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2017年06月05日

●起きてきたこと全てをご修行にさせてもらう

『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり』

★私達は、神様のご慈愛に包まれて守って頂いて、生かして頂いているのです。有難いことに神様にご辛抱頂きお許しを頂いての日々でありますから、今度は様々な出来事や人に対して辛抱させて頂く、それも有難く辛抱させて頂くということが、神様に対してのせめてもの御礼と御詫びだと思わせて頂きます。

★先日もあるご信者が「孫が反抗期で大変です。親も一緒になって口喧嘩してるようなやり取りを聞いておりますと、心が痛みます」と仰っておられました。そこで「皆、そういう中を通ってきて親に辛抱して頂いてきたのです。あるいはそういう中を通らねば一人前の大人になれないのです。反抗期があって通常のことですから、順調に成長させて頂いているということですね。反抗期があるのがおかげですよ。精神的に大人になる為に必要なことですから、親も子も共に成長させて頂くおかげを頂かねばなりませんよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★親も長期に亘ってしっかりとお願いさせて頂かなければなりませんね。「こんなことやったら、産まなければよかった!」なんて、つまらないことを口にしてしまっては、その一言が子供を正しい道から外してしまうということになってしまうのです。そうしたことを一切言わないというのも大切なご修行ですね。

★心が乱れてしまいましたら、正しいことが正しいと分からなくなってしまうこともあります。そして、頂いてきたおかげや、積み上げてきたお徳を崩してしまうような間違いをしてしまうことがあるのです。ですから、『一生がご修行』なのです。

ご修行と言えば特別なことのように思いますが、毎日の生活の中に出来てくること全てをご修行にさせて頂くのです。我が力でするとは思わずに、何事も「金光様」と御祈念させて頂き、起きてきたこと全てを、徳と力を大きくさせて頂ける有難い信心の材料にさせて頂けるおかげを頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成29年の「み教え」