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2017年07月31日

●願いがあるところに成就がある

5月15日から阿倍野教会の修行生二名が金光教学院に於いて御本部の修行生としてご修行させて頂いております。阿倍野教会の修行生は、御本部でご修行させて頂くにあたり、二代教会長先生のご時代から、「学院の規則をしっかりと守らせて頂くように、自分勝手なことをせぬように。」と、み教えを頂いて参りました。

日々決められた起床時間に起き、間飲間食をせず御本部のお下がりである三食の食事だけを有難く頂く生活をさせて頂いておりますと、体調がだんだん整ってまいります。

★私の場合もそうでしたが、毎日三食きちんと食事を頂いておりましても、学院寮には冷房・暖房がなく、また一日に4回ほど御霊地に歩いて参拝させて頂き、或いは作業させて頂いたり、洒掃をさせて頂いておりますと、盛夏の気温の高い時期に向かって健康的にごく自然に体重が減少してゆきます。反対に冬に向かいますと、体は自然に寒さに備えるように脂肪を蓄えてゆくのです。自然の変化に従って体調を整えて頂けるのだということがよく分からせて頂きました。

★学院の規則を守らせて頂いてご修行させて頂けますようにお願いさせて頂き、一日も欠参・欠席のないように、心身共に健康でおかげを頂くようお願いさせて頂くことを教えて頂きました。高熱を出したり寝込むことがあっては成就できません。自分自身が我を張って出来ることでもなく、無理やり出来ることでもないのです。それはおかげを頂かねば出来ないことです。

願いがあるところに成就があるのですから、本当におかげを頂こうと思えば、一日一日油断なく真剣にお願いし続けておりますと、神様がさせて下さいますので有難いことです。

★本日は開教95年記念の年の、夏の信行期間の最終日を無事に迎えさせて頂き、真に有り難いことでございます。それぞれに願いをお立てになって信行に励ませて頂かれ、普段よりも一段と進んだ信心生活を送らせて頂かれたことと思います。信行期間中に取り組ませて頂いたご修行が、8月もしっかりと続かせて頂けるよう、より一層ご信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2017年07月30日

●ご信心して徳を頂いて、繁盛のおかげを頂く

あるご信者がお結界に「納品した取引先の資金繰りが悪化していると情報が入りました。売掛金の回収が出来るか心配です。そうなれば仕事がうまくいきません。」とお届けにこられました。すると二代教会長伊藤コウ師は「世の中に良い会社はたくさんあります。仕事もたくさんあります。ただ、あなたに徳がないから、取引先が良い会社ばかりになっていないのです。」とみ教え下されたのです。み教えを頂くまでは「自分は一生懸命努力している」と思っておられたご信者も、「これは容易ならんことだ、自分自身が改まってお徳を頂いていかなければ…」と思い直され、朝に晩に参拝されお届けをなさって、何事もお願いして改まってご信心をさせて頂かれましたら、次々と良い取引先を与えて頂けるようになられたのです。

★そのご信者は神様から与えて頂いた仕事の不足を言わず「ありがとうございます。させて頂きます。」と、厳しい難しい仕事もなさって行かれました。そして材料を拝み、機械を拝み、工場を拝み、従業員の方々や取引先を拝み、一生懸命御祈念してお仕事をさせて頂かれたのです。御礼やお詫びを行き届いて申し上げ、改まりがさせて頂けるようにお願いをなさることが、今日まで続いておられることは真に有難いことです。

★『草木でも節から芽が出て、枝葉を茂らせているであろう。しかし、節は固くて折れやすい。人間も同じこと。信心辛抱していけば、節年を境に年まさり代まさりの繁盛のおかげを受けることができる』繁盛させて頂く為には健康でおかげを頂いていかねばなりません。また何事も皆と円満に協力して乗り越えさせて頂かねばなりません。そして日々のご信心を見直すことを、心掛けて、より油断のないご信心を進めさせて頂いていきましたら、有難いおかげを頂けるのです。

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2017年07月29日

●ご先祖のご修行のお徳

阿倍野教会の初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。息子・庄五郎氏(徳次師の兄)が泌尿器の病気の時には、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ病気平癒のため歩いて参拝され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏は、金光四神様の10年祭の時に、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁つとに入れて下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。

★太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から30センチほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られたのです。甘木教会の先生がことのほか喜んで下さり「あなたが真心からお供えをと願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心を神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後、鯉をほどかれますとまだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されました。それが、なんと10年後の金光四神様の20年祭の時には、三尺(90センチ)に育っていたのでした。

★太市氏の熱心なご信心と、初代教会長先生の御修行して下さったお徳により、今日子孫の端々や縁につながる多くの親族が信心を続けさせて頂き、有難いおかげを頂いております。そのことを自覚し、昼夜を別たず生き生きとお働き下さいますことに御礼を申し上げ、日々信心を進めさせて頂きたいと願っております。
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2017年07月28日

●すぐ素直に有難うございますと頂ける人間に

『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

★三代教会長先生は、『本当の「素直」という姿には、賢くなければなれないものだ』とみ教え下さっています。操り人形のように言われたままにさせられるのではなく、本当に心底納得して自ら進んで行えるように、理解力と思い分けの出来る賢さを身に付けさせて頂かねばなりません。

★先日から「御神前でご祈念して頂けますうに」と通知表を持ってお願いに来られる小・中・高生の方がたくさんあられます。その時に「この夏休み中に日課表と計画表を作らせて頂いて、それらに基づいて充実した一か月になりますようにお願いさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いております。また、目標を聞かせて頂きましたら、「お盆までに宿題を済ませて、2学期の予習をします」と答えられる方もいました。予習をしましたら、学校で習わせて頂く時にも、スッと理解させて頂けますから、自ら進んでさせて頂く有難さがありますね。

★私達の日々のご信心も同じです。より一段高いところを自ら進んで、求めてさせて頂いておりますと、一段一段向上させて頂けるのです。素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて頂くにはどうすればいいのでしょうか。それは受け物をしっかり作らせて頂くしかないのです。ことが起こってきた時にどのようにさせて頂いたら、ご信心に適うのか、神様のお心に適うのか。全てをおかげにさせて頂くにはどうさせて頂けばよいのか。他の誰かがしてくれることではありません。自分自身が練りだしていくのです。ご信心においての勉強とは、実地の学問です。そのように勉強させて頂いておりますと、現在の自分を客観的に見て知ると言う事ができるのです。そこに有難いものがあるのですね。

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2017年07月27日

●願いを持つことの大切さ


 先日、青年会学生会例会で、森田氏のおかげ話を聴かせて頂きました。ピザ職人になることを決意されてから、イタリア語を一から勉強され、イタリアのピザ専門店に修行に入られました。食べることと住む場所は、店のオーナーが世話をして下さったそうですが、最初の二年間は勉強の期間ということで、給料なしで働かれたということです。

メモは全てイタリア語でとり、気になることは、納得できるまでとことん先輩に質問なさったそうです。そうした努力が身を結び、イタリアで開催されたピザ作りの大会に出場することを進められ、日本人初の総合一位を獲得されました。それでも、決して慢心されることなく修行に励まれ、更に翌年には、ピザのデコレーションの部門で優勝されたそうです。

