金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年11月30日

●み教えを素直に有難く頂く

三代教会長先生が三度目のマラリアを患われた時のことです。その症状は再発する度にきつくなり、熱が出るだけでなく、両手足の神経が麻痺しお茶碗を持つことさえ出来られませんでした。何事にも辛抱強いお方であられた三代教会長先生ご自身が「半年でも寝ていよう」と思われたほどの重い状態で、常識では安静にしている他はないようなご容態でした。

★ある時、三代教会長先生が二階の部屋で休んでおられますと、下から二代教会長伊藤コウ師が階段を上がって来られました。三代教会長先生は、「これはジュースか何か滋養になるものを持って来て下さったのだなあ」と思われました。

しかし、ガラッと戸を開けられると、コウ師の手には何も持っておられません。次に、コウ師は「あなた、いつまで寝ているのですか」と仰られたのです。さらに「大体あなたはこの頃偉くなり過ぎて、手も足も使わない。ほうきも持たないのなら手も足も要りませんね」と仰って、すうっと下へ降りて行かれたのでした。

三代教会長先生はその時「本当にその通りだ」と思われて、早速寝床を上げられ「ご用に少しでもお使い頂けますようお願い致します」とご祈念をなさったのでした。そして、まず雑巾を持つこと、廊下を拭くこと、トイレ掃除等から始められました。

すると、徐々に手足も動くようになっていかれたのでした。同じ病で半年、一年と寝ておられた方は、足が子供の腕の細さになって、完全に廃人になってしまわれました。そうならないために、神様がコウ師の口を通してみ教え下さり「これをおかげにさせて頂こう」とその厳しい教えを有難く頂かれたことにより、それがおかげとなって後々まで健康でご用にお使い頂かれる様になられたのです。

★どのようなことが起きてきても「これをおかげにさせて頂けますように」とお願いさせて頂き改まらせて頂きますと、心の眼・心の耳が開いて神様の思し召しが分からせて頂くことが出来るのです。

それは、出来事を通して教えて頂くこともありますし、また人の口をもって教えて頂けることもあるでしょう。また、心に思わせて頂くこともあるでしょう。それを、素直に有難く頂いて改まってゆく所に、みなおかげとなってゆくのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 平成29年の「み教え」

2017年11月29日

●信心させて頂くものの大切なお役目

 神様・霊様と私達は深くつながっているのです。私達が悲しんでいますと神様み霊様が共にお悲しみになり、私達が難儀に陥っていますと神様・霊様も難儀に感じられることになります。辛い・悲しいということを共に感じて下さり、共に担って下さるご存在であるからです。反対に、喜んで喜んで生活させて頂いておりますと、その喜びは神様の喜びとなり、霊様の喜びともなるのです。三代金光様も『氏子の喜びは神様の喜びです。神様の喜びは氏子の喜びです』とみ教えを残して下されています。

★私達がご信心させて頂きましたら、そのお徳というものは有難いことにご先祖にも伝わっていき、ご先祖が助かって下さるということになります。また自分自身がご修行させて頂いていることは、ご先祖のめぐりの取り払いになり、助かってゆかれるのです。有難いのは、私達が信心をさせて頂くことによって、過去の霊様方が助かってゆかれ、家のめぐりが取れてゆき、子孫も助かるおかげを頂いてゆくことです。そこで私達は、金光大神様の御取次の道を開いて頂いておりますので、ご先祖のことを祈らせて頂いて、助かって頂けるような信心をさせて頂かなければなりませんね。そこに信心させて頂くものの大切なお役目・大きな使命があり、そのことを信奉者一同、一人一人が担っているのです。

★『ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。』

★自分から数えて両親は2人、祖父母は4人というように、十代さかのぼれば1024人、十五代さかのぼれば32768人もの、直接の血縁があるご先祖がおられるのです。私達が多くの霊様の働きによって、現在の私達があるということをしっかりと自覚をさせて頂かねばなりませんね。それを分からせて頂いて、しっかりと御祈念させて頂きましたら、霊様方も生き生きと働いて下さるようになるのです。


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆

posted by 金光教阿倍野教会 at 06:11 | 平成29年の「み教え」

2017年11月28日

●目には見えないところの神様のお働き

私達は、自分の身体の事でも知らない事がたくさんあります。昔は、盲腸はあまり重要な働きがないと言われ、他の手術の際に一緒に取り除く事があったようです。しかし、最近の研究によって、盲腸にも重要な働きがあるという事が分かってきました。盲腸には消化酵素を処理する働きがあるということや、虫垂は免疫細胞を作り出し、腸内細菌のバランスを保つ働きがあることが明らかとなり、現在ではなるべく残すように考えられているそうです。

★人間の身体一つとっても、神様が与えて下さっているそれぞれの臓器には与えて頂いている役目があり、それは実に複雑に関連しあって、共に働き合って全体を生かしているのです。つまり、神様がお作りになった人間の身体に、無駄な部分はないということです。私達はその働きを知らないだけですが、全て必要だから与えて下さっているのです。まして、天地全体の働きというのは、目に見えない未知の部分で大きな働きがあるからこそ、すべてが成り立って維持されているということを理解しなければなりませんね。

★すべて神様のおかげによって生かされて生きていることを自覚し、何事も神様にお断りを申して生活させて頂きましょう。

★『この大地もその他の物もみな神の物であるのに、我が物でする我が金ですると思い、神にお願いをしないでするから叱られるのも無理はない。家を建てるにも神にお願いして神のお土地をお借りし、今までの無礼をお詫びして建てれば差し支えはない。』『昔から、あの人は神様のような人じゃ、仏様のような人じゃ、人に悪いことをせぬ正直者じゃと言われる者でも、だんだん不幸なことが重なったりして、どういうものじゃろうということがあるのも、みな、神に無礼粗末があるからぞ。なんぼう人に悪いことをせぬ正直者でも、信心せねば神には無礼粗末ができるぞ。人のよいのと神への無礼とは、また別ものぞ。信心せねば、なんぼう善人でもおかげにはならぬ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成29年の「み教え」

2017年11月27日

●努力と工夫は、骨折り損ではない

あるご信者は、家業で布団の丸洗いや乾燥をなさっておられ、通常業務の他に福祉関係の仕事も請け負っておられます。行政からの仕事は入札があり、一番安く仕事をする業者が請け負うことになっており、利益が薄い場合も少なくないとのことです。相手先は、一人住まいの高齢者の方など様々だそうですが、日時を事前に打ち合わせて行っても、家に人がいなかったり、段取りが思うように運ばないことも、しばしばあるとのことです。

★元々利益も薄い仕事ですし、「決まった日時に出来なければ無理です」と、言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、それでは相手が立ち行きません。ご信者は、どんな場合でも親切丁寧に、相手の立場に立ってお仕事なさることを、ずっと心掛けておられます。そうしますと、事前の打ち合わせをきちんと詰めること、段取りをうまく組むこと、急な事態への対応能力など、仕事に必要な力を付けて頂いていることを実感なさるそうです。先々に必要な経験を積ませて頂かれ、実力をつけて頂いて、家業繁盛のおかげを頂いていることを改めてお礼申しておられます。

