いを、拝見させて頂きますと、一枚目には熱心に日参なさっておられるお母さんの五カ年計画、次には息子さんご家族の五カ年計画、その次には娘さんご家族の五カ年計画があり、それをきちっと閉じられて提出なさったのでした。その中身を拝見させて頂きますと、小学生に至るまでお一人お一人が丁寧に願いを立てられて、一人ひとりご自分で書いておられるのです。そのお願いの内容も、有難いことにお父さんはお仕事の向上のお願い、学生さんは学生さんの願い、また小学生のお子さんは、「来年はここまで進ませて頂けます様に。再来年はここまで進ませて頂けます様に」…と、夫々が日常卑近なところで、毎日の生活に即した在り方で、自分自身の実情に合わせて願いをお立てになっておられるのです。

★夫々の家が家全体で願いを立てさせて頂くことも有難い事ですが、一人一人が願いを立てて書かせて頂けるということは、何と有難いことであるかなあと思わせて頂きました。拝見させて頂いただけでも、このご家庭には実に夢と希望があり、胸が躍る感じがし、元気を出されることだろうなあと感じさせて頂きました。願いを立てるということは、このように有難いことだなあと、改めて思わせて頂いた事でした。

★例えば、そろばんを習っておられる方は、「来年は何級まで進ませて頂けますように」…というように、私達も何かしら目標を立てて進ませて頂きたいことがありますね。それだけ自分自身が明確に願いを立てて目標を持たせて頂きますと、その為にはどういう努力をさせて頂いて、どういう工夫をさせて頂けばよいかという思案が生まれてくるのです。そうしますと、日々の生活に「よし!ここまで進ませて頂こう!」と力が湧いてきて、元気が出てくるようにならせて頂けるのです。

★私達も、新年に向けまして胸躍るような願いを立てさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

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2017年12月24日

●油断のない姿

油断のない姿というのは、心中御祈念を欠かさない姿であり、常にお礼を申し上げる姿ということですね。そのような心持ちにならせて頂けるように稽古をさせて頂きたいものです。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる。』とみ教え頂いております。皆、分かっているつもり、知っているつもりではありますが、それがなかなか実行出来ていないもので、本当に心からお礼を申せる状態には、なかなかなっていないことがあります。

★あるご信者が典楽の御用を頂かれた時、三代教会長先生に「どういう心構えで御用させて頂いたらよろしいでしょうか?」と尋ねられました。すると三代教会長先生は「あなた方は、神様の御用にお使い頂くのですから、ただの演奏者になってはいけません。信心をもとにして、奏楽をさせて頂くのですよ。より一層信心を向上させて頂きましょう。そのことをしっかりと心に刻まれて、その上で御用にお使い頂かれますように。」と仰られました。

★仕事も家事も、その他様々な御用も、全て信心をもとにしてさせて頂くのです。お商売なさる人は、信心をもとにして商いをさせて頂く、お勤めをなさる人は、信心をもとにしてお勤めさせて頂く、家庭の奥さんは、信心をもとに家を守り、主人や子供たちを後ろから祈るのです。信心を抜きにしてはいけませんということをみ教え下さったのでした。何事も信心に基づいてさせて頂いておりますと、自分だけでなく、周囲の人々も助かっていくのです。

★私達は神様から頂いた命・お身体であります。そして親御先祖からも有難いものを頂いております。皆、ひとりひとり違う、かけがえのない存在です。日々ご信心に基づいて、お礼を申して喜んで生活をさせて頂いておりましたら、天地のお徳を自分の体の中に、しっかりと頂かせてもらえますし、有難いことにお徳に満ち満ちた働き・生活になっていくのです。

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2017年12月23日

●後々の者は、みやすうおかげを受けさせる

 教祖様がお開きくださったこのお道のご信心は、「祈念祈祷で助かるのではない、話を聞いて助かるのである」とみ教え頂いております。一方、修験道の山伏は、祈念祈祷を重んじていたので、教祖様のみ教えを敵対視し、お広前を度々荒らしに来たのでした。しかし、教祖様は山伏に対して腹をお立てになるどころか、『これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。この神様のお道は年々にご繁盛なさる。氏子、先で合点せよ。』とおっしゃり、どこまでも神様のさせなさるご修行と有り難く頂かれたのでした。

★またある時には、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられたといっても過言ではないような状態になられました。

★しかし、教祖様は決して取り乱したりなさることはなく、「家内中、神のことを忘れるな。何事あっても人を頼りにすな。全て神に任せよ。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱をせよ。とにかく、内輪きげんようにいたせ。もの言いでも、あなたこなたと丁寧に。何事もあだ口を申すな。」との、神様からのお言葉をただただ素直に守られ、時節を待たれたのでした。

★『もとをとって道を開く者は、あられぬ行もするけれども、後々の者は、そういう行をせんでも、みやすうおかげを受けさせる。』このように、有り難いみ教えを頂いております。教祖様が、どの様なお心構えで、どの様なご修行をなさったのか、有り難いご信心の御中身を、少しづつでも習わせて頂けるよう、日々信心の勉強を倦まず弛まず積み重ねさせて頂き、ご修行に励ませて頂きたいと思います。

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2017年12月22日

●『年が寄る程位がつく』

ある御信者が、二代教会長伊藤コウ師のもとへ「嫁に綺麗な着物を買ってあげても、ひとつもお礼を言いません。」とお届けにこられました。コウ師は「それはあなたが普段からお嫁さんに対して、お礼の心が足らないのではないですか?」と仰ったのでした。伊藤コウ師は続けて「可愛い息子さんの、食事や着る物等、身の回りのお世話をお嫁さんにして頂いているのですから、息子さんが可愛いと思えば思うほど、しっかり頭を下げて、お嫁さんにお礼を申さなければいけませんよ。」と仰ったのです。

