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2017年09月30日

●唯一の尊い存在

私たち一人一人は実に尊い存在です。神様からご分霊を頂き、多くのご先祖から尊いものを受け継いで命を頂いている、世界中にたった一人の尊い存在であることを、しっかり自覚させて頂きたいと思います。日々お命を頂いていることにお礼を申し、体を保たせて頂いていることにお礼を申し、また体の各部所各臓器にお礼を申しながら生活させて頂くことによって、心も体も健康に、頂いているお徳を十二分に発揮させて頂いて、尊い働きを現させて頂くことが出来るのです。まず、自分自身が神様の尊い氏子であるという、自覚を持たせて頂くことが大切です。

★先日、お宅祭をお仕えになられたあるご信者が、お礼のお届けをなさいました。それは、思春期の娘さんが、近頃自分の体について、気に入らないところが多く、「手が…、足が…、目が…、鼻が…、もっとこうだったらいいのに、ああだったらいいのに・・・」と、不足が多くなっていたところを、お宅祭でみ教えを頂いて、自分の考えの間違いに気が付かせて頂かれたのでした。み教えを頂くことによって、知らず知らずに起こる不足心や不成心をお取り払い頂き、お礼の心、お詫びの心が厚くなり、正しい願いを持つことが出来るようになるのです。

★教祖様は、『天が下に他人ということはなきものぞ』『人間を軽う見な。軽う見たらおかげはなし。』とみ教えくださっておられます。それぞれに、目の前の人を神様の氏子として拝む心にならせて頂き、お礼の心に満ち満ちて、神様が銘々に掛けて下さっておられる願いを現させて頂けるように、ご信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2017年09月29日

●奉仕係としての心構え

三代教会長先生のご時代より奉仕係の心構えとして、具体的に10項目のみ教えを掲げて下さっております。
1、各会の五ヵ年計画のお願いや、大祭・霊祭・総会・例会・常の御用について、日々お届けをして、お願いをし、必ずお下げ頂いた御神米を懐にお伴して御用にお使い頂きましょう。

2、神様を第一にし、自分の都合は後にして、目の前に神様・金光様がおられると思って御用にお使い頂きましょう。

3、信心が出来ているから奉仕係の御用にお使い頂くのではありません。これまでの御礼にお使い頂くのであり、二代教会長先生、三代金光様、現教会長先生より、各々に「おかげを頂かれるように」と願いをかけて頂いての御用でありますから、「これで良いだろうか」「まだまだ足らない」と謙虚な気持ちで御用にお使い頂きましょう。

4、特に、御大祭・金光大神大祭・春秋の霊祭においては「祭典は無言の教導である」というみ教えの如く、神様にお仕えする態度、服装、言葉遣い等、全てが他の信者の方々の良い手本となり、その姿を見ただけで心が洗われるように思って頂くことを目標とさせて頂きましょう。

5、時間に遅れず、御用の集合時間の10分前には全員が揃い、心中御祈念をしながら御用にお使い頂きましょう。

6、御用とは、報酬を求めず、心の底から有難く・恐れ多く・勿体なく思い、我が体をお使い頂き、自分の時間をお供えさせて頂くという事です。その結果、和気あいあいと楽しく喜びに満ち満ちて、御用にお使い頂く稽古ができるのです。

7、日参と聴教に励み、月例祭・各会例会・御本部への御礼参拝を欠かすことなく参拝し、み教えの実践に心がけ、各自の家庭生活の上に社会生活の上にめぐりをお取り払い頂き、ご神徳の頂ける真の信心に進ませて頂きましょう。

8、常平生から御無礼、不行き届きのないように、実意丁寧正直を心がけ、温かい心と丁寧な言葉で後輩を導いていく親切を忘れないようにしましょう。

9、奉仕係は「お導き係」とのみ教えを本心に刻み、真心から人の助かりを願い、喜んでお世話のできる人間にならせて頂きましょう。

10、手配りの御用、お掃除の御用を始め、日々の御用に喜んでお使い頂き、率先して良い手本となるお礼の信心をさせて頂きましょう。

★『信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神の心になって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神を使うばかりで、神に使われることを知らない。天地金乃神は人を使いとなさる。神に使われることを楽しみに信心せよ。』
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2017年09月28日

●心にみ教えの肥を

あるご婦人は、阿倍野教会に参拝なされた当時、体のあちこちに病を患い、子宮には大きな筋腫が出来、大変苦しい思いをしておられました。その時には既に離婚なさっていたのでしたが、別れたご主人は、借金をして事業を行い、失敗して借金が増え、また借金をして違う事業を行い、失敗して借金が増える・・・という事を繰り返して行き詰まってしまわれ、そのご婦人も大変な苦労をなさったのでした。当初は、「別れた主人が私を苦労させた。あの人が悪い」と、心が不平不満・憎しみで一杯だったその方が、み教えを頂くうちに、有難い心にならせて頂かれ、「このお道でおかげを頂こう」と覚悟を決められたのでした。それからというもの、日参と聴教に励まれ、お取次ぎを頂き続け、心にみ教えの肥をして頂いて、有り難い心に生まれ変わっていかれますと、病も一つ一つ全快、根切れのおかげを頂いていかれたのでした。

★ある時、その別れたご主人が「お金を貸して欲しい」と来られたのです。ご信者は「かわいそうやなぁ」と思い、生活費を助けてあげられました。すると次は、一緒に住んでいる女性を連れて現れたのでした。ご信者は、「今はこの方が私の代わりに苦労しているのだなぁ。かわいそうになぁ」と思われたそうです。そこまで慈愛に満ちた心に変わられたのでした。晩年には「あの主人がいたからこそお道にお引寄せ頂けた。私にとっては恩人です」と仰るまでに、すっかり心のおかげを頂かれ、90歳を超えるまでご長寿のおかげを頂かれました。

★何事も、心のおかげを頂くことが一番の元になります。日々、み教えを頂いて、心に栄養を頂き、正しい方向に改まらせて頂くことによって、神様の思し召しに沿う有り難い生き方をさせて頂けるようになり、身の上のことも万事万端、有り難いおかげを頂くことが出来るのです。『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しゅうはならぬ。』


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2017年09月27日

●油断なく、心の準備をさせて頂く

先日、大阪市内を走っていた車に、飛行機の部品が落ちてきて直撃したというニュースがありました。車の屋根がへこんでガラスも割れたそうですが、怪我をした方はおられなかったことは幸いでした。しかしどこに居ようが「危険ではない」とは言い切れないものですね。

★油断をしていては何が起こるか分かりません。毎日、薄氷を踏むが如くという思いで日々の生活を営ませて頂かねばなりませんね。それは、傲慢にならないように「これで大丈夫だろうか?」と自問しながら、先々の準備をし、おごりがましい心を取って、謹んで物事を行っていくということです。

心の準備が出来ておりませんと、何か言われても聞く耳を持っておりませんから、他人事のように思ったり、神様からお知らせを頂きましても、頂く器を持っておりませんから、意味が分からなかったり、お知らせであると気付けなかったりします。それぞれに、今何が起こっていて、何に備えていけばよいのかを真剣に考えていかねばなりません。