★せっかくのお仕事も、効率ばかりを追い求めていると、有り難さが薄れてしまいます。「この仕事ほど有り難いものはない」という心持ちで、家業を通しておかげを頂く覚悟を決め、相手の為に努力と工夫を惜しまず、精励させて頂くことが、有り難い徳業となるのです。家業を通して、人徳(人からの信用)神徳(神様からのご信用)を頂けるよう、信心の稽古に励ませて頂きましょう。

『骨折り損のくたびれもうけというが、信心する者はまるもうけぞ。せっかく、どうぞと思うてご信心してやっても、おかげがなかったと言うたりすると、骨を折ってやっただけ損のようなけれども、損じゃないぞ。ご信心してやっただけは、こちらがおかげを受けておるのぞ。人のためにご信心してやると、自分もおかげを受けておるがなあ。』


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成29年の「み教え」

2017年11月26日

●正しい願いを持つ

11月23日は、28才の時に交通事故でお国替えになった、私の家内の兄の御命日でした。まだ結婚されて間もない新婚家庭であられたそうです。家内の兄は、1男5女の6人兄弟の統領息子で、当時神戸の第五管区海上保安庁に勤めておられました。

★昭和55年、兄は仕事の帰りに車にはねられ、意識不明の状態で病院に運ばれましたが、28才という若さでお国替えされました。相手の方は20才くらいの若い方で、その父親は家内の父に土下座して謝罪されたそうです。家内のご両親は統領息子を不慮の事故で突然失われ、悲痛極まりないことであられたと思います。しかし家内の父は、警察へ行かれて「相手の方はまだ若く将来がありますから、なるだけ罪を軽くしてあげて下さい。」と、事故を起こした相手の青年の将来を考えられ、嘆願書を出されたのでした。その後、父は家族の間でも恨みごとは勿論のこと、事故の話を一切話題に出されることはなかったそうです。父は相手を恨むのではなく、相手の立ち行きを願われ、後々にめぐりを残されぬように祈りに変えられたのでした。辛い出来事から、恨みや更なる悲しみを生むことなく、お徳を頂く方向へと進んでいかれる手本となる在り方を、示しておられたのだと思います。つまらない事を言わず辛抱なさってお願いに変えていかれたところ、周囲にその心が伝わってゆき、願っておられた後継の事が有難い形で成就出来てゆかれたのです。

★自分自身の狭い小さな考えでは理解できない事が起こってきたとしても、それを心を静めて穏やかに神様にお願いさせて頂いておりますと、その後について神様は一番良いように整えて下さるのです。その元になってゆくのは正しい願いを持つことです。そして正しい願いを持つことと同時に、しっかりとしたご修行を定めさせて頂きますと、めぐりを取って頂いてお徳を頂いてゆくことに繋がるのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成29年の「み教え」

2017年11月25日

●親様・神様が喜んで下さるご信心

『みな、親のありがたいことを知らないで、神のことを知ろうとしても、それは知れない。』『神のことが知りたければ、親のありがたいことから先に知ったら、神のありがたいことも知ることができる。飛び越して、知れるようなことはない。』

★親から教えて頂いてきたことを振り返らせて頂きますと、若い時には分からなかったことも「あれは本当に大事なことであったなあ」等と段々と分からせて頂けるようになってきます。ご信心も同じで、み教えを何度も何度も頂き直しをさせて頂きますと「こういうご意味で仰って頂いたのだな」と分からせて頂けるようになってくるのです。幼少期・10代・20代と同じみ教えでも頂きようが違ってくるのです。分からせて頂く範囲がより広く深くなっていきますから、より一層有難さが増していくのです。

★お取次を頂いてお願いをさせて頂きますと、次々とおかげを頂いてまいりますが、「より一層のおかげを頂きたい」と願うのが人の心ですね。それは決して欲深いことではありません。より一層に心を込めて、熱心に信心をさせて頂いている行届いた氏子のことは、神様の方から心配してやるとまで仰って下さっておられます。神様から、先に先に心を配って下さり、「あれもしてやろう、これもしてやろう」として下さるのです。そうして有難いおかげを頂く道を開いて下さっておられますのが、金光大神取次の道です。ですから、遠慮なしにお願いさせて頂けば良いのです。

★そして氏子は、神様のお願いに沿った正しいお願いにならせて頂けるように、信心の勉強をさせて頂いて、おかげを頂く方へ、舵取りをさせて頂くのです。そうしましたら、『願うことは何事も、かなわないということはない。金光大神の手続きをもって願え。何事もおかげをいただける。』とみ教え頂いているように有難いおかげを頂けるのです。氏子が一生懸命にご信心をさせて頂いて、ご信心を基に家業に出精して、結構にならせて頂くということは、神様も喜んで下さるのです。そのように、神様も喜んで下さるような信心にならせて頂けるようなおかげを頂いていくことが大切ですね。


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成29年の「み教え」

2017年11月24日

●ぶれることのない信念

本日は、羽衣教会の金光大神大祭に併せて開教85年記念大祭がお仕えになられます。

★羽衣教会の二代教会長・松岡安枝師は、お母様と共に阿倍野教会で熱心に御信心を進められました。亡くなられたお父様が残された多額の借金を、二代教会長・伊藤コウ師のお取次ぎを頂かれ、3年間で返済されたのです。その3年間は、ご自身の物はたとえ靴下一足であっても一切買わないということを決められて、ご修行に励まれたのでした。また、お母様は肺結核を患っておられましたが、薬は飲まずご神前にお供えになった塩水でおかげを頂こうと決心なさり、神様におすがりなさって喀血を止めて頂かれたのでした。

★松岡安枝師は、全身に重い関節リュウマチを患っておられました。どんな医師にも、「リウマチは難病ですから、治ることはありません。あなたは椅子にも座れませんよ。」と言われたそうです。そんな中、伊藤コウ師にお取次を頂かれ、「必ずおかげを頂きましょうなあ。」と仰って頂かれたのでした。松岡先生は、コウ師から頂かれたみ教えを心に刻み、覚悟を決められて神様を杖にして、「何が何でもおかげを頂こう!」と願いを持たれたのです。

★初めは便所にも四つん這いで這ってゆかねばならず、椅子に座ることも出来られなかったそうですが、椅子に座る稽古に取り組まれました。そうしますと、椅子に座ることが出来られるようになり、今度は大きめのお茶の缶に座られ、段々と小さい缶に替えて座ることが出来ていかれ、遂には正座が出来るようになられたのです。そして御晩年には段々と目も見えにくくなられましたが、阿倍野教会へは電車に乗って日参を続けられました。そして、月例祭では「親教会では最後まで正座をして御祭典に就かせて頂けます様に。」と神様にお願いなさって、最後まで座礼で祭員の御用に就かれたのでした。その願いに少しでも近づかせて頂けるようにと一心に願っておられますから、決してぶれることはないのです。ですから、少々の事が起こってきましても信念が揺るがれることがなく、迷いのないご一心でおかげを頂かれたのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成29年の「み教え」

2017年11月23日

●京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん

 二代教会長・伊藤コウ師のご母堂であられる伊藤ハル氏は、ご主人が3人の娘を残して亡くなられた時、生活がなかなか成り立たないので「大阪に残ろうか、親戚を頼って京都に帰ろうか」と悩んでおられました。

