金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年05月28日

●心配する心で心配りをさせて頂く

ある学生さんは、学校でクラスの委員になり、一生懸命クラスの数人と放課後に残って話し合いをしたり、催しの準備に向けて真面目に活動していました。しかし、クラスの中で「お前は気に入らん、ええ格好しやがって、半殺しの目にあわせてやろうか!」等とひどく妨害をする生徒がいたそうです。なぜこのような言いがかりを付けられて、嫌なことばかり言われないといけないのかと無性に腹が立ったので、その学生さんはお結界に来られ「どのように考えさせて頂いたらよろしいでしょうか」とお届けされました。

★すると三代教会長先生は「あなたは、10代にして徳を頂くということについて考える良い機会を与えて頂きました。それは有難い事ですよ。知識があり成績だけ良くても、それでは解決できないことです。そこで大切なことは一生懸命努力に努力を重ねて、どこまでも諦めずにクラスの人からも一目を置かれるぐらいに、ずば抜けていくということが大事なことですよ。あの人の言う事なら付いていこうと思ってもらえるようなお徳を頂いていかねばなりません。それがいまあなたに求められていることですよ。そして認めて頂けるまでは、どんな時にでもくじけず、自分自身を磨き上げてゆく覚悟を持たなければなりませんよ。脇目も振らず一生懸命になり実力を付けていくことです。目の前に与えて頂いたことは、神様から自分に与えて頂いた課題であると分からせて頂くのです。逃げずにしっかりと受け切っていく覚悟を持たせて頂くことです。次に大切なことは、いつも謙虚であるということです。そのためには常に神様を目当てにすることです。神様の目からご覧になられると人間はどこまでも至らないことばかりで、それを許して頂いて生活させて頂いております。神様の教えに照らし合わせて、神様のお心に適うまでどこまでも謙虚にならせて頂くのです。それには教会でみ教えを頂いてお取次を頂くことが、一番の基本です。次に、どんな人の口を通してでも神様がみ教え下さっていると思い、耳の痛いことほど自分の肥やしにさせて頂くのです。後ろに神様がおられるということを、常に忘れなければ、人と対立することがありません。人間どうしのありとあらゆる関係で、対立のない争いのない謙虚で有り難い世界が開けていきますよ。」とみ教え頂かれたのでした。

★目の前の大変厳しい問題を、お取次ぎを頂きみ教えを頂くことによって、どのように心配りをさせて頂いたら、人も納得して下さり自分もおかげを頂き、皆が助かるようになっていくかを教えて頂く事が出来るのです。今日のことを有難く自分自身にみ教えとして頂いて、明日からは正しい方向へ心配りが出来ますようにとお願いさせて頂きますと、そこから一歩踏み出すことが出来るのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:33 | 平成29年の「み教え」