★三年半のイタリアでの修行から帰国後、ご信心のある奥様とご縁を頂かれました。初めは、福島区にお店を構えられたのでしたが、「住宅と店舗が一つになったお店を構えたい」との、ご夫婦の希望があり、何度もお取次を頂かれて、谷町6丁目に願い通りの店舗付き住宅を頂くおかげを頂かれました。

森田氏は、毎日のご祈念の仕方についてお取次を頂かれ、
一、神様・霊様・家族のおかげで家業に精進させて頂けます。有難うございます
一、今日までお命を頂きお育て頂いたお礼の働きが出来ますように
一、天地のお恵みであります水や火や電気を使わせて頂きます。無理・無駄・ムラ等ご無礼不行き届きのありませんように
一、食材を無駄にしませんように
一、時間を大切にし、集中して出来ますように
一、思い違い、考え違いのありませんように
一、神様より与えて頂いている能力を十二分に発揮できますように
一、親孝行ご恩返しが出来ますように
一、お客様に喜んで頂け、幸せになって頂ける店作りが日々新たに出来ますように
一、地域のた店舗や同業者が共に繁盛しますように
一、地域社会の発展に貢献でき、お役に立つ店舗にならせて頂けます様に
という、内容のご祈念を欠かさず、ご家族で心を一つに、ご信心を元にして、お商売に励んでおられ、結構に繁盛のおかげを頂いておられますことは真に有り難いことでございます。

★『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ。』

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2017年07月26日

●おかげを受けもらさないように

あるご信者が私のところに来られて「三代教会長先生にお届けさせて頂きましたら、『このようにしなさい』と私の思っていることとは反対のことを仰られたのです。だから、私と同じ意見を言って下さる先生の御結界を探して、私と同じ意見を言って下さったら『私の意見を通してもよいのだ』と考え、自分の思うようにさせて頂こうと思います。先生、どうですか?」と仰ったのです。そこで「私はあなたに『あなたの思うようにしなさい』とは言いませんよ。三代教会長先生がおっしゃった事を、どこまでも守ることです。三代教会長先生のみ教えが分からなければ、もう一度三代教会長先生のところに行ってお伺いなさったらいかがですか?他の先生のところへ行っても駄目ですよ。事情が分っておられませんから。神様が三代教会長先生のお口を通してあなたに仰って下さったみ教えですから、それを有難く守らせて頂いたらよろしいのです。」とお話しさせて頂いたことでした。

★信心が抜けてきますと、自分の物差しだけで測ってしまいますから「どうしてこんなことを言われなければいけないのだ!」「なんでこんなことが起こってくるのだ!」と思ってしまうのです。神様の「さらに力をつけてやろう」「さらに大きな徳を積ませてやろう」という思し召しが分からなくなってしまうのです。神様を目当てにせず、人ばかりを目当てにしておりますと、考えが狭く小さくなってしまいます。神様におすがりしてさせて頂いておりましたら、人から言って頂けることも有難く受け切らせて頂けるようになってくるのですね。

★『自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』とみ教え頂いておりますように、小さいことから大きいことまで日々お願いしてさせて頂くことを心掛けていきましたら、足らない所を足して頂いて、おかげを頂いていくことが出来るのです。それが真に有難いのです。

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2017年07月25日

●一年一年有り難くなる

先日、多くの方々の御用奉仕を頂きまして、教会内外の大掃除をさせて頂き、お広前の畳も全て天日干しをさせて頂きました。現在のお広前が出来た時からの畳ですから、もう60年を超えますが、丁寧に手入れをしながら使わせて頂いておりますので、あと50年は使えるでしょうと、畳屋さんから言って頂いたことでした。

★以前、二代教会長先生、三代教会長先生のご時代にお供えになった下駄が6足、箱に入って当時のままの状態で保管されているのが見つかりました。どれも使用していないものでしたが、年数が経ったせいで、台も鼻緒もくすみやシミが目立っていたので、下駄屋さんに修理をお願いしました。

下駄屋のご主人は、「これは昔の品ばかりですね。シミ等は出てきていますが、台でも良い木を使ってありますよ。鼻緒も新しいものに付け替えて、台は砥粉で磨けばきれいになりますよ。しかし、修理代は高くつきますよ・・・」と、おっしゃいました。そこで、「はい、それは承知しておりますが、大切な品ですので、是非生かして使わせて頂きたいのです。」と、お伝えすると、快く請け負って下さいました。出来上がってきたものは、新品と見違えるほど綺麗に仕上げて下さっており、有り難いことと、お礼申させて頂いたことでした。

★常に、心と体の掃除をするつもりで、使わせて頂いている家の掃除、整理整頓を心掛け、古いものでも、鉛筆の一本、紙の一枚でも大切に使わせて頂くよう心掛けさせて頂きたいと思います。そのようにして、神様のお恵みを有り難く頂く信心生活を送らせて頂いておりますと、段々と身にお徳を頂くことが出来、日勝り年勝りに結構にならせて頂けるのです。『信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ。信心をすれば一年一年ありがとうなってくる。』

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2017年07月24日

●心と身体の掃除をさせて頂く

昨日は、天候・気象を初めとして全てに於いて万事万端ご都合お繰り合わせ頂きまして、教会内外の夏の大掃除をさせて頂きました。大勢の御用奉仕を頂きまして、お広前や掛け出しの畳も全て天日干しをさせて頂く事が出来、怪我過ちなく行き届いて、お礼のお掃除をさせて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。皆様の御用奉仕のおかげと心から厚くお礼申し上げます。

★『お広前は氏子の願い礼場所、信心の稽古場所である』とみ教え頂いております通り、真心をつくらせて頂き、おかげの受け物を大きくさせて頂く場所です。日々、神様のお許しを頂き、お広前会堂、記念館、真栄根館、真清会館等の建物、そして全ての境内地を使わせて頂き、信心の稽古に励ませて頂いております。それら全ては、神様がお建て下さったもので、阿倍野教会信奉者一同の深い祈りのこもったお広前です。信奉者一同が、このお広前でご信心を進めさせて頂き、日々お育て頂いておりますことは、真に有難く嬉しいことであります

★ 『磨きても なお磨きても 磨きても 錆びて果てなき わが心かな』(安武松太郎師) 日々心行(心を磨くこと)の稽古をさせて頂いていても足らないところや思い違いは次々と起こってきて、磨いてもまた錆びてくるのです。「もうこれで完成されている」ということは無いのですね。それほど私達の心には、様々にはびこっているものがあるのです。ですから日々み教えを頂いて、我情我欲や悪癖・悪習慣など身に付いたものをお取り払い頂き、自分自身の心を改め磨き、心と身体の掃除をさせて頂くつもりで信心を進めさせて頂きましょう。

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2017年07月23日

●人が助かる声掛けを

『愚痴とは、愚かなと書いてあります。言うても役に立たん事は言わん事です。同じ事を言うなら我が心の力になり、人にも喜ばれ有難くなる事を言わせて頂く事に勤めましょう』(金光キクヨ姫様のみ教え)