★そこで、難波教会のお結界でお届けをなさいますと、お手代わりとしてご用なさっておられた井上先生より、「伊藤さん、信心しなさいや。信心しなさいや。しっかり信心しなさいや。」とみ教えを頂かれたのです。み教えを頂いたハル氏は、「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。大阪で鳴らん太鼓は京へ持って帰っても鳴らん。破れ太鼓は張り替えねば鳴ることは無い。今必要なことはしっかり信心させて頂いて、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことなのだ。信心でもってやぶれ太鼓の張り直しをさせて頂くのだ。」と悟られたのでした。

★ハル氏は覚悟を決められ、ご信心を元にして、生活の全面にわたって徹底して改まっていかれたのです。3人の娘さん方も、そのご信心をしっかりと受け継がれ、私たち子孫の者にも伝えて頂いておりますことは、真に有り難いことでございます。例えば、お醤油の一滴でも粗末にすることのないように、多く入れすぎることのない様気をつけさせて頂き、少し残った時には、お茶を入れてすべて頂くように教えて頂きました。それは、家での食事だけに限らず、出先で食事を頂く時にも同様に、天地のお恵みを粗末にすることのないよう、工夫することを教えて頂きました。

★私もおかげを頂きまして、幼少の頃はよく熱を出し胃腸も弱く、親にも心配をおかけすることが多かったのですが、小学校から高校までの12年間、学校を無遅刻無欠席で通学するおかげを頂く程に、丈夫な体に作り変えて頂きました。今後とも、破れ太鼓を張り替えさせて頂くつもりで、日々自らを振り返り、有り難い一心で、改まりのご信心に励ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成29年の「み教え」

2017年11月22日

●神様からのお手紙

70代のあるご信者が過日、乳癌の手術を受けられ、無事に成功され、退院後、自宅で養生なさっておられます。ご信者は、今日まで寝る間も惜しんで家業に精を出して励んで来られましたが、ご自身のなさっておられる仕事を後継の方に引き継がれた後に、乳がんを見つけて頂かれ手術を受ける時期を頂かれたのです。そうして、今だからこそさせて頂けるという有難い時期に手術のおかげを頂かれ、静養させて頂ける時間を与えて頂かれたのでした。自分の身体とはいえ、いつ変調をきたすというのは誰しも分かるものではありませんね。人間では計り知れないことを、神様が環境も心も身体も整えて下さっていることが分からせて頂けます。

★ご信者は、「入院をさせて頂いて、身体もお手入れをして頂きましたが、心にもメスを入れて頂き、心の垢離も取って頂きました。長年、ずっと凝り固まった部分をお取り払い頂くことができ、大変有難い機会を頂きました。有難うございました。」と御礼届けをされました。

★与えて頂いた出来事には、神様からのお手紙がついているのです。神様からのお手紙には、何と書いているのでしょうか。出来事が起きてきた時に、お礼を申し上げて取り組ませて頂きますと、神様は「もう一段進ませてやろう」と次から次へと分からせて下さるのです。そうしてコツコツと真面目に信心の稽古をさせて頂きましたら、神様の御神意を悟らせて頂くことが増えていって、常に神様と心が通じ合ってゆくことができるのです。

★『生神金光大神といっても、今までは形があったから暑さ寒さも感じたが、これからは形を去って真の神になるから、一目にすべての者を見守ることができる。』『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。金光大神も生身であるから、やがては身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさないで、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせてくださる。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:30 | 平成29年の「み教え」

2017年11月21日

●やれ痛やという心でありがたし

先日、あるご婦人が、卵巣の悪性腫瘍摘出の手術を受けられ、無事成功のおかげを頂かれて、ご家族がお礼届けをなさったことでした。

★開腹手術を受けて数日後から、なるべく歩くよう指導を受けておられるようです。傷口はまだまだ痛むそうですが、歩くことによって、癒着を防ぐことが出来る等、回復に必要な良い効果があるということです。また、手術の後は抗癌剤治療に入るということで、治療に伴う副作用の説明も丁寧に受けられ、「覚悟して、前向きに治療させて頂きましょう。」と、諭して頂かれたそうです。ご信者は、それらの医師や、看護師の方々のご指導を素直に受け入れられ、神様におすがりなさりながら、治療を進めて頂いておられます。

★『やれ痛やという心でありがたし、今 みかげをという心になれよ』とみ教え頂いております。辛い、苦しいと思える治療も、「はい、有り難うございます。この治療を受けて、また元気にならせて頂けますように。どうぞおかげを頂かせて下さい。」と、神様にお礼とお願いを申しながら、受けさせて頂く心にならせて頂きますと、一番必要な治療を一番良いように受けさせて頂くことが出来、自分が思う以上の効果が上がるおかげを頂くことが出来るのです。「こんな痛い苦しい治療はごめんだ。必要ない」と、後ろ向きな考えをしていては、神様からおかげを頂かせてやろうとの思し召しであっても、それを十分に受けさせて頂くことが出来なくなるのです。

★日々健康で、思うことが思うようにさせて頂けるということは、どれほど有り難いことか分かりません。火災、盗難なくお守り頂いていること、毎日食事が頂ける事、お仕事がさせて頂けること・・・一つ一つを決して当たり前と思わず、日々新たな気持ちでお礼申す稽古をさせて頂きましょう。そして、日々真剣にお取次ぎ、み教えを頂いて、何事も神様におすがり申してさせて頂き、おかげを頂いてまいりたいと思います。 

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆

posted by 金光教阿倍野教会 at 06:25 | 平成29年の「み教え」

2017年11月20日

●神様からのお知らせ

『人間が食い飲みする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。体に相当するのである。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神様へ対しご無礼ではないか。また、食い過ぎ飲み過ぎして、嘔吐をする者もあるが、これも悪い考えである。信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。食い飲みをむたいに強いるのが親切ではない。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい。百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。』

★私達は日々、日常茶飯な所で神様からお知らせを頂いているのです。しかし、その有難いことも知らずに、自分勝手に振る舞ったり、様々な悪癖・悪習慣が出てきてしまうことがあります。そうしたものをお取り払い頂かねばなりません。

★三代教会長先生が、お広前ご建築中に、あるご信者のお宅祭に行かれまして、ご祭典が終わられ、今からお話をさせて頂こうと、神様にご祈念なさいましたら、「すぐに教会へ帰れ」と心に教えて頂かれたのでした。そのみ教えを守られ、御装束を入れた風呂敷包みを小脇に抱えながら、小走りに教会の建築現場に着かせて頂かれましたら、屋根の下地として引いてある薄い木の板が燃え出した途端であったのです。

それに気が付いて「金光様!」と御祈念なさりながら、地面から大屋根まで届かせようと水をかけられましたが、なかなか届かないので、その周辺にあった缶の中に水を入れてかけさせて頂かれましたら、火が消えたのでした。見ておられた大工さんも「これからどんどん燃えるという状況でしたのに、よう消えましたなあ」と感心して仰られたそうです。

その場に間に合わせて頂けるように神様が教えて下さったのでした。ご信者のお宅祭に行かせて頂いて、お祭りをお仕えしてお話しをせずに帰らせて頂くということはなかなか出来ることではありません。人に心が向かっておりましたら「ご信者に申し訳ないなあ」と思います。しかし、その瞬間に神様に教えて頂かれたことを守らせて頂かれたので、火事にならないようにおかげになったのです。神様のなさることは本当に有難いですね。