★11月11日には、阿倍野教会開教95年記念大祭を奉行させて頂きますが、それまでの期間は、次の五ヵ年計画を立てさせて頂く大事な時期でもあります。現在小学校1年生の方でしたら、5年後には小学校6年生になりますし、30歳の方は35歳に、65歳の方でしたら、70歳になられます。あるご信者は「次の5年、70歳に向けて、どうぞ第一線で働かせて頂いて、年齢に関わらず雇って頂けます様に」というお願いを立てておられます。

★次の5年とは年を重ねることになりますが「年がいくばかりで…」ということではなく、1年1年より一層健康で、お役に立たせて頂けますよう、衰えない生き方をさせて頂くことが大切です。そのために衰えないための五ヵ年計画を立てさせて頂くのです。

すなわち、どのようにさせて頂いたら、心身ともに健康で、円満で有難い信心生活をさせて頂けるようになっていくかということを考えさせて頂き、油断なく心の準備をしながら、日々の生活を営ませて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2017年09月26日

●『人生の五計』

 中国宋時代の朱新仲というお方が、人生には五つの計画が大切であると伝えておられます。

1.生計(心身の健康、健やかに生きる道を考える)
信心と勉強と御用に励ませて頂き、健全な精神を基に健康な身体を育ててゆくことです。食生活を見直してゆき、生活習慣を見直してゆきましょう。運動して身体を鍛えさせて頂き 、知識、教養を身に付けて、好き嫌いなく広く学び、脳を活性化することが大切です。

2.身計(自分の身をどのように役立てるか、社会生活を考える)
社会で、どのように役に立つ働きをするのか、資質を生かして技術力・語学力を高め、資格を身に付けて、より一層実力をつけてゆくことです。『50、60花ならつぼみ、70、80は働き盛り』と教えて頂いています。年齢を重ねてこそ、周囲の方々が助かる為のお世話を、先頭に立ってさせて頂くことが出来るようになるのです。

3.家計(家庭をどのように維持していくかを考える)
土地、住宅、円満な家庭を維持管理をしてゆくための徳と力を頂けるよう、将来の準備をさせて頂くことが大切です。

4.老計(衰えないための生き方を考える)
年齢を重ねても衰えない生き方をさせて頂く為には、5年先にはどのようにおかげを頂き、お役に立たせて頂いてゆくかを考えさせて頂きましょう。無理のないように歩いて足腰を鍛え、脳を活性化するように読み書きを稽古し、暗記力を高める努力をすることも大切です。日々良いことを思い、良いことを願い、良いことを口にし、喜ぶ稽古をさせて頂きましょう。喜べることを毎日ノートに書き出してみましょう。

5.死計(どのように死に向かうか、すなわち一日一日を大切にし、どのように生きてゆけばよいのかを考える。人生の大切なことを学ぶこと)
改まりの生活をし、めぐりをお取り払い頂き、お徳を積む生活をさせて頂いて、子孫に徳を残すように、おかげを頂いてゆく方へ心配りをさせて頂くことが大切です。

★『信心すれば、一年一年ありがとうなってくる。年がよるほど位がつく』それぞれの年代や立場によって、願う内容も違ってきます。五ヵ年計画を立て直し、お願いを見直させて頂いて、それぞれに与えて頂く御修行を有難く頂き、元気な心と身体で徳と力を頂く信心を進めさせて頂きましょう。

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2017年09月25日

●人の目をごまかさず、神様を目当てに

9月24日は、あるご信者の御命日でした。このお方は、三代教会長先生の同学年で、吉野通りのお広の頃から両親に連れられて熱心にご信心なさり、三代教会長先生と共に住吉中学へ進まれ、共に軍隊へ行かれた方でした。そのご信者は国税局の監察官をなされ、税務署の署長を歴任されて、後に税理士として開業しお役に立たれたのでした。

★そのご信者は、顧問先に船場のある大きな卸問屋さんを持たれていました。店主がお父さんのご時代は、堅実にお仕事をなされて、お店は実に繁盛していたのですが、お父さんが亡くなられて息子さんに代替わりしますと、息子さんは多額な相続を申告せずに自分のものにしてしまったのです。それが判明した時に、税理士であるご信者はその新しい店主に、「相続税を払わなければいけませんよ。修正申告しましょう。」と忠告なさいましたが、店主は、「あんたは私の敵か!うちの顧問の税理士なら、なんとか税金を払わなくてよいように私の味方をしろ!」と言われ、忠告に従わずにそのお金で土地を買って、大きな屋敷を建てられたのです。すると、何年か後に「丼池の大火」と言われる大火事に遭われ、帳簿も金庫も持ち出せずに店が焼けてしまいました。そして、税金をごまかして手に入れた土地も屋敷も全て売り払わなければならなくなり、後にその家は絶えてしまうことになったのです。

★そのご信者は、[世の人々にご信心が満ち満ちて、天地の道理に基づいた生き方がさせて頂ける方が増えますと有難いですね。そして「たらいの水の信心」が世の中に次々と伝わって、お広前にお引き寄せ頂かれて、おかげを頂く道を教えて頂けることが出来ましたら、有難いですね。また「めぐりのお取払い」ということを皆がしっかりと分からせて頂いたら、どれほど結構な世の中になるでしょうか。]と、生前中しみじみ仰っておられました。

★人の目をごまかして得をしようとしても、後に損をして倒れることになるのです。神様を目当てにご修行し、神様と共にある生活を意識し、神様に正直な生き方を心掛けさせて頂くことが大切です。我が心におられる神様に常に見て頂いていることを意識し、神様の御心に適う生き方に努めさせて頂きましょう。
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2017年09月24日

●お守りを自覚する

昨日は、天候気象の上にも万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、秋季霊祭をお仕え申し上げることが出来、真に有り難いことでございました。霊様方は、どんな時も常に付きに付いて我々をお守り下さり、共に生きて下さっているご存在です。ですから、生きておられた時と同様に、日々霊様方の助かりをお願いさせて頂き、より活き活きとお働き頂けるようなおかげを蒙られますよう、私たちがしっかり信心に励ませて頂きたいと思います。

★平成15年10月18日、初代教会長伊藤徳次先生の甥にあたる、池田司氏の3年祭をお仕えする日の朝、夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿で正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。」その年は、2人のお孫さんが受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、ご命日である23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、21日、初代教会長先生のお父様、池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★私たち一人一人が、日々神様のおかげを頂き、霊様のお守りを頂いての自分である自覚をもって、お礼の心に満ち満ちてご信心をさせて頂きたいと思います。自覚がなければ、いくら有り難いお働きを受けていても、「当たり前」としか感じられなくなり、不足ばかりが多くなってしまうのです。小さなことからでも、喜びを見つけさせて頂くことによって、神様のおかげ、霊様のお守りを感じることが出来るようになり、生活の中に一層、喜びが増え、霊様にも喜んで頂くことが出来るのです。

★『死んで、ものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった、こうもしてあげておけばよかったと、心残り多いことが多かろうが。親孝行は親の達者の間にしておかねばならず、信心は生きておるうちにしておかねば、後の祭りになるぞ。早うて間に合わぬためしはあるまい。親の達者の間の孝行と、生きておるうちの信心とが、家繁盛のもとじゃ。』

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2017年09月23日

●御礼のお掃除

本日は、お昼二時より秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれ、霊様にお礼を申し上げ、またより一層徳高い霊神様となって頂けますよう、御祈念を込めさせて頂きましょう。