★御信者は心から合点され「申し訳ございません。私の真心が足りませんでした。」と御詫び申されたのでした。伊藤コウ師は大変喜ばれ「あなたは日々み教えを頂いているので、私の言った事がすぐに分からせて頂けるのですね。有難いことです。」と仰ったのでした。 それから御信者は、一生懸命お礼を申す稽古をされ、先頭に立ってご信心をなさって、円満な家庭を築かれ、子孫繁盛のおかげを蒙られました。そして、88歳の米寿のお祝いの席で、子供さん、孫さん等の前で「これからは子ども孝行をさせて頂きます。」と挨拶をなされたのでした。そして90歳を越えられてからも、お一人で暮らし、炊事、洗濯、掃除と家事全般、自分の事は自分でなさって、なるだけ子供さん方にお世話をかけないように心掛けて生活なさったのです。おかげを頂かれて100歳10ヶ月の天寿を全うされました。御信者がお国替えされてから後の年祭は、子供さん、孫さん、曾孫さん、玄孫さん総勢54から55人も参拝なさってお祭りを仕えて頂いておられるのです。

★『信心をすれば一年一年有難うなってくる。年が寄る程位がつく』とみ教え頂いておりますが、ご信心させて頂いておりましたら、お礼を申して、喜んで生活をさせて頂くということが上手になっていきます。しっかりと銘々のご信心をもう一段向上させて頂いて、神様に喜んで頂き、金光様にも喜んで頂き、一年一年有難くならせて頂けるような、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2017年12月21日

●『神を杖につけば楽じゃ』

 昨日は、在籍教師であられた門田豊実師のご命日でした。

★門田豊実師は、警察署長を退職の後、企業に勤務なさり、その後、昭和26年53才で阿倍野教会に入所させて頂かれ、昭和53年80歳でお国替えになられるまでの間、在籍教師として御用にお使い頂かれました。門田師は、お若い頃、神経衰弱を患われ、全く勤務が出来られない程の状態であられた所を、日参と聴教を続け、お取次ぎを頂かれて全快なさったのでした。門田師は、その御恩を決して忘れる事なく、お礼のご信心に励まれたのです。

★東京で警察学校に通われた時には、ご自分で日参の出来る金光教の教会を探され、近くに下宿を決めて日参なさることを、神様とお約束なさいました。日参なさっておられた教会のご事情で、教会が別の場所に移転なさった時にも、再びその教会の近くに引っ越され、日参を続けながら警察学校に通われたのでした。それ程の一心な熱烈なご信心のお徳によって、警察官となられてからは、お若い頃から異例の速さで出世なさったのです。同僚の方から、「何か大きなコネでもあるのでしょう?」と質問された程であったようですが、先生は、「はい、そうです。私には、『生神金光大神様・天地金乃神様』という大きなコネがあるのです。」と、答えられたということです。

★『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。』とみ教え頂いておりますように、門田豊実師はどんな時でも神様を杖になさっておられたのです。ことが起こってきた時に「私はこんなに一生懸命しているのに、なぜこんな目に遭わせるのですか」というような思いが微塵でもありましたら、神様を杖にさせて頂くことは出来ませんね。どこかに迷いや疑いが生じましたら、心の底からおすがりしきる、ということは出来ません。迷いや疑いの心を、お願いに変えさせて頂いて取り払って頂くこと、「神様が一番良いようにして下さる」と信じきって、おすがりしきっていくことが大切なのです。

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2017年12月20日

●信心という鍵

昭和32年にこのお広前が完成した頃のことです。

あるご信者が、真心から中古車をお供えなさろうとしたことがありました。その時に二代教会長伊藤コウ師は「その真心だけ神様にお取次させて頂きます。教会は今、ご建築が終わったばかりで、電気代やガス代、水道代を支払うことで精いっぱいです。

旧広前の頃に比べると、経費は大変多くなっており、全く余裕がない状態です。維持費を払うことも、運転手さんを雇うことも出来ませんので、今の教会には、車は分不相応なのです。それでは宝の持ち腐れになり、勿体ないことになりますので、車はお持ち帰り下さい。

先々には維持費も出せて、運転手さんも雇わせて頂くことが出来る状態になってから、現金で買わせて頂きますので、ご理解ください。」と仰ったのでした。納得されたそのご信者は、車を持ち帰られました。

★すると、別のご信者が「先生、頂いておかれたら宜しいのに…。いらなければ売られたらいいのです。」と言ってこられたのです。

コウ師は「教会はそんな人様の真心を踏みにじるようなことは出来ません。それこそご無礼です。」と仰せになり、そのお方も理解されたのでした。

★コウ師のお母様であられますハル氏は、コウ師に「ここに大きな長持(箱)があるとします。そこにはあなたが欲しい物が全て入っています。しかし、その長持には鍵がかかっています。その鍵を開けようと思えば、信心という鍵がいるのです。

生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のご神徳を蒙らせて頂かなければ開きません。ですから欲しいと思えば、信心して神様におすがりして、頂けるだけの徳と力を頂きなさい。そうすれば神様が鍵を開けて下さり、いくらでも欲しいものを頂くことができるのです。」と仰ったのでした。

★私達は、自分の分相応を越えてしまうことがあります。それは驕りから起きてくることです。家庭の上でも、仕事の上でも、全てにおいて信心を基にさせて頂き、常に分相応を心掛けることが大切なのです。神様からお許しが出て授かることが出来るようになるまでしっかりと信心辛抱させて頂きましょう。