★神様がお知らせ下さっていることは、様々な場面であるはずなのです。しかし、それをこちらが受け取らせて頂けるだけの心にならせて頂くかどうかが問題ですね。毎日の信心の稽古とは、日参と聴教により神心・正しい心を養っていき、おかげを受けさせて頂く受け物を作らせて頂くことなのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆

続きを読む
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:02 | 平成29年の「み教え」

2017年11月18日

●迷信を打破し、天地の道理に合う生き方

昔は出産に対しての迷信が多くありました。例えば、「母屋では出産をしてはいけない。産後横になってはいけない。産後すぐに母乳を飲ませてはいけない。産後は五香をすぐ飲ませ、団子汁を飲ませる。」などという迷信があっようです。しかし、教祖様は迷信を打破され、天地の道理に合う生き方をみ教え下さったのでした。

★教祖様は『女の身上のこと。月役、妊娠、つわり、(締め付ける為の)腹帯をせず、腹痛まず、産前身の軽し。産後よかり物、団子汁、子に五香いらず、母の乳をすぐ飲ませ、頭痛、血の道、虫気なし、不浄毒断ちなし。平日の通りに相成ること。』と女性に賜りたるみ教えを残して下さっております。

★島之内教会・三矢田守秋師のご教話の中に次のような内容が見られます。[国立岡山病院名誉院長であられた山内逸郎医師は、新生児医療に取り組み、昭和52年に岡山県の赤ちゃん死亡率の低さ、日本一を達成され、WHO(世界保健機構)の「赤ちゃんにやさしい病院」第1号に認定され、世界の名医と称された人です。金光学園の父母教師会で講演なさった内容ですが、「昔から最初に出るお乳は粘っこくて少し黄色くがかっているので、赤ちゃんには飲ましてはいけない」と言われていました。ところが、最初に出るお乳には、大事なものが含まれていると研究によってわかりました。病気に罹らないための予防接種のような成分があるということです。教祖様は、百何十年も前から『最初のお乳を飲ませなさい』と仰っているのですが、よくも仰られたことだと思います。]山内氏は、ご晩年、母乳運動に打ち込まれ、その研究によって、産後すぐに母乳を飲ませた方がよいという事がわかられたのです。母親の初乳を与えると髄膜炎、敗血症などの感染症の予防効果があり、安全で抗感染効果があるということが分かったということです。神様から直接み教え頂かれた教祖様は、135年以上も前から、『母の乳をすぐに飲ませ』と氏子にみ教え下さっていることは、大変有難いことだと分からせて頂きます。

★さらに、教祖様は男尊女卑の時代に『女は神に近い。』とまで仰っておられます。それほど女性は尊い能力を神様から頂いており、子宝を授かり生み育てることが出来るということは有難い事ですね。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:23 | 平成29年の「み教え」

2017年11月17日

●お下がりを有難く拝んで頂く

竹本嘉十郎という人は、高橋富枝師の六条院教会のお広前で日参なさっておられました。その息子さんが大病を患われた時に、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方がよく効くだろうと思って、教祖様の元へ参拝されました。すると、教祖様のお口を通してご裁伝があり、神様は『辰の年、酒は酒屋のほぞにある。此方の酒が効くのではない。その方の所の出社を何と思っているのか。その方は、若い婦人と思って軽しめて、子守りのように思っているであろう。その婦人は此方の出社であり、金神の眷族である。神と尊め。おかげを受けるのも受けないのも、その方の心にある』と仰せられました。嘉十郎は恐れ入って帰り、その後に、高橋富枝師のもとへ「御神酒をいただかせてください」とお願いに参られました。そうして改まった心で御神酒を頂かれ、息子さんは間もなく全快されたのでした。

★11日の金光大神大祭で、ご神前にお供えさせて頂きました皆様の真心からのお供え物は、御神米、ご神酒、お鏡餅や小判餅、乾物、お野菜、果物、お菓子、全てにおいてご祭典が終わりましたら、御祈念を込めさせて頂き、御祭典のお徳に満ちたお下がりとして、御信者皆様にお下げさせて頂いたことでございます。少しずつですが有難く拝んで頂かれまして、神様のご庇礼を蒙られます様、お願い致しております。そのお徳に満ち満ちたお下がりを心から拝んで有難く頂きますと、どれ程結構なご庇礼を頂けるでしょうか。私達は天地のお恵みの中で生活させて頂いており、神様の賜り物で生かして頂いております。食物やお水一杯でも、額まで上げて拝んで頂かせて頂きますと、食物やお水の中に含まれている天地のお徳を、自分自身の体に頂くことが出来るのです。薬も天地のお働きによる様々な賜り物から抽出されたものです。「祈れ・薬れ」の心で一心に御祈念し有難く拝んで投与して頂きますと、どれ程有難い効果を生み出すことになるでしょうか。

★御祈念の込められたご神縁徳に満ちたお下がりを、頂く方の銘々の真心で以て、一層有難いご庇礼を蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 平成29年の「み教え」

2017年11月16日

●数多く参って、神様からおかげを頂ける信心を

14日は、三代教会長先生の同級にあたるご信者の御命日でありました。その方の奥様は、ご結婚されてから入信されました。ご主人のお導きでお参りされるようになりましたが、最初はおかげというものが本当にあるのだろうか、と疑いながらの参拝であられたそうです。奥様はなかなかみ教えの実践ができず、ある時三代教会長先生にお届けされ、ご主人に対する不平不満を洗いざらい申されたのでした。すると、三代教会長先生は、今まで奥様に向いておられた顔を横を向けてしまわれ、何も仰らなくなられたのでした。奥様は「こんなに愚痴不足を言っていてはダメだ。」と思われ、それからは愚痴不足を慎もうと思われ、日参を続けられたのです。そして、信行期間には、「参拝すればどんなおかげを下さるのだろうか。神様を試してみよう。」と不純な気持ちがありながらも、120回以上参拝なさって信心の稽古に励まれました。

★なんと有難いことに、信行期間が終わった後に、一日3箱吸っておられたご主人が自ら「たばこをやめる」と言って下さるようになられたのでした。ご主人に理由を聞きますと、「お金を貸して長年返してくれなかった人から、全額返金して下さるおかげを頂いた。それは、あなたが信行期間中120回参拝していてくれたおかげだ。これから、御本部参拝もさせて頂く。」と言って下さったのです。奥様はあまりに著しいおかげを体験させて下さったお礼に、より一層お礼の信心に励まれたのでした。その後、ご主人は会社勤めを辞められた後に、短期大学の客員教授として声をかけて頂き、その学校に認めて頂き正式に教授として迎えて頂かれたのでした。

★『私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心という。また、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:56 | 平成29年の「み教え」

2017年11月15日

●今、この瞬間を真剣に

三代教会長先生は、「日々の生活は平穏であっても、薄氷を踏む思いで、緊張感を保って心中ご祈念をさせて頂く」ということを、み教えくださいました。戦時中を例にお話しなさっておられますが、戦時中のような非常時は、誰しもが生きることに必死で、日々緊張感をもって一日一日を生きますが、平時は、つい、「これくらいは大丈夫だろう」というような油断が随所に出てきてしまいます。そうした油断の心を戒めておられるのです。