★昨日はお広前の大掃除をさせて頂きました。毎日み教えを頂き、心を改め磨かせて頂いて、信心の稽古をさせて頂く神様のお広前であります。基本はお礼のお掃除ですが、御用を通しておかげを頂いていくお掃除、御用を通して自分のめぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂くお掃除の御用です。

★二代金光様は『お供え物でも何でも、自分がするのではない。みな、させていただくのである。させていただくという心には、神さまはつきまとうてくださる。』とみ教え下さっておられますが、心の込め方を教えて下さっているのです。柱を拭くという動作一つでも、自分自身の心を改め磨かせてもらうつもりでさせて頂くのです。ですから、お礼を申しながら磨きをかけるつもりでお掃除をさせて頂くのです。今日まで有難いおかげを蒙らせて頂いてきましたお礼に御用をさせて頂くことを心掛けておりますと、真心が神様に届いていくようになるのです。

★自分の心のどういう部分を取り払って頂けばよろしいのでしょうか。「我良しと思う心」ですね。これをお取り払い頂くということは大変有難いことです。「自分はこれだけ一生懸命しているのに」等と思っておりましたら、有難いものも有難くなくなってしまいます。そして不足ばかり思っておりましたら、段々とまともに仕事も御用も出来なくなってしまいます。「こんなことでは相済まん」と思い、神様からご信用頂けるまで実意丁寧を徹底させて頂くつもりでおかげを頂きましょう。
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2017年09月22日

●勤めるべき役目

昨日は二代教会長伊藤コウ師のお父上の房次郎氏の御命日でした。房次郎氏は胃がんを患われ、明治37年コウ師が9歳の時に55歳でお国替えされました。

★房次郎氏は、信心に大反対で「神様を拝むならわしを拝め!」と言うほどに信心嫌いの方であられました。コウ師のお母上であるハル氏は信心辛抱をされ、勢信心を願われ一心に改まられましたので、後々に家中が勢を揃えて信心させて頂けるようになり、金光教が別派独立なさった年の明治33年には、教徒の列に加えて頂くことが出来ました。

★京都から大阪に移らせて頂いて間もなく房次郎氏が亡くなられたのですが、ハル氏は生活がなかなか成り立たないので「大阪に残ろうか、京都に帰ろうか」と悩んでおられました。そこでお結界で先生にお取次頂きますと「伊藤さん、信心しなさいや。信心しなさいや。しっかり信心しなさいや。」とみ教えを頂かれたのです。み教えを頂いたハル氏は「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。大阪で鳴らん太鼓は京へ持って帰っても鳴らん。破れ太鼓は張り替えねば鳴ることは無い。今必要なことはしっかり信心させて頂いて、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことなのだ。信心でもってやぶれ太鼓の張り直しをさせて頂くのだ。」と悟られたのでした。

★そうして、ハル氏はどんな時でも誰を責めることもなく、誰に依存することもなく、神様に心を向けられ「私一代で伊藤の家のめぐりをお取払い頂けますように」と願われました。そして「自身が至らない。」「これがおかげである。」と改まりの信心をさせて頂かれたことにより、三人の娘さん達の生命にかかわる大病も、その都度助けて頂かれたのでした。

★『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、生まれつきの約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。』

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2017年09月21日

●どこまでも責任を全うさせて頂けるように・・・

『徳のないうちは心配する。神徳をいただけば心配はいらない』

★銘々に与えて頂いた責任を全うさせて頂くことによって、お徳と力を頂くことが出来るのです。親としての責任、子としての責任。夫として、妻として、あるいは、雇い主として、雇われる身として・・・そうした、あらゆる面において与えて頂いている責任の一つ一つをしっかりと自覚させて頂き、謙虚な心で、何事も実意丁寧につとめさせて頂くことによって、信心が向上し、人として成長させて頂くことが出来るのです。

★例えば、親が病気を患われた時には、「私の子としての信心が至らないばかりに、親様にご修行して頂き申し訳ないことでございます」と、神様にお詫び申し上げた上で、病気全快のお願いをさせて頂きますと、行き届いたお願いとならせて頂けるでしょう。

また、子供が体調を崩したり、何か問題を起こした時、親としての責任を全う出来ていない人は、「私たちは一生懸命育ててきたのに、あの子の勝手気ままでこのようなことになりました・・・」というような、気持ちになりかねません。「親としての信心、躾が行き届いていないばかりに、子供にこのようなことが起こり、相済まないことでございます」と、親としての自分の在り方をしっかりと反省し、そこから改まらせて頂けば、親も子もおかげを頂くことが出来るのです。

★一つ一つのことに責任を全うさせて頂くということは、行き届いてご恩返しをさせて頂く、ということでもあります。日々、天地自然の恩恵を受け、人や物、社会のお世話になりながら、何の恩返しも出来ていないというのは、足元に大きな穴があいているようなもので、不安定極まりない状態なのです。気が付いたところから、一つ一つご恩返しの働きを心がけてゆくことが、実意丁寧な生き方となり、人からも神様からもご信用頂ける有り難い生き方とならせて頂けるのです。

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2017年09月20日

●生きるも死ぬるも神様のおかげの中での出来事

荻原須喜師は、なかなか子供が授からなかったので、夫婦揃って金光様のもとへ参詣され、お願いされました。すると金光様は『それは神の方で、はや授けようと思うてござる。今年の九月を楽しんでおるがよい』と仰せになられました。すると、み教え通りその年の九月にかいにんされ、源兵衛という総領息子さんが誕生されました。

★その後に参詣された時、金光様が『丑の年(須喜)、親のもちかえはできぬものじゃからのう。親を大切にしなさいよう。来年の四月二十一日には丑の年(利喜三)が安心のおかげをいただくぞ』と仰せになられました。そこで、「父も来年の四月二十一日までの寿命かな」と家内中その心を忘れず、注意して出来るだけ大切になさっておられました。しかし、その年も過ぎ、正月も二月も三月も過ぎ、四月になり、四月二十一日になっても何の変わった様子もありませんでした。「金光様の仰せに百に一つの間違いもないのだが、このことばかりは違うておった」と、その朝夫婦で話しておられました。利喜三さんは、村内の方と話をしながら、裏の菜園で種を蒔いておられました。蒔き終ったのが午後二時ごろで、その後に利喜三さんは家に入って、「お須、少し気分が悪いから、お茶を一杯持って来てくれ」と言われました。須喜師は、聞くより早くお茶を持って行かれましたが、そのお茶を飲む間もなく、ううんと後ろへそって、そのまま亡くなられたのでした。須喜師は、「神様が人をお造り下さりお引き取りも下さる。あるいはまた病気も差し向け、快癒もさし、神様が自由自在になさる」ということを悟られたのでした。

★神様が命を授けて下さっていることを自覚させて頂きますと、どれ程有難く喜んでお礼を申して生活させて頂かねばならないでしょうか。また、神様がお引取り下さる命であれば、お国替えに際しても一切の不足無しに、心から生涯のお礼を申し、これまでのお礼とお詫びを申し、霊様となられたご安心をお願い、有難い霊神としてお守り頂ける様にしっかりと願わねばなりません。生まれてくるという事も、お国替えになるという事も、そこに不成の心が入らないようにしなければなりません。生きるも死ぬるも神様のおかげの中での出来事という事を自覚させて頂きますと、自ずと出来てきたこと一つ一つにお礼を申し上げ、喜ばせて頂くことが出来ますね。