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2017年12月19日

●おかげを受け続けている元は

 17日には、年末の御本部御礼参拝を共々におかげを頂きました。今年も一年間、一度も欠けることなく御本部に御礼参拝をさせて頂くことが出来ましたことは、真にもったいなく、有り難いことでございます。これは、決して当たり前のことではありません。天候気象の上にも、列車・バス等の交通機関の上にも、万事万端にご都合お繰り合わせを頂いて、滞りなく参拝させて頂けますのは、ご隠居様(伊藤コウ師のご母堂・伊藤ハル刀自)のご時代より、歴代の教会長先生方がご修行下さり、今日も霊様としてご祈念下さっているお徳のおかげでございます。

★ご霊地にお住まいの方が、「阿倍野教会の御本部御礼参拝の日は、お天気の日が多いですね」と、仰ってくださいます。そのようなことを聴かせて頂く度に、知らず知らずのうちに結構なおかげを頂き続けており、御礼の足りないことに気が付かせて頂くのです。

★毎月楽々と、結構な御本部参拝がさせて頂けることを当たり前と思わず、今日までご祈念を頂いてきていることへのお礼の心を、決して忘れてはならないと思います。結構なお徳を積んで下さった、ご隠居様のご信心、歴代教会長先生のご信心をしっかりと頂き直し、お導きの徳、陰の徳を積ませて頂きたいと思います。

★『 世の中の人は親の物は子の物じゃというが、それも親孝行せねば、親の物も子の物にはならない。』『教祖様は信心と夫婦は初めのことを忘れるなと教えて下されたが、おかげを頂いて信心をするようなっても日が経つに従って、次第に初めのことを忘れて有難さが薄くなって勿体無い事である。夫婦もその通り、初めのことさえ忘れねば1代むつまじう暮らす事ができる。よく心得ねばならん事である。』

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2017年12月18日

●有難いとばかり思えるように

三代金光様がご上京なされる時のことです。金光駅をお発ちになられる時に、お見送りのある方が「金光様、列車の進行方向に対して、後ろ向きにお掛けになったほうがよろしゅうございます。お疲れが違います。」と申し上げました。すると三代金光様は、後ろ向きにお腰掛けになられました。次に大阪でお乗換えの時、お出迎えなされた大阪のある方が、「金光様、前向きにお腰掛け下さいませ。」と申し上げました。それは、一教の教主であられる金光様のご体面を考慮に入れてのご進言でした。乗り換えられた金光様は、前向きにお腰掛けになられたのでした。そして、無事東京での御用をお済ませになられたお帰りの時も、東京から大阪までは前向きに、大阪から金光までは後ろ向きにお腰掛けなされて、お帰りになられたということです。いずれも、金光様を思われて申し上げられた真心からのお言葉でした。金光様はそれを、往きも帰りもそのままにお受け下されたのです。

★三代金光様は「有難い、有難いとばかり思う人には、有難いことばかりできてきます。」とみ教え下さいました。真心からの進言を有難いとばかり思って下さるからこそ、相手のことを立てて、相手が立ち行くように願って下さっているのだと感じます。

★「君子は泰(ゆた)かにして驕らず、小人は驕りて泰(ゆた)かならず」この泰か(ゆたか)ということについて、伊藤仁斎という方は、「私はこの点において人より勝れているということをみだりに表に出さないで、己れを慎んでいるから、自ずから泰かなのびのびした姿になる。又、人を先に立てる。人を立てるから驕るということがない。」と解説しておられます。

★自分の気持ちや都合を先に立てていると、心が狭くなり、いつも苛立ち、結果的に幸せから遠のいていくことになるのです。相手の助かりを願い、相手を立てる心持ちであれば、自分の心も穏やかになり、周囲の人にも喜んで頂けるようになります。日々の生活の中で、良いことを見つけ、どんな時にもお礼を申す稽古をさせて頂いて、何事も有難く受け切る受け物を作らせて頂きましょう。
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2017年12月16日

●日々生まれかわってゆく

あるご信者が喘息を患っておられ、二階への階段も上がることができない状態であられました。様々な病院へ通われましたが、発作が治まらず仕事も手につかない状態が続き、なかなか回復の兆しが見えず、自分の身体を持て余す日々が続かれたのでした。

神様におすがりなさって日参しておられたある日、二代教会長伊藤コウ師にお届けされましたら、コウ師より「しっかりとお詫びをさせて頂きましょうな。」とみ教えを頂かれたのです。

ご信者は、み教えを頂かれて「本当にその通りだな。」と心から思われたそうです。それから、お広前で一生懸命に神様・霊様に心からお詫びをなさったのです。そうしますと、なんと翌朝から喘息の発作が治まり、その日を境に根切れのおかげを蒙られたのでした。

ご信者は、長年信心を積み重ね、日参と聴教に励み、改まりを少しずつ心掛けてこられたからこそ、コウ師のみ教えが心の底から分からせて頂いて、お詫びを申すことができ、おかげを頂かれたのですね。

★柿の木は、種から植えて育った実は、すべて渋柿になるそうです。甘柿は、その台木に甘柿の木を接ぎ木して、手入れをしながら育てることで初めて実るのです。接ぎ木をしても、始めは台木である渋柿の芽が次々と出てくるので、それらを摘み取っていくのだそうです。

そうして、根気強く渋柿の芽を摘み取ってゆくことで、接ぎ木した甘柿が育ってゆくのです。

★人間の成長も同じ事で、一朝一夕にはいかず、時間がかかります。一夜にして改まるという事はなかなかできるものではありません。日々み教えを頂いているからこそ、自身の間違っている部分が見え出し、改まらせて頂けるのです。

しかし、それでもはびこっているめぐり、悪癖悪習慣がしつこく表面に出てくるのです。その表面に出たものを、取り除き続けることが必要なのです。信心を細くても長く続かせて頂くことにより、天地の御恩、国家社会の御恩、人様の御恩が分からせて頂き、自分というものを見つめ直し改まってゆくことにより、日に日に新たに生まれ変わることができるのです。