★お父さんと息子さんの意見が正反対で、互いに対立している場合があるとします。お父さんがお母さんに愚痴を言い、また息子さんがお母さんに愚痴を言うとします。その間に入ったお母さんは、どういう心掛けをすれば良いでしょうか。

★「こんな悪いことを言っていましたよ」と両方に伝えますとどうなるでしょうか。愚痴不足を言うことはおかげを落とす方へばかり自分を導き、周囲を導くことになるのです。本当に心の底から「どうあってもおかげを頂きたい」と願うならば、おかげを頂きたい方へ導かせて頂く役目をすることが大切です。ですから、間に入ったお母さんは、「お父さんは、こういう風にあなたのことを認めておられて、こんなところがいい所だなあと仰っておられますよ」と息子さんに伝え、お父さんには「息子は、お父さんはいつも一生懸命働いてくれて有難いと感じていますよ。普段はなかなかお礼を言うことは出来ないけれども、心の中ではお礼を申さないといけないと思っていると言っていましたよ」と、互いに相手の良いところを伝えさせて頂く事が大事です。心の中に頂いている有難いものを引き出させて頂く役目をさせて頂く事を、互いに心掛けて努めておりますと、お父さんの心も変わり、息子さんの心も変わり、良い方向へ導かせて頂くようにおかげを頂いていくことが出来るのです。

★『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しくはならぬ』

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2017年07月22日

●修行に応じて頂くお徳

あるご信者は入信当初、ちょうど戦後で世の中が混乱した時代ということもあり、教会へ参拝された際に下駄が盗まれるということが7回も起こったそうです。それも、新しい下駄、立派な下駄を下ろした時に決まって盗まれたのです。初めは、「神様に参ってなぜ下駄が盗まれるのだろう」と不足に思っておられたようです。しかし、日々み教えを頂いてゆかれるうちに、お広前で「自分には新しい下駄をはく資格がない。分不相応なのだ」と神様から心に思わせて頂かれたのです。

★そして、「神様からお許しがあるまでは新しい下駄をはかない」とご修行を決め、何と自分で下駄を作って参拝されるようになられました。更に、禁酒、禁煙、遊びも一切やめるようにご修行を決められ、分相応の生活に改まってゆかれると、次第に家庭は円満に、商売も繁盛させて頂くおかげを頂かれたのです。

★辛抱が足りない、苦労が足りないということでは、物事に耐え得るだけの力、つまり、生きる力が付いていきません。どんな問題に直面しても、乗り越えらるだけの徳と力を頂くためには、ご修行をさせて頂かなくてはなりません。心行を心がけながら、家業に精励させて頂くことが、このお道で教えて頂く有り難いご修行なのです。

★人間の心の成長を妨げる9つの弊害
1)人に勝つことを好む。
2)過ちを聞くことを嫌がる。
3)口で言い負かしたくなる。
4)賢ぶる。
5)威張りたがる。
6)無理を通したがる。
7)媚びへつらう。
8)物を欲しがる。(必要以上に物やお金を欲しがる)
9)いざと言ったら意気地がない。

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2017年07月21日

●霊様のお働きによって…

私の家内の実家は仏教でご先祖を祀っておられますが、結婚させて頂く際に、結婚後は金光教の教師になるために、家内一人が金光教の教徒にならせて頂くことのお許しを頂きました。そして、今日まで私共が家内の実家のご先祖の霊様を仕えさせて頂く際には、家内の親族も山陰や関東、遠方各地から参列して下さっています。

★先年のこと、「私は無神論者だ」と仰っておられた家内の叔父(父親の弟さん)の家が信心をさせて頂くようになられたのでした。そのきっかけとなりましたのは、ある悩みを抱えておられる時に、亡くなられたお母様(家内の祖母)が夢に出てこられたということです。そして「やよひ(家内)に相談すれば良いではないか」と仰られたそうです。叔父は早速、家内に電話をかけて来られ、信心をさせて頂かれるようになられたのです。そして教徒にならせて頂き、ご先祖を金光教式でお祀りさせて頂くことになられたのでした。

★ご先祖が、子孫を導いて下さっていることがよくわかりますね。ご先祖の霊様方は子孫が助かり、幸せになることを願って下さっています。そうして、私達が霊様のお祭りを仕えさせて頂くことにより、天地の大親神様の御神徳の中で霊様が助かってゆかれ、さらに霊徳高くなられ生き生きとお働き下さって、後々の子孫のことや縁につながる方々に至るまでつきについて守って下さるのです。霊様方にご安心頂けるように、ご先祖をお祀りし、お宅祭を仕えさせて頂くことが大切です。またすべてに天地の大親神様に取り次いで下さるのが生神金光大神様です。私達の力だけでは出来ないことも、生神金光大神様のお取次を頂きますと、力を足して下さって成就させて頂ける事は有難いことです。

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2017年07月20日

●今がおかげを頂く時です

あるご信者の息子さんが、突然「もう仕事に行きたくない」と言い出し、慌てて、二代教会長・伊藤コウ師にお届けなさったのでした。「これはおかげですよ!これを機会に、息子さんもご信心させて頂けるようになるよう、お願いさせて頂きましょう」と、み教え頂かれたのでしたが、ご信者は、「先生、うちの息子は神様を信じようともしません。とても、教会に参るとは思えません・・・」と、息子さんのお導きを半ば諦めておられたのです。

★コウ師は、「いや、そう頭から決めてかかってはいけませんよ。あなたがお参りするようになられて、ご主人も参るようにならせて頂いたのでしょう。今度は息子さんがおかげを頂く時です。私は、あなたの家のお宅祭に行かせて頂くたびに、このお家の皆さんがご信心させて頂かれますようにと、お願いさせて頂いております。これまでは、息子さん自身に、『自分が働いて家族を養っている』というような、驕りがあったようですが、しばらくフラフラと遊んでみたら、いずれ仕事をさせて頂ける有り難さを神様が気づかせて下さいます。そのうちに、一緒にお参り出来る日が来ますよ。あなた方親も、そのように一生懸命お願いさせて頂きましょう。」と、み教え頂かれたのでした。

★ご両親ともに、そのように一生懸命、日々祈っておられますと、ある晩、「あなたに素直になってもらいたい。教会にお参りしてほしい」という、母親の言葉が息子さんの心に届き、翌朝一緒に朝参りが出来られ、み教えを聴かせて頂くことが出来たのです。息子さんは、「有り難いお話しだった。」といって、朝参りが続かれ、仕事にも行くようになられ、勢信心のおかげを頂かれたのでした。

★子供の問題を通して親である自分が改まる、あるいは、部下の不手際を通して上司である自分が改まる、というように、起きてくる問題を有り難いご修行と頂いて、自分の信心を見直し、改まりの機会とさせて頂いておりますと、必ずおかげにさせて頂くことができるのです。『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう。』

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2017年07月19日

●自分自身に頂いている力を見出す

『此方のふじょうは、不浄にあらず、成らずと書くのぞ』不成心とは、「もうこれはダメだ!無理だ!出来ない・・・」等と、思ってはいけないということをみ教え下さったのです。さらに、『うろたえ信心をせぬがよろしい。また、早くおかげを受けたいと思うてうろたえるのは、近道をしようと思うて知らぬ道をうろたえるのと同じことである。此方には大道を行けというようなものである。一心になりて信心しなさい。』とも教えて下さり、焦ったり、投げ出したり、諦めてはいけないとみ教え下さっているのです。