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2017年09月19日

●神様からの御試験

17日には台風18号が北上している中、御本部御礼参拝をさせて頂くことができました。前日の16日4時ごろに電話があり、JRの山陽本線が17日午後より運休との連絡が入りました。★早速、先生方、参拝会の方々と打ち合わせをさせて頂き、バス会社にバスを2台増発して頂くように段取りをし、先生方が手分けして午後9時半ごろまで列車で参拝される方々に連絡をさせて頂き、座席を用意して頂きました。列車に乗る予定であった方々のうち約120名の方々がバスに移行して、バス8台と新幹線や自動車で各地から参拝なさった方々、計436名の方々が共々に無事参拝させて頂くことができましたことは、真に有難いことです。

★参拝道中は全く雨も降らずに、また御霊地でもほとんど傘をさすことなくおかげを頂いたのです。バスの運転手さんが「今日は渋滞もなくスムーズに運転でき、今日ほど楽な運転はなかった。」と仰るほど、行きも帰りも道路は渋滞することなく、帰りは御霊地を1時に出発させて頂き、二回の休憩を取りながらも教会へ4時半に到着したのです。前日の16日の4時に連絡して頂いたことで方針が決まり、バスの段取りもさせて頂くことができ、何から何までお願い以上のご都合お繰り合わせて頂いたことを有難く感じ、金光様のお取次のお徳、親教会のお取次ぎのお徳によりまして、参拝のおかげを蒙らせて頂いたことであると、心からお礼を申させて頂いております。

★教祖様も神様からご信用を頂くために、様々な「おためしやご修行」等の御試験を受けられました。教祖様はその「おためしやご修行」等の御試験を通して、我を放すご修行をなさって、神様からご信用を受けられたのです。私達も家庭生活、社会生活の上で様々な神様の御試験があります。その御試験を通して、自分自身の信心の程度を思い知らされるのです。常に信心の中身を見直して、我を放し、様々な御試験に合格させて頂ける信心に向上させて頂きましょう。

★『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』
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2017年09月18日

●信心の元入れ

昨日は、台風18号が上陸している中、山陽本線が17日午後3時より運休とのことで連絡が入り、団体列車が運休となりましたので、本来バス6台で参拝させて頂く予定を、急遽2台増発して頂きまして8台が運行され、御本部御礼参拝を共々におかげを蒙らせて頂きましたことは、誠に勿体なく有難いことでした。

★教祖様御在世のご時代に、片岡次郎四郎師は月々14里(約56キロ)の道を歩いて御本部へ参拝なさっておられました。教祖様が御帰幽になられるまでの16年間参拝を欠かさず続けられたのですが、初めの12年間は、家の者が病気になったり、留守宅に問題が起こったり、天気が悪くなったりと、参拝に差し支えるようなことばかり起きてきたそうです。しかし、その中を繰り合わせて参拝させて頂かれますと、教祖様はいつもニコニコと迎えられて、「道が悪くて困ったじゃろう」「えらかったなあ(大変だったなあ)」というような事は一切おっしゃらず、「よう参られた。良い修行であったな。おかげを受けたな。」と仰って、その信心ぶりをお喜びになられたのでした。

★片岡次郎四郎師は勝手参りではなく、教祖様から「来月は〇日に参拝しなさい」と決めて頂かれていたのですが、12年間の神様のお試しの中でも、天候気象の都合や自身や家族の中で色々と問題があられる中、欠かすことなく有難く参拝を続けられたことにより、めぐりを取り払って頂かれ神様からご信用を頂かれまして、それから後は楽々と参拝のおかげを頂かれたのです。

★私達には信心の元入れをさせて頂く必要があり、与えて頂いた不自由を有難いご修行とさせて頂くことで、めぐりをお取り払い頂き、ご神徳を頂いてゆき、子孫の端々まで結構におかげを蒙ってゆくのです。

★『病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。一時に心そろうようになるのも、めいめいの心々でおかげを受けるのである。』


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2017年09月16日

●助けてやろうと願って下さる神様

三代教会長先生は「天地の親神様は全ての生命を授けて下さり、育てて下さる、全ての働きを司っておられる神様でありますが、全能ではあられません。どういうことかと言いますと、『願う氏子におかげを授ける』と仰って下さっていますが、本人がよう願わない氏子には、おかげを授けることが出来ないというお嘆きを持っておられる。神様はおかげを授けてやりたいと思っているのに、本人に受け物がなければ、またその気がなければ、おかげを受け漏らしてしまうのです」とみ教え下さいました。

★神様のお心を分からせて頂くいう事はどれほど大事なことでしょうか。氏子が助かりさえすればそれでよいと仰って下さる神様です。神様が「助けてやろう」、「立ち行かせてやろう」、「おかげを授けてやろう」と願って下さっているところを分からずに、「私は自分の好きなようにします」と言って、助けてやりたくても助けてやれないということが、神様の一番のお嘆きなのです。

★『とかく自分の得手勝手ばかりいうたりしたりするから、辛いのじゃ。ご信心しておるものは、神様のご都合に従いさえすればよいのじゃ。そうすればようなってくる。』とみ教え下さっておられますように、
「神様の仰ることが、すぐに有難く素直に頂ける私にならせて下さい」と願うことが結構になっていく一番の近道なのです。素直に頂けるということは、神様のお心が分かるようになっていくということですね。そうしますと、そのお心になんとか添わせて頂こうとお願いをするようになるのです。そうして、御神徳を頂くことにもつながっていくのです。

★天地の親神様が全てを引き受けて下さって、何もかも良いようにして下さるお道をご信心させて頂いている私達です。おかげを頂いていくには、金光様のお心が、神様のお心が、人の心が、さらには万物の心が分かるような私達にならせて頂きたいですね。

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2017年09月15日

●神様のお心が分かる氏子に…

先日、真栄根会の勉強会で昭和38年5月にお説教をなさった二代教会長伊藤コウ師のみ教えを拝聴させて頂きました。その年は、三代金光様が神上がられまして、御本葬を拝ませて頂く前日のみ教えでした。御本葬を拝ませて頂く心構えとして、コウ師は[「私共も三代金光様の御本葬を全国の信奉者と共に拝ませて頂いて有難かった。」だけでは勿体ないことですよ。三代金光様が14歳から84歳まで70年間に亘って、お取次の御用をなさって下さいましたお心を、わからせて頂くお参りにならなければなりません。金光様が何を願って下さっているのか、どのような信心に進ませて頂かねばならないのか、というところを頂いて帰りましょう。]とみ教え下さっていました。

★神様、金光様のお心が分からせて頂くということがご神徳を頂くという事になります。『神徳を受けよ 人徳を得よ。生きたくば 神徳を積みて 長生きをせよ。』人徳を得るという事も、人から信用して頂き、用いて頂くには、人の心が分からせて頂かねば得ることはできません。家庭の中で、夫が妻の心が分からない、妻が夫の心が分からない。会社でも主が勤め人の心が分からない。勤め人が主の心を分からないということになりますと、毎日相手の不平不足を言い合って、不和になり、結果そこにめぐりを積み重なってゆくのです。神様のお心が分からない、人の心が分からないということが、徳切れの元を作ってゆくのです。

