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2017年09月20日

●生きるも死ぬるも神様のおかげの中での出来事

荻原須喜師は、なかなか子供が授からなかったので、夫婦揃って金光様のもとへ参詣され、お願いされました。すると金光様は『それは神の方で、はや授けようと思うてござる。今年の九月を楽しんでおるがよい』と仰せになられました。すると、み教え通りその年の九月にかいにんされ、源兵衛という総領息子さんが誕生されました。

★その後に参詣された時、金光様が『丑の年(須喜)、親のもちかえはできぬものじゃからのう。親を大切にしなさいよう。来年の四月二十一日には丑の年(利喜三)が安心のおかげをいただくぞ』と仰せになられました。そこで、「父も来年の四月二十一日までの寿命かな」と家内中その心を忘れず、注意して出来るだけ大切になさっておられました。しかし、その年も過ぎ、正月も二月も三月も過ぎ、四月になり、四月二十一日になっても何の変わった様子もありませんでした。「金光様の仰せに百に一つの間違いもないのだが、このことばかりは違うておった」と、その朝夫婦で話しておられました。利喜三さんは、村内の方と話をしながら、裏の菜園で種を蒔いておられました。蒔き終ったのが午後二時ごろで、その後に利喜三さんは家に入って、「お須、少し気分が悪いから、お茶を一杯持って来てくれ」と言われました。須喜師は、聞くより早くお茶を持って行かれましたが、そのお茶を飲む間もなく、ううんと後ろへそって、そのまま亡くなられたのでした。須喜師は、「神様が人をお造り下さりお引き取りも下さる。あるいはまた病気も差し向け、快癒もさし、神様が自由自在になさる」ということを悟られたのでした。

★神様が命を授けて下さっていることを自覚させて頂きますと、どれ程有難く喜んでお礼を申して生活させて頂かねばならないでしょうか。また、神様がお引取り下さる命であれば、お国替えに際しても一切の不足無しに、心から生涯のお礼を申し、これまでのお礼とお詫びを申し、霊様となられたご安心をお願い、有難い霊神としてお守り頂ける様にしっかりと願わねばなりません。生まれてくるという事も、お国替えになるという事も、そこに不成の心が入らないようにしなければなりません。生きるも死ぬるも神様のおかげの中での出来事という事を自覚させて頂きますと、自ずと出来てきたこと一つ一つにお礼を申し上げ、喜ばせて頂くことが出来ますね。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成29年の「み教え」