★現在93才になられる女性のご信者がご健在です。このお方はアレルギー体質で金属アレルギー等、歯医者さんの治療に使われる接着剤や他の材料にも、アレルギー反応が起きてしまうので、歯医者さんも工夫をして治療して下さっておられたのです。ご信者が75才になられる以前のことです。入れ歯を何度作って頂いても、アレルギー反応が出てしまうということで大変困ってしまわれたのでした。

ご信者は決心なされ、歯医者さんに指導して頂いて、自分の身体にアレルギー反応の出ない材料を根気強く試しながら集めて、自分で入れ歯を作られたのでした。入れ歯が完成してからは「どうぞこの入れ歯が壊れませんように、失くしませんように。壊れても失くしても誰にも作って頂けませんので」と常にお結界でお願いしておられました。その入れ歯を現在も使っておられるのです。大変有難いことですね。

出来ないと思わず75才で知識も技術もないところから、一から学んで作られたのですから、今日までおかげを頂かれたこのご信者のお姿を拝ませて頂きますと、何事においても「出来ない」とは言えないなと痛感させて頂けるのです。

★私達が、全てのことにおいて取り組ませて頂く為の姿勢として、不成心を取り払って頂くということを心がけるのが信心なのです。自分の中には、苦難を跳ね飛ばして生き抜いていく強い力があるということを、様々な出来事を通して神様は教えて下さっているのです。そのことを自覚させて頂いて、み教えを頂いて自分自身に頂いている力を見出していくということが有難いことですね。

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2017年07月18日

●おかげの元

 終戦直後の混乱の時代、御本部御礼参拝が、二代教会長先生・三代教会長先生・ご信者1名の計3人だったことがありました。二代教会長・伊藤コウ師は、「今は3人のお参りでございますが、どうぞ月々は小さいながらも団体でお礼参拝がさせて頂けますように。そして春秋の御大祭には、阿倍野教会だけで一列車を仕立てた阿倍野号でお礼参りがさせて頂けますよう、どうぞしっかり神様の御恩が分かる教会にならせて下さい。」とお願いしておられました。

★昭和28年1月15日の、御本部年賀参拝の翌日のお説教で、次のようなお話をなさっています。乗り合わせた汽車の機関車と馬車の荷車とが衝突し、帰りが23時位になる程の遅れが出てしまいました。伊藤コウ師は、時間が遅れただけで、人も馬も怪我をすることなく、無事帰宅のおかげを蒙らせて頂いたことをお礼申しておられましたが、振り返ってみられたら毎月毎月おかげを頂きお参りを続けさせて頂けるのは、ご隠居様(伊藤ハル刀自)が苦しい中を一生懸命ご修行して下さった結果、有り難いことに後の者が楽々とお参りがさせて頂けるようになっておるのだ、と気付かれたということです。

★今日私たちが、お道のご信心を頂いておかげを蒙らせて頂けますのは、教組様がお道をお開き下さり、歴代の金光様がお後を受け継いで御取次下さいましたおかげです。その御恩をどこまでも忘れず、お礼のご信心の大切さを教え伝えて下さったのが、ご隠居様であり、歴代の教会長先生方です。いくらお礼を申しても足りない程に恵まれた環境の中で、日々ご信心を進めさせて頂けることにしっかりお礼を申し、おかげの元を分からせて頂けるご信心を、しっかりと進めさせて頂きたいと思います。

★『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。お願い一ぺんにお礼十ぺんというように、お礼を言う心が篤いほどご信心が篤い。ご信心が篤いほどおかげが篤い。』

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2017年07月17日

●徳切れにならぬよう、御恩に報いる生活

先日、あるご家庭のお宅祭の御用にお使い頂きました。そのご家庭は、ご夫婦とも92歳で、大変お元気に現在もご信心を進めておられます。

★ご主人は以前、膵臓癌の手術と大腸癌の手術を受けられて、共に無事に成功のおかげを頂かれました。奥さんにも大きな腫瘍があったのですが、神経や血管やリンパ節など様々なものがたくさん通っている所に腫瘍が大きく広がっているので、全てを綺麗に切り離すことは難しいため、医師から「少し様子をみましょう」と告げられました。ですので、手術が出来ずに延びてしまい、腫瘍が大きく広がっていたのです。定期的に細胞検査を受けておられましたら、良性の腫瘍と告げられていましたが、後に一部悪性の腫瘍が見つかり、抗がん剤治療を受けられました。するとなんと、テニスボールぐらいの大きさの腫瘍が、全て綺麗に消えてしまったのです。医師も周囲の方も「よくこんなに綺麗になくなりましたね」と大変驚かれたのでした。

★これまでそのご夫婦は家族の先頭に立って、一生懸命に日参なさって信心を進めてこられました。昨日も「我が家の病気災難の根を切って頂けますように。めぐりのお取り払いを頂けますように。少しでもお徳の貯蓄がさせて頂ける生活に改まらせて頂けますように」とお願いなさって、今からの信心の向上を誓っておられます。どんな時にも弱音を吐かれることなく、常に先を楽しみにおすがりなさり、お礼のご信心を中心にして人の助かりを願い、ご恩返しに一生懸命努めておられるのです。それが、子供さん達、またお孫さんに伝わり、そのご信心を受け継がれて家中が揃って勢信心のおかげを頂いておられることは大変有難いことだと思わせて頂きます。

★二代教会長伊藤コウ師は、「世界一の幸せ者になりたいと思うなら、御恩の分かる人間になりなさい。神様の御恩を知らない、親の恩、お世話になった恩がわからないという恩知らずが恐ろしい事になり、おかげを落とす元になっていくのです。恩知らずは恩詰まりになり、恩詰まりは徳切れになる」とみ教え下さいました。徳切れにならぬように、御恩を知りお礼の心に満ち満ちて、御恩に報いる生活を進めさせて頂きましょう。
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2017年07月15日

●礎とならせて頂く覚悟

先日の二代教会長先生三十五年祭の偲草として頂きました昭和36年当時のみ教えを拝聴させて頂きました。その中に「私の母(ハル刀自)が『どうぞ、どんなめぐりのお取り払いの為に、苦しい事に遭わせて頂きましょうとも厭いません。私の代で、私自身にめぐりのお取り払いを頂いて、そうして子供や孫が後々ご信心をしっかりさせて頂いて、結構になるおかげを頂きとうございます』とお願いして下さっておりました。

それが今の阿倍野教会になっているのです」というご内容がありました。「自分がちょっとでも楽になりますように」「自分が結構な暮らしにならせて頂いて、往生をさせて頂いたらそれで結構でございます」というような小さなご信心ではあられなかったということです。

★私は、以前からこのご内容を何度も聴かせて頂いておりましたし、御隠居様が「私一代で伊藤の家のめぐりがお取り払い頂けますように」というお願いをなさっておられたということを、知ってはおりましたが、皮相な頂き方であったなあと反省いたしております。この一部分だけでも新しく目が覚めたように思わせて頂きました。