★高橋茂久平師は、阿倍野教会二代教会長伊藤コウ師が金光教学院を卒業なさる際に、二首の歌を書いて贈って下さいました。その一首が、『荒波の 逆巻く灘を乗りしくも 船に真舵の あればなりけり』というものです。生きていくということを、荒波の中の航海に例えたお歌ですが、これは決して、非常時のことだけをおっしゃっているのではないと、思わせて頂きます。

★今は無事なようでも、次の瞬間、何が起こるかわからないのが、世の常です。家庭においても、職場においても、常に心中ご祈念を欠かさず、いつでも、何事に於ても信心に基づいて、よいお手本となる生き方とならせて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。また、金光大神様のご信心のお徳が世の中全体に広がって、一人でも多くの方に助かって頂くお役に立たせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『水は方円の器に従い、人は善悪の友によるというが、家庭は器のようなものである。水は円い物に入れれば円に見え、角の物に入れれば角に見える。家内中が真の心を持ち、神様の氏子がわが胎内におるという尊き心持ちで家業を潔く働き、親兄弟に親切をして信心に油断なく、教育に油断がなければ、先祖へご無礼なく、国家繁盛のもととなるから、日々家業働く心と真心とを失わぬよう、今月今日で信心するがよろしい。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:06 | 平成29年の「み教え」

2017年11月14日

●気付かせて頂くことがおかげ

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、

『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までにはよほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。信心の初めには、「拝み信心」「不足信心」を教祖様から戒められたこともあられましたが、み教えを頂かれてより心を改めるよう信心の稽古をされたのでした。

そして小さな信心から広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★国枝三五郎師は『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびが入っていることに気がつかずに水を入れている。瓶のひびを焼き接ぐ心で信心せよ』とのみ教えも頂かれました。ここが至らないところだと分からせて頂けることや、考え違い、間違いに気が付かせて頂くことがおかげです。

ですから、国枝三五郎師は『今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』ともみ教え頂かれておられます。み教えを頂きましたら、今までが自分中心の我情我欲に偏った狭い狭い世界に閉じこもっていたことに気付かせて頂け、御神徳に満ち満ちた広い世界に住ませて頂いていると分からせて頂けるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成29年の「み教え」

2017年11月13日

●計画、準備、実行、後始末

何事も早速にお礼を申すということが大切なことでございます。そうしてゆけば次のおかげを頂いていく基を築かせて頂けるのです。お礼のご信心とは、次のおかげを頂いていく為の有難いご信心ですね。

★二代教会長伊藤コウ師は『計画・準備・実行・後始末』とみ教え下さっておられました。計画をしっかりと早くから立てさせて頂いて、行き届いた準備をさせて頂きますと、神様は有難い時節を与えて下さいます。常平生に何の準備もしないで、いざ問題が起きてきた時に、慌てふためいて「なぜ私ばかりこんな苦労をせねばならんのか」と嘆いたり、人のせいにや世の中のせいにして恨んだりするような生き方をしておりましても、何の解決にもなりません。

★『物事に時節を待たず苦をすること』とみ教え頂いておりますが、苦をするのはなぜかと言いますと、自分が苦を生み出すからです。難儀を生み出すようなことにならないように早くから計画を立てて、早くから準備をする。そして有難い時節を与えて頂きましたら、その機会を逃さぬように掴ませて頂くのです。そうして細心の注意を払って物事を実行させて頂きましたら、有難い成就のおかげを頂くのです。そして有難い成就のおかげを頂きましたら、早速にお礼を申し上げることが大切です。そのお礼を丁寧にさせて頂くことが後片付けですね。

★先日の金光大神大祭を奉行させて頂いた日の夕方から夜にかけて、ご信者皆様が、今日のうちに出来ることは今日のうちにさせて頂きましょうと、遅い時間まで後片付けをして頂きました。真に有難い事を毎回続けて頂いています。

★金光英子師の御講話の中に「出来ることは何なりと喜んでさせて頂く。出来ないことにはお詫びを申す。そして出来たことにはお礼を申す。」という高清姫様のお言葉についてお説き下さいました。私達が、今まさにさせて頂かねばならないことだと感じております。有難い御大祭をお仕え申し上げることが出来た御礼をしっかりと申し上げ、まだまだ至らないところにお詫びを申し、そして次のお願いをさせて頂くということになりますね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:17 | 平成29年の「み教え」

2017年11月12日

●金光大神大祭をお仕え申し上げて

昨日は、天候気象を初めとして万事万端に御都合お繰り合わせを蒙り、金光大神大祭に併せて開教95年記念大祭を盛大にお仕え申し上げることが出来ましたことを、厚く御礼申させて頂きます。

これもひとえに、皆様方のお手篤いご信心とお祈り添え、またたくさんの方々の真心からの御用奉仕とお導きの賜物であると思わせて頂きます。心より御礼申し上げます。

★また、祭典後のお説教を、金光図書館長・金光英子師より「感謝の心は神心」という御講題で、有難い御教話を賜わりました。

英子師のお母様が91歳の御時、圧迫骨折をなされました。通常そこまでのご高齢ならば、寝たきりになってもおかしくはないところをおかげを蒙られ、94歳になられた現在は毎朝ご祈念の後、奥城に参拝なさるまでにご快復なされたのでした。

その元は、長き年月、様々な難儀があられた中に、その難儀や苦しいことや辛いことをおかげになさってこられました。そして、有難かったことや嬉しかったこと、また楽しかったことを思い出されて喜びながら感謝して生活させて頂かれますと、たちどころに神心が表れ、快復なさることが出来られたのでした。その感謝の心こそが神心であるということを教えて下さいました。

また「今日私は、4つのおかげを頂いてこの記念大祭に参拝させて頂く事が出来ております。

1つ目は、68年ものお命を頂いて、今日の記念の御大祭に加わらせて頂いているお命を頂いていること。

2つ目は、経済的なご都合を頂いて、今日不自由なく教会にお参りさせて頂けたこと。

3つ目は、家族のうちに介護の必要な人がなく、図書館職員の身に何事もなく、送り出してくれた関係のおかげが頂けたこと。

4つ目は、このお道にご縁を頂き、私の心が今日の御大祭に参拝させて頂こうという心を持たせて頂けたこと。今日ここにご参拝の皆様がこの4つのおかげを頂いて、参拝させて頂くことが出来られましたことは、大変有難く喜ばせて頂かねばならないことであります。」とみ教え頂きました。

★有難い御大祭の御庇礼によりまして、この一年をより一層有難いものとさせて頂き、新たな願いを立て直して、5年後の開教100年記念の御大祭に向けまして、より一層信心向上のおかげを蒙らせて頂けますよう、ここからの信心を進めさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成29年の「み教え」

2017年11月11日

●開教95年記念大祭奉行

 皆様、おめでとうございます。本日、金光大神大祭並びに開教95年記念大祭をお仕え申し上げます。万事万端に、結構な神様のご都合お繰り合わせを頂きまして、また、ご信者皆様の真心からのご祈念と御用奉仕を賜りまして、無事に御大祭当日を迎えさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★阿倍野教会の創設以来95年という年月、生神金光大神様の御取次のお徳によりまして、歴代教会長先生のご祈念、御取次を頂き、阿倍野教会の信奉者一同おかげを頂いて参りましたことは、真に有り難くもったいないことでございます。