★コウ師は『徳切れが一番恐ろしいことです。徳切れの姿になると、前へ進むことも後ろへ退くことも出来ないような八方塞がりになるのです。』とみ教えを下さいました。日参させて頂き神様のお心が分からせて頂けますように、また毎月の御本部へ御礼参拝させて頂いて、それぞれがどのような信心へ進ませて頂かねばならないのか、神様、金光様のお心が分からせて頂ける参拝にならせて頂けるように稽古させて頂きましょう。

★『ここへ参っても神の言うとおりにする者は少ない。みな帰ってから自分の良いようにするので、おかげがない。神の言うことは、道に落としてしまい、自分勝手にして神を恨むものもある。神の一言は、千両の金にもかえられない。有難く受けて帰れば、舟にも車にも積めぬほどの神徳が頂ける。心のうちを改めることが第一である。』
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2017年09月14日

●おかげを受けたことを忘れない

荻原須喜師は、2年間血の道にて、病床に呻吟していました。この時、同じ郡内の方からお導き頂かれ、ご主人の豊松さんが参詣されますと、金光様が「巳の年(豊松)、昔から神信心しておかげを受けるのには、一心ということを言おうがな。一心に信心すりゃ、おかげが受けられるのじゃ。(中略)たとえて言えば、女でも、いよいよ一心を打ちこむ男は一人しかない。この男こそと思うたら、心の底から一心を出して、身も心も打ちこんでしまうのでなけりゃ、まことの恋ではない。(中略)神信心もこの一心というものを出すと、すぐおかげをいただける。(中略)どこでもよいから一心に信心せよと言うのであるぞ」と仰せられました。続けて「丑の年(荻原須喜)はまことに執念な者で、常に不足ばかり並べておるが、不足にはおかげはない。(中略)それじゃから、病気もしておるのじゃ。ようもならぬのじゃ。(中略)なるほど私は悪かったということが腹の底から得心がいったら、家内中相談のうえで好きな所へ信心せよ。きっとおかげが受けられるからのう。もし丑の年にその得心がいって、相談のうえで、ここでおかげを受けるということなら、もう一ぺん参りなさい」と仰せになられました。

★早速、豊松さんは帰ってから須喜師の枕元で一部始終を話されました。すると、須喜師は「わたしはわがままで不平不足より他にありませんでした。改心せんでどうしましょうか…」と改まりが決意できられ、金光様の元でおかげを頂くことを決心されました。再び豊松さんが参詣されますと、金光様より三週間を楽しみにおかげを頂くようみ教え頂かれました。そこで、日夜ご信心を進められますと、16日目に初めて頭が上がり、21日目には2年前と変わらない壮健な身体に変わられたのでした。そして「今まで長う痛うてつらかったことと、今おかげを受けてありがたいことと、その二つを忘れなよう。その二つを忘れさえせにゃ、その方の病気は二度と起こらぬぞよう。ここからのう、人が痛いと言うて来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたい時のことを思い出して、神に頼んでやれ。われはもう治ったから人のことは知らんというような心を出すと、またこの病気が起こるぞ。今の心でのう、おかげを受けていけば、病気が起こらぬばかりじゃない。子孫の末までおかげを受けられるぞ」とみ教えを頂かれたのでした。

★私達は日々み教えを頂いて改まり、おかげを頂きましたら、その有難いことを忘れないで、次々と人が助かっていくように親切丁寧に真のご信心に進まれます様お導きさせて頂く事が、神様への一番の御礼に繋がるのですね。

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2017年09月13日

●おかげを頂き続けている毎日

あるご信者は8年前の9月12日に、お仕事で高いところの在庫を調べるために、フォークリフトのつめの部分に上がって、在庫を確認して降りようとした時に、左足が操作レバーに当たってしまい、フォークリフトのつめが上がって挟まってしまい、その瞬間に失神したのです。

病院に運ばれますと、肋骨が折れて肺に刺さって、右の肺がしぼんでいるとのことでした。このままでは心臓を圧迫してしまうため、右胸に穴を開けてバルーンを入れて肺を膨らませるという手術をして頂かれました。右の肋骨4本・左の肋骨5本骨折、肺気胸、肺挫傷と診断され、入院なさいました。

★酸素吸入をして頂き、起き上がれない食事もできないという状態であられましたが、13日には呼吸が安定してきたので、酸素吸入を取って頂き、鼻から酸素を吸入する形に変わり、14日には事故後初めての食事を頂け、15日には点滴を外して頂き、17日には肺の空気を取り入れてる装置を外して頂き、ベッドの上に座れるまでになり、18日にはベッドから下りて2,3歩歩けて、

19日には車いすでトイレに行けるようになり、、、と段々回復のおかげを頂かれ、肋骨がくっつくまでの間、物にぶつからないように気を付けなさいとの注意を頂いて、30日に退院のおかげを蒙られ、教会にお礼参りを出来られたのでした。その後10月28日の初代教会長先生の御祭典には御用奉仕をなされ、11月11日の御大祭にも御用奉仕が出来られまして、11月24日には職場に復帰することが出来られたのでした。

★9月の12日はそのご信者の命を助けて頂いたおかげ日として毎年お礼のお届けをなさって、心を新たに信心生活に励んでおられることは有難いことです。しかし考えてみますと、私達は毎日毎日が、おかげの連続です。

体が動かせて、食事が頂けて、通常の生活がさせて頂けることが、どれほど有難いことか、ということに気が付かせて頂かねばなりませんね。そのことに日々お礼ばかり申せる生き方にならせて頂けましたら、結構ですね。

★『だれでも、不幸災難に遭うて困りきっておる時に助けてもろうたのは、このご恩、このおかげを一生忘れられるものかと言うが、日に日に授かっておるおかげは、案外みんな知らずにおる。神様のおかげは、生きておるから死んだからじゃないぞ。いつも受け通しぞ。』

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2017年09月12日

●よいお手本となる信心

 9月10日は上田喜久子氏のご命日で、ご家族親族集まられて有り難いお宅祭が仕えられました。★喜久子氏は20才の時にお母様からお導き頂かれて、二代教会長・伊藤コウ師のお取次、み教えを頂くようになられました。そして、掃除、洗濯、炊事、買い物、勉強・・・何もかもことごとく神様にお願いしながらさせて頂く、ということを教えて頂かれ、入信前までは、何でも「自分でする」と思いながら生活をしていたところを、素直に改まっていかれ、病気全快、根切れのおかげを頂かれました。

★また、み教えを頂くずつに、神様へお礼の申し様も分からせて頂けるようになり、お礼の働きをさせて頂きたい、という願いをいつも持つようになられました。ある時、伊藤コウ師より、「お導きは自分でするものではなく、神様にさせて頂くのですよ。まずは、人に親切にさせて頂くことですよ」と、み教え頂かれました。それからは、道を歩く時にも、電車に乗るときにでも、「お導きのご用にお使い頂けます様に」とお願いなさっておられますと、み教え頂いてから2日ほど経ったある日、近所のご婦人に、「あなたはいつも朝からどこに行っているのですか」と、尋ねられました。「毎朝お教会へ参拝して有難いお話を聞かせて頂いています。」と答えますと、「私も連れて参って下さい」と仰いました。そうして、そのご婦人とご婦人の二人のお子さんをお導きするこが出来られたのです。それからも、次々と有り難いお導きをさせて頂かれたのでした。