★私一代でということの意味について「自分自身の体のことも、生活のことも厭いません。私が礎となりますから、私の身の上にどのようなめぐりのお取り払いを頂いても、決して不足に思いませんので、どうぞよろしくお願いいたします」ということですね。

自分の命に懸けてでも、という思いで願って下さっておられたということが分からせて頂きました。御隠居様がこのように願って下さいましたから、初代教会長先生も二代教会長先生も同じように願って下さったのです。御隠居様の有難いご信心のお姿を習わせて頂き、代々このように願わせて頂いて、油断のないご信心をさせて頂きたいと思います。

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2017年07月14日

●先の繁盛は今日の改まりから

★三代教会長先生のご実家のお父様は、酒類も煙草もたしなむ方でしたが、三代教会長先生は、伊藤コウ師から、「酒を飲んではいけない。」「煙草を吸ってはいけない。」「賭け事をしてはいけない。」等々、生活全般にわたって色々とみ教えを頂いておられ、全て「はい」と素直に守り通されました。外地に出征された時も、皆心身ともに極限の状態ですから、お酒を大量に飲む空気が満ちていたそうですが、三代教会長先生は、一切飲まれなかったのです。また、外地で頂くお給料の使い方についても、「あなたは御本部に御礼参拝させて頂きたくても出来ないから、私が代わりにお参りさせて頂きます。頂いたお給料の中から、お供えとして送らせて頂きなさい。」と、厳しくみ教え頂かれたのでした。三代教会長先生は、外地でもみ教えを守られ、周囲の方々が車を使うときでも、手元に残ったお給料では無理だったので、ご自分だけ走って移動なさることもあられたそうです。そのようにみ教えを守り通された結果、身体をこわすことなく危ない所も神様霊様助けて頂かれて、無事に戦地から帰還することが出来られたのでした。

★また、脳梗塞や、クモ膜下出血等を患われた時にも、アルコールやニコチンの汚染を全く受けておられなかったので、最小限の症状で、回復のおかげを頂かれました。

★み教えを守らせて頂くことによって、神様、霊様のお守りを十分に受けさせて頂くことができ、代々のめぐり(悪癖・悪習慣)も、お取り払い頂くことが出来るのです。生涯が、その為のご修行の時と心得て、一つ一つ改まりを積み重ねさせて頂きましょう。

★『長患いの人または代々難儀の続く人が神様のおかげを受けることをたとえて言えば、井戸水が濁った時に井戸がえをするのに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病苦災難の根は切れぬ。井戸水は清水になるまで、病苦災難は悪根の切れるまでと、一心に天地金乃神様へ願い、まめで繁盛するように元気な心で信心しなさい。』

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2017年07月13日

●自分の働きはいかなるものか?

二代教会長伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた時、同期の男性の先生だけが昇給されました。コウ師は、自分が評価されていないと不足に思っていたところ、友人から、別の学校で良いお給料で働くお誘いを受けられたのです。そしてお母様(伊藤ハル氏)にご相談されました。ハル氏は、穴のあくほどコウ師のお顔を見られ「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。今の学校で役に立たん人間が他の学校へ行っても役に立たん。」と仰せになられたのでした。コウ師は、そこでご神前で神様にお詫び申されますと、ふと心に神様から気付かせて頂かれたのでした。「働きが足らないものは、どこへ行っても働きが足らないのだ。働きも足らないのに、給料をあげて欲しいと思う考え自体間違っている。それは月給泥棒と同じことだ。クラスが、学年で一番成績が悪いのを、子どもの責任にしておるのではないか?自分が本当にまともな働きが出来ているのか、良く考えなければならない。」と神様から教えて頂かれたのでした。そこでコウ師は、「これからしっかり改まって、お役に立つ働きが出来ますように努力させて頂きますので、どうぞご無礼不行き届きをお許し下さい。」と、一生懸命にお詫び申されたのです。

★それからは、一番早く学校へ行って掃除をしてから授業の準備をされ、そして子供たちを放課後に残して分からない所を教え、今までよりも輪をかけて丁寧に教えていかれたのでした。すると、学年で一番成績が悪かったクラスが、一年も経たない内に学年で一番の成績のクラスになったのです。そしてなんと次の年に、二年分の昇給を与えて頂くことが出来られたのでした。

★『これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。』 とみ教え頂いております。信心の上でも自分自身を見直してゆくことが肝要です。同じ働くならば、給料の高い所に雇ってもらいたい、より認めて下さる所に行きたいと考えがちです。しかし、自分が頂いている給料に見合った働きがさせて頂けているのか?昇給をして頂けるだけの働きがさせて頂けるのか?と自分自身の働きがどれ程のものなのかを見直すことが大切です。自分の出来ていない所を棚に上げて、愚痴不足ばかりを言っているのでは、お役に立つ働きにはなり得ません。自分の間違っている所を改まらせて頂き、倦まず弛まず努力させて頂きますと、神様が必ず結構なおかげを頂く道を付けて下さり、道が開けてゆくのです。
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2017年07月12日

●御恩の分かる人間に

ある日、伊藤コウ師はお姉さんであるスエ氏に、「お姉さんは私のために何もかも尽くして下さって大変有難く感じています。教会のためを思って神様にお供えして下さったり、自分というものを抜きにして修行生にも尽くして下さいます。誠に有り難いことでございますが、誰にでもその通りになさるのですか?」と、お尋ねになりました。スエ氏は、「コウさん。私だってあほと違うよ。恩の分からんような人間には世話はしません。」と、ニコニコ笑ってお答えになったのでした。

★神様は天地の大親神でありますから、どのような氏子に対しても「助かりさえすれば、それでよい」との思召しで助けて下さるのでありますが、御恩の分かり、御恩に報いることのできる、助けがいのある氏子には、より一層に「あれもしてやろう。これもしてやろう。」と考えて下さいます。コウ師は、「『世界中で一番幸せです。』と、言えるようにならせて頂く条件は、御恩を知って御恩に報いていく生き方をさせて頂くことです。」と、み教え下さっています。「知恩・感恩・報恩」、このような生き方が幸せの元なのです。

★私達は、一切人にお世話にならずに生きていくことは出来得ません。知らず知らずのうちにお世話になっていることが、日々どれほどたくさんあることでしょうか。神様、霊様、産みの親、育ての親、あるいは地域や社会、お世話になった人に対して、御礼の働きをしっかりとさせて頂きましょう。

★ご信心をさせて頂いている私達は、めぐりを取って頂いて、不徳なことを積み重ねないようにして、間違った生き方を改めさせて頂いて、正しい生き方に変えて頂けるのです。み教えを頂けば、自分自身に振り返らせて頂いて、気付かせて頂き、そこにまたお詫びとお願いをさせて頂けるようになるのです。不足を言うてはめぐりを積むのですが、様々なことに愚痴不足ばかり申している生活では、神様から遠ざかる生活になり、結構になるはずがありません。ですから、信行期間を通して、見直しをさせて頂くのです。

★『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』人を目当てにせず、神様を第一に、神様に喜んで頂けるような自分にならせて頂きたいですね。