★安政6年10月21日、教祖様は、『〜世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ。神も助かり、氏子も立ち行き。〜』と、天地金乃神様より、家業である農業をやめて、御取次の御用に専念するようお頼みを受けられました。御取次を頂いて、神様のご恩を分からせて頂き、真に助からせて頂くことは、神様の助かりでもあると仰せなのです。

★また、二代金光四神様は、『八寸のものを一尺(十寸)にも喜ぶ者には、足りぬだけは神が足してやる。』とみ教え下さっておられます。今日までおかげを蒙らせて頂いたご恩をしっかりと分からせて頂き、今日を喜び明日を楽しんで、ここから一層、神様にお喜び頂き、ご安心頂けるご信心に進ませて頂きたいと思います。

■午後一時より おかげ話 3名  
 小林直明氏・山磨寛子氏・小池次郎氏

■午後二時より 金光大神大祭並びに開教95年記念大祭 奉行

■祭典後説教 講題『感謝の心は神心』
 講師 金光図書館長 金光 英子師

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成29年の「み教え」

2017年11月10日

●実意丁寧な生き方

明日、金光大神大祭に併せて開教95年記念大祭をお迎えするにあたりまして、昨日にはお餅つき、御内殿のお掃除の御用、お琴の総稽古を無事に終えさせて頂きました。また本日には、小判餅くくり、大掃除、調撰の御用、習礼をさせて頂きます。皆様の御用奉仕を賜り、準備を整えさせて頂いておりますことは、誠に有難いことと御礼を申し上げます。それぞれのところで、御礼の心を込めて御祈念させて頂きながら、御用を通して真心をお供えさせて頂くところに、有難い御大祭の御庇礼を蒙らせて頂くこととなるのです。

★信心させて頂きましたら、知らず知らずの内におかげを頂いていることに気付かせて頂くことができ、お礼が申せるようにならせて頂きます。また、同時に知らず知らずのご無礼不行き届きのお詫びが申せるようになってゆくのです。そうした、御礼の心と慎みの心が積み重なって、有難い御大祭となってゆくのです。

★『一心になれ。つるべで水をくむごとくに、おかげは頂けるぞ。』『手や口は手水鉢で洗うても、性根は何で洗いなさるか。実意丁寧の真でなければ洗えまいが。』

★病気になって学校や仕事に行けない、食事が頂けないということになって、心底から心身健康で毎日生活をさせて頂いている有難さが分からせて頂けますね。今日生命を頂いている御礼、内臓諸器官が働いている御礼、歩かせて頂いている御礼、食事を頂いている御礼、仕事をさせて頂いている御礼等々、御礼を申させて頂くことはたくさんあるのです。お広前にいる時にだけ御祈念するのではなく、常にどんな時にでも御祈念をしながら御礼を申しながら何事もさせて頂くことが実意丁寧な生き方となってゆくのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 平成29年の「み教え」

2017年11月09日

●信心は親に孝行するも同じこと

昨日は、みかげ会例会が開催され、藤本氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★藤本氏は、昭和25年にカットグラスの会社に、住み込み見習いとして上阪なさいました。お教会に初めて参拝なされたのは、昭和33年3月2日の月例祭でした。祭典後のお説教で「親不孝であった青年が途方に暮れている時に、お教会の提灯が目に入り、子供の頃、親に連れられてお参りしていたことを思い出し、改めてご信心を頂いて、親孝行な青年に変わられ、結構になっていかれた」という内容を聞かれ、感銘を受けられました。

★奥様のお母様から「金光教のご信心は、日参・朝参りと聴教をさせて頂くのが、一番のおかげを頂けるご修行です」と教えて頂かれ、8月から毎日自転車でお参りを続けられ、さらに翌年の1月には教会で結婚式を挙げられ、毎年お宅祭も欠かさず58年間続けておられます。

★3回目のお宅祭の時に「仕事も順調で、家族もみな達者、ちょっとゆっくりしたいし、もう毎日お参りを続けなくてもいいんではないだろうか」と思っていた矢先に、お宅祭の席上で二代教会長伊藤コウ師より「藤本さん、お教会へのお参りが遠ざかってはいけませんよ。お参りが遠ざかったために、恐ろしいことになった人を大勢知っています。どんなことがあってもお参りしてきなさいや。結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。コウ師は見抜き見通しであられたのです。藤本氏はそのみ教えをしっかりと守られ、今日まで59年間続けてお参りなさっておられるのです。

★また昭和39年正月に両親へ田んぼ一反半を買われたそうです。ご両親からは「田舎で農業をしていて田地が増えることほど有難いことはない。お前が買ってやろうと思っても、嫁が反対したら、こんな大金出してもらうわけにいかんのに、信心のある嫁をもらってくれて有難い」と大変喜んで頂かれたということです。その後も、藤本氏はご自分の住宅増築のおかげを頂かれたり、帰教式を仕えられ、工場新築のおかげも蒙られました。現在では孫・ひ孫さんも頂かれ、結構に親孝行をして頂いておられる毎日です。

★日参と聴教に励み、常に自分が頂いたみ教えを頂き直し、信心を基に生活を続けられた結果、有難いおかげを蒙られておられるのです。私達もそのように信心のお徳を頂きたいですね。


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成29年の「み教え」

2017年11月08日

●心豊かな生活を送る

江戸時代後期にある藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された教えがあります。

1)常に心掛けて陰徳を積むべし。(陰れたる徳を積むことを考えて、人に褒めてもらおうと思わない)

2)足ることを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らざれば家は富めりと云えども心は貧者なり。
(現在与えて頂いている物を心から喜び、有難く思って満足し、生かして使う。質素倹約に努め、分相応な生活をする。)

3)家を治める事においては堪忍を第一とする。おごりをこらえて欲を抑え、欲しいままにしない。
(思い通りにいかないことがあったとしても、腹を立ててののしることのないように、自制をする。)

4)無理に利益をむさぼれば、財を失い、災いがくる元になる。
(目先の利益に目がくらんだり、儲け話に心を迷わしますと、財を失う元になる。よそ見をせずに家業を怠ることなく勤めれば、自然に家は良い状態になってゆく。)

5)人の悪い事を告げ知らす者がありとも、みだりに取り上げ用いるべからず。
(人の悪口を言うものを重用すべきではない。うわさ話を鵜呑みにするのではなく、自分が見極める力をつける。)

6)富める家には親戚がよく出入りする。これは主が愛情厚き人だからこそで、その誉れと心得よ。
(お世話をしてもらう事ばかりを考えるのではなく、人のお世話をさせて頂くことを心がける。)

7)何事も思慮分別のある人と相談して取り計らうべし。
(自分勝手に決めるのではなく、お取次ぎを頂いて、み教えに基づいた正しい道を歩ませて頂く。)

8)金銀を多く子孫に残し与えるよりも、広く善いことを行い、陰の徳を積みおくべし。その徳善というものは、子孫にめぐり子孫の幸いとなる。
(無償の奉仕をして、お徳を積ませて頂くことにより、子孫が結構になり繁栄のおかげを頂くことができる。)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 平成29年の「み教え」