そして、さらには神様からの思し召しが分からせて頂け、向かうべき方向が分からせて頂けるようになるのですね。

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2017年12月15日

●神様のお心に沿えるよう

真清会館建築の際、設計図が出来上がってから、隣接のご近所の方に集まって頂いて説明させて頂いた上で、役所に建築確認申請を出させて頂きました。そして基礎工事が始まり、柱の基の杭も打たれ、着々と工事が進んでいた時のことです。

★ご近所の方から、「設計図にあった裏口を作る事を止めて欲しい」という要望があったのです。その晩早速、設計して頂いた方と打ち合わせをさせて頂きました。設計図が変わるということは、役所への確認申請も出し直すことになり、基礎工事もやり直すことになりますが、私達は、「三代教会長先生の仰ることを神様のお言葉として従わせて頂こう」という事で心が決まっておりました。

★夜中まで話し合いが続いておりますと、三代教会長先生がお出ましになられ、経緯をご説明させて頂きました。三代教会長先生は、「皆さんの要望に応えさせて頂き、言われる通りにさせて頂きなさい。」と仰せになられました。そこで設計図を書き直していきますと、空間の無駄がなくなり、機能的で維持管理しやすい、以前のものよりも素晴らしい図面になったのです。変更させて頂いたことで、ご近所の方にも大変喜んで頂くことが出来ました。

★また、工事が完成するまでの間に三代教会長先生は大腿骨頸部を骨折なさったため、真清会館完成後には、車を使って表口から出入りなさる事になられました。裏口が必要なくなることを、前もって神様が人のお口を通して教えて頂いた事に、後で気付かされたのでした。

★常平生から、お結界で頂くみ教え、ふと心に教えて頂くみ教え、人の口を通して頂くみ教え等を通して、神様のお心に沿わせて頂く稽古をさせて頂いておりますと、いざという時にも間に合うおかげを頂けるのです。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな。』


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2017年12月14日

●どこまでも勉強する心で…

教会の厨房を改修工事をさせて頂く時、保健所に出向いて、どのようなことを基準にすればよいかをご指導頂けるようにこちらからお願いをして多くのご指摘を頂きました。ご指導頂いた事をそのまま全て守らせて頂き、再度点検して頂いたのでした。すると、上役の責任者の方から「こちらが伝えました点をすべて実行されました。大変結構です。これまで多くの所に指導致しましたが、指摘したことをすべて実行されることはまずありませでした。今回は指導のし甲斐があります。」と喜んで頂いたのでした。有難いことに、今日まで便利に都合よく、使わせて頂いております。

★色々と維持管理をするには、正しい順序を踏んで標準に合わせるために勉強し、教えて頂いたことを守らせて頂く必要があります。

★本当に幸せな生き方とは、神様に可愛がって頂き、人からも厳しく教えてもらえるような人間にならせて頂けるように、ならせて頂くことです。神様に認めて頂けるような人間になるには、神徳・人徳を頂くようにご修行をすることですね。どんなに苦しい難しいことでも、力強く乗り越えていける徳と力を頂いてゆき、またほんのわずかな過ちもすぐに教えてもらえる、咎めてもらえるということが幸せなことなのです。「この人間なら」と見込んでもらって、教え鍛えて頂けるという事が有難いことであり、考え違いは正して下さり、生活全体が改まるように仕向けて頂けるのが幸せの元なのです。

★反対に「こんな苦しいことは嫌だ。」「こんな勉強は嫌だ。」と辛い苦しい問題を避けて通っておりますと、決して実力は身につかず、不幸せになる元を作っているのと同じです。重たい物を持つのでも、力がある人が持ちますと、軽々と持てますね。力がない人が、重たい物を持とうとしても、持つことができません。それは鍛えていないからです。鍛えることにより、実力がついてゆくのですから、何事も逃げずに勉強し乗り越えてゆきましょう。
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2017年12月13日

●ご修行を決めて参拝させて頂く

『まめな時くり合わして参詣してご神徳をいただいておき、病苦災難の時には、天地金乃神、金光大神様の手続きをもって願い、直々に聞いてもらうようになければ、信心は間に合わん。どこでも一心に頼みなさい。神様は直におかげをくださるのである。』

★先日はある霊様の10年祭を仕えさせて頂きました。平成19年の12月24日に91歳でお国替えなさったのですが、神様に請願をお立てになり、毎月欠かさず御本部参拝を続けさせて頂かれたのです。昭和31年の5月から、お国替えなさった平成19年の12月まで、なんと連続620回を参拝させて頂かれたのでした。入院中でも外出許可を頂いて、御本部参拝なさったこともあられました。よほどの覚悟を決めて、お願いを立てさせて頂かないと、620回も連続で欠かさずお参りさせて頂くことは出来ませんね。体調のこともありますし、仕事の都合もあられます。しかし、そうした中を神様にご都合を付けて頂けるようにお願いなさって、参拝させて頂かれたのです。そのお徳は有難いことに、子孫のご信心に受け継がれているのです。

★私達もご信心のお徳を頂かしてもらおうと思いましたら、『神参りをするのに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ』とみ教え頂いておりますように、それぞれにご修行を決めさせて頂いて、しっかりとご信心を進めさせて頂くことが大切ですね。

★その中でも毎日の朝参りが続けさせて頂けることは大変有難いですね。心も体も健康にならせて頂けますし、家は円満にして頂け、家業は繁盛させて頂ける基になっていきます。日参と聴教というのは、信心の稽古でありますが、自分自身の心と体に栄養を頂いて、良い方へ良い方へと作り変えて頂く、そのための有難いお参りになっているのです。あるいは間違っているところを正して頂いたり、病んだ心を健全な心にして頂くおかげも頂けます。心を癒して頂き、直して頂き、正して頂く、また体も癒して頂き、治して頂く。お広前に参拝させて頂くことは大変有難いおかげを頂けるのですね。