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2017年07月11日

●信念を貫く

                                       
阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長先生と二代教会長先生がお留守で、お広前には二代教会長のご母堂・ハル氏が座っておられました。初めて参拝した方が話し始めますに、「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」とのことです。

★ハル氏はじっと御祈念されて、お取次ぎ下さいました。[この金光様のご信心は、そのようなお願いは致しません。お断り致します。「どうぞ、生かして下さい」というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。しかし、死なせて下さいというお願いはしない神様です。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。虫一匹、草木一本にしてもみな生きたいと思っている。それは、頂いた命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。「どうあっても生かしてやりたい」と思って下さる神様に対して、「死なせて下さい」というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ません。]

★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、[私は考え間違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。「どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように」というお願いでしたら聞いて頂けますか?]とお尋ねされました。

★ハル氏は「喜んでさせて頂きましょう。3日間、日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★7月10日は伊藤ハル刀自の御命日です。ご信心に基づいたハル刀自の信念を学ばせて頂き、少しでも近づかせて頂けますように、しっかりと後々のものが習わせて頂きましょう。
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2017年07月10日

●日々み教えを心に頂いて

 昨日は、天候の上にも万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、二代教会長・伊藤コウ姫の35年祭並びに伊藤ハル刀自の85年祭をお仕え申し上げることが出来まして、真に有り難いことでございました。改めて、今日までどれ程のお礼が申せているのか、どれ程のお詫びが申せているのか、ご安心頂ける信心がさせて頂けているのかと、見つめ直させて頂きますと、結構におかげばかりを頂きながら、ご信心の至らないことをお詫び申させて頂いたことでした。

★伊藤コウ師はご生前中、三代教会長先生の奥様に、「毎日朝から晩まで、ああしなさい、こうしなさいと口うるさく言っていますが、あなたが私の年になったら必ず結構になりますよ。私が請け負います。私はいつまでも生きてはいられないけれど、私の心は皆あなたに移っているのですから、あなたが御用させて頂く時には私も一緒に御用させて頂いているのですよ。あなたの心に私が生きているのですから、きっと結構になります。今の辛抱が先の幸せにつながるのですよ。」と、おっしゃったのでした。三代教会長先生の奥様は、毎日一心にみ教えを守り通され、伊藤コウ師、三代教会長先生のお傍で御用なさいました。今日では、孫11人、曾孫17人を頂かれ、お産以外で病院に入院するということもあられず、お元気でおかげを頂いておられます。

★私たちは日々昼も夜も付きについて守って頂いております。その有難さを心底分からせて頂きまして、銘々が頂いてきたみ教えを守らせて頂くことによって、初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生のお守りを、より一層受けさせて頂くことが出来るのです。

★今日ここからのご信心が大切です。神様、霊様にご安心頂けるご信心に進ませて頂けるよう、お礼の心に満ち満ちて家業をつとめさせて頂き、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2017年07月09日

●親のありがたいことを先に知れよ

本日午後2時より、二代教会長・伊藤コウ師の三十五年祭並びに伊藤ハル刀自霊神の八十五年祭をお仕え申し上げます。ご家族親族揃って御礼の参拝が出来られますようお祈り申し上げます。

★昨日はみかげ会例会が開催され、石黒氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。石黒氏のご信心は、お母様がご近所の方にお導き頂かれたところから始まりました。お母様は親先生の『思うようにことが運ばない時、行き詰った時は、日頃、目の行き届かなかったところを、改まって掃除や整理整頓させて頂くことで、良い方向に向かわせて頂ける』というみ教えを守られ、体調のすぐれない時などは、お詫びをして家の掃除や整理に励まれて、神様にしっかりお縋りをして御神米や御神酒でおかげを蒙ってこられました。

★また、み教えを頂いているからにはいい加減なことをしていてはいけないと、常に改まりの気持ちを忘れず、何事も神様を目当てに生活をなさっておられたそうです。特にお礼届けに一刻も早く行かせて頂くということを心掛けておられ、お届けを書かせて頂く時には、墨を新たに磨ることから始められ、真剣なお姿で「奉」と「氏名」を書かれておられたそうです。

★お母様が実に謙虚に丁寧にご信心をなさっておられたことが分かります。「自分にはまだまだ行き届かないところがある。至らないところがある。足らず足らずと思い暮らして死するまで」という心持ちでご信心をさせて頂くことが大切です。「もう私はこれだけ知っております。こんな風にしてきましたから」という気持ちが少しでもあれば、それが段々と驕りになり、「驕りは諸悪の根源」になってしまいます。そうなれば、真の信心には到底近づくことが出来ません。

石黒氏の御兄弟はお母様のお姿を拝まれておられましたから、いつも謙虚で実意丁寧なご信心を心掛けておられるのです。親の姿勢とはどれほど大事なことかなと改めて思わせて頂きました。『神のことが知りたければ、親のありがたいことから先に知ったら、神のありがたいことも知ることができる。飛び越して、知れるようなことはない。』

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2017年07月08日

●難は実地の学問

★『神は、一つひとつに実地の学問さすのだから、その日その日は手習いである。』と、み教え頂いております。断食をしたり、水を被ったりすることをご修行とするのではなく、身の上に起きてくる問題を、神様が与えて下さったご修行として、喜んで受けさせて頂くことが、このお道のご修行です。

★以前、ご信者の地鎮祭の御用を終えて教会へ戻らせて頂きますと、お広前に泥酔された方が上半身裸で座っておられました。その方は初め声を荒げるような事もなさいましたが、色々とお話しを聞かせて頂きますと、その方のお母様が熱心なご信者であられ、その方が生後間もない頃に金光様に命を助けて頂いたということでした。

そしてその方は私に「お前は修行生か?修行生と言っても修行らしい修行もせず何をしておる。それなのに偉そうに修行生などと言うな。だいたい信心の心構えとはどういうものをいうのか知っているのか?」等々…あれやこれや一時間ほど話しかけてこられたのでした。段々とその方は酔いが醒めてきて正気に戻られますと、服を着て御祈念をしたいと言われました。そして一緒に御祈念させて頂きますと、丁寧に御祈念されて機嫌よく帰っていかれました。その後もお酒を飲んで酔うと教会へ来られる方でしたが、いつも帰られる時には機嫌よく帰っていかれたのです。

★私は、神様がその方を私に差し向けて下さり、私自身の至らないところを、この方の口を通して私に教えて頂いたのだと思わせて頂きました。そして神様にお詫びを申し上げ、その方の助かりをお願いさせて頂いたことでした。

★神様から私達に、日々の生活の上でいつどのようにみ教え下さるか分かりません。「あの人がこんなこと言った。こんなことを言われた…。」と人を見るのではなく、神様を目当てにして、どんな時でも有難く頂いて、ご信心でもって受け切っていくことが大切です。自分自身が全てを有難くご修行として頂いておりますと、有難い体験を神様がさせて下さり、そこに有難い道が開けるのです。

★『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』

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2017年07月07日

●教えを頂いて、惑わない心を

先日、朝からお腹を下して、一日半ほどお食事を頂けない日がありました。水分もまともに摂取出来ない中で御洗米だけが喉を通り、有難いことにずっと体内の悪毒病毒は下にお取払いを頂きまして、体中がすっきりしました。