★お国替えから21年経つ今日でも、ご命日には、お話を親切にして頂かれた方々やお導き頂かれた方々が、お礼のお届けをなさいます。周囲の人々の良いお手本となる信心をさせて頂き、人が助かってゆくお導きのご用にお使い頂くことを、神様は大変お喜びくださるのです。

★『みんなが習う読み書きも、お手本と先生が一番大事じゃ。お手本がようなければならぬ。ご信心して、みんなのよいお手本になるおかげを受けてみよ。みんながそれに見習うてくる。一人おかげをもろうたのがもとになって、何人おかげをもらうようになるかも知れぬ。それこそ一粒万倍じゃ。よいお手本になる信心をせねばならぬ。』

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2017年09月11日

●家族中、勢をそろえた信心

先日、あるご信者のお宅祭にてお母様の霊様の25年祭を仕えさせて頂きました。お国替えになられる3年前に脳梗塞と心筋梗塞を併発なされ、医師から「2・3時間の命でしょう」と宣告を受けられたことがありました。

御家族は病院から電話でお届けをなさったのですが、その時に「2・3時間の命とお医者から言われましても、それが2・3日になり、2・3カ月になり・・・とおかげを頂けるように、お願いをしていきましょう。」とお話しさせて頂き共にご祈念をさせて頂いたことでした。有難いことに、家内中が勢信心であられますから、心を合わせて神様におすがりなされ、翌日も命を延ばして頂き、2・3日になり、段々と回復なされ、お話も出来られ体が自由に動かせるおかげを蒙られまして、3年間もお命を延ばして頂かれたのでした。

★ずっとご信心をなさってこられたお徳の積み重ねによっておかげを蒙られたのですね。そのお母様のご主人が戦後に入信なさったのですが、入信から13年後にご主人がお国替えなされたのでした。その13年の間に御家族をお導きなさっておられましたので、お母様がご信心を受け継いで2代目のご信心をなされたのでした。そのお母様のご信心がなければ、子供さんへの信心相続は出来てゆかなかったでしょう。

当時、末の子供さんは8歳であられましたが、それが59年前の話であられます。お宅祭ではその方が「振り返りましたら、8歳の時に父親を亡くしましたが、淋しい・辛いと思ったことはありませんでした。それを感じさせないほどに、家族が一生懸命に愛情で包んでくれて、育てて下さったので、本当に有難いことでした。」と仰っておられたのが印象的でした。

★『世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ。』とみ教えを頂いておりますが、お話を聞かせて頂いて「家族が勢信心でおかげを頂いていくということほど、結構なことはないなあ」と思わせて頂きました。

★生きている者だけが力を合わせたのではないのですね。亡くなられたご主人や、お祀りさせて頂いている御先祖の霊様方も力を合わせて下さったのです。生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様の御神徳を蒙らせて頂いて霊の神にならせて頂くということは、本当に有難いことですね。
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2017年09月10日

●迷いや不安をお預けさせて頂く

初代教会長・伊藤徳次師は、23歳で二代教会長先生・伊藤コウ師とご結婚されました。徳次師は、24歳の時に悪性のインフルエンザ(スペイン風邪)に罹られました。5週間の意識不明の重体になられ、医師は「これはもう駄目です。」と治療もしてくれず、手を放されたのでした。コウ師は学校へ勤めておられましたが、インフルエンザが蔓延していたので、4週間休校になりました。そのあと1週間学級閉鎖になり、有難い事に5週間、徳次師のお世話が出来られたのでした。そこで神様に一心におすがりなされて看病に尽力され、一命を取り留める事が出来られたのです。

★徳次師が32歳でお国替えなさった時、「主人は24才でスペイン風邪にかかり命の無いところを助けて頂き、8年間寿命を伸ばして頂きました。そのことを神様にお礼申し上げます。どうあっても初代教会長先生のご遺志を継がせて頂けます様に。」と徳次師の御心を無にしないように、すべてが神様の思し召しとして受け切ってゆき、おかげにしてゆく信心を表して下さったのでした。

★徳次師が亡くなられた十日祭の当日の11月6日、旧広前のご建築の為の建築委員が、総辞職の連判状を持ってこられました。コウ師は、[なんと御慈愛の深い神様だなぁ。もし役員・建築委員の方々が「後の事は私達が皆引き受けて何もかもさせて頂きますから御安心ください。」と言うて下さったとしたら、ついその御厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様に頼んで建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。]と願われ、連判状を御神殿にお供えされました。そして「これほどまでに神様は私を可愛がって下さいますか。有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。どうぞ建築を成就させて頂けますように。」とお礼を申し上げられて、借金なし、分担金なしでご建築の大みかげを頂かれたのでした。

★日々み教えを頂き、神様の思召しが分からせて頂きましたら、出来てくる事に対して迷いや不安などは神様にお預けさせて頂き、一心におすがりすることが出来るのです。


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2017年09月09日

●祈りに導かれて

昨日は、みかげ会例会にて染井氏のおかげ話を聴かせて頂きました。ご信心のある奥様との結婚を機に入信なさり、奥様、お義母様の熱心なご信心によって、教会に足が向くよう、一歩一歩お導き頂かれたそうです。
★中学・高校からアマチュア無線がお好きで、大学では電子物性工学科でマイクロ波の研究室で勉強なさり、大手メーカーに就職、電子回路設計部に配属されました。入社四年目の昭和48年、オイルショックの狂乱物価の影響で、電線に使用する銅が二倍三倍の価格となったことをきっかけに、「省配線システム」の実現に向けて研究を進められたそうです。

しかし、通信速度を保ちつつ省配線を実現することは大変難しく、会社からは開発中止を通達を受けられたのでしたが、染井氏は諦めず勉強を続けられ、17年後、転職した先の会社で「省配線システム」開発成功のおかげを頂かれたのでした。

★その後も、それまでの経験や勉強してこられたことを、最大限に生かしてお役に立たせて頂けるように、お取次を頂きつつ転職のおかげを頂かれ、行く先々で大変喜ばれる結果を残してこられました。そうしたおかげを頂かれるたびに、お取次ぎのお徳、奥様、お義母様のお祈りを次第に感じていかれ、平成19年に定年を迎えて、東京から大阪勤務になられてからは、出勤前に朝参りをなさり、会社の帰りにお礼参りをさせて頂いておられます。平成22年3月に嘱託契約が切れる時にも、お取次を頂いて再就職に向けて奮起なさり、新しい会社と顧問契約をさせて頂かれました。

★奉仕係の御命を頂かれ、信心の親様でもあられるお義母様の霊様への親孝行になることを喜びとなさって、ご用に励んでおられますことは、真に有り難いことでございます。

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2017年09月08日

●不自由の中でも幸せを見つける

中山亀太郎先生は、5才の時に貨車にひかれて両腕片足を失われました。その時、お父様は既に亡くなっておられ、お母さまは鉱山で男性同様の、もしくはそれ以上の働きをしながら、女手一つで、娘さんと体の不自由な息子さんを育てられました。小学校では石を投げられたり、突き飛ばされて転ばされたりと、いじめに遭うこともあられたそうですが、お母様は「悔しかったら、神様におすがりさせて頂いて、しっかり勉強しなさい。」と、常々話して聞かせられ、優しく励まして下さったそうです。