2017年11月07日

●常平生が大切。信心の地を肥やす 

 先日から、御大祭を目前に次々と有難い御礼のお届けを聴かせて頂いております。

★あるご家庭では、ご主人が信心に後向きで、「お前達はわしを取るのか、信心を取るのか…答えによっては、わしは家を出て行く。」とご家族の方に言っておられました。そのことで、奥さんと子供さんは日々悩んでおられ、心を痛めておられました。ご家族の円満は大切なことですし、本来は、信心を基にして生活の全てにおかげを頂いてゆかねばならないことです。信心を基にして、家族一人一人が健康で円満に、助かり立ちゆくようにおかげを頂いていかねばなりません。そういう時こそみ教えを頂くことが大事です。そこでその親子はお結界にお届けに来られ、「どういう風に考えてお願いさせて頂いたらよろしいでしょうか。」とお届けされました。

★その方に「それはどちらかを取るということではなくて、皆が立ち行かなければならず、家族が円満に生活することも、信心させて頂くことも、両方とも大事なことです。『これはまだ私の御礼の申しようが足らないのだ、こちらの真心が足らないのだ』と思って、相手を立てることを一生懸命させて頂いたら結構になってゆきますよ。あなたたちが、一生懸命改まってご信心させて頂いて、神様におすがりさせて頂きますと、神様は一番良いようにして下さるのです。神様は、常平生のことも何もかも良くご存知で、大きなお力を持っておられますから、理屈で言い負かせようとか、感情をぶつけ合おうとせずに、しっかりと家の中が円満で立ち行かせて頂けるようにお願いをさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★その親子は改まって一生懸命おすがりなさっておられますと、先日「今まで心を悩ましていたことが、こんなにも早く解決することになりました。有難うございました。」と大変喜んで御礼のお届けが出来られたのでした。

★家の中が整っていなければ、毎日元気な心で前向きに仕事に精励出来ず、八方塞になってしまい、身動きが取れなくなってしまいます。常平生からみ教えを頂いておりますと、何か起きてきてもすぐに思い分けができ、それをおかげにさせて頂こうと信心の材料として受け取ることが出来ます。時節が来た時にそのチャンスを掴ませて頂けるように、常平生から信心の地を肥やしてゆきましょう。

★『時の信心より常の信心。時の追い肥よりは常の地肥。時のお百度参りよりはその日参りにおかげを受けるがよいぞ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:27 | 平成29年の「み教え」

2017年11月06日

●明き清き直き心

『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる。』
 
★日々ご信心を進めさせて頂いて、信心が向上させて頂くということはどういうことでしょうか。

○常に心清らかに・・・み教えを頂いて心を明るく(明朗であるだけではなく、思い別けの出来る賢さを持つ)清く直く保つ。
○人間が円くなるように・・・腹を立てず、問題が起こっても、相手のことを祈ることが出来るようになる。たとえ、正しいこと言い正しい行いが出来たとしても、刺々しい心だと、周囲に良い影響を与えるとは言い難い。また、年を重ねれば円くなれるというものではなく、稽古が出来ていなければ、むしろ理性が利きにくくなり我が強くなってしまう恐れもある。
○難儀なことが起こってきても、そこをおかげにさせて頂くことが出来る
○神様から授かっている役目を明らかにして、責任を持って果たすことが出来る・・・家庭において、仕事場において、地域社会において、自分の置かれる持ち場立場で役目を十二分に果たさせて頂けるように。例えば商売であれば、同業の方の立ち行きを願わせて頂き、共に繁盛のおかげを頂けるよう願い、その為のお役に立たせて頂けるようなお徳と力を頂く。

★三年、五年、十年・・・と、信心を続けさせて頂き、日々信心向上のおかげを頂きたいと思います。生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、しっかりとお願いをしながら物事を進めさせて頂き、その結果として都合の悪いように思えることが起きてきた時にでも、そこに込められたご神意を受け間違うことのないように。

また、願い成就のおかげを頂いたときも、決して信心に油断のないように、「今ここから!」という心で、一層熱のこもったご信心をさせて頂けるように。生涯かけて信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 平成29年の「み教え」

2017年11月05日

●神様が導いて下さり、おかげを蒙らせて下さる

『自分のことになってくると、なかなかわからぬものじゃが、そういう時には金光様はどうなさったじゃろうか? どうなさるじゃろうか? おかげを蒙っておる者は、どうしたらよいじゃろうか?と考えたら合点がゆく。しかし我々はつまらぬから、合点がいってもなかなか出来ぬ。 そこでお参りせねばならぬ。お参りすると教えて下さり、出来るように願うて下さり、引張って導いてくださる』

★私が金光教学院にご修行中に学院長として御用なさっておられました内田守昌師は大変立派な先生であられました。重厚なお人柄であられましたから私はいつも尊敬いたしておりました。その先生がネフローゼ症候群を患われ入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」とばかり言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか。」「私の家族はどうなるのか。」と、心配に捉われて不安でたまらない日々を過ごしておられたそうです。

★そんなある日、松山先生の奥様であられます、松山いち先生が病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中にすべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んであれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思われたそうです。涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に医師から「内田さん、薬が効いた!」と告げて頂かれ、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しくて毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★『受け物が悪ければおかげが漏るぞ』とみ教え頂いておりますが、受け物をしっかりと作らせて頂かなければ、み教えを本当に頂くことは出来ません。頂いたみ教えを何度も何度もかみしめて、咀嚼して、それをしっかりと自分の心に頂き直して、血となり肉となっていくように、魂に刻み込まねばもったいないことですね。そうして真剣に願わせて頂き、真剣にお取次を頂いてこそ、有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成29年の「み教え」

2017年11月04日

●決して油断のないよう

以前からお結界でお届けの度に「お医者様の手はお借りしますが、神様に手術と治療をして頂けますように」と言う心持ちでお願いなさってこられ、先日、悪性腫瘍摘出の10時間以上にわたる手術を受けられまして、無事成功のおかげを頂かれたご信者があられます。

医師からは、「開腹してみなければ、状況は分からないが、摘出すべきところは全て摘出するよう最善をつくしてゆく」ということを告げられていたのでした。また、いつ腫瘍部分が破裂するかも分からない状態の中、手術が出来るのは11月の末頃になるだろうと、当初は伝えられていたのですが、有り難いお繰り合わせを頂かれて、この度良い病院にご縁を頂かれ、1ヶ月程も早めて頂いて手術を受けることが出来られたのでした。

生神金光大神様、天地金乃神様に大みかげを頂いたお礼を申しつつ、ここから一層気を引き締めて、お礼のご信心に励ませて頂くことが、今後の治療の上に更なる大みかげを蒙られることにつながってゆくのだ、と思わせて頂き改まった信心をさせて頂きたいと願わせて頂いております。

★一段と進んだ願い成就に向けておかげを頂く為には、しっかりと心を神様に向けさせて頂き、一層の改まりの信心、一段上のご修行に励ませて頂くことが、とても大切なことです。そうして、願い成就のおかげを頂きましたならば、生神金光大神様の御取次を頂き、天地金乃神様のおかげを蒙らせて頂いたご恩を忘れぬよう、お礼の信心に油断なく、更に一層有難さを噛み締めさせて頂いて、決して信心に油断することのないよう、また、「私がこれだけ頑張ってご修行した!」というような、驕りがましい心にならないよう、気を付けさせて頂かなくてはなりません。一生がご修行のつもりで、どこまでも謙虚に、「いつも今ここから」という心で、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★生涯かけて戒めるべき心
克…人に勝ちたがる。(人と比べて勝ちたがるのではなく、己の弱さに打ち克つことを心がける)
伐…自慢をする。慢心。
怨…人を恨んで不足を思う。
欲…貪欲。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:12 | 平成29年の「み教え」