常の蓄えが体の中にありますから、それを消費して、通常通り御用にお使い頂け、翌日のお昼ご飯からお粥と梅干が頂けるようになりました。常にお食事を頂いて栄養を頂いておりますから、一日中お腹を下していましても、御用にお使い頂け有難いことでした。改めて、日々何かしら少しずつでも食事が頂け、身に付かせて頂けるということは、真に有難いことだなあと思わせて頂きました。

★今回のことも神様がさせて下さったのです。少々食べられないような日があったとしましても、体の中の悪毒病毒のお取り払いを頂いている時間で、結構なことだと思わせて頂きました。日々有難いということをしっかりと分からせて頂いて、そしてそれぞれに与えて頂いた使命を全うさせて頂けるようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

★『(中略)四十にして惑わず、五十にして天命を知る。六十にして耳順い(したがい)、七十にして己の欲するところに従えども、矩(のり)をこえず』(論語より)孔子は「若い時には物事を考える(結論を出す)には時間がかかる。」と仰っています。

教えは頂いていても、その教えに基づいて自分が答えを出すのに時間がかかるのです。しかし教えを頂き続けて求め求めさせて頂いておりますと、ことが起こった時に「これだ!」と判断して瞬時に結論を出すことが出来る。それが「惑わず」ということですが、相当な稽古が必要だということですね。

★そして五十にして天命を知る、すなわち神様が自分に与えて下さった使命を知る。そして六十にして耳順う、人の言葉に耳を傾けることが出来て、決して人を軽んじることがないということです。有難いことに、み教えを頂いている通りですね。様々な出来事を通して神様が教えて下さり、様々な人の口を通して神様が自分自身の至らないところを教えて下さっているのです。

色々な人が目の前に現れてきて、色々な出来事が起こってきます。「この人はこうだ!あの人はこうだ!」とただ批評するだけの人間になってはいけないのです。自分自身にいつも振り返って考えなければいけません。そこに信心が向上していく元があるのですね。

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2017年07月06日

●日々の生活の中での神様のご試験

お商売をなさっておられるご信者が、ある日、シャッターを開ける時間が少し遅れてしまったことがあられたそうです。その時に来客があって、お茶とお菓子を注文なさった方がありました。

★その方が「奥さんずいぶん疲れておられますね。エネルギーが切れているようにお見受けします。常から見させて頂いておりますと、奥さんがお客様の相手で、ご主人が作る方の中心になられてますね。お二人とも一生懸命なさって感心していたのですが、多くのお客様相手の接客ですから、疲れておられましたら大変でしょう。私もそういう時期がありました。疲れ切っていた時、私の場合はある絵を見たら疲れが飛んでしまうのです。あなたもどうですか?3枚セットで40万円ですが、いかがですか?」と話しかけられました。体を心配して同情して声をかけて下さったのかと思って聞いていましたら、何と商売をしに来られたのでした。

★ご信者が仰るには、「『上手に言いはるなあ〜』と思いました。ご信心させて頂いていない時の私でしたら、引っかかっておったかもしれません。ですが、今はご信心させて頂いておりますから、神様にご祈念させて頂いて心を乱す事なく、丁寧にお断りして引き取って頂きました。人間とは様々なものですね。自分自身が、心身共に健康な状態をいつも保たせて頂けるように、ほかの方から見られても気力・体力充実しているように、見て頂ける私にならなければいけないなあと反省しております。」とのことでした。

★ご信心の勉強中には、次から次へと神様が試験をなさるようなことが起こってくるのです。腹の立つようなことや、心配事、仕事の上の問題、家族の問題や人間関係での問題が起こってきたりしますが、それは毎日の生活の中で与えて頂く信心のご試験です。いつも心中御祈念させて頂いておりますと、心が正しい方へと修正して頂け、試験に合格させて頂けるのです。そのように心がけて油断のない信心をさせて頂いておりますと、人から騙されることもありませんし、悪い縁が繋がってしまうこともありません。おかげを頂いていきましたら、良い縁が繋がっていくのです。結構なことや結構な方が集まってくるのです。そんな毎日にならせて頂けるおかげを蒙らせて頂きたいですね。

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2017年07月05日

●我が身におかげを受けて難儀な人を助けてあげよ 

先日、あるお方がご家族中揃われてお参りなされ、お届けされました。その中にアレルギー体質のお子さんがあり、対象となる食品を口にするとアナフィラキーショックを起こし呼吸困難に陥られるということでした。ご家族中で心を配られ、そのお子さんの体質改善のお願いをなさっておられるのです。

★そこでお話しさせて頂いたことですが、[学校へ行かせて頂きますと、「児童全体が今日も怪我過ちなく、円満に夫々に勉強に打ち込んで楽しい学校生活が送れますように。先生方、調理員さん、事務員さん、用務員さん全員が無事安全に今日一日過ごされますように」と学校全体のことをお願いさせて頂きましょう。そして、誰に対しても親切に優しくさせて頂きましょう。例えば、クラスで風邪を引いている人がいるとします。その時に「こちらに近づいて来なければいいのに…」と思うのか、それとも「早く治られますように」とお願いするのか、どちらの心にならせて頂くべきでしょうか。どのようなクラスメイトであっても「あの人も、この人も助かりますように」とお願いさせて頂くのです。自分自身がお徳を頂いていくことが大事なことです。次に、神様から頂いた生命、親・御先祖から頂いた身体はお金で買うことは出来ません。何よりも尊い宝です。こうしてあなたが、五体満足で健康であることは大変な有難い事です。しかし、アレルギー体質という不自由があるかもしれません。しかし、あなたは今したいと思うことは、手足を動かしてさっと行うことが出来ますね。それは大変な結構なおかげを頂いている姿なのです。そんな自由自在な身体を頂き、結構な有難い環境を与えて頂いているのですから、それをしっかりと喜ばせて頂きましょう。

千のうち990まで何もかも恵まれていることばかりです。あとの10が思うようにならないと思うことがあったとしても、その990のことをしっかりと喜んでお礼申す稽古をさせて頂きましょう。あれもこれも食べられないということがあるかもしれませんが、お母さんが徹底して努力して体に負担のないように調理して下さっておられるのですから、お父さんとお母さん、お祖父さん、お祖母さんにしっかりとお礼申させて頂きましょう。

世の中に同じようなことで悩み苦しんでおられる人のことを思い、その人達のために自分は何を勉強させて頂いて、どの様に世の為人の為にお役に立たせて頂くべきかを考えさせて頂きましょう。一人ひとりが神様の御心を頂いた尊い存在ですから、あなたもしっかりと願いを立てて、信心と勉強と御用に励ませて頂きましょう」と伝えたことでした。
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2017年07月04日

●繁盛するには繁盛する元がある

植物の種が発芽する為には、「光」「温度」「水」の3つの条件が揃わなければなりません。ご信心も同様です。

★「光」・・・「明るさ」つまり、思い分けの出来る賢さのことです。み教えを頂いて、様々なことに囚われず、思い訳が出来て、心が晴れやかになり、打ち込むべきことに打ち込める聡明さを身に付けさせて頂きたいと思います。