★お母様は熱心にご信心をなさり、温かくも厳しく教育なさったのでした。そして、神様にご祈念させて頂きながら自分で何でも出来るように一つ一つ稽古をさせられたのでした。足の指にエンピツを挟んで字も書かれ、大学では授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほどきれいに書いておられたそうです。肩の下に少し残った腕で脇にお箸を挟んで食事も頂かれ、自転車にも乗られました。また、義足をはめての歩行はご不便もあったことと思われますが、「電車の中では、席に座れない時には義足をはずしてその上に座るとなかなか便利です。」と喜んでおられたそうです。そして、満99才を越えてご長寿のおかげを頂かれたのでした。

★先生は、「信心させて頂いての三つの幸せ」として1)「より健康にならせて頂いたこと」2)「不自由の少ないこと」3)「明朗になったこと」とおっしゃったのでした。

★不自由の中に幸せを見つけ、今ある境遇を最大限に喜んで生活させて頂いておりますと、同じ境遇の中にあっても以前より生き生きと輝いた人生を送らせて頂くことが出来るのですね。

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2017年09月07日

●心のおかげを頂く

昨日は、真栄根会例会にて、高松氏の大変有難いおかげ話を聞かせて頂きました。高松家の信心の初代であるお祖母様は、高松氏が幼い頃から子供会に連れてお参りなさり、信心の基礎を築かれました。またお母様も熱心なご信者で、3人の子供たちの立ち行きを願って、「千日参り」のご修行をなさったのでした。

★高松氏は昭和51年に26歳でご縁を頂かれ、一男一女の子宝を授かり、勢信心のおかげを頂いておられます。高松氏の奥様は平成17年より、高松氏は平成22年より朝参りをさせて頂くようになられ、今日まで続けておられるおかげで、何かある度に夫婦の心が揃い、神様におすがりさせて頂いておかげを頂いておられるのです。二人の子供さんは、良縁のおかげを頂かれ、それぞれ住宅購入のおかげを頂いておられますことは、真に有難いことです。

★高松氏は数か月前、大腸のポリープを切除手術の際に、腸に傷がつき炎症反応の数値が高く、高熱が出て10日間点滴を打ち続けることとなられたのでした。そんな時に、奥様はもちろん兄弟夫婦、子供達夫婦、姪夫婦がお見舞いに来てくれ、回復を祈って下さり、サポートして下さいました。高松氏は、今まで親戚付き合いもあまりせず、自分さえよければそれで良い、という小さな信心であったことに気付かれたのです。お母様が生前中「兄弟が仲良くしてね」と口癖のように言っておられたことを思い出し、今日まで奥様、兄弟夫婦が自分のことを辛抱して下さり、願い続けてきて下さったことに気付かれ、この入院を通してこれからの信心の見直しをする機会を与えて下さったのだと改まられたのです。

★病気が治ったことがおかげであることはもちろんのことですが、「私の信心は行き届いてできていないのに、おかげだけは頂いている。周囲の方に辛抱して下さり、願い続けてきて下さったのだ。」と分からせて頂いたことこそが、おかげであると思わせて頂きます。信心ができているからおかげを頂いているのではありません。天地の親神様のご慈愛により、また生神金光大神様のお取次ぎのよって、至らないながらもお守りを頂き、おかげを頂き続けていることを自覚させて頂くことが大切です。

★『何でも信心して二つのおかげを受けたら楽じゃ。一つは身に受けるおかげじゃ。今ひとつは我が心に受けるおかげじゃ。心のおかげが大事じゃぞ。心のおかげを先に受けたら身のおかげは自然に受けられるのじゃ。』
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2017年09月06日

●我流を戒め、我情我欲をお取払い頂く

私達信者は日々み教えを頂き、生神金光大神様のご信心に神習わせて頂いて、有難いおかげを蒙らせて頂きたいと願っております。おかげを頂く方へ舵取りをさせて頂くには、自律自戒が出来、み教えに基づいた生活にならせて頂くことが肝要です。しかし、勝手気ままが出てきたり、正当化する心が出てしまいますから、なかなかみ教えを守ることが難しいのです。

★では、どのようにして戒め、改めていくのでしょうか。それは自分の我情我欲に打ち克っていく、ということに他なりません。日々の生活の中でふと気付かせて頂いたところに、すぐ素直に「有難うございます。させて頂きます。」という心にならせてもらうことが大切です。

★あるご信者が夫婦でお商売をなさっているのですが、ご主人が「今のうちにこれをしておいてちょうだい」と仰ったので、ご信者が「今、私忙しいから、また後でします。」と言いますと、「今してくれと言うてるんや!」とご主人が仰るそうです。ご信者は「私が綿になって『はい、すぐします』とさせて頂いておりましたら、ご主人も機嫌良く仕事をしてくれて、能率も上がり、二度手間もなくおかげを頂く方へいけますのに、なかなか綿になれず石になってしまいます。」と仰っておられました。自分が石になってしまうと「また、おかげを受け損ねた」ということが起こってくるのです。腹を立てながら仕事をしておられたら数を間違え、やり直しをしなければいけなくなったということです。

★ご主人が言っているのだと思えば、意地を張りたくなり、我が出てしまい、間違ったことでも押し通してしまうのです。しかし、神様がご主人の口を通して仰って下さっているのだと思えば、素直に聞き入れることが出来ます。いかに神様に心が向くかということですね。「明き・清き・直き」心を育てさせて頂く事が大切です。

○明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに願い、思い分けの出来る賢さを持つ。
○清き…生涯かけてみ教えを頂き続けて、自分の心を改め磨き純粋な清い心を保つ。
○直き…心を空にして、み教えを心から有難く頂き、素直に実行させて頂く。

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2017年09月05日

●根気強く取り組む

ヨーロッパ大陸の西の果て、アイルランド南西部の荒れる大西洋にぽつんとあるアラン島という島は、氷河時代から続く南西の風と荒波により大地が削られているため、土がなく全島が石灰質の岩に覆われています。島の人々は農業と漁業で生計を立てていますが、土のないこの島での農作業はまず土を作ることから始まります。岩盤をハンマーで砕き、堆肥として海岸から海藻を運び、砕いた石と海藻を混ぜて敷き、またその上に別の場所から運んできた粘土を少しづつ敷き詰めていきます。この気の遠くなるような作業を毎日繰り返すことで、やっと土が出来上がるのです。そうして、そこへ種を植え、作物が生育し収穫できてゆくのです。これを、根気強く50年、100年と代々続けてこられた結果、作物が収穫できるようになっているのです。

★ 『田畑でも、一様のものばかりではない。上中下がある。何ほど悪い田畑でも、その田畑へたびたび行きて、肥やしをたくさん入れるように心がけておれば、一年増しに田畑もよろしくなります。信心もこれと同じこと。家業、仕事をし、信心を怠らぬようにするがよい。』

★荒れ放題で痩せた土地でも、根気強く諦めずに耕して肥料をやれば、肥えた土地に変わり、立派な物が収穫出来ます。田畑に肥やしを入れ、耕すという事を、信心に置き換えますと、日参と聴教に励みみ教えを土台にして常に改まりに力を入れてゆくということです。それぞれの家に与えて頂いている課題があります。その課題を理解し、信心を基にして身に徳を頂いてゆくことに根気強く取り組ませて頂くことが、代々積み重ねてきためぐりをお取り払い頂き、有難い繁盛を遂げてゆく家庭に変わってゆくことになるのです。
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2017年09月04日