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2017年12月12日

●『神様は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる』

先日、あるご家庭で一年間の御礼のお宅祭がお仕えになられました。そのご家庭のお子さんにお話させて頂いたことです。

★[年末には大掃除をしますね。昔からの言い伝えで、家中に埃や塵がたくさんありますと、貧乏神が来ると言いますね。ゴミが片付けられずにたくさん置いてあったり、整理整頓出来てなかったり、或いは埃がいっぱいだと、病気を生み出す元となり、身体にも悪い影響を与え、心にも良くありません。

病気災難を自分で引き寄せることになるのです。神様は、荒地荒れ屋敷をお嫌いなさるとみ教え頂いておりますとおり、天地の親神様のお体の一部を使わせて頂いて、お土地を使わせて頂いているのですから、丁寧に扱い維持管理をさせて頂いて、毎日拝んで使わせて頂いておりますと、神様も喜んで頂き、心も体も健康にならせて頂いて、繁盛させて頂く元に繋がるのです。

例えば工場でも、ゴミや埃だらけの工場だと良いお仕事が出来ると思いますか?綺麗にしてある工場や会社であれば、他所から人が来て下さっても「ここの会社は素晴らしいな!手入れが行き届いて出来ておられるな!」と信用して頂けるでしょう。

人からも信用して頂けるということは、次から次へと責任のある仕事を任せて頂けるようになるのです。ですから、心や体に良いこと、さらに神様からも人からも信用して頂ける良いことをずっと続けていきましょうね。

また、良い種をしっかりと撒かせて頂きましょう。例えば人の悪口を言うと、自分も人から悪口を言われることになるので、口からでも悪いことは言わない様にしましょう。年末だけではなく、常平生の生活も常から整理整頓して心と身体の掃除をするつもりで、心掛けてさせて頂きましょう]とお話しさせて頂いたことでした。

★平生はきれいにさせて頂いているつもりでも、布団の上げ下げや、衣服の着脱等、人間が生活する以上、自然に塵やほこりが溜まりますね。人間の心も同様に、我情我欲で以て我が心に塵が積もります。

日々心に塵が積もらないように、今日一日今日一日、根気強く信心を油断なく進めさせて頂きましょう。

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2017年12月11日

●全てに神様のお繰り合わせを願う

 『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ。』

★お商売なさっておられる方は、年末は特に、集金やお支払いのご都合お繰り合わせをお願いされることでしょう。それはとても大切なことです。資金繰り等、お金に関するお願いをすることも、決して欲どおしいことではありません。

★伊藤コウ師は、生活の全てを神様にお願いさせて頂くことの大切さを、常にみ教え下さいました。神様にご都合お繰合せをつけて頂くようにお願いしてから、集金に行かせて頂きますと、「ちょうど良いところへ来られた。今なら払うお金が手元にあります。あなたのところに一番に支払わせて頂きますよ。」と、言って頂けるようになるのです。そうなれば、こちらも助かり相手も助かることになりますね。そのような双方が立ち行くおかげを頂けるようにお願いすることを教えて頂いております。

★「その才ありと云へども、その力無きときは、行なわれず」「その才その力ありと云へども、その徳無きときは、行なわれず」才能はあったとしても、その人の気力も体力も充実しなければ、それを生かすことは出来ません。人とのご縁のご都合、時間のご都合、何一つとして、自分の力だけで出来ることはありません。ですから、神様を忘れて自分だけで抱え込んでしまい、心配ばかりするのも神様にご無礼な話であり、物事も成就してゆきません。神様からしっかりご信用頂けるだけの信心の稽古を積ませて頂き、万事万端、神様からご都合お繰り合わせをつけて頂けるよう、日参と聴教にはげませて頂きましょう。

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2017年12月10日

●小さい頃からの積み重ね

本日10時より子供会日曜例会が開催されます。

★「赤ちゃんの頃からでもお広前に連れてお参りさせて頂きなさい。お徳を頂きますよ」とみ教え頂いておりますが、最初は寝ているだけかもしれません。それでも有難いことに、お徳は毛穴を通してでも頂かせてもらえます。

そうしてお徳の中に浸からせて頂いて、育てさせて頂きましたら、自ずとみ教えが身について神様の道を歩ませて頂けるようになるのです。また、神様の道を歩んでいくということは、人の道を歩んでいくということになりますから、知らず知らずのうちにおかげを頂いていく道に導いて頂けるのです。

★さらに小さい頃からお参りを積み重ねさせて頂きますと、み教えが身に付いて離れないように、また神様の綱を離さないようにならせて頂けるのです。『痛い時には神に信心いたし、痛まぬ時には信心なし』という姿ではなく、『時の信心よりは常の信心。時の追い肥より常の地肥。時のお百度参りよりは、その日参りにおかげを受けるがよいぞ』という信心の姿にならせて頂けることは実に有難いことですね。

★常にみ教えを頂いておりますと、心を清く正しく保たせて頂ける事が出来ますし、人のことを祈らせて頂くことが出来るようになります。「今日一日、喜んで元気な心で過ごさせて頂こう!」と神様におすがりして日々を過ごさせて頂くことができるのです。

また、願いをしっかりと立てさせて頂くことが出来ますので、その願いに沿って、最大限の努力をさせて頂くことが出来るようになっていきます。正しく大きなお願いを、立てさせて頂けるということは有難いですね。「もうだめだ」とか「もうこれ以上はどうにもならん」ということは思わないようになるのです。そして「さあ、ここからおかげを頂こう!明日は良くなる、明後日はもっと良くなる!」と自分自身に言い聞かせることが出来るのです。