★「温度」・・・熱のこもった信心をさせて頂きましょう。日を切ってご信心に励ませて頂くということは、その日に向かって一層熱を込めて神様に向かわせて頂くということです。二代教会長・伊藤コウ師は、「線香の火でご飯は炊けません。大きなおかげを頂きたいと思うならば、それだけの熱を込めたご信心をさせて頂かなくてはなりません」と、み教え下さっておられます。

★「水」・・・水は万物に潤いを与える生命の源です。心に潤いを頂く為には「み教え」を頂かなくてはなりません。み教えを頂いておりませんと、些細な問題でも心が滅入ってしまい、そこから先になかなか進むことが出来ません。常平生からみ教えを頂いておりますと、どんな問題も信心向上の為のご修行と、有り難く受けさせて頂くことが出来、自我に囚われたり、人を憎んだりすることなく、全てをおかげにさせて頂くことが出来ます。

★繁盛するには繁盛する元があり、衰退するには衰退する元が必ずあります。日々確実に繁盛の道を進ませて頂けるよう、家中で心を揃えて日参と聴教に励ませて頂き、信心の地を肥やさせて頂きたいと思います。『人間は万物の霊長であるから、万物を見て道理に合う信心をせねばならぬ。』

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2017年07月03日

●心眼に映る

熱心にご信心なさっていたご信者が、糖尿病と痛風の合併症で入院中に、食事が入らなくなり、検査しますと腸閉塞になっていたのです。原因であるポリープを見つけて頂きましたが、医師は「(合併症で)体中に膿が回っている状態でのポリープの手術は大変危険です。しかし、ポリープは手術でしか取れないから、後2、3日の命です」と仰ったそうです。家族は皆驚き、お広前に参拝なされ、「こんなことになるとは想像もしておりませんでした」と泣いて悲しんでおられました。

★そこで「泣いている暇はありませんよ。医師は責任上そう仰いますけど、今お願いをさせて頂いて、ここからおかげを頂いていく時じゃないですか。皆が神様に心を向けて『まだまだ親孝行が足りませんから、命を永らえさせて頂いて、どうぞしっかりと親孝行させて下さい』とお願いさせて頂きましょう」とお話をさせて頂き、一緒にご祈念をさせて頂きました。

★その晩にご信者が、白いお装束を着られてしゃくを持った先生方が4,5人ベッドを囲んで御祈念して下さってる姿を見られたそうです。夢かうつつか分からないけど、心の中はなんとも有難いという気持ちでいっぱいになられたそうです。ふと気が付くと、先生方は見えなくなっていたということです。

翌朝から茶色い液体を下からお取り払い頂かれ、その後に宿便のお取り払いを頂かれたのでした。それを聞かれた医師がもう一度検査されたところ、ポリープが無くなっていて、医師はびっくりなされたそうです。食事も頂けるようになり、無事退院のおかげを頂かれました。そして一年後、朝食を美味しく頂かれて、食後のお茶を飲もうとしたところで、倒れられ、お国替えになられたのです。

★それぞれに神様に心を向けさせて頂くということを教えては頂いておりますが、常平生のご信心がいざという時に出てくるのですね。ご信者が毎日毎日熱心にみ教えを頂かれてご信心なさっておられましたから、その心眼に先生方のご祈念下さっているお姿を映して頂かれたのです。

そして積み重ねてこられたご信心の徳の貯蓄が必要な時におろして頂けたのです。何を日々見させて頂いて、何を聞かせて頂いて、おかげを頂いていくのかということですね。氏子の願い礼場所・信心の稽古場所であるお広前に、何度も何度も足を運ばせてもらい、神様の深い深い思し召しを分からせて頂けるように信心の稽古に励ませてもらうことが大切なのです。
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2017年07月02日

●お礼の心が厚くなるように

 7月1日から31日まで、夏の信行期間として、それぞれに信行に励ませて頂いております。

★本教で信行期間が設けられるようになったのは、昭和9年、三代金光様がご神勤40周年をお迎えになられる年でした。当時の御本部の先生方が、「御神勤40年御礼の会」として、三代金光様にお礼を申させて頂く計画を立てられたのです。しかし三代金光様は、「御礼の会の事は断ってもらいましょう。年限が長いというだけでは功がないのですから。みんなから神様へ御礼を申してくださればそれでけっこうです。」と仰ったのでした。そこで、御本部の先生方は、何が金光様への真の御礼になるのかを、改めて考えられたのです。信奉者一人一人が、御礼の心で信行に励ませて頂き、信心向上させて頂くことが、金光様への一番の御礼になると考えられ、設けられたのが「信行期間」なのです。

★私たちは、油断をすると不足の種を探してしまい、忙しかったら不足、暇でも不足、家が広くても不足、狭くても不足・・・というような、情けないような心の状態に陥ってしまいかねません。天候気象のこと一つにとりましても、お照らしもおかげ、お湿りもおかげ、暑いのも、寒いのも、何もかもが天地全体を生かそうとなさるご慈愛の表れです。また、親様、霊様のお守りを頂き、日々生神金光大神様のお取次のお徳を頂きながら、何もかも結構におかげを頂いている毎日なのです。そのようにして、先に先に結構なおかげを下さり、それぞれに願いをかけて頂いているのです。

★ご信心が進ませて頂き、私たちを包み込んでくださっているおかげの数々を自覚できるようになりますと、「何とかして、頂いているご恩に報いさせて頂きたい」という心が生まれてきます。日参と聴教に励ませて頂き、銘々の信心をしっかり鍛えさせて頂きましょう。

★『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』


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2017年07月01日

●上半期を振り返らせて頂いて

日々の生活の中で私達は「○○をする」ではなくて、「○○をさせて頂く」という言い方をします。それは、自分の力だけでしているのではなく、全てに有難いおかげを頂き続けて、おかげの中に出来てゆく事であるからです。現在させて頂いていることは、おかげを頂かないことには出来ないことの連続なのです。

★『神様を拝礼するには、此方では別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい。』

実意とは真心のことであり、「御恩を知って、御恩に感じて、御恩に報いさせて頂ける私にならせて頂けます様に」とお願いさせて頂くことです。そういう生き方をさせて頂く為には、日々向上を願い、少しでも改まりが出来てゆくよう、何かしら自ら決めてご修行をさせて頂く心構えが大切です。そのことが自分を一段と強く確かな信心に向上させるのです。そのような信心の向上こそが神様へのお礼になるのです。

★『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』

本当に心から有難いと思い、喜びに満ちてお礼を申せたら、どれほど結構なご比礼を頂いていくことでしょうか。有難い有難いと喜んでいるところには、また有難い出来事を与えて頂けるのです。上半期はどうであったでしょうか?本当に喜びに満ちた生活が出来ていただろうか?無理無駄ムラは無かっただろうか?不平不足は起こってこなかったか?

毎日どのような生き方をさせて頂いたか、振り返らせて頂いて「下半期はどうぞこういう生活がさせて頂けます様に」とお願いをさせて頂いて、信行期間のご修行とさせて頂いて、結構なおかげを蒙らせて頂ける下半期にさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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