●商業繁栄十訓

1)信用第一・・・手堅い商売をさせて頂く。商売が傾くような悪い縁につながらないよう、正しい判断が出来、全てにおいて良い縁を頂けるだけの、徳と力を頂く。

2)いつも自信を持ってにこやかに・・・信念をもってさせて頂く。神様にお願いさせて頂けば、必ず一番良いようにさせて頂ける、ということを信じて疑わない。和らぎ喜ぶ心で。

3)商品は金銭同様、丁寧に扱う・・・これ以上ない有難いものを扱わせて頂いていると思って、お店を拝み、商品を拝み、お得意先を拝み、全てに御祈念を込めて大切にさせて頂く。 

4)今日の仕事は今日中にする・・・朝一番から、何事もご祈念しながらさせて頂く。無理無駄ムラのないように、二度手間、三度手間のないように。無理と思わず、「これだけのことをさせて下さい」と神様にお願いしてさせて頂いていると、人の力の及ばないところは神様がさせて下さる。

5)急がず怠らず一歩一歩前進する。 

6)常に創業時代の心持ちを忘れないように・・・常に初心に戻り、創業時代の厳しいご苦労を忘れないようにすることによって、今日のお礼がしっかり申せるようになる。 

7)石にかじり付いてでも努力する・・・三代教会長先生は「岩をしぼって水を出す」という覚悟をもって物事に当たることをみ教え下さいました。 

8)省みて天地に恥じない商売をする・・・常に神様がご覧になっておられることを自覚して、実意丁寧、健全な商売をさせて頂く。 

9)人より恨みをかう因を作らない・・・人を目当てにせず、神様を目当てに、自分自身の神心に正直に、是々非々の判断をする。

10)困難は神が示す試練である・・・どんな困難もおかげにさせて頂ける強い心(神心)を、神様から頂いていることを疑わず、神様におすがりして乗り越えさせて頂く。

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2017年09月03日

●双方立ち行くおかげを

ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。親戚も「あの酒呑みは焼き直さなければ治らない」というほどでした。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさり「お父さんが飲酒をやめますように」とお届けなさいました。しかし、なかなかお父さんの酒乱は治らず、お届けされました。

★するとお結界で、[神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それでは神様のお心には適いません。心で殺していることになるからです。神様のお心に適う願いとなるには、「どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように」とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。]とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、有難いことにお父さんは自らお酒を止めてくれるようになられたのです。そして、お父さんが熱心に信心をして下さるようになり、家庭が円満で健康な姿になってゆかれたのでした。

★親は親としての道を誤らずに進ませて頂く事を願い、子供は子供としての立場をわきまえて、どこまでも御恩を知って御恩に報いていく行き方を進めさせて頂きたいものです。そして、片方が行き届かねば、もう片方が代わりにお詫びをして、助かりをお願いしてゆくことが大事です。親は親の立場で子供のことを願い、子供は子供の立場で親に孝養を尽し、共に願い合いをさせて頂き、双方立ち行くおかげを頂きましょう。
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2017年09月02日

●早め早めの準備

夏の終わりになるとツヅレサセコオロギが鳴き出します。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、「このこおろぎは『綴れさせ、寒越させ。』つづくりをしなさい、寒い冬がきますから今のうちに準備しなさいと鳴いているのですよ。」と教えて下さいました。

★9月23日には有難いことに、秋季霊祭を仕えさせて頂きますが、9月27日には、奉仕係の全体会合を開かせて頂きます。その時には、10月の御本部の御大祭参拝についてと、11月の阿倍野教会の生神金光大神様の大祭に併せて開教95年記念大祭の奉行の打ち合わせをさせて頂きます。何事も準備が大切であり、準備を行き届いてさせて頂いておりましたら、先々のことを心配することなく、結構におかげを頂く事が出来ます。また、強く確かな願いを持ち、願いに向かって自分はどのようにならせて頂くべきか、ということをいつも意識させて頂くことが大切です。

★二代教会長先生は「早くから計画を立てて、準備を細部にわたってしっかりさせて頂いて、心中御祈念しながらじっこうさせて頂きましょう。そして無事成功させて頂きましたら、後始末をするんですよ。その後始末が大事です。後始末がお礼の信心です。そうしたらまた、次から次へと成功のおかげを連続して頂くことが出来ます。そのようなおかげを頂いていくことが、油断なく信心を進めさせて頂いている姿ですよ。」とみ教え下さいました。お礼のご信心をしっかりさせて頂くということは次のおかげを頂く基になるのです。

★私達は毎日生かして頂いている生活の中で、信心をしっかり進めさせて頂いて、本心の玉を磨かせて頂くのです。そして神様から頂いているご分霊をしっかりとお徳を頂いて有難いものにさせて頂けるように、信心の稽古に励ませて頂くのです。そうしましたら、「先の世までも持って行かれ子孫までも残る神徳」となり、有難いことに身について離れないものになるのです。

★『死んで、ものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった、こうもしてあげておけばよかったと、残り多いことが多かろうが。親孝行は親の達者の間にしておかねばならず、信心は生きておるうちにしておかねば、後の祭りになるぞ。早うて間に合わぬためしはあるまい。親の達者の間の孝行と、生きておるうちの信心とが、家繁盛のもとじゃ。』


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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2017年09月01日

●周囲のお世話になって…

入信間もない頃、あるご婦人のご信者の家庭では、ご主人が信心に反対しておられました。ある日、ご主人より「どうしても信心したいなら離縁じゃ。お社を背負って出て行け。このまま私と暮らしたいならお社を捨ててしまえ。神様を取るか私を取るか考えておけ。今晩仕事から帰ったら返事を聞くからな」と言われたのでした。

そこでご婦人はお届けに来られ、「どうか神様のご神徳によりまして、主人とも別れず信心も放さずに、双方立ち行くおかげを頂かせて下さい。」とお願いなさいました。そうして、ご婦人は徹底して神様におすがりなさったのです。

★すると、ご主人は仕事から帰ってくるなり2人の子供を膝に乗せて「ええ子や、ええ子や。」と機嫌よく抱きかかえているのです。そして、それ以降信心に対して何もおっしゃることはなかったのです。

後になって事情が分かられたのですが、その日ご主人は、会社の同僚に「手相をみる方がいるからみてもらいなさい」と言われたそうです。そして、みてもらいますと、「あなたは寿命が短い。信心をすればその寿命も延びますよ」と言われたそうです。

ご主人は「家内が金光教を信心しているが…」と言いますと、「金光教は良い宗教ですよ。天地の道理を説く宗教ですから良いですよ。そんな信心をなさるご家内は家の宝物ですよ。大事にしなさい。」と言われたのでした。

ご主人が「信心すれば私の寿命は延びるんですか。家内が信心するのでも構いませんか?」と尋ねたところ、「それでもいいですよ」といって頂かれ、奥様の信心に反対するのをやめられたということでした。

★信心させて頂いているということは、家族の理解があってさせて頂くことができるのです。参拝も留守中家を守って下さる方があってこそ、家族の理解、お世話になってこそさせて頂けるのです。

家族のことを私が願ってやっているのだという考えでは、有難いものは生まれません。仕事でも同じことです。周囲のお世話になって仕事がさせて頂けているのです。何事もお世話になり合って立ち行くおかげを頂いていることを、御礼を申す稽古をさせて頂きたいものです。
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