御神酒や御洗米でおかげを頂く、と言う心にならせて頂くことも大切ですね。常に良い事を思ってよいことをお願いさせて頂けるように、自分も周囲の方々をも正しい方向へ導かせて頂きたい、と願わせて頂きます。

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2017年12月09日

●先に先にと間に合うように

昨日は、みかげ会例会にて、津田氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★津田氏はご結婚を機に、奥様と義母様のお導きを頂かれ、ご信心をなさるようになられたのでした。奥様は、嫁入りの時にご神殿をおともしてこられ、毎朝、御神水と御神飯をお供えなさっておられたそうですが、お子さんが生まれて奥様が育児に忙しくなってからは、御神水と御神飯をお供えすることを、ご主人である津田氏が、何の抵抗もなく自分の役目とされたそうです。そのように大変素直なお方で、結婚当初は、教会の参拝といえば、越年祭、元日祭、春秋の御霊祭くらいだったそうですが、次第に御本部参拝も親戚一同と参拝されるようになり、節目にはお取次ぎを頂いて、頂かれたみ教えを素直に守ってこられました。

★以前は森之宮のマンションに住んでおられましたが、お子さんの成長と共に、広い住宅を探すようになられ、お取次ぎを頂いて、教会に近いところにと、願いを立てられました。すると程なく、阿倍野区松虫に、良い転居先を見つけることが出来られました。森之宮のマンションも、売却するにも簡単にはいかないだろうと言われていたところを、二週間で買い手が見つかるおかげを頂かれたのでした。また、引越しして3年後に、勤務先の会社が大阪西区から堺市に移転し、以前よりも、大変通勤し易くなるというおかげを頂いておられます。

★引越しなさってからは、義母様を呼ばれて一緒に生活なさり、義母様は、日参できるところに娘さん家族と生活出来られることを大変喜ばれたのでした。

★親孝行第一に、今日まで素直にご信心を進められ、お仕事の上にも、ご家族の健康、生活全般においても、先へ先へと間に合うようにおかげを頂いておられますことは、真に有り難いことと思わせて頂いております。

★『金光様がお一人おかげを受けられたので、今日のように諸人万人が天地金乃神様のおかげをもらうようになったのじゃ。一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ。』

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2017年12月08日

●素直なご信心

5日は、真栄根会例会が開催され、齋藤氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★齋藤氏は、現在、ある病院で放射線技師としてお役に立っておられます。お父様のご紹介で就職なさったのですが、その事が周りの方に良く思われなかったのか、自分の思うような仕事は任せてもらえず、評価も人一倍厳しく、人間関係をうまく築くことが出来られませんでした。

その頃はまだご信心をなさっていなかったので、「何故自分ばかりこんな目に遭うのか…」と憂鬱な毎日を送っておられました。その後に、同じ病院で薬剤師をなさっておられた、ご信心をなさっておられた奥様とご縁を頂かれ、結婚を機に教会へお参りされ、み教えを頂かれるようになられたのでした。

★ある朝のお説教で教会長先生が「神様から与えて頂いた仕事を天職だと思ってさせて頂く事は、幸せの元を作っているのです。反対に、人の仕事が良く見えて、自分の仕事の有難さが分からずに、心が常に迷いが生じているのは、不幸せの元を作っているのです。信心に基づいた生活は、良い種を撒いて良い物を育ててゆき、先々良い物を収穫させて頂けるから有難いのです」とみ教え下さいました。

そのみ教えを聴かれた齋藤氏は、自分に与えて頂いたみ教えだと感銘を受けられ、職場の人間関係や仕事の上で困った事が起きて来ても、神様から頂いたご修行として有難く受け取る努力をされました。

また、人から何を言われても、神様が人の口を通して教えて頂いていると思い、素直な心で受け切ることが出来られたのでした。

★今年6月、医学雑誌に掲載するための論文を、放射線科から提出して下さいとの依頼がありました。それを受けて、一昨年齋藤氏が病院学会で発表なさった内容を論文として掲載することになったのです。

すると、その論文が放射線科初の優秀論文として表彰され、院長はじめ職場の方々、家族や周りの方々から大変喜ばれるおかげを頂かれたのでした。

★ご信心をさせて頂かれたことにより、齋藤氏は毎日の生活において、目が見え、耳が聞こえ、手足を自由に使って働くことが出来、何不自由なく仕事等すべての生活をさせて頂けることがおかげであり、どれ程有難いことであるかを気付かせて頂かれたのです。

日々真面目に、元気な心でお仕事に精励なさることが出来られ、素直にみ教えを頂くことを心がけておられますことから、お仕事の上にも、お体の上にも、またご家族の上にもおかげを頂いておられることは真に有難いことです。

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2017年12月07日

●心に思い浮かべて御祈念させて頂く

昨日は中井氏の御命日であられました。心筋梗塞を患っておられ、一か月入院治療を受けた方で、いつ発作が出るかもしれないので、ニトロールを常に携帯しておられました。退院後は、「御本部参拝で病気の根を切って頂こう」と決心してお願いなさり、ニトロールを持たず参拝されていたのでした。すると、ご霊地で発作が起こったのです。中井氏は、「金光様、金光様」と御祈念なさり、御神米と御神酒を頂かれ一心におすがりし、帰りの車中では大祓いの詞を53巻奉唱なさって、何とか無事家に帰り着かれたのでした。それからは、生涯発作が起こることなく、全く後遺症なしに根切れの大みかげを頂かれたのです。