2017年11月03日

●本物に近づくご信心を

あるご婦人は、中風を患われて半身麻痺になり、手足が動きにくくなられました。そのご婦人には、献身的に介護して下さるご主人や娘さんがおられ、下のお世話からすべて家族の方にお世話になっておられました。しかし、二年以上寝たきりであられたので、愚痴不足が生じ家族の方に無理難題を押し付けられ、「あれも出来ない、これも出来ない。」と何もかも不足に捉えて、不成心の塊のように頑な心になってしまっていました。ある時、家族の方々は何とか助けて頂きたい一心でお引寄せ頂かれ、「教会に連れてお参りさせて頂こう」と相談が出来られました。そして、月例祭に参拝して祭典後のお説教を頂くことによって、お母さんの心が助かって頂きたいと願われ、そのお母さんを車に乗せて旧広前に参拝されたのです。

★するとそのお母さんは、初めてみ教えを聞かせて頂かれた時に、そのみ教えが心に響いたのでした。そして、二年以上寝たきりであった人が、神様にお願いする心になられましたら歩く稽古が出来られるようになられ、徐々に、家族の方の肩にすがって教会にも参拝させて頂くことが出来るようになられたのでした。

★しかし、そのお家にはこれだけ有難いおかげを頂かれましたのに、ご信心が次の代また次の代へと伝わってゆきませんでした。その原因は、そのお母さんがみ教えを頂いた時に、「親先生のような御信心が進んでおられる方には出来るだろうが、私の様な者には難しい、到底出来ない…」と口癖の様に口にしていたそうです。せっかくこのお道にご縁を頂かれて、有難いご庇礼を頂かれたのに、そのことが原因で有難いことを次の代に伝えることが出来られなかったのです。

★ご信心させて頂く私達は、本物にならせて頂かねばなりません。第一に、親の心が分からせて頂く人間にならせて頂かねばなりません。命の親様(天地金乃神様)、教えの親様(教祖生神金光大神様、二代・三代・四代金光様、また阿倍野教会でしたら初代教会長先生・二代・三代教会長先生)、また生みの親、育ての親があられます。その親様の御心を頂き、有難さを分からせて頂きますと、神様の御心を悟らせて頂く事に繋がります。そうすれば、段々と本物に近づかせて頂く事が出来るのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆

posted by 金光教阿倍野教会 at 06:06 | 平成29年の「み教え」

2017年11月02日

●おかげを頂いたお礼に…

今晩は、夜7時半より11日に奉行させて頂きます金光大神大祭、並びに開教95年記念大祭の祈願祭を仕えさせて頂きます。信奉者の皆様が無事参拝のおかげを頂かれますように、御用なさる方々も無事健康で御用にお使い頂かれますように、参拝なされた方々も、病床から遥拝なされる方々もそれぞれ御大祭の御庇礼を蒙られますように、無事に盛大に奉行させて頂けますようにお願いさせて頂きましょう。

★昭和49年72歳でお国替えされました松本光治氏は、「盲目の画家」と称され、文部省美術展覧会や台湾の総督府美術展、一水会の美術展に入選され、後進の方々の育成にもお役に立たれたお方です。松本氏は、網膜色素変性症という症状で両眼の視力をほとんど失われました。松本氏は画家であられましたので、医師から次第に視力を失うことを告げられた後は、自殺未遂を図るほどに生きる気力を失われたのでした。

★そうした時に、奥様がお導き頂かれて夫婦揃って参拝なされ、二代教会長伊藤コウ師より、「今から神様にお願いさせて頂いて、再び筆を持って絵を描かせて頂けるようになりましょう。」と有り難いお取次ぎを頂かれたのです。松本氏は、日々教会に参拝なさり、頂かれたみ教え通りに一心にお願いが出来るようになられました。すると、朝の一分間程ですが、暗闇の中に針ほど光を見ることが出来る時間が頂けるようになったのです。そのわずかな映像を脳裏に焼き付けて、奥様の献身的な手助けを頂かれながら、手探りで油絵を描くことを始めることが出来られたのでした。

★そうして、一水会という芸術展に昭和27年から40年までの14年間、連続で入選されるという大変素晴らしい功績を残されたのでした。更に有難いことには、松本氏は、無償の奉仕で後進の指導に力を入れられ、若い方の縁談のお世話なども積極的になさったのでした。

★自分自身がおかげ頂きましたら、次は周囲の人々が助かっていくように願わせて頂いて、神様の御用に使って頂けるように一段一段進んだ信心をさせて頂きましょう。

★『神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが、真の道をふんでゆくのぞ。金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ。これが神になるのぞ。神になりても神より上になるとは思うな。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成29年の「み教え」

2017年11月01日

●真心を結集して

金光大神大祭、並びに開教95年記念大祭をお仕えさせて頂く有り難い月を迎えさせて頂きました。お祭りは、教会のお祭りというだけではなく、ご信者一軒一軒の、更にはお一人お一人にとってのお祭りです。銘々に与えて頂いている御用は、「この御用を通して、より一層有り難い我が家の御大祭とさせて頂こう」という心持ちで、細部にまで心を配らせて頂いて、心から有り難くお使い頂きたいと思います。

★家内の実家は浄土真宗でご先祖を祀っておられますが、結婚させて頂く際に、結婚後は金光教の教師になるために、家内一人が金光教の教徒にならせて頂くことのお許しを頂きました。それから、家内の実家にも金光教のご祭典に触れて頂く機会が徐々に増えていったのです。

★先年のこと、「私は無神論者だ」と仰っておられた家内の叔父(父親の弟さん)の家が金光教の教徒にならせて頂かれました。教徒になられるきっかけとなりましたのは、色々悩みを抱えておられる時に、亡くなられたお母様(家内の祖母)が夢に出てこられたそうです。 そして「やよひ(家内)に相談すれば良いではないか」と仰られたそうです。叔父は目が覚めて「うちは分家だからご先祖を金光教で祀って頂けばいいじゃないか。そうしたら後のことは教会が末々まで祀って下さるではないか」と思われたのだそうです。早速、家内に電話をかけて来て下さり、機会を作って話を聞かせて頂き、事が進んでゆきました。

★私共は至らないところが多々ありますので、行き届いたことは何も出来ておりません。ただ家内の実家の事、親戚お一人お一人の立ち行きを、日々金光大神様のお取次ぎを頂いて祈らせて頂き、できる限りの真心を尽くさせて頂いておりますと、お取次ぎのお徳によりまして、霊様のお働きを現して頂くことが出来ましたことは、真にもったいなく有り難いことでございます。

★お取次ぎを頂いて、ご家族ご親族、お知り合いの方々などを祈りを込めて、親切丁寧にお導きをさせて頂き、真心を結集して有り難い御大祭を仕え申し上げたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:00 | 平成29年の「み教え」