★また、脳梗塞の時には、両手両足の麻痺、言語の障害が現れました。入院し治療を受けられましたが、造影検査をすることも難航し、薬を取り寄せなければ検査できない状態になりました。 しかし、その間に中井氏は夢の中で、御本部で二代教会長先生と三代教会長先生と一緒に金光様のお出ましを拝ませて頂いている光景を見られたのです。二代教会長先生と三代教会長先生が前に立って最敬礼しておられ、その後ろに中井氏が拝んでおられた夢でした。目が覚めて「今夢を見た。金光様のお出ましを拝んでいる夢だったなあ…」と思ったらその時、「金光様お出まし…」と口から言葉が出たのです。横で休んでおられた奥様がびっくりなさって「どうしたのですか?」と聞かれますと、中井氏はみられた夢の内容を話されたのです。

★それから手も足も動き、朝にはストローで牛乳を飲むことが出来、翌日には教会から月例霊祭のお下がりで頂いたバナナを二回に分けて食べることが出来られたのでした。後になって調べてみますと、頸部の詰まった太い血管はそのままでしたが、詰まった血管を回避して新しい血管が出来て、血液が流れていたのです。そして、後遺症なくリハビリする必要なしに、全快なさって退院させて頂くことが出来られたのでした。

★常々心を神様に向けて、御霊地を思い浮かべて御祈念させて頂く稽古をなさっておられましたから、病床にあっても常と変わりなくさせて頂けたのです。私達も金光様のお姿を心に思い浮かべながら、ご祈念させて頂くということを心掛けて稽古させて頂かねばなりませんね。そうさせて頂いておりますと、常に有難い心持ちになって、有難いおかげが頂けるようになるのです。

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2017年12月06日

●自分に与えて頂いている役目

先日、あるご信者のお母様で、90歳近いお方がお国替えされました。その娘さんが先日お届けに来られ、「この度は、私自身が大変有難い経験をさせて頂き、有難うございました」とお礼を申されました。

★そのお母さんはご晩年、癌が見つかり、他の部分にも転移していることが分かられました。ご高齢であられたため、医師より「積極的に手術や化学治療はせず、穏やかに日々を過ごして頂いて、頂ける分だけ食事を頂いて、変わりなく過ごして頂き、天寿を全うして頂く様に」と勧められたそうです。自宅から実家まで車で約1時間半程かかるそうですが、出来る限り行かせて頂いて、食事を作って食べて頂いていたということです。お母さんは、「あなたの作ってくれる食事は美味しい。あなたが作ってくれるから食べる気力が湧いてくる」と喜んでくださったのでした。

★しかし段々と日が経つに連れ、食事が喉を通る量が少なくなっていかれました。病院で検査を受けられましたら、「これからはホスピスに入って緩和治療を受ける方がいいですよ」との診断です。ホスピスに転院が出来られて後のことですが、その娘さんは、少しでも長く生きて頂きたいと、躍起になって工夫を凝らし、あれこれとお母さんに様々な食物を用意されました。すると、医師から「あなたの考え方を変えて下さいよ。お母さんは、あなたが横に付いて食べさせるので、無理にでも食べようと努力なさっていますが、現状は、あまり食べたくなくなってきておられるのです。それを無理矢理食べさせるのは如何なものでしょうか。以前から他の人が作られたものは、お母さんは食べられなかったでしょう?あなたが作られたものなら、美味しい、美味しいと食べられたでしょう?あなたという存在がおられるということが、お母さんにとって一番の幸せで、宝物なのです。だからあなたは、これからじっと側に付いて、祈ってあげてくれるだけでいいのです。これからあなたが出来ることは一つです。それは見守ることです。それが現在あなたが出来る親孝行ですよ」と告げられたのでした。娘さんは、お母さんに対して、何をどのようにすべきかが分かられなかったのですが、神様が医師の口を通して、教えて下さったことに気付かれたのでした。

★自分自身が、今何をしなければならないか、神様から頂いているお役目(天命)を分からせて頂くことが大切です。主人として、妻として、子供として、夫々の立場で、どのようにお役に立たせて頂けば良いのかを自覚させて頂き、自分自身に与えて頂いた天命を全うさせて頂きましょう。
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2017年12月05日

●真心を磨く 

 教会の応接セットは、60年前のものを現在も使わせて頂いております。これは、家具を扱っておられるご信者が見立てて下さったもので、長く使わせて頂ける良いものを選んで下さったことを喜ばせて頂いています。年数が経ちますと、当然不具合も起きてきますが、そんな時にも「新しいものを…」という考えに全くならず、修理に出させて頂いて、出来るだけ長く、大切に使わせて頂きたいと願っております。

★以前、応接セットの七脚の椅子を修理に出させて頂きますと、「これは昔ながらの作りですから、スプリングが使ってあります。これは良いものですね。現在、こうしたものを直せる職人は減っているのですが、是非直させて頂きましょう。」とおっしゃって、新品同様にきれいに直して下さいました。他所に行かせて頂いて、座る機会がありましても腰や臀部が痛くなることも珍しくないのですが、教会の応接室の椅子は、2時間、3時間と座る機会がありましても、少しも疲れません。真心込めて見立てて下さったものですから、金銭的な価値以上に、有り難いものを使わせて頂いていることを神様にお礼を申させて頂いております。真心を込めるということは有難いことですね。それは仕事の上にも家庭を築く上にも、人を育てる上にもすべてに有難いものを現してゆくことになるのです。その真心に対して人が応えて下さるように、真心が真心を呼んで互いに働きあうことになるのですね。

★人の心というものは、皆中心には、有り難い神心を頂いているのです。日参と聴教に励み、信心向上を願って、「ご修行させて頂こう」という心にならせて頂きますと、心が練られ、正しい心を養い、喜びを積み重ね、お礼の働きを積み重ね、いつでも誰とでも円満に、おかげを頂けるようになるのです。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる。』

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2017年12月04日

●神様と共にさせて頂く辛抱

二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。そのご遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます」と仰せになられたのです。

★三代金光様は、数え年14才というご年令で、初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られて、神様におすがりさせて頂きながら辛抱をなさったからです。ただご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、有難いお心にはなられなかったでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方の手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。苦労から逃げようとしたり、責任転嫁ばかりしては決して結構にはなってゆきません。み教えに基づいて生活し、心を神様に向ける稽古をしておりますと、様々なことに流されることなく、自分自身の生き方が定まっていくのですね。
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2017年12月03日

●真心で一心に

信徒総代を務められた植田氏は幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時、御本部参拝の際にお広前で「私は、小さい頃より身体が弱いですので、周囲に心配をかけております。どうぞ病気をお預かり下さい。」と一心に御祈念されました。そうしますと、清々しい気持ちになられ、「ああ!これは必ずおかげを頂かせてもらえる!」と思わせて頂いて、その時以来どんどんと良くなり根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と生涯の約束を3つされました。「1、生涯日参をさせて頂きます。2、絶えず喜ぶ稽古をします。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は文の里より、また転宅後は甲子園から日参され、6人の子宝を頂かれましたが、出産の前日も参拝され、出産後20日間は代参をたてられ、計64年間続けられたのでした。

★ある時、ご主人が工場で鉄板が倒れてきて右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまわれたのです。医師は「とても治りません。」と言いながらも一応手術して下さったそうです。植田氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい、というお願いならお取次させて頂きましょう。」と厳しくみ教えを下さいました。そのみ教えによって改まってご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、痛みがなくなり、医師が驚くほど血管も神経もつながって後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★真心・一心・信心辛抱が大切です。自分自身の信心の中身をみ教えに照らし合わせて、どのようにさせて頂いたら、より一層結構な受け物が作らせて頂けのかを見直しをして、反省と改まりをさせて頂きましょう。

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2017年12月02日

●何が何でもと願う時ほど、お礼の心を厚く

一年の締めくくりの12月を迎えさせて頂きました。この一年間を振り返らせて頂きますと、どれ程結構なおかげを頂いてきたでしょうか。大きな事故怪我過ちなく、日々お仕事をさせて頂き、あるいは学校に通わせて頂き、年末を無事に迎えさせて頂くということは、決して当たり前のことではありません。

★ご信者の中には、過去に大きな手術を受けられた日や大難を小難に、無難にとおかげを頂かれた日等を、ご自分の「命のおかげ日」として、お礼申しておられる方がたくさんあります。お命をつないで頂いた日を決して忘れず、節目として気持ちを新にお礼を申しておられますことは、真に有り難いことです。

★私自身も、32年前の8月12日、墜落事故のあった日航の123便に乗る予定であったところを、直前に出張が変更になり、難を逃れてお命を頂きました。その時以来、日増し月増し年増しにお礼の心を厚くさせて頂けるよう、生涯お礼の御用にお使い頂きたいと願わせて頂いております。

★「何としても、おかげを頂きたい!」と願う時ほど、今日までを振り返って、真のお礼、真のお詫びをさせて頂くことが大切なのです。それがさせて頂けますと、出来事を通して神様のお心が段々と分からせて頂け、今しなければならないことに打ち込ませて頂くことが出来るようになるのです。そうして、今月今日のご信心に打ち込むことが出来るようになりますと、過去一切も救われ、先々も助かる道が開かれていくのです。

★『お願い一ぺんにお礼十ぺんというようにお礼を言う心が 厚い程、ご信心が厚い。ご信心が厚い程おかげが厚い。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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2017年12月01日

●改まりがおかげを頂く元

ある奥さんは、八百屋を経営なさっておられましたが、なかなか商売が立ち行きませんでした。そこで二代教会長・伊藤コウ師にお届けに行かれ、「どうぞ商売が立ち行きますように」とお届けされました。するとコウ師は「本当に繁盛させて頂きたければ、一軒一軒、ご用聞きに廻りなさい」とみ教え頂かれました。八百屋のご用聞きなど聞いたことがありませんでしたが、み教え頂いた通りに、こちらから一軒一軒訪ねて行かれました。そのことで奥さんが分からせて頂かれたことは、[わざわざこちらから訪ねて行って「今日は何か入用なものはありませんか」とお伺いしなくても、お客さんの方から必要なものを店まで買い求めに来て下さる、ということは本当に有難いことであったなあ]ということに気付かれたのです。そして、来て下さったお客に対して「有難うございます」と心の底から拝むことが出来られるようになったのです。

★また、その奥さんのご主人は大変に腹立てで、気に入らないお客がいれば「触るな!出て行け!」と追い返してしまうほどの喧嘩っ早い人でした。しかし、奥さんもご主人の態度を見て「これではいけない」とは思っておられましたが、打開策が見つからず、どういう風にすれば結構になっていくのか工夫が出来られませんでした。そこでコウ師は、どこが繁盛しない元であるのかを気付かせて頂くため、ご用聞きに廻るようみ教えをなされたのです。そこから改まりの生活を進められ、一かが勢信心にならせて頂き、一人ひとりのお客に対して夫婦共に丁寧に接客が出来られるようになったのです。また良い品物を選んで店に置かせて頂く事が出来られ、段々とお店も繁盛し立ち行くようになってゆかれたのでした。

★お願いさせて頂いたことが、思う通りにおかげを頂けなかったとしたら、それは自分の信心にまだまだ至らないところがあるということなのです。しっかりと今日までのお礼を申し、自分自身の至らないところをお詫び申し、改まらせて頂くところから、更なるおかげを頂くことが出来るのです。

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